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第八話 : (注)ディーナさんはメインヒロイン 2

 

前回からの、まさかの続きです。

題字もまさかの続投……!

 

 

 

「――――あ、あのッ、フランさん!?」

「……ちょ、ちょっと静かにしてて!」



 フランさんに、抱きしめられている。



 言葉とともに吐息がおれの首元に当たって、何も言えなくなる。


 思わずベンチから立ち上がろうともした。けれども、上から押さえ込まれるような形になっていては動くことも叶わなかった。


 後ろから伝わる息遣いが、耳にやけに響く。

 風の冷たいテラスに居たハズなのに、妙に周りが熱い。


「………………」

「………………」


 沈黙だけが過ぎていく。


 身動ぎ一つ出来ない上に黙っているように厳命されたおれはと言えば、ただただ硬直したまま前を向いているコトしか出来なかった。


 眼下には街の夜景が、家々からこぼれ出ている明かりと街灯のみが浮き上がっている夜景が一望出来る。


 今遠くで一つ明かりが消えたのは、もうそろそろ家人が寝に入る頃合いだからだろうか。


 商人であれ農家であれ朝は早いだろうし、露店を開くような人であれば朝早くから開店のために下準備が必要だ。

 酒場なんかは夜の時間が稼ぎ時なんだろうけど。


 意外だが、もうそんな時間になっていたのだ。

 夜も深くなってくるような、一日の終わり頃。


 しかしそんな時間に、フランさんは一体何を?


 昼頃には口論になってケンカ別れのような形になっていたのに?


 何を考えて、何をしようとしているんだろうか?


 …………判らない。


 湧いてくる疑問に一つも上手い回答が見つからなかったおれは、黙っているしかなかった。

 黙りこくって、後ろの柔らかい感触やらなにやらから気をそらすため、前の景色を見ている事しか出来なかったのだ。


 しかし、そうしているだけで……。


 この緊張した空気は、より一層張り詰めてしまい……。


 くそう、おれはどうすれば……!?


「け、結構恥ずかしいのね、これ…………」

「えぇぇええええ!?」


 一瞬で緊迫感がすっ飛んでいった。


「じゃあ、何でやったんですか!?」

「だ、だってー、こうでもしないと!」

「しないと?」

「………………」


 無言。

 前に回された腕が微妙にぷるぷる震えているのは、もしかして離すタイミングをいつしてしまったのだろうか。

 フランさんは困っているようだけど、おれの方が困り具合ではひけを取らないという自負がある。

 そうさ、どうしようも無いという点ではお互い変わりないのさ!


 ……そんなん胸を張って言ってる場合じゃない気もする。


 よし、一先ひとまず仕切り直さなければ。

 目下のところ、この密着状態さえ無ければまだまともに話し合いが……!


 しかし前に動こうとすると、回されたフランさんの腕がさらにキツく締まった。

 いや、締まったという言葉では生ぬるい。

 なんかもう加減を忘れたシートベルトみたいな拘束だった。


「ぎぇぁああああおれの肩にまるでくしゃっと握り潰されるリンゴの気持ちが判るような痛みが!?」

「な、なんで離れようとしてるの、ヒカリ!?」

「いや一旦離れましょうよ!? 話し合いはそれからでも遅くないと思うんですよ!」

「だって顔が見られちゃうじゃない! ……赤いから、顔が! ヒカリのせいで!

 恥ず、恥ずかしいのー!!」

「それおれが悪いんですか!?」


 理不尽だった。

 こちらがした事と言えば、テラスに連れてこられて、ベンチに座って、フランさんにホールドされてからはただ混乱していただけだ。


「取り敢えず、このままでじっとしてて!

 …………落ち着いたら、話すからー……」


 さすがに加減をしたのか、腕の巻き付きを緩めながら言う。


 そう言われてしまっては、ムリヤリに解くわけにもいかない。


 すぅ…………。はぁ…………。


 耳元に、フランさんが浅く呼吸しているのが伝わる。


 ………………。


 ……近い。


 物凄く近い。


 落ち着いたらとは言われたが、おれの方がむしろ落ち着けない環境にさらされていた。

 僅かに石鹸の匂いがするのは、今まさにおれの背中に押し付けられている、彼女が着ていたブラウスから香っているものだろうか。


 食堂の手伝いをしているのであれば、料理の匂いだって服に染み付いてしまうだろうし、ホールで接客をすればアルコールやタバコやらの臭いもエプロンを付けている程度では避けられない。

 だからこそ、後ろの彼女も服の清潔さには気を使っているのかも知れない。念入りに洗濯は行っているのだろう。

 それがゆえの良い匂いなのだ…………じゃなくて!

 何考えてるんだ、おれ!!


 だが意外と早く、待っている時間は終わったらしく。

 うん、と後ろで小さく呟く声が聞こえ、その事を知る。


「…………あのね」

「はい」


 慌てて気を取り戻し、雑念を振り払う。


 何を言われるのかは判らないけど。

 こうまでして話すんだ、フランさんに取っても重要なコトなんだろう。


 きちんと聴かなければ、と思った。


「あのねヒカリ。お礼が言いたかったの」

「……おれ、い?」


 前に広がる街の夜景を見つつ、聞く。


「そう、ええっとね……」



 ――助けてくれて、ありがとう――――、と。



 言葉が、ごく近い距離を柔らかいトーンで伝わってくる。

 話し始めたら少し調子を取り戻してきたのか、優しい穏やかな声色だった。

 その穏やかな声のままに、さらに続ける。


「お礼をまだ言ってなかったな、って思って。

 だって、街の魔素の霧を止めてくれたのは……、北の湖に行って、暴れてるモンスターを討伐したのはヒカリなんでしょう? あとあのディーナさんって子も。

 私は侵蝕シンショクにかかって倒れてたからー。霧を止めたヒカリには助けて貰ったんだから、それを言いたくて、怒るのよりも先に言わなきゃいけなかったんだなあって」


 だからありがとう、と。

 再び耳元で呟かれる。

 呟かれたのは紛れもない感謝の言葉。


 だが、いきなり手放しにそう言われてしまうと、なぜか自分がそのまま受け取ってしまうのは良くない気がした。


 だってきっと、


「……きっとおれが行かなくても、他の人が魔物を倒してたと思いますよ。おれよりレベルも高い人なんて街には幾らでもいるんだし。ステータスだって低いし、こんなヤツ(おれ)でも倒せたんだ」


 だから案外誰でも良かったのかもしれない、『目』を倒す人は。

 魔素への強い耐性があればって条件は付くけど、それも防護の対応のしようはあるだろう。

 親方のようなドワーフやエルフ、また、魔素中和石マソチュウワセキなんてアイテムもあるようだし。


「あと、建物の中に入れば魔素侵蝕マソシンショクのダメージは進行しないハズ、フランさんも施療院で安静にしてたからすぐに治ったんです。街も霧は出ているままでも、少し時間を置けばどうにでも対策ができましたよ。それはおれがどうこうって話じゃなくて、むしろエマさんや他のシスターさんが」

「いいえ、それは違います」


 言い切る前に、遮られてしまった。


「あのねヒカリ、よく聞きなさい?」

「え?」

「私はね、大事なのは『他の人が』とか『幾らでも』じゃなくて、『実際にしたコト』が一番大事だと思うの。霧を出す元凶を実際に倒したのは、だれかしら?」

「一応…………、おれと、ディーです」


 ほらね、と後ろで声がする。


 最後の方はなんだかうやむやになってしまったけれど、あの『目』を倒したのはおれ達だった。

 湖の地下で『目』にシャベルを突き刺したコトを、うっすらとだが思い出せる。


「それに、じゃあどうしてあなたは、聞いた話の『湖下こかの洞窟』に行こうと思ったのかしら?

 とっても魔素の影響の強くて魔物も多い危険な場所なのよね、そんな、まさか自分から侵蝕にかかりにいったわけじゃないでしょう?」

「それは…………」

「それはー?」


 それは。


「街で沢山の人が侵蝕に倒れているのを見たからで……何とかしないと、と」

「でも、ヒカリはレベルも低い、って自分で言ってたじゃない?」

「無謀なのは判っていて、なのに自分一人だけただ無事でいて突っ立っているのもイヤで」


 上手く言葉にならない。

 その時おれは、なんと考えて行動したんだっけか?

 気が動転してはいたけれど、それでも必死に考えていたハズだ。


 だがフランさんには、それだけ言えば充分答えになっているようだった。


「なら決まりじゃないー。他の人のために行動して、そして事を成した。

 それって普通なら出来ないような、すごいコトよ?

 ……ヒカリ、ありがとうね。私も助けてもらっちゃった」


 ぎゅっ、と抱きしめられる。


 さっきのように慌てた力任せな感じではなく、口にする言葉と同じくらい穏やかなたぐり寄せ方だった。


「……? どうしたの黙って?」

「なんかフランさん…………恥ずかしいこと言ってません?」


 一瞬で締め付けが万力の如く凶悪な強度になった。


「え!? わ、わざわざ言わなくてもいいでしょそんな事ー!!」

「あだだだっしゃいったいっ!?」


 なんか、肩からボキボキボキッと日常生活では確実に出ないような音がしたぞ!?

 大丈夫なのかおれの両肩は!?

 お医者さんに見せて「君……残念だがこれ以上投げれば、二度とボールの投げられない体になってしまうよ?」みたいなコメントをされるレベルじゃないのか!?

 いや、別に野球やらないしボールを投げたのが原因じゃないんだけど!!


「だから最初に、面と向かっては言えないって言ったでしょーー!

 なんでハッキリ指摘するのよー!」

「さっきまでは穏やかだったのがウソのように痛い!

 ごめんなさい!!」

「ふん! ヒカリだって恥ずかしい事してたの、私覚えてるんですからね!」


 え? と頭に疑問符を浮かべて理不尽な肩へのハグ(マイルドな表現)のダメージを心配するおれに、フランさんが反撃とばかりに言った。

 ……反撃どころか、むしろおれが追撃を食らってるのだけれど。


「施療院で私が寝込んでた時、ヒカリ、私のアタマなでなでっとしてしてたでしょー?

 ふふ、嬉しかったわー」

「うおおおおおおおおおおおおおお!!」


 ふぅあーーーーーーーーー!?


 まさかアレか!?

 魔素侵蝕で倒れたフランさんに、アタマに乗ってたタオルを取り替えてたら、なんだか苦しそうにしてるなーと思わずおデコに手を当てちゃった時のコトか!?


 確かに恥ずかしい!!

 なんてえ恥ずかしいコトやらかしたんだこのデコ助ヤローは!!


 違うんだ、昔は体が弱かったアカリに接するようにして、その、ついやっちゃっただけなんだ!

 やましい心は一切無かったと断言できる! たぶん!!


「は、離して! そろそろこの体勢を解いて下さい!!」

「だーめですー」


 ついさっきまで恥ずかしがって後ろで身悶えしていたのが攻守一転。

 今度は面白がるようにこちらに引っ付いてくる。

 これでは逃げることも出来やしない……!


「ほらね、ヒカリの方がよっぽどでしょー?

 ……………………はっ、そうじゃなくて」


 と、思ったのだけれど。


 フランさんは、すぐまた話が逸れちゃうんだからと、一度こほんと咳払いをして仕切り直した。


「そうじゃなくて! だから…………その時も看病してくれて、私は嬉しかったから。

 ちゃんと感謝は言葉にして表すべきだと思ったのです」

「口調がちょっと変わってるような……」

「また話を逸らすー!

 いいから、お礼は黙って受け取っておきなさい! 私の立場がなくなっちゃうでしょ!?」

「はいッ!!」


 思わず背筋を伸ばす。

 怒られながらお礼を言われるなんてなかなか無い体験だ……。


 だがフランさんの言いたかった事は、そこの一点に集約するようだった。


 少し気恥ずかしさが残っていて茶化してしまったけど…………自分のやった事で人に感謝される、と言うのは当たり前だが悪い気分ではなかった。


 ただ、一つまだ解決していないこともある。

 昼の時には、洞窟のような危険な場所におれが行った事について、口論になっていたのだから。

 しかし、今ならその事も話せそうだった。

 むしろ良いチャンスであると言えるかも知れない。


「でもフランさん。

 昼間の話は…………おれは、洞窟に行ったことは間違っているとは思いません。フランさんは『考えなしに』とは言いましたけど……」


 それでも、一応こんなおれでも自分なりに考えてから命を懸けたんだから。

 そこだけは認めて欲しかった。


 …………ん?


 なんでおれ、認めて欲しいなんて思ったんだ?


「むっ。私も言い過ぎたとは思うけど……ヒカリ、結構悩んでから行動してたみたいだし…………。

 ……でもね! 私は最初に『リズシールドの街に避難して』って行ったでしょ! それを…………」


 おれを押さえていた彼女の片腕が引っ込むと、後ろから布切れを突き付けられる。

 なんだか見覚えのある布切れだ。



 中央には、『ちょっと出かけます。心配しないで下さお』と書かれていた。



 ………………。


 …………。


 ……おれが書いた文字だった。


 と言うか、ジャネットさんに食いちぎられたシャツの切れ端に、おれがフランさん宛てのメモ代わりに書いたヤツじゃねえかコレ!!


「それを、こんな置き手紙だけ残してどっか行っちゃうのはダメだと思うの!

 こんなので心配するなって方がムリでしょ!? あと下さおって何!?」

「すみません、誤字です!!」


 だってこの世界の文字初めて書いたし!!

 バカ正直に『原因をなんとかしに行ってきます』とか書いたらもっとおバカ扱いは避けられないし!!


 でもこの文面もよく見れば見るほど間抜けすぎるわ!

 なんだこれ!!


「――あのね、お姉ちゃんがこんなの残して弟が居なくなってたら、心配せずにいられると思う?」


 …………そう言いながら、再び強く腕を巻き付けられた。

 心なしか、その腕が震えている。


 だが、今こうして見ればただのおバカで済むけれど、実際に周りが危険に満ちている時にこれを読んだらどう思うだろう。

 相当に自分が心配をかけてしまっていたのだと、一層深く理解した。


 それにね、と後ろのフランさんが呟く。


「さっきも言ったけど…………。頭に手を当ててくれた時、少しだけ私起きてたのよ?

 その時ね……ヒカリ、なんだか酷い顔をしてた。まるで――――」


 あまり言いたくなかったんだけどね、と言ってから。



「全部自分の所為せいなんだ、みたいな」



「――――――――ッ!?」

「ヒカリ…………」


 そうか。


 そうか。


 思い出した。

 思い出してしまった。


 あの時何を考えていたのか。

 どこまでも陰鬱いんうつな、灰色に濁った思考。


 おれは、街が魔素の霧に襲われたのを。

 …………あるいは自分の『運の悪さ』に巻き込んでしまったのでは? と。


 そう考えてしまったのだ。


 不意をつかれたように自分も意識していなかった核心を撃たれ、狼狽を隠せない。


 何を言えば?

 いや、言い繕った所でどうなるんだ!?


 そんな動転しているおれを、後ろの彼女は、


「大丈夫。大丈夫だから」

「――――え?」


 ふわりと。

 まるで夜風から守るみたいに、体を寄せる。


 おれのぼさぼさの髪の上に、フランさんのあごが載った。


「会って日はまだそんなに経ってないけど、それでも、あなたが何か悪いコトをできる人じゃないのは判ってるつもりだから」

「フラン、さん」

「むしろ私が先に倒れちゃったせいで、そんな風にヒカリを悩ませちゃったんじゃないかって思ったくらい」

「え!? いや、それは絶対に違いますって!」

「そうかしら? でも…………」


 そうこっちが断言しても、まだあくまで自分のせいでおれが、と自身を責めるフランさん。

 なんでそうまで、気遣えるんだ。

 なんで周りの人を、おれみたいなヤツを、気遣えるんだ。


 ………………。


 …………もう、ダメだった。


 隠してきたけれど。


 もうこれはダメだ。


 こんな優し過ぎる人に隠し事なんて、出来ない。


「……フランさんは、絶対に悪くないんですよ」

「え、えっと?」

「悪いとすれば、やっぱりおれの方…………なのかも」


 少し長くなりますけど、と言って。


 おれは、自分がここ(センティリア)に居る理由を話すことにした。





 ――――そうして一人呟くようにして話し、どれくらいの時間が経っただろうか。

 まず別の世界からこちらへ飛ばされてきてという所から話したので、結構長い身の上話になってしまったけれど。


 フランさんは相槌も少なめに、おれの拙い語りを辛抱強く聞いてくれた。

 ようやく話し終えると、彼女はおれの頭の上で感想を言った。


「へぇ、ヒカリ…………」

「すみません、こんな事を隠してて」


 動けないから形だけにはなるけど、頭を下げる。


「会った時からヘンな子だなぁと思ってたけど、本当にヘンな子だったのね」

「なぜそんな総評に!?」


 しかし一言でまとめられてしまった。

 あんまりだった。


「割とマジメに話してたのに…………」

「ふふ、ゴメンね? でもヒカリだってさっき、私がまじめーに告白したら、少し茶化して返してたじゃない?」

「くっ、意趣返しってコトですか」

「そうそう。でも意外、ヒカリがあのおとぎ話に出てくる『勇者』だなんてー」


 からかって満足したのか、意外意外と頭の上であごをもにょもにょとさせる。

 妙にこそばゆい。


「でも、言った通りおれは辞退しちゃいましたから。

 しかも他にも勇者はいて、おれだけ能力値ステータスも低い、運勢ラック値に限ってはゼロで固定だ」

「それで、自分は運が悪いから、街が被害に遭ったのも自分のせいだって思ったの?」

「まあ…………、はい」


 根拠なんて無いんですけどね、と言ってみる。

 言うと、確かにそんなので思い悩むなんてダメな子ね、と返されてしまった。


 ……自分で言ったことではあるけど、そのまま肯定されてしまうとなんだか微妙な気分だ。


「うーん、でもダメな子ほど世話の焼きがいがあるし…………、うん!

 やっぱり、お姉ちゃんが引き取って正解だったわ!!」

「なんでそんな結論が!?

 いやいや、割と最初からされてたけど、そんな弟扱いされても!」

「だってなんだか本当にそんな気がしてくるんだもの、ヒカリを相手にしてると。

 仕方ないでしょー?」


 普段通りのゆったりした口調で、結構おかしな事を堂々と宣言する。

 仕方ないと言われても……。

 いや、そこは仕方あると思うんだ。

 仕方あるってなんだ?


 マズい、一世一代の告白をしたはずなのに、なんだか不思議な方向に話が進んだせいで色々とこんがらがってきてる!

 主におれの頭がこんがらがってきてる!!


「でもおれ実際には兄で、妹が居ますし!

「ヒカリの妹なら、私の妹よねー?」

「今は判らないけど、一年経ったら元の世界に戻るみたいですし!」

「妹さんと一緒にこっちに住んじゃえばー?」

「え、それならまあ……? …………そうじゃなくて!!」


 メチャクチャだ。


 もう完全にメチャクチャな話だった。


 メチャクチャだけど――――――なんだか、スッキリした。


 フランさんに話す話さないで悩んでいたのが、それ自体が、それこそバカげたコトみたいだ。

 これなら最初に会った時から話しちゃってても良かったんじゃ、と思うほど。


 あ、だからフランさんはこうして、わざと軽い調子で振る舞ってくれたのか。

 またもや気を遣われてしまったようだ。


 まさか、と口にすると、上からどうしたの、と声が降ってきた。


「……フランさん、ありがとう御座います。

 つっかえてたものが取れた感じがします」

「ダメでしょ、お姉ちゃんって呼ばないと!!」

「あっこれ違う! ただ本気で思ったこと口にしてるだけだ!?」


 全然違った。


 フランさん、弟扱い待ったなしだった。

 もうなんか普通に、おれからお姉ちゃんと呼ばれたいだけだった。

 なにそれ。


「そんなに今まで可哀想かわいそうな目にあって来たんだもの、これからはきっとお姉ちゃんが守ってあげる!」

「フランさん、実は結構ヘンな人……」

「『お姉ちゃん』!!」

「指摘するのそこだけ!? ……あ、あねさん?」


 沈黙。


「このベランダのテラスから私の部屋まで約15歩。行って帰って『ゲルラ=ギルラハ』(私の武器)を取ってくるまでだいたい10秒なんだけど」

「姉が弟に武器を向ける気!? 冗談ですよね!?」


 うそに決まってるでしょー、とは言われたけど、あの口調はマジだった。

 お姉ちゃんと比べると、姐さん呼ばわりは不服らしい。

 少なくとも、あの柄の両側に斧が付いた恐すぎる武器を持ち出してくるぐらいにはイヤなのだろう。


 ついでに敬語も、らしくないのでやめなさいと言われた。


「うんうん。やっぱり、こういう気の置けないやり取りができるから姉弟きょうだいって素敵ねー。

 私は一人っ子だったから、他の弟や妹が居る人が羨ましかったのよー」

「へぇ…………でも、フランさ」

「ん?」


 怖い。


「お姉ちゃん、男友達とか居なかったの?」

「私のお父さんはね、今はリズシールドの街の、都市防衛の部隊長…………と言うよりは将軍なんだけどね?」

「へえ、そうなん…………はぁっ!?」


 一瞬おれの真後ろから尋常をさらに超えるような殺気を発したフランさんは、更にとんでもない話をさらっと出してきた。


「どうしたの? 別に珍しいコトじゃないでしょ?」

「いやいやいやいや!!」

「今は一族も名前が変わったり婿入りしたりで少なくなっちゃったけど、昔は国境で大型のモンスターが出ると、別の国同士からレイクーン姓の隊長達が率いる討伐部隊が合流してたらしいし。

 怖いわよねー」


 本当に怖い話だった。

 何が怖いって主にお姉ちゃんが怖い。


「で、そのウチのお父さんが、私の小さい頃から、『フランには一匹たりとも軟弱な男、いや軟弱な虫は!! 自分が認めん限り、虫ケラ一匹たりとも近付けさせんぞ!! 潰す!!』って言うのが口癖なの。

 だからヒカリも頑張ってね?」

「そのだからは言葉の使い方がおかしいと気付いて欲しかった!!」


 お、おかしい!

 なんかもう全てがおかしい!!


 トップシークレットな身の上話をしていたハズが、気付いたら姉を名乗る人物に死刑宣告まがいの言葉を戴いていた!!


 もうおれはダメかもしれない!!


「大丈夫、私が鍛えてあげるー。お父さんだって人の子よー?」

「まず、姉として父と弟がデスマッチしなきゃいけない事をおかしいと思って下さい」


 しかも多分、弟がボコボコにされて終わりだ。

 なんだそれは。修羅の国なのか。


 そうして他愛のない…………んだろうか、割とさらりと流したらマズいような話をしていると、フランさんが上で肩を震わせていた。


 どうやら、笑っているらしい。


「……?」

「ん? あっ、ごめんね?

 でもね、ようやく仲直りできたなぁって思ってー」

「仲直り…………」

「そう。仲直り」

「それでいきなり笑ってたんですか……」


 なによ、おかしいのー、と声が降ってくるものの。


 実を言うと、おれも途中から笑っていた。

 それが安堵からか、おかしさからか、はたまた単純にフランさんにつられて、なのかは判らないけれど。

 まあ、どれでも構わないか。


「あ、ヒカリだって笑ってる!

 もう、あんなにお姉ちゃんに口ごたえしてたのに、もうこれなんだから……。

 頭もチクチクするしー」


 ちょっと余計な一言を付け足しつつ、おれの頭の上で手が行ったり来たり。

 おれがなでるのは恥ずかしいことと断じたクセに、自分がするのはOKらしい。

 やっぱり理不尽だった。


 でも昼間の口論の正体は、そうか…………。


 もしかしたら、本当にただの兄弟ゲンカと変わらなかったのかも知れないな。

 この場合は姉弟ゲンカかな?


 片方は上から押さえつけるように物を言われたコトへ反発し、片方は自分が心配して言ったのに相手が言う事を聞かなくて、怒った。

 これの何が姉弟ゲンカじゃないって言うんだろうか。


 口論の時に感じた、もやもやっとした憤りのようなモノの正体も、どうやらその辺りから生じたものなんだろう。

 ただの反抗期、それ以上でもそれ以下でもない。


「さて! 冷えてきちゃうし、そろそろ戻らないとねー」


 ヒカリはいつもの部屋を使ってねー、と言って、ようやくフランさんが体を離す。


 …………ようやく解放されたような、なんとなく名残惜しいような……。

 いや、なんでもない。


「また部屋を借りちゃって、良いんですか?」

「んー? まだこの子は遠慮してるのかしらー?」


 開いた窓から廊下へと戻っていく背中に声をかけるものの、歌うような調子でそう言われてしまった。

 もうダメだ、これじゃ滅多なコトで逆らえないな……。


「……ありがとう、お姉ちゃん」


 一瞬ブラウス姿の相手が立ち止まってから、ふふっと笑ってまた歩き出す。

 うあぁぁ、恥ずかしいなぁコレ!!


 ……だけどまあ、なんて言うか…………。

 今日はちょっと、夢見が良さそうだな。


 廊下に戻る前にもう一度だけ、後ろを振り返る。

 先程までにも見ていた、街の夜景だ。


 さっきと変わらない、いやおれが来た時から変わらない、綺麗な夜景。


「…………?」

「どうしたのー、ヒカリ? 早く戻らないとカゼ引いちゃうわよ?」


 だが、なんだか少し変わったように見えたのは何故だろう。


 景色に変わりがないのだとすれば、あるいは…………。


 まあ、今はいいか。


「はいはい、すぐに戻りますよ」

「はい、は一回!」

「そこまで注意されるの!? そんなバカな!?」

「バカとはなんですか、当たり前でしょー?」


 おれは夜風で鳴る窓を閉め、自分を姉だと主張する女性ひとの方へと付いて行った。





 おれの部屋の前。

 正確には、おれが再び借りることに決まった部屋の前。


「せっかくヒカリも折れてくれて弟扱いを認めたんだし、ここはひとつ姉弟でー……」

「なにさも当然のように入ってきてるんですか!?

 いや、当たり前だけど自分一人で寝れますからね?」


 実妹アカリであればまだしも、フランさんのような人と……なんてこっちが緊張して眠れやしない。

 地味にテラスでの状態でもかなり精神的にがりがり消耗してたぐらいなんだ、これ以上何かあれば、おれは無事に明日も迎えられない。


 そんな意味合いも込めてやんわりとフランさんの提案を却下しドアを開けると、ディーが居た。



 全裸だった。



 …………。


 ……おれは平静を保ったまま、服を脱いだっきり何も着ずにベッドで寝てしまったらしいディーから目を逸らすと、フランさんに向き直った。


「それじゃ姉さん、おやすみなさい」

「ヒカリ?」


 姉の疑問に答えるよりも先に、素早くドアの内側に滑り込んで戸を閉める。

 フランさんの視線を避けるため、部屋の中と外で分断したのだ。


「ヒカリ。これは、どういう事?

 ………………お姉ちゃん、すごく気になるわー?」

「いつの間に背後にッ!?」


 しかし、おれの後ろにフランさんが立っていた。


 なんだろう、もしかしてあの、カーテンの揺れてる開いた窓から入って来たのかな?

 ほんのすこし前まで廊下に居たよね?


 …………ドアを閉めてから、数秒と経ってないぞ。


「ヒカリ?」


 優しい口調で同じ言葉を、しかも顔色を変えずに繰り返すフランさん。


 おれの背中を、なんの比喩でもなくドッと汗が流れる。


「これは、その、違うんです」

「何が?」


 大丈夫、ついさっき仲直りしたんだから。

 本人もそう言っていたんだ。


 だからフランさんだってこうして、おれにまず説明する機会を与えて


「あれぇ~……、ヒカリさん?

 あふぁ………………どこに行ってたんですか?」


 ベッド側から、別の声がした。

 ディーが起きたのだ。


 顔がほんのり上気していて、ベッドの上には彼女の、エドさんの家で借りた服が散らばっている。

 暑くて脱いでしまったのだろう。水属性だし。


 しかし、どうしてだろう。

 嫌な予感が止まらない。


 ちなみに、良い予感は一度も当たった事がないけど、おれは嫌な予感に関しては一度も外れたことがない。


 でも、おれは抗った。


 何にって、運命に抗った。


 目線をフランさんの笑顔に向けたまま、チラ見えどころかほぼ隠す気の無い、限界突破しかけのディーに助けを求めたのだ。


「ディー、もしかして下でお酒でも注がれたのか?

 ダメだろあまりヘンな真似はするなって言ったじゃんか、いつの間にかおれの部屋で寝てるし」

「そうなんですよ~、冒険者の皆さんが飲んでるお酒って強いんですねぇ、そもそもお酒自体あんまり飲んだことなかったからすぐ酔っちゃって……。

 あれ、ここヒカリさんの部屋だったんですか?」


 なら丁度良いですよねと、へろんへろんの口調で言って再び寝転がる。

 依然、服を着ていないまま。


「丁度良い?」


 訊いたのはおれではなく、フランさんだった。

 だが、ディー(アホの子)はおれのものと勘違いしたのか、普通に答える。


「え? だって私達、洞窟の時から一緒に寝てたじゃないですか?

 エドさんの家でも、ヒカリさんの看病ついでに……。

 あ、今さら離れろって言われても困りますよ~?」

「うぉぉぉおおおおおおおおおーーーーーーーー!!」


 ディーではなくおれが限界突破しそうだった。


 しそうになったが、ガッと後ろから襟首を掴まれた。



 お姉ちゃんだった。



「ヒカリ、ちょっとお姉ちゃんの部屋に来てくれる?」


 ……………………。


「誤解なんです」

 

 

一度書き途中で間違えて、ヒロインをヒドインと書いてしまいました。

それ以降、文字の変換候補にいっつも出てくるようになりました。


………………。


それではまた次回!

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