表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/72

第四話 : 勇者はひどく赤面した



 

 

 ファンタジーもののRPGの中で、最も有名なゲームと言われてあなたが思い浮かべるのは何だろうか?



 …………まあ。

 様々な意見があるし、どれが正解という話でももちろんない。

 というかそもそもゲームをしない人にはあまり縁のない話だ。


 おれに限って言えば、ドラゴンと題してる割にシリーズを通して見ればそこまで竜が出てこないあのRPGの初代作品が思い浮かぶ。後世のロールプレイングゲームに多大な影響を与えた有名な作品の1つだ。


 実際にはあのゲームが出た当時にはおれは産まれてすらいなかったのだけど、おれの父親が持っていたのをプレイしたことがあるのだ。


 我が明宮アケミヤ家の父はなかなかのゲーマーだった。RPGに加え、織田信長がはっちゃけて日本統一するような戦略ゲーなんかも楽しそうにやっていた。

 ついでに母親も割とゲーマーだった。こちらは逆にアクション寄りな、どちらかと言えば感覚で出来るようなゲームが好きで、ぷよっとした落ちものパズルや赤緑のヒゲ兄弟が亀の親玉を踏みに行くようなゲーム達を嬉しそうにやっていた。


 両親はそれぞれ私立高校の教師、小学校の教員という職に就いていたが、休日なんかはよく二人で仲良くテレビの前でコントローラを握っていた。

 むしろもうこれは副業の一種なんだとも力説していた。

 我が両親はポンコツだった。


 だが、幼かったおれはそれを真に受け、「大人ってすごい、遊んでればお金が貰えるんだ!」と勘違いした。


 おれもポンコツだった。

 ポンコツゲーマー達のサラブレッドだったのだ。


 それはある意味仕方のないことだったとも言えるだろう。ゲームに対して寛容な家庭、莫大な先人の遺産(山積みになったゲーム)、対戦相手(妹)。

 しっかり者の妹がいなければ、我が家はソドムとゴモラの如き娯楽によって爛れた退廃の都と化していたのはまず間違いない。


 妹は物心ついた時にはこのピンチに気付き、事態を打開するためダメな両親に代わって料理を覚え、掃除を覚え、ゴミ出しの日を把握し、家計簿の付け方を覚えて、父母おれのお小遣いを月に1500円に取り決めた。

 ちなみに今でもお値段据え置きである。

 父さんがどうやってその金額で生き延びているのかは知らない。

 この前家に戻ったら、『食べれる野草・きのこ図鑑』という題の本を読んでいたのは目に新しい。


 …………。

 だいぶ話がそれてしまった気がする。


 ただ、そんな我が家の両親よりも良心的な妹でも、冒頭で話題にしたRPGの始まり方はどんなだったかを知っている。

『勇者よ、姫を助け出して竜王をたおし、世界に平和を取り戻してくれ!!』と王宮の真ん中で王様に言われるアレだ。

 かなり有名なシーンだろう。


 長く話してしまったが、つまり何が言いたいのかと言うと。


「…………オホン!」


 周りを騎士やら大臣らしき人達に囲まれてその中央に居る、きらびやかな一目で高級だと判る服に身を包んだ人物が咳払いをした。

 そして、続ける。



「余が、センティリア帝国38代皇帝、パトリック・ティリア=アストレイである!」



 おれは、王様の前に立っていた。









 かれこれ一時間ほど前のことだろうか。


 おれは白銀のゴツい鎧を着た兵士に連れられ、歩いていた。

 頭までしっかりと同色のヘルムで覆われていて、顔も見えない。

 兵士は自分はグスト、近衛兵の役職に就いている騎士だと名乗った。


 そしておれの名前を聞いてから、唐突に謝った。


明宮アケミヤ殿。先の手荒な扱いの、非礼を詫びたい」

「えっ?」

「隊長も、勇者とは言え流石に皇族、姫様に狼藉ろうぜきを働いた者を放りおく訳にはいかなかったのだろう」


 ただそれに続けて、あれはやり過ぎだろう、とも言った。

 そうか、槍で殴った事を言っているのかな?

 あれはこの人の上司がやった事だったのか。

 おれは自分の後頭部を触ってみたが、もう特に痛むといったことは無かった。元からおれはキズとかケガの治りは早いのだ。


「ああいや、気にしないで下さい」

「そんな簡単に許してしまって良いのか?」

「別にあなたが殴ったワケでもないですし、事故だとはいえ、結果的にお姫様の心に傷を負わせてしまったと思いますし」

「そうか」


 淡々とした感じでグストさんは答えた。でも、別におれの言葉がぞんざいな扱いを受けたというのではなく、彼が割と無口な性格であるというだけなのだろう。そんな印象だった。

 グストさんは済まないな、と再度謝り、それだけ言うとまた何事も無かったかのように歩き続けた。

 おれも、少しタイミングを逸してしまっていたが、おれの名前は明宮光です、と軽く自己紹介を言った後、黙って彼の後ろを追うように歩く。


 …………え? おっさんの時とおれの態度が違う?

 おれだって空気と場所、TPOはわきまえているのです。シリアスな空気はきちんと感じ取っているのです。

 決してグストさんの腰にある長剣が怖いわけじゃないんだからね!


 そうして話が一旦終わったおれらは、黙って石畳の道を歩く。


 辺りを見回すと、ここが外に面した石造りの廻廊である事が判った。廻廊の屋根、日差しは等間隔のよく磨かれた円柱で支えられている。大理石だろうか。


 外は芝生の合間合間に花壇があって様々な花や植物が植えてあり、池が造られていた。しかも暖かな日差しに鳥のさえずりというおまけ付きだ。

 言うならば美しい庭園といった風情である。

 あそこで昼寝とか出来たらすごく気持ちよさそうだ。


 と、見ていると向こうで草木の手入れをしている女性と目があった。驚いたように口を開け、こちらを凝視している。いかにもファンタジーといった感じの質素な服を着ている。

 この宮殿の使用人だろうか。おれは手を振ろうとしたがやはりやめ、会釈のみに留めた。



 もうこれだけの物を見せ付けられると、おれが今いる場所が異世界であることは認めざるを得ないだろう。

 ってかおれのアパートの近所には大理石なんてブルジョワな物持ってる家なんて無いよ!

 そもそも日本の家はほとんど木造建築だよ!!


 するとここはやはり異世界、お姫様やら目の前におられる騎士甲冑やらを鑑みるに、おれが少し前まで居たはずの地球|(最低でも日本)から別の場所、更に言えば宮殿のような所に飛ばされてきたしまったのだろう。


 真っ直ぐ前の方に、立派という言葉がこれ以上相応しいものが思いつかない大きな建物が見える。上に旗らしきものが翻ってたり、テラスが見えるあたり、あれが宮殿の本殿か。

 それなりの距離を庭園に沿って歩いてきてるってことはつまり、おれがおっさんと和やかに座談会していたあの牢屋は、この宮殿の離れに用意されている簡易的な牢獄なのかもなあ……と、ぼんやり眺めつつ歩いていく。


 適当な事を考えつつ黙って歩いていると、眠くなってきた。

 異世界に来たらしいっていうのにこの自分の緊張感の無さはなんなんだろうか。

 いや、全てはこのぽかぽかの陽気が悪いんだ!

 こうして日差しにあたってる分にはいつもと変わらないんだけどな……。

 …………目の前の騎士さんと話でもして、眠気を紛らわせよう。そうしよう。


「それで、これからおれはどうなるんです?」


 グストさんは歩みの速度を緩めた。


「ヒカリ殿には、先程も言った通りこれから陛下と会ってもらう。『謁見の儀』という儀式の一環だ」

「陛下って言うと、この宮殿の?」

「ああ。パトリック皇帝陛下だ。失礼の無いように頼む」


 なんだかおれがデフォで失礼な事をする人みたいじゃないか!

 そんなことするわけ……、あ、お姫様に抱きついたせいで牢屋に入れられてたんだった。


「あの、お姫様はどちらに?」

「今はご部屋で休まれている。ヒカリ殿はお会いしないほうが良いだろう」


 うわああああああああああ!?


 トラウマか!

 トラウマを負わせてしまったのか!?

 自分がウマシカと呼ばれるのは別に構わないけど、少なくとも人様ひとさまにトラウマを与えるような事はしないと思っていたのに!


「すっ、すみませんでしたーー!!」

「私に謝られてもな……。

 謁見の儀が無事に終われば、後でエミリア王女殿下ともお会いする機会はあるだろう」


 あの子はエミリアって名前だったのか。なんとか誤解……かどうかは別として、取り敢えず謝りに行かなければ!

 会えるかどうかすら今は判らないけど!


「謁見の儀……。儀ってつまり、何かの儀式ですよね?」

「そうだ。召喚された君達勇者が、陛下からお言葉を戴く儀式だ」


 さっきから「ヒカリ殿」とか「勇者」とか、なんかムズムズするな。こちらが状況を判っていないだけに――――って。


「君『たち』?」

「ん?」

「たちって言うと、もしかしておれの他にもこっちに飛ばされてきた人が?」

「君は知らなかったのか。もう既に向こうも揃っているとは思うが」


 そうか、おれ一人がここにすっ飛ばされてきたワケでは無かったんだな。

 すると、他の人はおれみたいに不幸による不慮の事故(オブラートに包んだ表現)が起こったりしたんだろうか。


 想像してみる。

 次々と異世界に召喚される勇者たち!

 全員がタイミングをずらして、毎回エミリア姫に突進して抱きつく!


 なんか、ラグビーでボール持ってる人に組み付いていく選手みたいになった。

 そんなハズあるか。


 ……しかもそれだったら、あの牢屋におれ以外の元の世界の人がわんさと来ているはずだ。

 おれとおっさんとキノコしか居なかった時点でそのセンは薄いだろう。


 そうしてアホなことを考えつつ歩いていると、いつの間にか宮殿の中に入って、階段を上っている最中だった。何この階段、すごい横幅広い。


「着いたぞ、あそこに見えるのがそうだ」


 二階に着き、広い廊下に出た。

 遠くの方にある大きな扉の前に、何人か人が立っているのが見える。

 二人はこのグストさんと同じ甲冑を着ているから兵士or騎士だと思うが、残りの3人は……。


「もう勇者の方達も集まっているみたいだな」


 見ると、ワイシャツやジーンズを着ていた。

 元の世界で良く見かけた服だ。


 元の世界。


 ――つまり。


 ――――あの人達は、おれの居た世界から来た人ということになる。





「やっと来たか、グスト!」


 そう言って、扉の前にいる甲冑の一人がこっちを向いた。

 グストさんと同じ甲冑を着ているが、よく見ると兜の天辺(てっぺん)に赤の羽飾りが付いて、銀色メインの鎧のアクセントになっている。

 その声に、おれの先を歩いていたグストさんが答えた。


「ゴネリー隊長、到着しました」

「それで、こっちが……」


 一瞬驚いたような顔をしたがすぐ元に戻り、じろじろと不躾にこっちを見てきた。

 隊長ってことはあれか、もしかしておれを槍で殴ったとおれの中でウワサになっているあの隊長か。


「…………フン!

 ケビン、グスト、謁見はじき始まる。そこで待機していろ」


 騎士隊長はそのまま去って行ってしまう。

 いや、そんな鼻息荒くされても、おれにはどうしようもないよ!


「ごめんよキミ。隊長はさ、姫様のファンだからさ。

 事故だったのは判ってるんだろうけど、どうにも感情が優先しちまってるんだ。

 ここで待機してる間もぐちぐちと大変だったよ、あれはホンモノだな……」


 若干足音も赤羽を揺らして去っていくゴネリー隊長を眺めていると、横の方から声がした。


 そちらを見ると、そのグストさんと同じ鎧を着た兵士がおれを見ていた。

 グストさんともゴネリーさんとも違う、フランクな口調。

 先に二人いた兵士の内、ゴネリー隊長でない方の兵士だ。恐らくケビン、という名前の方だろう。

 心なしか首を傾げている。


「しかし、キミは…………」

「……? なんでしょうか?」

「いや、なんでもない。気にしないでくれ」


 それが普通なのか? いやいや……、と言って口ごもるケビンさん。


 気になる。


 というか、さっきから隊長からもケビンさんからも変な目で見られている気がする。

 おれの痴漢(冤罪)容疑は置いといて尚、まだおかしな風に見られている気がする!

 ここではおれが異世界人だからか!?


 はっ、異世界人といえば。


「おっ! お前がオヒメサマにやらかしたって隊長が言ってたヤツー?」


 おれが気が付くのとタイミングを同じくして、大扉のある方から声がした。

 今度はケビンさんとも比べ物にならないほどの軽い、妙に遠慮のないような、はっきり言えばチャラい印象を受ける声。


「お前すげぇ大胆なことするよなー、異世界に来たからってはっちゃけすぎじゃねぇ?」

「いやいや、あれは事故で」

「わかってるわかってるって! 勇者とか言われちゃうんじゃ、テンションも上がるよな!」


 聞いていない。

 仕方ないので先に話を進める。


「……おれは明宮アケミヤ ヒカリです。皆さんも日本から?」

「そーそー。オレは八瀬ハセ 優也ユウヤ


 目の前のおれより年上っぽい人物、八瀬さんは明るい茶髪をしていた。染めているのだろう。

 万が一の可能性で日本以外の外国からこっちの世界に呼ばれた、ということも有り得たのかもしれないが、どうやら皆、日本から来たようだった。


 そして、八瀬さんとは違う方から声がした。


「キミはアキミヤ君と言うのか」


 見ると、そちらには少女が居た。


「いや、アキミヤじゃなくてアケミヤだよ」

「おっと申し訳ない、アケミヤ君か。

 私は語歌堂未希(ごかどう みき)だ、宜しく頼む」


 と、おれに頭を下げた。きっちりした角度で、後頭の長い黒髪ポニーテールが見える位のお辞儀だった。

 おれもお辞儀をして、よろしく、と返す。


「アケミヤも男ってことは、女の子はミキちゃんが一人ってことかー?」

「そうみたいだな。そのミキちゃんというのはやめて欲しいが」


 八瀬さんのほうが親しげに語歌堂に話しかけるものの、にべなく拒否される。

 一体どういう関係なんだろうか。


「八瀬さんに語歌堂さんは、どうしてここに? 二人とも知り合い?」

「いや、八瀬君と会ったのはついさっきだな。大体2、3時間前か」

「どうしてここにって言われても、長くなるからなー。

 あ、優也でいいよ優也で、そんかわりオレもヒカリって呼ばしてもらうわ」


 まあ、おれもどうしてって言われると……、説明に困るな。


「確かにどうしてってのは難しいかな。じゃあ優也、あっちに居るのは?」


 扉の近くを指差す。

 そこには、もう一人黒髪の少年が居た。


「あー、アイツは平野佳祐(ひらの けいすけ)てーんだけど……」

「平野くんか。よろしくね」


 おれは平野くんに挨拶した。

 平野くんは、こちらを一瞥するとまたすぐに扉の方に向き直った。無言。

 もう一回同じことを繰り返したがやはり反応が無い。

 おれの言葉はそよ風のようにムシされてしまった。


「アイツ態度わりいんだよなあ、それでも勇者かよ?」


 同じように平野くんを見つつ、八瀬がぼやく。

 語歌堂も平野くんに関してコメントした。


「こういう非常事態の時にこそ、助け合いの精神で挑まなければならないと思うのだが」

「じゃあせめてオレとミキちゃんは仲良くしないとな!」

「……ああ、うむ、そうだな」


 語歌堂さんの顔が引きつっていた。

 なんというか…………、優也は思った以上にナンパな人柄なようだ。

 少なくとも性格は、見た目から想像できる範囲を超えていないらしい。


「まあともかく、だ。明宮君も、この事態解決のために我々で協力しあって行こう」

「そうだね、おれも判らないことだらけだけど」

「私達も、まだロクに説明されていないな。もうすぐ儀式とやらが始まるようだから、そこで全て話されるのだろう。

 それが終わってから、皆でもう一回話しあおう」


 言って、武士然とした切れ長の眼差しで力強く頷く語歌堂さん。

 背筋がぴしっと伸びてるのを見るに、スポーツか武道でもやってるのかもしれない。


 ただ彼女は、最後におれにこう言った。

 若干頬が赤くなっている。


「それはそうとして」

「ん?」


 言うのに若干、ためらいを見せてから。


「なんで君は、その……手錠をしていて、上着を脱いでいるんだ?」


 ………………。


 …………。


 ……ああ、それね。


 おれも気になってたんだよ。


 でも、誰もハッキリ明言してくれなかったからね。


 おれも途中から、むしろこれが自然なんじゃね? と思い始めてすらいたんだ。

 それでも、やはり違ったらしい。



 おれは裸だった。



 正確に言えば、上半身に何も着ていなかった。

 もっと正確に言えば上半身には一応身に付けているものがあった。



 腕輪だ。



 べらぼうに頑丈そうな鉄の輪で出来た腕輪を両腕に装備していた。

 ちなみに輪っか同士は、これまた頑丈な大きめの鎖で繋がれている。

 ただし、一度装備すると自分では外せないように鍵が付いているという、まるでゲームに出てくる呪い装備のようなステキ仕様。


 手錠である。


 手錠である。


 ――おれは、上半身が裸のまま、手錠を嵌めた状態でここまで牢屋から歩いてきたのだ!!


 どう見ても不審者だよこんなの!!

 っだから会う人会う人に変な目で見られるんだよ! 当たり前だよ!


 ……いや、逆に考えてみるんだ。


 ある意味吹っ切れたとも言うおれの斬新な装備。

 むしろこれはある種アピールポイントになるんじゃ?


 世の中はギャップ萌えで埋め尽くされているとヨシヒコは言っていた。

 日常の中に非日常を紛れ込ませることで対象の興味を惹くんだと。


 そう名付けて、あの男心をときめかせる破壊力のある萌えファッション、裸エプロンにあやかり


 『裸マナクル(てじょう)』!!


 流行らないかな!!


 流行…………るわけないだろ!!


 ときめかせる破壊力なんてあるか! 破滅的ではあるけど!



 …………いや、違うんだ、これはおれが望んでやってるワケじゃない。


 手錠だってグストさんが嵌めたんだよ!

 ほらこれ! ゴツい手錠の鎖の先が分岐して、グストさんの腰に繋がってるよ!!


「グストさん!!」

「なんだ?」

「どうしておれは手錠を付けられてしかも裸なんですか!?」

「何を言っているんだ? ……ああ、これか」


 グストさん、腰の鎖を思い出したかのように見る。


「隊長に一応付けておくようにと言われてな。済まない。

 本来なら、勇者様に付けるような代物では無いのだがな」

「あ、いや、謝って戴かなくても……じゃなくて!

 なんでおれは裸で手錠してるんですか!」

「裸なのは、君が牢屋に居た時からそうだった気がするが」


 あ、アッーーーー--!?


 そういやおれ、おっさんと話してる時から服、脱いでた!!

 火事のせいでコゲ臭くなってたから、つい脱いじゃった!!


「そこは裸なのを疑問に思ってグストさん!!」

「そうなのか? 済まない」


 素直に甲冑の頭を下げる。

 そうじゃない、そうじゃないけどこうまでされると、何だかもうグストさんに悪いようで何も言えない!


「頭を上げてください、というかせめてパーカー着たいので手錠外して下さい」

「判った」


 おれは脱いだ後ずっと腰に袖を巻きつけるようにして身に付けていたパーカーを指差した。焦げ臭いが背に腹は代えられない。服に上裸は代えられないのだ。シャツは多分牢屋のおっさんの所に忘れてきた。

 すると、グストさんは甲冑の腰の辺り、手錠の鎖が付いてた反対側の腰にあるポーチを探った。

 そうして手錠の鍵を取りだ……さず。


 兜の中で恐らく、「ハッ!」って感じの何か気付いたっぽい表情をしたらしく。


「……済まない」

「な、なんですか」

「手錠の鍵だが、拘置所の机に置きっぱなしにしてきてしまった」

「嘘でしょ!?」

「嘘ではない」


 まさかのしっかり者に見えた騎士グストの失態。

 グストさんはうっかり屋だった。

 些細なミスならいいが、事はおれにとってはクリティカルな効果があった。


「うわぁぁああああ!! 今から取りに行っても良いですか!?」

「でももう『謁見の儀』が始まる時間だぜ?」


 ケビンさんがそう言った。


「くっ!? なら、どうすれば良いんですか!?」

「何か着るものはないかなー……、これでいいか?」


 ケビンさんが自分の肩に掛かっていた豪奢なマントを指差す。

 それを見て、グストさんが自分のを貸すと言い出した。


「私の失敗だ、私が明宮殿にマントを渡そう」


 そして脱いで、おれに篭手を付けた手でマントを掛けてくれた。


「これ、おかしくないですか?」

「なんとかなるんじゃないかな?」


 ケビンさんに言われ、おれは自分の身体を見下ろす。


 そこには、手錠を付けて上裸の、マントだけ羽織った変態が居た。


「アカンやつや! これアカンやつや!!」

「ああそれと、そのマントは騎士の証とも言える重要な物だ。

 グストのマント、くれぐれも失くすなよ?」

「そう言われておれはどうすれば!?」


 横で事態を静観していた語歌堂さんが呆れたような口調でポツリと言った。


「キミも大変な目に遭っているみたいだな……」


 ちなみに優也はスマホを取り出して「これ使えねーかな―」といじくっており、平野くんに至っては最初の自己紹介からずっと扉をじっと見ていた。完全にこちらの騒ぎには無関心だった。おれに取ってはありがたいとも言えるけれど、同じ元の世界の人として少しは気にしたりしないのだろうか?


 いや、おれこそ周りを気にしている暇はない!

 何がなんでも、『儀式』とやらにまさかのエガちゃんスタイルの応用版で突入する事だけは避けなければならない!

 あれなんかどうだ! あそこにある騎士の甲冑!

 手錠があるから胴は着れないけれど、兜だけでも被っていやもっとおかしくなるじゃん! 何言ってんだおれ!


「グストさん! どうにかして手錠を外せませんか!?

 こう剣とか拳とかキックとか頭突きとか目からビームとかフライングボディプレスとか心の篭った愛の囁きとか」


 ガシャン! キィィィ……。


 おれが言い終わるのよりも先に、目の前の大扉が少し開いた。

 こちらに人がやって来て、おれは虚をつかれて動きを止める。


「『召喚の儀』の次の段階、陛下との対談の準備が整いました。『謁見の義』の時間です

 ……こちらにいらして下さい」


 眼鏡の似合う文官なスタイルその人物はそう言った。

 後半の言葉で微妙に間があいたのは、おれの格好を見てしまったせいだ。

 何事も無かったかのように言葉を続ける辺り、流石の生真面目さである。


 見ると、もう既に待ちかねていた平野くんは黙ってさっさと入っていってしまった。

 優也が語歌堂さんに声を掛ける。


「お、やっとかよ! ミキちゃんもいこーぜ?」

「うむ。……キミはどうする?」


 と、語歌堂さんがおれに声を掛ける。


 おれはグストさんを見た。


「明宮殿。責任は私が取る」

「ええええええ」


 予想外のGOサインが出た。

 何の責任を取るっていうんだ!!

 もうヤケになってないか!?


 おれは最早人間としての最後の意地で、マントを引き寄せて上半身を隠した。

 だが手錠の所為で上手く行かず、前側だけ少し開いたままになった。


 深夜の路地で女性を待ち構えてガバァ! と前をはだけそうな人になった。

 ここまで来ると犯罪じゃなかろうか。わいせつ物じゃなかろうか。


 しかし無常にも、グストさんとケビンさんが扉の左右の取っ手をそれぞれ持って、二人で押し開く。


 半開きだった大扉がついに開き、謁見の間の全容が見えた。

 白を色調とした清潔な高級感のある巨大な部屋だ。まさに『広間』というのに相応しいだろう。扉から奥まで数十メートルはありそうだ。部屋の横幅も奥行きほどでは無いが、こちらも規格外の長さを持っている。


 奥に、ローブやら鎧やらを来た人達が揃って弓形(ゆみなり)に並んでいる。丁度扉側に弦が来るような配置の並びだ。その中央に、大きな肘掛け椅子の前に立った、一際目立つ赤いマントを羽織った金髪の人物が居た。あれが例の『皇帝』なのかもしれない。

 儀式が始まるまで談笑していたのだろうが、扉が開いたのを見て、その全員がこちらを見た。


 おれらは広間に入り、奥に進んだ。

 先に行っていた平野くん、次に語歌堂さんとそれに並ぼうとして歩く優也、そして最後におれの順番で、中央に敷かれた赤い絨毯の上を歩いて行く。おれの後ろからは、扉を開けた騎士の二人も同じように歩いてくる気配。


 そうして遂に弓形の真ん中に辿り着き、先に来た平野くんから自然に、王から見て左から順に並んだ。騎士二人はおれら四人を挟むようにして立つ。


 並び終えてから、ケビンさんが声を張り上げた。

 前の前に立つ人達、全員に聞こえるように。


「ただ今、全ての『勇者』が揃った事について、ご報告を申し上げます!

 順に名前を、ヒラノ、ゴカドウ、ハセ、アケミヤと!」

「…………足労であった」


 それを受けて、周りを騎士やら大臣らしき人達に囲まれてその中央に居る、煌びやかな一目で高級だと判る服に身を包んだ人物が咳払いをした。赤いマントに金髪の人物。

 そして、続ける。


「余が、センティリア帝国38代皇帝、パトリック・ティリア=アストレイである!」


 厳かに告げて、言葉と同じくらい威厳のある眼差しで、前に並ぶ四人を彼から見て左から順々に見ていく。

 平野君、語歌堂さん、優也、おれ。


 それから、四人の中央に視線を戻し――――――。







 てから、もう一度おれを見た。


 二度見だった。


 驚愕の表情でおれを二度見した。





 おれはさすがに、ちょっと恥ずかしくなった。

 

 

ちなみに語歌堂さんは17歳。


ご意見ご感想お待ちしております!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ