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第十二話 : 語歌堂未希の戦闘ログ①

別の視点で展開される、異世界召喚から三日目のお話です。

主人公はもちろんあの人。


ではどうぞ!

 

 

 

 【エリネヴァス(異世界)時間 4のつき 3日 夕方 山道さんどう



八瀬ハセ君! そこは射線上だ!

 君は馬車から斜め左のやつを狙うと言っただろうに!」

「え!? 何ー?」


 我々を食い荒らさんとして迫ってくる魔物の群れ。

 その姿はオオカミに似ていて、それでいて、より凶暴な出で立ちをしていた。


 矢をつがえて右手で引き絞り、正面から駆け寄ってくる狼の一体を狙い定める。

 だが、撃つことは叶わなかった。


 私と同じ勇者の一人である八瀬優也ハセ ユウヤ君が、間に割り込んで来てしまったのだ。

 相手取る敵はお互い決めていたと思うのだが、私の目標の方が先に迫って来たためか、彼はそちらに走って近付いた。


 八瀬君はそのまま、手にした大剣をオオカミに上から叩きつける。

 私の背ほどもあるような、豪奢ごうしゃな装飾が施された大剣だ。


 しかし、素早い動作で相手は飛び退すさったため、そのオオカミの肩を浅く斬りつけるに留まった。


「クソー! 当たんねえ!」


 罵り声を上げて、八瀬君も後ろに下がる。

 ……下がった八瀬君で影になってしまい、またも正面のオオカミを狙うことが出来ない。

 というより、視界が塞がれてしまっている。


 ならば、……私が対象ターゲットを変えるべきだな。


「八瀬君、そのまま正面のオオカミを、私は」

「うおらぁああ!」

「な!?」


 いきなり前に立っていた彼は突然向きを変え、今度は斜めの(・ ・ ・)方向に居る敵に走って行く。


 し、正面のオオカミを相手にするのでは無かったのか!?


 私は若干の動揺を覚えつつも、さっきまで狙えなかった正面のオオカミを狙う。

 視界に『マッドウルフ』という敵の名称が表示されている。相手の名前だ。

 そして、その眉間をぴたりと捉え、撃つ。


「――――シッ!」


 射撃の瞬間、息を小さく吐く。


 手にした大型の弓から放たれた矢は、目測でおよそ15メートルほどの距離を直進。

 たがわず、そのオオカミのぎらついた両目の間に突き刺さった。


「キャウンッ」


 まともに私の攻撃を受けたオオカミは矢の反動を受け一声鳴き、見えない壁にぶつかったように後ろにはじき飛ばされて山道の地面に横たわる。

 そしてそれ以上はピクリとも動かなかった。


 …………生き物を殺してしまった、という感覚が生々しい。


 だが、倒さなければこちらも彼らの餌食になってしまうのだ。

 済まない、と心のなかで一言だけびて、感傷を中断する。


 さて、他の様子はどうだろうか……?

 必要であれば、手にしている二の矢を撃たなければ……。


「おー……、らぁっ!」


 走っていった八瀬君の方を見ると、最初と同じような動作でもう一体のオオカミを斬りつけた所だった。

 命中しさえすれば大剣の威力は私の弓よりも高く、オオカミの背中を叩き割るようにして一撃で撃破した。


 よし、これで二匹か。


 そうカウントしてから辺りを見回すと、八瀬君と反対の方向が目に留まる。


平野ヒラノ君……」


 八瀬君が馬車の左斜めから迫った狼を斬ったとして、右斜めの方向。

 そちらにはもう一体の狼が来ていたのだが。


 既に地面に横たわるように、たおされていた。


 その魔物の頭は切断されていたから、それが致命傷なのだろう。

 距離が遠いという事は、それだけ早く倒されたのだ。


 そしてこちらの、馬車の方へと歩いてくる少年。

 平野圭佑(ヒラノ ケイスケ)君だ。

 手には、反り返った黒い刃の長剣ロングソード


「もう、そちらは終わっていたのか」


 さもつまらなさげに長剣を右手にぶら下げ戻ってくる姿に、私は声を掛ける。

 それに気付いた八瀬君が、走り寄ってきた。


「おいー、平野! 早く終わったんなら手伝ってくれてもいいじゃねーか!」

「………………」


 咎められても全く気にすることなく、馬車の足場に乗り、ほろ馬車の荷台の方へと入っていってしまった。


「ミキちゃんあいつ、きっとオレ達が戦ってるのを遠くから見てたんだぜ?

 タチわりーよなあ」


 愚痴るように私に賛同を求める。

 ただ、その私の呼び方はいかがなものか。


「しかし彼自身は、一人一体ずつを相手にしただけ、としか考えていないのかもしれないな」


 平野君もオオカミの群れ、計三体のうち一体と戦っていたのには変わらないのだから。


「それはいいとして八瀬君。出来るならで良いが、なるべくこちらの弓の射線に入らないように頼めないか?

 お互いに狙う敵を決めた以上、必要でなければ一つの相手に集中した方が良い」

「いやー、ミキちゃんと比べて、俺はまだ戦闘は初心者だし?」


 自分の持つ大剣を見て、何やら惚れぼれとしている。

 いや、確かにその剣は強力な上に美術品のような美しさもある、が。


 私も今持っている弓を気に入ってるがしかし、こちらの話をあまり聞いてくれていないようだった。


「私も別にベテランという訳では無いが……。ただ、それなら尚更連携は取ったほうが……」

「あーあー、次は努力するわ」


 ……話を流されてしまったようだ。

 そうして、八瀬君も「やっべ、オレの剣が汚れてる!」と言って馬車に戻ってしまった。

 彼の『アイテムボックス』の中にある、手入れ用具を取りに向かったのだろう。


 私達がこの帝国の宮からたまわった武器は驚くほど優秀であり、その能力はもちろん『耐熱』や『耐酸』、そして『錆除さびよけ』など様々なオプションの効果も付いている。

 これらはその効果が付いているだけでその道具が溶けなくなったり、返り血で錆びる事を防げるなどの有用な意味を発揮する『永続付与パーマネント・エンチャント』であるらしい。

 簡素に言えば、ある意味での『魔法の剣』や『魔法の弓』なのだ。


 それは血を浴びることが少ないような私の弓にまで付いていて、八瀬君の剣だってすぐさま手入れをする必要性も薄いのだが…………。


 ……まあいい、今は後方の様子を見に行こう。

 同行してもらった騎士達は無事だろうか?

 前方からは三体が迫っていたが、後方からも魔物が来ていたはずだ。


 そう思って走って馬車の後ろの道に回りこむと、白銀の甲冑(シルバーメイル)を着た騎士が一人、立っていた。


 騎士はみな甲冑を来てはいるが、この背格好、グスト君だろう。

 最初は君ではなく『殿どの』と呼ぼうとしたのだが、相手自身に断られてしまった。

 なんでも「勇者殿にそのように私が敬される必要が無い」そうだ。

 私が言うのもなんだが、中々に堅苦しい。


「グスト君、そちらの方は?」


 私の足音を聞いて既に振り返っていた相手が応える。


「こちらは問題ない。今は私以外の二人が追撃、私がここで馬車後方の防御中だ。

 勇、いや語歌堂ゴカドウ殿の方は?」

「苦戦すらしていないな」


 妥協案としてこちらも『勇者殿』ではなく『語歌堂』と呼ぶようにと伝えている。それでも呼び方に殿どのが付いてしまうのは、彼の生真面目さ故か。


 苦戦すらしていないのは、言葉通りだ。

 だが…………。


「………………」


 いや、彼に言う事でも無いな。


 続けようとした言葉を留める。

 言う必要はないものだ。

 『こちらの三人は、まだ連携が出来ていない』と相手に言っても仕方ないだろう。


 ここまで弱い敵の群れと遭遇し、何戦かを繰り返して判ったのだが。

 私達は、未だに連携して行動を取れていない。

 八瀬君は周りに構わず自分の攻撃を最優先にするきらいがあるし、平野君は…………まあ、見ての通りだ。


 戦闘を続けていくうちに追々(おいおい)、どうにかするしかないな。

 この調子では、相当の不安もあるが…………。


 私は、手にした矢の一本を、常時身につけている腰の矢筒に仕舞った。

 弓は平時には『アイテムボックス』を利用して片付けたりもするが、矢筒はかさばらないので保持したままだ。


「それより、魔素の影響は確かに無いみたいだな、我々には」

「語歌堂殿も受け取ったその『魔素中和石(マソ ちゅうわせき)』が機能しているお陰だろう。

 その石は、我々の鎧にもごく微量に練り込まれている」

「だからこの霧も効かないのか」

「ただし、過信は出来ない」


 ふうむ、と右手に持った弓を見下ろし、考える。

 私の胸元の位置には軽装の胸鎧(受け取る時に、ミスリル製の鎧だと聞かされた。やはりこれも強力なのだろう)を装備している。

 これが弓道の時の胸当てと一番似ていて丁度良かったのだ。

 他の物だと動きがにぶくなってしまう。


 そして胸鎧の内側には、皇宮で渡された、『小さな袋に入った石』を首から提げている。

 これは魔素中和石というらしい。

 結構な貴重品のようだが、周囲の魔素の働きを抑える効果があるそうだ。


「だが、そちらは微量にしか含まれていないということは、私のと比べて効果も……?」

「確かに効果は薄くなるが、逆に大きなものを持っていても魔法が使えなくなってしまうからな」

「なるほど、魔素は有害ではあるが、魔法の使用に必須だったな」


 魔素と魔法の話は、昨日の午後、農場の調査を解決した後で講義を受けている。

 高名な宮廷魔術師との事だったが、確かに説明は判り易かった。


 さらにグスト君は、貴殿らには万が一にも魔素侵蝕マソシンショクによって倒れられては上が困るのだろう、と続けた。

 要は保険的な意味合いが強いのだろう。

 魔法も私はまだ使用できないから、都合が良いというのもあるな。


 まあ、いずれにせよ。


 辺りをぐるりと見回して、再確認する。

 高原への坂道を登り始めて少し経つが、道の両脇は森がさらに深くなってきている。

 時刻はそろそろ夕方だろうか。

 空を見上げると、陽が傾いているのが確認できた。


 しかしそれよりも、霧だ。


 この紫色の得体の知れない霧は、魔素の濃度が高くなっている証だという。

 徐々に歩いていてその濃さを増しているということは、この続く道の先にある、高原の湖に原因があるのだろう。


 『ステータス・アイ』で地域マップを確認したところ、今はまだ高原への山道の中腹にも至っていない。

 出来るだけ早く原因に辿り着かなければ。


 遠くから、グスト君と同じようなシルバーメイルを着た騎士が二人、戻ってくる。

 それを見やりつつ、ここまでやって来た経緯を思い返すのだった――――。









 【4の月 3日 朝 皇宮内】



 今日の朝の事だった。


 この不思議な世界、『エリネヴァス』に私が突然()び出されてから三日目。


 一日目、二日目とセンティリアル帝国の宮殿で過ごし、幾らかの説明や講義を受け、それなりに周りの状況にも適応出来てきた頃合いだった。


 私が練武場れんぶじょうに行くため宮殿の正面口から出ようとすると、外から駆け込んできた人に止められたのだ。


 練武場は宮殿の北西側に位置する広い場所であり、様々な訓練設備が置かれている。

 剣術訓練用の案山子カカシや丸太、馬術訓練用の障害物などもそれの一つだ。厩舎きゅうしゃもある。

 模擬戦の際には、さらにリングが設けられる場合もある。

 初日の晩餐会の前に、軽く騎士同士の模擬戦や訓練を見学させてもらったのは目に新しい。

 もちろん私が武器に選んだ弓であっても、射撃用の的が設置された一角を利用すれば訓練出来るのだ。


 元の世界で私は、弓道場の家に生まれ育てられて弓の扱いを学び、さらに通っている高校でも弓道部に所属していた。


 他に趣味が無い…………、ことも無いが、それでも周りからすれば異常心酔者フリークともとれるほどの熱心さに見えていたかもしれない。

 こちらからすれば、それ以外の生き方を知らないだけなのだが。


 ただ、この異世界に来て、今まで鍛えていた弓が役に立つと思ったのは事実だ。

 偶然か必然かはこの際気にしないが、私は能力値ステータスで言うところの『武器適性』は『弓S』というものだった。


 『弓』はそのまま武器を指し、『S』はE・D・C・B・A・Sまでの六段階のうち、最高の適性を示す。

 その為、私は自然とこの世界でも弓道を、弓を選ぶこととなった。


 それから、私と他の『勇者』と呼ばれた日本人…………あー、二人の勇者と共に、召喚された初日に宮殿の宝物庫に案内され、武器を選んで受け取った。

 皇帝から賜る、勇者のための専用の武器、と銘打っているそうだ。


 その時に受け取った真新しい弓が嬉しかったために、使用してみたいという気持ちもあり。

 また、これまでに弓道で使っていた私の弓とかなり勝手が違い、慣らしが必要だという気持ちもあり。


 騎士の一人、ケビン君に昨日の朝尋ねたところ、くだんの練武場に案内されたのだ。

 なかなか練武場は使い勝手が良く、朝から訓練している数人の騎士に混じって私も、部活の朝練習といった感覚で弓の調整を行っていた。


 ただその後、すぐに何故か私一人で首都の南側にある農場に遣わされたのだが……。

 まあ、その話は置いておこう。本題かられてしまう。


 そして、今朝も起きてすぐに鍛錬に向かおうとしていた矢先に。

 宮殿から外出するのを止められてしまったのだ。


 その鉄の鎧を着て、兜のみ小脇に抱えた人は、もうかなり息を荒げていた。

 街に比べてこの小高い場所に位置する宮殿まで、丘の下から走って来たのだろう。


 荒げた息を収めようともせず、その人物はこう言った。


「ま、街で何人もの住民が倒れていて、我々憲兵にも被害が出ている!

 済まない、陛下にご報告をせねば!」


 と――――。





 玄関口で疲弊してしまったその街の憲兵に代わり、私が宮殿二階の奥にある王のに向かった。

 戸の前に立つ二人の騎士に事情を話すと、一人が奥へと引っ込み、伝令をしてくれた。


 そして入り口に戻ってくると、すぐに我々の側で事態の確認を行う、貴殿は一旦控えの場所に待機しているように、と言づけた。


 待機の場所に指定されたのは、宮殿の一階、玄関からは少し奥に進んだような場所。

 おおかた、来賓室、あるいは応接室のような位置づけなのだろう。

 見た目からして高級感のある調度品などもしつらえてはあったが、事態がまだ飲み込めていない私にはそれのみが気がかりで、他のものを気にする余裕は無かった。


 すぐに私以外の勇者も集められた。

 それぞれ、指示を受けた城の使用人が呼んできてくれたようだ。

 最初にこちらへやって来たのは、八瀬君だった。


「あふぁ~あ。あれ、ミキちゃんはよっす。

 イキナリ部屋から呼び出されたけど、なんかあったの?」


 欠伸あくび混じりの挨拶に気が抜けそうになった。

 緑を基調にしたこの世界の貴族用の服を着てはいるものの、そのボタンだって留められていない。

 ……が、これは寝起きの人にどうこう言っても仕方ないな。


 私にもまだ事情は判らない、外で何か事件が起きたようだ、と簡潔に伝える。

 それを聞いて、八瀬君は渋い顔になった。


「えーマジ? もー少ししたら貴族の女のコのとこに、昼メシをお呼ばれしてだんだけどなー……」

「そ、そうか……」


 ……まあ、何も言うまい。


 ――――そういえば、異世界に来て初日の晩餐会では様々なドレスを着た貴族の女性に話しかけられていたな、彼は。

 この世界を救うと言われている『勇者』という存在は、貴族にとってはそのままの意味でヒーロー的な扱いなのだろう。


 私に話しかけてくる盛装をした同年代近くの青年や、ワイングラスを渡してくる男性も居たには居た。

 というより、結構な人数がこちらに話しかけてきた気がする。


 きらびやかな装飾が施された宴会の間(ホール)で、数カ所に置かれた巨大な丸テーブルの上にところ狭しと料理が並び。

 侍従じじゅうの方に連れられ、私達日本人の三人も一番大きなテーブルで皇族の面々と向かい合って座っていると、周りから貴族侯らが近寄ってきたのだ。


「おお、なんと凛々(りり)しくお美しい。異世界からいらした勇者様の美貌は、かのエミリア王女にもきっと引けをとりますまい。

 ぜひ明日みょうにちにでも我が邸宅へ、街の貴族通りの~~~~~~~~(住所を言われた気がするが、忘れてしまった)で昼食をご一緒して頂けませんかな? 実は、良いエビ、それもラスール湾の最高級のエビが丁度入っておりましてな……」


 などなど。

 細かい部分は違っていたが、だいたいは皆こんな内容だった。

 芝居がかったような口調で、ワインを片手にこちらへと勧めてくるのだ。


 要は、おだてているのだろう、私を。

 穿うがったような見方をすれば、『勇者』とコネクションを作ってしまえば、後々有利になるのだから。


 世界を救う、などと言われる人物。

 しかも皇帝自らが認める。

 そんな人間と『お近づき』になっておけば、周りの同じ人(貴族)よりもハクが付くのは、まだ若輩の私でも容易に想像が付くことだ。

 そういった権威争いやらなんやらの道具扱いのようにされるのは、あまりいい気分ではない。


 だがそれは後になってから言えることで、その時はまだ初日、元の世界と違う文化に慣れていないのもいい所。

 私は周りを取り囲まれる中必死に、


「あ、ああ。申し訳ない。

 誘いは嬉しいのだが、私は勇者として戦闘に備える義務があってな……」


 と、しどろもどろに返すのが精一杯だった。

 こちらの風習や様式などは知らないので、拒否の一択だ。


 ……だ、だって仕方ないだろう!

 慣れていないのだから!


 香水の匂いもかなりキツいものがあったし!

 未成年だからワイン(アルコール)を飲むなどもってのほか!


 ついでに言えば女としてどうかとは思うが、私は化粧や香水のキツい匂いが苦手なんだ!


 しかし『勇者として』という言葉を挟み、さらに私は背中に自分の大弓を背負っていたのもあって、貴族男性の彼らは強引に勧めることもなく退いてくれた。

 さすがに勇者としての義務であればそれすなわ国命こくめい、邪魔立ては出来ないのだろう。


 彼らも、「そこまで勤勉な方だったとは、これは失礼しました。では余裕ができた時にでもまたいずれ私の方からお誘いします」などと言って引き下がってくれた。


 それでも、今度は最初の貴族の一団が居なくなり、次のグループが好機と見たのか近寄ってくる。

 同じ大テーブルに付いた大臣らですらも圧されたのか、その勢いを止めることは出来ないようだった。

 もう勘弁してくれ、と言いたかったが、それを言えるならまずは最初の時点でもっときっぱりと断っている。


 エミリア姫が側近の騎士、グスト君を伴って私の所へ来てくれなければ、あの攻勢は皇帝が来るまで続いていただろう。

 まあ、その傍らでは八瀬君が、貴族の女子方じょしがたに囲まれて満更でも無さそうだったのだが…………。


 ――――その一幕を、『昼食が~』という彼の言葉で思い出したのだ。


「あれ? その割りには平野がいねーな」


 回想が中断させられ、私は応接室を見回した。


「八瀬君と同じように、この宮殿の侍従が呼びに言ったのだと思うが」

「その八瀬クンってどうにかならねえ?

 貴族のコなんかオレのこと、『ユウヤ様~!』なんてカワイイ声で……」

「ああ、うん。努力する」


 そう私が引き気味に言ったタイミングで、応接室のドアが開き、侍従の方と平野君が入ってくる。


 平野君は、手に何やらこの世界の文字で書かれた表紙の本を持っていた。

 私達は『勇者補正』の一つで『言語能力補助』という補正を受けているため、会話はおろか文字ですらもある程度読み書きできる、というのは初日に教わったことだ。

 それを利用して、彼は蔵書室にでもこもって本を読んでいたのだろう。


「おー平野! はよっす」

「…………」


 八瀬君の言葉を聞いているのかいないのか、反応せずに部屋の奥に進んでいって、一番端のイスに腰掛ける。

 そしてまたその少年は、手にした本を読み始めた。


 少年、…………年齢は聞いていないが、おおよそ私よりも年上には見えないので少年だろう。

 平野君は自身の事を話さないから、全く判らない。

 私だってそこまで饒舌じょうぜつな方ではないが、それでも極端過ぎではなかろうか、彼は。


 だがこちらもまだ17歳、『女性』と呼ばれるほど成熟しては居ないのは事実。

 まだ知り合って間もない相手に、部活の後輩に接するようにする訳にもいくまい。


 対して八瀬君は男性、もしくは青年と言って良いくらいの背格好ではある。

 が、振る舞いは何というべきか……、先ほどの言葉のからして軽薄な印象を受けてしまうのは否めない。


 ちなみに八瀬君は中央のガラステーブルに面したソファの、反対側……ではなく私の隣に座ってきていた。

 反射的に若干距離を置いてしまったが。


「まったく、返事もなしかよ……。

 昨日だってすぐにどっか行っちまうしよ?」

「昨日……、ああ、宴会パーティの時だな」


 そうなのだ。

 一日目、異世界に来てから初日の例の晩餐会では平野君は、戸惑う私、ちやほやとされる八瀬君をよそに、着席してからものの十数分ほどで去って行ってしまったのだ。


 周りの皆は一瞬あんぐりとし、それから何事も無かったかのように出て行った彼を、さも気にしないという態度を取っていたのが印象的だった。

 まあ、ギャラリーがわずらわしかったのだろう、彼としては。

 判らなくもない。態度が露骨すぎるきらいはあるが。


 平野君の行動はさておき、彼と一緒に来た小間使いの女性は、我々に告げた。


「まだ詳しくは判りませんが、街の方で、人が何人も倒れるほどの毒性の霧が発生しているそうです。

 原因も不明ですが、もし魔物によるものだとしたら、勇者様たちに向かってもらうことになるかもしれません」

「こわっ! でも、ま、そう言われたら勇者としてはやるしかないっしょ!」


 八瀬君が威勢よく言い放ち、手を前でバシッと合わせる。

 それを横目に、私は一つ思い至った考えがあった。


 街。

 何人もの人が倒れる。


「街……、そういえば、彼が…………」

「ミキちゃんどうしたん?」

「……いや、なんでもない」


 街にいるが、どうしているだろうか。

 そう言おうとして、自分の口を塞いだ。


 あまり他の人に、『彼』が今どうしているかは言わないほうが良い気がした。


 何故なら、あの青年は半強制的にとはいえ自分から出て行った身、しかも宮殿内には快く思わない人間だって幾人か確実に存在する。

 八瀬君に言ったところで、そこから話が漏れてしまったらマズい。


 今しばらくは、私が胸の内に留めておけば良いことだ。

 ……別に、それ以外の意図は無い。


 だが、彼は今まさに街に居るだろう。

 もしかすると、この事態に巻き込まれてしまっているのでは?


「勇者様方に伝令! 今から騎士の招集を行い、文官ともども状況の洗い出しを行う!

 決議が出るまではこの部屋に待機して頂くことになりました!」


 ドタドタと走って来た眼鏡を付けた羽根帽子の文官らしき人物が、応接室の扉を開けてそう告げた。

 ずっと走り続けている為か、額には汗をかいているのが見える程だ。


 その文官はそう言ってからもう一度同じ内容を繰り返し、また慌ただしく廊下へと戻っていく。

 閉められた扉から、隠せないほどの様々な足音が行き来していた。


 もしかすると、これは結構な事態なのかもしれない。

 その時は、そうぼんやりと想像するだけだった。





 【4の月 3日 昼 皇宮内・来賓の間】



 状況が動き始めた時には、既に時間は正午過ぎになっていた。

 応接室に招集されたのはもう数時間ほど前のこと。

 この世界の一日、日本の時とは違う『二十八時間中の九時』頃、およそ我々の馴染み深い二十四時間中に直せば八時頃。


 それから既に、ゆうに四・五時間が経過していた。

 昼も回ったため、応接室にパン食の軽い昼食すら運ばれてくる始末だ。


「遅いな…………」


 胸の前で腕を組んだまま、独り言が漏れる。

 出来ることなら立ち上がって部屋をうろうろと行き来したい程だが、みっともないのでそれはしておいた。


 八瀬君は我々と一緒に待機している亜麻色の髪をした小間使いに熱心に話しかけており、平野君は微動だにせず、手にした本のページをめくり続けていた。


 待て、とは言われたものの、まさかそこまで待たされるとは。

 間違いない、深刻な『何か』が外で発生しているのだ。


 すると、こうして私がじっとしたままでも外では事態が進んでしまっているのでは?

 そういった蚊帳の外のような感覚が生じると、いても立ってもいられなくなってしまったのだ。

 見に行きたい。

 街へ走って行き、どのような状況になっているのかを確認したい。


 痺れをきらし、もういっそこちらから外へ、せめて応接室からは外へ出ようかと悩み始めた頃。

 ようやくまた、使者がやって来た。


「陛下からのご命令で、即座に謁見えっけんの間へ勇者を招集せよ、との事!

 お三方、謁見の間へ来られたし!」


 鼻息荒くやって来たのは、騎士隊の隊長であるゴネリー隊長だった。

 幾つか騎士は隊が別れているが、同じ隊である騎士のケビン君いわく、ゴネリー隊長はその一番隊の隊長であるそうだ。


 ……色々あって、彼は我々勇者に良い感情を抱いていないようだが。

 私からしても、少し苦手な感はある相手だ。


 そのゴネリー隊長はそれだけ言って、私、八瀬君、最後に平野君と順々に睨む。

 伴に連れていた二人の白銀の甲冑(シルバーメイル)の騎士を引き連れ、自分も赤羽根あかばねのついたヘルムをかぶり直して去っていく。


「そ、それでは私が皆さんをお連れします」


 仕方なしに、八瀬君の話しかけから開放された小間使いの女性が、去ってしまった隊長の代わりに我々を指定された場所へと案内するのだった。


 

『戦闘ログ』は『バトルログ』と読むとちょっと格好いいかも知れません。


ではまた次回、②へ続きます!

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