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第十三話 : I’ll be back 後編

 

Q.《よう相棒、生きてるか?》

A.私はピンピンしてましたが、『執筆中小説』のコレを寝ぼけて消し飛ばしてしまうというお茶目なハプニングが発生しました。

  危うく心がソウル体になりかけましたが、再び初めから書き直して無事復活です。


 すみません、お待たせしました!

 

 

 

「はっ、離してください、兄様にいさまーー!!」

「落ち着いてエミリア!

 そんなにドアにくっついていたらほら、服が汚れてしまうよ!」

「そういった問題ではありません!!」


 むやみやたらに衝撃の血縁関係が判明したディーの父、おっさ…………いやターク氏が、メイドのキリオーネムさんと共にいったん退出してから、そう間を置かず。

 そしておっさんが去った後、新しくやって来た誰かが部屋のドアをノックし入ってきてからの、すぐ後。


 おれと隣のディーが呆然と見守る前で、さらに目を疑うような光景が繰り広げられていた。


「お願いですから兄様、手を離してください!!」

「あまり騒ぐものじゃないよ、エミリー。

 そんな廊下まで響くような大声を出していたら、聞いた人から何があったのかと心配されてしまうだろう? ドアが壊れてしまっても兄は知らないよ?」

「いーーやーーでーーすーーーー!

 それに、全部全部兄様のせいでしょう!!」


 場所は同じく宮殿の一室。

 来賓室とか応接間とか呼ばれるような、内装の立派な部屋だ。

 部屋の大きく開いた窓からは、噴水のある庭園が一望できる。


 その点は変わらないのだ、が。


 ――――しかしこの騒ぎは一体、何を…………?


 半開きになった入り口のドアに張り付くようにして中に入る事をいやいやと拒んでいる金髪の少女に、その彼女を捕まえている同じく金髪の青年。

 その髪の色合いからも、すったもんだしている二人が兄妹である事がなんとなく判る。


「(ヒカリさん、ヒカリさん? まさかまさかもしかして……あの女の子が?)」


 この事態を見守っていたと言うよりはただただ呆気に取られていただけにも見えるディーが、ふと我に返ったように言う。


 …………うん。


 まあたぶんディーナさんの想像通り、大正解だろう。

 おれは実際に一度会ったコトあるしな。


 会ったというか、ある意味それ以上だったような気もするけど……。


「(ああ…………、あの子がエミリア皇女おうじょだよ。

 さっきは会えなかったけど、あっちから来てくれたみたいだな)」


 前に見た時は儀式のためかドレスも盛装に近いもので頭にキラキラ輝くティアラものっけていたが、今回はそれよりも動きやすそうな格好をしていた。

 カジュアルドレスというヤツだろう。

 それでも立派な作りであり、高価な布が使われているのはおれでも一目見ただけで判るけど。


 しかし判らないのは、なんで今そのエミリア姫がドアと一体化せんばかりに必死にへばり付いているか、という事だ。


 ――――一度廊下からこの部屋に入ってきたあのお姫様は、おれ達の姿に気付いた途端にきびすを返し、一目散に逃げ出そうとした。

 だが笑顔のエドさんに素早くかつ強引に部屋内に引きずり込まれ、今はこうしてドアの所で出る出ないと謎の大騒ぎをしているのである。


「後生ですから手を離してください、兄様!」

「エミリー、何をそこまでイヤがっているんだい?」

「え、エミリアはもう限界です! 離して! 恥ずかしさで顔から火が出そうです!!」


 こちらからは反対になって見えないが、言葉通り顔も真っ赤になっているのだろう。

 そんなエミリア姫に比して、兄であるエドワード皇子はゆったり快活に笑いつつ、その妹に声をかける。


「ははは、ちょっとお客さんの前でが出てうきうきしている姿を見せてしまったぐらい、特に気にする事ないんじゃあないかな?」

「それが一番の理由ですよ!?

 兄様、もしかして判っててやってるんですか!?」


 ああ、そういうコトか。

 やっと話が見えてきた。


 あのエミリア姫がこの応接室にやって来たのは、ほぼ間違いなくエドさんが彼女を呼んだからなのだろう。

 この部屋におれ達が入った際にエドさん、ちょっと待っててくれるかなーとか言って一人で外に出てたしな。

 さっきもいつの間にかNINJAのように現れておっさんを連行していった、あのキリオーネムさんに言付けでも頼んでいたのだと推測できる。


 しかしあのエミリア姫がここにやって来た際には、お土産が、フルーツが、などとえらく楽しそうに部屋の中に向かって話しかけていた。

 ドアをノックしていた時の事だ。


 きっとあの子は自分の兄から、「面白いお土産があるからおいでや」くらいにしか伝えられていなかったのだろう。

 言伝ことづてにしても、雑にも程がある。


 ………………ん?

 すると、お土産っておれ達の事なのか。


 エドさんにお持ち帰りされてしまったのか?


 なんかすげぇイヤな響きだ!!


 ……そ、それは一旦置いといて、エミリア姫は自分の兄貴が土産片手に帰ってきた、それをくれるのだからとこちらに無邪気に来てみる。

 すると、なんという事でしょう。

 期待していたものはどこにも無いどころかフタ、いやドアを開けてみれば、はしゃぐ自分をまじまじと見つめる得体の知れない二人分の視線があった。

 言わずもがなおれと、その横の青い子の視線だ。


 まあ、あれだ。


 なんの気構えも無しに来たから、エドさんの言っているように素の性格が出てしまったのだ。

 そしてそんな家族にしか見せないだろう油断した姿を見られてしまったのだ。

 バッチリと。ほぼ他人の二人に。


 これはちょっと、いや結構恥ずかしいかもしれない。

 おれだってシャベルで穴をえいさと掘って自分を埋めたくなるレベルの恥ずかしさだ。

 今はシャベルは手元に無いけど。


 ……いやでも、悪いのはエドさんじゃ?

 彼女に落ち度は無いだろ?


 例えば貴族同士の間柄なら、姿勢態度はピシッとして澄まし顔で居なければならないのかも知れない。だが、特に偉くもないおれやディーはなんとも思わないし。

 悪いのはあの子の言う兄様、エドワード皇子である。

 彼も判っててエミリア姫をからかっているフシがあるようだからな。

 兄の風上にもおけない極悪非道な所業だ。


 もしおれがアカリにそんなおちょくり方をしたら、きっと血の雨が降るぞ。

 もちろんサマーソルトキックを食らったおれの血である。


 ディーを見れば、どうすれば良いのか動きあぐねている様子。

 正確に表現するなら、事態に戸惑って混乱していると言った方が正しいだろう。

 端的に言っていつも通りテンパってるのだ。

 向こうの金髪さん二人は、どちらもなかば膠着状態に陥っていた。


 それならばと思い、おれはソファから腰を上げて立つ。

 とにもかくにも、あの騒ぎを止めないと話が進まない。


 それに…………。

 もしあの調子でエミリア姫に逃げられてしまえば、困るのはこちらだ。

 おれには、あのお姫様に謝らなきゃならないコトがあるのだから。


 エドさんが皇宮に招いて作ってくれたチャンス、これを今にも部屋から脱出しようとしている姫と一緒に逃すと、もう次の機会なんて無いかもしれない。

 ……そのエドさんのせいでチャンスも消えそうになっている、などと考えてはいけない。


「ええっと、エミリア姫、って呼んでも大丈夫ですか?

 ……エミリア姫様、何もちょっとミスったくらいでそこまで気にしなくても良いんじゃ?」

「いいえ、いいえ、そういった風に済ませるわけにはいきません!

 食べ物に心をおどらせ自制のなっていない姿を見せてしまうなど、一国の姫としてあるまじき行いなのですからっ!!」

「いや、ホントにそこまで重く受け止めなくても……」


 ぶんぶんと首を横に振って拒否されてしまった。

 とりあえずドアが蝶番ちょうつがいから外れてしまう前に、姫様が暴れているのを止めようと思ったのだけれど……。

 なかなかどうして、先程の行動は彼女にとっては重大な失敗だったらしい。


 そりゃあ、貴族の中の貴族であろう皇族ともなれば、身だしなみや姿勢行儀などなどエトセトラエトセトラは、非常に重要視されるのだろうとは想像にかたくない。

 他所よそ様の前では一片のスキも見せずに完璧に振る舞うようにしなさい、物心つく頃からそんな風に厳しく教えられてきたのかも知れない。


 現在のこの子の姿を見てもまだおれより四、五歳は下のように見えるのに、その歳でなんと立派な事か。


 五年前ともなるとおれはなんかは中学生、だらだらとゲームしてただけな年齢だぞ!

 言ってみてなんだけど今も全く変わってないなおれ! ダメじゃん!!


 …………こほん。

 で、あればこそ、先程のご乱心は彼女の中で許せないものなのだろう。

 ちょっと可哀想になってきたな。


「ほらエミリア、席に着こうか?

 そんな暴れていたら、エミリーの自慢の長い髪がほつれてしまうよ?」

「そんな細かなことに気を留めるくらいなら、もっと早く私にお客人の事を伝えてください!」


 なんかもう半分ヤケ起こしちゃってる感じな姫様が、閉じたドアの向こうに向かって叫ぶ。


「そこにいるのでしょう、グスト! もう私の頭を思い切り叩いて、気絶させて欲しいの!

 兄様ごめんなさい、エミリアはこれから体調を崩すので部屋に戻ります!!」

「ちょ、えぇぇええええ!?」


 なんかあの子、とんでもないコト言い出してる!!

 いつの間にそんな話に!?


 ……いや、それはおれも困るから!!


 というかもうエドさんは手ぇ離してるし、逆に今はおれがドアを壊れないように押さえてるくらいだし、何だこの状況!!

 もっと収拾つかなくなってないかコレ!!


「ストップ! 姫様も自分の言ってるコト判ってます!?

 ――――って、え?」


 ………………グストさん?


 ふわふわブロンドの姫様が唐突に口にした人物の名前に、思わずドアをおさえていた手を離してしまう。

 すると、その弾みで木の扉が開いた。


「姫、どうなさったのですか? 何やら騒がしいようですが」


 その開いた扉から、一人の騎士が入室してくる。

 入るタイミングを見計らっていたようだ。


 磨かれた白銀の甲冑に、同じくきらめく銀色をした兜。

 いわゆるフルマスクタイプとでも言おうか、着込んでいるのは一揃いの鎧であり、その人の顔でこちらから見えるのは目の部分だけ。


 エミリア姫が先に中に入ってしまったため、すぐ外で待機していたらしい、その人。

 その彼はドアの内側の騒ぎにもごくごく冷静に、シルバーメイルの具足からの鈍い足音を鳴らして様子を見に部屋に立ち入り――――。


「中に居られるのは確かにエドワード皇子の声でしたが、もう一人聞こえた別の声、は………………?」


 ――――扉の近くに居たおれと目が合った。


「あ、アケミヤ殿――――――!?」


 向こうもおれの事はしっかり覚えていて、それでここにいるのが意外だったのだろう。

 目はこちらを凝視したまま、驚いて動きを止めている。


 以前と同じくプレートアーマーを着ているために顔も見えないが、それでもその声や雰囲気は変わりなかった。

 間違いない、騎士のグストさんだ。


 日数としては、まだ十日と経っていないのにな。

 なんとなく彼のその若干高いような声色を懐かしいものに感じてしまった。

 それだけ、ここに来るまで色々あったのだとも言える。


「グストさん! ええと、お久しぶりです、ちょっとエドさんに招待されてこっちに来まして……」


 こんな状況でなんだかひどく間抜けな気もするけど、一先ひとまずと挨拶。


 彼の手には、鎧に少し不似合いな感じのポットやカップ、ソーサーといった陶器の入ったカゴがげられているが…………。

 そうか、姫様の警護をしていると言っていたな。

 この部屋へエミリア姫が来るのに同行していたのだ。


 姫様の事と合わせて、彼にも謝らないとな……と、思ったところで、ふと気付く。


 相手の様子が、どうにもおかしい。

 謎の牢屋のおっさんがディーの父さんであると判った時のおれの如く、まるで廊下に置いてある鎧の騎士像のように硬直しているのだ。


「グストさん? どうしたんですか?」

「……………………し」

「し?」

「し、し、し」


 長い沈黙の後、わずかに声を発するグストさん。

 だが、言葉になっていない。文字にして一文字だ。

 おれの横にいるエミリア姫も何事かと彼を見る。


 そのグストさんは、兜の目線をこちらに向けたまま手に持っていた籐かごを、ゆっくりと姫様に渡した。

 なんか、錆びたブリキのおもちゃのような動きだ。


「グスト? …………これは一体?」


 目は丸くさせてきょとんとし、首を傾げ、紅茶のセットを受け取るエミリア姫。


 グストさんは初対面の時も、まあ無口な人なんだなと思ったのは確かだ。

 けれども、それにしても今の彼の様子はおかしい。


 そこに考えが至ってようやく、さっきのおれの名前を呼んだ時も、絶句してといった様子だったコトに気付いた。

 でも、一体どうしたんだ?

 こっちを見たっきり一文字しか言わなくなるなんて、そんな、


「――――姫、お許しをっ!!」

「!?」

「こ、こちらは先に姫の自室へとに戻っていますから!!」


 切羽詰まったような声で言うや否や、途端に戸口から反転、猛ダッシュ。


 どうしてそんな重そうな鎧を着込んでて出せるんだグストさん、と思うほどのスピードで彼は短い廊下の横幅を駆け抜け、うあああ、とよく判らない悲鳴をたなびかせながら…………。



 …………反対側の窓からシュバッと飛び出した。



「うわぁぁああああグストさーーーーーーーーん!?」

「ぐ、グストーーーーーーーー!?」


 今度はこちらが叫ぶ番だった。


 銀の鎧がすぐさま窓の視界から消え、遠くからドサッと鈍い音が響く。

 一瞬遅れて窓の方に駆け寄るおれと、グストさんが付き添うべき相手であるはずが置いてけぼりを食らったエミリア姫。


 すると下には、二階から飛び降りた後に地面で勢いを殺して前転、そして滑らかな動きで立ち上がり宮殿中央の庭をズダダダダッと駆け去っていくグストさんの姿があった。


 唖然とするこちらを余所よそに、彼は途中で脱げた兜を小脇に抱えて建物の棟を隅の方へと走り、姿が見えなくなってしまう。

 窓からダイブしてその後ろ姿が消え去るまで、数秒と掛からなかっただろう。


「え、えぇええ…………?」


 長い髪を兜の中でっていたようだけど、それがほどけて長髪が尾を引く程のスピード。

 もちろんおれのへっぽこ技能スキルの『ダッシュ』などとうに及ばず、人間性を捧げなければならない某ゲームでは絶対に出来ないような、鎧姿のクセに尋常でない速さのダッシュとローリングだった。

 別の意味で人間性とかそういうモノを超越してる芸当ではある。

 ある……、けど。


「ここ、二階なんですけど」


 思わず呟く。


 ……いや、何故にそんな。


 理由も判らず置いてけぼりにされたこっちとしては、周りに人気のない廊下で立ち尽くす事しか出来ない。

 判ったのはただ、実は彼も金髪だったんだという、この場ではどうでもいい発見ぐらいなものだ。


「グストさんは一体何を……?」

「私にも、さっぱりで……。………………あら?」


 グストさんが突然の奇行に走ったせいで、拍子抜けしてしまったのか、それとも逆に冷静になってしまったのか。

 期せずして同様の境遇になってしまったエミリア姫が、おれの顔を見た。


「グストの事を知っているのですか?

 それに……あの、どこかでお会いしませんでしたか?」

「あ、あー…………」


 なんと言えばいいか。

 ……というかおれの事、気付いてなかったのか。

 どうやらこの姫様、部屋に居たおれ達の顔を見ていないほどに慌てていたらしい。


 首を傾げるエミリア姫の前でおれは、一言だけ。

 掛けていたメガネを外して言った。

 まあ別にメガネのお陰で気付いてなかったというワケじゃ無いだろうけど、念のためだ。


「――とりあえず、部屋に戻りませんか?」





 一旦全員、落ち着く必要がある。


 そう思って提案したインターバルだが、予想外に功を奏したようだ。

 部屋に戻って一息つく時間を設けることで、お互いに冷静になるコトができた。と、思う。


 おれは少し前には羞恥のあまり逃げだそうとしていた少女と、今度はきちんと向かいあってソファに座っていた。

 間のテーブルには、白く湯気を立てている紅茶のカップ。

 ちなみにおれが外したメガネも今はテーブルの上に載っている。


「……遅ばせながら、申し訳ございませんでした。

 少し混乱しておりました。兄様も、最初から説明してくださればよろしいのに…………」

「いえ、気にしてませんから。

 他の人が自分よりもおかしな事をしてると、むしろ冷静になるもんですよね」


 グストさんの方が何故か先に離脱してしまったからな。

 お化け屋敷とかに入って一緒に入った友人が尋常でなく怖がっていると、自分はかえって落ち着いてしまうの法則である。

 法則の名前長いな!


「グストも普段は落ち着いていて、あのような事は決してしないのですが……。

 何があったのでしょうか?」

「さ、さあ…………?」


 この世界に来て初日の事件以来グストさんには会っていなかったけど、一体どうしたのか。

 どう見てもおれを視認してから逃げていったとしか思えないのは…………?


 こちらの内心の疑問を知ってか知らずか、エドさんの声が聞こえた。


「まあ、グスト君にもいろいろあるんだよ」

「そうなんですか?」

「何はともあれ、ようやく話が始められるね! いやぁ良かったねヒカリ君!」

「いや誰のせいだと思ってるんですか、笑顔で言っても騙されませんよおれもディーもそれからエミリア姫様も! 騒ぎを起こした張本人のクセに!!

 エミリア姫様も、護衛のグストさんがどっか行っちゃいましたけど…………大丈夫ですか?」


 行っちゃったというか、居なくなっちゃったと言うべきか。

 とにかくグストさんらしくない行動ではあった。

 普通の人なら、イキナリ窓から飛び降りるような奇行には走らないぞ。


「え、ええ、ヒカリ様とディーナ様…………ですよね?

 あなた方の事は、そこの兄様からうかがっていましたから。グストは私に付いてくれている騎士ですが、話に聞くお二人ならばそう警戒することもないと思います」


 そう言えば、エドさんは彼女におれについての話を幾度か伝えてくれていたのだった。

 そのお陰で彼女にもこちらの素性が知れているのだ。


「そうでしたね。エドさん、ありがとう御座います」


 おれは仲介役になってくれたエドさんに頭を下げた。

 きちんとやるべきコトは積極的にやってくれるのがエドさんなのだ。


「ヒカリ様、このような愉快犯まがいに人をだますような兄、感謝する必要はありません。

 まったくもう兄様は、私がどれだけ恥ずかしい思いをしたことか……」


 おれは、少しむすっとした顔のエミリア姫の方へ顔を戻した。

 余計なコトも率先してやってくれるのがエドさんなのだ。


 ちなみにその問題の彼は、おれの下げた頭よりもさらに低い位置にいた。

 怒った姫様に罰として、床に座るよう強いられているのである。


 一国の皇子が床に正座している。

 こちらからはテーブル越しに、頭の部分しか見えない。

 割とシュールな光景だった。


 そんな扱いをされてるくせに、彼自身はどこ吹く風に髪をかき上げ、フフリと笑っているのがさらにシュールさを誘う。

 謎の存在感だ。


「僕はね、君達に早く打ち解けてもらいたかったのさ……。

 そう、あえて僕が悪役になる事でね」

「そのために、おれ達の事をはぐらかして姫様を呼んだんですか」

「ははは、やっぱり判っちゃうかい?」

「笑って誤魔化した!!」


 バレバレどころか、そもそも隠す気すら無かったクセに!!


 一度こちらから出向くのには失敗し、まさか姫様の方からやって来てくれるとは思わなかったけど。

 それでもその後のエドさんと彼女のやり取りをみていれば、ああまたエドさんが何かやらかしたんだなー程度のコトは簡単に判る。

 いつもほえほえっとしてるディーですら、何やら察して黙ってるぐらいだ。


「でもエミリーは、妹は僕や父以外には少し背伸びした慇懃いんぎんな接し方になってしまうし、ヒカリ君もなんとなく周りに遠慮し過ぎるきらいがあるからね。

 それに、さっきぐらいの振る舞いの方が、歳相応で可愛らしいだろう?」

「はあ、それはまあ…………じゃなくて! そうじゃなくて!!」


 一瞬頷きそうになった! ヤバい!!

 ナチュラルに頷きかけた!!


 いやこれは違うんだ、確かに先程のあわあわと慌てている様子は小動物のようなマスコット的な愛らしさがあったような気がしなくもなかったし、特に『背伸びして大人風な態度を作っている年下の妹』っていうポイントにもちょっと思うところがあったためであっておれのような妹ソムリエとしては結構評価が高く


 って誰に言い訳してるんだろうねおれは!?


 まさか、自分で気付かないうちにエミリア姫を妹のようにして見てるって言うのか!?

 エドさんの妹ではあるんだけれど!!


 ちっ違う、おれにはアカリという一人だけの大事な妹が!


 おれにとっての妹はアカリだけなんだ!!


 頭を思いきり振って邪念を追い出す。

 雑念を捨てなければ。

 というか妹ソムリエって、何。


 そんなおれの内心の焦りやら葛藤やら人の持って生まれた業とでも形容すべき苦悩やらとは全く関係なく、あちらの兄妹は兄妹の方でまだもめていた。


「エド兄様は適当な事を言ってないで、もっと反省してください! 『皇族たる者、初めに礼儀ありき』と私に教えてくれたのは父様や兄様ではないですか!!

 本当はただただ兄様、面白がってやっただけでしょうに!」

「否定はできないね」

「即答しないでください!!

 もうしばらく兄様の席はそこのカーペットですから!!」

「判った、兄は甘んじて受け入れるよ」


 こちらの対岸からは顔だけ見えてるエドさんが、またなにやら笑みを浮かべておれの方に魅了のウィンクを飛ばしてくる。

 とっさに身体をひねって射線を避ける。

 きっと直撃すれば『どく』とか『こんらん』になるのは避けられないだろう。そんな気がしたのだ。


「じゃあ僕は、こうして彼を眺めながら話を静観しているよ。もう橋渡し役としての努めは果たしたからね。

 皆、僕のことは部屋の置き物と思ってくれて良いんだよ?」

「そ、そこまでしなくても良いと思いますけど…………。

 でもようやくヒカリさん、話ができますよね?」


 テーブルよりも下の位置にいるくせに器用にテーブルの上の紅茶をカップに注いで自分で取っているエドさんを見つつ、ディーが言う。

 ちなみに紅茶は、グストさんが持っていた例のカゴに入っていた物である。

 カップは二つしか用意されていなかったものの、そこに座っている皇子様がさっき近くの戸棚から如才ない動きで取ってきてくれていた。


 でも、そうか。


 いろいろと間にハプニングやら障害やらグストさんの紐なしバンジージャンプやらはあったけれど、やっとこのエミリア姫と話が出来るのだ。


 エドさんの視線がこっちを全くブレなくターゲットしているのは気になるが、それでも遂に面と向かって話せる機会ができた、というのはありがたい。

 視線はありがたくない。


 おれはエミリア姫の前で居住まいを正した。


 一応相手も皇族ってぐらいだし、挨拶にも作法があるのかもしれないけど……。

 まあ、判らないことをあれこれ無理にマネしようとしても仕方ないだろう。


「改めて自己紹介を、自分はアケミヤヒカリで、隣に居るのがウィン・ディーナです」

「ヒカリ様に、ディーナ様ですね。

 私はエミリア・ティリア=アストレイと申します。お見知り置きを」


 こちらがエミリア姫にとって全く知らない客人というワケでは無かったためか、さっきの動転ぶりからは見違えるように穏やかに言う彼女。

 なんだかんだで、もうだいぶ落ち着いているようだ。


「まあディーはともかくおれはその……初めまして、ではないですけど」

「そ、そうですね……」


 ………………あっ。


 しかし、うっかり口走ったおれの言葉に姫様が顔を赤くしてしまう。

 宮殿で最初に会った時のアクシデントを思い出してしまったのだろう。


 マズい、自分で口火を切っておいて微妙な空気にしてしまった!

 うわこれダメなパターンじゃないか!!


 ヤバいと思った途端、考えるより先に身体が動いた。


「あ、あの時は本当にスミマセンでしたッ!! スミマセン!!

 皆の前であんなマネをばーーーーーー!!」


 ソファの前で地にヒザを付け正座、ではなく五体投地の構え。

 我が国伝統の謝罪のポーズである。

 床のカーペットが額に柔らかい。


「わ、わっ!? そ、そんな事なさらないでください!

 服が汚れてしまいます!」

「エミリー、僕は?」

「兄様は黙ってて!!

 あの、あの、私の起こした事故でヒカリ様が謝る必要などございません!

「………………へ?」

「お願いですから、お顔を上げてくださいな」


 そう言われてうっかり顔を上げてしまうと、テーブル越しにエミリア姫と目が合う。


 その隣には彼女の兄が、こちらからはテーブルで鼻から下が見切れた状態で控えていた。

 いや、兄の方は今は関係なくて。


 だけど、今なんて?


 『私の起こした』って…………どういうコトだ?


「エミリア姫、それって」

「はい、こちらから伝えなければならないことがあります。

 ヒカリ様は『召喚』の時の事は覚えていますか?」


 投げかけられたのは質問の言葉。

 そして席に座るように彼女に言われ、元のソファに戻ってから考える。

 問いの意図は判らないものの、思い出してみる。


「そうですね…………。

 いつの間にか元居た所とは違う場所に来てて、気付いたらたくさん騎士とか貴族の人達が居る中で、姫様に引っ付いてて……?」

「そ、そこまでで結構ですよ。ありがとう御座います」 


 こほん、と赤くした顔で小さく咳払い。


 こちらも『抱きつく』を『引っ付く』とマイルド…………多分マイルド? な表現に変えたつもりだったのだけど、それでも思う所があったらしい。

 だがすぐに気を取り直したのか、話を続けた。


「先の『召喚の儀』にて、ヒカリ様を含めて四人の方が一階の魔法陣が保存されている広間で、古来から伝わる魔術式にならって文言を唱えることで別の世界から召喚されました。そして……」


 ――その『召喚』を行った人物こそが、彼女であるらしい。


「正確には、詠唱を行ったのが私である、と言えるでしょう。

 皇族家の血を継ぐ代々の女は、特にその中でも皇女にあたる者は、『召喚の儀』の手順を習い、時期が迫れば儀式をり行う義務があるのです。性別が限られるのは、初代皇帝で召喚術式を最初に用いたティリア帝が女であったから…………と教わりました」

「それでエミリア姫が『召喚』を?」

「ええ。私は第二皇女ですが、姉様は事情があって北の帝国、コールダートにとついでしまいましたから。

 それから、これが重要なのですが……。絶対に儀式が失敗していない、とは言い切れないのです」


 申し訳なさげに、自然と顔を伏せぎみにして告げるエミリア姫。


 記録としての情報が少ない『侵攻』と『勇者』、遺されていた儀式についての内容も正確性は高くないのだそうだ。


「でもおれは実際にこっちへ来ましたし、きちんと召喚はされたって事で成功してるんじゃ?」

「ただ、その……」

「そもそも別の場所から生身の人間を呼び出し、遠く隔たれた二つの空間を繋いで瞬時に転移させる『召喚術』というモノがかなり特殊だからね。

 複雑な行程を踏むうちに、どこかで小さな所で不具合が生じても誰も気付かないんだよ、歯がゆいことにね」


 姫の横からエドさんがにゅっと下から顔を出し、上手くフォローの言葉を付け加える。

 言うだけ言って、叩いて引っ込むモグラのように再び頭が沈んでいった。


 …………なんかあれ、むしろ妙に存在感があって気になるんだけど。

 たまに視線も感じるし。やめて下さい。


「む……。兄様、自分のことは自分で話させてください。

 それなら、ヒカリ様は四人の方々の中では最後に召喚によって来られましたが、少し来た時の着地点が違っていても不思議はないと、そう思いませんか?」

「ああ、なるほど」


 彼女が言わんとする事はこうだ。


 召喚術はその難易度が高い割りに、恐ろしいほどの精密さが求められる。

 やたら大量の音符が高速で流れてくる音ゲーみたいなものなのだろう。

 何度も練習しても、どこかで一つくらいミスがあっても誰も責められない。

 ちなみにおれは幾ら頑張っても音ゲーは上手くならない。オンチである。


 だから『召喚』時に転移時の位置座標が少しズレたとすれば、その結果、おれの時だけ召喚者であるエミリア姫のごく至近距離に現れた事の説明がつく。

 更に運悪く、弾みで姫様に抱きついてしまったと。

 事故に事故が重なって起こってしまったのだ、あの時の出来事は。


「ですからこれは私の失敗であり責任です。身から出たサビでもありますし、ヒカリ様が気に病むことは本当に何も無いのです。

 ……ごめんなさい。これは本来ならば、あなたがこの宮殿を出る前にお伝えするべき事でした」

「おわっ!? そんな、頭を下げなくても!」


 なんと今度は相手の方が、エミリア姫の方がふかぶかと頭を下げてしまった。

 表情は窺えず、ブロンドの髪のつむじしか見えなくなる。

 それに慌ててフォローを入れた。


「いや、誰だって見ず知らずの男にあんなコトされたら混乱もテンパりもしますって!」

「そ、それはその、少し驚きましたけど……」

「おれが皇帝家の人に不埒を働いたのは事実でしょう、ゴネリー隊長でしたっけ? あの騎士の人も本気で怒ってましたし」

「……あの騎士隊長の方は、少し私のことを気にし過ぎているきらいがありますから……。

 『謁見えっけん』では、不調法ぶちょうほうにも彼とボラン兄様が儀式中に割り入ったと聞きました」


 おれが例の鼻息の荒い騎士、ゴネリー隊長と会ったのは二度。


 一度目はエミリア姫に誤って抱きついた時。

 槍で後ろから思いっきり殴られ気絶するおれ。そして牢屋へ。


 そして二度目は、パトリック皇帝に呼び出され、語歌堂さん達と合流して大広間にいた時。

 あのボラン皇子と共に現れ、一度目についてネチネチと糾弾されるおれ。そして外の世界へ。


 …………おれ、ロクな目に遭っていなかった。

 半分は自業自得なんだけどね。


「ちなみに、それはエドさんから聞いたんですか?」

「それもありますが……。あの後に部屋に引き払っていた私の所へボラン兄様がやって来て、そのう、申し上げにくいのですが、『お前に公の場で恥をかかせた人間を同じ目に遭わせ、しかも皇宮から追い出してやったぞ』、と…………」

「そ、そうですか」


 ………………うん、何も言うまい。


 まあある意味では、恥は凄い勢いでかいたんだけどな。

 むしろ自分から恥の大海原に手漕ぎボートで突き進んでいったと言ってもあながち間違いじゃないのが恐ろしい。


 ただ、その事に対しての苦言をエミリア姫に言った所でしょうがない、というのも判る。


「しかし、グストから後になってあなたの話を聞き、エド兄様から話題にされるのを聞き、どう穿うがった目線で考えても悪い方には思えなくて……。

 こうしてお会いすることでハッキリ判りました、謝罪するべきはやはり私の方だったのですね」


 正面に座るおれをじっと見て、それから目を伏せる姫様。

 うなだれている。沈痛な面持ちだ。


「『召喚』でこちらから喚び出しておいたきり、自分は後の事を考えずに退席してしまうなんて……。

 それも、遥か別の世界からお越しいただいた勇者様になんという非礼を…………」


 どうやら予想以上に、おれよりも彼女の方が『自分が加害者』だと強く意識してしまっているようだ。

 自罰の念にかられている、難しい表現で言えばそうなるのかもしれない。


 ディーがちょんちょん、とおれのシャツのすそを引っぱってくる。

 エミリア姫を心配そうに見やり、何か言いたげな様子。


 そうだな。

 確かにそろそろ引き際、止める所かも知れない。


「ですから……あなたの立場からすれば、私は恨まれていても仕方のない相手。こちらの理由で勝手に呼び出したくせに果ては追い出すなど、少なくとも、こうして顔を合わせているのもヒカリ様にとっては不尊な態度で…………」

「ストップです! ストーップ!!」

「きゃっ!?」


 声を少し強めに張り上げ、流れる自罰の言葉を止める。


 目の前の少女はしおれるようにしてたれ下がっていたふわふわの金髪を揺らし、驚いたように身をすくめた。

 ケガをして怯えている野生の小動物に声をかけるようなイメージで、努めて穏やかに話しかけてみる。


「そんなに悲しそうにしないで下さい、大丈夫ですよ。

 でもエミリア姫様は、三つだけカン違いをしてます」

「み……三つもですか?」

「はい。まず、おれが姫様を恨んでるなんて事は絶対にありません。

 だってこうして会う前には、おれの方が恨まれてると思ってたくらいですから。

 でなければ、ほんの少し前にカーペットの上にヒザ付いていたアレはなんだって言うんです?」


 今のこの姫様の状態は、彼女に会う前のおれの心境とソックリなんだろうな。きっと。

 自分が相手に悪いコトをした、と思い込んでいる状態。


 何の事はない。

 ただお互いに、少し加害者意識が過剰になっていただけだったのだ。


「しかし、それはヒカリ様が何も援助のないまま宮殿を去られ、詳細を知り得なかったためであって……」

「あ、その『何の援助もない』っての、カン違いの二つ目ですよ。

 確かにおれはこの皇宮からポイされましたけど、その後もいろいろと手助けしてもらってたんですよ、実は。

 ほら、そこで正座してるお兄さんです」

「ふぇ?」


 頭にハテナマークを浮かべたような感じに、自分の隣を見る姫様。

 こちらからは今はテーブル越しの金髪しか見えないが、姫様の隣には反省タイム中のエドワード皇子がいるハズだ。


「そう……なのですか、兄様?」


 まあ、どうせ無意味に爽やかなスマイルを姫様に返してたたずんでいるのだろう。

 顔は見えないけど。


 ……逆に言えばそれだけ、彼の言動が容易に想像できると言うことで。

 それだけ、これまでにも関わりがあったというコトでもある。


「エドさんには、それはもうお世話になってましたから。

 スミド親方の鍛冶屋を紹介してくれたのも、高原の湖から帰って来た時に治療してくれたのもエドさんでした。

 だから、決して身一つで追い出されたワケじゃ無いんです」


 今思えば、彼は彼なりに考えていろいろとフォローをしてくれていたのだろう。

 それはおれだけでなく自分の妹、エミリア姫に対してのフォローであるとも言える。


「最後に……。宮殿を出たのは姫様が原因でもなくて、ボラン皇子に問い詰められたことでもないんですよ。

 少しはそれもありますが、本当の所はおれが…………」


 若干言葉に詰まる。

 勢いで続けてるけどこれ、この場で言って良いのか……?


 ………………。


 ――まあ、言うしかないか。


 よく考えれば、グストさんや語歌堂さん、ディーやエドさんには話してる事だしな。

 あとフランさんにも。

 姫様にも、どうせどこかのタイミングで言わなければならなかったのだと思いたい。

 それが今なのだ。


 ……しかし意外に打ち明けてる人多かったな!!

 いつの間にか結構な人数にバレてんじゃん!!


「――理由はおれが、『勇者』では無いからなんですよ。

 どうも語歌堂さんや優也、平野君みたいに…………ええと、召喚された時に何の特殊な能力とかすごいボーナスとか、『勇者補正』が付かなかったみたいで」

「え、それは……!?」


 今度こそつぶらな目をさらに大きく見開き、驚くエミリア姫。

 両手をヒザの上で重ね、赤いドレスのすそをぎゅっと握りしめる。


「た、大変! それでは、あの時の召喚では転移してくる場所のみならず、本来付くはずの能力まで無かったということですか!?」

「まあ、運が悪かったんでしょうね」

「そういう問題では……!」


 姫様の言葉を手で制して、自分の言葉をムリヤリ続ける。

 往々にして、こういうのは先に言ってしまうに限る。

 全部内容を聞いてから考えてほしいからな、中途で止めたらこちらの意見とあちらの受け取り方で内容に語弊が出てしまうかもしれないし。


「いえ、そういう(・ ・ ・ ・)問題にし(・ ・ ・ ・)ておきま(・ ・ ・ ・)しょう(・ ・ ・)

 誰にだって失敗はありますし、それがよく正体の判らないモノならなおさらです。それに、意外となんとか戦えるもんですよ?」

「そ、そうですよ! お姫様も話に聞いているかは判りませんけど、ヒカリさん、結構しぶといんですよ? ガイコツの魔物がたくさん出てきても落ち着いてましたし。服は脱げてて武器はシャベルでしたけど」


 ディーも沈鬱な空気がイヤなことには変わらないのだろう。

 その内容はともかく、これ幸いとおれの意見に同調してくれた。

 最後の発言は非常に誤解を招きそうな感じだけど。


「ですから、エミリア姫。おれには能力ステータスの欄に『不運』なんてロクでもない称号も付いてますから、全部そいつの所為せいにしちゃいましょうよ。

 元からあまりツイてないのは自分でも知ってたので、今さら一個二個悪いことが増えたところで気になんてしませんから」

「ですが…………」

「ね?」


 ちょっと強引だけど、ネガティブな発言を先んじて封じてしまう。

 ついでに似合わないのを承知でエミリア姫に、おれはエドさんよろしく爽やか笑いを作ってみる。

 たぶん似合ってないだろうな。


「おれは姫様は悪くないと思ってます。

 そして姫様もおれのコトは悪くないと言ってくれたんだ、それならおれの『不運』に全部責任を押し付けちゃいませんか?

 少なくとも、おれ達の間だけでも」


 さっきから一国の王族、いや皇族の女性に対してなかなか生意気な口を聞いてしまっているような感じもするが、それもあえて気にしない。


 あと他に、小さな年下の子を元気づけたり気持ちを切り替えさせたりするには、どうすれば良いかな…………。


 ……手品か?

 いや、あれはこの前、施療院でやって大失敗しただろ!


 じゃあ、アメとか?

 いや、あげてどうすんだ! そもそも持ってないよ!

 というか姫様を子ども扱いし過ぎだろ!!


「……ヒカリ様、ちょっとよろしいでしょうか?」

「あ、はいっ?」


 と、エミリア姫がこちらに呼びかけてきた。


「そのう……、つまり、あなたは…………」


 ただ、話しかけたっきりで言葉が途切れてしまう。

 言うべきことを考えて、でもその言葉で合っているのか考え悩んでいるといった様子だ。

 おれも静かにしていた方が良いだろう。

 プレッシャーにならないように相手の手前にあるテーブルのメガネの辺りを眺めて待つ。


 窓の外の陽がわずかに雲に隠れてかげり、また晴れて……。


 紅茶から立ちのぼっていた湯気が少しその勢いを弱めた頃、姫様はまた顔を上げた。


 なんとなく、こちらを見る視線にはまだ迷いがあるようだ。

 若干瞳が揺れてるコトから察せられる。


「ええと、その……。私を、許してくれるのですか?」

「許すも何も、最初から怒ってませんって」


 もちろん即答。


 だっておれとは別の場所、別の立場でエミリア姫も悩んでいたのだから。

 それを知ってしまえば、もうこちらが責め立てるのはただのいじめにしかならない。

 そもそも怒ってすらいないんだけど。


 例え怒っていたとしても、エミリア姫のこんな悲しげな表情を見せられたら誰だって許さずにはいられないだろう。


「どうしても気になるのならさ、エミリア。

 彼もエミリーもお互いにもう謝ってるんだから、それでおあいことしてしまうのはどうかな? ケンカ両成敗だよ。

 ヒカリ君はそれでどうだい?」


 おれはもちろん、反対する理由なんてあるハズがない。

 そう向こうの金髪さん二人に意志を伝えると、ようやくエミリア姫も遠慮がちに首を縦に振ってくれた。


「…………判り、ました。

 あなたにそうおっしゃっていただけたのなら、私からも異論などありません」


 本当ならば私から提案すべきだったのでしょうねと言い、彼女の兄がいるであろうテーブルの陰を複雑な表情で見やる姫様。

 若干だけど眉が剣呑けんのんな、むすっとした形に曲げられている。

 怒ってはいないのだろうが、自分が黙っててと言ったハズの兄にちょくちょくアドバイスを受け、それがある程度効果的なものであったからこその微妙な表情なのだろう。


「本当に気にしなくて大丈夫ですよ?

 皇宮から出ていったのも大体自分のせいなんですし、今はちょっとした所で間借りさせてもらってます。寝る場所には困ってませんからね」

「そうなのですか?」

「はい、食堂の二階です。心配ご無用、ご飯も美味しい所です」


 なるべく気楽に聞こえるようにおれが言うと、ようやく少し笑顔を見せてくれた。

 エミリア姫、まだちょっと苦笑いぎみなのはご愛嬌だ。


 良く考えるといつの間にか、姫様をおれが励ますという構図になってたな。

 こっちが励ますってのも、ちょっとヘンか?


 ……それに実は結構、イロイロ巻き込まれてたりするんだけどね。

 でもまあ、なんだかそんなに謝られてしまうと、こっちの方が申し訳ない気持ちになってくるから。

 敢えて広言する必要も無いと思うんだ。


「だからおれの事なんてそんな気にせず、元気を出して下さい」


 また、自分の口をイーッと両手の人差し指でひろげて見せるという、古典的な『笑ってポーズ』をしてみる。

 なぜか隣のディーも同じコトをしている。


 負けじとこちらも更に強く自分の頬口を引っぱった。


 ビッ。


 ……クチビルの端が切れた。


「いっつあぁぁああああ!!」

「何してんですかヒカリさん!!」

「なんでも無いですよ姫様、おれは元気です!」

「ヒカリさん、そんな涙目で言われても…………」

「う、うるさいよ!」


 さすがに強がりで言ってるのが伝わってしまったのか、ディーがすげなく突っ込む。

 何これ地味に痛い。


 ――――と。


 それを見ていた姫様が。


「………………ふ、ふふっ」

「ん?」

「あ、いえ! すみません!!

 おかしかったものですから、つい……」


 そう言って肩を震わせ、エミリア姫が再び下を向いてしまう。

 下を向いても、まだふふっという控えめな声は聞こえてくる。


 どうやら下向きは下向きでも、さっきとは少し向く理由は違うようだ。

 それなら、うん、おれだってピエロになっただけのコトはあるってもんだ。


 ……まあ何にせよ、元気になってもらえたんならそれで良しとするべきなのだろう。


「なんだか私、ヒカリ様に励まされてばかりですね……」

「あー、それは……」

「? それは?」


 紅茶のカップを両手で覆うように持って、しみじみと言われる。

 いや、それは励ましてるというか、なんと言うべきか……。


「あれだけ出会いざまにテンパってる様子を見せつけられたら、誰だって応援したくなりますって。

 今もちょっとムリしてる感じがするような気が……」

「わ、わぁーーーーーー!!

 忘れて、忘れてくださいっ!!」


 手を必死にバタバタさせるエミリア姫。

 さっきのをなかったコトにしようとしているようだけど、まあそんな簡単にゴミ箱に消去できるようなイメージではない。

 これにはディーも苦笑いだった。


「ディーナ様まで!

 うう……。これでは、私の方が道化のようではないですか……。お二人の方が兄様からは『芸人みたいだ』と聞かされていましたのに…………」

「悪質なデマが!? ディーだってこれでも必死に生きてるんですよ!」

「ちょっ!? まるで私だけがおかしな人みたいな扱い!?

 ヒカリさんだって失敗して口のとこ切ってるクセに!!」

「それについては何も言い返せない!」

「ま、まあまあ、お二人とも……」


 ――そうして言い合いになりかけたものの、どうにか収まり、また少しの間静かな時間が流れた。


 ただしそこに、さっきまでの強張こわばった空気はもう無い。


 出会い頭こそあれこれあったものの、ようやく打ち解けられた気がする。


 ちなみに結局、口のささくれはディーの『治癒ヒーリング』で治してもらった。

 魔法って便利。

 今度口内炎になったら治してもらおう。


 午後の窓外からものんびりとした鳥の鳴き声が聞こえる。

 口が痛まない喜びを噛み締めつつ紅茶を飲んでいると、丁度同じタイミングで陶器のカップに口を付けるエミリア姫と目が合った。


「…………ふふ、どうしました?」

「――! い、いえ、なんでも」

「そうですか?」


 今は普通に話せているけど……。


 実際には相手は『お姫様』なんだよな。

 元の世界でただのへろへろ大学生だった頃には会うことは無かったタイプの人だ。

 もし会いたいと思っても絶対に叶わなかっただろう。

 そもそも日本に『金髪碧眼の皇女』なんているもんか。


 それがこうして多少だけども互いに打ち解けて、そして真正面から微笑まれてしまうと……。

 年下の相手とはいえ、なんだか照れるな。


 おれに向けてではなくエドさんに向けたものであるのは重々承知しているけど、彼女の『兄様』って呼び方も、聞いていて耳に心地いい。

 普段実の妹(アカリ)に言われていた兄貴って言い方も快活な感じがあって良かったけれど、兄様って言い方はそれとは対極に、たおやかな、大人しい感じの印象を受ける。

 それが姫様のような愛くるしいとまで形容できる少女からの呼びかけとして出ているとなると、それはもうかなり…………。


「……………………」


 …………なんだろう。

 なんだか隣から、非常にトゲトゲした視線を感じるのは気のせいだろうか。


 …………テーブルの下、誰かに足を踏まれたのも気のせいだろうか。


「そ、そう言えば、エミリア姫」

「なんでしょうか?」


 正面はいいが横からのどよんとした無言の圧力を振り払うため、場に話題をこちらから提供してみる。

 ヒールのある靴だったらしく、地味に踏まれた部分が痛い。

 おれの足の中指付け根になんの恨みがあるって言うんだ。


「ここでする話でもないかも知れませんけど……。

 例えば、自分の持ってる『称号』を消したりするコトって出来ますか?」

「消す? 他の称号で上書きするということでしょうか?」


 なるほど、絶対に無くならないものではないらしい。

 じゃあちょっと聞いてみよう。


「『勇者補正』の『称号』は別に無くて構わないんですけど、おれに付いてる『元囚人』の称号はどうにかなりませんか?

 何よりもまず、あれだけは持ってると不便で不便で……」

「『元囚人』? それは……一体?」


 エミリア姫も気になったのか、少し身を乗りだして訊ねてくる。

 彼女はもちろん知らないだろうけど、彼女の兄さんの方は、何度か例の効果が発動してるのを見ていたハズだ。


「エドさんは知ってますよね? おれが武器を持つと吹っ飛ぶあれです」

「ああ! もちろん知っているよ」


 そういやエドさんとはスミド親方の工房へ武器を選ぶのにも同行してくれてたな。

 そりゃ知らないハズが無いか。


 ポン、と手を打つ音がテーブルの下から聞こえ、エドさんがおれの代わりにささっと説明してくれた。


「エミリーには話したか判らないけど、ヒカリ君は一般的に言う『武器』を持てないんだよ。剣や斧といった刃物、槍や弓すらも持てなかったのは僕もこの目で見てる。

 その原因が、彼の能力ステータスに付いてる『元囚人』って称号にあるらしいね」

「え……!? それでは魔物との戦いどころか、それ以前の問題では!?」

「そこはまあシャベルとかツルハシで、ごまかしごまかし頑張りました」

「ごまかせるのでしょうか……?」

「ヒカリさん、ガイコツの魔物とかシャベルでごんごん叩いてましたよ」


 エミリア姫がヘンな物を見るような顔になっていた。

 そんなおかしな話があるのか、ちょっと信じられないといった表情だ。

 まあ、至って普通の疑問である。


 決しておれがヘンなのではなく、『元囚人』がおかしいのである。

 『元囚人』がおかしいのである。


「ええと、称号が付くには何かしらの理由があるのですよね、兄様?」

「うん。そうだね」

「ならばヒカリ様は、どこでそのような称号を?

 ヒカリ様がいらした別の世界の時から付いていたのでしょうか?」

「ん…………? あれ?

 おれがこっちに召喚された後で牢屋に入れられて、そこから出た時に『元囚人』って称号が付いたんじゃ?

 この世界で犯罪を犯して捕まった人に付く称号ですよね、それって」


 だからこそエドさんや姫様といった皇族の面々なら、この前科持ちみたいなちょっと不名誉な称号は取り消してもらえると思ったんだけれど……?

 なんだか話が噛み合っていない。


 しかし、エミリア姫は首を横に振った。


「ヒカリ様。そのような称号は…………例え牢獄に入れられた後でも、付くことはないはずです。

 いえ、そもそも私も初めて聞く称号です」

「え――――!?」


 ウソだろ?

 この皇宮の牢から出たから『元囚人』って訳じゃないのか!?


 だがエミリア姫は当然、嘘を付いている表情をしていない。

 むしろ、向こうも疑問に思っているような顔付きだ。


「牢に入れられた方はその間は『囚人』となります。その効果は、全体的な能力値ステータスが、微量ですが一時的に低下するというものです。

 ですが、釈放がなされれば『囚人』は消えてステータスの欄は空白になり、他の職に付けば再び『商人』『兵士』などの称号によって上書きされるはずですよ? ですよね、兄様?

 だから、そんな肩書きが存在するなんて…………」


 現におれはそんな『元囚人』っていう称号が付いてるんですけど……。


 え、でも、じゃあなんだ?

 本当は牢屋に入れられたところで『元囚人』なんて付かない。

 少なくともエミリア姫、エドワード皇子の知る限りで例が無い。


 しかも、『囚人』の効果はただ能力値が少し減るだけだって?

 だったら囚人よりはどう考えても裁量がマシに扱われるはずの『元囚人』が武器を持てなくなる効果を持っているなんて、ペナルティがデカすぎないか?


 それじゃ、おれはどうして?


 なぜ?


 なぜ、そんな称号が?


「でもおれ、それ以外に心当たり無いぞ…………?」


 ディーの方を見ても、やはり首を傾げられるだけ。

 この場には、生じた疑問に答えられる人は居なかった。


「ヒカリ様以外にもその『元囚人』だった人物が文献に残っていましたら、判ることもあるのでしょうけど……。

 もしかしたら『召喚』の前後と関係があるのかも、調べてみませんと」

「え、そんな、悪いですよ」

「いいえ、召喚なら私も無関係ではありません。

 時間は掛かると思いますが、微力ながら私にもお手伝いさせて下さい」


 おれと比べて小さな手をぐっと握り、気合いを入れてみせる姫様。

 ……が、途中で何か気付いたような顔に変わる。


「そうだ!! そうです、兄様!

 ヒカリ様をお連れして、今からお父様とうさまに会いに向かうのはどうでしょう? 私よりも父様の方が知ってる事もあるのでは?」

「父上に話をしに出向くのかい?」

「はい! それともう一つ、私自身が父様に彼の『召喚の儀式』の際の無実をお話しします。これ以上なく証明になるでしょう?」

「良いんですか?」


 唐突な提案にこちらはパッとしない気の抜けた返事をしてしまうが、エミリア姫は至極真面目な表情で頷いた。


「良いも悪いも、あれは私の身から生じたいわれなき罪ですから。

 せめて罪滅ぼしはさせてくださいな」

「それは正直助かりますけど、ですが……」

「遠慮なさることはありません! 善は急げば急ぐほど多くなせるものです。

 兄様、父様は今空き時間ですよね?」

「うん。確か次の大臣会議は晩餐時だったはずだよ。

 …………そろそろ足も痺れてきたから立っていいかな?」

「まだ正座してた!?」


 途中からなるべく気にしないようにしていたし、もっとも姫様の話に完全に注意が向いていたので気が付かなかったのだが……。

 ここまでずっと絨毯の上で座っていたらしい。妙な所でやたらと律儀なエドさんだった。


「ほら、行きましょう! さあ兄様も!」

「い、いたたっ! エミリー、もしかしてさっきのからかいの仕返しかな?」


 こちらを急かしながら、兄を割と容赦なく引っ張り立たせる。

 エドさんが若干押されているという、これまで見なかったような構図ができ上がっていた。


 その雰囲気からしてあの姫様も、物事を行う時は結構強気に進めていくタイプなのだろう。

 やっぱり兄妹、性格も似た部分があるんだなと思うワンシーンだった。


 ――――――だが、しかし。


 部屋から出ようとしたまさにその時、問題は起こった。


「……リア! エミリア! ここにいるのだろう?

 居るのなら早く返事をせんか!!」


 エミリア姫の時から時間を置いて再び、この応接室のドアがノックされたのだ。


 ただし姫様の時と違うのは、木製のドアを叩く音がどうにもドッシドッシと乱暴で、次いで甲高かんだかいような声が室内に聞こえてきたという事。


「そこらの侍女がお前の姿を見たと言っていたが、どうしてこんな変な場所で油を売っている?

 親切にもお前の兄が、こっちの彼女らにお前を紹介してやろうとわざわざ呼びに来たと言うのに!」


 ドンドン、ドンッ!!


 さらにドアを叩いて急かしてくる。

 ドアが軋むほどの勢いも気にせずに叩いている。


 中に居たおれ達は、四人でお互いに顔を見合わせた。


 対して外から聞こえるのは紛れもなくあのボラン皇子の声、そして恐らく先にも見かけた彼の取り巻き女子だろう。

 ドアの向こうに聞こえないよう、声をひそめる。


「……エミリア姫。あの声はボラン皇子ですよね?」

「は、はい。ただ、あのような約束は聞かされておりませんでしたが……」

「ボラン兄は、あんまり周りの事を気にしない人だからね。

 しかしこれはまた、少しまずいかも知れないよ?」


 マズいというのは、もちろんおれのコトだ。


 今はちょうど姫様と和解……、で合ってるんだろうか、とりあえず話し合うことが出来て、お互いの関係も修復出来た。


 だがまだ、それはおれとエミリア姫の二者間での話。


 エドさんも彼女も苦い顔をしているし、ここでボラン皇子とおれが素敵なエンカウントをしてしまうのは良くないのだろう。極めつけに、ボラン皇子は確実におれの顔を覚えているのだ。

 逆にこうして会っていたのを邪推されたり、最悪、話がこじれて非常に嫌な方向へと進んでしまう恐れもある。


「ちょうど父上と話をしようとしていた所に、またなんとも……」


 間が悪い話だね、と自分の太ももをさすっているエドさん。

 まだ痺れてるのか。


 だが、全く彼の言う通りだった。

 彼らにとっても上の立場である皇帝、父親に話を繋ぐことができれば、そこでおれは冤罪と晴れてお別れ、話はおしまいだったのに。


 なんとも運のない、としか言いようが無い。

 だが、そうグチるような猶予も残されていなかった。


「どうしたエミリア? 誰か居るのか?」

「え、ええ、エドワード兄様が」

「なに? ――チッ、エドワードか。

 ならばどうせ役にも立たん、下らん話でもしていたのだろ? 入るぞ」

「ま、待っ……!!」


 エミリア姫が何か言おうとするも、外のボラン皇子は聞く耳を持たず。

 無常にも内開きの扉のノブが回り、こちら側に向かってドアが傾く。

 おれの考えている以上に兄弟仲が良くないのだろうか、むしろエドさんの名前が出たことで、かえってボラン皇子の反応がらつなものになっているようなフシもあった。

 

 くっ、でも、相当マズいぞ!!


 どうする!?


 ボラン皇子に見つかって困るのはただ一人、おれ。

 反対に言えば、おれがこの場に居なければ話はこじれない。

 姿を見られるのがディーだけであれば彼女はあの皇子とは初対面――――つまり、エミリア姫の同性の友人みたいな風に話を誤魔化せるのだから。

 ちょうど格好もドレスで着飾っていて、正体が魔人ワーロックであるコトも魔法を使わなければバレないのだから。


 辺りを見回す。


(何でも良い……何かないのか…………!?)


 だがこの部屋では、内側に隠れられるようなタンスみたいなのも無ければ、置いてあるソファの裏側に逃げ込むのも難しい。

 何より、もし発見された時にはあらゆる意味で逃げ場が無くなる。

 部屋の中に留まっていれば、ほぼ見つかってしまうことは確実。


 いや、それなら…………!


 一つだけ目に入ってくるモノがあった。

 窓。開け放たれた部屋の窓だ。


「エミリア姫、すみません。今の話はまた今度で」

「えっ?」


 早口かつ小声で、立ち尽くしていた金髪のお姫様に告げる。

 事態は急どころかもう眼前にまで差し迫っているのだ。


 そして他の二人に、後は頼むと伝えてから。


 ――――一息に窓へと駆け寄って、外へ飛び出した。


「じゃあまたいずれ! ではっ!!」

「え、ええぇえーーーー!?」


 窓の枠に足を踏み込んだのも束の間、すぐに身体は宙に舞う。

 意味もなく腕はクロスして前に出し、そのまま日差しも明るい中庭の空へ。

 ではっという去り際の声もどことなくデュワッ!! といった感じの掛け声になっていた。


 だが、あいにく自分にはスーパーな人でもウルトラな人でも無く、ついでにハイパーもマスターも接頭語には特に付いていない。

 飛べないただのマンだったおれは、このファンタジーな世界でも無情にも健在であった重量に、容赦なく地面へと引きずり込まれた。


 …………端的に言えば、落っこちた。









「――よ、良かった、最初部屋に入った時に外を確認しておいて本当に良かった……!!」


 水の上を漂いながら、一人で呟いてみる。

 場所は応接室の窓から臨む中庭……の、噴水。


 大きな水音を立てたもののなんとか落下のダメージを相殺そうさいしてくれた噴水の端の方で、おれは仰向けになってぷかぷか浮いていた。


 勢い良く飛び出してきたものの、上手くこの場所に向かって落ちることができた。

 意外と水の深さがあるのも見ていたし、プールの飛び込み台の要領でイケると踏んだのだ。計画通りである。


 ……計画通りにしては、水面にパァンっと打ち付けられた全身が激しく痛いんだけど。

 特に足首が痛い。


 と、視界の横に陰が差した。

 見れば、おっさんだった。


「何やってんのお前」


 なんかすげぇ音してたぞ、と言って眉をヘンな形にしているおっさん。


 しばらく前に席を外して身体を洗いに行ってた彼の後ろの方から、付き添いのキリオーネムさんも歩いてくるのが見える。

 キリオーネムさんの言っていた水浴び場はこの近くにあるのだろう。

 様子からしてその帰り際、と言ったところだろうか。


 そうして、海岸でめっちゃ活きの良いナマコでも発見してしまったかのような微妙な目をしてこちらを見ているおっさんに……。

 おれは仰向けになったまま、笑顔で言った。


「足首をくじきました」

「マジで何やってんのお前…………」

 


 ……本当に窓から飛び降りる必要、あったんだろうか。


 

 

 

 アシクビヲクジキマシター!


 ではまた次回!

 

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