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第二十話 : 世は全てコトもなし

ふとラックマンの情報欄を見たら、お気に入りに登録してくれた方達の人数が十倍になっていました。


そして驚いた弾みで自作の焼きそばをパソコンにダバァしてしまいました。


……一体何が起こったんですか!?


と、取り敢えず今回のお話です、どうぞ!

 

「それで、本当にヒカリ君はあのお嬢さんと何の関係もないんだよね?」

「いやいや、関係って!」


 また食べ終わった食器を回収して、洗いに厨房へ戻ったフランさんを見つつ、隣に座っている金髪のイケメンことエドさんが言う。


 見つつ、と言うよりは睨むような感じだった。なぜだ。


 なぜエドさんはそんなに、フランさんを親のカタキであるかのように睨みつつ、おれと手を繋ごうとしてくるんだ。

 なぜそんなすっすっと手を前後に揺らしつつ近付けてくるんだ。

 フェイントなのか。


 なんとか迫りくる魔手を避けて遠くの方を眺めると、むさ苦しい男達が折り重なるようにして机の上に突っ伏して倒れていた。死屍累々といった有り様だ。


 手前から順にベアさん、フォックスさん、親方という並びで一列になっている。


 むさい三連星とでも名付けておこう。


 しかもベアさんなんかは後頭部に『ドラゴン殺し』の酒ビンが載っていた。

 一体何があったのか聞くのも怖い。


「フランさんも酔ってるハズなのに、よく働けるなー……」

「おじいちゃん譲りで、あんまり酔わない体質なのよー」


 ぼんやり呟いただけだったのに、近くに来た本人に声が届いてしまっていたようだった。


 はい、とおれの前に水の入ったコップが置かれる。

 アルコールの匂いだけで若干キツかったから、冷たい水はとても助かる。


 お礼を言うと、なにやらご機嫌そうにまた厨房へと去って行く。

 ……スキップでもしそうな勢いだった。


 そして横を見れば、金髪の青年が端麗な眉を思いっきし歪めてギリリと歯ぎしりしていた。

 なんなのもう。


 でも、酔わない、か。


 なるほど、確かに彼女のお祖父さんも親方と一緒に飲んでいた割にはぴんしゃんしてた気がするな。

 一家揃ってアルコールに強いのだろうか。羨ましい。


 ウチは一家揃ってお酒が天敵だからな。


 …………あれ?


 でもそうすると、さっき酔ってるように見えたフランさんは……?


 もしかして実はだったり?

 あるいは酔いはするが覚めやすいとか?


 まあ、おれもお酒なんか口にしたくもないのに、他の人達から「お前、酔っぱらったみたいな言動してんなあオイ」とかよく言われてるからね!


 ただ、こちらは間違いなく素ですけどね!?


 ……そんなにおかしな行動してたかな?


「ヒカリ君、聞いているのかい?」

「うわ! ……何の話でしたっけ?」


 悲しみを背負うだけの不毛な思索を中断して、気付くとエドさんの顔がすげえ近くに迫っていた。


 ほぼゼロ距離だ。このままでは何かが危ない。

 きっと貞操とかそこら辺が危ない。


「僕と彼女、どちらを選ぶのかって話だよ!」

「そんな話聞いてませんけどぉ!?」


 いつの間にか話の内容が異世界の彼方に吹っ飛んでいた。

 まるでおれだ。


 ……取り敢えず話題を逸らさねば。


「ええっと、エドさんは何か用事があって食堂ここに来たんじゃないんですか?」

「ああ、そうだそうだ。

 ベアとフォックスを呼びに来たんだよ。昨日も来てたしここに寄れば合流できるかと思ってね」


 なんだ、ちゃんと用事があったんじゃないか。

 そうなるとおれと話してるヒマなんて無いだろう。


「……いつからここに居たんでしたっけ?

 そんなにのんびりしてて良いんですか?」

「ヒカリ君が食堂の前で、ただいま戻りましたー、って言った時かな」

「さっき聞いた時よりも更に早くなった!!」


 それだと食堂に入る前から一緒に居たことになる。


 流石に冗談だと信じたかった。


「さて、じゃあ僕はそろそろおいとましようかな」


 言うだけ言ってエドさんは立ち上がり、むさい三連星の元へと向かう。

 そして、手前でぶっ倒れている動物コンビ、ベアさんフォックスさんの肩をゆすって声をかけた。


「ほら、起きないと。今日はオウルからPT(パーティー)全員に召集がかかってるんだろう?」


 揺する勢いを強めてみても、どうやら起きないようだ。

 こちらも遠くから眺めてるだけじゃなくて、助太刀に行ったほうが良いのだろうか。


 でも、おれがあっちの三連星の近くに行くと、ヤバすぎるお酒(ドラゴン殺し)による匂いのジェットストリームアタックを浴びて昏倒、最悪死ぬ恐れすらある。


 ……いや、実際はソレほどではないだろうけど、積極的に近づきたくはない。


「そろそろギルドに行かないと、あの優しいオウルでも怒るよ?」


 さっきからエドさんが言ってるオウルって、誰なんだろう。

 PTだなんだと話を聞く感じ、動物コンビと一緒のチーム、しかも召集する側と言うならチームのリーダーなのかもしれない。

 PTリーダーというヤツだ。


 というか(オウル)って、その人も動物の名前が付けられてるし!


 どう考えても動物コンビと同じタイプの人じゃん!

 動物コンビどころか、動物チームだったよ!!


 おれがまだ見ぬ森の仲間の存在に思いを馳せていると、ついに金髪の青年がアクションを起こした。


「――はっ!!」


 普段通りの口調で掛け声を一つ、そのまま座っていたベアさんをテーブル席から引きずり上げ、更に奥にいたフォックスさんも反対の手で引っぱり出す!


 そして特に表情を変えることもせずに、泥酔している二人をそれぞれ両肩に背負ってこちらに戻ってきた。

 冗談のような光景だった。


 これを絵にしたなら題は、


 『狩られてきた獲物』


 になるだろう。


 正直背負ってるのはクマとキツネだし、あながち間違いではない気がする!

 森の仲間は狩られてしまったんや!


 ……凄いな、二人とも身長はともかく、エドさんより体重はありそうなのに。


 さっきフランさんがただの食堂のお姉さんではなく、かなりのツワモノであるという事が判明した。

 だが、エドさんもかなり謎な人物のようだ。


「ではお邪魔しました。ヒカリ君、おやすみ!」

「は、はい。おやすみなさい」


 キラリと歯を輝かせてこっちにスマイルをぶつけて、入り口へと歩いていく。

 ……ベアさんとフォックスさんをわっしょいとかついだまま。


 ところで、あの背負われた動物達は完膚なきまでに酔っ払ってるけど、PTで行われるとおぼしきミーティングには参加できるのだろうか。

 そもそもまともな会議になるのだろうか。


 見送るおれには判らないままである。


 ……と、ドアに手をかけた所で振り返るエドさん。


「ヒカリ君」

「……はい?」


 矢鱈とマジメな顔をしてこっちを見る。

 一瞬ハンサムな学園に来たのかと勘違いしてしまった。


「君はまだ若い」

「……? エドさんもですよね?」


 いきなり突拍子もない事を言われ、こちらも変な返事になってしまった。


 一応これでも成人してるんです。

 背丈は彼よりも低いけど。くやしい。


 それを気にせず、エドさんが力説する。


「その若さは大切にするべきものだが、振り回されてはいけない!」

「え? 別に振り回されてなんていな」

「だから、女人にょにんに惑わされてはいけないよ!」

「にょにん!?」


 そうしてエドさんは良いこと言った感じの爽やかな顔で出ていった。

 ベアさんとフォックスさんも背負われたまま、ドナウディング(ドナドナしている状態の意)されていった。


 しかしイキナリなんだったんだ、女人って。

 どういった意図のアドバイスなんだ?


 女人、女性…………?


 コップの水を飲み干しつつ考えていると、厨房の奥の方から声がかけられた。


「ヒカリー? ちょっとお爺ちゃん呼んできてくれるー?」


 フランさんだ。

 おれは空のコップを持って立ち上がり、カウンター席を回り込んでキッチンに入った。


「さっきの冒険者の人達はー?」

「もう帰っちゃいましたよ、あと残ってるのは親方だけです」

「そうそう、それでお爺ちゃんにスミドさんを起こしてもらって、食堂のおもての片付けをしたいのよー」


 多分、まだお爺ちゃんも起きてるでしょ―、と続ける。

 スミドは親方の本名だ。


 なるほどな。

 もうそろそろ遅い時間だろうし、食堂もきっちり閉めてしまいたいのだろう。


「了解です。これ、ごちそうさまでした」

「はーい。あっ、そう言えば」


 コップを渡すと、こっちを向いたフランさんの動きが止まる。

 それから、ちらっとコップからおれに視線を移した。


「ええと、ヒカリ?」

「はい」

「一つ聞いていい?」



「ヒカリって、その、男色家なの……?」

「…………!?」



 誤解を解くまでに軽く五分は掛かった。







 なんとかおれのホモォ疑惑を解いてから、ようやく解放された。


 階段を登りながら考える。

 エドさんが最後に残していったセリフ。


 まあ、なんというか……、女性には気をつけろってやつだ。


 さっきの状況を考えると、明言はされていないが、フランさんの事を言っているのだろう。

 一体どういう意図があって出た言葉なのだろうか。


 それとは別に、もう一つ考える。

 おれが弁解していた時に、最後フランさんが返したセリフ。


 まあ、なんというか……、「あのエドさんって人には気をつけてねー」と不安げに言っていたのだ。


 ………………。


 …………。


 ……エドさん、まさかの名指しだった。


 というか二人とも、言ってる事ほぼかぶってんじゃん!!

 お互いを敵視してないか!?


 丁度、間におれが挟まれた格好になっている。


 例えるなら、前門にはフランさんが怖い笑顔で待ち構えていて(イメージです)、後門からはエドさんが手をワキワキさせながらこちらにイイ笑顔で走って来ている(割と事実です)状況だ。


 どうみても詰んでいる。


 と、もう階段を登り切って二階に着いてしまった。

 一旦気持ちを切り替えよう。


 考えるのを諦めたとも言う。



 目標のお祖父さんはと言うと、そこまで長くない廊下の向こうの端、街の通りに面したバルコニーに居るようだった。

 ガラス戸が開いているし、何より一本に束ねた白髪しらががちらりと見えたから間違いない。


 ちなみにおれが昨日借りてしまった部屋は、バルコニーのすぐ手前にある左の部屋だ。向かいの部屋は今は物置になっている。らしい。


「ここに居たんですね」

「おや、ヒカリ君か」


 ガラス戸の所から呼びかける。

 そこから覗くと、お祖父さんはバルコニー真ん中の木のベンチに座っていた。ただ横長に木の板を組んだようなシンプルな形のベンチ。


 傍らには陶器の容器に、同じような色合いのカップが。

 というかあれ、徳利とっくりとお猪口(ちょこ)だ。


 ……またお酒飲んでたんですか、お祖父さん。


 でも、徳利を横にベンチの上で胡座あぐらをかいている姿は、かなり様になっていた。武士もののふみたいだ。


「フランさんが下で呼んでましたよ……って、あれ?

 この服って……?」


 言いかけて途中で、お祖父さんの座るベンチの横に、細い紐が二階のひさしからバルコニーの手すりに向けて伸びていることに気が付く。


 紐には服が袖を通して掛けられていた。

 おれのパーカーだ。


「それは君の服だったかな。

 フランが洗濯する前になにやら縫っておったなあ」

「おお……!」


 おれが元の世界から持ってきた数少ない品であるヨレヨレのパーカーは、昨日から今日の所までにあった激戦の跡、ほつれやら裂け跡やらを全て快復させていた。


 フランさんが全て縫ってくれたのだ。

 そして、その後で更に洗ってくれたのだろう。


 お祖父さんが立ち上がり、紐をバルコニーの端から外して服の袖を抜き、おれにパーカーを渡す。

 長らく外の風に当てられていたおれの上着はすっかり乾いて、元の姿を取り戻していた。

 昼頃には砂まみれになってぼろぼろだった、なんて信じられない程だ。


 ……まあ、当てて貰ったパッチ、かけはぎの部分の布がちょっと違っていて色が変わって見えるのはご愛嬌だろう。

 そもそもおれが着てきたパーカーは合成繊維、同じ繊維が恐らく存在しないこちらの世界の布で補修したら、当然こうなる。


 フランさんと瓜二つの柔らかい表情で目を細めるお祖父さんの前で、自分の服に袖を通す。夜風が半袖の服には若干厳しかったから丁度良い。


「あの、おれが下に着てた方の服はどこに?」

「確か、君の部屋に持ってっとったな」


 そうなのか、後で確認しておこう。


 ……うん。

 やっぱりこの着慣れたパーカーは落ち着くね!


 いや、お祖父さんから借りた半袖半パンも良いんだけど、やはり元居た世界の服の方がしっくり来る。


 おれは袖を上げて、顔の前に持っていく。


 ヘビやらジャガイモやらの攻撃では損傷してしまったが、それでもこの軽くて丈夫という合成繊維の良さと言ったら、ほら!



 ジャラリ。



 袖がこすれ合って変な音を立てた。



「…………ん?」


 両手首の部分に妙に違和感がある。

 なんだかそこだけ重くなってしまったようだ。


 おれは袖の部分をゆっくり見下ろす。



 鉄のリングがはまっていた。



「なんでーーーー!?」


 一体おれのパーカーに何が起きたんだ!?

 どうして先端部分だけ金属製になっちゃってんのこの子!?


 マイ上着には、袖の部分の外側に金属のリングが取り付けられていたのだ。


 なんだか微妙に嫌な記憶を思い出す。

 これで輪っか同士が鎖で繋がれていたら危なかった。


「どっどうしてこのような事が!?」


 ワケの判らないまま傍らのお祖父さんに尋ねる。


「ふむ。フランの奴が付けたんじゃな」

「……へ?」


 つまり、君はもうここの食堂の囚人、奴隷だぜ! という意味なのだろうか。

 スレイブなのか。


 出稼ぎに都会に出て来たら完全に社畜にされてしまったとか、そういう感じなのだろうか。


 や、やめるんだ、故郷では大事な妹と母とネコとついでに父と、そして大事な妹がワタシの帰りを待っているんだ!!


 あばばばと胸中で恐慌状態になるおれを知ってか知らずか、隣のご老人がおれのメタモルフォーゼした服を見て言う。


「魔物と戦う際に、武器を持つ手というのは相手の一番近くになるからのう。

 手を保護しておくのは意外と重要なんじゃよ」

「あっ…………そうか、なるほど!」


 布では手を守るには不安だから、金属によって補強して防御力を高める。


 別に手錠的なイミでは無く、そういう考え方もあるのか。

 というかそういう考え方が普通だ。


 むしろ何故最初に逮捕や囚人な発想になってしまったんだおれ。


 理由はグストさんと語歌堂さん、それと皇宮にお住まいの皆様のみぞ知る。

 結構知ってんじゃねえか。


 ……だが、そう言われて見ると、結構パーカーに付けられたリングもカッコイイように思えてきた。バングルの亜種みたいだ。


 どこにでもあるような上着だったのが、手首を覆うようにメタルなリングが付いたことで、それがアクセントになっている。気がする。


 体の動きも制限されないし、腕を振り回す分にも問題は無い。

 あくまでもがっちりした鉄手甲(ガントレット)ではなく、リング状の金属を縫い合わせたというのがポイントなのだろう。


 ただの『ぬののふく』だったのが、金属の環が取り付けられてほつれもパッチで直してもらい、耐久度が回復してバージョンアップしたといったところだろうか。


 言うなれば『ぬののふく Ver. 2.00』。

 凄い字面だな!


 直してくれたのはフランさんとの事だが、お祖父さんの話を聞く限り、『またおれが今後、魔物と戦闘を行う』コトを前提に強化してくれたのだろう。


 お小言は言われているものの、おれが冒険者を続けることにはやっぱり賛成してくれているみたいだ。


 何にせよ、フランさんには感謝してもし足りない。

 というかお世話になってばかりだ。


 ……でも。


 こうまでされてしまうと、嬉しい、有難いはずなのに。


 なんだか後ろめたい気持ちになってしまうのは何故なんだろうか。


「ありがとうございます、お祖父さん」

「それはフランに言っておやり。ワシは何もしてないからのう」

「その、フランさんの事なんですけど」


 言っていいものかどうか迷う。

 ……いや、口にしては駄目な事だろう、間違いなく。


 それでも、どうしても気になってしまった。


 なにかな、とこちらを向いたお祖父さんに訊く。



「――どうして、フランさんはそこまでおれの面倒を見てくれるんでしょうか?」



 もしかしたら、おれが異世界人という事を周りに隠しているが故の、負い目引け目から来る考えなのかもしれない。


 そしてそれは、相手の受け取りようによっては、拒絶とも取れる言葉。


 おれは緊張してお祖父さんの返答を待つ。

 やはり嫌な気持ちにさせてしまっただろうか。


「ふむ…………」


 お祖父さんはすぐにはその質問に答えず、通りの方を向いた。

 そして、ベンチの席を空ける。

 座りなさいという意味だろう。


 おれはゆっくりと空いたスペースに腰掛ける。

 間に徳利を挟んでベンチに座る格好になった。

 二人して、バルコニーから通りを見下ろす。


 外はもう夜になっているのは知っていたが、人通りももう殆ど無くなっていた。


 本当に静かな夜だ。

 空も夕方までは晴れていたのが、今は曇ってしまっている。


 それでも食堂の外の道路が見える程度に明るいのは、通りの家の明かりが付いているからか、それとも道路の端々に置かれた淡い光を振りまく街灯によるものだろうか。


 電気はこの世界には見当たらないから、火の魔法を使った照明なのかもしれない。


 更に遠くを見ると、首都センティリアのずっと端、工房通りを越えて西の門と外壁までが遠望できることに気が付いた。


 意外にも、二階建ての建物 はそこまで多くなかったのだ。


 なまじ都市の周囲が平坦で土地面積が広いために集合住宅を建てる必要性が薄いのだろうか。

 二階建て三階建てになっている家なんて、右手の方に見える例の宿通りくらいで、後はちらほらという程度だった。


 ビルやらマンションやらですぐに視界が塞がれてしまう日本の都市部とはまた違った、見たことも無い風景。


「良い景色じゃろ?」


 おれの心情を見透かしたかのように、傍らのお祖父さんが言う。


 はい、と返すと満足げに一つ頷いて、手に持ったお猪口を口に運んだ。


「これでも、千年前は魔物が我が物顔で歩いとる土地だったなんて、冗談みたいな話じゃなあ」


 ほぼ独り言に近い感じで呟く。


 それは以前にも他の場所で聞いたな。


 確か、『儀式の間』での話だ。

 この異世界では千年に一度『侵攻』が発生していて、その『侵攻』が起こったのは数千年前から、といった内容の話。リベリオールさんが言っていたが、たった二日前の事だからよく覚えている。


 きっとその、今から千年前の『侵攻』の事を言っているのだろう。


 まあ、その後の勇者うんぬんの話は全部ムダになっちゃったけどね!!


 唯一残ったのは『智識の眼(ワイズマン)』の機能だけだ。

 おれがここまで生き残れたのもワイズマンのお陰だけど。


「知っとるかな?

 今でこそ平和じゃが、この首都から東の都市、リズシールドでは街の周辺でここよりも強力な魔物が襲って来る上、さらに東に行くとまだ魔物が跋扈する土地があることを」

「そうなんですか!?」


 この平和な首都の様相からは想像も付かない。

 センティリアでは、周りを歩いてもそこまでモンスターとは遭わなかったから。


 ゲームでは街の外を出た途端に魔物とエンカウントする可能性がある、なんて当たり前のコトだった。

 街の近くをうろついてモンスターと戦い、体力が減ったら街に帰って回復する。

 RPGのレベル上げなんて大体そんな感じだ。


 でも、実際に自分が生活する中で、『外に出るとモンスターに襲われる』と言われたらどうだろう。


 襲われるとは詰まるところ、死。

 どうオブラートに包んでもそこは変えられないし、変わらない事実。


 そう言われて、はいそうですかと流すことが出来るだろうか?


「そうじゃよ。だから……」


 お祖父さんが思案するように言葉を切る。


 遠くの西門を越えた所、向こう側の様子はここからは伺うことは出来ない。

 街壁がいへきのほうがこの二階よりも丈が高いからだ。


 それでも、彼が言うところの他の都市よりは街壁の外が安全だ、ということはおれでも判る。ヘビは出たけど。


「だから、儂らはみな、助け合って生きていかんとな」

「……はい」


 そうしんみりと言葉を締めるお祖父さん。


 そんな理由もあったのか。

 敵が外にうじゃうじゃっといる状況では、確かに人同士で仲違いしているヒマなんて無いだろう。

 個人が強くなることも重要だが、相互扶助もないと生きていけない。


 見知らぬ異国人、つまりおれに親身になってくれた事には、そんな思考の一端もあったのかもしれない。


「まあ、それは重要じゃないんだがの」

「ええぇえ」


 シリアスな雰囲気が一瞬で吹っ飛んだ。


 真面目っぽくしていた表情から一転、悪戯っ子のように笑みを浮かべる。


「フランは世話焼きな割に、昔から自分より年下で身近な存在が周りに居なかったからな」

「……と、言いますと?」

「弟が出来たようで嬉しいんじゃろ!」

「やっぱりそんな理由だった!!」


 ふぉふぉ、と笑う。


 しかも、実際には弟というよりは、手のかかるペットの面倒を見ているといった感じだろう。

 つまり兄妹なのはおれとジャネットさんだったのだ!

 あ、勿論ジャネットさんが姉です。


「ヒカリ君が来てくれたおかげで、ワシもフランの世話焼きが逸れて楽に……、いや、自分の時間が取れて嬉しいんじゃよ」

「途中で言い換えても、ソレあんまり変わってませんからね?」

「だからワシはこうして夜風に当たりながら、平和の喜びを噛み締めておったのさ……」

「その言葉はもうちょっと前に聞きたかった!!」


 今の話の流れでそれを言うと、平和の意味が変わってくるから!


 魔物が居ないから平和だーって意味じゃなくなっちゃうから!!


 叫ぶおれの横で、お祖父さんはまたふぉふぉと笑った。


 その邪気のない笑顔を見ると、なんだか気にしていたのがひどく小さなことに思えてきた。

 つかえていたものが取れた様な感覚。


 おれも、つられて頬が緩んでしまう。


 そうして二人で横並びになって、何がおかしいのかは判らなかったけど、暫く笑っていた。


 少し経ってからお祖父さんが付け足す。


「あとフランが言っとってワシも思ったが、君は見てて危うい感じがするからなあ」

「それ、他のどっかでも聞いた気が……」

「ふむ。やはり他の人も言っとったのか……」


 なんだか何度も聞いたような事をまた言われてしまった。


 そんなにおれ、危なっかしい雰囲気が出てるのだろうか。

 アブナイ人と言うならば、むしろファンキーさんが該当するだろうけど。


「そうよー、お爺ちゃんの言う通り!」


 後ろのガラス戸の方から歩いてくる足音がすると同時に、声がかかる。

 彼をお爺ちゃんと呼ぶ人なんて、一人しか居ない。


「おや、噂をすれば、じゃなあ」

「ですね」

「えっ、えっ? 何の話?」


 食堂一家のお祖父さん、テルムさんが後ろに見えないように、口に手を当てる仕草をして、悟られないように笑う。

 ついでに人差し指を口の前でピッと立てた。


 察するに、この話は秘密にしておこうかの、というメッセージだろう。


 しかしその笑っている表情は、やっぱり後ろに居るフランさんとそっくりだった。


「なんでもないぞ。それよりフラン、用事があったんじゃろう?」


 あ、すっかり忘れてた!

 当初の目的をすっぽかして話し込んじまってた!


「あ、そうそう! お爺ちゃん、スミドさんを早く送ってあげてー」

「おお、そうかそうか」


 よいしょと重さを感じさせずに立ち上がる。

 ほんの少し前まで夜酒をしていたとは思えない、しっかりとした足取りだ。


 そして、それじゃワシは行ってくるよとだけ告げて素早く去って行った。


 ……フランさんに言及されないうちに去って行った。


「それでヒカリ、お爺ちゃんとどんな話してたのー?」


 もちろんその貧乏クジはこちら、出て行くタイミングを逃したおれに回ってくる。


 体よく説明する役目を押し付けられた形だ。

 ……まあ話題を振ったのはこちら、身から出たサビと言えば否定出来ないけど!


 フランさんのお祖父さんことテルムさん、中々に茶目っ気のあるご老公だった。


 よし、お祖父さんにならってフランさんの脇をすり抜けよう。

 なあに、一人が行けたんだから、もう一人くらい楽勝で通れるさ!


「さて、それじゃおれも行ってきま」



 ガッ ←肩を掴まれる音



「どこに行くのかしらー……?」


 が……駄目っ………………!


 通り過ぎようとしたおれの肩はパーカーごとホールドされた。

 がっちりキャッチだ。


 むしろお祖父さんがどうやって彼女のわきをすり抜けられたのか謎だ。


 フランさんの手がおれの肩に載せられている。

 上からポンと手を置かれただけなのにどうしてこんなに痛いんだろうね。


 ホント……なんで痛いんだろうね…………。


 おれとフランさんは笑顔で向き合った。

 でも、片方はさっきから辺りは涼しいくせに冷や汗が止まらないし、もう片方は見れば眉間に波線が走っている。


 もちろん後者がフランさんだ。

 フランシスカ姐さんの降臨だ。


 テルムさんからは今の話は秘密って合図が出てたし、コレどうやって説明すりゃ良いのさ……。





「じゃあ、今日もこの部屋を使ってねー」

「はい、助かります」

「着替えはまたお爺ちゃんのを貸すね」

「はい、おやすみなさい」


 ドアを閉じようとするが、目の前の女性が戸の所に立っていて閉められない。

 顔を見合わせる。


「…………」

「…………」

「一人で寝れる? もし寝れな」

「大丈夫ですから、もう大丈夫ですから!

 ってかこのやり取り、昨日もあった気がする!!」


 再度部屋に突入してこようとするフランさんを押し留め、なんとか部屋の外に退去してもらう。

 心配して貰えてるのは非常に嬉しいけど、さすがにちょっと過保護な気がするようなもにょもにょ……。


 結局また食堂に泊まることになっちゃったし。

 いや、他に行くアテなんか無いのも変わらないけど。


 取り敢えず、あのバルコニーの窮地を切り抜けられたこと、フランさんに服のお礼を伝えられただけ良しとしよう。


 小さな丸テーブルの上に腰に提げていたポーチとツルハシを外して置く。

 おれの相棒ことシャベルはベッドの下に転がしておいた。

 イザという時に取り出せる位置だ。


 ……いや自分でやっといてなんだけど、そんな機会なんてないだろ。


 あと、シャベルを素早く手に取ったところで意味なんてあるのかどうか。

 突然土を掘り返したくなった時くらいにしか使い道がない。

 そんなの変態の所業だ。


 また、壁のフックを見れば、半日ぶりに見るおれのジーンズが掛かっていた。

 そちらも見れば、ヘビに噛まれて破けていた箇所が丁寧に縫い直されている。


 服を脱いで隣のフックに掛け、置かれていたきちんと折り畳まれている無地のシャツを着る。これが夜着ということなのだろう。


 そこまでしてから漸く、ベッドにダイブすることが出来た。


 改めて新調されたパーカーとジーンズ、元の世界の服を寝転んだまま眺める。


 ある箇所はこの世界の布で補修され、またある箇所はこの世界で生きるためにリングを付けて保護された服。


 なんだか、おれがここに居ることを認められたみたいで嬉しい、かも。


 …………よし!!


 当面の目標は、『周りの皆に心配を掛けないくらいに自立する』にしよう。目標変更だ。


 食堂に居候している今は、まだだいぶ遠い話だけど。


 それが達成出来たなら、その次は……。


 次は…………。



 あダメだ、もう眠くなってきた。

 身体くらいタオルで拭いておけば良かったかな。


 でも、明日また井戸の方で水浴びすれば済む話か。

 なんとか保護者(フランさん)同伴、なんて事態は回避しないといけないが……。


 その後は安全なクエストでも受けて、地道に……。


 まあ明日は平和に、平穏無事に済めばなんでも良いかな……?


 そうして、ベッドのふかっとした感触に、残っていた思考を預けてしまうのだった。


 異世界に来て二日目の夜が過ぎていく。









 ……………………。



 …………残念なことに。





 そんな願いは、一切叶うことが無いのだけれど。



 後になってから、なんて甘い考え方だったのかと後悔するのだけど。



 この時おれは忘れてしまっていたのだ。



 そして、忘れるべきではなかったのだ。





 ――――自分が、おれが、幸運値0(ラック値ゼロ)の人間だと言うことを。


 


イメージはサモンなナイトの夜会話。


そして、そろそろ第二部もラストスパートに突入です。


ではまた次回!!

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