第七話 : 洞窟物語 前編
時間軸的にはおおよそ、既に夕方頃になっています。
ではどうぞ!
「――ってな感じでさ。おれは『元囚人』の称号のせいで、普通の武器を持つと吹っ飛ばされるんだ」
どことも知れない、洞窟の通路を並んで歩く。
隣を歩くPTメンバーに手にしていた武器を掲げて見せてみた。
ついでに外人風に肩をすくめてみる。
特に意味はない。
「いや、それでさっきスケルトンの群れに回転しながらつっ込んでいって、また敵の剣を掴んでこっちに飛んで戻ってきたことを全部説明する気ですか……?」
とても微妙な顔をされてしまった。
疑念と疑惑が半々といった感じの顔付きだ。
ソレ完全に怪しいものを見る目つきじゃないですか。
いや、でも実際になっちゃったものはしょうがないじゃんか!
まさか帰りも同じ飛び方で戻るとは思わなかったけれども。
というかほぼ偶然なんだけれども!
「ごめん、そういう仕様なんだ……」
「え、ええぇ…………?
ま、まあでも、お互いに無事だったのでよしとしましょう!」
青い髪に蒼い目、服装は何やら神官だか巫女の装束に近い、風変わりな格好。
そして、『水守』という肩書きもあったりする。
今はおれとPTを組んで行動している、ウィン・ディーナさんである。
ちなみにウィンとはあまり呼ばないようにと言われている。
すぐに気持ちを切り替えたのか、また前に向き直って歩き始める隣の少女。
むしろ他のことに気持ちが向いているようだ。
「それよりも、なんだかかなり順調に進めてませんか?」
順調、順調と嬉しそうに繰り返すディー。
うん。
それは間違いない。
確かに緊張していた割には、上手く進めているのだ。
ここは洞窟……と言うよりはむしろダンジョンに近いハズなのに、これと言って危惧していたアクシデントも今の所ない。
「部屋に二・三体つっ立ってるようなスケルトンだって、苦戦せずに倒せてるからなあ」
「はい! 戦闘自体はヒカリさんが相手の攻撃をしのいで、私が後ろから魔法を撃つって形で上手くいけそうですね」
それはさっきの打ち合わせ通りで進行できてるって事だ。
なら良かった。
いや、むしろ問題があったのはPT組んで最初の戦闘だけど。
『敵陣のど真ん中にシュゥゥゥーッ!! 超! エ(ry』事件のコトだ。
悲しい事件だった。
危うくPT結成してすぐさまメンバーに欠員が出る所だった。
おれの事なんですけどね!
「ヒカリさんも私も、全然攻撃受けてませんからね!
私のMPはちょっと減ってはいますけど、すぐ自然に回復していきますし!」
こちらから先制攻撃をしてしまえば、そのアドバンテージで一気に押し込められるのだ。
相手から不意打ちを受けることも特になく。
戦ってる最中に、挑戦者あらわる! みたいな格ゲーばりの乱入もなかった。
推測するに、スケルトンの集団はそれぞれ、グループ一つごとに一箇所を担当しているのだろう。
それならば増援のない理由が納得できる。
……まあ、会話は小声で話すようにして、最低限の警戒はしているけどね!
「それならディー、もう少し先まで進めるか?」
「余裕ですよ、余裕!!
この調子なら、スグにこの魔素の霧の原因まで突き止められそうですね!」
ぱん、と槍を持ったまま手のひらをグーにして打ち合わせる。
そのまま元気に前に走り出しそうな勢いだ。
絶対にそれはやめなさい。
……しかし、この隣の子。
ヘコんでいた時とはうって変わってテンション高いな!!
いや、気分が高揚するのも判るけどさ!
おれだってここまで上手く進めるとは思ってなかったし!
それでもまあ一応声は抑えているから、ある程度調節は効いているのだろう。
「私一人でも多少は進めたと思いますが、今はヒカリさんが居ますから!」
「おれ特に何もしてないけどな……?」
ここまでの戦闘、およそ五、六回。
おれがやったことを挙げよう。
・相手の数が少ないとき。
シャベルで後ろから近付いてガイコツを叩く。
・相手の数が多いとき。
技能の『挑発』を利用して注意をひき、通路の方に逃げる。
・もっと多かったとき。
キツければ『属性付与:凍結』をディーに唱えてもらう。
そしてまた逃げつつ相手を凍りづけにして、ディーに強力な氷魔法で倒してもらう。
以上。
…………。
ホントになんにもしてないな!!
いや、チームの中のタンク職としては、『敵の攻撃を引き受けて、味方に攻撃してもらう』ので役割は正しいハズなんだけど!
列挙してみるとあまりにもあんまりな感じだ!!
「いや、そんなコトは全くないですよ!」
「へ?」
だいぶネガティブな事を考えていると、それを否定するように声がかかった。
「ヒカリさんが居なければ、ここまで来れなかったと思いますし!
……それに、一人だとちょっとその、怖いじゃないですか、ここ」
「あー……」
周りを見ると、薄暗い通路に弱く青色に光る岩壁、立ちこめる紫色の魔素の霧に、耳鳴りのような遠くからの響きと雫が天井から滴る音。
おまけにダンジョン内に時々出てくる、ガイコツのモンスター。
……うん、正直お化け屋敷とかそういうレベルじゃないな。
しかもアトラクションじゃないから、命の危険まであるというオマケ付き。
相手のテンションが高いのも、実は少しムリして気丈にふるまっているだけなのかも。
そう考えるとディーナさんが健気な少女に見えてくるから不思議だ。
「ここで頼りになるのは、ヒカリさんしか居ませんから……。
これでも洞窟に一人で来た時は不安だったんですよ?」
「ディー……」
上手い言葉が見つからなかった。
だが、そう頼りにされていると言われたら、そりゃ嬉しいに決まってる。
そういや、会った時はだいぶテンパってたな……。
だって、どう見ても普通の人に武器を向けるくらいだし。
…………普通の人に!!
「だから、ヒカリさんに作戦とかを考えるのは全部お任せします!」
「あれっ、そう話が繋がるの!?
別にディーが考えても良いんだぞ?」
「いやあ、えへへ、私は深く考えるのニガテですから……」
ただ『ディー自身が頼りにならないから、おれに委ねる』というだけだった。
いい話だと思ったら別に良くもない話だった。
最後の結論が斜め下に予想外だ。
いやPTリーダーになってるから頑張るけどさ、作戦立ても!
とりあえず視界に表示されているステータスを二人分、確認してみる。
こんな人が参謀役になってしまって良いのだろうか。
ふむ、言われた通りにおれとディーのHPは満タン、おれのSPとディーのMPが多少減っている。
ディーはこれならガンガン進めますねー! なんて言ってはいるが、意外とそろそろ安全な場所で小休止を挟んだほうが良いかもしれないな……。
「おや? ヒカリさん、見て下さい!」
と、並んで歩いていたディーが何かに気付く。
そして小声で注意を促してくる。
おれもステータスから目を離して前を見ると、すぐその変化に気付いた。
道が三手に分かれているのだ。
「マジか…………」
地底湖のある場所、祠があった場所までの所はそのまま『湖下の水祠』と呼び、祠の裏に隠されていた小部屋から先の未知の場所はまとめて『湖下の水祠・奥部』と名付けることにした。
全く構造が異なっていて、こちらは最早ただの祠と同列に扱うのも変だと思ったからである。
むしろダンジョンだとはさっき述べた通り。
ちなみに命名は投票で二票が入って可決されたのを採用している。
満票である。
その『湖下の水祠・奥部』は意外にも、辺りは暗く岩壁はゴツゴツと粗くなったりと変化はしたものの、ここまでの道のりは一本道だった。
最初の戦闘があった小部屋、次におれが無意味に空中ローリングで突っ込んでいった末に戦闘になった部屋。
そこから先も、部屋があって途中で通路があってさらに部屋から通路に繋がって……と、その周期を何回か繰り返していたのだ。
自然にこんな地形が生まれるのか、という疑問はあるが、そもそもこの世界でおれの常識は通用しないため現時点ではなんとも言えない。
また幾度か戦闘こそあったものの、部屋よりは横幅の狭い通路で戦うことで上手く戦いを有利に運べた。
警戒していたのがバカらしくなるような破竹の快進撃であると言えよう。
おれ達のテンションも(主にディーが)上がりつつ、無事に進んでいた。
そうして、このまま先へも普通に繋がっているかと思われた矢先に……。
「分かれ道だな……」
「どうしましょうか、リーダー?」
悩む洞窟探索隊一行(リーダー1名+隊員1名)。
目の前には、フォークのように三叉路になった洞窟の通路。
「でも、どこからか敵がやって来る可能性がある以上は、ここで悩んでるヒマは無いんだよな」
「そうですね……」
どこから来るか判らないから、早く進まないといけない。
ここだと最悪、二方向以上から来た敵の挟み撃ちになりかねない。
何か良い案、良いアイデアは……。
いや、一人で悩む必要なんてないんだよな。
おれ達はPTなんだから!
ここは頼れる仲間に聞いてみよう。
メンバーに意見を聞くくらいはしてもおかしくないハズだ!
今、視界に白い文字が反応したような気がするが、キミじゃない!
あと頭の中でパチ……パチ……とさせるのも怖いから今すぐやめて欲しい!
「――よし、ディーナさん! 君の意見を聞こうッ」
「んー…………。
あ、さん付けは要りませんよ?」
「ごめん……」
ちょっとこっちも元気を出そうとしただけなんだ。
そして出鼻をくじかれてしまったんだ。
氷の槍、『水魔の氷槍』という名前の槍を持った手がアゴに添えられ、少し悩む仕草。
んー、んんー? と僅かの間唸った後。
と、すぐに手を離して、人差し指をピッと立てた。
非常に判りやすいモーションだ。
「ヒカリさんは知らないかもですが、私の居た故郷で小さい頃に母から聞いた有名な童話を思い出しました!!」
「ふむ。その理由を聞かせてくれ」
重々しく頷いてみる。
理由は特にない。
ディーも合わせて指をくるくると回した。
ノリノリである。
「判りました!
内容とかは省略しますが、悪い魔物に食べられそうになった少女を少年が助けに行く時に、少年の方が家にあった陶器のツボを割って破片を袋に入れて、道中に撒きながら目印にして少女のいる迷宮に潜っていくんですよ」
少年が一生懸命でカッコよくて感動した思い出があります、とディー。
……むむ?
元のおれの居た世界にもそんな話があった気がするぞ?
確かあれは……。
「ヘンデルとグレーデル、みたいだな」
「へんでるとぐれーでる?」
「こっちの世界のお伽話でね、同じような話があるんだ。
そっちの場合は……………………」
な、何を撒いてたんだっけ?
森の中から出るためにそれを目印にしたのは覚えてるんだけど!!
「場合は?」
「た、確か……パン? だったかな?」
「ふむう……、どこも似たような話はあるもんですねえ」
そして、当然の流れとして道に目印を撒くコトに決まった。
「ディー、割れた陶器を持ってたりは?」
「いえ、残念ながら。ヒカリさんは?」
「あ、そういやパンなら持ってる」
「おぉっ!?」
腰に提げたベルトボーチのさらに横に着けていた布袋から、でかすぎるパンを取り出す。
大きな円形の、フランスパンに近い焼き方のパンだ。
布袋のおかげで汚れも特にない状態で、その存在感を放っている。
「うわ、大きい!」
「おれの顔くらいはありそうだな、相変わらず……」
「私の顔よりは少なくとも大きいですよ!」
なぜかはしゃぐディーが言う。
まあ、確かに巨大だけどさ。
食べきると満腹度の最大値が上がりそうだけどさ。
「はい、じゃあコレ」
「ありがとうございます」
ちょっと外側は固いものの、一欠片ちぎってディーに渡す。
おれの分もちぎり取った。
薄暗い洞窟の足元を見る。
……そこに至ってからようやく気付いた。
「「もったいない……」」
二人して顔を見合わせる。
「――――さて、次の案を考えましょうか!」
「だな!!」
使用しようとした食材は、スタッフがおいしく戴きました。
「ひふぁりさん、第二のアイデアをお願いします!」
「むむむむ…………、もぐ」
「食べてないで!」
判ってるって。
ってかディーも食べてんじゃん!
前の案はディーが出したものだから、今度はおれが何か考えるべきだろう。
洞窟の中で、道に迷わないように進む方法……。
「単純にディーの魔法じゃダメなのか?」
「と、言いますと?」
「地面にツララを作っておいて、それを目印にするとか」
適当に言ってみたが、なんとなく良い案な気がする。
なんで早く考えつかなかったのか不思議なくらいだ。
……と、思ったのだが。
「ええっと、それは出来ないと思います」
残念そうにディーが返す。
「詳しく説明すると長くなっちゃうんですけど、とりあえず魔法って『魔法効果が術者から一定以上離れる』と消えてしまうんですよ」
「ん? ……んん?」
「あはは……」
ちょっと苦笑混じりの困ったような表情。
本当に実行は難しいようだ。
「休憩する時にでも説明させて戴きますね」
「じゃあ、まあその時に教えてもらうよ」
まあ、それなら仕方ないか。
他の魔法に頼らない案を模索しよう。
「そうだな…………」
洞窟、目印、迷わないように……。
もし道が違っていたら、またこの場所に戻ってこれるようにするためには……。
あ、なんだかそんな話があった気がするぞ!?
えー、あれは……。
「そうだ、『アリアドネの糸』、だっけ……?」
「ふむ? 魔道具か何かですか?」
「いや、違う」
確かギリシャ神話らへんの話だったと思う。
小学校の頃に図書室でちらっと読んだ覚えがあるな。
古代の迷宮に入り込んだ英雄、誰だっけか…………英雄だが、その迷宮は一度入ったら最後、絶対に脱出できないとされるほどの複雑に入り組んだ巨大な迷路のような迷宮だった。
しかし王から命令を受けた英雄は、確実に迷宮の奥にいるモンスターを退治して戻ってこなければならない。
ただ、そうするとモンスターを倒しはしても外には戻ってこれない。
そこで、その英雄の身を心配したアリアドネという姫は一計を案じる――――。
「で、ヒカリさん。その一計とは?」
「ロープだか糸だかを使って、上手いこと迷わないようにしたんだよ!」
「なるほど! 私、ロープなら持ってますよ?」
ディーが自分のウェストポーチから何やら引っぱり出す。
渡されたので見てみれば、細めの材質の長いロープだった。
「じゃあ、結びますから後ろを向いて下さい!」
「えっ!? おれに?」
「はい!!」
この辺りのどこかの岩にでも片側をくくり付けて、もう片側を手に持って歩くだけで良いんじゃないの?
それで場所の目印にはなるはずだよな?
しかしこうも断言されてしまうと、拒否もしにくい。
あれよあれよという間に、ロープをかっちりと巻き付けられてしまった。
おれの腹に。
「……なあ、コレ大丈夫?」
「大丈夫です、ちょっとやそっとじゃ解けません!
あとはこれを、こうして…………」
違う、そういう意味じゃない。
と言うことも出来ずに、後ろの方でごそごそと動く気配。
どこか端の岩に反対側のロープを結びつけたのだろう。
これで岩を目印にして、確実にこの三叉路の地点に戻ってこれるようになった。
「カンペキですよ、これは……!!
良いアイデアですねヒカリさん、これで確実に道ではぐれることはないと断言できます!」
後衛の私が余った分のロープは持っておきますね、とさっさと準備を済ませてしまう。
黙って前を向いたまま立ち尽くすしかないおれ。
破けたシャツとパーカーから露出している腹に、ロープの硬い感触。
………………。
…………。
……。
「な、なあ、コレ本当に大丈夫か?
というよりなぜ腰に結ぶ?」
「念には念を、です!」
またも後ろから断言されてしまう。
なんでそんな自信満々なんだ。
いや、紐の反対は岩に繋がれてるんだろうけど……。
……なんだかコレ、傍から見るとリードで繋がれた犬みたいになってない?
「というかさっきのパンって、誰かに食べられたらおしまいですよねヒカリさん」
「うん、おれもさっき思い出した」
確かヘンデルとグレーテルの話の中じゃ、カラスだかの鳥についばまれて食べられてしまっていたハズだ。
洞窟の中で鳥はいないだろうけど。
しかも食べ物を捨てていくなんてバチ当たりにも程がある。
フランさんが作ってくれたのなら尚更だ。
「これは後でご飯時に食べよう」
「あ、私も一応、食糧品持ってきてますよ?」
後ろを歩くディーから声がする。
ちなみにお互い声は潜めている。
ロープの様子を見てもらうため、少し後方で随伴してもらっている。
いざ戦いになった時に、そのままの陣形で挑めるという理由もあるからな。
ちなみに巻き付けられたロープにはもう慣れた。
少し動きづらいけど、これくらいなら許容の範囲だ。
慣れって怖い。
辺りはザラザラした壁が薄く光っている以外に光源はないため結構暗く、魔素も濃い。
さらに上からぴちょんぽたんと時たま雫の落ちてくる音が洞窟に響いている。
「食糧品?」
「はい。長期間家から、湖畔の小屋から出る可能性もあったので持てるだけの食べ物を持ってきてるんですよ」
「準備がいいなあ」
「塩で味付けしたウサギの干し肉です、後で戴きましょうね」
なんだか自然に、食べ物も分け合うコトに決まった。
街を出た時はパンだけで凌ぐつもりでいたけど、パンに肉が加わるとなかなか豪勢になるような気もする。
ありがてえありがてえ。
「後でとは言うものの……そういや、今って何時なんだろうな」
腕時計なんて持ってないし、そもそもこの世界にあるかどうかも判らない。
たぶん無い。
あるとしたら、水時計とか日時計なんてのが存在してそうだ。
「洞窟の中だと判りづらいですね」
「たぶん昼は過ぎてるよなあ」
入り口のスケルトンをなんとか倒して、洞窟に入った時はどうだっただろうか。
なんとなく陽はお昼前くらいの様子だった気がする。
「とすると、区切りが良いのは夜ご飯ですかねえ」
「かなあ」
ぽやーっとディーがなんとなく良い意見を出す。
もちろん賛成した。
「お昼食べ損ねて時間が経つと、なんだか空腹感がなくなっちゃいません?」
「あーそれ、異世界でも共通なのか」
そうしてムダ話をしなが
「――――ハッ!?」
「きゃん!?」
後ろにディーがぶつかるものの、今はそれを気にしてる場合じゃない!
「な、何ですかいきなり!?」
……いやいや。
いやいやいやいや!!
「なさすぎる……」
「あたた、鼻が……。どうしたんですか?」
おれは顔だけ横に向けて、後ろの少女を見た。
……顔が予想以上に近い所にあったので、少し身体を引く。
そして告げる。
一応小声である。
「緊張感が、なさすぎる!」
「!?」
何をのん気にしているのか!
した話と言えば、夕ご飯のメニューと、時間と、ただのあるある話だけじゃないか!!
なんでそんな普通な話題なんだ!!
普通か!!
何をのん気にしているのか!
ムチャクチャ重要だから繰り返さないと気が済まない!
最初の狭い通路で決めたような約束はどこへ?
警戒心がかなり薄れているのでは!?
二人とも揃って!!
「パンと干し肉と晩御飯の時間の話をしている場合じゃないぞ!」
「……? でも、敵が居ないと警戒のしようも無いですよね?」
「あ、あれ……?」
テニス界に存在する炎の妖精のごとく熱くなるおれに、普通に後ろから返事が来る。
そうなの、か?
確かにここまでの戦闘でも、相手から奇襲を掛けられる事は無かった。
こちらが小声で話して歩いている分には、向こうに気付かれることはほぼ無かったのだ。
足音だって地面が水を吸っているためか、湿っていて音もしないし。
むしろ……。
「しかも、私達より相手の方が足音とかうるさいですし」
「……確かに、そうなんだよな……」
事実である。
巡回かなにかは知らないが、スケルトン・ソルジャーが走ってくるとそのギシギシというやたら響く足音ですぐに判るのだ。
ヤツらにもレパートリーがあるのか剣の他にも錆びた斧や槍を装備しているのもいたが、もちろんどれも同じだった。
彼らにはスニーキングの概念は無いらしい。
「そうすると、あんまり警戒する意味もないような?
私とヒカリさんがはぐれさえしなければ、でもそれもこうして」
「いや、まだ断言は出来ない!!」
「!?」
もう一度喝を入れてみる。
もちろん小声である。
いや、ここで気を引き締めとかないとさ。
このままずっと井戸端でするような適当な話が続いちゃいそうだからさ!!
それじゃ、何のためにおれがロープで縛られてるのか判らなくなるじゃん!
凶悪なダンジョンに迷わないようにするためじゃん!!
好きで縛られてるワケじゃないんだ!
これは遊びじゃないんだ!
「じゃあ……、魔物以外には何に警戒すれば?」
「た、例えば落とし穴みたいなトラップが仕掛けられてるかも!
あるいは、隠れた宝箱があるかも!
はたまた性別が変わっちゃう泉があるかも!!」
ダンジョンと言われて思い出すのを挙げてみる。
「どうなんですか、それ……?」
「ゴメン。自分で言っててそれは無いなと思った」
こんな暗い洞窟にわざわざ落とし穴を設置するヤツなんているのだろうか。
泉も無論だ。
当たり前だけど宝箱なんてのもないだろうし。
と言うよりゲームの、RPGの中の宝箱って一体何なんだろうな。
魔物が置くにしても、もうちょっと目立たない所に隠せよと言いたくなるよね、アレ。
ダンジョンの奥の奥ならまだしも、入り口近くにパカッと開くと強力なアイテムが出てくる宝箱があった、なんてもう冗談みたいな話だ。
逆に罠なら手前に仕掛けてあってもおかしくないけど。
魔物もトラップを作るなんて考え方があるのだろうか?
「あっヒカリさん、あれ宝箱じゃ!?」
「へぁっ!? …………うぉ!?」
おれの後ろから脇を指差すディーから、まさかの言葉。
近くで聞いた声にまず驚き、見てみたらまた驚いて変な声が出た。
通路の先は、そのまま一定の幅の道が続いているようだった。
一見何も無いようにも見えるが、しかし。
宝箱というよりは、チェストに近いかもしれない。
日本風に例えるならつづらだ。
周囲の岩と似た色で判りづらいが。
……それが、おれ達のいる道の左脇に一つ置いてあったのだ。
「いや、…………罠じゃないの?」
喜ぶよりも先に、どうしても疑問の方が先に来る。
こうまで露骨に置いてあると、尋常じゃなくアヤシい。
そうすると、アレにはどういう意味があるんだ?
「何か言いました? ヒカリさん?」
ツララのように岩が隆起してきている天井を見上げる。
そして考えてみる。
恐らく、やはり洞窟に仕掛けられたトラップと考えるのが妥当だろう。
直前に否定してしまっていたが、実際には罠をわざわざ仕掛けるような『敵』がどこかに居たのだ。
すると…………。
おれはダメ元でワイズマンを呼び出した。
多少なりともデータがあれば心強いんだけど。
視界にデジタルな画面が起動する。
《生憎ですが、あの箱の正体は登録されていません。》
すぐに答えが上がる。
やっぱりダメか……。
『解析』も出来ないみたいだ。
あれは基本的に、モンスターに使うものだからな。
すると、本格的にアレの正体は判らなくなる。
ゲームの知識だけで言うなら、そうだな……。
この場合…………。
「ディー」
「何ですか?」
少し遠くから声が聞こえる。
「それなんだけどね、気を付けたほうが良い。
昔から宝箱ってのは、中に毒ガスが仕込まれてたり、石弓の矢が飛んできたり高圧電線で焼かれたり、果てはテレポートして気付いたら壁の中にいたりとか…………、とにかくいろいろ大変なんだ」
「え? 特に何も起きませんよ?」
ディーの言葉の意味が判った途端、視線を宝箱に戻す、と。
フタがぱっかーんと開いていた。
「――――ディー!?」
冷や汗が、だっと背中をつたう。
チェストの中身が暗闇になっていて、確認できないのが恐ろしい。
「はい?」
「いやなに平然としてんだ!!
もしかして、開けちゃったのか!?」
「はい」
ちくしょうまた平然と答えられた!
何故おれだけ焦ってるんだ!
「ヤバイヤバイヤバイ、どうすれば!?
くそ、しゃがめば良いのか!? ディー、ほら!」
左隣でぼやっと槍を持って突っ立っている少女の肩を掴む。
どうやら、槍の柄で蓋を持ち上げて開けてしまったらしい。
く、完全にウカツだった!
「うわっ、急によりかからないでくださいよ!」
「そうじゃないっ!! しゃがんで距離を置くんだよ!!」
最悪の事態として、二人ともトラップの被害に遭うことだけは避けなければ!
少なくとも片方が無事であれば、もう一方を助けられるかもしれない!
その為にはお互いに距離をあけないと!
焦る頭で咄嗟にそう考え、しゃがむ際にディーを押しやり、自分も反対側へ。
頭を抱えて、ごろごろと転が、
びいーんっ。
腰の縄が引っ張られた。
「ぐほぁーー!! ロープ忘れてたーーーー!!」
「ぐぅ!」
ディーが結んだロープが、こんなに早くアダになった!
リードで繋がれたワンコの気持ちが今すげえ良く判る気がする!
「ディー、いいから早くロープを」
手から離せ、と言おうとしてディーを見ると。
「な、何でおまえまでロープ結んでんの!?」
おれと同じように腰に縄を巻き付けて転がる少女の姿が。
割と近い距離でロープが括りつけられ、余った部分は全部手に持っていた。
衝撃の絵面だった。
「ど、どうして!?
どうしてディーまでロープがホワイ!?」
うぐぐ、と自分に巻き付いたロープを抑えつつ、ディーがこっちを見る。
「い、いきなり、どうしたんですかヒカリさん……。
お互い迷子にならないように、縄で結ぶって言ったのはそちらじゃないですか……」
いや、言ってない。
何が悲しくて、PTメンバー同士で連携どころか連結までしなきゃならないのか。
ほら見ろコレすげえガッチリ地肌にロープが食い込んでるよ!!
「そんなコト誰も言ってないぞ! さっきの話は!?
岩にロープを括りつけたんじゃ?」
「え、え? 『お姫様がロープを英雄と繋いで、一緒に洞窟に入った』んじゃないんですか?」
「もっと言ってねえーーーーーー!!」
ギリシャ神話の内容が変わっていた。
まさかの解釈だった。
……も、もしかしてアレか!?
おれの伝え方が不十分なうちに、ディーが早合点しちゃったのか!?
いや、違うだろ!!
さすがにギリシャの英雄だって、どこぞのお姫様引き連れてダンジョンに魔物退治になんて行かないだろ!
亀の親玉にさらわれるならまだしも、自分から戦いに行くって姫様どんだけパワーに満ち溢れてるんだよ!!
「今はそれはいいから、取り敢えず距離を空けろ!
あんなアヤシい箱、何が飛び出してくるか――――」
「でも、何もおきませんよ?」
「え?」
結局おれの杞憂だったのか?
それならまあ良かった、のかな?
頭の上の方にある箱を見ようとして
「あ! なんかあの箱、震えてます!」
「ほら見ろ言わんこっちゃない!!」
見ようとすると、それはもう凄い勢いでぶるぶるとゲーム機のコントローラのように細かく震える箱の姿があった。
どう見ても普通じゃない。
そして、不意にピタッと振動が止む。
と、どばっと中から何かが溢れ出してきた。
溢れてきた液体のような何かが、箱の前でぐにょぐにょしながら形を作る。
《管理者。名前のみ『スライム』と解析できました。》
「モンスターか!!」
ワイズマンの言葉から、出てきたモノは魔物だと判った。
判ったのはいいが、こんな横たわった姿勢では対応もできない。
巨大なゲルのかたまりと言った風なそいつは、不定形に形を変えつつ。
…………おれの方へと迫ってくる。
「きゃーーーー!! ヒカリさん!」
ディーが叫ぶのをよそに、スライムはおれの方へのそのそと近付いてくる!
動きが気持ち悪いな!!
「魔法で攻撃してくれ、ディー! たぶんコイツは普通の攻撃じゃ歯が立たない!
おれが距離を取る間に――」
――――だが、ロープで縛られているために逃げられない!
おれとディーの間に割り込んできたスライムは、ロープの事など意に介さないようだ。
そしてその半透明の体から、うにょっとゲルを何束か伸ばしてくる。
「ちょっ、や、やめろッ!」
触手である。
「あ、こいつ服のパーカーの破れた所から入り込むんじゃないってあぁっ! って、溶けてる!? 服がちょっとシュッとか音立てて溶け始めてる! おれの身体はなんとも無いのになんでシャツだけ溶けていってるんだ何がしたいのコイツ!?」
「ひ、ヒカリさん……」
「なんでディーはちょっと手を顔で覆って照れてるんだよ!!
そのリアクションはダメだろ! いろいろと!!
うわっ冷たっスライムおまえそれ違うから、おれにやったところで多分何の意味もないからだからやめろって這い上がってくるなシャツの中を! いやごめんそうじゃないから下の方なら良いってワケじゃないからそこはちょっと本当にや、やめろォォーーーーーー!!」
少しして。
「…………もうダメだ………………」
半開きになった口から、そう言葉が出た。
たぶん今、目とかハイライト失ってる。
「げ、元気を出してください、ヒカリさん……。
魔物は倒しましたから、ね?」
横倒しになった身体で見上げると、氷漬けになったスライムの残骸がちょうど、青い燐光になって消えていく所だった。
ワイズマンで確認すると、『HP:0/20』になっている。
モンスターのステータスの『解析』も済んで、無事倒せたらしい。
……それよりも、服が濡れてて冷たいのが悲しかった。
あと一部、布の感触がどこにもない。
たぶん溶かされてるんだと思う。
胴の所とか、見るのも怖い。
「ぅう、おぉおお…………」
「あっこれ、地図じゃないですか?
宝箱の中からこんな物が出てきましたよ!」
青い髪の少女が近寄ってくる。
着ている装束の胴には、まだロープが巻き付いていた。
その手には、数枚の古びた紙切れが。
「ヒカリさん、わ、私以外は誰も見ていませんでしたから……」
その少女が、ロープの繋がった先にあるボロきれに遠慮がちに話しかける。
おれの事である。
身体とは裏腹に、乾燥した唇を動かす。
「…………ディー」
「な、なんですか?」
「逆の立場だったら?」
「すみませんでした……」
立ち直るまで十五分くらいかかった。
スライムは、意外と凶悪なのです。
ヒカリくんのLUC値が高くて標的がディーナさんになっていたら……。
ギリギリでしたね!
それではまた次回、後編へ!




