第九話 : 洞窟物語 後編
牽引ロープで互いに結んで連れていかないとトゥルーエンドにならない。
……等は、まったく御座いませんのでご安心を!
「ヒカリさんヒカリさん」
「ん? なんだ?」
新しく覚えた技能、『バックステップ』の使い道について深い思索を巡らせていたおれに、後ろを歩くディーが話しかけてくる。
なんか割合どうでもいい問いだったため、すぐに考えるのを中止。ディーの話に応じる。
バックステップについては、まあ逃げる時に使えばいいんじゃね? というとっても適当な結論に落ち着いた。
ちなみに同じ使用法のスキルをおれはあと二つ覚えている。
全四つのスキル中の三つが逃げるための技だったことに驚きを隠せない。
「さっきの部屋、魔物、居ませんでしたねえ」
「ああ、スケルトンの一体も居なかったな」
拍子抜けなくらい何もなかった。
部屋状の空間があって、それでおしまいだった。
何も収穫はナシ。
今はもう三叉路の起点に戻ってから、最後の道に進んでいる。
中央の通路、先の場所へと繋がっていることが地図でも示されている通路だ。
どうやら道はだいぶ長いみたいだけど。
「というより、そのスケルトンもあまり見かけなくなりましたし。
そもそもスケルトンって何なんでしょうね?」
何、と来たか。
また難しい問いかけだ。
確かに、スケルトンはスライムの箱の近くで戦闘になったきり、めっきり姿をみせなくなってしまったが……。
「魔物、じゃないの?
そういう事柄は、ディーの方がおれより詳しいんじゃないか?」
なにせこの世界の人なんだし。
と思ったのだが、後ろの少女は難色を示した。
んむー、と悩むようにうなる。
「ちょっと聞いて戴けます?」
「うん」
周りに敵はいないし、長い通路をただ歩いてるのも退屈だからな。
「私と父は、センティリアの街の北にある、湖のほとりに住んでいるんです」
「聞いた聞いた。それが『水守』の役割なんだよな」
「はい。で、ご飯とかってどうしてると思います?」
あ、そうか。
コンビニがあるワケではなし、湖近くに住んでいるとなれば、手軽に家を出て街に行くような距離ではないだろう。
ディー自身、ほとんどセンティリアの街に訪れた事はないと言ってたしな。
「うーん、釣りとか?」
「それもありますし、辺りに居る動物や、出没した魔獣を狩ったりもします。捌くのは父がやってくれていましたけれど」
それと、たまにディーのお父さんが街に行って、必要な物は買ってきていたらしい。
流石に自給自足で全部やっています、という感じではないとの事。
「でも魔獣って、シカとかウサギが魔素で変異して凶暴になったり、あるいは単におとなしいままでも能力は強力になった生き物なんですよ。
普通のシカやウサギと比べれば、出て来る頻度はかなり下がりますけど」
「ほう?」
「で、倒すと魔素が抜けて、身体は通常のシカに戻るんです」
「そういや、前に倒した敵もそうだったな」
アイツも倒したあとは元の状態に戻っていた。
と、思う。
「あら、何と戦ったんですか?」
「ジャガイモ」
「ジャガイモ!?」
街の南の外れにある農場で戦闘になったことを説明する。
正確には名称は、『ワイルドポテト』だったハズだ。
なかなかに名前通りのワイルドさを持っていた。
主にマッチョなところとか。
シャベルが無ければ即死だった。
「じゃ、ジャガイモが魔物になるなんて聞いたことも無いですよ……」
「えっ」
「常識で考えてくださいよ、珍しい物ならまだしも……、そこら辺の野菜がモンスターになんてなると思います?」
なると思ってました。
え、普通はならないの?
あと、異世界の常識・非常識をおれに問われても判らない。
元の世界では常識人として通っていたおれでも、異世界での常識は判らないのだ。
……異論は認めません。
「おれ、この世界の人じゃ無いよ」
「あっ……、そうでしたね」
でも、ジャガイモくらいの野菜が魔物になる事態なんて、ディー自身は聞いたことも無いそうだ。
魔素の濃い地域に生えるような『マンドラゴラ』や『シルバールート』ならまだしも、と続ける。
それを聞いた瞬間、一つ考えが浮かんだ。
「あれ? じゃあ逆に、周りの魔素が濃ければ、何でも魔物になる可能性があるんじゃないか?」
「…………!」
適当に言っただけだが、後ろから息を呑む気配がした。
「た、確かに……!?
あまりに濃度が高ければ、魔素に晒された耐性のない動植物は悪い影響を受けるのかも……!」
「それならジャガイモがディーの言うシカみたく、普通の農場で魔物になったのも理屈は通る気がするな」
北の湖側から流れるようにしてやって来た魔素の霧は、相当な量のものだったと思う。
おまけに街とその南北は、湖から来た二本の川に挟まれている。
川も汚染されていたとすると、挟まれる農場は土の方まで魔素に侵されていてもおかしくない。
………………。
……待てよ。
「それなら………………」
ジャガイモもシカも、極端に濃い魔素を浴び続けると魔物になってしまうのなら。
耐性のないものは魔物になってしまうのなら。
耐性のない人間は、どうなるんだ?
あの霧の中に居続けた人は……。
「ヒカリさん?」
「…………いや、何でもない」
このまま話を進めるとイヤな結論に辿りつきそうだったため、話題を逸らすことにした。
そんな事にならないようにするため、ここに来ているのだから。
今なお、こんなダンジョンの中で魔素を浴び続けているおれがおかしくなってない以上は、あちらも大丈夫だろう。
そう信じよう。
「そうなると、スケルトンは一体何なんだ?
あれは倒すと元の動かない骨に戻るとかじゃなくて、ただ消えていくよな?」
魔獣になったシカなら倒されれば元のシカの形に戻り、モンスターと化した巨大なジャガイモもHPが0になりさえすれば、元のサイズのジャガイモ玉に戻った。
それなら、全部消えてしまうスケルトンは?
「うーん……。消えていく、と聞いて思い付いたことが一つだけ」
「うぉっほん。はい、ディーナ君」
「はいっ!」
ちょっとエラそうに言ってみたらノリノリで返してくれた。
挙手した生徒を指名するようなイメージだ。
が、この言い方はおれが元居た世界で通っていた、大学の小うるさい教授、特におれの天敵である榎ノ本教授を思い出してイヤだ。
今後は控えよう。
「あのスケルトンってモンスターは、『魔素のみで出来た』魔物なのかもしれません!」
「…………? つまり?」
「ええとですね、ただの魔獣なら、『元の獣が変異した』モンスターなんですけど、さっきのスケルトンは倒したら何も、残らなかったじゃないですか?
想像するに、あれは魔素がムリヤリ形を持った姿なんですよ。生き物ではないんです」
…………んん?
ってことは、魔獣や魔ジャガイモ(適当に名付けた)と、スケルトン・ソルジャーは最初の生まれ方からして違うってコトか?
全部まとめて魔物ではあるけど、それぞれの由来は違う?
そう言えば……。
「森を通ってこの洞窟に来る前、変なものを見たな」
「……? 私は森側からは来ていないので……」
「ああ、じゃあ、トレントって知ってるか?」
「知ってますよ。樹木が魔物化した強力なモンスターですよね?
そのトレントに一体何が?」
たぶんそれで合っているだろう。
だが、気になったのはトレント自体ではなく、トレントがとった行動の方だ。
「ここに来る時な、トレントに遭ったんだよ」
「え。ヒカリさん、その時のレベルは?」
「5」
「えーー!?」
なんで生きてるんですか、と訊かれてしまった。
とてもシツレイな質問だったが、実際にレベルの低い冒険者は瞬殺されてしまうような敵であるらしい。
まあ、あの膂力を思い出せば納得できる気もする。
ただ、それは本題じゃなくて。
……いや、繋がってはいるのか?
「そのトレントなんだけど、おれに攻撃しなかったんだ。だからここまで無事に辿りつけたのかもしれない。
代わりに、近くに来てたスケルトンに殴りかかってたな」
「……ふむ?」
「おれよりスケルトンを敵だと思ったのかもしれない。
あの時はなんで魔物同士で仲違いしてるのかって考えただけだったけど、スケルトンとトレントがそもそもの生まれからして違うのなら、敵対していてもおかしくないんじゃないか?」
ここでは詳しくは調べられないけど、結論として魔物は二種類のパターンがあるのだ。
一つはジャガイモやトレントのように、生き物が魔素の影響によって魔物に変化している場合。
そしてもう一つはスケルトンのように、魔素のみから無生物として発生する場合。
結局は魔物ではあるものの、前者と後者は対立しているようだ。
「なるほど! そうなるとこの洞窟でスケルトン以外がいないっていうのも納得です」
「ん?」
「きっと、他の生物や魔獣は、いたとしても全部やられちゃったんですよ。
それでもう、ここには濃い魔素と、そこから生まれる魔物しか居ないんです」
「ああ、そういう事か。
まあ確かに、コウモリとか変なムシとか居そうだもんな、洞窟って」
そこまで虫がニガテな訳でもないけれど、暗い中でうにょっとした虫とか、カサカサっとした虫が押し寄せてきたりしたら流石に怖い。
怖いというより気持ち悪い。
「そうですねえ。
魔素が濃いから、通常の虫は生きられないってのもあるでしょうね」
適当な調子でディーが言う。
「ただ、自然の生物ではなくても、モンスターになったら出て来るのかもしれませんけどねー」
だが、その後のセリフが問題だった。
「え?」
「スケルトンだって、魔素から生まれたのに『人間の骨』っていう悪趣味なカタチをしてるじゃないですか。
なら、他のカタチの魔物を魔素が作ってもおかしくないかなー、と」
「ちょ、…………ディー」
「まあそんなコトあるわけ、どうしましたヒカリさん?」
ディー、なかなか思慮の深い推測をする。
でもそれ、推測というよりは……。
むしろ……。
「ディー、それって」
「はい?」
「フラグって言うんだぞ?」
「あー…………」
「通常の虫は、生きられないんですけどねー……」
三叉路の中央の通路を歩くこと、およそ一時間程度。
長い通路の先でようやく開けた空間に行き着いた。
おれが手に持った地図からすると、この場所は今までのどの部屋よりも広い。
だいたい地図で見て、ここまでの小部屋がせいぜい家屋の部屋の一つ程度だとすると、この大部屋は家全体かそれ以上の面積がありそうだ。
と、思っていたのだが。
その奥行きの広い長方形の部屋は、実際にはとても狭く感じた。
「ヒカリさん、……迂回する道は?」
「はいコレ」
地図を後ろの少女に渡す。
魔物を警戒して、目は前を向いたままだ。
広間全体を埋め尽くすように、大きな魔物が鎮座していた。
鎮座というよりは、仰臥と言うべきか。
縮尺を間違えたかのような、大きな魔物が一匹、横たわっている。
奥行きのある部屋で、同じくらい奥まで伸びる胴体。
胴体に比べて、少し膨らんだような頭部。
見る人に嫌悪感を抱かせること間違いなしの、気持ち悪い斑紋。
言葉にするなら、それは。
超巨大な紫色のイモムシ。
こっちを見定めるように、ぶよぶよの巨体の左右に付いた黒い目で見てくる。
とても気色悪い。
「あー……」
ディーが地図の一本道を見たのか、ため息をつき、ごそごそとする。
恐らく地図をウェストポーチにしまったのだろう。
かわりにパキパキと、水魔の氷槍に氷の刃が生じる音が聞こえた。
「さあヒカリさ」
「おれ、あれはちょっと戦いたくないかな……」
言い切られる前に遮る。
人間一つの方法だけを追求せずに、他の方法も模索しないと!
何も思いつかないけど!!
「私だってヤですよ!」
「でも前線で戦うのはおれなんだろ!!」
「はい!!」
「チクショウ! うぉぉおおおお!!」
「カッコいい、ヒカリさん、カッコいいですよ!!」
茶化すな!!
掛け声を上げて拒否反応を起こしそうになる身体をムリヤリ前に、突撃。
すると、応じるようにイモムシも前の半身を上に持ち上げた。
黒かった目が、おれを見据えたまま赤く変色する。
幾つも幾つもある短くてぶよっとした足が見える。
うわぁぁああすっごく近づきたくない!
「ややややるってのかー!? 『挑発』!!」
「声! ヒカリさん、声が震えてます!」
「うるさいよ! ディーは部屋の端に回って魔法を詠唱!
コイツの頭部に斜めからデカいのをぶちかませ!」
あとワイズマン、『解析』を頼む!
「はい!!」
《了解しました。》
ディーがイモムシを警戒しつつ走って移動するのをよそに、おれはシャベルを自分の体の前に持っていき、両手でそのポール部分の両端を持つ。
相手の次に取る行動が予想できたからだ。
「――――!」
ブルブルと身を震わせ、大きな部屋の壁に身体が擦れるのも気にせずに、声にならない咆哮を上げる。
相手はスキルの『挑発』によってディーを気にせず、正面のおれを完全にターゲット。
つまり当たり前だが、攻撃はこちらに来る。
半身を部屋の天井まで持ち上げたイモムシは、その巨躯を。
落下するに任せて、おれを押し潰すように落としてきた。
――――ズ、ン!!
「うおぉおおおおぶにょっとして重ーーーーい!!」
地面におれの体がめり込むかと錯覚するほどの衝撃。
天井がそのまま落ちてきたかのような重さが、シャベルに掛かる。
ついでに、ぶよぐにょとしたその肉のかたまりのような身が手に触れた。
き、気持ち悪い!!
そう言ってる間もなく、相手の全体重がおれにのしかかる。
シャベルが相手の体に埋まり、さらにおれの掲げる腕までがすっぽり埋まる。
「ぐ、ああぁあ!」
部屋全体、およそ全長で十メートルはあろうかという異形のイモムシ。
そんなヤツを小さな人間一人が抑えきれるハズもない。
尋常でない圧力が、そのままおれのHPへのダメージとして表される。
視界の端に出ているステータスで、最大値の50はあった体力がじりじりと減少していく。減るのは1ずつのようだが、かなり速いスピードだ。
恐らく、そのおれへのダメージはPTのメンバーであるディーも確認したのだろう。
「ヒカリさん、持ちこたえて!」
「判ってる、けど!!」
「では一旦詠唱を中断します! これを!
『属性付与:凍結』!」
ディーが大技で一気にイモムシを仕留めようとするのを中断し、詠唱していた魔法を止める。
入れ替わりに付与魔法をおれに向けて発動。
そのすぐ後に彼女自身は、魔法の発動を再び始めたようだ。ヴゥン……、と詠唱時に特有の空間の歪むような音で、それを察することが出来る。
アイスエンチャントは、魔法を受けた人物の武器に『氷結』の状態異常を持たせる水属性の魔法。
このままおれが耐えたまま、ディーが『氷の柱』なり『氷刃』なりをぶつけた方が良かったかもしれない。
だが、このエンチャントはエンチャントで有効だ。
なぜって、こんなに相手におれの武器が密着しているのだから。
構えていたシャベルが瞬く間に氷の白色に染まり、冷気を纏う。
それはもう、ポールの刃先側を握った自分の手が金属に張り付いてしまうんじゃないかと思うほど。
シャベルの冷気は触れているイモムシにダイレクトに伝わっていく。
この位置からすると、相手の頭の下部分にあたる部位、そこが氷で固まり始めた。
合間を縫ってディーが援護してくれたのだ。
これを活かさない手はない、僅かの時間でもイモムシを『氷結』状態にしてしまえば――――!
だが。
(全く効いてない!?)
相手の体がブルリと震えると、覆おうとしていた氷が振り払われてしまった。
薄氷にヒビが入ったかと思うとパラパラと剥がれ、元の相手の体が露出する。
まだイモムシの顔の半分も効果が及んでいないうちに、だ。
くそ、ヤツの身体が大きすぎてカバー出来ないからか、それともRESが高いからか!?
それは判らないが、一つ判然としているのは。
折角のエンチャントが、ほぼ無意味になってしまったという事。
やはりエンチャントを使わず、ディーには詠唱を続けてもらうべきだったのか。
したことは、ただの遠回りだったのか。
おれからは打つ手が無くなってしまったと思った、その時。
《解析完了。魔物のデータを提示します。
PTメンバーにも情報を共有しますか?》
――――判った、頼む!
このタイミングで判明した敵のステータス、情報は手に入るだけ持っておきたい。
さらに今初めて聞いたが、PTメンバーならば、お互いのHPなどと同じように、敵のステータスまで全員が見れるようになるようだ。
是も非もない、ディーにも伝える、と選択。
そして、敵のステータスが表示される。
視界いっぱいがイモムシの体で埋め尽くされてはいるものの、表れるデジタルな文字を必死に読んだ。
----------------
名前:エドラワーム
LV:20
HP: 95/102
SP: 51
MP: 0
----------------
ディーが気にするよりも早く、先んじて説明。
彼女の魔法が最優先だ、邪魔をするワケにはいかない!
「ディー! 相手のステータスを見れるようにした!
気にせず詠唱を続けてくれ!」
敵対するイモムシ、表示された名前は『エドラワーム』。
HPが多少減っているってコトは、もしかしてさっきの『凍結』がほんの少しだけではあるものの、効いていたって事なののか?
少なくともこれで、『水』の魔法は効き目がある、という裏付けが取れた。
それなら後は、ディーの魔法さえ命中すれば……!
「―――――!!」
ワームがもう一度、呻きのようなイヤな音をたてる。
シャベルのエンチャントの効果を嫌がったのだろう、まさか考えが読まれたワケではないだろうが。
にわかに相手が動いた。
またもやエドラワームの前半身が持ち上がり、天井に達するばかりに上体を反らしていく。
もう一回、おれを押しつぶす気か!?
……いや。
そう来るなら、こちらだって考えがある。
ディーの詠唱は、アイツに対して効くような威力を出すにはまだ時間が掛かるだろう。
詠唱に比例して、威力と消費MPは上昇すると聞いている。
彼女に攻撃を任せるのは作戦通りではあるけど、前衛であるおれだって、出来るならば相手にダメージを与えてサポートしないと!
相手が攻撃のモーションに移る前に、自由になった腕でシャベルを背負い、今度はツルハシを一本構える。
尖った部分を相手に向けて。
これなら、のしかかって来る相手にはかなり効くだろ!
武器を持ち替えたからかエンチャントの効果は消えてしまったが、それでも、これを突き刺せば傷を与えられるハズだ!
と、思ったのだが。
相手はその上体反らしの姿勢のまま、動きを止めた。
代わりにワームは、その幅だけでおれの身長を超えるようなグロテスクな顔を、こちらに向ける。
真正面から、爛々(らんらん)と赤く輝くワームの左右の目に睨まれた。
危うく自分の体がすくみ上がりそうになるのを堪える。
そして顔の中心、その少し下の辺り。
恐らく口にあたる部分が開いていき。
上アゴの内側から、図体の割には細く、真っ赤な色をした管のような器官がせり出てくる。
強烈にイヤな予感。
どう見てもアレは、何らかの攻撃じゃないのか!?
管がおれに狙いを定めた瞬間、思わず叫んでいた。
「――――バ、『バックステップ』!」
口にするかしないかの刹那で、ついさっき覚えたばかりの技能が効果を発揮する。
勝手に動いた右足が洞窟の地面を強く踏みしめ、自分のカラダを後ろにふっ飛ばしたのだ。
急な動きに付いていけずに、ツルハシを手放してしまう。
僅かに宙に滞空したまま、距離にして数歩ほど後ろへ。
それと前後して、じゅっ、というようなヘンな音が聞こえた。
「ぐっ……!」
足を踏みしめても慣性は残っていたのか、すぐ背後にあった大部屋の壁に打ち付けられる。
背中のシャベルが緩和してくれたけど結構痛い。
だが幾らか衝突のダメージを受けはしたが、判断は正しかったようだ。
前に向き直った時に、それを知った。
目の前の地面が、煮え立っている。
「――――っは!?」
壁にぶつかった衝撃で吐いた息を、再び深く吸う。
しかし吸おうとした空気は、むせ返りそうになるほど熱かった。
さっきまでおれが足を着けていたハズの地面が、エドラワームの目と同じくらいの赤色に変色していたのだ。
もはや湯気まで湧いているそれは、灼熱のようにと言い換えても良い。
その円形に変色した地面の中心には、萎びたように縮んだ、黒い弧を描く物体。
ツルハシ、だったもの。
……まだ木の柄と繋がってはいるものの、ツルハシの金属の刃が、溶けていた。
混乱しそうになる頭で考える。
今のワームが行った事はやはり攻撃だったのだ。それは間違いなかった。
あの溶けた残骸になった、ツルハシがそれを示している。
恐らく、強力な熱か何かをあの管から射出したか、あるいは――――。
《解析完了。直前の技能のデータを提示します。》
《技能:『放火魔の強酸Ⅱ』 消費SP30
効果:少範囲に強力な『火』属性攻撃、また、酸による継続ダメージ》
「これは!?」
どうして今、なぜこんな情報が、と考えるヒマも無い。
だが、ワイズマンはことデータに関しては信頼できる。
これはまさしく、たった今ワームが発動したスキルの情報。
それならば、ワイズマンの挙動よりも、ワイズマンが与えてくれた内容を把握するべきだ。
相手の名前に続いて新しく判った、あのイモムシのモンスターが持つスキル。
『放火魔の強酸Ⅱ』。
予想はしていたものの、やっぱり熱湯のようなモノであり、しかしそれは湯などではなく、酸であるらしい。
Ⅱという数字は、Ⅰがあることを表しているのかな?
ゲーム的に考えるなら、Ⅰの強化版がⅡにあたると推測できる。
確か…………、これは、大学の授業で聞いたうろ覚えの内容ではあるけど。
一部の酸は高温状態になると物質を溶解する能力が高くなると教わった覚えがある。
アイツの放った酸が何かは判らないけど、とりあえずツルハシ程度の鉄なら難なく溶かしてしまうようだ。
ほぼ生身のおれがアレをまともに喰らえば…………。
ステータスを見れば、おれのHPは残り『29/50』を示している。
最大値の50からここまで減ってしまったのは、のしかかりと『バックステップ』の反動のせいだろう。
いずれにせよ、直撃だけは避けなければいけない。
しかし驚くことに、エドラワームのSPがみるみるうちに回復していっている事に気がついた。
ふと見れば、既に減ったはずのSPが全快近くにまで持ち直していたのだ。
さっきのスキルは強力な技だからか、消費SPは30と大きかったが、それを物ともしない勢いでSPが補われていく。
…………つまり、また次の『強酸』を発射できるという事。
くそ、どうする!?
通路の方に逃げる……のはダメだ!
入り口をあの体で塞がれでもしたら、ディーが孤立してしまう!
なら、しばらくは『バックステップ』か『スライディング』であの攻撃を回避して――――。
「ヒカリさん、いけます!」
「よし!!」
部屋の端の方で魔法をタメていたディーが、合図を出す。
横目に見れば、槍を持ったまま前に構えた両手に、手自体が見えなくなるほどの白い冷気が大蛇のように渦を巻いていた。
ギリギリのタイミングにはなったが、今度はこちらが攻める番だ。
…………攻撃するのはディーだけどね!
狙う場所は……。
「ヤツの頭を!」
「了解です! ――――『氷刃』ッ!!」
凛とした気合いの入った声とともに、氷塊がくの字型の巨大な刃に形を変えて放たれる。
ギロチンのようなそれは、離れた場所に立つおれのところにまで凍気を撒き散らしながら、エドラワームの頭の付け根辺りに突き刺さった。
逆に、相手が発動しようとしていた『放火魔の強酸』はアイスエッジの衝撃によって方向を逸らされてしまう。
あさっての方角に管から酸液が飛び出し、ジャッ、と聞くだけでヤケドしてしまいそうな音を立てながら部屋の天井に当たった。
アイスエッジのダメージにのたうち回る巨大なイモムシ。
大部屋が振動に揺れ、エドラワームは横の壁に頭をぶつけて昏倒。
ずしん、と地面に巨体を横たえる。
「よし、これで!」
「ディー、相手のHPを見ろっ、まだだ!」
構えを解きそうになるディーに注意を促す。
倒したかどうかは、相手のHPを見て確実に確かめなければ。
今のエドラワームのHPは、…………『28/102』。
まだ――――足りない!!
「『ダッシュ』!」
壁際から勢いを付けて、前へ。
地面に落ちたボロボロのツルハシの柄を、酸に触れていない端を掴んで手に取る。
もはや金属の部分は腐り落ちて、ただの先の尖った木の棒だ。
でも、それで構わない。
と、そこでエドラワームの目が開いた。
赤い目でこちらを、憎々しげに睨む。
さらに、開いたままの口の、ゴムホースのようなあの管が不気味に輝いた。
でもSPを見れば、ほんの僅かに『強酸』の発射まで時間がある!
そのタイムラグの間に…………!!
「せやぁぁあああ!!」
管に、
尖った棒を、突き刺す。
(――『バックステップ』!)
手に鈍い感触。
擬音にすれば、ずぶり、といったイメージだろうか。
さらに、腕が焼けるような熱さを感じた。
が、実際にどうなったのかを確かめる間もなく、一気に離れる。
勢いあまってゴロンゴロンと転がるが、なんとか部屋端のディーの所まで辿り着く。
その瞬間。
ボシャッと音を残して、ワームの頭が爆発した。
「ギャーーーー!?」
かなりショッキングな事態に、ディーが悲鳴を上げる。
そりゃまあ、ちょっと口では言えないような光景になってるからなあ……。
……『強酸』を発射する管が棒で詰められた事によって、管が圧力に耐えきれなくなってしまう。
そして管が破裂して、口の中で自分の酸が突然溢れる。
恐らく管と、あと、あの酸を生み出すような器官以外は高熱の酸に耐性が無かったのだろう。
自分自身の強すぎる酸に溶かされてしまったのだ。
そこまで考えて、深く息をついた。
「は、ああぁあ…………。た、倒せた…………」
地面にへたり込んだ姿勢のまま、立ち上がれなくなる。
今さらになって腰が抜けてしまったなんて、ディーには言えない。
「え、ええっと……HPは…………。
0になってるみたいです」
「うん。……でも、ディーは目、閉じてた方が良かったんじゃないの?」
横を見上げると、青い髪の少女がぐったりとした表情になっていた。
「ほんとですよ、イヤなもの見ちゃいました……。もうこれはお嫁にいけなくなりそうです…………」
「なんかまだ余裕ありそうだな……」
少なくとも軽口を叩ける余裕はあるみたいだ。
……まさか本気で言ってるワケじゃないよな?
「ヒカリさんも、よくあんなコトできましたね……って、うわっ!!」
「ん?」
「腕! ヒカリさん、ヤケドしてますよ!!」
見ると、右の方の手首のあたりが、赤くなって少しばかり爛れている。
結構ヒリヒリする。
このままほっとけば水ぶくれになってしまいそうだ。
「さっきのアイツの口に攻撃した時に、『強酸』に当たっちゃったんだろうな。
大ダメージってわけじゃないと思う」
「治癒魔法を使いたいのですが、MPが…………。
そう言えば、途中でいきなり、相手の技の名前が出てきましたね」
「えっ、ディーにも表示されたのか」
データが共有された結果かな?
しかしあれは何だったんだ、ワイズマン?
頭の中で問いかけてみた。
《通常の『解析』から派生して、敵対者の使用した『技能』『魔法』までを解析出来るようになりました。
一度受けた攻撃に対して解析の時間を設けることで、その攻撃を調べることが可能です。》
へぇー…………。
言うなれば『行動解析』ってところだろうか。
使いようによっては、というよりも普通に便利な能力だ。
でも、どうして今、それが使えるようになったんだ?
さっきは戦闘中で聞けなかったけど。
《………………不明です。》
えぇええ!?
いや、機能は使えるのに仕組みは判らないってそんな!!
……でもよく考えれば『智識の眼』自体がそんな存在だった。
《レベルが一定に達したためか、私の再起動によるアップデートが何らかの影響を及ぼしたか、他の可能性は…………》
珍しく歯切れが悪い。
他の可能性は?
《…………電撃を流せば判る可能性があります。》
「さてディー、どこかで休憩しよう!」
《…………。》
頭の中での会話をやめて、いつの間にか隣で同じようにへたり込んでいたディーに話しかける。
まだ何か言いたそうにしているワイズマンだが、ちょっと電気ショック療法は勘弁していただきたい。
「え? ここで留まっちゃダメなんでしょうか?
ほら、あのエドラワームだってもう、消えていってますよ?」
確かに見れば、大広間を占拠していたグロテスクなイモムシの巨体は、青い燐光を辺りに振りまきながら消えていく所だった。
こうしてみると、ここがかなり広い部屋だったことが判る。
「あんな強力な魔物、戦ったこともありませんでしたよ…………。
でも、これで外も元に戻りますよね?」
「異変は解決ってことか?」
「はい」
大量の燐光は拡散していき、大部屋を薄く埋め尽くすようにして広がる。また、一部は壁や天井に消えていった。
そして。
「…………まだ、解決してないかも」
「え」
「奥の方の通路を見てくれ」
「あ、あれは……」
お互い座ったままで、塞いでいたワームが消えたことで現れた、奥の通路の状態を確認する。
「はぁ、まだ続いてそうですね……」
そちらは今までより一層、紫色の霧が濃くなっている。
……どう見てもまだ、奥に『何か』があるのだ。
「でも、もうお互いに体力とかが限界なんだよな。
休憩できればな……」
おれのHPは、既に半分を割り込んでいた。
ディーのMPだって、一気に使い果たしてしまったのだろう。
どこかで休まなければ、このままじゃ満足に動けなさそうだ。
と、そこで。
「ヒカリさん、ヒカリさん」
「どうした?」
「これを見てください」
呼ばれて振り返り、ディーを見ると。
ポーチから取り出していた地図を指さしていた。
ちょうど、人差し指が示しているのは……。
「……ハシゴ?」
「はい、この大きな部屋の先に、一か所ハシゴで登っていく小部屋があるみたいなんです」
「見た感じ、屋根裏部屋みたいなもんかな」
「かもしれません。ただ、この場所なら登れさえすれば、安全に休めるかもしれませんよ?」
「なるほど!」
それなら是非もない。行ってみないと。
魔物が陣取ってたとしても、倒してから意地でも休憩しよう。疲れたし。
立ち上がって、ホコリを払う。
ツルハシは一本失くなったけど、それと引き換えにあんなモンスターを道連れに出来たのならむしろ僥倖だろう。
「じゃあディー、行ってみよう」
「はい!」
はい、元気よく返事は来るものの、ディーが一向に立ち上がる気配は無い。
そして、こちらに手を差し出してきた。
手のひらを向けて、満面の笑顔。
………………。
……どこかで見たことあるような光景だ。
前回はシャベルを渡して、妙に殺気だった雰囲気になってしまった。
とりあえず、相手と同じように右手を差し出してみた。
ディーがより一層笑顔になる。
どうやら正解だったらしい。
なるほどな。そういうコトか。
おれも笑顔で、人差し指だけを伸ばしたグーの形を、少女に近づける。
あの有名なエイリアン映画の感動のワンシーンだ。
ディーは、一瞬不思議そうな顔をしてから。
ゆっくりと手を伸ばし。
おれの右手の、ヤケドした手首の辺りを掴む。
「そこヤケドの場所ぬぐぅああああーーーー!?
なんでそんな所をーーーー!!」
「うわああっ、ごめんなさい!
でっでも、じゃあどこを握れっていうんですか!?」
大惨事になった。
よく考えたらディーが地球の映画を知っている訳がない。
……やっぱり不正解だったのかもしれない。
中ボス戦でした。
放火魔の強酸、ⅡはⅠよりも効果が強く、中級以上の強さを持つアリ系はⅠを習得しています。
なんとなく、ギ酸(元の世界でアリが持っている酸)に似ているけど別物の酸液、と考えてくださいな。
それではまた次回!




