第九話 : フランさんといちゃいちゃするだけ
題名だけでなんだかすべて話の中身が判るような気もしますが、まあ構わないでしょう!
ではどうぞ!
「あふぁぁ…………」
「なぁに? 眠そうにしてー」
朝。
センティリアの街の食堂、その一階。
おれの欠伸を目ざとく見つけたフランさんが、朝からいつもの調子で微笑んだ。
「毎日見てるけどー…………、ふむふむ。
そのくせっ毛はいつも変わらないのね?」
ついでに頭をつつかれる。
チクチクするわーと指を引っ込めたかと思うと、再び確認するかのようにぽすぽすと叩かれる。
しまいには手を伸ばして頭をなでなで。
……クセになったんだろうか。
まあ、どうやら今日も頭は変わらずボサボサのようだった。
「まあ、くせっ毛ですからね…………」
「それってきちんと返事になってるのー?」
ふふ、と口元を緩ませるフランさんに合わせて、エプロンの裾が揺れる。
また笑われてしまった。
眠いから頭が働いていないんだろう、自分でもおざなりだと思う答えになってしまったかも知れない。
目を擦って、寝起きの気だるい感じを拭き払う。
だが眠気を払ってみれば、おれの方が少し背が高くて、フランさんが背伸びして手を伸ばす格好になっていることに気付く。
そんな具合だから微妙にエプロン越しに胸が強調されるようにして見えてしまう。
こう、山谷がハッキリと浮かび上がって……。
いや、見なかったコトにしよう。
「フランさ、いや姉さんは、朝から元気だね……」
「メニューの仕込みがあったものー」
こっちこっち、と奥のテーブルへと誘導され、背中を押されるようにしてイスに座るおれ。
座ると高さが丁度いい位置に来るのか、フランさんが再び頭をくしゃっと撫でてから厨房へ戻っていく。
子ども扱いしないで欲しい、と言ったところで聞いてくれないだろう。
一昨日もその事を陳情したものの、「そうねー、でも姉弟には変わらないでしょー?」と一蹴されてしまった。
そう言われれば、アッハイとしか返せなかった。
なんだ、弟ならば仕方ない、まあ良いか…………まあ良いのか? と納得して今に至るのである。
若干納得してない気もする。
まあ、そんな感じでベランダのテラスの件から三日ほど経ったが、おれとフランさんはそれなりに良好な関係を築けていた。
少なくとも、その直前までのギスギスした空気はさっぱり抜けていた。
そして、ホールの端のテーブルでぼんやりして待っていると、そう時間を経ずして再びエプロン姿がパタパタと忙しなく戻ってくる。
「ヒカリはいつもおいしそうに食べてくれるからー、なんだか多め多めに作っちゃうのよねー」
言葉に全く偽りはなく、鼻歌混じりに大小様々な皿が置かれる。
そのどれにも、ちょっと朝食には多いとも言える程の料理が盛られていた。
しかし、よく見れば…………。
大皿に載っている果物も、その横に置かれたグラスの中身も、これまで見たことの無いような物。
「なんだか、いつもとメニューが違うような?」
「うん、外の方から来てくれる行商の人も増えてきてね、食糧品ギルドの流通も良くなってきたの。
なので、今日は少し凝ってみましたー」
例の『異変』後の復興も進んでいるのだろう。
通りの屋台だって日に日に数を増しているし、むしろ災害後の稼ぎ時とばかりにこぞって道の両側を埋めているほど。
センティリアル帝国の首都センティリア。
街の警備兵が増えたりと変化はあったものの、それでも街は元の活気を取り戻しつつあるようだ。
「おお……! でも、良いんですか?」
「いいのいいのー。久しぶりに食堂に出すメニューの、肩慣らしみたいなつもりで作っただけだからー」
その割りには手が込んでるけど、そういう事ならと近くのグラスを手に取る。
あんまり遠慮が過ぎるのも問題だろう。
この紫色っぽいジュースは…………匂いからして、ブドウだろうか?
だが口をつける前にふと横を見れば、少女がなにやら心あらずの様子で座っている事に気付く。
おれと同じくこの家に間借りしている、ディーである。
先に席に着いていたのだろう。
青い髪が枝毛になっているのは寝起きのせいだろうか?
いや…………、それ以前に、彼女の表情が浮かないのが気になった。
「おはよう…………いやどうした、ディー?
なんか下向いてるけど」
「あら? ディーナさん、体調悪いのー?」
「え?」
こちらのおれ達を横目に見てから、元の方に向き直る。
丸めた背中が妙に煤けて見える。
「…………いえ、大丈夫です。私は大丈夫です」
「そうか? じゃあいただきまーす」
あまり大丈夫じゃなさそうな感じだったが、まあ本人もそう言うのなら問題無いのだろう。
戴きますとフランさんに告げ、机の上にある剥かれたオレンジを手に取る。
オレンジ…………だよな、これ?
橙色と言うよりは赤に近いような、一口サイズにカットされたそれを食べてみる。
顆粒が口の中で弾け、途端に鮮やかな酸味で満たされた。
だがミカンのような柑橘系特有の甘みがそれを押し流し、後味には爽快感が残る。
「お、美味しい…………!」
「どう? バアルオレンジって言うのよー」
「バアル? オレンジは知ってますけど」
「バアルはね、地方の名前でー…………」
ここセンティリアル帝国ではなく、その南にある『ドルクス獣王国』で獲れる果物、バアルオレンジ。
他の地域のオレンジよりも実が遥かに大きく、陽光をたっぷりと浴びて育ったそれは、なんと大人の頭ぐらいのサイズにまで成長する……らしい。
お祖父ちゃんが教えてくれたことなんだけどねー、と続けるフランさん。
それからついでにと、名前が挙がった国についても説明してくれた。
フランさんがおれ達の着いていたテーブルの向かい側に座り、手でジェスチャーを交えながら話す。
――――ドルクス獣王国とは、このセンティリアル帝国の南に面した大国で、様々な種の獣人がそれぞれに領地や異なる文化を持って暮らしている国。
元いた世界で言うならば、恐らくいわゆる古代ギリシャの都市国家のようなものだろうと推測してみる。
センティリアルとは土地や気候、人種や政治など多くの要素が異なるお隣さんだが、ことに差が現れているのが食べ物だ。
ドルクスでは一年を通して暖かく気温が高く、よく雨が降るぶん、この国とは違った作物が採れる。
そのため、交易路を通してこちらに入っている物も、センティリアルではあまり見かけない珍しいものが多い。
フランさんの話からイメージしたのは東南アジアのような国だけど、実際にそのドルクス獣王国の土地は熱帯に近い気候なのだろう。
そんな感じの所に様々な獣人が暮らしている。
なんとなくイメージ出来るけど、でも行ってみたら面白そうだな。
ふんふんと頷いて聴いていると、手がお留守になってるわよー、とまたもや笑われてしまう。
だがこちらが熱心に聞いていたためか、さらにおれにあれこれと並んだ料理を勧めるフランさん。
さらにテーブルの向かいの席に座って、一つ一つの料理の由来や使った具材についてを語ってくれた。
そのジュースはこの国の北で獲れる高原のブドウを絞ったもので、その近隣で栽培されているスロープシュガーという砂糖をひと匙入れてー、隣にあるのはリズシールドの牧草地帯で育てられたウシのミルクを使ったゼリーで上には薬効のあるハーブを添えて…………などなど。
淀みなくスラスラっと話が出てくるのは、フランさん自身がいろいろと研究しているからなのだろう。
ご機嫌に話す彼女を見ていると、本当に料理が好きなんだなー、とも思う。
あるいは、この世界に来たばかりというおれの事情を汲んで、色々と教授してくれているのか。
何にせよおれにはもったいないくらいの出来た姉さんだった。
「…………ヒカリさん?」
「ん?」
そうして話を聞いていたおれに、横のディーがぽつりと呟くように言った。
そちらを見ると、まだ机に載った皿はどれも量をあまり減らしていない。
意外だ。
「あれ、どうした?
ディー、いつもなら目に付くものを片っ端から食べてるのに」
「ヒカリさん、どんな目で私を見てるんですか……」
「とは言っても、そこまで少食じゃ無かっただろ?」
「いや、食欲うんぬんではなくて…………いえ、なんでもないんです」
どう見ても、何か言いたそうな顔をしてるんだけど……。
グラスに注がれたこちらと同じブドウジュースを飲むディーの顔色を窺ってみても、何も読み取れない。
と、顔の前で手がひらひらと振られる。
見ると、フランさんが少し口を尖らせていた。
「ほらヒカリ、ディーナさんの事もいいけど、あなたも沢山食べないとダメよー?
今日はどうするの? 折れてた腕は昨日エマに診てもらって、きちんと元通りになったって確認したのよね?」
そう訊かれたので、完治してからも様子見をしていた腕を見つつ考える。
ある程度なら運動をしても大丈夫でしょうとシスターさんに言われたのだ、すると今日やりたい事は幾つも挙がってくる。
例えば、工房のスミド親方に会うこと。
現在は保留している修理中のシャベルの代わりに、おれが使えそうな別の武器の打診をしておいたのだ。一昨日に。
ギルドの任務を受けていれば、たとえ採集依頼であってもどこかのタイミングでモンスターとの戦闘が起こることも考えられるし、その時丸腰では逃げる以外の選択肢がなくなってしまう。
技能の『ダッシュ』で逃げるか『バックステップ』で逃げるか『スライディング』で逃げるかはお好みで選べるが、そんなもんお好みと呼べるのかも怪しい。
やっぱり逃げる一択じゃねえか。
「まあ、まずは親方の家に寄ってみるつもりでした。シャベルが壊れてるから、新しい装備を考えなくちゃならなくて……。
あとはそうだ、フランさんは知ってたか判りませんけど、ギルド内の階級の低い冒険者用に訓練施設が開放されるんですよ」
昨日ギルド受付のメガネさんに聞いた話では、今日ようやくオープンだそうだ。
ちなみに昨日のギルドに行った用事は『PT編成の仕方』を聞きに行くというものだった。
確か冒険者同士で組めるという話だったもんだから、『ステータス・アイ』こと智識の眼がダウンしている以上、ディーと再び組むにはそちらも利用しなければと考えていたのだ。
結局、ギルドに居合わせたベアさん達PTのリーダー・オウルさんに捕まってしまい、肝心の話はできなかったけど。
あの『目』の異変の時におれが提案した、緊急時の連絡方法について感謝されてしまった。
「んで、あんまり戦闘はしたくないんですけど、いざという時何があるかはやっぱり判りませんから。
それなら先に訓練しておいて、ちょっとでも鍛えた方がいいのかな―、と」
部活で運動部に入っている人が、まずはトレーニングにジョギングから始めるか、となるような心境かも知れない。
鍛錬って言うとちょっとカッコ付け過ぎか。
でも、ワイズマンが使えない以上は自分のステータスもロクに見れないし、このまま毎日のほほんと暮らすのは流石に不安だ。
訓練施設を見て広さが十分にあれば、あの『目』を倒した(自分でも実感は無いけど)よく判らない魔法について試してみても良い。
というかワイズマン、未だに起きないけどどうしたんだろう。
故障? いやいや、そんなまさか。
ははは、どうせすぐにまた起動して、いきなり電気ショックをバチバチと流してくるさ。
………………。
…………。
……もうちょっと寝ててもいいんですよ?
と、そこで、名前を呼ばれたために意識をテーブルに戻した。
見てみれば、目の前のフランさんが何やらむくれている。
「…………また敬語に戻ってる」
「え!?」
いつの間にかじとっとした目になり、トレイを両手でクロスするようにして胸の前で抱えたフランさんに睨まれた。
やっぱりむくれている。
おれより年上のハズなのにそんな表情が出来るのは、フランさんが割りと童顔っぽいタイプの人だからだろうか。
「たった三日前約束したのに、また敬語で、しかも他人行儀になってる気がするのは気のせいかしらー?」
「き、気のせいです」
「気のせい? 本当に?」
これがプレッシャーか……。
「流石に、せめて敬語は許してくれませんかね!?
…………お、お姉ちゃん!」
「――――っ!」
と、咄嗟に言ったけどこれは恥ずかしい!
朝からやたらめったらに恥ずかしい!!
あちらもそれを聞いた途端に顔赤くして身悶えしてるし恥ずかしいに違いない。
じゃあどうして言わせたんだ。なんで相打ちみたいになってるんだ。
顔を直視できずに近くの窓から外の鳥を見て、ああ、鳥は自由だな、と意味なくありがちな童謡のようなコトを考えてごまかしていると、前のフランさんが言った。
「じゃ、じゃあ今は、最後の言葉に免じて許してあげます。あんまりイヤがってるのをムリヤリにー、とは言えないし」
『お姉ちゃん』と呼ばなきゃならないのは、ムリヤリの中に入っていないのだろうか。
入っていないんだろうな。
こっちとしても別にイヤなワケじゃないけどさ。
恥ずかしいのさ。
しかしこの姉さん、不機嫌そうになっていたのが一転、今度はなにやらニッコニッコと手にしたトレイをなで回して笑っている。
「弟に嫌われちゃったら姉として立つ瀬がないものー、ね?
あ、でも、お野菜もちゃんと食べなさい? ほらほら、こっちにサラダがあるんだから」
立っていた位置から身を乗り出し、少し奥に置かれていた大皿を引き寄せておれの前へ。
弾みで彼女の赤混じりの栗色の髪がわずかにこちらの鼻に触れそうになる。
スロープシュガーなる甘味料を料理で扱っていたためか、ふわっと甘い香りが漂ってきた。
「…………まあ後は、今日は散歩みたいにしてちょっと街を見て回ってこようと思います。
もういい加減、この街の地理くらいは覚えたいですから」
「!!」
そこまで告げると、なぜか横のディーが先に反応した。
さっと立ち上がろうとする。
見ない内に彼女の分の料理は無くなっていた。
「あっ、ディーも来るか? あんまり街に詳しくないのは同じだろ?」
「そ、そうですね! じゃあ私も」
「あらー、それならお姉ちゃんが案内してあげようかしら?」
「つい、て………………」
立ち上がったディーがひゅろひゅろしゅるしゅると、ソラマメの育つ様子を逆再生したかの如く萎れるようにしゃがんで席に座り直した。
なんだったんだ。
と、今はそれより。
「案内?」
「だって、街を回るんでしょう?
それなら私が付いて行ってあげれば、色々と説明してあげられるでしょ?」
「え、いやいや、悪いですってそんな!」
ここは折角の提案だけど、丁重に断ることにした。
既に朝食を世話になり、それどころか家も間借りして、これ以上お世話になってしまったらバチがあたるからな。
姉と弟(仮)だとは言え、そこまで時間を拘束させてしまうワケにはいかないのだ。
ここまででもフランさんが店の手伝いそっちのけでこのテーブルに留まっていたせいか、なんだか他の席の方から視線が刺さるし。
「そうだ! ね、姉さんはこっちの店の手伝いがあるでしょ?」
「別にお祖父ちゃんとお祖母ちゃんだけでも……」
「ダメですよそんな! こっちも街を回るだけなんて、大した用事じゃ無いですから!
何よりこっちがなんだか申し訳なくて!」
ほら、ディーも頷いて賛成してくれてるし。
下向いたままぶんぶん頷くって器用なコトするなあ……。
街を回るのに加えて、ギルドに行ったり、あとは必要な雑貨を見たり、露店のファンキーさんを観察に行ったり。
考えてたのはそれくらいだが、でもそのどれもフランさんに時間を割いてもらうほどの重要性は無い。
だから、フランさんには――――。
「もしかして、ジャマだった…………?」
トレイがカランカラーンっと落ちた音、そして消沈しきった声音に驚いて思考を中断。
転じてそちらを振り向く。
「うっ!?」
するとフランさんが、絶望に満ちた表情をしていた。
デパートでいつの間にか迷子になった小さな子のような表情だった。
「そう、そうよね、鬱陶しいよね…………」
「な!? そんなコト、一言も言ってないですよ!?」
「でも、私がどう思った所で、ヒカリとお姉ちゃんは赤の他人だから…………もうこれ以上ぜったいに余計なことはしないから…………これからは離れて、離れた物陰から見てるだけにするから………………」
「うわぁあフランさんがトレイの音が止むよりも早くホールの柱の陰に!?」
しかも半泣きだ!
半泣きだ!!
涙声で鼻を鳴らしながら柱の陰から顔を出して、こっちの一挙一動を見逃さんばかりに見つめてきてる!
何これ! すげぇ落ち着かない!!
朝のホールで、しかもフランさんを泣かせてしまうのはマズいと、急いで駆け寄った。
ここに来てもう眠気なんて既に吹っ飛んでいる。
むしろある種の緊迫感に満ちていた。
「お、お姉ちゃんねー、ヒカリと仲良くしたかっただけなの…………。
それが子どもの時からの夢だったから…………」
「判ってます! 判ってますから!!
おれもフランさんみたいな姉が欲しいと思ったコトがありますから!」
実際には、妹が居たからそこまで他のシスターやブラザーは……。
いや、欲しかった! 欲しかったという事にしておく!
妹が居て良かったんだから、姉が居たらもっと嬉しかったに決まっておろうが!!
それはもう口調も変になるくらいさ!
「ほんとう? ヒカリ、反抗期じゃない?」
口調が若干幼くなっている。
この姉さんは、あれか。泣くと子どもっぽくなっちゃうタイプなのか。
柱の陰から頭がぴょこっと少し出てきたフランさんに畳み掛ける。
なんかギャラリーがもはや衆人環視のレベルになって来てるが気にしてはいけない。
「本当です! さっきのも、フランさんに迷惑になると思っただけであって、悪意は一切ありませんから!
むしろこう、姉の手を煩わせたくない弟の一心で!!」
「よかった……、ごめんね、小さい頃は『お姉ちゃんとけっこんしてあげる!』なんて懐いてくれてたヒカリが居なくなっちゃうのかと思ったら……」
いつの間にか過去が捏造されていた。
贋作師もビックリの手腕の捏造だった。
すごいぞ、過去のおれが言ったセリフ、『と』ぐらいしか合ってそうな部分が無いぞ。
「……………………いや、それは…………」
「うぅ…………」
「い、言った言った!! そう言えばそんなコトもあったような無かったような!!」
再び目がじわーっと潤んできたのを察知して、素早く言葉を抑える。
冷や汗が止まらない。
なんてスリリングな朝なんだろうか。
最終的に表情も元に戻り、「そうよね、こんなことで泣いてたら姉としてダメだよね!」と柱から完全に出てきたフランさんに取り落としたトレイを渡し、なぜか渡そうとしたトレイごとおれを一度がっしと抱き締めてからフランさんは厨房に戻っていった。
少しは弟の自立を認めてくれる方向で意見がまとまったようだ。
こちらを振り返り振り返り戻っていくフランさんを見送り、席に着く。
「ぐふぁ」
そして、横のディーが机に倒れこんだ。
「ディーーーーーーーー!?」
青い長髪が机のへりから、柳の枝のように垂れ下がっている。
ついでに肩も震えている。
「ディー! おい、ホントにどうしたんだ!?
どこか調子悪かったり?」
「どう、した………………?」
肩を揺するものの、反応がない。
こちらからは後頭部しか見えない、青色の髪を震わせて俯いているままだ。
「どうしたのか聞きたいのはこっちですーーーーっ!!」
「うわっ!?」
と思ったら跳ね上がるようにして叫んで飛び起き、詰め寄ってくる。
まるで銃弾を食らったのに余裕で活動しているゾンビのような動きだった。
「なんかこっちはこっちですげぇ荒ぶってる!? 落ち着け!」
「いいえ落ち着きません今回ばかりは!! もうこれ以上見過ごしていられますか!!
数日前は険悪だと思ってたフランさんとヒカリさん、いつの間にか仲良くなってたと思ったら弟だお姉ちゃんだ兄さんだとか言い合ってて! なんですか今のやり取りだって!!」
「え、いや…………なんでだろうな?」
兄って誰だと突っ込む余裕もなく、しどろもどろに答える。
だがディーには、それが火に油を注いだようだった。
「知らないのにやってるなんて尚更おかしいじゃないですかーーーー!!
そのくせ姉弟って言ってるのに妙にべたべたしてるわキョリは近いわ遂には結婚だのなんだのワケの判らない二人の空間を作り始めるわ!!
「空間なんてそんな」
「作ってますもうまるで『土』魔法で周りに岩のカベを作ったかのような空間が!
なんかもう、私が完全にヒカリさんの視界から外れちゃってるのが判ります!!
ほらこっちを見てください!」
「ううっ、すげぇ勢いで視界を塞いでくる!」
一昔前のバスケ漫画に出てくるディフェンスのような動きで、おれの目の前で自分の存在を主張するディー。
ひたすらぐいぐいと迫ってくる。
「もう三日です! 三日もこーしてふぬけたヒカリさんを見せつけられた私はどうすれば良いんですか!
あの洞窟で幾多の戦闘をくぐり抜けてきた、飢えて痩せたオオカミのようなギラギラした三白眼のヒカリさんはドコに行っちゃったんですか!?」
「誇張がすぎるにも程があるだろ! 誰だそいつ!!」
「わたしだってべったりしたいんですー!!」
「そ、そうか……じゃあディー、おれがフランさんに頼んでみようか? ディーが甘えたがってるって」
あ、そういうコトか!
ようやく気付いた。
……きっとあれだ、親子とか肉親の愛ってモノに飢えているのだろう。可哀想に。
そのせいでこうして発作が出てしまったんだ。
なんの発作かは判らないけど。
ホームシックみたいなもんだ、多分。
ディーはここから離れた地方に住んでる魔人、『水』属性の一族であるウィン族ではあるけど、他の人達とは離れて北の湖に水守として来ていたようだし。
共にこっちに来ていたらしい彼女の父親も、異変の前数日から街に行ったきり戻ってこなかったらしいし。
一人残された娘としては、心細いことこの上ないだろう。
だからディー、一人で溜め込む必要は無いんだ。フランさんは優しい人だから、境遇を聞けばディーも妹のように接してくれるってばよ。
………………と、なだめる為に言って聞かせる。
察しの悪いおれでもそれぐらいは判るさ。
するとディーがキレた。
「ヒカリさんのバカ!!」
「そんなストレートな!?」
「ううう……もうラチがあきません……。このままじゃ完全にヒカリさんが食堂の子になってしまいます…………。
キロさん、キロさぁーーん!」
ディーが、テーブルでおれの前側に座っていたキリオーネムさんに猛ダッシュしていって泣きつく。
「なるほど。ディーナ様の仰りたいことは判りました」
「……いつから居たんですかね、キリオーネムさん」
「少し前からですね」
その少し前には、メイド服なんて視界に一切映ってなかったハズなんですけど……。
なんでそんな、手に紅茶のカップを持ってテーブルにソーサーとお洒落なポットまで用意してあるんだ。
フランさんは特に紅茶セットなんて持ってきてなかったと思うんだけど……。
というか全く気配がしなかったんだけど……。
全てが謎だった。
相変わらず場に自然に溶け込み過ぎる人だ。
メイドじゃなくニンジャだと言われても驚かないぞ、おれは。
もう既に驚いてるせいで。
ディーに引っ付かれても手に持ったカップは微塵も揺らがないどころか、引っ付いたディーを反対の手で平然とあやしているあたりは、もう流石としか言いようがない。
「そこで、私からヒカリ様へ提案です」
「はい」
「ディーナ様とお二人で我が皇子の家を訪ねるというのはいかがでしょうか?
かれこれ四日前ですが、皇子は『ヒカリ君、また後で僕の家を訪ねてくれるかな?』と言っていました」
「………………あっ」
「忘れていましたね?」
すぐさま見抜かれた。
いや、正直に言うと、フランさんとの口論が解決したため、目下の問題は片付いたものと思い込んでいたのだ。
確かにエドさんは、用事があるとかなんとか言っていた気がする。
「こうして三日間ヒカリ様の様子を逐一確認していましたが、忘れている様子。
そのため、ここで再び提案させて戴きました次第です」
…………ん?
一つ引っかかる言葉があった。
「……『逐一』…………?」
「はい」
至極マジメな顔で頷かれる。
そして、紙束を渡された。
「詳細については、こちらを御覧ください」
「紙束? ええっと…………、一日目朝、早朝に物音で起床。起き抜けに目を擦りながら、寝ぼけたためかおはようございますと独り言を呟く。しかし再び倒れこみ、二回目の睡眠。この家の住人、フランシスカ女史が立ち入り、布団を掛け直して去る。枕は窓の方を向いており、就寝の際の寝相はうつ伏せ………………ってこれ、おれのコトだ!?」
一日のおれの行動が書かれていた。
何が驚いたって、寝返りをうった回数や日中のあくびの回数までカウントされていた事だった。
もちろん誰かに見られていた覚えなんて無い。
しかもフランさんに立ち入られた覚えすら無い。
「い、一体どこから!? どこからおれのプライバシーはおはようからおやすみまで侵害されていたんですか!?」
「部屋のクローゼット……」
「やっぱり覗きじゃないかーーー―!!
そんな所に潜り込むんじゃなーーーい!!」
「…………など、からです」
「などって何!? 他にも候補が!?」
なぜそこで言い淀むんだ。
ベッドの下とかにも潜り込んでいたのか。
何それホラー系の都市伝説みたい。
「さて、皇子からはこの私のメモをぜひ僕によこしてくれ、との伝言を承っていますが」
「うぉおおおおおおおおおおお!」
エドさんに渡すのか、それを!?
脅しか、脅しなのか!?
あの皇子様に渡したところで、あの人はその極秘データを何に使うつもりなんだ!?
まさかキリオーネムさん、三日も約束を放ったらかしてたのを地味に傷付いてる!?
腹いせか!?
「行きます! 今からすぐにエドさん邸に出頭しますから!」
「あら? それではこの日記はヒカリ様が持参して下さるのでしょうか?」
「燃やしてください!!」
しかもそれは日記なんて生易しいモノじゃないと思うんだけど!?
そもそも他人のコトを書くのは日記じゃねえ!!
そしてキリオーネムさんが、残念そうな顔で言う。
「……仕方ありませんね。これは私の秘蔵としておきます」
「捨ててください!!」
「もーー! ヒカリさん、行くと決めたなら早く行きましょう!
ようやく外に出てくれる気になったんですから、ほら早く!!」
やり取りに痺れを切らしたディーが、おれの腕を引っ張ってきた。
「あっ待てディー!
これ結構重要な所だから! ほらキリオーネムさんが紙束をしまってる!!
だからいたた引っ張るなァーーーーーー!!」
そうして、後の事はお任せくださいと紅茶を飲みながら言うキリオーネムに見送られ、おれ達は食堂からエドさんの邸宅へと向かうことになった。
次回から話が動き始める…………!
と、良いなと思いました。




