第二話 : 暗殺の時間
ヌルフフフ……。
(訳:出だしの文体は違いますが、いつもの『ラックマン』です!)
※告知※
『夏のホラー2014』に、作品を投稿しました!
私の投稿小説の短編になる、『幻覚性摂食障害』というお話です。
納涼に暑気払いにいかがでしょうか?
失礼しました、ではどうぞ!
シュッ――――――、
――コンッ。
足元に、小さな石が飛んでくる。
転がった石は、その立っていた足の前に落ちた。
足、と言うよりは足だったもの。
肉の付いていない、白い骨だ。
そう、ホネなのだ。
石が飛んでいった先には、人骨が立っていた。
転がってきた石の存在に気付くと、それまでピクリとも動かしていなかった体を、顔だけ傾けて下を向く。
石を見て、それから石が飛んできたであろう方角を見る。
そちらには、鬱々と茂る木々がぐねぐねと入り組んだ森が存在した。
『見る』という表現は変かもしれない。骨のカラダは、眼窩が直接露出していて、目も付いていないのだから。頭は頭蓋骨のみなので、表情も知ることは出来ない。
その動く骨の魔物――――名前を『スケルトンソルジャー』は。
隣に居た、もう一体のスケルトンソルジャーに向かって顔を向ける。
そこは崖に穿たれたように開いた、大きな横穴の入り口の前。
穴というよりも最早それは洞窟であり、荷車が、ヘタすると馬車が二台並んで出入りできるほどの幅と高さがあった。
穴の両横は木の柱で組み上げられ、何かあったときも入り口が崩れ落ちないように補強されている。天井もまた同じく、落盤防止のために木材でカバーされている。
パッと見で、坑道か、トンネルのように見えるだろう。
……他に何も無ければ。
しかし実際には、入り口の両脇に不気味なガイコツが二体、並んで立っている。
あたかも穴の入り口を警備しているかのように。
二体とも揃って、手にはロングソードをぶらりと提げている。
刃渡り60センチ程だが、その刃は錆び付いていた。
それだけでもこの洞窟が普通でないと判る。
また、ガイコツと同様に不気味な存在が、もう一つある。
濃い紫色の空気だ。
毒霧のような瘴気のようなそれは、既にこの辺り一帯に広がっている。
本来なら空気や地面に薄く広がって存在するハズの『魔素』という物質が、異様に高い濃度で空気中に充満しているためだ。
これを浴び続けると、耐性の無い人間ならばすぐさま倒れてしまう。レベルや能力値に関係ないステータス異常、といえばある程度正しいだろう。
その魔素が洞窟の入り口はさらに濃く、より紫色になっていた。
もうその度合いは、スケルトンの体が紫に染まって見えるぐらい。
しかも、瘴気は洞窟の中から外に向かって湧き出ているように見える。
入り口だけでなく、いや、内部はより高濃度の魔素によって満たされていることが手に取るように判る。
二体のスケルトンはしかし、その瘴気を浴びてなお平然としたまま、顔を見合わせていた。
目の無い顔で、互いの顔を見ている。
それはまるで、人間の門番が、門の入り口にやって来た人物についてお互いに談義して、どこか不審な点がないかどうか意見交換しているようにも見える。
つまり、それだけ人間らしい動きをしているのだ。
そうして僅かな時間固まっていたガイコツ達は、すぐに動き出した。
動いたのは、石が目の前に飛んできた方のスケルトンソルジャー。この動き出した方を、ここでは一先ずスケルトンA、もしくは単にAと呼ぼう。
もう一体は引き続き穴の前で正面を向いて立ったままだ。こちらはBだ。
結局、スケルトンAが見回りに行って、もう片方は洞窟の入り口で待機し続けることに決定したらしかった。警護という意味では正しい選択だろう。
片方が行動し、片方は維持・待機によって余剰戦力を保つ。ツーマンセルで動くことのメリットだ。
ガイコツがそこまで考えているのかは不明だが。
そうして、Aは洞窟から離れ、正面から右斜めの方向に向かっていく。石の飛び方からそちらの方向を怪しいと判断したのだろう。ガシャガシャと歩く足取りは一直線にそちらに向かっていた。
洞窟の前の開けた場所からすぐ、木々の生える場所へと差し掛かる。
森と洞窟はそれほど離れていなかった。およそ10~15メートルあるか無いか、という程度。
当たり前だがそこまでの所で不審な点は無く、不審な石ころについての疑問の答えは出なかった。
なのでスケルトンAは、剣も構えずに視界の悪い森へと入り込んでいく。
……誘い込まれているとも知らずに。
真っ直ぐ穴の入り口から斜め方向に歩いてきて、Aが大木の陰へと入り込んだ瞬間。
Aの頭上の日差しが一瞬、遮られる。
そして上を向くヒマは、もう無かった。
――――ドスッ……。
さっきの小石よりもよっぽど大きな音が、スケルトンBの所まで届いた。
そして訪れる、不自然なまでの静けさ。
Aの行った方向から届いた音。
スケルトンAに何かあったとしか思えない。
Bも果たして、Aの後を追うようにそちらに向かった。
持ち場を離れて森にガシャガシャと骨をきしませて走っていく。
魔物なりに怪しいと踏んだのか、こちらは鉄剣を上に立てて構えた姿勢。
いつでも横に剣を振れるような格好。
同じルートを辿るようにガイコツが、大木の陰を回り込む。
すると木の裏で、骨の残骸が見つかった。
間違いない、それはスケルトンAのもの。
ただしもう既に斃れ、動かなくなっていたのだが。
いや、もともと骨はそれのみで動くものでは無いから、むしろ自然な状態だとも言える。
しかし先程まで見張りをしていたスケルトンソルジャーが、突然壊れ崩れる。
それは、不自然。
スケルトンBは、骨の残骸の所へ走り寄っていく。
だが、それも――――。
突然、足元のバランスが崩れる。
慌てて頭蓋骨が下を向くと、そこには。
わずかだが、周りの地面に比べ、その足元の土だけが低くなっていた。
落ち葉に隠れて、地面の段差が見えなかったのだ。
骨の足を引き抜き、態勢を立て直すスケルトン。
……まあ、充分過ぎるくらいに隙が出来ていたのだが。
それを理解したのは、目の前に突き出される幅広の刃が迫ってから。
自分が『攻撃』を受けたことに、ようやくガイコツは気付く。
と言うよりも、最初から攻撃は受けていた。
おそらく、スケルトンAの残骸を見た時から。
そして、どこからか小石が飛んできた時から。
すると一体、誰がガイコツ達を襲撃したのか。
スケルトンBは刃を首の骨にもろに受けて頭蓋骨を吹き飛ばされ、その頭で僅かに敵を見ることが出来た。
ニンゲンだ。
着ている衣服で顔は隠れているが、ヒトに間違いない。
Bが判ったのはそこまでだった。
ドクロの失くなったホネの体がそれでも剣を振ろうとする前に、相手が持っていた得物を胴体に叩きつける。
Bの動きはもう鈍くなっていたため、肋骨のあたりにヒット。バキバキと軽い音を立てて、骨が砕け散った。
武器を横にして、平坦な部分で殴られたのだ。
そしてスケルトンには知り得ない事だが、生命力を示すパラメータである、HPが0になる。
最後に見たのは、相手の持っていた武器だった。
シャベル。
……なんでそんな物を持っているんだ、と。
というか、そんな物で倒されたのか、と。
もし喋れたのなら、そうツッコみたかったに違いない。
「せいっ!」
念のため、最初にやって来たスケルトンももう一度叩いておく。
バキャンと軽い音を立てて、こちらもコナゴナになった。
二体のスケルトンソルジャーは体力が0になり、青い燐光が残骸からしゅわしゅわと出て行くのを確認する。
これでようやく、倒せたというサインが出た。
戦闘終了だ。
「あまりシャベルを怒らせない方がいい…………」
ちょっと強がってみた。
実際には緊張と疲れで余裕もないけど。
ついでにポーズも決めてみる。
足をガニ股に開いて、腕もわきっとした感じに!
……とてもカッコ悪い気がしたのですぐやめた。
何これすげえダサい。
しかし、かなり上手く戦闘を運べたなあ。
やっぱり不意打ちが成功したのか。
昨日まではスケルトンを一体、それも手負いのを相手にするだけで精一杯だったことを考えると、快挙に近い。
木の影に座って洞窟入り口の様子を見つつ、考える。
ちなみに増援が来ないか見張っているのだ。
もしかして、おれ、また強くなってたり……は、しないか。
単純に覚悟の差だろう。
最初から戦闘が避けられず、戦うのが判りきっているのなら、どうとでも対策のしようがあるのだ。
あとはやっぱり不意打ち。
もしかしたら視界外から攻撃を加えると、3倍のダメージが出るのかもしれない。カジート最強なのかもしれない。
すると、ステータスの低いおれでも弓とかで不意打ちすれば強くなれるのだろうか。
語歌堂さんに弓を教えてもらうべきなのか。
……いや、でもSEN値が低いしなあ…………。
切実な理由で弓術は難しそうだった。
それならおれはシャベルでいいや。
愛着も沸いてるし。
穴も掘れるし。
穴、役に立ったし!
むしろ落とし穴がなければ危なかったし!!
奇襲を仕掛ける前に、あの木の裏の位置に、小さな落とし穴を掘っておいたのだ。
ほとんど音も無く素早く掘れたのは、受動技能『土木作業員』のお陰だろう。
二体のスケルトンを相手取るために考えた作戦は、至極簡単なものだ。
基本的には一体ずつとしか戦わないようにしたい。
あと、正面からガチンコで斬り合いになるのは厳しい。
ならば、で考えつくのが罠とおびき出しだ。
まず木の上から遠くに向かって石を放り投げ、ガイコツを寄せる。
一体をこの大木の下に誘いだして、そこを上からシャベル構えて飛び降りるという算段だ。
イメージとしては、ハイラルの戦士の下突きを想像してくれれば良い。
賭けだったのは、一体がやって来るか、それとも二体がこちらに来てしまうか、はたまた奥に増援を呼びに行ってしまうか、という三パターンのどれが来るかという部分。
まあ、今回ばっかりは一番良いパターンにはまってくれたけど。
もし二体が来ていたら、最初の一体に下突きでダメージを与えて一旦逃げ、もう一体は落とし穴に引っかけて対処するつもりだった。
そんな感じ。
奥からさらに増援が来たら、きっと半泣きで森の奥に逃げてた。
小さな穴しか掘る余裕は無かったが、それでもかなりアドバンテージが取れた。
土木作業員って凄い。
意外に応用が効くかもしれない。
……戦闘に応用するのは予想外過ぎるかもしれない。
ようやく息が整ってきた。
穴から新しいガイコツが沸いてくる様子も、特にない。
よし、なら出発だ。
きっとあの洞窟なら、中に何かしらの存在があるはずだ。
あの魔素の濃さからみて間違いない。
おれはパーカーのフードを更に深くかぶり、鼻の位置まで覆い隠した。
魔素の対策にはまあなんの意味も無いが、火事の現場でフードをかぶったのと同じ感覚だ。
ただの気休めとも言う。
「………………」
しかし、このフードなカッコと言い、さっきの奇襲といい……。
試しに、シャベルでなくツルハシ二本をそれぞれ両手に構えて、腕を軽く開いて広げる。
「……おお!」
こ、これはなかなかのアラブのアサシン!
……いやダメだ。
パーカーのすそがビリビリに破けてた。
噛まれた歯型もくっきり残ってる。
ワキ腹を露出してるアサシンってどうなんだ。
かなり不本意だ。
ジャネットさんめ……と思いつつ、おれは猫背でこそこそと洞窟へと潜って行くのだった。
「……マズい!!」
洞窟の通路横、岩壁の影になった所に隠れる。
それと同じくして。
ガシャガシャガシャガシャ!
おれのすぐ横を、何体かのスケルトンが走って行く。
洞窟の出口に向かっているようだ。
道を走って行くスケルトンから隠れるのは、さっきと併せて二度目になるだろうか。
定期的に外に集団で出撃しているらしい。
(こ、こわっ!)
あの数と戦闘になれば、まず戦いにすらならない。
隠れながら、しばらく進んで判ったコトをまとめよう。
洞窟の中は、多少蛇行している高低差の無い一本道。
中に入って少し進むと、水の流れが合流して、それに沿うように道が続いていた。
流れは洞窟の道幅を半分にする形で横を流れている。
つまり水道、というか川が洞窟内に存在したのだ。
そして意外なことに、坑道は紫色に満ちてはいるが、赤色に輝く結晶が松明のようにくっつけてあったため、それなりに明るくなっていた。
おそらくこれもまた、何かしらの魔法の産物だろう。
もしかすると、ここ最近までどこかの人が使っていたのかもしれない。
……あるいは魔物が設置したとか?
判るのは、この平坦な一本道でバトルすれば、どこまでもこちらが不利になるということだけ。
ただ、さっきの奇襲の時におれの不意打ちを避けられなかったコトを考えるに、スケルトンは案外、視覚に情報を頼っているらしい。
その点では助かり、このように隠れられた、のだが。
逆に、集団に見つかった時点でジ・エンドでもあるという事だ。厳しい。
そのため、こうして岩の影に姿と息を潜めて、スケルトン達から隠れていなければならないのだ。
さっきレベルは上がったようなのだが、ワイズマンが機能を落としてしまったために確認出来ない。
以下、洞窟入り口での回想。
------------------
《では、私は一旦落ちます。》
「え? どうしたの?」
《魔素の影響が濃い為です。このままでは、私の機能に重大な障害が発生する恐れがあります。》
そういや、平原でも言ってたな。
確か、街に魔素が広がった時も、一旦不調になってから機能を回復してたんだっけか。
パソコンのスリープ状態か、再起動みたいなものかな。
……まあ、スケルトン相手ならもう戦闘のコツは掴めた気はする。
ワイズマンのサポートに頼らずとも、ある程度は進めるだろう。
「ちなみに起動したままだとどうなるんだ?」
《故障中は管理者の頭に、電撃を流したようなショックが走ります。》
予想以上にヤバかった。
「なっ!? ワイズマン、シャットダウン! シャットダウン!!」
《そう言われると、何やら嫌な気分になります。》
「いたたたた頭に電撃が走ったかのように痛たーーい!?」
機能障害とか関係なく流せるんじゃん!
意味ねえ!!
《すっきりしました。それではまた。》
画面が消える。
「なんで……気分で電撃を流した…………?」
あとには、頭を地面に付けるへっぽこアサシンが残された。
------------------
今思い出してもとっても理不尽だった。
おれでなければ頭がバカになっていた程の、恐ろしい衝撃だった。
おまえ元々アレだから関係ないだろとか言っちゃいけない。
アレってなんだ。一寸の虫にも五分の魂があるんだ。
少しの時間、岩裏に潜みこの世の不条理を噛み締めていると、ようやくスケルトンの足音が聞こえなくなった。
動いても大丈夫だろう。
物陰からフードで隠した顔だけ出して、前方を観察。
そこにはまた一体、見張りのスケルトンが道を塞いでいた。
今度は錆びたヤリを持っている。
丈は槍という割にあまり長くなく、ショートスピアと呼ばれる類の槍。
水道と共に続く道はそのガイコツの奥まで続いていて、そこから開けた場所になっているようだ。
しかし、今はそのスケルトン一体しか居ないようだ。
これはチャンスと言える。
おれはパーカーの、破れていない方のポケットからブツを取り出した。
小石だ。こいつが頼りだ。
そしてしゃがんだまま下手に構える。
「………………!」
焦るな、ヒカリ。
ラキヤットゥ(イイ発音)の教えを信じろ……!
狙い定めて、静かに小石を投げる!
いけ小石、きみにきめた!
シュッ…………!
ちゃぷっ。
「Oh…………」
向こうの川に石が静かに飛び込んでいった。
無音だ。
始まりから終わりまで無音だった。
注意を引くとかそんなレベルじゃない。
おれのSEN値……低すぎ……?
いや。
もう一度だ。
焦るな、ジェイソン……。
いいか、ラクヤットだ……!
……。
…………。
ジェイソンって誰だ。
ひょいっ。
そして今度はちゃんと、槍スケルトンの足元へと石が落ちた。
カツン、という音がしてガイコツの注意を引き、相手が警戒モードになる。
そのまま真っすぐの道を、おれの潜伏している岩まで歩いて来る。
骨だと足音がガシャギシと鳴るため、居場所がとても判りやすい。
息を潜めて待つ。
遂に、岩の陰から相手の白い姿が見えた。
こちら側は暗闇になっていて見えないハズだ。
息も止めて、絶対にバレないように……!
横を通りすぎるのを待って……。
1……、2……、3秒!
相手が背中に、後ろから腰立ちでにじり寄って接近。
両手で構えたツルハシでもって、一気に胴を挟みこむように突き刺す!
「――――!?」
咄嗟のことで力が入らないのか、狙い違わず、スケルトンは腰から引っ張られて陰に引きずり込まれる。
手がバタバタと暴れるものの、後ろのおれには当たるはずもない。
反撃のヒマなんて与えるかと、ツルハシごと岩に叩きつけ――――、
――――地面に置いていた武器で、壁に縫い付ける!
ズシッッ!
鋭い先端で突かれたガイコツの骨が割れ、抵抗が無くなる。
シャベルを刺さった壁から抜くと、ガラガラと骨が崩れて地面に積もった。
なんとか、テイクダウン成功である。
(やったか……?)
でもまだ判らない。
以前はこの『やったか?』でヒドい目に遭ったからなあ……。
ということでツルハシで再度骨を刺す。
……我ながら残酷なことをしている気がするけど、こればっかりは仕方ない。
ヘタに応援でも呼ばれたら、今度はこちらがここで斃されて骨だけになってしまう。
青い燐光がしゅわっと出始めたのを確認してからささっと移動。
あの陰に引き込んだのは、他のスケルトンソルジャーが万が一外から戻ってきたり、内側から出てきた時に、骨の残骸を見られないようにするため。
そうして、更に水道に沿った道なりを進む。
さっきまで見張りスケルトンが居た場所を抜ける、と……。
「うわ…………!?」
わずかの間、立ち尽くす。
そこは開けた場所になっていた。
洞窟の中なのに水が流れ込み、溜まっている。
――――地底湖へと繋がっていたのだ。
ごつごつと自然そのままの粗さを持った天井、壁の岩面。
陽の光も届かない場所で、揺々(ゆらゆら)と水面が波うっている。
また、ある所はコポリと小さな泡が浮かんできている。
その波が、広い湖の外周を囲うように繋がる道に立て掛けられた照明に照らされて、ぼんやりと輝きを放っていた。
湖は円状だが、視界が悪く、向かいの端の通路はここからは良く見えない。
そして遠くから聞こえる、オォオオオン……、という木霊のような音の響き。
まるでそれら全てが、人間が入り込む事を拒んでいるかのよう。
自分が、何か巨大なモノの体内に侵入してしまった異物と錯覚しそうなほど。
魔素の尋常でない濃さと相まって、否が応にも不気味さはつのる一方だ。
それでも、ここに居たらまたスケルトンの群れが来るかもしれない。
今、洞窟の入り口に向かう道の方から、何か物音がしたし。
どこから来るのかは判らないけれども、とにかくここはマズい。
その考えから、湖の円周の通路を、大小様々な岩に隠れながら進む。
妙に長く感じる時間が経って、湖を半周ほど回った頃。
ようやく、地底湖の広間を反対側まで歩いてこれた。
なんだかここだけ、道の幅が広くなってるな……。
確かにそこだけ、妙に空間が出来ていた。
例えるなら、今歩いて来た道がプールサイドの細い通路で、ここが飛び込み台とかがある大きな待機場所。もっと判り辛くなった気もする。
湖は依然として静かに、それでいて不思議な遠響を奏でている。
そして、壁面を見ると。
(これは、……祠、かな?)
壁際には、でこぼこの壁面と同じ岩で作られたような、小さな祠のような物が鎮座していた。石で出来たかまくらみたいな印象。
元の世界なら、日本なら、中にお地蔵さんでも入っているような祠だ。
しかしその中央には、お地蔵さんなんて入っているはずもなく。
……代わりに、黒い霧で満たされていた。
いや、これは違う!
紫色が凝縮されすぎて黒色に見えただけだ!
そうして詰まった霧は、祠の下から出る細い水の流れを伝って、湖へと流れている。流れる水も、真っ黒のまま。
湖へ溶け込んだ水は、その湖を青よりも深い色に染めていた。
間違いなく、それは魔素の紫色。
つまり。
この小さな祠が、――――あの異変の原因?
これを壊したら、街は元に戻る、のか?
それならやるしかない。
シャベルじゃ文字通り刃が立たないほど固そうな岩石で出来ているため、持っていたツルハシを構える。
振りかぶる。
こんなに簡単に解決するのか、と少し疑問に思いながら。
――――その、ふとした迷いが良くなかったのかもしれない。
あるいは、おれがここでどうしようと無意味だったのか。
突如、目の前の祠が、崩れ落ちる。
まだツルハシは振り下ろされていないのに。
「……はあっ!?」
ボロボロと音を立てて壊れ、切り出した岩石の祠が崩れ去る。
だが、黒い霧だけはその場に留まっていた。
その瘴気のカタマリが丸く球体を形作り、中心に細く縦線がが入る。
そして線が左右に薄く開き、
瞳孔のようなモノが見えた。
……見間違えか?
でも、現に黒目も付いている。
そこだけ、その瘴気の中心だけ周りよりも更に黒々としている。
あれは目、もしくはそれに似た何かだ。
目は、おれをじっと見ていたかと思うと……。
すぐさままた瞼を閉じて、球体に戻る。
そして、バシュッと音を立てて霧散。
黒は地面に溶けていって、最初から何も無かったかのように消えてしまった。
「何だったん、だ?」
判らない。
全く判断が付かない。
しかし、一つ判ることがあった。
たった今、おれの後ろから聞こえた足音。
ガシャリという、地面に乾いた、固いものが触れた音。
最早聞き慣れた音だ。
すぐさま後ろを向く。
そこには、骨の体から水をポタポタと垂らし、剣を構える魔物。
歩いて来た通路を塞ぐように立っている。
そのスケルトンソルジャーの数、三体。
まさか湖から出てきたのか。
洞窟から出て行くスケルトンは、まさか湖から生まれていたのか。
今度はおれが不意打ちを受ける番だった。
(油断した!!)
完全にバックアタックだ。
三体が我先にと同時に迫ってくる。
こちらには準備する余裕もない。
せめて、まず一体は動きを止めないと!
それならシャベルか?
でもこちらが攻撃する間に、他の二体に斬られる!
なら――――!
おれは逆に、敵の方に走り出した。
急激に彼我の距離が縮まる。
「――『スライディング』ッ!」
おれはHPも低いのだから、斬られたらひとたまりもない。
だから、相手の斬撃を回避するしかない!
初めてその技能名を叫んだとたん、一気に体が勝手に沈む。
『ダッシュ』の時のように、瞬時に前進の勢いが加速した。
違うのは、態勢も瞬間的に低くなり、身体が前へと滑り込む形になることぐらいか。
だが、大振りな攻撃をかわすには。
きっとこれだけで充分だ!
「あだだだだ、地面と擦れてる!!」
それでも剣で斬られるよりはマシだ!
振り下ろされる剣のさらに下をくぐるようにして、ガイコツ達の間をすり抜けて後ろへ。
『スライディング』の慣性が残っていて、ヤツらが剣を引き上げる前に、
今度はこちらから攻撃を加える!
「うらぁっ!!」
スライディングの勢いをねじってツルハシを横に薙ぐ。
柄の部分が、おれがすり抜けた二体のガイコツの足をさらった。
即席の足払いだ。
覚えていた『スライディング』、やっぱり使いようによっては回避に優秀な技能だったか。
まあどんなゲームでも、上段攻撃はスライディングでかわせると相場が決まってる。
上手く使えば相手を転ばすのにも使えるかもしれない。
ツルハシを手放して立ち上がる。
そしてシャベルを下段に引き抜き、まだ立っている一体と睨み合う。
依然として状況は変わらない。
なぜってたとえ一体でも、真正面からスケルトンと戦うのは厳しいのだから。
すぐに隣の転んだ二体も起き上がってくるぞ……!
さて、ここからどうす、
「『氷の柱』!!」
るかをおれが考えるヒマもなく。
視界が氷に覆われた。
「……え?」
さっきからもう、驚きっぱなしだ。
ガイコツと戦っていたと思ったら、目の前に氷の大きな柱が伸びてきたのだ。
横向きに割り込んできたそれはスケルトンの群れを氷漬けにし、さらに岩壁までを氷で繋いで止まった。
唐突に目の前の温度が下がり、シャベルの先に付くほど近い氷の塊から、パキパキという音と白い冷気を感じる。
そしてそれも一瞬のこと。
ピシリ、と一際大きな音を立てて、柱がひび割れる。
ひびが入った場所から、氷が崩れていく。
柱が、生えた時と同じように唐突に、今度は崩れ去った。
あとにはどう見ても体力が0になったスケルトンの骸と、立ち尽くすおれが残される。
いったい何が起きたんだ……?
……そうだ、あの声はどこから!?
出口へと繋がっている通路に体ごと向き直る。
相手はもう、すぐ近くに来ていた。
「止まって下さい!」
振り返ったおれの首に鋭い物が当てられる。
細いポール部分の先端に、青色の穂先。
槍だ。ただし、ガイコツが持っていた武器とは比べるべくもない鋭さ。
凶器になるその鋭利な先端からは、さっきの氷と同じようなヒヤリとした冷たさすら伝わってくる。
違う、よく見れば、実際に氷で出来ている刃なのだ。
それが首に当てられていた。
しかし、偶然にも。
恐らく『幸運な』ではなく、『運の悪い』ことに。
こちらの武器も、相手の首の横に当てられていた。
そのシャベルから視線だけ横に動かせば、相手の顔が窺えた。
――――少女だ。
自分よりも目線が少しだけ低い、少女が長い槍をおれに向けていた。
どれだけの時間、視線と視線、武器と武器を交錯させていただろうか。
案外、数秒のことだったかもしれない。
魔素の霧の中でもハッキリと見える髪の色は、青。
腰の辺りまで伸ばされて広がっているのが、細い身体の横から見える。
まるでさっきの氷柱みたいだ。
こちらをきっと睨む目は、髪よりさらに青い。
もう蒼色と言った方が良いだろう。
さらに言えば、眼も髪の色も特徴的ではあるが、服装も不思議な格好だった。
白地の布に青色をあしらった服。上が白メインで下は青がメインになっているが、その下は腰の前でリボンにして留めている袴のように見える。
上の方は上の方で、肩口で袖がばっさり切られていた。
そして二の腕から再び袖が付いて、槍を持つ手まで覆っている。服の袖が分離しているのだ。
その相手は。
突きつけられた金属の刃に少しだけ動揺したが、すぐにまたこちらを睨み直す。
そして、きりっと締めていた唇が開く。
緊張した面持ち。
「あ、あなたがこの異変の首謀者ですか?」
「……へ?」
え。
どういうコト?
「あなたが死霊術まがいの魔法を使って、このアンデッドを出したのは間違いないんです!
この目で見たんですからその現場を!!」
このアンデッド、のところで、空いている片手で近くのスケルトンを指差す。
ガイコツはもう燐光を放って消えかけていた。
「え、いやいや、そんな事してないぞ!?」
「ウソです!」
言い切られる。
突然冤罪が降りかかってきた。
……なんか最近よくよく見るパターンだコレ!!
ネクロマンシーってあれか?
ゲームでも本でも、ファンタジーものならしばしば出てくる単語だ。
おれだって知っている。
あれだろ?
確かこう、死んじゃった人の臓器とか小動物の死体とかを集めてきて、棺桶に入れてホアっとやると棺桶からニョっと何かが出てくるあれ……って理解が浅すぎるわ!
全然判ってないじゃんか!
なんにも確かじゃなかった!!
いや、落ち着こう。
きっと、祠を調べてたらガイコツと戦闘になったと思ったら青い少女に槍で刺されそうになって混乱しているだけだ。
ごめん自分で言っててよく判らなかった。
……何、この状況…………?
まるで異世界にでも来たみたいだ。
「おれは、そのネクロマンシーってやつなんて使えないから!」
「じゃあさっきのスケルトンは何だったんですか!?」
「それと戦ってたんだよ!!」
互いに必死に怒鳴りあう。
あ、そうか!
武器を構えているから怪しまれるんだ!
ここは降ろし
「動かないで下さい! 動いたら攻撃します!」
どうしろと。
神様はおれにどうしろと言っているんだ。
もう血で血を洗うしかないのか。
いやたぶんソレ、ほとんどおれの血だ。
戦えばきっと負けるよ。さっきの氷を出されたらおしまいだ。
おれ、凍りづけになるよ。
アイスアケミヤになってしまう。すごく語呂は良かった。
それはイヤなので、青髪蒼眼の少女に弁解を試みる。
これまでぼろくそな結果になっていたおれの説得力を、今こそ発揮する時!
「ほら、周りの魔素を見てくれ! おれがコレを出せると思うか!?
どう見てもこんな奴、魔法も使えなさそうだろ!?」
いやそれもどうなんだろう。
自分で言ってて悲しくなった。
主にそれを白状しなきゃいけない状況に。
「た、確かに……、魔力は感じられませんね…………」
しかも理解されてしまった。
「じゃあそれならあなたは、は、犯人の召喚したアンデッドですね!?」
「な、なんだってーーーー!?」
ヤバい。今度こそ終わりかもしれない。
この人、たぶん気が動転してる。頼むから落ち着いてくれ。こっちまで混乱してくるから。
「服なんてボロボロじゃないですか!」
「それはスケルトンと戦ってたから!」
「もしくは父に聞いた事があります、ゾンビってやつです!
ゾンビは死者をむりやり動かすから、衣服はボロボロになってるのが特徴だって言ってました!」
まくしたててくる。
なんか蒼色の目が、マンガみたいにぐるぐるしている。
いけねえ、あの子テンパってる!
まるでどうしようもなくなった時のおれみたいだ!
「頭だってフードで隠してますし、それに間違いありません、脇腹には思い切りアンデッドに噛まれた傷があるじゃないですか!!」
「あ、ごめん。それ家の犬に噛まれただけ」
「えっ」
相手の動きが止まった。
なんとも言えない空気が流れる。
武器を交差させたまま、お互いに見合う。
ちなみにフードはただの気分でかぶってたんだけど。
メインヒロインさん。
ご意見ご感想お待ちしております。
ホラーの方も「こんにゃくコレ全然怖くねえよ!」とかでも感想戴ければ幸いです! 悔しい!




