第十五話 : 語歌堂未希の戦闘ログ④
語歌堂さんパートのラストになります。
ではどうぞ!
【4の月 4日 朝 山道】
二日目。
いや、異世界にきてからは四日、湖の調査任務を請け負ってからは二日、か。
我々はまた馬車に揺られていた。
再び乗ってからしばらく経ったが、ここまではずっと馬車の中で待機中だ。
昨日とはうってかわって、ここまでは魔物の襲撃も無い。
馬車や馬にずっと乗っていると、腰にダメージが来ると聞いたことがある。
だが、私達にはそのような影響は無かったようだ。
馬車の寝心地は、元の世界の私の家や、世話になっていた皇宮の客室とは比べるべくもない酷いものだったが、それでも半日中馬車で過ごした披露程度ならば回復出来るようだ。
『勇者補正』によるものか単に高いステータスによるものかは定かでは無いが、馬車で一晩寝ただけで疲労感もすっかり消えていた。
「ぐぉー、ぐおぉー!」
……横の方の座席で眠っている彼が、その事を雄弁に物語っている。
「八瀬君。起きろ、八瀬君」
今朝起きてきて、荷物をまとめて馬車に乗り込んでから、すぐにこの有り様だ。
朝から三十分も起きていたかどうか。
補足すると、起きた順番としては私、ヴィタリ君、平野君、ウェッジ君、そして最後に間が空いてから彼がテントから出てきて眠い目を擦っていた。
グスト君は最初から起きていたので省いている。
昨日と全く同じ場所に座っていたのを見た時は、思わず変な声が出そうになったが。
ずっとその位置で朝まで動かなかった、という訳では無いだろう。
無いと信じたい。
「んぐぐぐ……!」
八瀬君の鼾の音が大き過ぎて、ほろ布越しに外まで聞こえそうだ。
前で朝からまた馬を操ってくれている騎士達に、流石に失礼だろう。
「起きろ……! …………駄目か」
反対側でこれまた仰向けになっている平野君は、読書に耽っていてこちらを気にも止めていないし。
彼にもこの耐え難い鼾は聞こえないはずが無いのだが。
「ぐ…………」
と、ようやく静かになった。
最後に一つくぐもった声が出て、鼾が止まる。
後はもう、暫く騒音が再発しないことを祈るのみだ。
……私は特に眠くも無い、能力値でも見ておくか。
こうして時間のある時にしか確認は出来ないからな。
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名前:ゴカドウ ミキ
LV:6
HP:134
SP:192
MP:215
種族:ヒト(異世界)
性別:女
属性:風
職業:勇者
装備適正:『弓』S
魔法適正:『火』A 『水』A 『風』A 『土』A
称号:『異世界人』『召喚された勇者』『生真面目』
能力値
STR:143
VIT:82
INT:75
RES:69
SEN:93
AGI:54
LUC:56
技能:『貫通の矢』
『流星群』
『影縫い』
『気配察知Ⅰ』
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「…………ふむ?」
いつの間にか、レベルが上がっていたのか。
それも、昨日の農場へ向かう以前はまだレベルは2だったのが、今は6。
レベルアップ時はファンファーレのような知らせが特に来ることも無い、これからも自分で確認して確かめていくのが不可欠か。
肝心のステータスは……。
……どの数値も軒並み上昇していた。
特にSPの増加は効果が大きいな。
現状、訓練も行っていないため魔法は使えない。
すると、私としては『流星群』などの技能を何度も使えるようになった方が、より実用的であると言える。
SPは、減った分は時間経過で自然に最大値まで回復していく。
これはHPやMPにも同じように言える事だ。
しかし戦闘の間に、スキルを連発してSPを採算度外視で使い切ってしまった場合、その戦闘中にSPの全快を待てる程には、その回復速度は早くは無い。
なればSPは多いに越した事は無く、あればある分だけスキルの使用に融通が利くようになるのだ。
『貫通の矢』ならばSPの消費はまだ軽いが、『前方の敵グループに攻撃する』効果を持っている『流星群』は、その効果の大きさに比してSPの消費も前者より段違いに重くなる。
当面はこちらの『流星群』を安定して使用できるようにSPを増やしておきたい。
だが、今は使うタイミングを見計らうべきだろうな。
無闇にスキルを乱発してSPが枯渇してしまい、残りの敵は通常攻撃だけで倒さなければならない、などとなったら目も当てられない。
対面した敵が数体だったら、『貫通の矢』と通常の射撃のみで済ませる考え方もありだ。
そして特殊なのは、『影縫い』か。
SPの消費は『貫通の矢』より少し重い程度。
だが、ペネトレイターは『射線上に存在する数体の敵を貫通して攻撃』する技なのに対して、こちらのカゲヌイは『対象の敵一体の移動を阻害する』効果を持っている。
ダメージはほぼ無い上に、足止め以上の効果も無い。
更に言えば、一定時間で解除される、一つ効果が発動している最中に新しく『影縫い』を使用すると、効果が新しいものに上書きされてしまう。敵が複数体居ても、一体にしか使えないのだ。
しかし、この『影縫い』、かなり使い道はありそうだ。
農場に調査に向かった際に(不本意ながら)使用したが、相手を傷付けずに捕縛できるというのは、他の攻撃や技能には無い有用な効果だ。
『~~に攻撃』や『~~にダメージ』のような効果の技能ばかりを習得するよりは、むしろこうした特殊な意義を持つ技能を覚えておく事で、戦闘での柔軟性も上がるだろう。
というような具合で、これまでに覚えていたスキルの確認は終わりだ、……が。
…………『気配察知Ⅰ』とは何だ?
新しく覚えた技能か?
私は、『気配察知Ⅰ』のスキルの説明を表示させた。
《『気配察知Ⅰ』:消費SP 20
使用者の周囲の動物・魔物の存在を感知する》
「……ふむ」
どうやら、この技能は使用すると自分の周りに何が居るのかを確かめられる、探知機のような機能を発揮するらしい。
SPの消費はそれなりだが、頻繁に使うのかどうかはまだ判らないため、多いとも少ないとも評価は出来ない。
その説明の下に表示された補足によると、『気配察知』の能力よりも相手の隠密能力が優れていれば探知には引っかからず、『察知』出来る範囲もある程度限られているようだ。
すると、どれ位の範囲なのだろうか?
また『Ⅰ』とあるからには、『Ⅱ』や『Ⅲ』もあるのだろうか?
試してみようか。
「『気配察知』」
呟いて、技能を発動。
すると、視界に円状の画面のイメージが浮かんだ。
奥行きのあるような、立体的な円。
周りを見回すと、それに合わせて円を四分割するように区切っている十字の線も、クルクルと動く。
羅針盤や、星座盤に近いような作りだ。
更に、円のイメージが浮かんでから時間を置かず、円の中に点が幾つか現れた。
中心の点から近くに二つ、僅かに離れて正面方向に六つ。
…………位置的に考えて、これは八瀬君と平野君、それから騎士方の三人と三頭の馬を指している。
中心の点は、恐らく私の位置だろう。
(想像以上に、想像通りの効果だな……)
不思議な日本語になってしまったが、そんな感想だ。
『気配察知Ⅰ』とは、そのまま予想の通りレーダーやソナーに近い効果のスキルだったのだ。
と、イメージの中の画面にドットが追加された。
前方のレーダーの境界部分から、左右に幾つもの点。
更にその数は増えていく。
そして、円の中心とその新しい点達との距離は近付いていく。
これは、何だ?
その疑問に辿り着いた瞬間、私は馬車の前座席を横切り、騎士の三人に向かって声を張り上げていた。
私の弓、『静粛』を片手に。
「前方に敵、おおよそ10、いや、……15以上!
道の両脇にある木々に隠れている!」
御者座に座っていたヴィタリ君とウェッジ君はいきなり私が出てきたことに驚いていたが、単独で先頭の馬に乗っていたグスト君は素早く反応した。
「止まれ!」
先導の馬に短く合図を出し、馬車の馬二頭も止める。
「語歌堂殿。どの位置か判るか?」
「ああ。距離から言って、あの離れた位置の左右の大木から、奥の方にかけて多くの反応が出ている」
「把握した。数が多いと言う事は、やはり狼の群れだろう」
「しかし今回は20近く居そうだ」
「更に増える前に、すぐに片付けよう。ウェッジ、ヴィタリ」
名前を呼ばれる前に、もうその二人も武器を手に構えていた。
ウェッジ君は先に鉄の塊を付けたような大型の戦槌を。
ヴィタリ君は背中に保持していた、宝玉の付いた杖を。
彼らは腰に剣を装備してはいるが、実際の得物はそれぞれで自分の好みの物を使用しているのだ。
グスト君は普通に剣のみしか持っていないようだが。
「私はどうすれば?」
「いや、語歌堂殿はここで他の二方と一緒に周辺を警戒していてくれ。
我々がその群れを討伐するまで、馬を守っていてくれ」
「了解した」
彼らの方が戦闘にかけては熟練だ。
私は従い、口を挟む必要も無いだろう。
右側はウェッジ、ヴィタリは中央後方から援護を、と言って馬から飛び降り、グスト君は二人を伴って敵の居る地点へと走っていった。
鎧を着ている事を全く感じさせないような走り。
……と言うよりは。
(疾いな…………)
グスト君、他二人が重戦士型のウェッジ君、魔術師型のヴィタリ君というのも一因ではあるものの、グスト君に関しては異常とも言えるほどに速度で前方に疾走していく。
何らかの魔法か技能を使っているのか、もう既に剣を抜いて例の大木の裏に回りこんでいた。
そして、予想していた通りに待ち伏せをしていた、オオカミのものと思われる悲鳴がこちらにまで届く。
遠吠えの声が一瞬だけ聞こえるものの、そちらはすぐに途切れた。
増援を防ぐ意味合いもあって、グスト君が先んじて倒したのだろう。
今の一瞬で、二体の狼を斬ったという事だ。
「あちらは問題無さそうだな…………。
おい、八瀬君! 魔物だ、起きろ!!」
私はウェッジ君も作戦の位置に付いたのを見届けてから、八瀬君を起こすためにほろ布を上げた。
こちらにまでオオカミが何匹も来た場合、私一人で馬を守るのには不安が残る。
「八瀬君!」
「………………ん?」
明らかに眠そうな声で返事をし、ようやく彼が起きる。
「オオカミの群れが前方に居る、こちらも警戒、を……?」
全体が点滅して、恐らく効果が時間で終了しようとしていた『気配察知』に、新たに二つ、点が表示されている。
……かなりの勢いで馬車の左手から、こちらに向かって迫ってきている。
「な、敵か!?」
外に飛び出し、不安定な御者座からも降りて弓を構える。
矢をつがえると、横の森から新たな敵が走ってくるのが確認出来た。
視界の『ステータス・アイ』に表示されたのは、『スケルトン・ソルジャー』という名前。
新手の魔物だ。
いや、それよりも。
あの魔物は何だ?
まるで人骨そのものじゃないか?
それが片手に剣をぶら下げて、鬱蒼と茂る木々の間からこちらに走ってくるのには、どうにも嫌悪感を覚えてしまった。
だが、敵には変わりない。
ここで馬が傷付いてしまうと、移動に障害が起きてしまう。
「――――フッ!」
短く息を吐いて、矢を放つ。
狙いは自然と、当てやすい場所……、胴体を狙ったのだが。
命中、バキッと軽い音がして肋骨の辺りの骨が砕けるものの、まだ動きは止まらない。
身体の一部が軽く欠けただけ、といった様子だ。
き、効いていないのか!?
もしくはあの敵、弓のような一点を狙う攻撃は効きづらいのか?
仕方ない、ならばもう一矢…………!
今度は、骨自体が固まって存在している箇所、頭部を狙う。
「貫通の矢!」
狙い違わず、通常攻撃よりも貫通力の上がった矢は敵の眉間に刺さり、頭部を吹き飛ばして後ろの木に刺さった。
人骨の怪物が崩れ落ち、地面でただの骨の塊と化す。
木に磔にされた頭部も動かなくなる。
それを見るか見ないかの瞬間、視界の端で金属が陽に反射して光った。
金属?
いや、…………剣だ!
がきり、と鈍い音が弓に伝わり、私の頭めがけて振り下ろされた錆びたロングソードを辛うじて防いだ。
咄嗟に弓を両手で構え、振り下ろされる剣を受け止める。
攻撃してきたのは、倒した一体とは別のスケルトン。
失念していた!
『察知』でも、点は二つ表示されていたのに!
今は効果が切れている『気配察知Ⅰ』の事を惜しむものの、もう遅い。
「――――!!」
魔物が口の部分を動かして、ガチリガチリとむき出しの歯を噛み合わせる。
相手の骨しか無い身体が、軋むような音を立てる。
なかなかに不気味だな、これはっ……!!
力自体は大きく無いらしく耐えるのは容易いが、その不気味さによって腰が引けそうだ。
弓が頑丈なために相手の剣は防御できたが、この体勢では弓での攻撃は出来ない。
すると、STRを活かして殴りつけるか。
それとも、VITに頼み、相手の攻撃を受けたとしても弓の技能を使うべきか?
何にせよ、最初に一体に向かって『影縫い』を使っておけば、このような事には…………。
と、今度は、私と相対するスケルトンとの間に影が差した。
上を見上げる間もなく。
――――ザシュッ!
スケルトンが頭から両断され、崩れ落ちる。
弓で防いでいた剣も主人を失い、地面に転がって跳ねた。
不意打ちのような攻撃のあった方向を見ると、
「平野君……!」
飛び込んで来たままスケルトンの足元にまで剣を斬り降ろした平野君の姿があった。
どうやら御者の座席から跳んで、その勢いでスケルトンを切り裂いたようだ。
「平野君、助かった」
立ち上がる彼に礼を述べる。
しかし。
「……ふん」
相手は一瞥して、また馬車へと戻っていった。
……まあ、助けて貰えただけ感謝しよう。
『気配察知』を再び使用。
私の近くには五つの点と、騎士達が走っていった方には三つの点が表示された。
もう骨の魔物の増援もなく、騎士の方は既に片付いているようだ。
戦闘も終了か。
私は額の汗を拭い、特に苦戦した様子もなく戻ってくる騎士達を見やりつつ。
「これでは、連携して戦闘というのはまだまだ遠そうだな……」
と、そんな事を考えるのだった。
【4の月 4日 昼 高原近辺】
「ふむ。そのような魔物は、この辺りでは見かけた事も無いな」
存在はするがそれはもっと違う地域のはずだ、とグスト君が言う。
「だが、現に私の前には出たし、戦った」
「そうだな。今はもう消えてしまっているだろうが、骨の残骸があるのも確認した」
一際大きく、馬車がゴトンと揺れた。
もう時刻は昼。道も荒くなり、いよいよ目的の湖がある高原に近付いているのだろう。
グスト君とウェッジ君は、武器の手入れの為に我々の居る荷台の方へと移動している。
今は魔法でサポートに回っていたヴィタリ君に、少しの間馬の移動を任せているようだ。
「えぇ!? オレが寝てる間にそんなことがあったのかよ?
でも別に、ミキちゃん一人でラクショーだったっしょ?」
ようやく完全に起床した八瀬君が横から言う。
「いや、二体来た内の一体は、平野君が討ってくれた」
「え、平野が!? なんだよ、いい所見せたいって感じ?」
その言葉に特に返事もせず、我関せずの平野君。
相変わらず読書を止めることは無いようだ。
まあ、それを言えば私もグスト君もあまり八瀬君の軽口には気を払っていないが。
それよりは、今はもっと重要視すべき事柄がある。
「『スケルトン・ソルジャー』か…………」
「具体的には、どのような場所に本来なら現れるんだ?」
私の疑問には、グスト君から少し離れた所で座っていたウェッジ君が答えた。
既に彼のウォーハンマーの整備は終わり、今は保存食のチーズを取り出して齧っている。
「おでが戦ったのは、リズシールドの街の南にある、昔のお墓が『迷宮化』したやつだなあ」
「ダンジョン化?」
私の疑問には、グスト君が応えた。
「語歌堂殿はまだ知らずとも当然だ。
魔物が増えたり、魔素がより濃い地域などでは、更に強力な魔物も生まれやすくなっていき、結果として周りの土地に比べて大きな歪みが出来てしまう。
その場合は、土地自体が異様な姿に変化するなどして、人や普通の動物を拒むように元の姿から離れていってしまうのだ。それを『迷宮化』と呼んでいる」
「ま、もうおで達が魔物を片っぱしから倒しだがら、今はもうその迷宮は元通りだ」
「成る程……」
魔物が大量に出現する、通常では無い形の空間。
感覚としては、元の世界のゲームでも登場するような『ダンジョン』と同じ意味で考えて良さそうだ。
「しかし、それなら尚更、『スケルトン』がこの山道に出るのは不自然だな」
「あ、不自然と言えば、あれだ」
私の言葉に、ウェッジ君がのんびりした口調で反応する。
何でも、彼ら騎士が先ほど戦っていた敵にも不可解な点があったそうだ。
出会ったオオカミは、既に何者かの攻撃で傷付いていたり、もう死んでいる個体も居たとの事。
創傷は切り傷だったらしい。
……と、するなら。
「ふむ…………?
スケルトンが近くに居た事を考えると、彼らの仕業では?」
「周りに錆びた剣が一本転がっていたから、それが正しいな。
魔物同士で、反りの合わないような種類もある。恐らくその為だろう」
グスト君が腰の鞘に剣を戻し、そう自分の考えを話す。
いずれにしろ、スケルトンというのは異質な存在のようだ。
なにせ、自身以外の魔物や人間を無差別に攻撃しているようなのだから。
そんな風に話をしていると、前の布が上げられた。
顔を覗かせたのはヴィタリ君だ。
「グストさんよ! 前からなんか走って来てるぜ!?」
「すぐ行く」
どうやら、また何か起こったらしい。
グスト君が移動するついでに私も、ウェッジ君に促されて前に出た。
体格の大きい彼が私を優先してくれた形だ。
前に出ると、数人の男性がこちらに向かって来ていた。
体格的に、成人が二人。
その内の片方に手を引かれて走ってくる少年が一人。
三人共が、何やら必死の形相で走っている。
それを見て、兜を脱いだままのヴィタリ君が怒鳴った。
「おい、止まれ! こっちは帝国軍の調査隊だぞ!」
向こうの人物達が止まり、止まったかと思うと、再度こちらへと駆けてくる。
近付いて来たので判ったが、彼らは皆、『ヒューマン』では無かった。
犬の耳や猫か狐のような耳をしている。
『ビーストマン』だ。
「た、助けてくれ! ここに居たらマズいんだ!」
「一旦貴殿ら、武器を置いてくれ。話はそれからだ」
「そんな場合じゃねぇんだって!」
グスト君の警告を聞いて、彼らは立ち止まるのももどかしいといったように自分達の持っていた武器を外し、捨てるようにして置く。
「これで良いか? ほら!?」
「ああ。では話を――――」
言い終えられる前に、彼らはヴィタリ君が「ちょっ、待て!」と制止するのも聞かず、馬車へと乗り込んできた。
私やウェッジ君を押しのけるようにして荷台に飛び込み、こちらへ振り返る。
そして、口々に言った。
「元来た道に戻ってくれって!」
「危ないんだよ、ココは!!」
「早く、早く!」
…………相当に真剣な様子だ。
しかも汗塗れで、ここまでずっと走ってきたのだと読み取れる。
グスト君が、兜越しに私を見た。
私も一瞬考えてから、頷いてみせる。
「ヴィタリ、後ろへ!」
「え?」
「早く。今から馬車を、前回の焚き火跡の地点にまで撤退させる!」
ウェッジ君と私も荷台へと戻り、戸惑っていたヴィタリ君もこちらへ移った。
馬車はぐっ、と反転した後グスト君の合図で、繋いだ三頭の馬をかなりの速度で走らせ始める。
「そこの獣人方、揺れるから気をつけで下さいよ」
「わ、わかってる」
入ってきた三人の獣人の内、狐の耳を持つ男性が話す。
他の二人は息を整えるのに必死だ。
「そこまで焦るとは……、何があったんだ?」
流石にこの状態の人物へ訊くのは酷な気もするが、それでも理由は知っておきたい。
緊急事態なら尚更だ。
その狐耳の中年男性が私の方に気付いた。
ガタガタと揺れる馬車に耳をぴくりと震わせてから、口を開ける。
「そんな落ち着いてる場合かよ、お嬢ちゃん!!」
まくし立てて、隣の犬耳の人物を指差した。
彼の両側にそれぞれ犬の耳をしたヒトは居るが、その左側、少年と言って良いくらいの年齢の方だ。
「コイツが、犬人族でよ、周りのことに敏感なんだがよ、それが」
「……冷静に話すんだ。それでは、伝わるものも伝わらない」
自分のスポーツバッグから、皇宮から支給された予備の水筒を彼に渡す。
まだ開けていない方の水筒だ。
受け取った彼は、蓋を壊すような勢いで開けてぐっと飲んでから、息を一つ吐いた。
「……すまねえ。パニクってたみてぇだ」
「構わない。それで?」
私、そして周りの皆も気になっている事を尋ねる。
一体どうして、ここまで来た道を戻らなければならないのか?
彼の言うには、次の通り。
「コイツはジムって犬人族なんだがな、オレたちゃ湖の周りを見て回ってたんだが、そこでイキナリ『ここは危ない、何か来る』って怯え始めたんだよ。
フツーのヤツならただの臆病もんだって笑ってやるトコなんだが、ジムは犬人族の中でも特に鼻が利く方でな。コイツがそう言った時に何も起こらなかった試しがねぇんだ」
「何か来る、か」
喋る狐耳の隣の少年と目が合うと、こちらにぶんぶんと首を縦に振る。
その顔は蒼白と言って良い程で、耳はまるで犬が怯えた時と同じように垂れ伏せている。
「彼を見る限り、尋常では無さそうだな」
「で、じ、実際何がくんの?」
八瀬君も、その様子に戸惑っているようだ。
震えている犬耳の少年の代わりに、狐耳の人物が答えた。
「そんなん判ったら最初に言ってるさ!
ただ、出来るだけ離れた方が良いのは確かだってえのは」
「……来るぞ」
後部の座席でじっとしていた平野君が遮り、静かに呟く。
来る、とは?
そう私が言う前に、平野君は座席後ろのほろ布を持ち上げた。
外の様子が見えると、そこには。
「う、うわあぁぁあああああ!?」
八瀬君が叫ぶ。
そこには、こちらへと迫ってくる『波』があった。
地面を埋め尽くすようにして、あるいは上から雪崩落ちてくるようにして。
大量に高原側から滑り落ちてくるようにして、迫ってくるもの。
その勢いは波のように錯覚してしまったが、実際には違った。
魔素だ。
紫色の魔素の霧が、あらゆる物を飲み込む濁流のように流れ迫っている。
遠くの高原、湖の方から断続的な大きな破砕音がする。
何かが壊れるような、崩れるような音だ。
魔素の波も同じ方向から来ているようだが、その流れる速度は圧倒的だった。
「全員、伏せろ!!
もうじきに、この馬車にまであの波が到達する!」
自分も荷台の木床へと伏せて、私は声の限りに怒鳴った。
地響きの異音はこちらまで迫り、聴覚を潰す。
後部座席から紫色の波が流れ込んで来る。
窒息しそうな程の重圧が掛かったように感じた。
そして、馬車は、荷台の中は。
辺りを見ることも出来ない程の魔素の霧に包まれる。
「…………皆、大丈夫か?」
言って、起き上がる。
目覚めの悪かった時の朝のように、目は開いてもなかなか周りの景色を映さなかった。
四肢の節々だって、自分の物では無いような感覚がする。
どうやら、少しの時間意識が飛んでいたようだ。
「……ったく、今日ぐれえ獣人で良かったと思った日はねぇぜ……。
おい、チャック、ジム、起きろ! …………ダメか」
狐耳の例の男性も、寝転がったままではあるものの、多少は復帰していた。
彼の隣の二人は、まだ気絶している。
馬はもう走っていないようだ。
馬車自体は、一応無事だった。
あれだけ異常な事に直面していながら、荷台が壊れるといったような事も皆無。
音と勢いは激しかったが、物理的な衝撃は実際にはほとんど無かったのだろう。
「ま、マジこえぇ…………」
八瀬君と平野君も、まあ無事か。
だいぶ八瀬君は怯えているようだが、まあ私だって呆けているのには変わりない。
後は、騎士達の三人だが…………?
「……」
ヴィタリ君は馬車の木床に力無く座り込んでいる。
だが、見たところまだ平気な様子。
ウェッジ君はと言うと…………。
「お、おい、ウェッジ君!?」
「うぐ…………」
彼は馬車の中で倒れており、うめき声を上げていた。
身体からは…………。
紫色のもやが出ている。
「これは……!?」
「魔素侵蝕の典型的な症状が出ているな。
あれだけの規模だ、亜人や獣人ですらも倒れておかしくは無い」
「グスト君! 無事だったのか」
荷台に外から、グスト君が入ってくる。
布の間から外を見ると、三頭の馬も無事のようだった。
だが。
「他に、体調に変化を来した者は?」
「チャックが、ああ、オレの隣のコイツがダメそうだ」
狐耳の彼が言うと、隣の犬耳の人物を示した。
少年ではなく狐耳と同じ位の年齢の男性だが、そちらも紫色の霧が彼の周りに漂っている。
犬耳の少年の方は、起き上がってぽつりと言った。
「もう終わった……………………みたい」
「ジム……。おい皆、コレ以上は来ないらしーぜ?」
「そうか」
自分の調子も確かめつつ、グスト君が答える。
篭手や鎧越しに、身体を動かしてチェックしている。
「……では、ここからどう動くかだな」
「と、言うと?」
「もう一度高原へ調査に向かうか、それともここで切り上げ、報告に戻るか」
真っ先に反応したのは、八瀬君だった。
「いやいやいや! ムリっしょこれは!
グストさん、もう二人も倒れてるんスよ!? 街に戻って報告しましょーよ!?」
「だが報告と言っても、詳しい事は何も判らないままだな……」
「み、ミキちゃん!?」
それを聞いて、思わず言ってしまった。
……しかし、どう言い繕っても、現状では何も判らないままなのだ。
湖の事も、そして先程の波の事も。
あれは一体、何だったんだ?
犬の彼、ジム君はもう来ないと言っているが、それなら湖に再び行けるのか?
そして、湖から発生したと思しきあの破砕音は何によるものか?
今戻ってしまっても、『湖に行く途中で、魔素に当たった為に退却した』といった報告にしかならない。
あとは、スケルトンの存在を伝えるぐらいか。
なにせ我々は、まだ湖に辿り着いても居ないのだから。
「あー、安全なら、じゃあオレはちょっと、荷車を取りに行きてぇな。
湖の横に置いてきちまったんだが使えるもんは回収しておきてえ」
「何か重要な物が?」
「一応冒険者だし、少しはな。あと武器も放り出したまんまだ」
狐耳の彼は意外にも、もう一度湖に向かうようだ。
「ふむ…………。
そう言えば素性を訊いていなかったが、もしや皇宮が出したという『緊急任務』を受けた冒険者なのかな?」
「そういう事。『緑彩』ってえ冒険者のPTだ。
で、一番乗りで三人で来たは良いが、今はこんなザマだ」
自分の長い獣耳を引っぱって難しい顔をし、それからこちらに答える。
これ以上危ない事は無いと、余程ジム君の感覚を信用しているのだろう。
さて、私はどうするべきか?
立ち上がったままの体勢で、腕組みをして考える。
さっきの魔素の波で倒れたのは、獣人の犬人族が一人と、ウェッジ君。
彼らはそれぞれ亜人と獣人という魔素に耐性のある種族ではあったものの、先程の波レベルの魔素を浴びるとダウンしてしまった。
だが、今回私と、そして平野君、八瀬君は皆無事だった。
自分の胸元から、首に紐でかけた小さな袋を取り出す。
中には、『魔素中和石』が入っている。
……恐らく、勇者の全員が無事だったのはこの石の効果だろう。
でなければ私達は『ヒューマン』なのだから、間違いなく魔素侵蝕に侵されていた。
『勇者補正』によって助かった可能性も無くは無いが。
だが、あれには状態異常や、特殊な攻撃を防げるといった効果は無かったはずだ。
逆に言えば、この『中和石』を持っている限りは今の波でも耐えられるという事。
「よし、では私はこちらの彼に付いて行こう」
「なぁ!? ミキちゃん、どうしてそんなマゾいこと言ってんの!?
ぜってー止めた方が良いって、いやマジで!」
「マゾっ…………!?」
八瀬君の言葉は若干気になったが、それでも自分の意見を話す。
「……こほん。理由は三つある。
まず一つ目に、私はこの『魔素中和石』を持っている。これがあったお陰で、今しがたの魔素の霧を耐えられた。これはかなり強力な防護効果があるのだろう。
二つ目に、そこのジム君、だったか、彼はもうあの波のような現象は来ないと言った。そうだな?」
ジム君を見つめる。
彼は私の視線を受けて若干怯えたような表情を見せたが、すぐに周りの様子を見回し始めた。
犬耳を立てて、鼻(こちらは通常のヒトと同じだ)をひくひくさせる。
やがて、小さく頷いた。
「もう変な感じ、しない。
これ以上は何も起こらない、と、思う」
私も少年に、頷いて返す。
「有難う。波を察知したのだから、これから起こるかどうかについても、彼が言うのなら信頼できると私は思った。
最後にの理由だが、この彼の、あー……」
「フレットだ。言ってなかったな」
「うん。フレット君、君は一人で、しかも丸腰で元来た道を戻るつもりなのか?」
名乗った彼に問いかけると、フレット君は難しそうな顔をした。
両脇の二人の犬人族の姿を見て、自分の頭に手を当てる。
「武器はまだ近いとこにあるが、コイツらは、チャックは倒れてるし、ジムは怯えちまってるし……。
まあ、動けるのはオレ一人だろうよ…………」
「ではやはり、他の可能な者で付いていけるのなら同行すべきだろうな。
湖の調査も兼ねられるし、困っている人は見捨てられない」
「それならば、私も行こう」
外の馬の様子を見ていたグスト君が応じてくれる。
特に躊躇する事も無いようだ。
……だが、他の者は違った。
「グストさんよ、……それは行かないなら行かなくて良いんですよねえ?」
「ヴィタリ。そうだな。
報告に戻るという考え方もある。また街に戻って治療が必要な者も二人、搬送せねばならない」
「なら丁度いいや! こっちは戻り、いや帰還させて戴きますよ?
倒れてるウェッジも心配ですからね?」
これ見よがしにグスト君の言葉に乗っかり、調査から離れる旨を言い放つ。
私とグスト君を順に眺め、口の端を歪めた。
「『勇者様』の語歌堂サマと『特別』のアンタならどうにかなるでしょうけど、こちらは普通の騎士なんでね?
怖くて怖くて仕方ないんですよ」
「………………。では、報告を頼む。
馬車は帰還する人員で使ってくれ。馬自体が怯えていて、山道を登ろうとしていないからな」
「はい、了解ですよっと。
湖に着いたは良いけど魔物に襲われて死にました、なんてならない事を祈ってますよ」
嫌味らしく告げるヴィタリ君に、冷静にグスト君が答えていた。
……まあ、このような手合いにこちらが感情的に反応すれば、それこそ相手の思うつぼだろう。
そして、結局は最初に進言した私とグスト君のみが、狐耳の冒険者ことフレット君に同行する事となり。
その三人以外は、八瀬君と平野君も含めて、馬車で先に戻る件となった。
八瀬君ら二人と、あと私については『勇者補正』の効果の一つ、『死亡した場合は、皇宮の魔法陣で復活する』という加護も付いていて、多少無茶しても復活できるのだが……。
ただ、かく言う私だってその効果は半信半疑だし、進んで死地に赴きたい、死にたいとは思わない。
それは皆、八瀬君も平野君も同様な気持ちだろう。
「……ふむ。三人だが、行けるだろうか?」
山道を降りていく馬車を眺めつつ、私は呟いた。
自分のスポーツバッグを肩に掛け、もう反対側に『静粛』を持っている状態だ。
「少なくとも、湖周辺にこの異変の原因となる魔物が居るかどうか、は調べる必要があるな」
「倒すか退却するかはその時に決めれば良いか」
「ああ」
一応、充分な量の物資とテントの一つをこのバッグに入れている。
備蓄に関して言えば、暫く困らないだろう。
隣に居るフレット君は、頭の後ろで腕を組んだ。
あまり重く考えてはいないようだ。
「まー、オレとしちゃソロで突っ込まなきゃならないのを、二人もお供してもらっちまった感じだしなあ。感謝してるぜ?
二人共、かなりの手練れみたいだしな」
て、手練れ…………?
何やらそう言われると、むず痒いものがあるな……。
が、しかし。
「…………私は、魔物と戦闘を行ったのは一昨日が初めてだ」
「ま、マジで!? 全然そう見えねぇな!?」
驚かれてしまった。
フレット君は、私とは反対側に立っているグスト君を見る。
「……あ、アンタは?」
「私は、五歳の頃から戦っているな」
「マジで!?」
危うく私も叫びそうになった。
それに特に気にする事も無く、グスト君は遠く離れていく馬車から背を向ける。
馬車は馬自身がここから離れたいのもあってか、もう豆粒ほどの大きさにまで小さくなっていた。
あの速さならすぐに街に戻って報告してくれるように思う。
ヴィタリ君も、流石に騎士としての仕事はこなすだろう。
「行こう。既に昼を過ぎる。山頂は?」
「お、おお。こっから一時間も掛からねえ」
歩き出そうとする騎士に向かって狐耳の彼が答える。
一時間ならば、陽が高いうちに現場には着くな。
そして、三人で道を高原の湖に向かって進む…………、
と思ったところで、グスト君が立ち止まった。
「語歌堂殿」
「む?」
私とフレット君に、前方のやや上側を指差す。
そちらには魔素の霧しか無いはずだが…………、おや?
言われてから、ようやく私も気が付いた。
「…………霧が、薄くなっていないか?」
【4の月 4日 昼過ぎ 高原・湖】
フレット君の言う通り、高原へは一時間経たずに辿り着いた。
山道の終点から、湖があると言われる方向を警戒する。
「ここか……」
「こちらは、まだ流石に魔素の霧は濃いか」
「魔素は湖から出てたみてぇだからな」
それでもちょっと前に来た時よりゃあ全然マシだけどな、フレット君が言う。
「原因は判らずじまいだったが、十中八九、湖になんかあんのは間違いねえだろ。
おっ! ありゃあオレらの…………」
フレット君は道の脇に置いていた荷車を見つけ、そちらに走っていった。
魔素が霧になって立ち込めている為に遠くまでは見えない。
が、ここはかなり開けた空間のようだ。
私達の居る位置から先には木々が生えておらず、平坦な地面が広がっている。
そして山道から続く道を真っ直ぐに歩けば、すぐに水際との境目に差し掛かる。
「これは少し、周囲を見て回るのにも時間が要るな……」
驚嘆の意味も込めて呟く。
それだけ大きいのだ、この湖は。
センティリアの都市の水源、と言われるのもこれなら納得だ。
「だが、二手に別れるのは危険だろう。
これ以上、人員を割く訳にはいかない」
「わりーな、オレも荷車を引っ張ってかなきゃならないしよ……」
荷車は魔物に壊されるといった事もなく無事だったようだ。
上に被せてある覆い布の隙間から、ロープや薬ビンが見え隠れしている。
「あれは…………、剣か?」
「どうした、グスト君」
「湖の近くの地面だ」
言われた方を見て、私は驚いた。
そこには、幾本もの長剣や槍が転がっていたのだ。
三人で水際に歩いて行き、確認する。
ロングソードが三本と片手で持つスピアが二本。
どれも一様に、ボロボロに錆びて欠けている。
しかし周りには、生き物や魔物の気配は全く無い。
「私が倒したスケルトンも、このような錆びた武器を持っていたな」
「オレも何体か見てるぜ。
ここに来た時にも、二、三体は骨のバケモノを倒したな。
力は強いが所詮はホネだからモロいし、先に殴っちまえば楽勝だ」
道中で出会ったあのモンスターは、この湖周りでも出没していたのか。
やはり、魔素の異変とスケルトンとは何か関係があるのかも知れない。
「ただ、オレらがホネと戦ったのはもっと別の所だったけどな。
スケルトンは倒せば消えるにしても、残った剣がここに落ちてる訳ないんだが……」
「ふむ……?」
「お、あっちにも剣が散らばってるぜ?」
先程の破砕音が嘘のように静かに波打っている水際。
それに沿って歩くと、幾つもの錆びついた武器類が見つかった。
数本ずつ固まって散らばっている。
「多いな」
グスト君がしゃがみ、一本の剣を手に取って確かめる。
剣や槍、更には手斧まで落ちているのが確認されたものの。
共通しているのは、持ち主であるはずの『スケルトン・ソルジャー』が一体も見当たらないという事だ。
一体、ここで何が起こったんだ……?
紫色の霧が漂っている湖をじっと見ても、答えは出ない。
……と、考えていると。
また少し歩いた距離の所に、何かが落ちているのを見つけた。
一つだけ他から離れて転がっているので、逆に目立っている。
私はフレット君とグスト君から離れ、引き寄せられるようにそちらへ向かう。
妙に、自分の鼓動が早くなるのを感じる。
どこかで以前に見た覚えがあるような。
そんな、既視感に似た感覚。
見つけた物は、湖の際に流れ着くようにして捨て置かれていて、半ば水に浸かり、反対側は砂に刺さるようにして埋まっていた。
単なる棒切れだと思ったが、実際には先端側は幅広の刃が付いていた。
しかし刃は拉げて捻じ曲がり、柄らしき部分はまるで途中で引き千切ったように失われている。
何をどうすれば、金属の物体がここまで損傷するのか。
そして、私はその落ちていた物を引っ張り上げ。
ようやく、水の滴るそれの正体を知った。
これは。
「……………………シャベル、か?」
次回、『仄暗い湖の底から』。
続きます。