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第十三話 : 語歌堂未希の戦闘ログ②

主人公の居ない所でも、事態は着々と進んでいます。

 

 

 


 【4のつき 3日 昼 謁見えっけんの間】


 小間使いの女性に連れられ、我々三人はそれぞれ私、八瀬君、平野君の順番で謁見の間へと移動した。


 謁見の間までの道すがらも同じような並びであったから、一刻も早く状況を知りたいと気がはやっていたのだろう。

 どうやら、自分でもかなり焦燥感を持っていたようだ。

 八瀬君の後ろからの暢気のんきな話しかけにも、曖昧あいまいな返事になっていたように思う。


 謁見の間へ入ると、広い部屋の奥の位置で、大臣やら文官やらの面々が集合していた。


 この大きな部屋には、これまでに数度ほど入っている。

 一度目は、召喚された際、その儀式の一環として『謁見の儀』がここで行われた時。

 そして、二日目に農場の調査任務を請け負った時や他にも皇帝陛下と面会をした時など、数度だ。


 だが、この広間にも異常な状況は浸透していた。

 輪になって話し合う大臣から言付けを受けた下級文官はすぐにバタバタと走っていき、時たま騎士の数人を伴って、部屋の正面口ではなく横の戸から慌ただしく退出していく。

 話している大臣、上級文官であってもお互いに張り合うように大声を上げていて、話し合いというよりは最早それは怒鳴り合いに近かった。


 その中心には、この国の皇帝である、パトリック皇帝陛下が玉座に着いている。

 …………騒がしい輪に囲まれ、だいぶ戸惑ったような表情をしているが。


 我々が謁見の間を進んでいくと、それに気付いた彼らは揃って動きを止めた。

 止まったままこちらを見ている。


 喧騒に囲まれていた皇帝も我々に気付く。

 立ち上がって、こちらに腕を大きく広げた。


「おお、勇者らよ、よく来てくれた!

 今は少し立て込んでおったのでな。

 えつしに来てくれたというのに、来るまで気付かなかったことを許して欲しい」


 大仰に言って、周りの大臣に目配せする。

 そうしてから、ようやく大臣方だいじんがたは自分の持ち場に着いた。

 まだそれぞれに喋り足り無さそうな雰囲気を醸し出していたが、私達と向かい合うように、半月はんげつの弧の形に広がる。


 他二人が何も言わないので、私が言った。


 別にこの三人の中でリーダーという訳では無いのだが……。

 人付き合いが得意そう(に見える)という事なら、八瀬君が適当ではなかろうか。


「それで、何の理由で召集されたのでしょう。

 うかがってもよろしいでしょうか?」


 おっと、そうだったな、と言ってパトリック皇帝は一つ咳払いをする。


「貴殿らに、一つ頼みたいことがある。

 リベリオールは倒れてしまった。ので、代わりに同じ書記官であるトラフキンが伝えよう」


 『リベリオールは倒れてしまった』?

 どういう事だ?


 そんな私の疑問をよそに、皇帝の左脇から一人の大臣が進み出た。

 我々三人と、大臣たちの間に自ら割り込むようにして立つ。


「……書記官のトラフキンです。勇者様方に、現状をお伝えします」


 リベリオール書記官はかなり若かったが、こちらはだいぶご年配の男性のようだ。


 目尻には、深いしわが刻まれていて、しかしその少し濁った灰色の瞳は思慮の深さを窺わせる。

 そして、静かに口を開いた。



「現在――――――この首都は、危機に瀕しています」



 唐突に出た『危機』という語に、自然と固唾を呑む。

 しかし、その先を訊かないことには何も始まらない。


「…………危機、とは?」

「それも説明しましょう」


 皇帝からは、大臣達には貴殿らは敬語を使う必要は無い、と言われている。


 そこで間を空けて手元のボードのような物を見つつ、彼は話し始めた。

 形状はクリップボードに近いため、恐らく議事録のような物なのだろうと推測する。


「今日の……、確認された限りでは今日の朝頃からですが…………。

 この宮殿から下った位置の街の中央通りにて、突然昏倒する者が現れ始めたのを街の衛兵が確認しました。

 またその衛兵も詰所つめしょに戻って報告の後に、倒れています」

「倒れた!? どういう事だ!?」


 かなり強い口調で迫ってしまう。

 しかし、訊かずにはいられなかった。


「倒れた者は誰も同じ症状であり、目眩めまいが起きてから意識を失ってその場で倒れ、高熱を発しました。

 症状は会議と文献による検討の結果、単なる病気や魔術・呪術の類ではなく『魔素侵蝕マソシンショク』であると目されています」

魔素マソ……。昨日講義は受け、魔法の使用には魔素が必要だというのは教わったな。

 しかし、『侵蝕シンショク』、というのは?」


 『侵蝕』…………。

 何やら『侵攻』、この世界においての脅威であるとされる『侵攻』と似て、とても嫌な響きだ。

 言葉の意味は判るものの、具体的に何が起こるのか想像がし辛いという、不気味さが似ている。


「はい。通常考えられないことですが、この首都の周りに漂っている魔素の量が尋常の量ではなくなっているのです。この量は既に魔物しか住めないような地域の濃度に匹敵するかと。

 過ぎた量の魔素は身体に猛毒となり、長い時間を不用意に浴び続けた者はやがて昏倒にいたります。

 街はおろか、リベリオール書記官のように数名の大臣、下級・上級問わず貴族らも倒れる者が出ている有り様……」


 その時点まで多少は想像を巡らせていたが。


 現実の事態は、その想像を遥かに超えていた。


 事態の規模は、数人や十数人などではなく、

 『街一つ』に及ぶほどの災害だったのだ。


「…………対策は?」


 他にも訊きたいことはあったが全て一旦忘れ、一番重要な事を尋ねる。


 被害の状況が大き過ぎて、彼らも混乱しているのだろう。

 先程の謁見の間に入った瞬間の喧騒がそれを表している。

 そこに我々が詳しく色々と話を聞かせてくれとせがむのは、あまりにも酷だ。


 だから、必要な部分のみを訊く。


 トラフキン書記官は手元のボードに目を落とすことも無く、こちらを見据えて話した。

 既に内容を暗記しているのだろう。


「現在行うべきであると考えられる対策は、三つ」

「聞かせてくれ」


 私が間髪入れず言うと、相手は重々しく頷く。


「はい。一つ目は、建物内に居ること。

 魔素はこの世界のどこにでも存在しているものですが、それは空気中を漂い、水に入り、土にも蓄えられ、人の身体の中にも浸透しています。

 ですが、一部の鉱石は魔素の動きを止める働きがあります。これらは土の中に微量に含まれており、大きな結晶となるのは稀ですが、家屋を造るために用いられる建材にも同じく微量に含有されているのです」


 それらを『魔素中和石(マソ ちゅうわせき)』と呼ぶのだと、彼は言う。

 詳しい原理を聞いていると話が長くなってしまうが、しかし。


「成る程。家の中にこもっている限りは、ある程度身を守る事が可能だと?」

「そうなります。魔素は基本的に拡散しやすい性質を持っているため、通過出来ない場所よりも、より入り込みやすい場所に浸透して行くのです」


 宮殿であれ街の家屋であれ、内部に入れば一先ひとまず安全、という事か。

 逆に街の中央通りにいた住民や憲兵は、外に出ていたために倒れてしまったのだろう。


 さらに言えば、倒れてしまった者でもしばらく魔素の薄い場所で時間を置けば体内から魔素が放出され、無事に快復するらしい。

 ただし、半日から、症状が重ければ二・三日は快復に要する。


「また、水も備蓄されている物以外、飲む事は危険です」

「水も?」

「はい、この街の両脇を流れている川をご存知ぞんじでしょうか? 街に流れている川も井戸の水も、全てはその二本の河川を基としているのです。

 川はさらに街から北方にある湖を水源としていますが…………」


 一度言葉を切るトラフキン書記官。


「この宮殿の北側に位置する見張り塔の兵士から、魔素は、どうやらその湖の側から流れこんで来ているようだ、と報告がありました。そちらの方の魔素がより濃くなっているのを確認した、との事です。

 今の時間、風は北方から吹いています。なれば、この宮殿よりもさらに高所かつ北にある湖が怪しいものと。

 宮廷魔術師の予想立てでは、強力な魔物の一部は魔素を放出する性質があるため、その可能性を疑っています。

 ここまでの魔素を出す魔物はこれまでにほとんど記録が残っていませんが、最も支持するべき考えでしょう」

「ふむ…………。その見張り塔から報告してくれた兵士、は無事なのだろうか?」


 そこまで人が倒れていると言うのなら、その兵士もまた侵蝕によって倒れてしまったのだろうか。

 もしくは報告が出来たのだから、単純に魔素を浴びている時間が短かったのか。


「いえ、彼はエルフ種だったために事なきを得ています」

「……む?」


 どういう事だと聞く前に、書記官は先んじて簡潔に説明してくれた。


 この世界には私や八瀬君、平野君と同じような『ヒューマン』種に加えて、『デミヒューマン』や『ビーストマン』という種が存在していること。


 それぞれ特徴はあるものの、特に魔素に対してはヒューマンよりも亜人デミヒューマンが、それよりさらに獣人ビーストマンが高い耐性を持っていること。


 見張り塔の兵士は彼が亜人に属する『エルフ』であったために無事だったのだ。


「把握した」


 横にいる平野君と八瀬君を見やってから応える。

 平野君はいつものようにつまらなそうに下を向いていたが、八瀬君は内容が内容であるため、一応は真面目に聞いているようだった。


「外に出ない、水を飲まない、か。

 ……しかし、それは街に伝えたのだろうか?

 最初の被害が確認されてから相当に時間が経っていると思うのだが……」


 心配なのは、原因や症状が判ったのは良いものの、それが他の人に伝わっていなければ意味が無い、という事だ。

 もうゆうに数時間が経過しているが…………。


 だが、その心配は杞憂に終わった。


「その点は問題ありません。

 街の各ギルドに、食糧品ギルドや商業ギルド等に対して兵の中から無事な者を伝令に回しました。

 数人の獣人の憲兵で確認させたところ、街の住民も予想以上に早く避難を終えているようです」


 流石はギルド、組織として統率が取れていますな、と書記官。


 良かった。一先ず、これ以上被害者が出るという事態も防げているようだ。

 どこか宿屋の中にでも避難しているのだろう、彼も。


 と、するとだ。


「――――しかしそれは、被害を防ぐだけであって解決にはならない、か」

「ふむ……?」


 目の前のご老体が、少し目を大きく開いて私を見つめる。

 ……驚いたのだろうか?


 でも、私のような小娘にも、少し考えれば判る話だと思うのだが。


 彼の後ろに位置する大臣らや皇帝を見やると、彼らもまた私を見ていた。

 若干これは、緊張するな……。


「……ゴホン、失礼しました。私としても話が早く、助かります。

 語歌堂殿。私共も同じように考え、残りの二つの対策を取ると決議が出た所なのですよ」

「私達がここに呼ばれている理由だな」

「そうなります。対策の二つ目になりますが、この街で動ける兵や騎士からその半数を集め、調査部隊を編成する事が決定しました。

 部隊の目的は名前通りの現地での調査と、極力原因を排除すること。

 部隊の規模・指揮はそれぞれ()番部隊から()番部隊までの騎士隊の隊長、その内の無事な者に任せる事になります、魔素によって人数は左右されるのでしょうが」


 半数と言ったのは、動けなくなった衛兵の代わりに街の警備を行ったり、宮殿にも予備兵力を残すため。

 また、兵士の中にはそれなりに亜人や獣人が所属しているが、騎士となるとその数はかなり少なくなるとの事。


 まだ私は兵士と騎士の違いは詳細には知らないが、恐らく騎士の方が名誉の身分であるのだろう。

 その騎士にエルフ等の亜人達が少ないというのは何か、意味があるのだろうか。


 まあ、今は考える必要は無い事だな。


「そして、その貴方あなた方はⅠ番部隊のゴネリー隊長の指揮下に入って戴き、その御力おちからを奮って戴ければと思っております」

「Ⅰ番部隊…………」


 トラフキン書記官が指で示す方を見ると、そちらには赤羽根で飾られた兜を被った騎士が数人。

 その中の一人、丈は少し低いものの最も横幅の広く、屈強な騎士が敬礼した。

 ゴネリー隊長だ。


 …………。


 まあ、仕方あるまい。

 向こうだって我々『勇者』を信用していないかもしれないが……。


 だが、ケビン君からはゴネリー隊長は一番目の騎士隊の隊長であるという事と共に、「騎士隊の中では番号が若いほどより上位の指揮権を持つ」とも聞いた。要は最も権威のある隊なのだ。


 そこの指揮下に入れというのは、我々に対して敬意を払ってくれている、という証なのかもしれない。

 正直、入るのならどこの指揮下でも構わないという感覚はあるが。


「判った。ちなみに、第三の対策というのは?」

「最後の対策は、街にある冒険者ギルドに対して緊急の任務クエストを通達するというものです。

 現在は既に任務は発令され、彼らも動いているものと思われます。

 そちらも人員は亜人か獣人に限られ、危険度を鑑みた募集となりますが」

「成る程…………?」


 …………む?

 冒険者ギルド?


 そう言えば、彼も所属しているギルドでは無かったか?


 ……いやいや。

 まさか、な。


 募集は限定すると書記官も言ったところだ。

 さすがに彼だってそこまで無茶な行動は起こすまい。


 そもそも、自分は運が悪い方だと本人から聞いている。

 もしかすると真っ先に魔素侵蝕にやられて倒れている可能性すらある。

 ……そうなっていたら同じ故郷の同胞として、尚更放ってはおけないな。


「外部への緊急連絡手段も無くはありませんが、この首都の最も近く、リズシールドの街でも片道にして四日かかります。

 その救援を待つ間に何もせず待つというのは、こちらとしても不本意です」


 一国の首都の危機であり、強力な魔物が出現した可能性がある。

 それなら、彼ら大臣や軍兵、そして皇帝としても威信をかけて対処する必要があるのだろうと推測。


 また、勇者の力を見る意味もあるのかもしれない。

 このような状況で温存しておくという意味は無いからな。

 私達三人のみで派遣せずに軍と共同で向かうのは、流石に我々だけでは不安だとの意味合いか。


「これで、以上でございます。

 魔素の不安を鑑みて、『魔素中和石』の希少な結石化けっせきかした物、より保護の効果の大きい物を、貴方がたには個別にお渡ししましょう。


 そして、手にした議事録のボードを下げ、両の手を腰まで降ろし。


「勇者様方、何卒なにとぞその御力を我が国にお貸し戴きたく……」


 トラフキン書記官が、深く、深くお辞儀をする。


 ………………。


 こうまでされては、こちらとしても拒絶する訳にはいかないだろう。


 人が困っているのだ、出来る限り助けてあげたいと思うのが人情というもの。


 何より、自分がゲームの中の英雄になったようで、少しだけ気分が浮き立つ。

 ……そんな一面があるのもいなめなかった。


 北の湖に騎士や兵士と共に向かって、原因を探り、もし魔物であれば討伐する。

 前提の問題となる魔素侵蝕の影響からは、魔素中和石により保護される。


 そして何より、我々は『勇者』としての強力な補正、さらに皇宮の品である抜群の能力を持った武器を渡されている。

 今使わずしていつ使うと言うのだ?


 私は自然と頷き、肯定の言葉を発しようとした。


「了解した。それではⅠ番部隊の傘下に入り、指示を――」

「ちょっと待て」


 その時、私の横から声が上がった。


 ――――平野君だ。


 平野君が、喋っていた。

 ほとんどと言って良いほど話すことの無い彼が。


 さらにもう一言、たった一言だけ告げる。



「報酬は、幾ら出るんだ?」



 そしてその淡々とした言葉に、周囲が凍りついた。



 もちろん私も例外ではなかった。

 同じように彼を見つめるのみだった。


 何を、言い出すんだ?


 報酬?


 今このタイミングで、報酬と言ったのか?


 ゆうに場が数秒は固まってから。

 一番最初に、右側の大臣の一人が叫んだ。


「だから、彼らに任せるのは無理だと私は言ったのだ!

 こんな状況で、民草たみくさが被害に遭っている中で報酬だ? 笑わせてくれる!」


 こちらを睨みつけ、そう怒鳴る。

 それを聞いて、また近くの別の大臣が間髪入れずに怒鳴り返した。


「何を言うか、この馬鹿バカ者!!

 彼らはわざわざ別の場所からお越し戴きたもうた、この国を救う勇者様なのだぞ!

 それをチェイル大臣、貴様は愚弄ぐろうするのか!?」


 掴みかからんばかりの勢いで、二人目の大臣がこちらも怒鳴る。

 そうなると、氷が溶けたかのように周囲も主張を始める。

 周りに広がっていた大臣や文官ですらも、その二人を中心に大混乱に陥った。


「はん! エギンズ、お前はそう言うが……、具体的に彼らがどうしてくれると言うのだ?

 この国へも来たばかりで素性も知れぬ、力量だって判らん!」


「チェイル大臣。彼ら勇者様方のうちお一人は召喚されて初日にして、一人の騎士に模擬戦闘で勝利しています。

 戦力の事を言うなら、勇者様は申し分無いかと……」


「そのせいで我が三番騎士隊の士気は、隊長を含めて下がってしまったのだぞ!」


面子メンツを潰された、の間違いだろう? 何を腑抜けた事を?」


「騎士の中でも侵蝕によって倒れた者は出ている! 皆、そんな事を言っている場合では……!」


「そうだ、ここは大臣以下一同、協力して臨むと先ほど決議で決まっただろうに!

 陛下だってそう仰られた!」


「いや、もはやここは騎士の動ける者のみで少数での調査を――――」


 それぞれが思い思いに、お互いに自分の主張をぶつけ始める。

 むしろ、当事者にあたるこちらの方が蚊帳の外に置かれてしまったくらいだ。


 かと言ってこの騒ぎを引き起こした張本人は、言うだけ言ってから、今はまた下を向いている。


 ……まるで自分は何も関係ない、とでも言いたげな顔つきだ。


 少し、かちんと来た。

 私は大臣たちが彼らで争っている中、平野君に詰め寄る。


「平野君! どうしてあんな事を言った!?

 私でも、それ位の空気は読める!」


 八瀬君はと言うと、平野君を挟んで反対側から、呆気にとられたように私と平野君のやり取りを見ている。

 それからまた、大臣達の方を窺っている。

 恐らく最初の大臣が怒鳴った時から、彼はこのような状態なのだろう。


 平野君はこちらに顔を上げると、その表情は予想外に冷たいものだった。


「……任務を達成したなら、報酬を貰う。当たり前の事じゃ無いのか?」


 面倒くさそうに応える。

 それが常識だろう、と言わんばかりの態度だ。


 彼の中ではそうなのだろうし、実際に報酬云々はあって然るべきなのかもしれない。


 ――だが、言い方と時機じきというものがあるだろうに!


「しかし!」

「こっちだって危険な場所に送られるんだ、貰えて当然だろう。

 それとも何か? 見ず知らずのヤツらに無償で奉仕しろっていうのか?」

「…………っ!」


 咎めの言葉を淀みなく言われ、感情の篭もらない目で見つめられる。

 非難の様相こそあれど、そこには喜怒哀楽の振れ幅が読み取れず。

 ただ単に当たり前の事をしている、といった目をしていた。

 それに、たじろいでしまった。


 ……た、確かに私達は喚ばれてからまだ三日だ。

 私はエミリア王女や何人かの騎士と交流はしているものの、そこまで深いものではない。

 平野君は誰とも干渉していない以上、尚更親しくなった人物は少ないだろう。


 そうか、彼は別に『どうなったって』構わないのだ。

 それに気付いてしまうと、彼をこちらから糾弾するのにも、違和感が生じてしまった。


「…………判った」

「ふん」


 鼻をならし、もう言うべきことはないというように広間の壁の方をぼんやりと見始める。

 私も前に向き直った。


 そちらを見れば今度は、まだ収まらない口論に明け暮れている大臣達の姿。


 …………平野君側に意思を伝えるのには失敗してしまった。

 だが、これが収まるまで黙って待っているのももどかしい。


 このままずっと長引かれてしまっては、動けるものも動けなくなってしまう。


 と、私の横に八瀬君が寄ってきた。

 小声でこちらに話しかけてくる。


「み、ミキちゃん。どーするよ?」


 だいぶ彼も戸惑っているようだ。

 私はダメ元で尋ねてみた。


「八瀬君。どうにか説得して、あの大臣たちを鎮められないか?」

「いや、ムリムリ、ムリだってそんなモン! こぇー……」


 ……やはり駄目だったか。

 皇帝陛下の方を見ても、彼もどことなくおろおろしている。


 む?

 皇帝は、最高権力者ではなかったのか?

 妙にパトリック皇帝、頼りなく見えてしまうのは気のせいか?

 周りの大臣の勢いに押されている皇帝を見ると、そんな印象を抱いてしまった。


 その疑惑が正しいのか過ちなのかは判らないが。


「ふぅ…………」


 私は八瀬君から離れ、ゆっくりと息を吸い込んだ。


 どうやら、私がアクションを起こすしかないようだ。

 出来るかどうかは判らないが。

 既に平野君へのアプローチは失敗しているのだし。


 思い出すのは、この世界に来てからすぐの事。

 あの時の『彼』も案外、今の私と似たような気持ちだったのではなかろうか。


 そうだな…………。

 まずは行動してみよう。


 私は吸い込んだ息を、今度は正面少し上の方向に向かってブチ撒けた。



「――――静かにッ!!」

 

 

統率力があり、理解力があり、決断力がある。


あれ、語歌堂さん、某『彼』よりも主人公っぽい……?


気のせいだと信じたいところです。

それではまた次回!

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