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第十一話 : I’ll be back 前編

 

戻ってきました。


長めですが、どうぞ!


※1/16修正 いつの間にかエドワード皇子とボラン皇子の兄弟が逆転していたのを修正。エドワード『第二皇子』、ボラン『第一皇子』でした。そして異母兄弟です。

 

 

 赤色のカーペットの敷かれた広い廊下に、数人分の足音が響く。


 おれは前を軽やかに進む足音を追いかけていた。

 足音の主は言わずと知れた、エから始まる某金髪の青年である。


 ただ、その前の人物に対してこう言わずにはいられなかった。


「いやいやいや待ってください!

 何もかも唐突過ぎませんか!?」

「そんな事はないッ!

 人が恋に落ちるのには過ごした時間の多寡たかは関係ないんだヒカリ君ッ!」

「予想外過ぎる返事がーーーーーー!?

 ってかなに力強く断言してんですか!?」


 しかも関係無い方向からムチャクチャ重要な言葉が飛び出してきた気がする!!

 もう意味が判らない!!


「大事なのは時間の長さよりも密度……。そう、濃密さなんだよ!?」

「少し前まで一切そんな話は無かったハズなんですが!!」

「濃密さ…………良い響きだね?」

「うっとりしてないでこっちの話を聞けえェーーーーーー!!」


 石の廊下に、おれの叫びが響いた。

 一応声は抑えている。他の人に存在を気付かれたくないためだ。

 話している内容も聞かれたくないけど。


 ……いや、いやいやそうじゃない!

 確かにおれはさっきまで、『ゼロ』という名前の騎士隊の話をしていたハズだ!


 騎士隊の話だけなら百歩譲って、まだ話を聞く分には構わなかったとしても、唐突に『君が部隊の隊長になってくれ』だなんて!

 そんなだから一旦保留……というより考え直してくださいとエドさんに告げたのに!


 インクも用紙も準備万端で、まさか最初からおれを引き入れるつもりだったんじゃ!?


「なのにいきなり話も途中で切り上げてあの家から連れ出して!!

 しかもここ、おれが入ったらマズいでしょう!?」


 腕を振って、周囲を示す。

 全力のアピールだった。

 さっきから戸惑いの連続で、もうワケが判らない。


 それにエドさん、ワケわかめなコト言ってないで危機感を持って欲しい!

 ここはそれくらい危険な場所なんだから、おれにとっては!!


 そう、今おれとディーが「いいからいいから」とエドさんに背中を押されるようにしてこうしてやって来たのは、街の北側、小高い丘に位置する巨大な宮殿。


 つまり、皇宮である。


 いや特にもったいぶるまでもなく皇宮である。


 周りには床の赤に金色の刺繍の施されたカーペット、脇に置かれたブラウンのチェストの上には白磁の花ビン、壁に掛けられたでかでかとした誰かの肖像画は油彩の立派なもの。

 一目でお金が掛かっていると判る調度品の数々。


 しかしこんなどこぞの博物館だと言われても信じてしまいそうな空間ですら、この場所ではただの廊下だと一言で済まされてしまうのだから凄まじい。


 その廊下でさえも、遠く奥まで木製の重厚な扉が等間隔に連なり、天井なんかもう普通の家の二階ぐらいまでの高さがあるのだ。

 『開放的』なというよりは、『威容な』と言った方が正しいだろう。


 ここはこのセンティリアル帝国の政府機関であり、皇帝や大臣、騎士の集まる場所。


 前を歩くエドさんにとっては彼の実家であり。


 おれにとってはある意味、『湖下こか水祠すいじ』やら『貴族通り』よりも余程危険な場所だった。

 理由は周知の通りだ。

 少なくともおれが堂々と歩ける場所では無い。確実に。


「どうしてこんな所へ!?」

「会ってもらいたい人が居るんだよ」


 通り過ぎようとした横のドアの内側からがやがやと話し声が聞こえる。

 さっきからもう、いつ人に見られるかとヒヤヒヤしっぱなしだ。


「会わせたい…………人ですか?」

「……まあ先に言っておくと、僕の妹なんだけどね!」


 ここまで尋ねるヒマもなく連れてこられたが、そんな理由だったのか。

 流石に面白がってノリで連れてきました、とかじゃ無かったようだ。

 そんな理由だったらおれは人間不信になるぞ。

 少なくともエドさん不信になる自信はある。


 なるほど、でもおれとエドさんの妹さんが会ったところで、初対面で何を話すのかって疑問が湧くな……。


 初対面で…………。


 ……ん?


 初対面…………?


 え、いや、エドさんの妹ってまさか!?


「妹って、もしかして!?

 ってうわぁあ前から人が!! 文官らしき人が!」


 衝撃の単語を目の前の金髪さんに問いただそうとしたタイミングで、さらに焦る事態が起こる。


 廊下の反対側、遠く奥から一人、羽根帽子を被った影が見えたのだ。

 こちらに向かって歩いてくる。

 恐れていた事態がついにやって来たのだ。


 しかし眼前を歩く皇子は、後ろ手にピースして見せた。

 キラリッと歯を輝かせて笑う。


「大丈夫、堂々としていればバレやしないさ!

 君もディーナ君も変装しているんだから!」

「そ、そうですか…………?」


 そのこちらの焦り混じりの詰問においても泰然たいぜんとして対応する彼の様子に、僅かにおれも緊張を緩めた。

 エドさんもこう自信満々に言ってるんだ、案外切り抜けられたり……?


 しかしそうか、なるほどおれは、ここに来る前に変装させられている。

 以前の焼け焦げたシャツを着ていた時のおれとはイメージが結びつかないくらい姿が違っているんだし、それならあるいは…………!


 確かめるように自分の姿を見下ろす。

 今回の変装は以下のラインナップで構成されていた。


 ・エドさん宅でキリオーネムさんに渡されたマント。


 ・ついでに、エドさんに渡されたメガネ。


 以上だ。


 ちなみにメガネはただの伊達メガネだ。


「メガネとマントだけで変装になるかァーーーー!!」

「ヒカリ君、こらえて!!」


 おれは心の底から叫んだ!

 テイク2だ!!

 だがもちろん小声だ!


 何をどう間違ったら、ただの黒い幅広マントと四角メガネで変装なんて断言できるんだこの人は!

 いっそすがすがしい位ごまかす気ないだろコレ!!

 もうギルドの係員さんに謝れ!!


 しかもこの場所(皇宮)でマント着用。

 それってイヤな思い出しか無いぞ!


「大丈夫! だって丘の下の警備兵だって、宮殿入り口の門兵だってにこやかに通してくれただろう?」

「あれはエドさんが居て顔パスだったからでしょうが!

 この場所まで来ると、おれがやらかしたコトを知っている人と遭う可能性もあるんですよってか現にもう前方から人が!! 廊下に! 廊下に!」


 おれがここに来てる事を見咎められたら最後、不敬罪やら何やらで罪を被せられ死刑判決、胴体から首が離れる一世一代のイリュージョン(物理)をさせられる恐れがある。


 もちろんタネも仕掛けも無い。

 ヤバい。


 ばっかおまえ、さすがにそんな酷いコトはされないだろ? と言う人もいるかも知れない。

 だけどこちらの出奔の原因にもなったボラン皇子は、次におれを見かけたら容赦しないだろう。

 最後は挑発か、あるいはおれから圧し込めるような形で迫ってしまったし、なによりいじめっ子気質っぽい感じがしたからな。


 しかしそんなおれの震えとか焦りとか後悔とかどうしてこげな所来ちゃったんじゃろかというやるせない気持ちを一切読むことなく、エドさんがぴしっと配役指示を出した。


「よし、今からディーナ君は皇宮に招待された地方の伯爵家の令嬢、ヒカリ君はその護衛役だ。

 あの時の事は公にはされていないから、その場に居合わせた者で無ければ君の顔までは知らないだろう。

 ヒカリ達の演技力に期待しているよ、良いね……!」


 そして突然のおれのマントの肩をポンと叩いての無茶振り。

 やめろエドさん、歯をキラーンとさせるんじゃない!


「全然良くないんですけど!

 ディーはどうにかなるかも知れませんけど!」

「大丈夫大丈夫! ヒカリ君だってやればできる子なんだから!」

「ソレ基本できない子に言うセリフじゃないか!!」


 さらにそのおれのセリフに、三人目の皇宮の闖入者であるディーが噛みついてきた。


「いや私もムリですよ!? ムリですよね!?

 どーして私は大丈夫だなんて言えるんですか!」

「うわ引っ張るなマントが脱げるから!!

 おれがマントを脱ぐとロクな事にならないから!!」


 胸ぐら掴まんばかりの勢いで、隣の青い髪の少女がおれに詰め寄る。

 やめろディー、詰め寄る相手はおれじゃない!


 マントが外れそうだ、ヘタすると再びあの日の惨劇を…………、あの時のハルマゲドンを思い出しそうだ!


 振り払うも、相手はまだまだ不安なようで、


「む、ムリですよね?

 そもそもこんなヒラッヒラした服は、私には…………」


 何故かディー、立ち止まってもじもじと体を隠すようにして言っている。

 こっちはこっちで慌てたり照れたり忙しい。

 彼女、混乱極まっているようだが、しかしおれも同じくらい恐慌極まっているのには変わりない。

 フタエのキワミだ。


「……しかも私、『水』属性ですし!

 そんななのに、こうキレイなドレスを着せられちゃうなんて!」

「いや、それは関係ないだろ……」


 と言うか、そもそも『水』の何が悪いのか。

 ダメな要素なんて一つも無いだろうに。


 おれなんて属性の所に何も表示されないぞ。空欄だ。

 いやそっちの方がダメじゃねえか!!


「………………」

「な、何をじっと見てるんですか?」


 でも、そう否定ばっかりしているけど、実際の所……。


 ――そのディーはと言えば、同じくキリオーネムさんから貸し出された衣装を身に付けていた。

 彼女は彼女で、皇宮に来る前に着替えさせられたのだ。


 ワンピースタイプの薄水色のドレス、エメラルドのような色合いの石が嵌め込まれたイヤリングとネックレス。


 着付けをしたキロさんが言うには、そこらの貴族の娘にも引けをとらないような服装との事だった。

 エドさんの邸宅で衣装合わせから化粧までこなしておいて、ほんの十数分の早業。


 そしておれは、その後更衣室からドレスアップの終わったディーと共に出てきたキロさんに渡されたマントを身に付るだけという、ほんの数秒の早業だった。

 渡されて頭に疑問符を浮かべている時間が数秒、マントを羽織るのにゼロコンマ秒だ。


 そして、それじゃ流石にマズいだろうとエドさんにどこからともなく取り出した眼鏡を渡されてディーと二人してあれよあれよという間に連行され、今に至るのである。


 ………………。


 なんじゃそりゃ!!


 なぜメガネなんだ!?

 そもそもメガネでどうにかなる問題なのか!?

 メガネの可能性を信じ過ぎじゃないか!?


 あとディーとおれとでどうしてこんなに扱いの差があるのか!?

 ひどいや!!


(くっ、でも今は前から来る人をやり過ごさないと!)


 落ち着こう。


 落ち着かないと。


 言いたいことや問い詰めたい事は山どころか長大な山脈や連峰が生まれそうな程に存在するが、それよりも今はこの状況をなんとかするべきと思い直す。

 今そこにある危機こそを先に対処するべきなのだ。


 ……まずは最優先に、テンパッているディーをどうにかしなければ。


 このアホの子をどうにかしなければこちらに来る人は間違いなく疑うだろうし、疑われてしまえばおれの正体がバレてしまう恐れがある!


「や、やっぱり脱ぐ! 脱ぎます!」


 顔を真っ赤にし目をぐるぐるさせてヤバい事を口走りだしたドレス姿の相手を、揺さぶって正気に戻す。


「待て待て待てっ早まるなっ!!

 ってか脱ぐな、脱ぐのだけはダメだ!!」


 とっさの事態に限りなく耐性の低いへっぽこディー。

 放っておいたら恐ろしい事態が起きてしまうところだった。自分の判断が正しかったことを確認した瞬間である。


 しかし公共の場で自分の服を脱ごうとするなんて、何考えてるんだ!

 でもそう言うとおれの心が痛むのは何故だろうね!!

 すみませんでした!!


「くうっ、ディーしっかりしろ! 少なくともおまえはそんなに慌てる必要ないだろ! どうどう!」

「で、でも! でも!」

「あっ服の肩ヒモを引っ張るな! 脱ぐな!!

 前科があるワケでもなし、服もオシャレしてよく似合ってるし!!」

「で、でも、私がこんな服を着たところで……ふぇ?」


 前科という言葉がなんの比喩でもシャレでも無いのが自分でも驚きだ。

 これでも元の世界では善良公平な大学生だったのに。

 ……いや、冤罪だよ?


 と、いつの間にかディーの動きがピタッと止まっていた。

 そして、不思議そうな表情で尋ねてくる。


「………………似合ってます、私?」

「ヘ? ああ、うん。少なくともおれよりは……?」

「ドレス、ですよ?」

「うん。どうした?」


 それを聞いて、口をぽかんと開けるドレス姿の相手。

 後ろを向いてぺたぺたと自分の身体を触っている。


 ホントにどうしたんだ。

 いや、服を触ってるのか?


 それも数秒の事、すぐにこっちに向き直った。

 親指をビッと上げる。


「…………なんだかイケる気がしてきました!」

「いきなり態度変わったな!! 何!?」


 ディーナさん、なんでそんなグーサインなんだ。

 誰にアピールしてるんだ。

 何をアピールしてるんだ。


「ほら二人とも静かに、来るよ!

 いちゃいちゃするのは僕とにしてくれ!」


 前のエドさんが注意を促す。

 もう小声で口論をしている余裕すら無いようだった。

 なぜか最後、余計な言葉も混じっていた気がする。


「っ………………」

「………………」


 打って変わって、今度は完全な沈黙の中での緊張感が高まっていく。


 おれは不自然に見えない程度にできるだけ顔を伏せ、ディーは何故か先程とは打って変わって妙に自信ありげな顔で廊下を歩く。

 大丈夫なのかこれ。


 距離が近づいてくると、向こうの顔が見えた。

 羽根帽子を被り、カールしたヒゲを生やした文官風の男性。

 手にしたボードを熱心に見ているが、あれはバインダーのようにして書類を載せる仕組みになっているのだろう。


 ……よし。

 取り敢えず、おれは知らない人物……だと思う。


 リベリオールさん等々、『謁見の儀』で見かけたような顔ぶれではない。

 あの人はもっと若い感じの風貌だったからな。

 生真面目な雰囲気は文官に共通のものなのだろう。


 彼は向かいから歩いてくるエドさんの姿を視認した途端、書類を覗き込んでいた姿勢から直立へ。

 そして、深い深いお辞儀をした。


「おお、エドワード皇子! こんなにお早くから、如何いかが致しましたか?」

「うん、そっちもご苦労様」

「おや? そちらの方は…………?」


 カールヒゲを震わせて朗らかに笑い、そしてすぐにおれ達の存在に気付く。


「今日はちょっと遠くからの客人を招待して来ていてね」

「エドワード皇子がお誘いをなさるとは、珍しいですな」

「一応紹介だけしておくよ。

 こちらがディーナ君。そして彼が、彼女の護衛だ」


 エドさんが、上手く身分やらおれの正体やらをごまかし明言を回避してくれる。

 あちらは手元の文書に集中していたのか、先程までのおれ達の小さな騒ぎには気付かなかったようだ。


 そこで続けてディーが、両手を身体の前で合わせて一礼。

 ビシッとした直礼ではなく、会釈のようにふわりとした頭の下げかただ。


「初めまして、ディーナです。お見知り置きを」

「ははっ、ディーナ様、ご丁寧に。

 私はトラフキン書記官補佐、ユエロと申します」


 ユエロ氏、再び深い敬礼のようなお辞儀。

 慌てておれもメガネをくいっと指を押し上げ、地味に内側でずり落ちそうなマントを押さえながら頭を下げる。

 メガネくいっに意味は特にない。


「ディーナ様達はこれから、どちらへ?」

「僕の妹に会わせてあげようと思ってね。

 歳も割合近いから、話し相手に良いんじゃないかと思ってさ」

「それはそれは…………。

 エミリア姫もきっとお喜びになるでしょう」


 その言葉に対してディーがええ、と微笑んで見せる。

 若干表情がこわばってはいるものの、違和感はあまりない。

 それどころか傍目には、落ち着いて楚々としているように見えるだろう。


 そうして、彼はこちらについて深く訊くことも無く、自分は書記の会議がありますゆえと言って歩き去っていった。


 コッ、コッ、と規則正しい靴の音が遠ざかっていく。


 …………どうにかなったようである。


 おれは大分歩き離れて距離をあけた後、緊張を僅かに解いて深く息をついた。


「はあぁぁ、良かった……!」

「よし、やはり上手くいったようだね。

 ここからもその調子で頼むよ?」


 ……まさか何の変哲もないメガネでどうにかなってしまうとは。


 いやでも、さっきの人はおれの顔を見たことが無かったから、というのも大きいか。

 なるほどそれなら、よっぽどおかしなコトをしなければセーフだろう。


 取り敢えずもう、新たな人影はないな。

 こうして辺りに目を配っていると、北の洞窟でスケルトン・ソルジャー達の襲来を警戒していた時を思い出すような気も……。


 と、予想以上に上手く対応していた隣のディーも、ふぅっと息を吐いた。

 力が抜けたのか、肩がへにゃっとなる。


「や、やっぱり緊張しますね……。

 あまり突っ込んだコトを深く聞かれなくて助かりました」


 その油断を体現したような顔を見て、感想が一つ。


「しかし、想像してたよりもディーの挙動がマトモだった……」

「なんですかその評価!? もっとこう、褒めるとかないんですか!?

 よく頑張ったとか、すごいなディーナさんとか!」

「ディーすごいな」

「棒読み!!」


 ……いやいや、でも本当の事だ。

 黙っていれば割とこう、良い感じだった。


 ウカツなことをやらかさずにさっきみたく余計なコトを喋らず大人しくしていれば、青い長い髪や深青の目も相まって『クール系な~~』なんて、まさかの修飾詞が付くような出で立ちだったのだ、ディーは。


 本人に言うと、なんとなくまた調子に乗られそうだから口が裂けても言わないけど。恥ずかしいし。

 まあ、普段はクールなんて言葉からは程遠いけど。

 余計なコト喋るし。


 しかし素人の目から見て……ではあるけど、それでもさっきの様子ならこのままどうにかやり過ごせそうだった。


「ほらディーナ君、僕のヒカリ君と騒いでないで!」

「あっ、はい!」

「ちょいちょい恐ろしいコト言ってません?」

「でももう文官もあまり立ち寄らない場所になるから、運が良ければさして人にも会わずに済むと思うよ。さあ、そこの階段を登って、左の突き当たりを曲がれば到着だ」


 そろそろおれ、スルーしてたらマズいのではなかろうか。


 そうして横幅のやたら広い階段を利用して、上の階へ。

 もう少し着くまで時間が掛かりそうだった。


 そこで、少しエドさんに訊いてみる。

 さっきの人物の話題だ。

 この長い折り返し階段、周りに人が居ないことも確認している。


「エドさん、ちょっといいですか?

 先程のユエロさん……でしたっけ?」


 相手がうん、と頷くのを見て続ける。


「ユエロさん、自分の役職を『トラフキン書記官補佐』…………とか言ってましたよね?

 書記官って、リベリオールさんのコトじゃないんですか?」

「ああ、良いことを聞くね。

 実は書記官はね、二人いるんだよ。リベリオール君と、君は会ったことが無いかも知れないがトラフキン君だ。一人だと有事の時に倒れたら困るのと、あと仕事の負担の軽減だね」

「へぇ……」


 エドさんは、ついでにと書記官の仕事について話してくれた。


 この国のトップはパトリック皇帝、エドさんのお父さんだけど、彼だけで全てを決定している訳ではないし、それではセンティリアル帝国ほどの大国だと業務が皇帝に集中しすぎてしまう。

 その為に相談役や提案者、あるいは実務担当の役員として大臣が用意されているのだ。

 また、それと並行して議会を円滑に走らせるための中立的な立場で取りまとめを行う進行役が必要とされた。

 その目的で設置された役職が、書記官。


「昔ある時の議会で議事録を付ける際、皇帝が給仕に来ていた一人の小間使いに議事録を書くのを任せたのが始まりである、って子どもの頃教わった覚えがあるよ」

「ってことは、なんだかメンドくさい仕事をただ任せただけのような……」

「はは、まあね。

 同じ書記ではあっても、今からは想像できないようなかけ離れた意味合いだね」


 ……そんな由来だから、と言うワケでは無いものの、書記官は平民でも就く事が可能な職である。

 もちろん専門の訓練と教養は必要になるが。

 現在は書記官は二人で、その下に補佐役が数人就く。


 ちなみにトラフキンという書記官は地方の貴族出身であり、歳は四十を超えるくらいのベテラン職員。


 おれも知っているリベリオールさんは数年ほど前に書記官に任命されキャリアはまだ短いが、皇宮内での仕事の評価はかなり高いとのこと。

 『謁見の儀』でも進行役を受け持っていたし、新進気鋭の才能ある若手と言ったところだろうか。

 リベリオールさん、意外と凄い人だったという事実が判明。


 更に付け加えれば、同じ議会でも大臣の方は、在席する人数は正確には決められていないものの、七人から十人ほどの貴族出身の者が、皇帝の後に名前を並べることが多い。

 家から多く大臣職の人間を輩出する広大な領地を持つ貴族も居れば、一度騎士職を経て大臣にまで就いた貴族もいるんだそうだ。


 そこまで話したところで階段を上りきり、二階に辿り着いた。

 天井が高い分、階段も段数が多いのだ。


「よし、ようやく着いたよ!

 ちょっと待っててくれるかな?」


 先行していたエドさんが金髪をファサァと掻きあげてから、曲がった角の方の様子を見に行く。 

 ……と思ったら、すぐに∪ターンして戻ってくる皇子。


「マズい! ヒカリ君!!」


 くっ、ツイてないね……、なんて呟き、冷や汗を浮かべている。視線は曲がった先の廊下に向いていた。

 そのこちらからは見えない奥からは、何やら話し声がした。


 なんだ?

 一体何が起きたって言うんだ?


 …………まさか、誰かいるのか?


 曲がり角の陰に潜むようにして隠れるエドさんにハンドサインで手招きされ、おれも僅かに顔を出して覗き見る。

 すると、そこには…………。


「フハッ! フハハッ!!」

「キャ~~! ボラン様~~!

 本日のお召し物もステキですわぁ~~!!」


 そこに見えたのは、カボチャみたいな形をした赤い王冠を被っている金髪の男に、ピンクやら紫やらの厚いドレスを着た、いかにもな貴族の女子が数人群がっている光景だった。

 続けて、周りの少女が口々にきゃいきゃいと騒ぐ。


「もしやそちらの召し物、サンラガ地方の絹では!?

 私、とても高価なものだと聞いておりますわ!」

「指輪のトパーズもまるでまばゆく輝いているようですし、御冠おかんむりもよくお似合いになって!」

「やはり次期国王と目されるお方は違いますわね!」

「ええ、本当に!」

「フハ、そう褒めるな、褒めるな!

 まあ悪い気分ではないがな! フハハハ!!」


 マシンガンのように周りの少女達が騒ぎ立てると、遠慮のない大きな笑い声が廊下を伝ってこっちまで届き、それに続いて女子特有の黄色い声がわあっと上がる。

 向こうで、なんと言うか……派手派手なオーラが撒き散らされていた。


 だが正直、それは高貴とか、麗しいとかじゃなくて…………。

 むしろおれが、見た瞬間に抱いた感想は。


「うっ………………!!」


 ヘンな声が出そうになって危うく手で口を塞ぐ。

 凄い光景を見てしまった…………。


「うわ、すごいですね……。

 もしかしてあの人って、以前聞いたヒカリさん話に出てきた?」

「よく判ったな……」


 ブレーメンの愉快な動物たちのように重なったおれの下で様子を見たディーも、おおよそ同じ印象を抱いたようだった。


 片肘を窓の枠に載せてポーズを取っている中央の王冠マンと言い、あからさま過ぎるご機嫌とりなコトをしている周りの取り巻きのドレスのゴテゴテな装飾や顔の化粧と言い、全体的にキラキラを超越して、もはやギラギラした色合いを放っている。


 正直胸焼けしそうなレベルだ。

 しかもフハってすごい笑い方だな。


 これではおれじゃなくても胸を抑えて「うっ……!」となること請け合いだろう。

 ファミレスに行って席に付いたら、隣の席にすげぇよく喋るおばちゃんの集団が来てしまった時のような感覚か。


 …………いや、問題はそうじゃない。


 あの中央の冠の人物は、おれも知っている。

 ボラン皇子だ。


 忘れるはずもない、彼は『謁見えっけんの儀』の際に乱入するようにして現れ、おれを『皇女に無礼を働いた』と糾弾した張本人。


 言っている内容はある程度事実が含まれている、だからこそ彼を恨んでいる……というワケでは無いけれど。

 でも、こちらはいきなり召喚されて来て右も左も判らないのに理不尽だ、と思ってしまった事は否定できない。


 ――ただ、こちらがどう思っているのかと、相手がどう考えるのかは別であり。


 あの恰幅の良い……ちょっと良過ぎる皇子からすれば、おれは今現在の評価は『顔を見たくもない相手』なのは間違いなく。

 いざ本当に見つかってしまえば、相当困ったコトになるだろう。


「ディーナ君は知らないだろうが、あの彼はボラン。

 僕の異母兄妹でもある第一皇子だよ」


 エドさんの目的としていた場所がこのフロアで近くにあるのだとすれば、本当に運の悪い……。


 と、その彼が小声でおれに囁いた。


「ヒカリ君、ここは下がろう。

 ボラン兄上は今はこちらに気付いていないが、しばらくあの位置からは動かなさそうだ」

「それは構いませんけど、エドさんは良いんですか?」


 エドワード皇子はもう一度通路を見やる。

 あちらの皇子はまだ場所を移動することなく取り巻きに囲まれているようで、そちら側からは再び黄色い声が上がった。

 内容は詳しくは聞き取れないが、延々とあちらの皇子をちやほやと持てはやしているらしい。


「あまり良くはないが……。

 ただ、それよりも、今君があの人に見つかってしまうのがマズいだろう?」

「ですね……、でもそうなると今日は撤退ですか?」

「いや…………」


 足音をおれとディーを元の階段の方へ誘導しながら、エドさんがどこかの方角を指差した。


「ここは一旦優先順位を変更だ――――先に、別の目標(・ ・ ・ ・)を達成しよう」





 そうエドさんに言われて、歩くことしばらく。


 土地が広大なため、一々移動時間が長い。


 まあ、時間が掛かったのには、あの後階段を降りてから一度宮殿の外に出て回りこんでいるため、という理由もある。

 外周を大きく迂回しているようなのだ。

 現在は、庭園に面した回廊を歩いている。


「――でも、ここなら結構人も少ないだろう?」


 というのがエドさんの談だった。

 小さな頃からここで過ごしていれば、そういうコトも熟知しているのも頷ける。


「確かに、あまり目立つコトもなさそうですね。

 こうして普通に話していても周りに響きませんし」


 廊下を歩いていれば突然のドアが開いて人が……となる可能性もあったからな。

 不運おれが居たのでは、いつそれが起こってもおかしくなかった。

 今こちらを見ているのは一人二人くらいの衛兵か、庭の手入れをしている使用人くらいだ。

 もちろんエドさんが居るため、おれ達のことは怪しまれない。


 今こちらに気付いた遠くの庭師の女性に、エドさんが笑顔で手を振ってみせる。

 どうやら、バラらしき植物の生け垣を手入れしていたようだが……。


 ……あ、相手がマンガみたく顔真っ赤になった。


 ニコッとしてポッ、正真正銘のニコポである。

 そんなアホな事あるワケないと思っていたけれど、ここに実在したのだ。

 おれには到底出来ない芸当だった。


 同じことをやれば、サッと避けられ見なかった事にされるのがオチだろうな。

 きっとおれ、そうなったら立ち直れなくなるぞ。


 ディーもそれを見て思うところがあったのか、おれのマントをちょんちょんと引っ張る。

 そして、ぽそっと呟いた。


「こうして見ると、エドさんって皇子様なんだなって気がしますよね……」

「ああ…………」


 あとイケメンって得だなとも思った。

 悔しい。


「む、呼んだかな?」


 と、こちらを振り向く皇子。

 こちらの話が聞こえていたらしい。

 あるいはおれからの負の波動が伝わってしまったのか。


「もしやヒカリ君、僕が君以外に微笑んだのに嫉妬しているのかい?

 まったく、仕方ないなあ…………」


 なんか満面の笑みだった。


 超嬉しそうだった。


「…………………………」

「無言はやめてくれないかなヒカリ君?

 結構傷つくよ? 僕でも傷つくんだよ?」


 ……しかし、実際に口を開くとこんな具合なエドさん。

 残念なイケメンであると言えよう。


 まあ、これ以上深くは掘り下げるまい。

 怪しいヤブを突っつく趣味はないのだ。

 突つくどころか、ヤブに近寄った時点でキングコブラとか出てきそうで困る。

 ホラーか。


 それに今はそんな話題よりも、他に訊くべきコトがあるからな。

 決してアレだ、ヤバいから話題逸らししてしまおうと思ったワケじゃないぞ?


 ……まあ何にせよ、重要な事には変わりない。


「エドさん、そろそろ聞かせてください。

 こうまでしておれ達を皇宮に連れてきた理由は?

 聞いた限りでは、妹と会わせるってコトでしたけど、それって…………」


 エドさんの妹。


 エドワード皇子の妹。


 つまり、エミリア皇女のことを言っているのは間違いない。


 先程もエンカウントを回避した、ボラン皇子に会う事はマズいが……。

 実のところ、そのエミリア皇女についても正直あまり会いたくない相手ではあった。

 会いたくない……と言うよりは、会わせる顔がないのだ。おれには。


 原因はそう、『召喚』の時。

 なにしろ過失であるとは言え、こちらは少女に抱きつき引っ付いた下手人だ。

 一国の姫様に、とか以前に彼女の感情があるだろう。

 事故であっても公衆の面前で不埒を働かれれば、誰だってイヤな思いをするはずだ。

 それならば、おれが会う事はその子にとっても害にこそなれど、益には決してなり得ないんじゃ?


 そんな内容の事を仄めかすようにして、自分の気持ちを伝える。

 エドさんは腕を組んで、ふむと唸った。


「僕はさ、機会チャンスが必要だろうと考えていたんだ」

「えっ?」

「ヒカリ君、そこまでネガティブに考えなくても良いんじゃないかな?

 だって事故だったんだろう? 僕自身はその場には居合わせなかったけど……」

「……事故でも、加害者は加害者だ思います」


 横にいるディーが心配そうにおれを見てくるものの、そちらを気遣う余裕はおれには無かった。


「事故だからこそ、だよ。

 君はその過失を立証するべきだし、そもそも君自身の性格からして、放置してそのまま忘れる、なんて事はしたくないんじゃないかな?」

「――――――――!!」

「関係を修繕できれば、とは思わないかな?」


 済まない、なんだか嫌な言い方になってしまったね、と言うエドさん。


 しかしおれには、その言葉がグサリと刺さっていた。


 嫌な言い方に反発したワケではない。

 むしろ、こちらの内心を真っ向から言い当てられてしまった。

 だからこそ、刺さったのだ。


 そこを突かれてしまえば、ここが庭園であろうが横にディーが居ようが関係ない。

 おれは正直に心境を話すしか選択肢はなかった。

 硬い石面を踏んでいる足取りすらも、どことなくおぼつかない。


「会って、謝りたいとは…………思っていました」


 じゃなければ皇宮を去る際にグストさんに、『姫様に謝罪を言伝ことづてて欲しい』なんて言わない。

 あの時以来ほとんど皇宮の方へ近寄ろうと思わなかったのは、もしかしたら心のどこかに罪の意識があったのかも知れない。


「ボラン皇子に加えてゴネリー隊長……でしたっけ。

 ああまで怒っていたって事は、相当に大変なコトをしでかしてしまったんだと思います」

「うん? いや、エミリアは特に怒ってないよ?」

「はい、だからおれはそのエミリア姫には会ってはいけな…………」


 ……………………。


「…………ぅへ?」


 変な声が出た。


 あれ?


 怒って、ない?


 え? どういう意味だ?

 怒りがつのり過ぎてむしろ怒ってないとか?

 ヤバいそんな状態ならもう、おれが会ったところで火に油どころか水素ガスのボンベを放り込むような結果にしかならないような…………?


「怒って、ない?」

「いやいやだってほら、僕はヒカリ君と普通に接してるだろう?」

「…………………………あっ」


 手をヒラヒラと振ってみせるエドさん。


 た、確かに!


 そういう事か!?


 当たり前だがエドさんもボラン皇子と同じく、あの姫様の身内だ。

 それなのにおれに普通に接してくれている。

 と言うか皇子なんて付けずにエドさんって呼んじゃってるし。


 おれは顔を上げて前を見た。

 いつの間にか下を向いてしまっていたらしい。


「じゃあ、あのお姫様は……?」

「ああうん、あれは事故だってきちんと納得してるよ。

 あの子から僕が聞いた限りでも、どう考えてもその場の事故なのは疑いようがないと思ったしね」


 エドさんが自分の正体をしばらく隠しておれと接していたのは、こちらの人となりを見ておきたいという考えもあったとの事。

 本当に牢獄に入れる必要があったのか、そんな犯罪を働くような人間なのかどうかの確認。


 そういえば、前にもエドさん自身からそんな事を聞いたような気も……。


 ちなみに、エドさんの方からもちょくちょくおれのコトを話していたらしい。エミリア姫に。


「だから皇宮にヒカリ君達を呼んだのは、エミリーも君の事をかなり気にしていたからという理由もあったのさ。

 丁度良い頃合いだと思ってね、『零』の話は抜きにしても一度君を妹と会わせてあげたかったんだよ」

「な、なるほど……そんな事情が…………」

「そこで関係が修繕できれば万々歳だろう?」


 話は意外と単純だった。

 エドさんは、おれとエミリア姫との間を取り持ってくれようとしていたのだ。

 お節介焼いてくれていたのである。


 エミリア姫は怒っていない。

 こちらを気にしてくれている。


 そう言われると、会うことへの引け目や躊躇いのようなものが薄れていくのを感じた。

 気が楽になったってのは、こんな心境のコトを言うのだろう。


「ありがとうございます、エドさん」

「はは、何を改まって。

 次はこっちの道を歩いて行った方が近いかな。さあヒカリ君、道で転ぶと危ないから手を繋いであげよう」

「それは遠慮します」


 朗らかに笑って、庭園の道を先導していくエドさん。

 ここからは石畳の道ではなく、両側を花々に挟まれた砂利道を進んでいくようだ。

 ザッザッと三人分の足音が小さく響く。


 普段は妙にこっちを凝視してきたり過剰なスキンシップを図ろうとしてくる彼だが、それでも様々な場面で便宜を取り計らってくれたりとお世話になりっぱなしだな。もちろん今回のコトを含めて。

 そんな風におれは、エドさんの伸ばされた手を振り払いつつ感謝した。


「ちなみにエミリア姫様には、おれの事をどんな風に伝えてくれたんですか?」

「うん。無害な人物だってことは僕が保証しておいたよ。

 あとツッコミの上手い、見ていて飽きない人だよって」

「扱いが芸人だった!! やべえ!!」


 気が楽になったと思いきやいきなり暗雲が立ち込めてきた気がする。

 なんか途端に不安になってきた。


 おれ、もしや姫様の前でコントとかしなきゃいけないんだろうか。

 ディーがボケ担当でおれがボケ担当なのか。

 ボケしかいないじゃねえか!!


 横を向いて、隣のボケ担当その1(予定)を見る。

 今はドレス姿の相手はそれに気づくと、彼女もこっちを品定めするような目で観察してきた。


「ど、どうした?」

「ふむ。確かにヒカリさん、メガネが面白いくらい似合ってませんもんね……」

「メガネはいいだろ今は別に!! なにディーまで真剣な顔で納得してんだよ!!」


 なぜそこでメガネが真っ先に挙がるのか。

 おれにこのギルドの係員さんばりの知的メガネスタイルは似合わないって言うのか。


「……はぁ。まあメガネの事は放っておいて」


 似合わないと言われたことに若干傷つきつつも、メガネをくいっとさせて言う。

 くいっに意味は特に無い。


「とりあえず、エドさんがおれ達をここへ呼んだ理由は判りました。

 ただそれとは別にさっき、もう一つの目標って言ってましたよね? そっちは?」

「やはり気になってしまうかな?」

「それは、まあ」


 もうだいぶ長く歩き続けて遂には話題の方向までメガネのフィット感というおかしな方へふっとんでいってしまったが、まだ目的地に着かないのだろうか?

 この庭園、判ってたけど恐ろしく広いなおい。


「一応、待ち合わせ場所はここら辺だったと思うんだけど……。

 あそこに目印があるだろう?」


 指差す方向に視線をやると、確かに建物が見えた。

 灰色の石で造られた、頑丈そうな建物。

 宮殿からはかなり外れた離れの位置にぽつんと建っている。


 ……いや、あれって。

 妙に見覚えがあるんだけど。


「あの建物って、おれの記憶では確か……」

「そうだね、牢屋だね!!」

「やっぱり!!」


 プロテインみたいなノリで返されてしまった。


 むしろ懐かしさすら感じてしまったその建物は、まごうことなき牢屋だった。

 灰色の石材を無骨に積み上げたようにしか見えない造形の、華やかな宮殿と比べて見れば浮いてしまう出で立ちの四角い建物。

 牢獄。プリズンだ。


 すると、そちらから突然話し声が聞こえてくる。


 ここからは位置の関係で様子が窺えないものの、どうやらその目的の建物の入口の方から聞こえてくるようだった。

 話しているのは二人で、片方はむすっとした声、もう片方はなんだかやる気の無いような、適当な声だ。

 エドさんはそれを一向に気にすることなく、そちらに歩を進めていく。


「――ほれ、釈放だ。もうここには来るんじゃないぞ」

「はいはい。あー、さっきはカミソリと水桶貸してくれて助かりましたよっと」

「本当に反省しているのか……?

 まあ良い、流石に身なりを整えないまま敷地を歩いてもらっては困る」

「その親切を、こちらとしちゃ毎日のメシに向けて欲しかったぜ。

 ちょっとありゃ量が少ないんじゃないか? 何度壁に生えてるキノコを食おうと思ったか判らねえ」

「贅沢を言うな! 罪人のクセに……」

「だから、ここに入った時も俺は無実だって言っただろ」

「知らん! 私は戻るぞ! もう貴様は戻ってくるなよ!」

「はいはい」


 ガヤガヤと言い合っている。

 釈放と言うことは、たった今牢屋から出されたんだろう。

 だが、それよりも…………。


 ディーと顔を見合わせる。

 彼女は彼女で首を傾げ、戸惑っているような複雑な表情をしていた。

 何を思っているのかはおれには詳しくは判らない。

 まあおれも、似たような顔でディーを見ているんだろうけど。


 しかし、なんだか聞き覚えのある声なのは、気のせいか……?


 こう、聞いたことがあるような……?


 そして庭園の順路を抜け出てるようにして、エドさんに連れられたおれ達は牢屋の壁を沿って歩き、正面へと回り込んだ。


「はい、着いたよ! 多分、ちょうど良い頃合いだったかな」


 これで、エドさんは正真正銘ここを目的地として歩いていたコトがハッキリした。

 一体何を求めてここに、あるいは誰と会うためにここに来たんだろう……?


 という答えは、すぐに解決した。

 牢屋の入口の所には、既に『その人』が待っていたからだ。


 その人物は、戻っていく牢番の兵士に向かってひらひらとやる気なく手を振っている中年の大男だった。

 背丈はおれよりも頭一つ分ぐらいは高く、体格もがっしりしている。


 また、囚人が着せられると思しき着ている服とは別に、彼自身の服も肩に掛けていた。

 白と青を基調としたような、民族風、というよりはあの青いのは…………はかまか?


「やあ、もめていたようだけど何かあったのかい?」

「ん? この声は…………?

 ああ意外と言ってたより早かったな、もうちょっとここでぼんやりしてなきゃいけないかと思ってたわ」


 はは、ごめんごめんと言うエドさんの方向を、こちらの方を振り向く相手。


 その相手の声には間違いなく聞き覚えがあり。

 ややもすれば人相の悪いと評されるような、僅かに目つきの鋭い顔立ちにも。

 ヒゲは剃ったようだけど、その髪の色合いや、瞳の色にも。


 非常に、非常に、見覚えがあった。

 ちなみに。



 その目と髪の色は――――――青だった。



 おれはその、あまりにも予想外な人物に。

 まさか、こんな形で会うとは思っていなかった人物に。


 呼びかけた。


「――――――――おっさん!?」

「――――――――お父さん!?」


 隣を見ると、ドレスを着ているディーもこちらを振り向いていた。

 驚いたように青色の目をぱちくりさせている。


 どうやら同じタイミングで声を上げていたらしい、が…………。


 ………………。


 …………。


 ……。



 え、お父さん?

 

 

 

数十話越しの真実。


お読みいただきありがとう御座いました!

後編へ続きます!

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