第十二話 : I’ll be back 中編
後編と称していたサムシングが20000字を超えた辺りで、そっと『中編』と題名を書き換えるこんにゃくの図。
すみません、前後編ではなく三分割になってしまいました……。
前回のあらすじ。
おっさんは、お父さんだった。
……場の空気が固まることしばし。
たっぷり五秒ほどは皆、動きが止まっていただろうか。
真っ先に言葉を発したのは、おれだった。
「――おっさ…………、ちょ、ちょっと待って下さい、『お父さん』って!?」
「なんだお前、ひっさしぶりだな……。ってかどうしてここに?
狭い鉄格子の部屋から出てきたと思ったらディーナまで居るし、なんだこりゃ?」
牢屋の前に立っていた大男は、頭をばりばりと掻きながら言う。
いや、なんだこりゃって。
疑先に問を呈したのはこちらなのに、逆にまた疑問で返されてしまった。
おれの方だってワケも判らないままここに連れて来られたのだ。元からそんなに回転が早いとは言えない、頭の理解が追いついていない。
ディーはつい少し前におれと同時に叫んだきりぽかんと口を開け、近くに立っている灰色の石像のように硬直している。
牢屋の前で三人が立ち尽くしている。傍から見ればさぞシュールな光景だろう。
しかし、当人達にとっては至って真面目だった。
そこに、エドさんの疑問の声が割り込む。
「あれ? ヒカリ君、彼とは初対面じゃなかったのかい?」
「初対面どころじゃないですよ!?」
彼。目の前に立っている人物。
自分が以前そこの牢屋にぺいっとぼろ雑巾のごとく放り込まれた時、数時間ほどの同居人であったその相手。
だが忘れるはずもない。
おれがこの世界に来てからの思い出は、ほぼその辺りを開始点として始まっているのだから。
しかしディーは、その中年な人物を『お父さん』と言って呼びかけた。
聞き間違いでなければ、確かにお父さんと呼んでいた。
…………まさか。
「あー、ええっと…………。お名前は?」
「お前なんでメガネ掛けてんの?
いや、名前は前にも言った気がするんだが…………」
彼は一瞬訝しげな表情をしたものの、答える。
「タークだよ、ウィン・ターク」
そしていきなりのクリティカルヒットだった。
「ウィンーーーーーー!? そう言えばそんな名前だったような気がしなくもないような!!」
「うるせえ、いきなり怒鳴るな!!
しかもやっぱ前言ったの覚えてなかったのか!」
頭に入ってきた新情報、いや新しくはないんだっけか……を知ってしまい、またもや驚愕の渦に叩き込まれる。
古いギャグマンガであればおれが掛けていたメガネはすぽーんと飛んでいたであろうほどの衝撃だったし、現に今メガネがずり落ちた。
鼻頭を押さえて、どうにか持ち直す。
と同時に、ようやく理解する。
ディーのフルネームは『ウィン・ディーナ』。
目の前の大男の名前は『ウィン・ターク』。
この世界では一般的には『名―姓』で名前が表されるが、一部のグループは『姓―名』で名乗っている事もある。
魔人の種族がそのグループに該当し、基本的には部族単位で苗字を持っているのだ、が…………。
そのが事実が、意味するところは。
「おっさ……タークさん、実はウィン族の魔人だったのか……!!」
「おうよ。あんまし公言するワケにゃいかねえからな。
魔人を知ってるってのは、あー、そこのディーナから聞いたのか」
こっちはこっちでなんでドレスなんか着てるんだ、と呆れたような声で呟いているおっさ…………、いや、タークさんか。
(……そう言われてみれば、なるほど…………?)
失礼だとは判るものの、それでもじーっと、しげしげと顔を見てしまう。
よくよく見れば髪も目も、ディーよりは色が薄いものの青色だから、水人族らしい特徴は持っている。
さらに言えば魔法についても詳しかった。一番最初におれに『魔素制御法』について説明してくれたのはこの彼だったハズだ。
「しかも、まさか子どもまで居たなんて……」
呆然としているディーを見る。
ってことはあれか、既婚者だったのか。
しかもこんな大きな娘さんまでいらっしゃった。
なんだかショックだ。
ただ問題なのは、おれがディーと会った時にその事に気付いても良かったんじゃないか? というコトなんだけれど。
…………単におれが鈍いだけ?
「俺からすれば、その俺の娘が、なんでドレス着てめかし込んでるのかが気になるところなんだが……」
「む、むむ…………?」
「なんだこっち見て」
ああ、そうか!
なるほどこの二人、髪と目の色は同じだ。
だけどおっさんとディー、それ以外の部分はほとんど似てないんだな…………。
ディーと比べて性別は違いこそあれど、それにしても目つきは悪いし、髪はゴワゴワしてるし色もくすんでいるし、ヒゲは剃ったのかアゴ周りは整っているけど、体格がやたらと良い割りにはどことなく冴えない風貌だし……。
牢屋暮らしが長かったからかヘンな匂いもするし、いや具体的には押し入れにずっとしまってた座布団のようなホコリっぽい匂いがするし……。
「アレだからな? お前、全部考えてること口に出てるからな?」
「へ!?」
そんなバカな!?
驚きのあまり、うっかり口に出ていた!?
「ワザとじゃなかったのか!?
ディーナは母親似だよ! あとパッとしない外見はお互い様だろうが! ほっとけ!!」
「失礼な!! おっさ……、いやタークさん!」
「どっちがだ!! それにもうおっさんで良いわ別に!!
さっきから言い直すの失敗しまくってんじゃねぇか!!」
それはファーストコンタクトの時にそう呼び続けたから、呼び方が直せなくなっただけだ!
「でも、おっさんが…………まさか例の、自分の持っていた武器をうっかり失くしたというあの、ディーの間抜けなお父さん!?」
「な、なんでお前がそれ知ってるんだ!?
ちげえよあれは、ただ草っぱらで昼寝してたらどっかの野鹿がくわえて逃げてったんだよ!」
「ただのアホだった!?」
「うるせえ!!」
会ってすぐに言葉のやり取りがキャッチボールをすっ飛ばしてドッジボールのようになっていた。
なんだか懐かしいようなやり取りではある。
しかしそんなある意味感動の再会を果たしたおれとおっさ……、おっさんの間に、さらに青い影が割り込んでくだ。
見れば、おっさんをお父さんと呼んだっきり硬直していたディーだった。
ようやくショックから立ち直ったのだろう。
ぶんぶんと左右に頭を振って気を取り直し、おれに迫って詰問してくる。
「ひ、ヒカリさん! お父さんと知り合いだったんですか!?」
「うん」
「あっさりした答え!! どうしてですか!?」
いや、どうしてって言われても……。
そもそも牢屋に入ること自体がこちらとしては不本意な事態だったのだから、どうにも偶然にとしか説明のしようが無い。
なんだかんだで牢屋に行ったら、なんだかんだでおっさんと相部屋になった。それだけなのだ。
そのなんだかんだの部分に理屈は付けられない。
こちらはある程度疑問は解消できてしまっていたため、落ち着いて答えた。
「何と言うかまあ……、成り行き?
ちなみにおれに、魔法について最初に説明してくれたのはこの人だ」
「お、お父さんがですか!?
牢屋に入って何やってたんですか!!」
近くにある牢獄の壁を指差す。
こちらからは大きな石の箱のようにしか見えない建物だが、恐らく反対側には鉄格子付きの窓があったりするはずだ。牢屋から宮殿の方向が見えない配置になっているのだろう。
防犯上の工夫だな、きっと。
中の部屋の様子も、まだ日はそこまで経っていないから思い出すのは容易いが……。
おれは入れられてたのは数時間程度のこととは言え、まあ居心地の良いものでは無かったと思う。
十日以上も入れられていたなら、それはかなりツラいものだっただろう。
おっさんが若干臭いのも納得である。
「おう。俺が入ってた部屋にこいつも来たんだわ。
あとキノコとか投げ合ってたな。俺も言ってて意味判らんけどな」
「ヒカリ君のキノコ!? 詳しく!」
「横からエドさんは入ってこないでください!」
何が彼の琴線に触れたのか、遠く離れた位置取りでうんうん感動の再会だねなんて言って爽やかに傍観していたハズのエドワード皇子が、一瞬で会話の輪に混ざりこんできた。
それはもうグイグイと入り込んできた。
が、ディーにカウンターでぐいっと押しのけられ輪を外れ、すごすごと皇子はまた元の位置に戻っていく。
エドさん、何がしたかったんだ。
だがまあ賢明な判断ではある。どうせロクでもない事を言い出す予感しかしなかったし。
エドさん、おれのキノコってなんなんだ。
「あの牢屋の隅に生えてたキノコ、なんか光っててこえぇんだよな……」
「絶対食べたら体壊すヤツでしたよね、アレ」
「だな」
「だな、じゃないですよーー!!
どうして! どうして街に行ったはずのお父さんがこんな所に!? 牢屋に!?」
はっ、そうだ。
キノコの話題に花を咲かせている場合じゃない。
そもそもキノコに花は咲かない。
それよりも、だ。
これがただのそこら辺の適当なおっちゃんなら別に構わないが、彼はディーの親父さんだと判明した。
ディーの父親ならば、北の湖を管理している『水守』である事は間違いない。なにせディーの話からすれば、彼女ら父娘は数年前に一族の里から出て、湖近くに二人で住んでいたのだから。
するとこんな所で……しかもなぜ牢屋なんぞにインしていたのか?
おっさんインしたお、とか言ってなごやかに笑って済ませられる疑問ではない。
「だってお父さん、湖の周りで魔素が増えているのを街に報告しに行くって言って出かけて行きましたよね!? それがどうしてここに!?」
「あ、ああ、それはな……」
それを娘に訊かれておっさんが目を僅かに泳がせたのを、おれは見逃さなかった。
そしてすぐ、ふと遠い目をする。
まるで何か古き良き懐かしい思い出を、はたまた苦い青春の一コマを思い出しているような雰囲気をにわかに醸しだす。
「そうだな。あれは今から半月ほども前か…………」
丘の下の街からの日々変わらない喧騒が風に乗ってこちらまで届き、おっさんがボサボサの青い髪を手で押さえて空を仰ぐ。
カラオケで曲を流すとテレビ画面に映る謎のPVのような事になっていた。
「ああ、街に季節外れな冷たい霧雨が降るある日の晩のことだった。
俺は湖のある高地から半日かけて街に下ってから、まず冷えた体を温めようと、軒先から雨の滴り落ちる一件の酒場に入ったんだ…………」
うわぁ途端に長い語りが始まりそうな気配が!!
なにこの流れ! いきなり回想シーンか!?
「その酒場の中からは騒々しく他の酒が頭まで回った客達の声が飛び交っていた。だが、そんなでも俺の長旅で疲れた心には」
「はぐらかさずに短くまとめなさい。怒りますよ」
ディーの体が青く発光した。
詠唱状態、強力な氷属性の魔法を放つ前のサインだ。
「酒場で知らん奴にケンカを売られて買いました。
で、捕まっちまいました」
しかし娘の剣幕に押され、すぐに言い終えるおっさん。
まさかの敬語だった。
しかもあれだけ凝った演出の前フリをしておいて、二行で話が済んでしまった。
「こ、こ、このバカお父さんはーーーー!!
娘としてどんな顔すればいいんですか!?」
それを聞いて、肩をわなわなさせ憤りに地団駄を踏むディー。
怒り心頭といった様子だ。
さっきのも、おれがアホな事を言った時のワイズマンのようなバッサリとした対応だったな。
…………まあ、よく考えずとも無理もない話だ。
彼女の怒りも充分に納得できる。
つまり、こういうコトである。
街に危機を知らせに行ったはずが、途中の寄り道により任務そっちのけで余計な事をしでかしてしまった。
果ては牢屋にぶち込まれ、今日日まで反省タイム。あっさりと連絡の仕事は失敗。
単純におっさんだけに責任があるとは言えないものの、いざ異変が起こる前に彼が湖の異常を街に伝えていたらどうだっただろう?
街の被害を抑えるため、何かしらの対抗策は練られたのではないだろうか?
そんなこんなの責任が全部自分の父親にあるとすれば、そりゃ身内としては怒る。
猛烈に怒る。
流石にそれを感じ取ったのか、父親の方もバツが悪いといった様子で頭を下げた。
「あー……、すまんかった。この通りだ」
「ホントですよ!
お父さんがしっかりと湖のコトを伝えてくれれば、私もヒカリさんも危ない目に遭わなくて済んだかも知れないんですから!」
それを聞いておっさん、首を傾げる。
「ん? ってかお前、ヒカリって名前だったのか?」
「知り合いだって言ってたのに名前も知らないんですか!?
……じゃなくて! もういい加減にしてください!!
それになんだか匂いますし! お父さん、臭い!」
「ひでぇ!!」
皇宮の敷地内で、あわや始まりそうになる親子ゲンカ。
一方的に父親がボコボコにされているだけのような気もするが。
そんなタイミングで、先程押しのけられたエドさんが助け舟を出した。
「はいはい、少し良いかな?」
「はい? ちょっとまだ……」
今度はマジメな話題なのか、ディーとその父の間に諫めるように立ち入り、ストップといった風に鷹揚に手のひらを上げてみせる。
「それにについて、僕から少し説明しなきゃいけない事があるんだ。
ディーナ君の気持ちも判るけれど、彼に怒るのは話を聞いてからでも遅くないんじゃあないかな?」
まずは場所を変えないとね、と言うエドさんに案内され、再び宮殿の建物内へ。
正面入り口の横手にある階段を上がり、通された所は二階の応接室の内の一つ。
もちろん警備の兵士の方々はいたものの、例によってエドさんのお陰で顔パスだった。
応接室はテーブルの周りにコの字になるよう配置されたソファ一つ取り上げても、なかなかに上品な造りになっていた。外からの客人を迎えるための部屋だそうだから、それなりの物を用意しなければならないのだろう。
こういうレイアウトって誰が決めてるんだろうな。廊下と言いこの部屋と言い、一つのコンセプトで統一されている感じはあるけど。
……まあ、それは別に今は関係ないか。
ちなみに多少の防音も施されているそうだ。
この部屋を選んだのは彼曰く、話す内容が内容だから、という事だったが……。
そのエドさんの言う『説明しなきゃいけない事』。
いざ部屋で聞かされてみればそれは、再びおれ達を驚かせるのに充分な内容だった。
「――――つまりエドさんは、私の父は悪くないと……!?」
「最初に明言しておくと、つまりはそういう事だね。
むしろタークさんは、巻き込まれた被害者と言った方が正しいかも知れない」
エドさんがそれに頷き、テーブルの上に置かれたハーブティーを一口飲む。
かの皇子はおれの正面向かい側に座って腕を組んでいた。
彼が語ったのは、おっさんことディーの父親、ウィン・タークが牢屋に閉じ込められていた背景。
順を追って話すと、そもそもかのおっさんがこのセンティリアに来たのは十日と少し前。
そして、おれが召喚される数日前の事。
彼が街へ来た目的は先述の通り、街北部の高原に位置する湖に異変が見られたことを報せるためだった。
ディーとおっさんは水人族、ウィン族から派遣される『水守』であり、『水守』とは人里近くの水源地に住み地鎮を行う神社の神主的な仕事であると言える。
二人は数年間湖の畔に小屋を建てて暮らしていたものの、ここにきて異常な兆候が現れた。
なんの特別な要素も無いただの湖から、魔素がわやわやと湧き出してきたのだ。しかも日に日に出る量は増えていく。
これはやべえとおっさん、娘に万一の場合の留守を任せ、歩いて半日~丸一日程の距離にある街へと報告に向かったのである。
しかし問題は、街に着いてから彼が宿をとる前に一旦休息を、と酒場へ入ったところで起きた。
カウンター席で安酒を飲むおっさんに、悪絡みをしてくる輩が現れたのだ。
その彼、いやディーも含めて彼ら水人族は、魔人の一種族であり、そうでなくても純粋な青髪蒼眼の風貌というのは結構目立ってしまう存在である。
おっさんはディーよりも長年生きているぶん人の多い場所へ来る機会も多く、悪目立ちしてヘンなのに絡まれるなんてのは幾度も経験しているらしい。
今回もまたそんなヤツがやって来たのだろう。適当にあしらってやれ。
――――と、最初はタカをくくっていた。
しかしその時の相手だけは、妙にしつこく絡んできた。
アルコールが入っていたものの本人の覚えている限りでは、外ヅラが気に食わないだのここら辺じゃ見かけないおかしな奴だ、等々…………。ワケの判らない、どうでも良い事にいちゃもんを付けられたそうだ。
「自分の顔くらい自分が一番判ってるっての。なあ?」
「なんでそこでおれに同意を求めるんですかね!?
ちなみに、その相手ってどんな人だったんですか?」
「男だ。フード深く被ってて、顔までは見えなかったな。
口がニヤニヤしてて、底意地の悪そうなひん曲がり方してたのは覚えてるぜ。あれ絶対性根腐ってるわ」
……そんな具合。
おれやおっさんの見てくれはさておき、そのフードの相手は予想以上に粘着質だった。
治安の悪い所の大衆酒場ではそんな酔っぱらいも一人や二人居てもおかしくないが、そいつはそんなレベルではなかった。
普通ならば、相手せずに適当にやり過ごしていれば、相手もしらけて去っていくのがほとんどだからだ。
だが関わるのをやめておこうと無視を決め込んだターク氏、しまいには肩を掴みかかられてしまう。
そこで手を振り払うと、今度はなんとフードの誰かさん、逆上したかと思うとやにわに自分のローブの胸元に素早く手を差し込んだのだ。
その動作が意味する所は一つしかない。
相手は武器を取り出そうとしたのである。
そこに至って遂に看過できなくなり、慌てておっさんも魔法で牽制。本人いわく唱えたのは、手で持てるサイズの氷で出来た棒を生み出す魔法。
きっとディーの『氷の柱』の小型版みたいなものだろうとここでは推測しておく。
……で、その瞬間に外から騒ぎを聞きつけた巡回の憲兵が入ってきて、武器(?)を持っていたおっさんはあっさりと容疑者お縄御免でしょっ引かれてしまった。
タイミング悪い事この上ない。
まるで、運が悪いどころかもはや最初から存在しないという誰かさんみたいな話だった。
そうして、当初の目的であった連絡の用事は果たせないまま、牢屋で過ごすことを余儀なくされてしまった。
少なくとも、おれとディーが湖の異変の元凶であった『目』の怪物を倒すまでは、ずっとそこに拘留されていた。
「――――といったような具合だね。
タークさん、どこか補足すべき部分はあるかい?」
「いや、ほとんど俺が皇子さんに話した時の内容そのまんまだったな。
こっちから言う事はなんも無いぜ」
エドさんがそう締めると、当の話題の彼も神妙な顔で肯定した。
「それは良かった。
……で、その事を僕が知ったのは数日前、実際に事件が起こってしまった当日の事だ。
僕は朝から冒険者ギルドに居て、その時に魔素侵蝕の被害を受けて運ばれてきたベアやフォックスの面倒を見ていたんだけれど……」
あの日の事か。
おれがギルドに行った時に話した(その時は名前を知らなかったけど)オウルさんも、そんな旨のコトを言っていたな。
あの巨体の冒険者グリーンベアさんも、抜け目無さそうな目付きのレッドフォックスさんも、高濃度の魔素でダメージを受け倒れてしまったのだ。
居合わせたエドさんが看病していたのだろう。
「ギルドで貼られた緊急任務の掲示――北の湖で異常が起こった、みたいな内容だ――を見て、君達水守の存在を思い出したんだ。
変化が起こったのならば彼らが報告に来ているはずだ、ってね。でも実際にはその報告に来たはずの人は、調べてみればなんと、牢屋に入れられていた事が判った」
「……あれ? ちょっと良いですか?」
話を聞いていて、気になるコトがあった。
そう言えば、この二人の言っている…………。
「『報告』と言ってますけど、結局おっさんはどこへ伝えに行かなきゃいけなかったんですか?」
「ん? ああ……。基本的にはここの皇宮に陳情する形になるな。
あとは、民間の自治組織みてえな面のある、冒険者ギルドくらいか?」
まず第一優先はやはり、ここの宮殿だったらしい。
しかし、囚われてしまっては報告もままならなかった。
…………ん?
ただ、そうなると……。
「でもそれなら、牢屋で事情聴取とかされなかったんですか?
少なくとも捕まった後で何をしたのかぐらいは聞かれるでしょう? その時に湖のコトは話せたんじゃ?」
だって、牢屋と宮殿は近い。
ただおっさんがその点に気づかなかっただけ、か……?
……と思いきや、事実は違ったらしく。
彼は憮然として言った。
「いや、俺だってそりゃ話そうとしたさ。
でもあいつら、何も聞かずに牢屋に放り込んでから、ずっと俺の事は放置を決め込んじまったんだぞ? 信じらんねえだろ?
皇子がクチ聞いてくれなきゃ、もうしばらくあのキノコ部屋でまずいメシだけ出されて放置されてたかもな……」
だから、おっさんに話す機会は与えられなかった。
肝心の情報は伝わらずじまい。
――なんか、話がキナ臭くなってきたぞ――――?
微妙に嫌な予感を察したものの、とりあえずと話を詳しく聞いてみる。
残念ながら、こんな時のおれの悪い予感は当たるのだ。
「エドさん。この国は、罪を犯した場合はどうなるんですか?」
「うん。ヒカリ君のような公の場でのケースならともかく、街のケンカ程度ならば問答無用で牢屋に、と言うコトは少ないよ。
……もしかして、君も気付いたかな?」
「なんとなく、ですけど」
ちなみに、とエドさんは続ける。
「僕が見に行った時、あるいは最初からかも知れないけど、『フードの男』らしき人物は牢屋には入れられていなかった。
また、どの衛兵に尋ねても、『タークさんを捕まえた兵士』の名前には心当たりが無いと言われてしまった。
怪しいだろう?」
そうまで言われてしまうと。
それは、流石に疑いようもなかった。
いや、疑わし過ぎてむしろ、明確に…………。
「怪しいですね」
「ヒカリさん?」
なんとなくまだ事情を察していない様子のディー。
自分の中での整理もかねて、彼女に説明する。
「ディー、つまりおっさんは嵌められたんだよ」
「…………………え?」
だろうな、と苦い顔をするおっさんを横目に、ディーに一つずつ区切って話す。
そう結論づけられる要素なんて、いくらでもあった。
酒場で絡んできた、強い害意を持ったタチの悪い客。
そしておっさんが自衛を図って魔法を唱えた途端、その現場に妙にタイミング良くやって来た巡回の兵士。
おっさんが捕まるまでの、まるで予定調和のような手際の良さ。
結果、他の登場人物は姿をくらませ、おっさんだけが牢屋に入れられて『目』の異変まで放置された。
あたかも、口封じと言わんばかりの強制的な流れ。
言わばそのどれも、湖から来た彼を妨害するように働いていたのだ。
…………どう傍目に見ても異常だ。
仕組まれていたとしか思えない。
つまり――――。
「つまり、それが偶然でなければ、湖の事をおっさんに話されたらマズいと思って、報告を阻止する動きがどこかであったとしか考えられないんだ」
だが、おっさんから見た視点だけでは、この歪な全貌は判らなかっただろう。
エドさんが現れなければおっさんは異変とは関係ないまま、単に酒場で騒いで捕まったと言う、まさにただの酔っ払いなおっさんになっていたというワケだ。
「な、なるほど…………!
やっぱりお父さん、悪くなかったんですね!」
「だから最初に言っただろ?
大方、そいつの読みは外れてないぜ」
置かれた紅茶のカップをがぶっと飲み干し、ディーに言うおっさん。
自分の下がっていた評価が娘の中で上方修正されたと察したのか、謎のドヤ顔だ。
が、何を思い出したのか急に表情が固まる。
頭をばりばりと掻きつつ、エドさんに訴えた。
「ところで、悪いがどこか体を洗うところ貸してくれないか?
話すこと話したし、ちょっとおれが抜けても問題無いだろ?」
「もしかして……私がさっき臭いって言ったのを気にして……?」
「そ、そんなワケねぇだろ! 気にしてねえし!!」
慌てて取り繕うおっさん、ひっそりと気にしていたようだ。
不憫である。
そんな父娘の悲しみに満ちたやり取りを聞いていたエドさんは、パチンと指を鳴らす。
「うん。後は僕の方から必要な事は話しておくよ。
キロ君、タークさんの世話を頼むよ」
彼の言葉とほぼ同時に応接室の扉が音も少なく開き、新たな人物がするりと入室。
入ってきたのはもちろんお馴染みの、いやちょっとほぼ毎日会ってるせいで視界に馴染みすぎてて怖い気もする、メイドのキリオーネムさんだ。
おれ達が居るテーブルの周りから少し離れた位置に立ち、両手を腰の前で合わせるポーズで控える。
今中に来たばかりだというのに、まるで自身も部屋の一つの調度品であると言わんばかりの違和感の無さだった。
まさか外で待機していたのだろうか。
「お、まさかこっちの美人さんが体でも洗ってくれんのか?
はは、照れちまうなぁ」
「ちょっと、お父さん!!」
静かに入ってきた黒白のエプロンドレス姿の麗美な女性を見て、鼻を伸ばすおっさん。
娘の前であるまじきデレデレした顔だった。
そしてキリオーネムさん、その言葉にニッコリ。
「かしこまりました。丁度こちらに水の入ったグラスがあります」
「洗えと!? コップ一杯の水で体を洗えと!?」
これで充分でしょうとばかりに水の注がれたコップ一つをどこからともなく渡されるという、予想外のムチャぶりにビビるおっさん。
海水浴場の海の家にあるような備え付けのシャワーだって、もう少し気前よく水を出すだろう。
かなりクールな対応だった。
「メイドの冗談です。中庭の裏手に、使用人が利用する水場がございます」
「あ、ああ、助かるわ」
「ですが今回は特別に、階段を降りてすぐ外の中庭の噴水に案内致しましょう」
「噴水に浸かれと!? イジメかよ!!
やっぱ冗談で済ます気無いだろ!」
キロさんはコップを机に置き、おっさんをさぁほらと無言で急かすようにして席から立たせる。
再び扉を開けてもっさりした大男を外に排出した後、こちらに優雅に一礼してから去っていった。
「軽口叩いてすまんかった……」
「いえ。この次は無いと思って戴ければ」
「怖ぇな!! このメイドさん怖ぇよ!!」
……扉の向こうで、遠く聞こえる不穏なやり取りが離れていく。
残ったのはおっさんを除いたおれとディーとエドさんのみ。
あと意味もなくおれの前に置かれたコップだけになってしまった。
なんだこれ。飲むべきなのか。
「……さて、話を戻そうか?」
「エドさんもマイペースですね……」
「でもあれだよ? キロ君、ヒカリ君の事は気に入っているみたいだよ?
それともちろん、ディーナ君の事もね」
へえ、そうなのか。
…………その結果がキリオーネムさんの持っているおれの一日の観察日記では、喜んでいいのか複雑なところだけど。
おっさんの言ったのとは別の意味で、おれも怖いよ。
ところであの紙、キロさんはどこへ保管しているのだろうか。
おれに渡すという選択肢はないんだろうか。ないんだろうな。
メイドさんのせいでプライベートがヤバい。
「ええっと……。すみませんでした、うちのお父さん、あんな感じでいっつも適当に過ごしてるんです…………」
「いいよ、気にしなくて」
「ただちょっと、さっきの話で聞いても良いでしょうか?」
空気を戻すように、ディーがこほんと咳払い。
耳のイヤリングが揺れる。
「お父さん、は嵌められた…………ってヒカリさんも言いましたよね?
でも、誰に? そんな事をする人なんているんでしょうか?」
だって、そのせいで街も湖もヒドい事になって……、とカップに入ったハーブティーの水面を見ているディー。
そう思うのも一理あるだろう。
だが、エドさんはあっさり告げた。
「もちろん、今回の異変によって得をする人、だろうね」
「……え?」
「あるいは異変を起こすか、加担した人間だ」
「ま、まさか…………!?」
驚いているディーをよそに、おれは嫌な予感が的中した事を察してしまった。
頭の後ろの方がチリチリと痛むような、そんな予感。
「今回の異変――――それが、人の手で起こされたモノだと言ったら?」
「――――っ!!」
やっぱりそうなのか。
魔素の量が増える。
それだけならば、ただの災害であると言えた。
『目』の怪物が現れる。
それだけならば、得体の知れない怪物の出現であると言えた。
魔素の霧も、そいつが吐き出していたことで理由が付く。
しかし、異変の影で動いていた人間が居る。
異変を助長、あるいは便乗していた輩が居る。
つまり、おれ達の『敵』は――――――。
だが真実なのかどうか。
彼が言っていることが本当なのかどうか。
そこを確認する必要があった。
「それは、本気で言っているんですか?
そうだとすれば…………」
「そう、今回の事は天災などではなく、人為的に引き起こされた災害である可能性が高い。しかも残念ながら、兵士を騙るか操るかしてあの牢獄にタークさんを入れた以上、皇宮の身内の誰かが関わっているのも間違いないだろう」
おれはそこに至って、エドさんの顔を見た。
何も理由なく…………なんてワケは無い。
話としては筋が通っている。
内容も理解したつもりだ。
だけど、『誰か』が異変に関わっているとするなら、それは逆にエドさんであるという可能性も否定できないのだ。
硬い床だと思っていたものが実は底なし沼だったという可能性。
最悪、これまでの話全てが、おっさんとエドさんでグルになって話したウソであるということも……。
いや、そんなハズ無いと信じたいが…………だけど。
疑心暗鬼になっているかもしれない。
だが、否定する根拠も無い。
「ヒカリ君。僕のことも疑っているね?」
そう図星を付かれて、少したじろぐ。
だが、この際聞いてみることにした。
「……はい。それこそエドさん自身が裏で糸を引いてディーの父さんを捕まえた、といった邪推もしてしまいました。
現時点でおれが絶対的に信じられるのは、隣に居るディーだけです」
「…………相手の正体が判らない以上、そう考えてしまうのも無理はないよ。
でも、だからこそ、だ」
「だからこそ?」
エドさんは上着の内側を探り、紙を取り出した。
それは、この皇宮に来る前にも一度見たものだった。
紙の中央に佇むのは、『 番騎士隊』の文字。
「だからこそ、『零』隊を作ろうと思ったんだ。
敵の姿も目的も不透明だから、僕から見て信頼できる人を集めて。
次に相手が仕掛けてきた時に対応できるように。
そして僕や、他の人達の無実を証明するために」
「……そういう事だったんですね」
今のところ、確実に信頼できるとエドさんが考えている人は少ないそうだ。
だが、その中で最も『零』の隊長に適しているとは誰か、と考えると……。
「やっぱりヒカリ君、現時点では君しか居ないんだよ」
「………………」
すぐには返答できなかった。理由は幾つも挙げられるけど……。
おれは、頬杖をついて考えこんでしまう。
ディーもディーで悩んでいるようだった。
そんな風に三者三様でそれぞれ考え込み、これまでに例を見ない、かつて無かった程の真剣な空気が部屋に満ちていたその時。
その空気を破るように、ドアのノックの音が聞こえた。
コンコンと、軽く叩く音だ。
「あれ? もうそんな時間だったかな?」
「へっ?」
思わず手がずれ、載せてたアゴがカクっと落ちる。
エドさんは窓の外を見て、陽の昇り具合で時間を確かめるようなそぶりをしていた。
…………時間?
キロさんに連れられたおっさんが、水浴びでも終えて戻ってきたのかな?
だけど、その割には早過ぎるような気もする。
「兄様? お兄様?」
再びのノックと共にやって来た声で、相手が予想していた人物とは違う事を知った。
若いと言うよりは若干幼さの残っているような、鈴を転がすような声色の少女。
「エド兄様? ここで宜しいのでしょうか?」
「ああうん、待ってたよ! 入っておいで!」
「………………エドさん、誰が来たんですか?」
ドアの外に向かって呼びかける皇子に訊くものの、それよりも早く外の人物がドアを開ける。
防音加工の扉、開いてしまうと声はかなり鮮明に聞こえた。
「兄様、キロさんから伺いました!
また外の面白い、変わったおみやげを持って帰られたのでしょう?」
「姫。あまり廊下に聞こえる程に騒がれては……」
遠くの方から、別の声が追従する。
どうやら、先行した少女を急いで追いかけてきたらしい。
「だって会うと言ったきり兄様、何日も先延ばしになっていたんですもの!
今度は何でしょう? ドルクスの珍しい木の実かしら?
エミリアは、私はあの酸っぱいもちもちとした食感が…………」
そしてはしゃぎながら部屋の中へ。
金髪を揺らし、満面の笑顔でぴょいんっと飛ぶようにして入ってくる。
――そして、おれと目が合った。
「好きで、す………………?」
その少女は――――――いや、エミリア姫は。
予想もしていなかったようで、こちらの存在を見て目をぱちぱちとさせ。
「……失礼しました!」
「えぇぇええええーーーーーーーー!?」
――――そっとドアを閉じ、戻っていってしまった。
変わったおみやげ(ナマモノ)。
ではまた次回!