第七話 : (注)ディーナさんはメインヒロイン
です。
異論は認めません!
ではどうぞ!
「うーん…………。
やっぱり今はどうしようも無いのか……?」
そう唸るおれに、ディーが反応した。
「親方の仰っていた『龍焔晶』のコトですか?」
「そうそう、それそれ」
スミド親方の工房からの帰り道。
時刻は夕の暮れも終わりに近付き、通りに出ている露店も店をもう締め始める頃合い。
露店には二種類の片付け方があるようで、売り物だけを回収して屋台を残していくものと、屋台ごとばらして撤収するような一日の終え方があるようだった。
この撤収の時間があるために、センティリアの街は今の時間でも意外と人通りが多かったりする。
その中には街を警護している憲兵のヨロイ姿もちらほら。
確かに見る限り、例の事件の後から街の警備は強化されたようだ。
明らかに兵士の数が多くなっている。
「『龍焔晶』か、ディーは…………まあ持ってないよな」
「こっちを向いてため息つかないでくださいよ!
でも、私も聞いたのは初めてで……」
なんだか物々しい名前ですね、と若干うわの空気味な感想を口にするディー。
街の様子が珍しくて仕方ないのだろう。
歩いていると、通りで珍しいモノを見つけたらスグにそっちにふらふらと近寄っていくので、どうにも歩みが危なっかしい。
それはもう、夢遊病者のようにーとか例えるべきだろう。
でも夢遊病の人を見たコト無いから実はよく判らないのは秘密だ。
「おわっ、前から馬車が来てるぞ!」
よそ見をしていたディーが、あろうことか道の真ん中に出て行きそうになっていた。
見かねて手を繋ぎ、ぐいっと引っ張って馬車から遠ざける。
完全にやってる事が保護者だと思うこの頃だった。
「すみません、注意不足でした……えへへ」
にへっと笑うディー。
反省のはの字も見られない、にへらっとした笑顔だった。
あんまりキョロキョロするなよとはさっきも注意したのに、もうこれだ。
エドさん宅から街に出た時はそれなりに緊張感もあったようだけど、もう警戒を解いてしまったのだろうか。
――――しかし今はディーはさておき、『龍焔晶』。
親方がおれに要求したのは、そんな名前のモノだった。
必要なんだそうだ。壊れたシャベルを直すのに。
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親方の工房、その鍛冶場。
いつの間にか背後に佇んでいたキリオーネムさんの助言を受けた後。
おれは親方ことスミドさんに、おおよそのあらましを話すことになった。
もちろん内容としては、洞窟に潜って『目』と戦った事。
一応ディーとついでにおれの正体については伏せておいたけど。
話し終えると、親方は開口一番こう感想を述べた。
「お前、バカだろ」
全てを聞き終えての感想が、まさかの一言だった。
おれは遺憾の意を示すために立ち上がった。
何故かディーも立ち上がっていた。
「なっ!? そんなバカだなんて!
ディーは確かに調子に乗る癖はありますけど、ちょっとヘンなだけで他は普通ですよ!」
「なっ!? 親方さん!
ヒカリさんは少しぬけた所はありますけど、そこまでダメな人じゃないですよ!」
「お前らバカだろ」
にべもなかった。
複数形になっていた。
「あのなぁ…………」
前掛けで灰を浴びた顔をわしわしと拭ってから、石製の腰掛けにどっすと座り込んだ親方。
そして大きく大きく溜め息をつくと、モジャモジャのヒゲに埋まったような口を開き、そして。
ただ折れて壊れただけだと思っていたシャベルに、何が起こっているのかを話してくれた。
――――端的に言えば。
おれの持っていたシャベルは『魔化』という現象を起こしている。
…………らしい。
知らない人のために説明しておくと――――いやごめん、おれも知らなかったんだけど――――『魔化』とは、鉄や銀などの鉱物が魔素、あるいは魔力を浴びつつけることによって、変性してしまうことをそう呼ぶ。
ただ前提として魔素には、一部を除いてほとんどの鉱物(と言うよりは、無機物だろうか?)をすり抜けてしまう性質がある。
平常時でもあまねく空気中に漂っている魔素は、基本的にどこか一ヶ所に集まることなく、拡散してしまうのだ。
ちなみにヒトや動物などの生き物には身体に吸収され、中で魔力へと変換されて、それを魔法を唱える時に消費してるんだけど…………まあそれはさておき。
だから基本的には、鉱物に魔素が蓄積されるなんてコトは起こらない。
もし起こるとすればそれは、周りを囲まれた狭い空間で魔素が湧き出してくるような、ごくごく稀に生じる特殊なケースのみ。
例えば土や雑多な石の中には、魔素を通さない『魔素中和物質』がごく微量に含まれているため、洞窟の中であれば魔素は外に拡散しない。
そして、鉱石が魔素に曝され続ければどうなるか?
――あまりにも多くの魔素を長い時間浴びた鉱石は、通常のそれと根本から性質が違ったものに変質してしまう。
元の銀、元の鉄とはかけ離れた異常なモノが出来てしまうのだ。
これが、親方の説明した『魔化』の仕組みだった。
「……ミスリルとか、アダマンタイトみたいのがそれだな。騎士様が着てる鎧に使われてるようなヤツだ」
親方がヒゲをむしりつつ、続ける。
言葉の端に上ったその単語達には、割と聞き覚えがあった。
「あ、それは知ってます。
もしかしたらオリハルコンなんてのもあったり?」
「なんで魔化も知らねぇのにそっちは判るのか、俺の方が知りてぇよ……」
しかし、ヘンな顔をされてしまった。
仕方ないじゃんか、ゲームの知識なんだから!
とは、決して言えない。
ゲームにはよく出てくる『なんだかスゴい金属』の代表みたいな鉱石達だけど、この世界ではそこに『魔化』という要素が不可欠になるようだった。
親方の話に戻ろう。
……だからこそ、魔化によって得られる鉱物には価値がある。
そんじょそこらの元の鉱物とは比較にするのもバカらしくなるぐらいの希少な価値。
なにしろ、取りに行くこと自体が命を捨てるような行為なんだから。
魔素の量が多い場所に居れば魔素侵蝕を発症する、というのは周知の事実。
センティリアの街も数日前の異変で魔素に侵されたが、洞窟の中に溜まったようなケースでは魔素の量はケタ違いになる。
街のは親方のような亜人種であればまだ行動できる程度ではあったらしいけど、魔化が起きる洞窟はドワーフ達ですら万全の対策をしたとしても尚危険とのこと。
……まあ、あの北の湖にあった洞窟は実際にはその場所にこそ魔素が湧き出す原因が居たんだから、街に比べて魔素が濃いのは当たり前なんだけどね。
つまり、だ。
親方の言ってるコトをまとめると。
ヒト種の中でも人間は、この世界の中でも魔素に対しての耐性が比較的低い種族。
そんな異常な洞窟にのこのこと入ってしまえば、普通の人なら刹那に魔素に侵されて死んでもおかしく、な………………?
「――――――って、えぇぇええええ!?
それならおれ、無茶苦茶ヤバかったんじゃ!?」
「気付くの遅いな!? そうだよその通りだこのバカやろう!!
むしろ、死んで屍体が魔力に侵されてゾンビになってねえのが不思議なくれぇだよ!!」
「えっ、じゃあヒカリさんはゾンビだったんですか!? いつからですか!?」
「ディーがまたおかしなコト言い出した!!
待った、それは違うぞ!」
違う、まだなってないから!
…………いや、これからなる予定も無いけどさ!!
でも一歩間違えばおれはゾンビ化してあーうーと呻きつつ洞窟の中を彷徨っていたのかも知れない。
ぞっとしない話だった。
やばい、怖過ぎる。
「まあボウズと、あとその嬢ちゃんがどうして魔素でくたばらずに済んだのかはこの際置いといて、だ」
「置いといちゃうんですか……」
「当たり前だ! 判らんもんは判らん!
お前さんの変なのは前から知ってたからな。今さら常識で考えるのもアホらしいわ」
あっさり切り捨てられた。
ただ、あれだけ洞窟の中を歩き回って挙げ句寝泊まりまでしておいて、何も体調に変化ナシ、というのはどうなんだろう?
ディーはヒト種の中でも特に魔素に強い、魔人という理由がある。
おれにも何かしらの理由が無いとおかしいよな?
少なくとも、運良く……なんて理屈は、おれに限って絶対に有り得ない。
それとも、ただ単に鈍いだけとか?
………………。
…………。
……そんな鈍感があるか!!
ホントにおれはなんなんだろうね!?
自分で言っててアレだけど、なんで洞窟で平然としてられたのかさっぱり謎だ!
「そんなんだから、詳細は判らんがお前のシャベルは取り敢えず魔化を起こしてる。こういうタイプはかなり加工が困難だ。
修理してやるには同じく魔力の詰まったブツを用意して、互いに魔力を衝突させるみてぇにしてやらないと打ち直すのも出来やしねぇ。
俺ん所じゃ今切らしてるが、『龍焔晶』なんかがなきゃ手が打てん。ボウズ運が悪かったな。終わり」
「唐突に話を締めた!?」
親方がいきなり早口になった。
話すのが面倒になっちまったよ、と、どうしようもないくらい本音を疲れた顔でぶっちゃける親方。
最後までおれを諦めないで欲しかった。
だがその言葉自体には一切の誇張はなく、現状どうしようも無いのは事実。
なので、おれは一旦シャベルを預け、進展なしに工房から退散せざるを得なかったのだ。
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……鍛治場の炉の火を落として腹が減ったとぼやく親方に、一応『龍焔晶』について詳しく聞いておいた。
曰く、主に『火』の属性が強く出ている場所、火山などの地域で採れる赤い結晶である。
曰く、炎をそのまま固めたような鉱物、と言うよりは宝石で、ハンマーで叩くと高温を放つほどの熱を持っている。
曰く、その内部に溜め込んでいる魔力と熱を利用して、魔化を起こした金属を加工するのに用いられる。でも希少だから小さい結晶でもべらぼうに高価。
「高価いってのが問題だよなぁ……」
「そうですねぇ……」
相場だと大体、ほんの一欠片で20000エウルほどだそうで。
ちなみに、日本円にして40万円くらいですね。
ちょっと思わず丁寧語になってしまうようなお値段だった。
「でもでも、ヒカリさん」
「ん?」
「あの折れた物にそこまでこだわらなくても、シャベルを使いたいなら他の物でもいいんじゃないでしょうか?」
「うーん…………」
それは、確かにそうだ。
修復するのは不可能ではないけど、相当のコストが掛かるし、直ったとしても前と同じように使えるかは判らない。
それなら前と同じ普通の鉄のシャベルを買ってきた方が、余程安く簡単にコトが済む。
シャベルな事には変わりはないんだし。
…………しかし、だ。
「……だけど、あれは今までずっと使ってきた相棒みたいなもんだからさ。
他に持ってたツルハシは失くしちゃったけど、あのシャベルは持って帰ってこれたんだ、直せるものなら直してやりたいんだ」
感傷…………なんて大層なモノじゃないが、思い入れは充分にある。
そうディーにも伝えると、うんうんと賛成を受けた。
「そうですね、私だってあれに助けられたようなものですから。
私も直ってくれれば嬉しいです」
うん、そうだな。
今は何のアテも無いけど…………。
いずれはどうにかして龍焔晶を手に入れて、元通りに直してやろう。
ところでこの子、いつまで俺の手繋いでるんだろう。
おかげでディーはふらふらしないでいるけど、なんなのこれ。
取り敢えず振りほどいておいた。
よく考えたら親方との話し合いを回想してる時からずっとだった。
驚愕の事実だった。
「助けられたとはいえ、それがシャベルなのはなんだか微妙な気もしますけど……」
「はっはっは、何を今さら」
「なんですかその乾いた笑い方!」
そうは言うけど、結構便利なんだぞ。シャベルも。
モンスターをひっぱたく以外にも色々な使い道があるし。
例えば、そう…………土を掘るとか………………土を掘るとか!!
「まあ、別にいいですけど…………。
ところで、ここはどこでしょうか? 露店が出てない割には妙に人通りが多いような……?」
「ああ、『宿通り』だよ。……宿屋通りだっけ?
外から街に来てる人とか家を持ってない人なんかが夜には泊まりに来るから、集まって賑わってるんだろ」
周りを見回して、聞いた知識を引っ張り出す。
センティリアの街の中央から西門に向かって続く通りの一つだ。
幾つも並んでいる宿屋の前には、思い思いに冒険者らしきグループがたむろしていたり、大きな袋を背負った商人風の獣人が隣り合った宿屋の相場を見比べていた。
平原にある群生地に薬草を取りに行った時なんかは、大体この道を通ってたなぁ。
まっすぐに門へと続いているから、この上なくアクセスが良いのだ。
立ち並ぶ宿屋を見ていると、ふと思うことがあった。
「そういやさ、ディー」
「なんでしょうか?」
「おまえ、なんだかんだで湖からこっちに来てるけど……これから泊まる場所ってあるの?」
「えっ」
一応、あんまり使うのには気がひけるものの、エドさんから貰ったお金もある。
ディーがどこかに泊まると言うなら、その宿泊費くらいにはなるだろう。
「……ええっと、ヒカリさんは?」
「おれ?」
多分また食堂にお世話になると思う、と告げる。
ちなみに頭の所に多分と付くのは、フランさんとまあその、冷戦状態なためにどう話が転ぶか判らないからだ。
すると、それを聞いたディーは何やら震えだした。
まるで古い館で扉を開けたら目の前にデカいブルーベリーみたいな巨人が立っていた時のような、絶望に満ちた表情だった。
「わ、私もてっきりヒカリさんと同じ所に居ていいものと…………」
「いや、そうだけどさ。ディーにも何か希望があればそれを尊重し」
「まさかヒカリさんは、私に飽きたんですか!?」
こっちが言い終わる前に、ディーが唐突に悲痛な声を上げる。
いい時間の街中で大声で叫ぶのも良くないが、その内容の方がもっとアレだった。
「いきなり何を!?」
「ここで私は置いていって、あとは勝手にしろ的なコトですか!? そしてお金も身寄りも無くなった私は泊まった所で住み込みで働かされ、大きな声で言えないような仕事を強要され…………宿屋って、しかも夜って、夜って、そういうコトですよね!?」
「目をぐるぐるさせてワケの判らない事を言い出すんじゃない! 落ち着け!!」
早口でヤバい事言ってるぞこの子!
どうして今の話の流れでそう繋がるんだ!
「どうしてそんな偏った知識はあるんだよ……」
「お母さんが言ってました!」
「ディーの母さんは自分の娘に何教えてんだよ!?」
もっと他に言うべきことがあるだろ!
会ったことないけどディーの父親は自分の武器を失くすような人らしいし母親は余計なコト教えてるし、どんな両親だよ!!
………………。
……いや、うちにもそんな親が二人ほどいたよ!!
よく考えたらやってる事同じじゃねえか!!
あまりにも予想外な結論が出てしまい焦るものの、取り敢えず目の前の混乱を収めようと口を開く。
「バカ、泊まる場所ってのはそういう意味じゃなくて…………いや、宿屋にはそういう意味もあるんだろうけど」
しかし以前聞いたことをこのタイミングで思い出して顔が引きつってしまう。
そんな痛恨のミスをしたおれを、ディーは見逃さなかった。
一体何を想像したのか半泣きになり、こっちに詰め寄って来る。
「あるんじゃないですかやっぱりーー!!
ま、まさか……むしろ積極的に私を働かせてお金だけをむしり取って、それをさっきの龍焔晶の代金に注ぎ込む気ですか!? そのまま身寄りのない私は最後には捨てられたあげく、一日中やらしいコトしか考えてないようなお金持ちに奴隷として売られてあんな事やこんな事を!?
ヒカリさんの鬼! 鬼畜!! なんたる鬼畜の所業で」
~~数分後~~
「……落ち着きなさい」
「はい…………」
通りを歩く人々の中に、息も絶え絶えにそれぞれ頭を押さえて歩く二人組の姿があった。
もちろんおれとディーの事である。
おれは結局、ディーを止めた。
ヘッドバットで物理的に止めた。
天下の往来で鬼畜だなんだと意味不明の供述を始めた青い髪のアホの子を止めたのだ。
周りから「えっ、鬼畜? あの人が鬼畜?」的な完全に犯罪者を見るような視線がどんどこおれの方に集まってきた時には、一瞬ディーを捨てて逃げ出そうかと悩んだぐらいだった。
いや、流石に実行はしなかったけど。
ちなみに、やっぱりディーの頭の方が頑丈だった。
何これ目の上がすげぇズキズキする。
それでも同じく頭を押さえて涙目のディーに、噛んで含めるように言い聞かせる。
正しい教育に必要なのは忍耐力なのだ。
「いたた、頼むから、思い込みで話を曲解するのはやめてくれよ…………。
別に湖からここまで連れてきたのはおれにも責任があるし、ディーの事は、ちゃんと面倒見るつもりでいたんだからさ……」
「えっ、そんな、一生面倒を見るなんて」
「よしここにエドさんから貰った一万五千エウルがあるこれを全部渡すからディーは」
「すみませんでした!
見捨てないで!! ヒカリさん見捨てないで!!」
きちんと話を聞いてもリアクションが予想の斜め上どころか遥か上空に到達していた。
もうこの子はダメかもしれない。
「ほ、ほら! そろそろお昼に来てた食堂に着きますよ!
だから睨むのはやめてください!」
誤魔化すように指差すディー。
「……って、おや? あれ、エマさんじゃないですか?」
「ん?」
ようやく着いたフランさんの食堂の前に、なにやら人影が見えた。
ちょうど中から出てきた所に出くわしたらしい。
「あれ、ディーナちゃんにヒカリくん?」
ディーの言葉が聞こえたのか、ドアの前に居た人物もこちらに気付く。
見慣れたシスター服ではなくラフな私服だったものの、やっぱり相手はエマさんだった。
服装が違うと結構印象が変わるな、ディーが言わなきゃかなり近くに寄るまで気付かなかったかもしれない。
「なーんだ。居ないと思ったら時間が入れ違いになっちゃってたみたいね。
今もう私、食べ終わって出ちゃったのよ」
手に持っていたものを地面に降ろしつつ言うエマさん。
しゃがんでいる彼女を見れば、抱えていたのはイヌだった。
…………というかフランさん一家の飼い犬、ジャネットさんだった。
「な、なぜエマさんがジャネットさんを……?」
「カワイイじゃない?」
それは理由になってるんだろうか。
でもジャネットさん、ここに昼間戻ってきた時には食堂にいなかったけど、元気にしていたようで何よりだった。
魔素の異変の前に会ってそれっきりだったからな。
――――と、そうだ! それよりも!
昼間にエマさんは、フランさんには彼女の方からも説明して手助けしてあげる、などと言ってくれていたが、それはどうなったんだろう?
「食べてきたって事はエマさん、フランさんとも?」
「え? うん、そりゃあもちろん会ったけど…………?
………………………………あっ」
お座りさせたジャネットさんに手を振っていたエマさんが、途端に硬直。
ぎぎぎと全身筋肉痛の人みたいな動作でゆっくりと立ち上がっておれを見る。
なぜだろう。
その表情に「しまった」と書いてあるように見えるのは、なぜだろう。
「…………エマさん?」
「………………」
「な、なぜ黙っちゃうんですか?」
ほんの少し前にわんこにニコニコと手を振っていた時とのギャップが怖い。
非常に怖い。
と思いきや、いきなり肩をぽんっと叩かれた。
「大丈夫、ヒカリくんならなんとかなるわ!!」
「えっ」
「じゃあねーーーー!!」
言うが否やシュタタタッと走り出し、あっという間に視界から消えてしまう。
シスターという言葉をかなぐり捨てるような力強い走りだった。
「エマさーーーーーーーーん!?」
取り残されるおれ。
なんだろう。
もう完全にイヤな予感しかしない。
同じくエマさんに取り残された隣の一人を一匹を見ると、そちらの二者はじっと向き合っていた。
ディーもジャネットさんもぴたりと動かないまま、睨み合いになっている。
「……キミらはキミらで、何してんの?」
「ヒカリさん。この子、なでても良いですか?
うわぁ、もふもふしてますよ!」
どうやらふさふさの毛を撫でたいのを、必死に堪えていたようだった。
誰に許可を得るでもなく、ディーが手を伸ばす。
………………がぶり。
そして噛まれていた。
「ギャーーー―!! 助けてくださいーー!」
「ストップ! ジャネットさんストップ!!」
なんとか凶悪な毛玉をディーから引き離し、大人しくさせる。
半泣きのディーに一応言っておいた。
「彼女はフランさんの飼い犬、ジャネットさんだ」
「うう、そうなんですか……?
でもどうして、エマさんにはあんなに懐いてたのに……」
「彼女は犬ではあるけど上下をハッキリさせる性格みたいでさ、自分が許した人間じゃないと邪険に扱われてしまうのだ。
ちなみにジャンと呼ぶと怒る」
きっとジャンが男のような名前だからだろうと勝手に考えている。
ジャネットさんはこう見えて気高いお嬢様なのである。
「つまり、私は上下で言うと…………」
おれは重々しく頷く。
それ以上言う必要はないだろう。
――――いや、それよりも今はフランさんの事だ。
一体エマさんは何をやらかしてしまったんだ。
食堂のドアを開けて、つぶらな瞳でこっちを見ているジャネットさんに手を伸ばす。
「まあおれはもう慣れてるから大丈夫。
ほら、早く家の中に戻れ」
………………。
…………。
……がぶん。
手のひらを噛まれた。
「………………ほら、な?」
「ヒカリさん…………」
手を引っ張ると、ジャネットさんが噛み付いたままぷらーんと持ち上がる。
後ろのディーからの視線が突き刺さるのを感じた。
「慣れてるって、そういう……?」
「何も言うな」
「……痛くないんですか?」
「すげえ痛い」
骨折した方と反対の腕で良かった。
そうして入る前から既に事故が起きている気はするものの、食堂に戻ってきたおれ達。
夜になったとは言えまだまだお客さんの数は多く、店は賑わっていた。
しかもよく観察するとその中に見知った人が居た。
相手は奥の方のテーブルに陣取っていたのに、すぐさま目が合ってしまう。
「おぉーい、ヒカリー! お前戻ってきたのかよー?」
「くまさ、いや、ベアさん!?」
おれの中の熊に似てる人ランキングを首位で独走している猛者、グリーンベアさんだ。
施療院でも会った気がするが、再びのエンカウント。
しかも何やら上機嫌、既に出来上がっているようだ。
荷物を置くヒマなく、そっちに手招きされる。
ジャネットさんはどこかにとっとっと歩いて行ってしまったが、まあ大丈夫だろう。
名前通りにクマと見紛うような大男の彼が腰掛けている所には、他にも二人ほどの人が泡立つジョッキの載ったテーブルを取り囲んでいた。
昼で仕事も終わり、ここで晩ご飯ついでに酌をしている、といったところだろうか。
一人はベアさんの冒険者PTのメンバーである赤いきつねさんことレッドフォックスさん。
だがもう一人居る、髭を蓄えたお爺さんとは初対面だった。
…………いや、初対面?
うん、どこかで会ったような…………?
「どうも、ヒカリ君や。
ちょうど今、君の話が出ていた所だよ」
「ええっと……」
朗らかに話しかけられるものの、申し訳ないことに誰なのかが判らない。
だが、おれがどちら様でと尋ねる前に、お爺さんが続けて言った。
「君にはギルドで会ったきりだからのう。
お互い息災で……と言いたいが、それは骨折かな?」
――――あ、そうか!
この人は、魔素の異変の時に冒険者ギルドに居たお爺さんだ。
あの後は慌ただしくしてたから、すっかり忘れていた。
なるべく平気に見えるよう、腕をぶんぶんと振って見せる。
「もう治りかけですから。
言い忘れてましたけど、アケミヤヒカリです。あの時は本当にお世話になりました」
何を隠そう、異変によって混乱を来していたギルドに、押しかけたおれの話を取り次いでくれたのがこの人だった。
ちなみに取り次がれた相手の方はメガネさんだった。
「ほら見なさいベア、やはり礼儀のなってる子じゃないか。
どうもご丁寧に、儂はオウル。
この通りただのしょぼくれた老体じゃが、一応この男らのリーダーでな」
「り、リーダー!?」
クマ吉さんらはチームを組んでいるというのは知ってたけど、誰と誰が他に居るのかは教えてもらっていなかった。
けどそうか、このお爺さんがリーダーだったのか。
そうすると前会った時におれの事を知っている雰囲気だったのも納得がいく。
「そうは言うがな爺さま、コイツはなんというか、真面目とか不真面目とかとは関係ない所でヘンなんだよ」
「おれが驚いてるスキに何言ってんですかベアさんは!」
全くの無実、謂れもない非難に憤慨すると、オウルさんは大丈夫大丈夫と言ってまた笑う。
「大方、男どもでちびちび飲んでいるのに飽きて、丁度現れた君に構ってるんじゃろうて」
「それはそれでヒドいような……」
今は別の重要な用事があるのに、途中でとっ捕まってしまったらしい。
ベアさんの横でテーブルのサラダを摘んでいたフォックスさんが、はんっと鼻で笑う。
フォークに刺したレタスをくるくると回しながら、おれの方を見た。
「いーんだいーんだ。このベア公、院のシスターをここに誘おうとしたのに失敗してやんのさ」
「あれはそもそも会えなかったんだから仕方ねえだろ、エマさんとよう!」
……いや、居ましたけど。
と言うよりさっきまで、同じここの食堂に居たハズなんだけど。
どうやらベアさん、エマさんが私服姿になると気付かなくなるようだった。
雰囲気が変わるとはおれもさっき思ったけど、でも同じ室内にいるのに気が付かないのはどうなんだ。何やら悔しそうにしているクマ吉さんに同情するべきなんだろうか。
でも曲がりなりにも気になる異性、カッコが変わると全く判らなくなってしまうのは結構ダメなんじゃなかろうか。
「まあまあ……、次またお誘いすれば良いだけですって」
「そうなんだけどよ」
こういう時は笑って誤魔化してしまうに限る。
うん。あまり当人たちの問題に首を突っ込むのもマナー違反だからな。
決して、なんか面白いから黙ってようとか思ってるワケじゃないよ?
本当だよ?
そんな風におれがベアさんの幸せを心の底から応援していると、いつの間にかオウルさんがどこからかイスを二つ持ってきてくれた。
フォックスさんがそれを見て言う。
「取り敢えずヒカリ、荷物置いてこいよ。メシ食うのにそんなに色々持ってたらジャマだろ。
最近任務が多くて金もあるから奢ってやるよ。代わりにベアのヤツからよう、そのエマってシスターの魅力について聞いてやってくれ………………お前一人で」
「お、話して良いのか?」
なにそれ凄くイヤだ。
ベアさんがなんだか乗り気になっている事からして貧乏クジの香りが、ほんのりどころかラフレシアの激臭の如く漂っている。
あとアルコール臭も漂っている。
と、後ろから肩を叩かれた。
ディーがこそこそと顔を寄せてくる。
「(ヒカリさん、ここは私が取り持ちます)」
「(え?)」
「(荷物を置きに行くんですよね? 心配ご無用です、その間くらいは私一人でもなんとかなりますから!)」
ぽん、と胸を叩いて見せる。
ここは任せておけというコトだろうか。
でも彼女の視線を追うと、目はテーブルの上に並ぶ料理へと向いていた。
「(………………遠慮の心はちゃんと持つんだぞ? と言うかおれの分は残しとけよ?)」
「(わ、判ってますよ!)」
「(それと、あんまりうかつなコトするのも)」
「(大丈夫ですってば!!)」
食い気味に答えられる。
……ホントに大丈夫か?
不安は残るものの、ここはディーの考えを尊重する事にした。
ベアさんとは昼の施療院で面識もあるし、どうにかなるだろう。
…………なるよね?
「じゃあ、おれはこの荷物だけ置いてきます。
こっちのディーがベアさん達みたいな冒険者について知りたいらしいんで、良ければ話してやって下さい」
「おお、もちろん構わねえぜ」
そうしてディーにその場を任せ、おれは食堂のホールから出る。
階段の下でこの家のお祖父さんと会ったが、聞いた所フランさんは自室に戻っているらしい。
以前はこの時間だって一階で食堂の方の手伝いをしていたハズだけどな……?
エマさん、一体何をフランさんに言ってしまったんだ。
考えても何も答えは出ないまま、階段を上へ。
だがおれが二階に上がったのと同時に、廊下のどこかのドアがばたんと閉まる音がした。
(………………?)
風の勢いでドアが閉じただけか?
それとも…………?
それっきり物音一つ立たず、廊下は静かなままだ。
突き当たりのテラスへ続く窓は開いているから、やっぱり風の仕業だったんだろう。
借りている自分の部屋へと戻ると、おれは肩に掛けていたトートバッグを置いた。
入り口近くのドア横に放り出した格好だ。
シャベルは親方の所に置いてきたけれど、おれやディーの服だけでも結構バッグは膨れている。
「あ、ディーの服は返さないとな」
部屋は見れば、最後に出て行った時と何も変わっていない様子。
だが有り難いことに、掃除はしてもらっていたらしい。
いきなり戻って来たっていうのに、何から何までお世話になっているような気がして頭が上がらない。
白い毛布の敷かれたベッドなんかを見ると、もうこのまま今日は休んでしまいたいくらいだった。
一階に居るディーが不安で、そんなコト出来ないけど。
でも、少し落ち着くぐらいなら…………。
そう思った時。
――――――コン、コン。
ドアがノックされた。
もちろん今度は気のせいじゃない、今おれが背にしているドアだ。
「………………ヒカリ?」
「――――!?」
面食らったものの、すぐに戸を開ける。
するとそこに居たのは……やっぱり。
「ええっと、フランさん?」
食堂の手伝いをしている時とは違い、髪をまとめるためのバレッタを外した姿。
なんとか話がしたいとは思ってたけど、こんなに早く会えるとは思わなかった。
しかも、向こうから訪ねてくるなんて。
でも判らないのは…………。
「ええっと…………、どうして?」
言ってから、マズい事を口走ってしまったと焦る。
これじゃ、来てくれたのに素気なく断ってるみたいじゃないか。
「いや違うんです! そうじゃなくて!」
「…………ちょっと、こっちに来てくれる?」
手招きされて、外の廊下へ。
先を歩くフランさんの背中に付いて行くと、着いたのはテラスだった。
窓が開いていた、廊下の端のテラス。
そのままテラスに出てしまうと、食堂の二階から街の景色が見えた。
しかし外は室内よりも暗くて、家から漏れる明かりや街灯で光量を保っている程度。
季節はまだ春だけど、夜になると風が肌寒いものがある。
フランさんは一体どんな顔をしているんだろうか。
いや、そもそも、どうしておれをここに呼んだんだ?
「そこに座ってくれる?」
背を向けたまま、テラスのベンチを指差す。
声は抑えているのか、感情が全く読み取れない。
その有無を言わせないような口調に、木のベンチに座る。
「………………」
話があるのかと思ったけど、違うのか……?
一人で座るおれの後ろに、フランさんが立っている気配。
だが、それきり何も言わずに黙ってしまう。
妙に空気が重い。
と言うよりは、雰囲気が硬い。
こちらの緊張した内心とは対照的な、ワハハハ、と聞こえた階下からの声がひどく遠いものに感じる。
今はディーは上手くあのベアさん達グループに入り込めているだろうか?
まさか、またおかしなコトをやらかしてたりはしてないよな?
前に広がっている黒々とした街を眺めながら、そんな事を頭の端で考えた。
でも…………、考えたのはそこまでだった。
後ろから、抱きつかれたのだ。
寒風に当たっていたはずの背中に、突如として温かい感触が伝わった。
前に腕が回され、力を込められる。
ぐっと引き寄せるように抱き締められる。
頭が真っ白になり、何も考えられなくなった。
疑問のままに、慌てて後ろを振り向こうとする。
だが、体が動かせない程に背後から密着されている。
「なっ――――――――!? ――ふ、フランさ」
「だ、黙ってて!! 人が来ちゃったら、その、困るから!」
なんだ?
なにが起こったんだ?
…………いや、それよりも。
――『人が来たら困る』って。
フランさん、何をする気なんだ――――――――!?
執筆の時間が欲しいこの頃…………。
お読み戴きありがとうございました!
それではまた次回! 少し短めの予定です!




