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第十一話 : Magus Night

字数が17000文字と、オーバーキル状態に。

すみません、次回はもうちょっと話分割をしっかりします……。


ではどうぞ!


 


 前回のあらすじ。


 魔法でタオルを凍らせようとしたら、爆発した。




「それでは『魔法と術者の距離』について話を戻しましょうか」


 糸くずまみれの青い髪の少女が、糸くずまみれのおれに言う。


 この糸くずが、ついさっきまでタオルだったのだ。

 だが、おれが試しに魔法を使って凍らせてみようと試みたところ、大爆発。


 まさかの繊維状になって散っていってしまった。

 それはもう、パラッパラに散ってしまった。


 チャーハンだったら良い出来だろうが、魔法としては失敗だ。

 爆発で頭がアフロにならなかっただけマシなのかもしれないけど。


 うん、まあ…………、ディーは、何もなかったコトにして進めようとしている。

 こちらもその方が気がラクだ。

 取り敢えずこの状況は置いとおき、ディーの話に乗った。


「こほん。…………では。

 魔力で作り出したモノ、というのはそれだけで、周りの物と比べて異質なモノなんです。

 寒くもないのに氷があったらおかしいでしょう?」

「だな」

「なので、形を維持し続けるのはひじょーに難しいんですよ。周りに対してずっと、異質なモノを『これはその場にあってもおかしくないよ』って、言い聞かせているような状態なんですから」


 うーん?


 いきなり難しいな。

 どう噛み砕いて考えようか。


 ……女子だけの学園で、男子が女装して入るようなモンなのかな?


 それで、女装をバレないようにするために注力し続ける。

 そりゃあ至難の技だろう。

 で、もしバレてしまったら学校から追い出されてしまうのは必然。

 なるほど、判りやすくなった!


 どうして、そんな例えを思いついたんだおれは…………。


「だから、大体の魔法は発動して形になってから、崩れるまでが早いんです。

 『氷刃』だって『氷の柱』だって、すぐにパキパキって壊れてませんでした?」

「ああ、確かに……」


 最初に見た『氷の柱』の魔法は、作られてからものの数秒で消え去っていた。

 『氷刃』も、壁にぶつかったらすぐに破片になって消えた。


「あれって他の物にぶつかった衝撃もあるんですけど、自分から消えようとしたって意味合いも強いんです。元々のあったままの姿に戻ろうとしてるんだそうですよ」


 あ、でも……、と補足する。


「ただ、周りが魔法の効果と同じような状態だったら別ですよ?

 例えば雪山で唱えたなら、『氷の柱』だって溶けにくくなるんです。

 逆に暑いところで唱えたら一瞬で消えちゃうと思います」


 『水』の属性、あるいは大量の空気中の水分をムリヤリ固めるような氷の魔法は、魔法としての効果が切れると、すぐさま元の状態に戻ってしまうってコトかな?


 また、そこが雪山であれば周りからのフォローを受けられるから、大きな『氷の魔法』であってもそのままの状態を維持しやすくなる。もし火山であれば逆。

 そこは『属性』が強く関わっているのだろう。


 要は、良くも悪くも環境の影響をモロに受けてしまうのが魔法というものなのだ。

 魔法を安定させるためには、魔法を唱えた人の操作が不可欠。


「だから、魔法効果と術者は離れられない?」

「そう繋がりますね。

 効果を維持しようとするためには、MPを維持したい分だけどんどん消費していく必要があります。もしくは、先払いのようにMPを多く消費しておくか。

 どちらにしろ、通常の発動と比べてかなりの消耗になっちゃうので、オススメできないんですよ」

「なるほどなあ」


 しかも、効果が大きければ大きいほど、距離が開けば開くほど消費量は急激に増えていくらしい。

 あまりにその負担が激しくなる場合は、魔法の発動すら難しくなるようだ。


 大きい効果であればあるほど持続時間やら何やらに制限がかかる。

 じゃあ逆に言えば、その条件さえ満たせば…………って。


 どっかでそんなのが無かったか?

 それって、確か……!


「判ったぞ! 『属性付与エンチャント』の仕組みって、もしかして……!」

「!?」


 驚いた時の顔文字みたいな表情をされてしまった。

 ほんにこの子は表情豊かやでぇ……。


「すぐそこに気付くとは…………!

 そうなんですよ。術者と距離が近くて、範囲も限定的であれば、しばらく効果が続くんです」


 この場合の範囲は、対象が持った装備の一つにまで絞られるらしい。

 さらに術者は発動のみ、維持には相手からMPを借りるコトによってコストを抑えるそうだ。

 補足すると、維持コストを相手が拒否すればすぐに効果は切れるので、敵対する魔物にエンチャントをかけるのは無意味であるらしい。

 あくまでも、信用できる味方に唱える、あるいは効果を受けるべき魔法なのだ。


「だからシャベルにしか効果が出なかったのか……」

「まあ、一瞬だけならヒカリさんの全身に氷を固める事もできますよ?」

「それただ氷漬けになってるだけじゃん、おれが!!」


 前衛でガンバってたら後ろから氷漬けにされるってなんだソレ!?


 なんという無意味なフレンドリーファイア。

 絶対に実行しないでください。


「そういう理由があるから結局、魔法は『手元で氷を作って、打ち出す』ようなのが初歩的で手っ取り早いんです。それならMP消費も発動時だけで済みますし、当たった所で効果が出て、消えるだけですし。

 魔法の入門編としては、そこら辺がオススメですよ?」

「ふむむ……」

「とまあ、そんな感じですね」

「なるほどなあ……、ご教授ありがとうございました」


 いえ、とディーは説明に使っていた指を下げる。


「戦闘の時に作戦を立てるのには、役に立ちそうかな」


 おれにはあまり関係ないかもしれないけど、とは口にしない。

 そもそも魔法が使えない以上、効果範囲などの発展的な話はあまり必要がない。いや、もちろん内容は重要だから覚えておくけど。


 少なくとも、『水』の魔法を試したら爆発が起きるってどうなんだ。

 カレー作ろうとしたらカボチャの煮物になるってくらいヤバイんじゃなかろうか。

 煮込むって点しか合ってねえ!


「……そうでした、なんだか喉渇きませんか?」

「確かにノドは渇いてるかな……。

 干し肉は美味しいけど、塩味が濃いからなあ」


 あははー、そうですよね! と、同調するディーナさん。

 ちらっとおれの手元の、数分前までタオルだったサムシングを見て、すぐに視線を戻す。


「じゃあ、今から水魔法でノドを潤しましょう!」

「え、そんなコトも出来んの?」

「はい、もちろん!

 ただ、私は『氷』魔法はちょっと得意なんですが、実は『水』の魔法は上手く作れなくて……」


 氷の魔法は、今まで見せてもらったような『氷刃(アイスエッジ)』や『氷の柱(アイスピラー)』など、冷気を纏った氷を出現させる魔法。

 対して、水の魔法は『水流撃(アクアストリーム)』や『水球投射(アクアシュート)』などが代表的であり、液体状態の水を生み出して攻撃する魔法である、のだが。


 ディーは実は、自分は『水』の魔法は不得手なのだそうだ。

 本人も水属性ではあるものの、水系の魔法の中で『氷』の魔法の方が、純粋な『水』の魔法よりも上手く発動できるらしい。


 なんでも、氷は容易にイメージが湧くのですが、水はどうにも想像する形がふわっとしていて曖昧で……と、ちょっと苦笑い混じりに教えてくれた。

 いろいろと思う所があるのだろう。

 魔法には、『適正』とか以前に向き不向き、好き嫌いがあるのかもしれない。


「だから、今回は水そのままじゃなくて氷を出して、それで渇きをしのぎましょう!」

「ああ、助かるよ」


 まあでも、喉を潤せるだけおれにとっては嬉しい話だ。

 なんせ、飲み物と言ったらやたら苦いライフポーションしかないから!

 語歌堂さんは割合普通に飲んでた気がするけど、おれにとっては苦行でしかないから!!


 青汁もどきを麦茶がわりにごくごく飲むのはちょっとムリだ!

 語歌堂さん、さすが勇者だ!


「では、その氷を今から魔法で出しますね。見ててくださいよー?」


 そして両手を上下に向かいになるように合わせて、おれの方を見つつ。

 上になった右手に、青白い光を纏った。

 その手を静かに持ち上げると、左の手のひらの上には……。


「おお、氷が……!」


 カキンと凍った球形状の、アメ玉よりも大きい程度の氷塊が出現していた。

 パシリパシリと小さな音をたてて、手のひらの上で転がっている。


「これでおしまいです。簡単でしょう?」


 一回ぐっと手を握ってから開くと、すぐに氷の塊は消えてしまった。

 ひんやりとした冷気がこちらにまで流れ、頬をなでる。


「さっき魔法の距離や持続時間の話をしたでしょう?

 これくらいの大きさなら少し時間が経ったところで消えないんですよ」、


 と、再びアメ玉程度の氷の玉を、今度はジェスチャーをしていた両の手のひらからそれぞれ一つずつ生み出す。

 片方はおれに渡して、もう片方はディー自身が口に含んだ。


 こちらも礼を言って受け取り、口に入れて舐めてみる。

 と、感触も冷たさも、普通の氷と全く変わらない。

 干し肉の塩味と、パンのちょっともそっとした後味が清涼感に洗い流されていくのが心地よい。


 暫く舐めていると、氷は小さくなっていった。

 だが、もう少し口の中に残っていそうだ。


 氷を口の中で転がしながら、ちょっと考えてみる。


 ……なるほどな。

 術者の距離うんぬんは置いといても、こうして間近で魔法の発動するまでの挙動を見るのは地味に初めてかもしれない。


 体の全体がふわりと一瞬青く仄かに輝いたと思ったら、それが右手に集まった。

 つまり、魔力(MP)を消費して魔法を使う、というのはこの事なのだろう。


 身体全体から、対象の一点に魔力を集中させるのだ。

 少なくとも、ディーのやり方ではそうなっているようだ。


「ふむむ……」

「こんな風に私も『氷』ならすぐに魔法を発動できるんですけどね。

 『水』をパッと出すのはどうにも難しくて」

「いや、充分スゴいと思うけど?」

「そ、そうですか……?」


 またちょっと得意げな顔になる。


 だが即座に真剣な顔に戻り、そうじゃなくてー! と言ってこちらにぐいっと迫る。

 顔がかなり近くにまで来たため、思わず一歩退いたおれに、


「そういうコトじゃないんですよ、ヒカリさん!

 私が言いたかったのは、誰にでも向き不向きがあるって事です!!」

「……?」

「魔法をそれなりに長い間練習してきて、しかも『水』属性の魔人ワーロックなのにちゃんとした『水』の魔法を使えない人間もここにいるんですから!」

「……ああ!」


 ディーの言わんとすることがようやく判った。

 彼女はさっきのおれの魔法の発動、タオルを凍らせるはずが失敗してしまったことを言っていたのだ。


 その事をだいぶ遠回しにだけれど、励ましてくれているのか。


「判った、おれも気にしないことにするよ」

「はい!」

「ただ、このタオルにつきましては、非常に申し訳なく……」


 手を離すと、ひらーんと元タオルの糸くずが小部屋の足元に落ちた。

 縫い合わせて元に戻すとかいう以前に、タオルだったかどうかも判らないくらいにまでバラッバラだ。


「いえ、そんな頭を下げなくとも平気ですよ?

 ほらほら、替えのタオルだってまだ一枚ありますし!」

「なんと準備の良い!」


 意外と、それなりに準備はしてきたみたいだな。

 なんとなく助かった気分だ。


 かたや、パンと武器と、大人の苦味のあるライフポーションしか持ってきてない人も居ると言うのに。

 ……そちらはそちらで大問題だ。


「ということで、ヒカリさんは何も気に病むことはありません。

 じゃあ、そろそろ治癒ヒーリングの方も済ませておきましょうか」

「ほい」


 おっと、ディーの言葉を聞いて思い出した。

 この世界でどうなのかは知らないけど、確か元の世界で火傷やけどの傷っていうのは、ずっと放っておくと後々にも残ってしまう恐れがあったハズだ。


 自分の手を見てみると、ヤケドの痕が、少しただれたようになっている。

 ワームの酸液に触れてしまったため、熱に加えて酸によってダメージも受けているのだろう。


 ツルハシのような鉄に加えて、人の皮膚まで溶かす効果があるらしい。

 直撃していたらと考えると恐ろしい。


「では、お願いします」

「任せてくださいな」


 真面目な顔で頷く。

 そしておれの手を取り、傷になった部分を調べる。

 と、その動きが止まった。


「……あれ、ヒカリさんの服の袖、よく見ると先の方は生地が変わってません?」


 生地?

 もしかして、パーカーの補修跡のコトだろうか。


「ああうん、服の袖は一回ボロボロになっちまって。それを縫ってもらったせいだな。

 ついでに、袖の先のそのリングだってその時に付けてもらったんだ」

「へぇー……」


 よく見ると、手の甲のヤケドあとの近くに位置する鉄のリングは、若干だが腐食していた。

 エドラワームの技能スキル放火魔の強酸(パイロアシッド)』が、この腕のリングの位置にもかかってしまったのだろう。


 ということはこの輪っかがもし防いでくれなかったなら、その部分まで手にエドラワームの酸液が飛び散っていた可能性があるのか。

 そうなっていれば、もっと傷は大きくなっていたかもしれない。


「その布と輪は、どこかお店で取り付けてもらったんですか?」

「あー……、まあ、ちょっとね」

「ちょっと…………?」


 ……店、ではないな。

 いや、食堂という店ではあるんだけど。


 それどころか、仕立てのお代も払っていない。

 さらに言えば、洗濯だって傷んだ部分の補修だって手の保護用の鉄のリングの縫い合わせだって、全部、なかば勝手にあの人がやってくれた事。


 そもそもあの人は、お金を出しても受け取ってくれないだろうから。

 おせっかい焼きな割には、変なところでやたらと頑固だから。


「…………」

「…………」

「うわ、悪い! ちょっとぼんやりしてた」


 リングを見たまま動きが止まっていたことに気が付き、すぐに目線をディーの方へ戻した。


「いえ…………、大丈夫ですよ」


 理由は判らないが、こちらの様子を黙って窺っていたようだ。

 なんだか沈んだ表情でこちらをじっと見ていた。


 何もしてないハズなのに、妙に悪いことをした気分になる。


 ただそれも一瞬の事で、ちょっと得意気に氷を魔法で創り出した時のような、明るい表情が戻った。

 …………でも微妙に、ムリして作った感じの笑顔に見えるのは気のせいだろうか。


「では、治癒ヒーリングを唱えるので…………、」


 指をゆっくりと、おれの胴の方へと向ける。

 その指の先にはボロボロになった青いパーカーがあった。


 ちなみに中のシャツはワームの酸がー熱がー、とか言う以前にスライムの触手ににゅるっと溶かされてしまったため、胸から上の部分しか残っていない。

 PTメンバー若干一名が何やら不穏な目でこっちを見てくるのを避けるため、パーカーの前は閉じている。


「その上着を脱いでください」

「う、上着?」

「はい」


 真顔で頷く。


 え、『ヒーリング』とやらを使うのに脱衣が必要なの?

 そんな、病院の診察じゃないんだから。


 あ、いや、医療行為には変わりないのか。

 ヤケドを魔法で治すんだって外用薬で治すんだって、治療という意味では同義のハズ。

 なら別におかしくはない……のか?

 パーカーのジッパーを外す。


「しかし、ヒカリさんの服、不思議な布ですね……」

「おれの居た世界の服だからな」


 適当に応えてパーカーの前を広げ、はいとディーに合図を出す。

 真剣な表情でこっちを見ていたディーが、それを咎めた。


「上着を着たままでどうするんですか?」

「ああ、確かに…………?」


 結局パーカーは脱げということか。

 袖を外して、おれの上半身の防具(防御力はほぼ皆無だ)であった上着を完全に脱ぎ去る。

 そして中からは、スライムに溶かされた時のままのシャツが表れた。


 一部の布が引き裂かれたような状態でのびーんとぶら下がっているのが見る者の哀愁を誘ってやまない。

 さすがにファンタジーの世界でも、当たり前だがシャツが時間経過で元通りに復活しているといったコトはないようだ。


 手のヤケドを治療するのにパーカーを手に持ったままなのもなんなので、パーカーを自分の脇に置こうとすると、「そちらは貸してください」と言われたディーに持っていかれてしまった。

 よく理由が判らない。


 おれだって戦闘や走った時に汗をかいてるだろうし、パーカーもだいぶ汚れてると思うんだ。

 端から見て、そんなものを年下の少女に渡すなんてのはだいぶアレな感じじゃなかろうか。

 アレと言葉を濁しちゃったが、ぶっちゃけ変態じゃなかろうか。


 本当に渡す必要があるのかを一応訊いてみたところ、「大丈夫です」と真面目な顔で返事を戴いた。

 目は完全に手に持ったパーカーを凝視している。

 何が大丈夫なのか判らない。


「中の、そのシャツもです」

「あ、はい」


 マジか。


 ディーとはいえど仮にも女性の前で服を脱ぐなんて、かなり抵抗があるぞ!?


 だ、だがしかし…………。

 ……これはきっと治癒ヒーリングを受けるために必要なのだ。

 言わば病院で医師が診察するのと変わらない、なんでもないような事。


 そう考えると、特に気にすることもない。はず。

 無いはず!!


 しかし、気恥ずかしさまでは流石に消えない。

 胡座あぐらをかいたまま後ろに方向転換して、目の前の少女の視線を避けるようにしてシャツの生き残った部分を脱ぐ。


「…………これで良いですかね?」


 医療行為…………これは医療行為…………。


 そして結局上裸になってしまう。


 なかば疑問形、そして意味もなく敬語で問いかけてみる。

 が、すぐには返事が来ない。


 身体を元の方へと戻すと、ディーはと言うと真剣な表情でおれの方…………ではなく、

 依然として下を向いて、膝上に置いたおれの着ていたパーカーの方を熱心に見ていた。


 先ほど話題に出した鉄のリングを手で摘んでいる。

 一体何をしているんだろうか。

 こちらは羞恥心をこらえて上裸になっていると言うのに。


「…………丁寧な仕事ですね」

「あ、はい。それでお願いします」


 突然言われて、なんのこっちゃと考えてから治癒魔法のコトを言っているのだろうと結論づけた。

 多分合っているだろう、たぶん。

 その割にはおれの方を見て言ってないけど。


 もしかして床屋とか美容院のカットのように、『ヒーリング』にも色々なメニューがあるのだろうか。

 例えば、荒々しくお願いします、とか。


 ……んなワケあるか!

 荒々しい治療なんて誰が必要とするんだ!


 そうしておバカな事を考えて半裸な現実から目をそらしていると、ディーが手元のパーカーから目を離した。

 上半身がフリーダムになっているおれを見て、ハッ! と気付く。


「あっ……と、治癒ヒーリングでしたね。

 では、ヤケドの傷を見せてください」


 その『たった今思い出した』感じはなんなの?

 と、治療してもらう身で言う訳にもいかず黙って右手を差し出す。


 おれの手を下から、少しひんやりとするディーの細い手が支え、反対の手を上からかざす。

 ちょうど患部を挟むような格好になった。

 そして、無造作に唱える。 


治癒ヒーリング


 途端、さっきの氷と同じような色合いの光が、ディーの手からおれの腕の方へと移るようにして、ヤケドをした腕の周りをゆっくりと青い光が包んだ。


 なんだかその部分だけ冷たいような潤うような、言葉で例えるならそれこそ『水の流れるような』感覚がする。

 それと共に、ヤケドして悪い熱を持っていた部分が、癒やされていく。


 僅かな時間の後、青い輝きと不思議な感覚が消えると、そこには元通りに治ったおれの腕があった。

 赤くただれていた箇所がもうどこか判らないくらい、痕も残っていない。


「はい、終わりです」

「凄いな…………、ありがとう!」

「いえいえ、どういたしまして」


 腕を振って残っていた青色の光を消して、妙に静かに言うディー。

 膝に置いていたパーカーの両肩の部分を掴んで、こちらが着直しやすいようにして渡してくる。


 シャツはもうどう見ても着ていて意味がない無残なカタチになっちゃったし、着るのはパーカーだけで良いかな。

 フランさんのお祖父さんから借りたシャツはウェストバッグに詰めておこう。

 そうしてパーカーを着て前のジッパーを閉じてから、ふと思った。


「…………脱いだ意味は?」

「さて、こんな風に治癒魔法は、基本的に相手の身体に触れている場合に最大の効果を発揮しまして……」

「え、脱いだ意味は?」


 ダメだ、全く理由が判らないまま話が先に進んでしまった。


 パーカーを剥ぎ取られた理由も、さらにしげしげとパーカーを観察された理由も判らない。


 ただそこには、おれが上裸になっていたという過去だけが残った。


 そして治癒魔法についての説明を軽く聞いた後、食べ終えちゃいましょうとディーに言われ。

 さっきの爆発で飛び散ったタオルの糸くずをパンから息を吹きかけて飛ばし、ライ麦パンと干し肉の晩ご飯を再開するのだった。









 現在時刻はおおよそ真夜中だろうか。

 食事後にこれからどうするかを話し合った結果、一旦ここでそのまま野営、休眠を取ることになった。


 急いで先に進んだところで、焦りすぎの結果事故が起きる可能性が高まってしまうと考えた末の結論だ。

 まあ、そうなるよりは少し時間を消費してでも休み、万全にした方が良いだろう。


 …………だが。


「じゃあ一応男女なんだし、おれはこっちの隅で寝るから、ディーはそっちの奥の方を使ってくれ」

「はい」


 それぞれ今居る小部屋のハシゴのある側、反対の奥の側を指差す。

 テントなんかだと男女別に設置したり、間に仕切りを設けたりも出来るだろうけど、今はそんな贅沢も言っていられない。

 申し訳ないけど、これで我慢してもらうしかないな。


「ついでにおれは、ハシゴの下の通路に敵が来てないかどうかも見張っておくよ」

「はい」


 奥の方へ、なんだかぼんやりと歩いていく。

 こちらもハシゴの近くへと移動した。ついでにシャベルも手元に置く。


 うん、下には敵は居ないな。

 地図からしてここは入り組んだ通路の袋小路ではあるし、敵もほぼ来ないと考えてよさそうだ。

 この場所を見つけたのはディーだが、なかなかに優秀な部屋を見つけたものだ。

 安全安全。


 ………………。


 …………。


 ……どうしようか。


 ディーの様子が、なんだかさっきからヘンだ。


 いや、特によく見ていたワケじゃない。

 けれども、なんとなくこう、なんと言うべきか。


 具体的にはおれの腕のヤケドを治してもらった時の前後から……、元気がない感じ?


 …………というより、考え事をしているようにも見える。

 あるいは、落ち込んでいるようにも見える。


 今まで元気にしていた人が気付いたら消沈しているなんて、結構気になる。

 受け答えは今みたいに普通だけど、魔法を失敗した時にこちらを励ましてくれたようなパワーが感じられない。

 別にヘコんでいるって事もないだろうけど…………。


 どうしよう。

 距離を置いてしまったが、何か話しかけた方がいいんだろうか。

 場を和ませるような話をした方がいいのか。

 やばい、別に小粋なジョークなんて持ってないぞ!?


 それでも取り敢えず元気のない理由を探ろうと、会話を敢行。


「………………」

「…………さ、さっきの氷さ!」

「……はい?」


 ちょっと離れた距離から声がした。

 返ってくるのにも、山彦やまびこの如く打ったら響くように、とはいかなかった。


「砂糖とかつけたら、すげえおいしい気がするんだ!」

「……今は持ってませんよ?」

「そうだな」


 終わった。


 会話が終わった。


 話題の糸口を探ろうとしたら、いきなりシャッターを閉められたような感じだ。

 門前払いもいいところである。


 もうダメだ、寝よう。

 あとちょっとの間ハシゴの下を見張ってから、寝よう。


 きっとアレだ、彼女は夜になるとテンションが下がるタイプなんだ。

 テンションが低まってる時のディーは、出来るだけそっとしておいた方が良いのかもしれない。


 でもきっと朝になったら、元の突き抜けるような元気なディーナさんに戻っているさ。

 …………たぶん。


「………………」


 黙ってホコリっぽい地面に横たわり、階下の様子を窺う。

 特に足音もしないし、ホネホネな敵ももちろんやって来ない。

 あるのはどこかで天井側から水を滴る音と、辺りを黙って取り巻いている魔素の霧くらいだ。


 シャベルを枕に使おうかとも思ったが、汚れているし硬いのでやめた。

 仕方ないので中身を除いたポーチを敷いている。


 …………そして十分ほどしてから。

 後ろから呟くように、声がかかった。


「……ヒカリさん」

「ど、どうした?」


 一瞬だけ焦るが、背中を向けたまま答える。

 静かになっていたけど、まだ眠ってはなかったみたいだ。


「スケルトンとか、変な魔物とか、来てませんか?」

「いや、来てないぞ? あいつらがこっち来たら音がするだろうし一瞬で判るよ。

 早く寝ないと。疲れてるんだろ?」


 そして寝て、元気を取り戻すのです。

 寝不足で朝まで沈みがちになられたら困る。

 主におれが困る。


「…………」

「…………」


 また少し沈黙が降りてくる。


 ……微妙にまだ、眠くならないな。


 もしかしたら後ろのディーの気配を、意識せずとも気になっているのかもしれない。

 まあでも、もうすぐに眠く…………。


 すぐに眠く…………。


 眠、く…………。



「ヒカリさん」



 一瞬で目が覚めた。



「はうっ!? なに!? どうした!?

 抱きマクラが無いと眠れない? なら他に無いからごめん、このシャベルを使って」

「いえ、タオルがあるので間に合ってます」


 声が近い。


 地面にべたぁと横たわっていた身体を後ろに向けると、ディーがすぐ近くに立っていた。

 手には確かにタオルを持っている。


 慌てて起き上がり、服と髪をはたいてホコリを払った。


「な、なんで寝てないの!?」

「あの…………、眠れません」


 遠くに置かれた槍が見えた。

 武器は向こうに置いてきちゃったのかよと、どうでもいい事を考えてしまう。


「どうして?」

「いや、怖くて……」

「え、ええぇえ……?」





 そして気付けば、背中合わせになって体育座りに近い姿勢になっていた。

 もちろんこちらの反対側には、ディーが座っている。


 どうしてこうなった。

 ごめん、おれにも良く判らない。


 何この状況!?


 何!?


 ホントに何なのこの状況!?


 ……ただ、ディーに「後ろを向いてください」と言われたのでホイホイと従ったら、そのまま背中を軽くくっつけられてしまったのだ。


 目の前には例のハシゴが見える。


 まさか押し相撲なんて事も無いだろう。

 押されたらおれが階下に落ちていくだけだ。

 …………いやいや、実はそれが狙いじゃああるまいな?


「すみません、手も繋いでもらえませんか?」

「あっはい」


 流されるままに、後ろ手にディーと右手を繋ぐ。

 さっきヒーリングを受けた時にも思ったが、ひんやりとした手だ。


 どうやら押し相撲では無かったらしい。

 これで安心だ――――――、


 って、じゃあなんで手を繋いでるんですかね!?


 一体どういうことなの、何がしたいの!?


 おれは何をすればいいの!?


 ――――しかし、ディーはまた無言のままだ。

 何かを話すような気配もない。

 まさか寝てしまったのだろうか、この姿勢で?


「………………」

「………………」


 静かだ。


 ……ただ、こうしていると、妹のコトを思い出す。


 母さんが怖い話を聞かせた日なんかは、アカリはおれの部屋に来ていたからな。


 オバケを怖がっていたなんてのは小さい頃の話ではあるが、それでも記憶には残っている。

 我が明宮家の母親は何度も言う通りお茶目な人であり、ベッドに就寝に付こうとする幼い妹に、おとぎ話・昔話とは名ばかりの、日本の古き良き怖い話を手を変え品を変えてたびたび聞かせたのだ。

 それもマジもんの無茶苦茶コワイやつだ。


 なんでも、話の途中でそれが怖い話だと知った時のアカリの顔がとても可愛かった、との事。

 それを言う母の表情はとってもイキイキしていた。

 非常にタチが悪い。


 そのためアカリは、いつも話の途中でその想像してたのと違う内容に気付き、母さんを突き飛ばしてベッドから飛び出て、おれの部屋へと駆け込んできた。


 寝こけている兄を半泣きで叩き起こし、ベッドの横に移動させ、自分も奥の方へと潜り込んで背中合わせになって寝たのだ。

 正面よりも背中をくっつける方が怖くなくなるから、とは本人の談。


 そうしておれは、半開きのドアの方にホラーの如くうっすらと浮かび上がる母さんのニヤァ……とした顔に睨みをきかせつつ。

 外のみならず家の中にも存在した脅威から、狙われる可愛い可愛い妹を守ろうと決意したのだった。


「……ヒカリさん? 何か考えごとですか?」

「え、なんで判った?」

「いえなんとなく、誰かの事を考えているのかなー、と」


 眠ってなかったのかよ!

 というか突然言われたけど、なんとなくで考え事が判っちゃうのかよ!


 おれは顔を見られただけで大抵ウソがバレちゃうらしいけど、まさか背中合わせの人にまで機微を読まれてしまうのか?

 まさに背中で語るというやつである。

 たぶん言葉の意味間違ってる。


「一緒に戦っていて思ったんですけど」

「ん?」


 また、ぽつりと独り言のように話す。

 やっぱりまだ眠る気はないようだ。

 無視もできないので、話を聞くことに。


「ヒカリさん、あまり強くないですよね?」

「何をいまさら……」


 いきなり何を言うかと思えば。

 『弱いですよね』と言われなかった事になんか違和感を覚えるくらいだ。

 オブラートに包んでくれたのかもしれない。


「勇者もやめちゃったんですよね」

「やめた、というよりは『できない』に近いかなあ……」

「なら…………」

「どした?」

「なら、どうしてここに?」


 なんというか、ストレートな質問だ。


「私だってこんなにヘンな魔物が多くて暗い洞窟、結構怖いんです。

 それなのに何でヒカリさんは平然としてられるんですか?」


 淡々と言う。

 引け目とかネガティブな感じではなく、ただ疑問に思ったという様子だ。


「いや別に、平然となんてしてないぞ?

 最後に戦ったでかいイモムシだって、もう逃げたいくらい怖かったし。ディーだって割と、見た目平気そうじゃないか」

「でも…………。

 ヒカリさんここ(洞窟)を進んでいて、『先に進もう』って何度も言ってるじゃないですか。絶対に『帰ろう』なんて言いませんよね?」


 そうだろうか。

 そうなのかもしれない。


 だって、


「もしかして、街に……」

「助けなきゃならない人が居るからな」


 背後からの声が言い淀んだのを偶然、引き継ぐようにして言ってしまった。

 相手が聞きたかった回答かどうかは全く判らないけど。


 しかし、ディーの背中が一瞬だけビクッと震えるのが服越しに伝わった。

 そして次の声だって、心なしか震えていた。


「そ、それは…………」

「ん?」

「ヒカリさんの……、た、タイセツな人でしょうか?」


 タイセツな人?

 ああ、『大切な人』か?


「そりゃもちろん」

「ぐぅっ……!?」

「何!?」


 突然ディーが、何やらダメージを受けたような声を上げる。

 驚いて振り向こうとすると、手をガッと掴まれる。


「やっぱり、この服のリングもその人が!?」

「うわっ!? そ、そうだよ?」


 リングを付けてくれたのはフランさんだ。

 『街でお世話になった大切な人』を挙げるなら、彼女は絶対に外せない。

 むしろ筆頭というウワサすらある。


「あ、あぁああ…………」

「何その反応」


 背中が離れた。

 立ち上がった様子は無いので、背を丸めただけだろう。


「ヒカリさんには、既に大切な人が居たんですね……」

「うん」

「まだ三日しかこの世界に来ていないって言ってたのに、そんな手の早い……」


 手の早い?

 AGI(素早さ)はステータスじゃディーと大差ないくらいじゃなかったか?

 足なら『ダッシュ』で少し早くなるけど。


 今ならさらに、『スライディング』で加速して『バックステップ』で戻るオマケ付きだ。

 戻ってどうする。


「早いかどうかは知らないけど……。

 でも、この街でお世話になった人は多いからな。みんな大切な人には違いないだろ?

 だから、おれに手助け出来ることがあるなら、それをきっちりやっておきたいんだ」

「………………え?」

「え?」


 すっ頓狂とんきょうな声が聞こえたのでまた驚いた。

 驚いたついでに後ろを振り向こうとしたら、同じようにこちらを向いた相手と目が合った。


「ぐわぁあ顔が近い!!」


 危うく鼻がぶつかりそうになったぞ!?


「そんなコトはどーでも良いんです! ……えっ、て、ことは、私の早とちり?

 ヒカリさん、今の言葉をもう一度言ってみてください! は、早く!」

「……顔が近い?」

「違います! その前、その前!!」


 なんだろう、すごい必死さを感じる。

 だが、蒼い目がこっちをキッと睨んでいるのは心臓に悪いので、さっき言った事を思い出してみた。


「街でお世話になった人、多い。みんな、大切。街、手伝う」

「あ、あの質問でどうしてその答えになっちゃうんですか…………?」


 うん? どういう事?


 それよりも、おれの右手をキツく握り過ぎじゃない?

 痛いよ?

 というかメキメキ言ってるよ?

 ちょっとこれHPが徐々に減っていくぐらいの力強さだよ?


「じゃ、じゃあ! ヒカリさんにはいないんですね!?」

「…………誰が?」

「なるほど、居なくて、しかもこれまでにも居なかったんですか!

 よ、良かったー……! もー、心配させないでくださいよ!」


 ごまかすように早口で言われる。


 いや心配されてたことを今初めて知ったよ、おれ。

 何を心配されたのかも判らないし。


 あと、なんだかとても失礼な決め付けをされてしまった気がする。


「それでは、その上着の袖と輪っかだって、どうせ付けたのは男の人、とかいうオチなんでしょう?」


 オチって何!?


 あと、この袖を直してくれたのは別に男じゃなくて、


「いや、別に性別は男じゃないけど? 食堂のお姉さんだな」

「ぐ、油断した!? お、おお、お姉さん!?

 まさかその人もヒカリさんのおっしゃる『大切な人』の中に……?」

「当たり前だろ?」


 フランさんを入れなくて、誰をその『お世話になった人』枠に入れるっていうんだ?


「お、おぉおお…………」

「あとはディーだってその『大切な人』に入ってるんだから、この異変は絶対になんとかしないと。

 このままじゃ皆に顔向けできないからな」

「…………えっ!?」



 ヘッドバットされた。



「ぐぅぁーー!? 何!? 何!?」

「いだー! す、すみません、驚いた弾みで!」


 背中合わせになれと言われ、そしてヘッドバットされる。

 しかも場所はワケの判らない洞窟の中。


 もう何が起きているのか判らなくなってきた。

 ついでに舌も噛みそうになった。


「ううぅ…………、ヒカリさん、どうしていきなりそんなコトを……?」

「え、どうしてって……」


 空いた手の方で頭を抑えると、ヒリヒリした。

 ぐう、さらにおバカになったらどうしてくれるんだ……。


「だって、ディーもこのままじゃ困るんだろ?」

「……?」

「お父さんは街に行ったきり戻ってこなくて、一人でこんなトコに来なきゃいけなかったんだ。

 そんなの、やっぱり放っておけないし。魔人ワーロックとかの話だって聞いちゃったし、なんだか、他人事とは思えなくてさ」

「…………」

「ちょっと変な言い方かもしれないけど。……親近感、が湧いたのかな?」


 と、言ってみる。


 そして言ってから気付く。


 ……もしかして、スゴく恥ずかしいコト言ってないか?


 い、いや、そんなハズあるか!


 おれは至って普通の事を言っているハズだ!

 …………ハズだ!


「ぱ、PT(パーティー)のメンバーとして、手伝わないといけないし!

 あとおれはリーダーだからさ! メンバーの事も絶対に気にしなきゃいけないワケで!

 だからあれなんだよ、こう仲間としての連帯感からくる一体感がこう、ね!」


 どうした。


 どうしたんだ、自分。


 なぜ焦る。

 焦りとは裏腹に舌はべらんべらんに回り、ほぼ意味の無いコトを喋っていた。


 今まで気になっていなかった背中に伝わる、相手の体温ですら気になってしまう。


 ってか、ディーが黙ってるから焦るんじゃ?

 なんで向こうは何も言わないんだ?


「…………」

「で、ディー? どうした?」

「………………」

「いや、何か言って頼むから」


 なんかもう、いたたまれないから!

 手、離そうにもがっちりキャッチされてるし!


「ヒカリさん」

「は、はい」


 ぽつり、と後ろから呟かれる。


「変な人ですね」

「えっ」

「というより、変な考え方ですね」

「ええっと、そんなに変だ変だって言われると、結構おれでも傷つ」



「でも私は、好きですよ?」



「――――!?」


 す、すき?

 好き?


 どういうコトだ?

 一体ディーは、何を……?


「………………あ。

 いや、『その考え方が好きですよ』ってイミですよ!?」

「そ、そうか! そうだよな!」


 それなら話が繋がる。

 ディーにだって、この状況から他の人を助けてあげたい、という気持ちは共感できたのだろう。

 それを、その考え方は好感がもてますよ、と。

 つまりはそういうコトだ。


「あ、当たり前じゃないですか! ソレ以外のイミがあるワケ無いじゃないですか!

 逆に他にどんなイミがあるって言うんですか!!」

「な、なんか必死すぎやしないか……?」


 なんか、空気がおかしくなってきた!

 いや、魔素とかそういうのと関係なく!

 そうだ! お互いワケの判らない事を言ってしまったのも、その変な空気の所為せいなんだ!


「気のせいです!!

 ……そ、それより、私の手、冷たくないですか? もしイヤだったら」

「ああ、別にいいよいいよ。気になるほどでもないし」


 確かに最初握った時は少し冷たいと思ったけど、別にひんやりするくらいだし。


 逆に、手を放してまた不安がられてしまったら、今までこうしていた意味が無くなってしまう。

 握力計を握るようにして扱われない限りは、別にかまいませんがな。


「魔人、ウィン族の魔人は皆、体温が普通のヒトと比べて少しだけ低いんですよ?

 それがイヤかなー、と」

「へぇ、特有のもんだったのか」


 魔力を込めると手にヒレが形成される、以外にも特徴があったんだな。

 他にもいろいろ違いがあるかもしれない。


 違いと言っても、害のあるものじゃなさそうだが。

 手の冷たいって言ったって、アレだ。


「手が冷たい人って、実は心は温かい……って言われるけどな。

 ああ、おれの居た世界の話ね」


 特に理由もなく、ジンクスみたいなものだけど。


「う!?」


 でもそう言った途端、またディーの背中がビクッ! と振動する。


 すわヘッドバットか!? と身構えはしたものの、なんとか思いとどまってくれたようだった。


 もしかしたら、やっぱり手は離したほうが良いのかな?

 『手が冷たい』って言うのだって、そろそろ手離してくれないかなー、という隠されたメッセージかもしれないし。


「でもまあ、ディーがそう言うんだったら手を離しても良いかn」

「だ、ダメですよ!」


 またもガッと右手を握られる。


「ぎぇ!?」

「ダメですよ、もし手を離したら全MPを消費してでも辺り一面氷漬けにしますよ!?」

「や、やめろォ!!」


 さらに追撃のように脅された。

 そんなに、夜になった洞窟が怖いのか!?

 敵だってここには来ないと思うよ!?


「わ、判ったから。そんなに怖くて眠れないんなら、少なくとも眠れるまでは手ぇ繋いでおくから……」


 この体勢だと朝起きた時に、スジを痛めるんじゃないかと若干の心配もあるけど。

 でも、一日の辛抱だと思えばなんとかなるだろ。


 ……治癒ヒーリング寝違ねちがえって治せるのかな?


「絶対ですよ? 怖いからですからね? 離さないでくださいよ、ホントに絶対ですよ?」

「はいはい」

「気付いた時に手が離れてたら、手を切り取っちゃいますからね?」

「怖っっ!?」


 暗い洞窟より、よっぽどウチのPTメンバーの方が怖かった。

 猟奇的すぎる。


「それじゃ、しばらくはこのままかな……。

 ディー、寝苦しくならないか?」

「ちょっと体勢は崩してますから、大丈夫ですよ」


 ああ、そうか。

 別にずっと同じ姿勢でいる必要も無いもんな。


 むしろ、なんでおれはきれいな姿勢の体育座りをずっと続けていたのか。

 永遠の謎だ。


 仕方ないので胡座あぐらをかいた。

 微妙に足が痺れているのが悲しい。


 そうして、また少し沈黙がおれ達の居る小部屋に流れた。


 こうして黙っていると、やっぱり街の事を考えてしまう。


 フランさんは、お祖父さんお祖母さんは、ギルドの皆は、親方は、おれ以外の勇者三人は、あとついでにファンキーさんは。


 皆は、無事だろうか。


 魔素の霧だって、原因を突き止めるまではずっとこのままだ。

 洞窟で流れているこの霧も外へ流れ続けている。


 そういえば魔物だって、スケルトンはどんどん外へ走って行っていたな。

 あいつらは、森に居た他の魔物と戦闘になっていた。


 もしかして、前に街からすぐ出た所の橋で戦ったヘビだって……。

 本来ならあんな場所に魔物は出現しない、という話だった。

 その事にも、意味があるとしたら。


 まさかとは思うが、森を住処にした魔物がスケルトンらに場所を追われたら、街の方へと来てしまうんじゃなかろうか。

 そうだったらかなりマズい。


 衛兵は、あるいは冒険者ギルドは、僅かにでも機能していてくれるのだろうか?

 魔物が街へ来たら、対処できるのだろうか?


 判らない。

 が、おれはもう洞窟の奥深くまで来てしまっている。

 街の人がなんとかしてくれるのに期待するしかない。


 だが、この魔素の量だ。

 普通の人なら動けなくなってしまうだろう。

 建物内なら大丈夫とは言うものの、外で動けるのは獣人か亜人しか居ない。


 ………………。


 ……あれ?


 どうして平気なんだ、おれは?


 『勇者補正』だって付いてないも同然だし、扱いは普通のヒトだろうに。


 ……いや、倒れるのもじきの問題かもしれないしな。

 運良くここまで大丈夫だったってだけだろう。


 じ、自分で言ってて『運良く』にものすんごく違和感があるのは気のせいだろうか。


 思わず空いた手で、ボサボサの頭を掻いた。

 一箇所ビリっと来たのは、もしかしてさっきの頭突きのコブか。


「まだヒカリさん、寝てないんですか?」

「おっと」


 身動みじろぎしたのが伝わってしまったようだ。


「うん。またちょっとだけ考え事を」

「なに考えてました?」

「別に大したコトじゃないって」


 おれ自身はどう対処のしようも無い問題だし。

 特に逃げようって気も起きない。


「ただ、ちょっと魔素を浴び過ぎてる気もするからさ。もしおれがダメになったらディーは一旦街に行って、冒険者ギルドを訪ねてくれ。

 そしたらどうにかなるハズだ」

「そんなこと、言わないでくださいよ」


 僅かに時間を置いて、沈んだ声が聞こえた。


 あ、ヤバい。

 不安がらせてしまったかもしれない。

 寝た子を起こすようなマネをしてどうするんだよ、おれ。


「大丈夫、大丈夫だって! これまで大丈夫だったんだ、まだ平気!」

「そう、ですか?」

「そもそもおれはPTのリーダーだから!

 メンバー(ディー)よりも先に倒れるなんて、きっと凄い恥ずかしいコトに違いないだろ!」

「そうですよね……」


 どうやら、こんな苦しいセリフでも何とか納得してくれたらしい。

 ディーは落ち着いたようだ。

 ただ、手はがっちりとさっきよりも強く握られてはいるが。


「絶対、私達で異変は解決しましょうね」

「もちろん」


 確かに、今はまだ身体に変調をきたして、とかも起こっていない。

 まったく確証も何も無いけど、明日までは保つんじゃないかな?


「ヒカリさん」

「何?」

「……ヒカリさんの手、冷たいですね」

「そうか? 体温は普通ぐらいだと思うんだけどな」

「いや、冷たいですよ、絶対です」

「なんじゃそりゃ…………」


 それからお休みなさいと言い残し、やがて後ろからは規則的な寝息が聞こえ始めた。

 ようやくと言っていいものか、取り敢えず寝てしまったのだろう。


 おれだってもうだいぶ眠くなってきた。


 だって、だいぶ色々なコトがあったからな。

 今回はほとんどが戦闘だったけど。


 大量のスケルトンに、森の魔物に、そしてエドラワームという強力な敵。


 明日はさらに奥へと進むから、何が出現するかは判らない。

 でも、今日の所は、深く悩まずに明日に備えよう……。


 うん、それが良いな…………。



 そうして、洞窟の夜は、おれが異世界に来てから三日目の夜はけていった。



















 ゴンッ。



「痛だーーーっ!? ディー、また頭突きしたな!?」


「すー……」


「寝てるの!? 寝てるのにヘッドバット!?

 うわまた危なっ、寝相悪いなこいつ!! やっぱ手、離せっ!

 あっ強い! この子握る力めっちゃ強い!! って、危なっ!!」



 ……夜は、更けていくのだった。

 

 

考えるのではなく、察するのです。


次話は少し視点を変え、『語歌堂未希の戦闘ログ』へと続きます!

それではまた次回!

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