第十話 : 『零』
明けましておめでとう御座います!!
では早速、四章の第十話になります!
※活動報告では他にも色々としゃべくっておりますので、良ければそちらも覗いてやってくださいませ。
センティリアの大通りの内の一つ、『貴族通り』。
区画ごとに人々の住み分けがなされているセンティリアだ。
この通りも『中央通り』や『工房通り』からすれば、また違った趣があった。
その名前を表すように道の両脇は大きな豪奢な邸宅が立ち並び、表を歩いているのはもっぱら貴族かその従者、といった具合。
家の門壁に使われている、整然と並んだしっくい塗りのレンガからもその様子は見て取れる。
おれやその隣のディーからすると若干場違いに感じてしまい、微妙に気後れしてしまうような雰囲気だ。
残念ながら我々二人は、貴族やらセレブリティやらとは程遠い存在なのだ。
札束に火を付けてほーらこれで明るくなったろう、なんてライフスタイルとは遠い遠い存在なのだ。
ほら、今だって走ってきたチュニック姿の小間使いらしきちびっ子が、おれに向かってウィーッスって感じて挨拶してタタタッと過ぎ去って行った。
すげぇ軽い挨拶だった。
朝早くからお互い、お疲れ様っスね! って感じだった。
………………。
…………いや、良いよ?
確かに合ってるよ?
そりゃあ、おれに敬語なんて使う必要ないよ?
でもさ、なんの躊躇いもなくおれが使用人として扱われてるのはどうなんだろうね?
もしかしたら貴族なのかもしれないよ?
実はアケミヤ男爵、とか呼ばれてるのかも知れないよ?
……自分で言っててそれは無いわと思ったけど!!
男爵ってなんだ。ジャガイモか!
それに比べてディーはなんとなく、散歩をしてるお嬢様っぽく周りから見られているのも理不尽だった。
さっきはどこぞの豪邸の前で立ち話をしていた二人のご婦人に、あらぁ貴方は使用人を連れて朝の散歩かしら健康に良さそうねー、ワタクシも美容のためにやってみようかしらぁ、なんて話しかけられていた。
話しかけられた当の本人はしどろもどろになっていたけど。
ちなみに使用人とは、恐らくおれのことである。
いや、間違いなくおれのことである。
こっち見てたし。
何故だ。
顔か。
顔の差なのか。
あるいはおれの、このフランさんに縫ってもらったジーンズがいけないのか。
世の中は残酷だった。
異世界なのに。
…………まあ、そんな行き場のない悲しみはさておき。
今回用があるのは、その貴族通りの一件の家だった。
「ヒカリさん。ここですよ、早く入りましょうよ」
「知ってる知ってる。そんなに急かすなって。
…………エドさん? おはようございまーす」
おれを追い立てる後ろのディーに応えてから、ドアをノックし呼びかける。
残念ながらインターホンなんて元の世界風なモノは備え付けられていない石レンガの家なのだ。
聞こえなかったようならもう一度試してみるか、今度はもっと強く戸を叩いて声を大きくするしかないな――――。
と、思った時。
「――――ぅぉぉおおおん!!」
扉がドゥンと意味不明の爆音を立てて内側に開き、中から人が飛び出してきた。
「うぅぉぉおおおん! ヒカリくぅんーーーー!」
キラキラとしたイイ笑顔を浮かべ、しかも何故か目の端にこれまたキラキラと涙を浮かべ、まるで人間火力発電所のようなエネルギー溢れる勢いで突進してくる青年。
エドさんである。
ちなみにおれがドアをノックしてから、数秒と経っていない。
「なんか凄いのが走ってきた!! 『バックステップ』!!」
思わず自分の持っている数少ない技能の内の一つ、『バックステップ』を発動、斜め後ろに跳ぶ。
我ながら良い反射だった。
朝の戸外だと言うのにオリンピックの短距離走者のごとく全力で走ってきた金髪の青年は、キラキラを朝の風にたなびかせながらおれのすぐ脇をすり抜けていき……。
……ディーにびたんと張り付いた。
「ギャーーーーーー!! ヒカリさんが避けたからキラキラしたものが貼り付いてーー!!」
「くぅううう!! 僕のアクションを一瞬で把握して回避するなんてぐふっヒカリ君の愛が痛い!!」
即座にディーに叫ばれ蹴り飛ばされたエドさんが、地面に横たわって嘆く。
ついでにディーも、通りの他の邸宅と比べれば少し小さいが、それでもその立派な造り家の前で響くほどの大声をあげていた。
貴族通りで朝っぱらから叫ぶ二人。
恐ろしいほどの迷惑である。
主におれが恐ろしい。
……おい、ディー、今おまえが悲鳴あげて蹴っ飛ばしたの、一応この国の皇子様だぞ。
他の人がこの光景を見たら、絶対に信じないだろうけど。
あとエドさん、その痛みはたぶん蹴られた痛みだと思う。
「やあ、ようこそいらっしゃい」
「何事も無かったかのような挨拶!?
なんでそんなしれっとしてるんだエドさんは!!」
地面に倒れている正式名称エドワード第ニ皇子は、その姿勢のままで爽やかなスマイルを浮かべる。
さっきの涙はどこへ行った。
画面エフェクトか何かなのだろうか。
「いい朝だねヒカリ君! …………でも、少し薄情じゃないかな……? 僕としてはあの食堂の別れの後…………またすぐにこちらへ来てくれるものと思っていたのに…………」
言葉の合間合間の余白は、エドさんが地面に横たわった体勢でにじり寄ってくる事によるものだ。
仰向けになってスマイルを維持したまま話しつつ、シャクトリ虫のようにじりじりと近付いて来るのが恐ろしい。
主におれが恐ろしい。
「す、すみません。今泊まってる食堂の方が少し忙しくて。
あ、そうだ、戴いたお金はありがとうございました。今は使わないで保管してあります」
「そう? それは良かった。 君はまだここに来たばかりだからね、少しでもラクになれば幸いだ。
……ところでどうして距離を置くんだい? 僕が近寄れないよ?」
近寄らせないために離れてるんです。
というかエドさん、地面を這ってたら服が汚れるんじゃなかろうか。
その見るからに高級そうな服、シワッシワになってるのにおれはどうコメントすれば良いんだ。
そうして間のスペースが一定に保たれている事でようやく諦めたのか、彼はすくっと立ち上がった。
髪をササッと撫で付けてから服を払い、整える。
「さ、立ち話もなんだから中に入っておくれ。
ディーナ君も、驚かせてしまって済まなかったね」
立ち上がってからの動きは妙に素早く、おれ達を玄関からリビングまできびきびと案内。
案内と言ってもリビングは入ってすぐの所だが、ディーとおれの席を勧めてから自分もテーブルの向かいに着席し、そしてアゴの下で両手を組む。
なんだかエドさん一人で、暗闇の中で作戦会議をする悪役みたいな格好をしていた。
「では早速今日の議題に入ろうかな。
何を隠そう、今日君達に話すのはこの国の軍事についてだ」
「切り替わり早ッ!! 議題って何ですか!?」
「こうして三日ぶりのヒカリ君を眺めていても良いけど、いつまでもただ見て愛でている訳にはいかないからね!
ささ、話も長くなるから座っておくれ」
やけにサマになっているそのポーズのまま、にこやかに告げる。
おれは、あんまりエドさんの真正面に来るのもアレなのでイスを横にずらした。
なんて事はない、ただの警戒である。
「フフッ…………」
………………ズズッ。
こちらのイスにシンクロしたような動きで、金髪のイケメンが向かいで横滑りして再び正面に陣取った。
笑顔を絶やさないままのムダに滑らかなスライドだ。
組んだ両手も机に付いたひじも、一切ブレが無い。
そのうち、インベーダーゲームの如く徐々に前に近付いてきそうな気配すらする動きだった。
「(ヒカリさん……あの、私、ここに来たの少し後悔してますよ?)」
「(いや、ディーがそれ言ったらおしまいだから!!)」
後ろから小声でささやかれる。
ディーがさっきからおれの後ろに隠れ、身を隠すようにしている。
おい、隠れるんじゃない。
が、そもそもここにおれを鼻息荒くして連れてきたのは後ろのディーだし、加えて言うなら今恐らく食堂で優雅にお茶を飲んでいると思われるキリオーネムさんだ。
どうしてこうなった。
おれはディーを席に着かせてから自分も抵抗を止めて座り、それを見たエドさんが話を始める。
なんて事はない、ただの諦めである。
「それじゃまずは、だ。
現在この国の首都、ここセンティリアにある皇宮はね、七つの騎士隊を保有しているんだ」
「……え? いきなり何を?」
突然その話題は始まった。
前振りからは想像できない程に、真面目な話題。
うっかり早くも口を開いてしまうおれに、まあまあ取り敢えずは話させて欲しいんだと、質問をいなす皇子。
ひとまず聞くだけ聞いてくれということなのだろう。
「それで、騎士隊はそれぞれが『Ⅰ番』から『Ⅶ番』といったように命名されてるんだけど……。
さてここでヒカリ君! 彼ら騎士の主な職務は何か、君は判るかな?」
「職務、ですか…………?」
と思いきや、唐突に質問を投げられる。
変化についていけず、少しばかり焦るものの……。
だが、きちんとした話ならば、こっちも相応の態度で臨まなければ。
もちろんさっきの暴走を忘れたワケではないけど。
あれは後ほど追及の機会を設けよう。
こちらの様子をつぶさに観察していた正面の相手に、考えを話す。
なんだかこれ、面接みたいだな。
「騎士って言うぐらいだから基本的には武力の行使ですよね、そうなると考えられるのは魔物の討伐とか、あとは治安の維持とか、防衛とか……?」
「概ね正解だね、実際には治安の維持は一般の兵士達に行ってもらってるけど、皇帝に仕えているという身分の騎士はその上位、皇帝家以外の貴族が保有する私軍の視察や監督、都市毎の定期的な治安状態の調査、他国と少しいざこざがあった場合は幾つかの部隊がそちらに赴く、一般の兵士や人々の手には負えない上級の魔物の討伐…………みたいな具合かな?」
一つずつ指を折って言うエドさん。
皇宮に仕えているのならば、皇子である彼はこれ以上なく関係者だと言えるだろう。
詳しいのも納得だった。
「彼らの一部隊を構成するのは、隊長を含めた16人。それがⅦ番部隊まであるから、合計で112人だね。
騎士には、一般兵や貴族出身の士官、あるいは他の様々な所から選ばれた才能ある人物が、特に武力に秀でた人達が配属されるんだ」
騎士は合計で112人。
他にも兵士はいるようだし、そちらの規模は判らない。
が、なんとなく思ったのは……。
「意外と人数が少ない…………ような?」
「どうだろう。これまでは少なくともこの制度が作られた数百年前から、その人数で事足りてきたからね。
16人というのも、8人、4人…………、そして2人での行動単位にまで分割出来るから、という理由もあるんだ」
「へぇー…………」
「昔に行われた皇家主催の武闘大会では、参加した一人の騎士が乱戦の中で他の一般の挑戦者を数百人打ち負かした事もあったらしいよ?
一本の大剣のみを用いて周りの者を下した、という風に記録が残っているね」
「うえぇえ!?」
模擬戦だそうだが、とんでもない話だった。
それが本当だとすれば、まさに一騎当千の力を持っている事になる。
思い出すのは、騎士のグストさんやケビンさん、ゴネリー隊長のことだ。
彼らもやはり、強力な能力を持っているのだろうか。
ゴネリー隊長については、声が大きかった思い出しかないけど。
「そう。充分な戦力だと思っていたんだ。
………………今まではね」
「今まで?」
すっ、とエドさんの目が細くなる。
今までに見たことも無かったような真面目な表情だった。
「どうやら、異常な事態が起こっている。
今までこの国で万全だと思っていた物が、揺らぎ始めている。
しかしそれが漠然としたものではなく、名前を持っていると知ったのは僕も最近だった」
「――――それは」
怜悧な表情、とでも表現するべきだろうか。
彼のような目鼻立ちの整った人がそんな顔をすると、予想以上に迫力があるな。
エドさんは、少し間を置いてから。
「『侵攻』――――――――という言葉には、聞き覚えがあるだろう?」
…………その言葉は。
おれは割と序盤であの宮殿から出て行ったためにあまり詳しくは知らない。
残った他の語歌堂さん達ならば、さらに詳しく話を聞いているだろうか。
魔物の大群が攻めてくる……みたいに言われたけど、それではまるっきり具体的ではない。
だが唯一知っているのは、その言葉は誇張でもなんでもなく、この世界に危機をもたらすようなレベルの災厄を意味している、という事だけだった。
「『侵攻』……、ここ最近になってからにわかに文官の間で騒がれ始めてね。
僕の耳にも伝わって来たんだ」
そしておれとディーに、軽く『侵攻』という現象を解説するエドさん。
ほとんどは概要であり、おれも知っている内容だった。
しかし聞くところによると皇子、実際に宮殿に居て所縁のある彼ですらも、『侵攻』の詳細、実情については把握しきれていないそうだ。
「宮殿の古書物から読み取れた事も少ないし、前例はおよそ一千年も前。
本からの収穫は『皇宮に設置されている魔法陣が輝くのが予兆の一つ』であって、『侵攻に対応するためには、魔法陣から勇者を呼ぶ必要がある』って助言が書かれていたくらいで、なにぶん情報が少な過ぎるんだ」
後は『勇者』について伝承が残っているくらいだけど、それも小さな子のお伽話のような曖昧なモノでしかないんだから困ったね、と言って苦笑いする相手。
「そんな、情報が少な過ぎるなんて事……あるんですか?
世界の危機なんて言ったら、誰かしら記録を残していそうな気もしますけど」
確かおれが召喚された時には、書記官のリベリオールさんからも世界が滅ぶような危機、と説明されていたのに。
「……すまない。それがね、肝心の細部は残っていないんだ。
戦時の混乱か、年月の流れには逆らえなかったのか……。
危険性だけが大げさに伝わっていて、武官の一部は、ありもしない伝承・古臭いウワサの類だなんて言っている者も居たくらいだ」
以前にはその存在を過剰に心配する声もあったそうだ。
有事に備えた専用の兵団、騎士とは別の対応組織も幾つか作られていた。
だが千年前に発生した前回の『侵攻』時の記録の不足、維持に掛ける予算の削減から縮小されてしまったという。
時代と共にその事件の存在は軽視されてしまったのだ。
残ったのは騎士隊のみ。
しかし、騎士隊でも充分。騎士の精鋭達ならば、何が起きても対処が利くだろう。
ただこの国の慣例に従って異世界から『勇者』も召喚し、彼らからも助力を拝することにする。
「大臣や貴族方、それからパトリック皇帝の意見としては、このような声が多いようだ。
少なくとも僕の知る限りでは、と注釈は付くけどね」
苦笑いを隠すこと無く、エドさんはおれに皇宮の現状を話した。
「…………なるほど」
今度はおれが考えこむ番だった。
自分の頭の中で、更新された情報を整理する。
……意外な事実だ、と思ったのは否定できない。
エドさんの話からすれば、『侵攻』については皆が恐れるとか怖がる以前の問題で、それが何なのかすら判っていなかったのだ。誰も。
おれや語歌堂さん、平野君に優也は『侵攻』に対抗するために勇者として喚ばれたとは言われていたものの、具体的にどうこうしなければ、という方策はその召喚の時点で止まっているらしい。
まあ、それでも千年前の話だ。
喉元過ぎればなんとやら、仕方のない事なのかも知れない。
予算のために不要な部署からどんどん廃止してしまうー、なんてのは何とも生々しい話だけど。
ファンタジーの世界もお金には厳しいのは共通なのだ。
勇者の召喚についても、彼らの漠然とした不安から来るものだろう。
『千年毎に世界が滅ぶような事態が起こる…………かも?』と言われてその時に直面すれば、まあ誰だってある程度は備えをしておくだろう。
おれがこの国の皇帝だったとしても、きっと同じように行動する。
用心棒を雇うような感覚だ。
保険を掛けておくような、と言うのは少し違うかな?
「どうにか『侵攻』について詳しく調べられないんですか?
世界中で起こっていたコトなんですよね?」
横のディーが尋ねる。
しかし、エドさんは首を振った。
「どこもこの国と似たり寄ったりなものさ。
北のコールダート帝國や南のドルクス獣王国から来る冒険者にもギルドで聞いてみたけど、やはり彼らにとっても『侵攻』は『ただの昔話』の域を超えていないようだ。向こうの王家の秘蔵書庫等は判らないが、しかし……。
でもね、ディーナ君は『水』属性の魔人だと言うのは聞いているけど、君の里の方ではどうだったかな?」
そう言われてディーは僅かに考えこみ、そして答えが出なかったのか首を傾げた。
「ええっと……? でも確かに私の、ウィン族の所でも詳しいことは…………」
「だろうね。きっと、学都マギカラベル――ああ、この国の東の方にある小さな国なんだけどね――に存在する魔法大学なら、ある程度文献も残っているんだろうけど……」
マギカラベルはあまり他の国に関わろうとしないんだ、とエドさん。
閉鎖的な国なのだろう。
しかもこのセンティリアとマギカラベルの間には広大な砂漠が広がっていて、残念ながらお互いに国交も希薄だから、と続ける。
「と言ったようにね、ヒカリ君。センティリアではそう、見えないモノに備えこそすれど、まだまだ本格的な対応は行われていなかったんだ。
だが――――――実際に『何か』が起こってしまった今、悠長な事は言っていられなくなった」
「実際に………………って、そうか!! この前の魔素の!?」
思い出したのは、ほんの数日前に起こった異変。
災害の傷跡もまだ癒えきっていない、大規模な災厄。
街が魔素の霧に覆われ、施療院に傷病者が溢れ、北の湖の地下では得体の知れない『目』の魔物が出現した事件。
あの時におれは、確かに現場に立っていたのだ。当事者だった。
「エドさんは…………あれが、『侵攻』に関係があるものだと?」
口に出してはみるものの。
おれ自身、その疑念は心のどこか隅にあったように思う。
「そうかも知れない。そうでは無いかも知れない。
でもね、再び似たような事態が発生した時に、果たして現状のままで対処できるだろうか? 現行の騎士と兵士の制度のみで足りるだろうか?
大臣の中でもそんな意見が多く挙がっているんだ。いざ事が起こって、慌てて支度を始めたとも言うけどね」
うむむ…………。
反応が遅かったか早かったかは別として、対応しておくのは悪いことではないだろう。
また次の何かが起こる可能性もゼロでは無いんだし。
ただ、少し気になることもあった。
気になってしまうと、訊かずにはいられなかった。
「そうなると、新しく部隊を作るとか?
今度また同じタイプの事件が起きたとして…………うっかりヘンな所に踏み込めば魔素侵蝕の危険もあるんじゃ?」
『目』の時は、通りに出ることすら厳しいほどの魔素が大気中に満ちていた。
普通のヒトならば数時間と持ち堪えられないほどの。
長い間魔素にさらされていれば、カラダに浸透した魔素は文字通りの毒素になる。
何かしらの防御なしに突っ込めば、昏倒、意識不明、ヘタを打てば中毒症状で死に至る可能性すらある。
確か魔素中和石なんて名前の物がある事も聞いている、それを使うのかも知れないな…………。
「あ、もう防護手段もきっちり準備してあるんですか? 魔素中和石……でしたっけ?
それかドワーフやエルフの方達みたいに、魔素に耐性のある人を雇うとか?」
「ほほう…………」
それを受けてエドさんは何やら頷いて。
唐突にガバァとおれの方へ身を乗り出してきた。
「――――――いい質問だね!!」
キラキラキラーン!
「うおっまぶしっ!」
突然、目の前のエドさんの歯並びの良い口元が光った。
金髪と合わせて輝かんばかりのスマイルだった。
「な、なんですか突然! って近っ!」
「そうなんだよ、ヒカリ君! 君の指摘通りさ!!
今回の魔素はね、悔しいことに純粋なヒューマンはもちろんの事、エルフやドワーフの冒険者でさえ倒れてしまうほどの濃度だったんだ! また魔素中和石、確かに持っていれば魔素の働きを抑えられるけど、しかしそれは一人が防護に充分な量の石を持つ場合、『周囲の人間が魔法を使えなくなる』デメリットが存在するんだ!
そんなもんだから、彼ら大臣達も、どういった形の部隊を作れば良いのか思いあぐねているんだ!」
耐性の問題。
この世界に存在する魔素には耐性の高い種と低い種があり、体質の変化がどうとかでヒューマン、デミヒューマン、ビーストマンと順に耐性は高くなっていく。
しかし今回の異変では、その獣人ですらも中毒症状が出る程だった。
さらに魔素中和石。
例え周りの魔術師達が石を持っていなかったとしても、仲間の一人が近くで魔素中和石を持っているだけで魔法詠唱の難易度が跳ね上がってしまう。
魔素は防がなければならないが、魔法が使えなくなった場合に起こる戦闘への影響は、かなり大きい。
並の敵ならまだしも、ボスクラスの魔物相手では…………。
この二つの点がネックになり、皇宮の議会も難航しているんだそうだ。
どうにも彼らの考える一般的な方法では、今回のケースの対策は難しい。
「ならば僕達の選択肢としては、『普通じゃない』方法を採るしかないと思うんだ!
さあさあキロ君、例の物をこっちへ!!」
快活に言い切って、パチーン! とエドさんが指を鳴らす。
高級なレストランでウェイターを呼びつける人のような仕草だった。
「はい皇子、こちらに」
合図を出した途端、おれとディーの席の後ろからエプロンドレス姿の女性が出現した。
メイドのキリオーネムさんである。
「い、いつの間に!?」
「お早うございます、ヒカリ様。こう言うのも二度目ですね」
驚くディーとおれに、うやうやしく一礼。
頭に載せたヘッドセットも揺れすらしない、完璧なお辞儀だった。
「……もういい加減驚きませんけど、いつから居たんですか?」
「先程からです」
それは答えになってるんだろうか。
と言うか食堂でゆったりお茶飲んでなかったか。
謎だ。
しかし、何故か呼んだ当人のエドさんも怪訝そうな顔をしている。
「キロさん、ここ三日間はいくら呼んでも出なかったのは気のせいかな?
そのせいで、僕は夕食を仕方なく外の屋台で食べていたんだよ?」
「申し訳ございません。ヒカリ様の動向をそれとなく見ておいてくれ、との皇子の命が下っていたため…………。
皇子よりもヒカリ様の周囲の方が面白そうだったため、等と言うことは決して」
「そうか、なら今回は許そうじゃないか!」
今のやり取りは、何。
少なくともそんなに簡単に流して良いセリフじゃ無かったと思うんだ、エドさん!
あと一国の皇子が一人で夜の屋台に座ってるシーン、なんだか寂しい絵だな!!
なんでキロさん、主人ほっぽらかしてわざわざおれの寝起きを観察してたんだよ!!
そんなどこまでも真っ当な疑問をおれが口にする前に、目の前の皇子はファサァ……と髪を掻きあげた。
「さてそれは置いといてヒカリ君!」
「いや置いといちゃダメな気が」
「良いんだ! その紙を見てくれ! ここからが本題中の本題だ!」
メイドさんがどこからともなく紙を取り出し、裏返しにしてテーブルの上に置く。
中央通りの屋台に貼ってある茶色っぽくなった紙や適当な張り紙とは違い、ハードカバーのページに使われるようなかなり丈夫で品質の良い厚紙だった。
「…………一般の兵士ではもちろん、エルフや犬人族達ですら過酷な魔素の量。しかし中和石を持つと魔法も充分に使用できなくなる。
ならば最初から魔素の耐性が特別に高い人達を集め、彼らを部隊として率いるんだ!!
その名は、その部隊の名は――――――!」
手元に置かれた紙をめくる。
紙の中央には、この世界の文字でこう書かれていた。
――――特殊要撃任務部隊、『 番騎士隊』。
「……『魔素の環境下』という特殊な状況において、敵対する魔物や魔獣の討伐を主とし他にもありとあらゆる任務をこなすことが出来る。
そんな役割を持つ部隊は、きっとこの先必要になってくるハズだ。いや、きっとでは無いね。『侵攻』への対策の重要度は、絶対だ」
「それが、この?」
「そう。重要な役割に加えて実行権を持つためには、大きな権威が必要になる。だから、騎士隊だ。Ⅰ番からⅦ番までに当てはまらない新しい騎士隊を序列に加える。
…………まあまだ僕の腹案でしか無いから、番号は付けられていないけどね。
僕とキロさんは、番号外という事から仮に『零』と呼んでいるよ」
新設部隊、ゼロ。
なんでも彼が冒険者ギルドに入って(お忍びで)PTに参加してクエストを受けたり、色々と行動を起こしていたのにもそんな理由があったらしい。
エドさんの考える騎士隊の、その要件を満たすような人物を探し求めていたのだ。
「あ、ちなみに冒険者としては僕が七歳の頃からギルドには入り浸っていたよ?
皇宮で家庭教師の教える帝王学がこれがまた面倒くさいものでね、嫌気が差した時はいつも街に逃げ出していたんだ」
「なんかダメだけど凄い話だ!!」
まあまあ、お陰でこうして自由に行動出来るんだからものは言いようだよ、とあっけらかんと言う皇子。
どうりでフレンドリーな性格に育ってしまった訳だ。
フレンドリー過ぎる気もする。
ただ、新しく騎士隊を作る……ってのは、どうなんだろう?
難しくないんだろうか? そこは、皇子様としての権力で?
…………いや違う、難航しているのか。
僅かにディーを横目に見つつ、もう少し考えてみる。
目標を掲げるのは簡単だけど、それに人員やら何やらが集まらないのでは話にならない。
エドさんの言う条件を満たす人は、そう多くは居ないのだろう。
だからこそ彼は、こうしておれにまで話をしているのだ。
皇子の言う、新しい騎士隊の設立。
隊の名前が空白になっているのも、まだ大臣やら皇帝やらに認可されていないためだ。
昔から存在する騎士隊、それは格式も伝統もある集団だろうし、新しく部隊を作るのはかなり大胆な試みであると推測できる。
しかし、そんなエドさんの言うゼロは、もし作られれば再び『目』のような危機が起こった時に役に立つのは間違いない。
その対応に特化した、まさに『侵攻』と戦うための思想から生まれる部隊なのだから。
もちろん、勇者である語歌堂さん達勇者の助けにもなるだろう。
……あっ、そうか!
エドさんはこの案を練るためにおれ達を家に呼んでいたのか!
ようやく納得した。
おれとディーならば、先日の異変に立ち会って曲がりなりにも『目』を倒している。
その時にどんな事があったのかを聞いて、新しい騎士隊に関してのヒントとしたいのだ。
「なるほど、そういうコトならおれだってお手伝いしますよ!
遭った敵の特徴やら何やら、エドさんの言う『零』に力添え出来るかも知れません。これまでお世話になっていましたし、何かお返しが出来れば、と」
「ありがとう! 君ならそう言ってくれると思っていたよ!!」
一応のアドバイザーが付いたためか、安心したように微笑むエドさん。
そして、懐から一本のペンを取り出した。
「――――それでは、ヒカリ君を『零』の隊長に任命しよう!!」
「…………………………え?」
………………。
…………。
……。
……隊長?
西洋のドアは内開きが多いそうです。
豆知識でした。
ではまた次回!
ご意見ご感想、お待ちしております!