第十九話 : 今そこにある危機
フランさんの本名が判明する回。
それではどうぞ!
「戻りましたー、って」
ドアを開けようとすると、『Close』と書かれた看板がドアノブにぷらんと提げられていた。
……あれ、閉まってる?
時間は夕飯時の真っ最中だし、昨日の感じから言えばこの時間は開いていたハズだけど。
「お? もう終わっちまってんのか?」
後ろに居るベアさんが聞いてくる。
結局ギルドでフォックスさんと合流した後は、一度回転ジャンプをキメるというハプニングこそあったものの、一直線にこのフランさん一家の経営する食堂に戻って来たんだけれど……。
どうでしょう……、と答えて扉を引いてみる。
と、あっさり扉が開いてしまった。
しかもチリンチリンとベルが鳴ってしまったから、もう後戻りは出来ない。
これでドアを閉めて逃げ出したらピンポンダッシュと変わらない。
恐る恐るドアの隙間から食堂の中を覗いてみる。
すると、そのタイミングで奥から笑い声が聞こえた。
この大きな野太い声は……鍛冶屋の親方?
もう一人はこの食堂のお祖父さんだろうか。
店内には彼ら以外にいないみたいだ。
中に入ると、すぐに目を付けられた。
「やっと帰ってきたか、ボウズ!」
体格は小さいものの、ヒゲもじゃで筋肉質なドワーフ、親方が呼びかける。
なぜか赤ら顔になっている。やたらと機嫌が良さそうだ。
機嫌が良いのは何も問題ないけど、ボウズって呼ばれるのは勘弁して欲しいな……。
少し恥ずかしいものがある。
なぜか脳裏にノリノリな動きをしつつおれをボーイと呼ぶ怪人物が浮かんだ。
ファンキーさん今何やってんだろ。
取り敢えず無視も出来ないので、そちらのテーブル席に向かう。
ついでにボウズ呼ばわりに抵抗でもしておこう。
「これでも一応成人なんですけど……」
「そうじゃなあ、農場の様子見も立派果たしてくれたしのう。大人じゃよ大人」
親方の向かいに座っていたお祖父さんが、そう答えた。
フランさんを彷彿とさせるゆったりとした口調だ。
でも、そう言われてもまだなんとなく子供扱い、というより自分の子を褒めるおじいちゃんのような言葉な気が……。
まあ良いか。
別にこの二人から見たら、おれなんてまだまだひよっこだろうし。特に嫌な気分になった、というワケでもないし。
ただ、それを聞いてからの親方のセリフはまずかった。
「成人なら問題ねぇな。 よし、ヒカリもこっち来て飲め!」
「うっ!?」
そしてようやく、彼らの着いている机に置いてあるものに気付いた。
お酒だ。
緑色の背の高いビンが机の上にあり、その酒瓶がなんと机上に四本もドンと並んでいたのだ。見た感じ一本が一升瓶程度の大きさはある。
その横並びの光景は最早そびえ立つ摩天楼、もしくは連峰のようだった。
少なくともおれにとっては越えられない山々だ。
むしろ越えたらマズい事態が起きる。
具体的には、気付いたら全裸で公園の砂場に埋まっていてもおかしくないレベルだ。
……っていうか匂い強くない!?
そのお酒、度数メチャクチャ高くない!?
「なんだ? 親方良いモン飲んでんなぁ」
「む、クマ公にキツネまで居たのか」
「ちょっと飯にな」
そう言いつつ、後ろにいた動物コンビはさっさと席に着いてしまう。
ご相伴に預かる気まんまんだ。
「あれ、そう言えば食堂の方は?
まだ普通なら営業してる時間ですよね?」
フォックスさんのセリフで思い出したので、お祖父さんに訊いてみた。
それを聞いて少し気まずそうに頷くご老人。
「やはり材料が早く切れてしまってな……」
どうにも、夕方に差し掛かる前に食材が足りなくなってしまい、早々に店を締める事になったとの事。
そりゃそうか、野菜が足りなくて他のメニューでカバーするにも限界がある。
「う、すみません、農場でジャガイモぐらいでも採ってきていれば……」
「いやいや! ヒカリ君が気にすることじゃあなかろうて」
それでも、おれがあのジャガイモだけでも回収して……回収して……?
腕を振り回して暴れるジャガイモの魔物を農場でふん捕まえ、ハンターが砲弾を持つようにしてがに股で食堂まで抱えて行くシーンを想像した。
果てしなくシュールだ。
それ以前に暴れられておれが三死する方が早い気がする。
「それと、最初に切れてしまったのはバター類じゃからの」
「なるほど、そっちも量が無かったんですね」
「それならまあ仕方ねぇってんで、残ってた俺とじいさんとで飲んでたってワケよ」
「一気に話が飛んだ!!」
親方が話をばっさりカットした。
ダイジェスト版にも程がある。
というかこの人、ただ早くお酒が飲みたいだけだ!
話するのが面倒くさくなってるだけだ!!
そして、適当な感じで親方が話を継ぐ。
「ま、食材切れで休業なんて街じゃ良くあることだしな、ヒカリが気にするこたあねえよ」
「そうなんですか?」
確かに、よく考えてみれば厨房にも『冷蔵庫』、もしくはそれに類するものは無かった気がする。
とすると、乾燥食品や穀物、塩漬け以外の食べ物の保存がきかないのだろう。
実際地球でも、意外なほど最近まで『食料を無加工で保存する』といった事は難しく、保冷技術の発達、冷蔵庫の登場によってようやく野菜などの備蓄が出来るようになったハズだ。
……まあ、異世界なら語歌堂さんの持ってたチャッカ○ンよろしく、魔法を使って保存だー、とかあるかもしれないけど。
少なくとも一般家庭にはそういった設備は普及していないようだった。
「魔物が農場を荒らしたりする事も珍しくないからの」
「そういうこった」
既にグラスを一杯空けたベアさんに、親方がまたビンから注ぎ足しつつ答える。
ああ、その所為で供給が途絶えてしまう時もあるのか。
おれが頷いて理解を示すと、親方も話は終わったとばかりに二本目のビンのコルクを開けた。
「って、ペースはやっ!」
え? 今おれが話してた一瞬で飲み干してたの!?
アルコールの度数高そうなのに、早くない?
さっき見た時は一本目も半分以上はあったよね?
こっちはまだ着席すらしていないんだけど。
驚くほどの早さだった。
「ぶあははひゃひゃ!!」
「酔うのもメッチャ早い!?」
ぐいぐいとグラスをあおっていたベアさんが、一体何が面白かったのか必死に叫ぶおれを見て笑う。
どう見ても酔いが回ってるし、笑い上戸だ。
あと、おれを指差して大笑いしないで下さい。
なんとなく傷付きます。これでも繊細なんです。
「おめぇも早く座って呑めよ!」
「ぅえ!?」
同じく「おっ、店主さんすんませんね」とか言って同じくグラスを受け取っていたフォックスさんがそう言って、テーブルのこちら側をばっしばっし叩く。
見れば、手に持つグラスの中身はもう無くなっている。
彼も酔っていた。
というか既に呂律が回ってない。
さっきの発音だって、正確には呑めよじゃなくて「ろめぉ!」って感じだ。
ロメオってなんだ。自動車か。
「い、良いんですかお祖父さん!
なんだか突然押しかけちゃって飲んでますけどこの二人!」
比較的まともな様子のお祖父さんに尋ねる。
彼もだいぶお酒を飲んでいるハズなのに、まだ見た感じ普通だ。もしかしたら酒に飲まれない、というタイプの人なのかもしれない。
少し羨ましい。
「構わないんですよ、これで」
お祖父さんが答えるよりも早く、おれの後ろから声がした。
フランさんのお祖母さんだ。
「年寄り二人で飲むよりかは、若い人たちと分けて飲んでもらった方がまだ飲み過ぎませんからねえ」
そう言って机の上に持ってきた料理を並べていく。
ちらっと机を見てみると、確かに一部の材料が切れたこともあってメニューは偏っていたが、昼間余っていると言っていたコーン等を筆頭にして幾つかの料理が山盛りになっていた。
あの焼きトウモロコシとか見てると、無性にお腹が減ってくるな……。
醤油がかかっていないのが惜しまれる。
そして、戻りますよ、とお祖父さんに告げて運んでくるのも早々に二階に上がっていってしまうお祖母さん。
ご年配だとは思えないほどしっかりした足取りだった。
「そうそう、そういうことじゃよ」
お祖父さんも同調して、去っていくお祖母さんを見やりつつ目を細めて微笑む。
長年付き添ってきた以心伝心というヤツだろうか。
なんだか良い話っぽくなってしまった。
でも、話すお祖父さんとおれとの間には、ジョッキの如くグラスを振りかざして笑うベアさんと、それに負けないくらい大笑いでぐわっはっはっはといった感じで大笑いする親方が居る。
ぶっちゃけベアさんの顔で半分お祖父さんが見えない。
良い話が台無しだった。
皿に載っていたチーズ(らしきもの、多分チーズだろう)だって、お祖母さんへのお礼もそこそこに早速奪い合うように食べ始めてるし!
おれの分は!?
……と酔っぱらいに言ってもきっとムダだろう。
そもそもまともな会話になるかすら怪しい。
巻き込まれて飲まされてべろんべろんにされるのがオチだ。
それだけは避けたい。
べろべろ仲間にされてはたまらない。
なんだか表現がヒワイになった気がする。
「しかし親方、この酒すげぇ効くなあ!!」
「ああ、流石『ドラゴン殺し』だな」
やたら物騒な名前のお酒だった。
(なにそれ怖い!)
たぶんおれが飲んだら死ぬんじゃなかろうか。
一気にHPが0になったりしたらどうしよう。
……よし、料理だけ少し戴いて退散しよう。
座っている四人に、並んだ料理を大きなフォークで取り分ける。
「ほれ、ヒカリもそこに座ってこの酒を」
「はいはい、親方もこちらをどうぞ!」
素早く空になった大皿の一つに濃い色のチーズやらいい香りのする香草の載ったミートローフやらを少しずつ取る。
そして皿を持って「それじゃあ、ぼかぁちょっとお手洗いに行ってきますよ!」とワケの判らない事を言って脱出する!
これで疑わないんだから彼らの酔い方が相当なものだと判る。
お祖父さんだけは知ってて気付かないフリをしてくれたんだと思うけど。
おれはその蝕の儀の如き大騒ぎを避けるように死角になった入り口の方へ避難しようとする、と。
「あらヒカリ? どこ行くのー?」
「フランさん!?」
思わずビクッと足が止まる。
途中横切ったカウンター席の向こうにはフランさんが居た。
布巾で調理テーブルを拭く手を止めて、こちらを見ている。
横には何やらチーズやらサラダやらの追加が載った大皿が置いてあった。
台所を片付けるついでに、また向こうの宴会テーブルに差し入れるおつまみを作っていたみたいだ。
……しかしなぜか、こちらを呼びかける口調から若干ピリッとした気配を感じる。
「いやあ、ちょっと畑の様子を見に行こうかと……」
咄嗟に台風の時に出かける農家のようなセリフが口から出てきた。
ヒカリ、それ死亡フラグや。
「それはもう大丈夫、ヒカリのおかげで他の人が危ない目にあわずに済んだからー」
ありがとうねー、とほわっとした口調で言われる。
そ、そういう意味で言ったんじゃ無いけど……。
恐らく昼間の農場調査の事を言っているのだろう。
その点に関してはフランさんもおれの行動を評価してくれているみたいだった。
いや、まあおれがやった事なんて、ジャガイモを一匹倒したコトくらいだけど。
ほとんど語歌堂さんの功績だ。
なんだ、これなら意味なく焦る必要はなかったかな。
夕食中だけ、この抱えた皿の料理を食べ終わるまでの間だけでも、こちらの席に着いてお茶を濁しておこうかな。
少なくとも、向こうの大騒ぎが終わるまで……。
そうすりゃ向こうの喧騒からも離れ
「でも、立入禁止になった場所に行っても良い、なんて誰が言ったかしらー……?」
よし逃げよう。
見るとバレッタで留められた髪のこめかみ辺りがピクピクしていた。
マンガだったら完全に怒りマークになっている。
口調こそ普通だが、たぶん堪えているだけだ。
「じゃ、じゃあおれはジャネットさんの様子でも見に……」
ジャネットとは、この食堂一家の飼い犬の名前だ。なぜさん付けなのかはこれまでの経緯による。
そう言ってススス……っと横歩き。
足を地面に付けたまま滑るように移動する、通称『滑り走り』!
そうさ! そのままのネーミングさ!!
神様仏様ジャネット様、おれをお助け下さい!
「ヒカリ! ストップ!!」
「わんっ!」
ダメだった。
おれの体は勝手に動き、気づいた時にはカウンター席の上に正座をしていた。
しつけ学習の結果である。
……とても嫌な学習だった。
「取り敢えず、お皿を置きなさい」
「はい」
カウンターに持ってきた皿を置く。
これでもう逃走という選択肢は失われてしまった。
料理なんてほうっておいて逃げろ?
いや、それは逃走ではなく敗走である。
もう既に逃げた時点で負けじゃん、なんて言ってはいけない。
「あのねヒカリ。お姉ちゃんがどうして怒っているかわかる?」
「……判ります」
判らないとは言えない雰囲気。
ここでNOと言えるほどおれは強くない。
とてもダメな日本人の典型だった。
そしてごく自然にお姉ちゃん発言が出てるのもスルーした。
このタイミングでヤブを突っつくワケにはいかない。
「じゃあ、どうして?」
「立ち入り禁止の場所に入ったから、とか……?」
「それはどうして?」
うぐ。
たぶん、それを言うにはクエストの内容、スケルトンとの戦闘、全て話してしまわなきゃならないだろう。
それはちょっと、いやかなりマズイ。
思わず右手で首の所をこっそり押さえる。
さらにそこが見えないように顔を斜めに向けた。
剣で斬られた場所だ。
どう答えよう。
どうすれば上手く凌げ……、って。
……ああ、ここでこうしてまた誤魔化すことを考えてしまうのは悪いクセだな。
最初に異世界から来たことを隠した時、おれはそれ以上ウソをつかないと自分で決めたのに。
よし。
正直に言おう。
自分の心に正直になろう!
「散歩です!!」
神様仏様ジャネット様スミマセン、おれはまたウソを付きました!
でも心配をかけたくないんだ!
弱いおれを許しておくれ!
何より恐怖の感情が勝っていた。
だってフランさん怖いんだもん!!
むしろ心というか体が正直だった。
ぐへへ、体は正直じゃねぇか……。
なんだかまた表現がヒワイになった気がする。
「さん、ぽ……?」
「さささ散歩です」
別に突然J-ラップを始めたワケではない。
おれの身体のナチュラルな震えによるものだ。
あかん、こんなんじゃ一瞬でバレてしまう!
しかしそれを見たフランさんが、にっこり笑った。
お、おや……?
もしかしてこれは、許される雰囲気……?
「任務階級も違うクエストを受けて、立ち入り禁止の場所にも入って、あげくの果てにスケルトンソルジャーとかいう魔物と戦って施療院に運ばれたのが散歩って言うのかしらー?」
「詳し過ぎるーーーー!?」
やっぱり許されなかった!!
ハルマゲドンだ。
食堂の一角にハルマゲドンが到来した。
まさかまだあちらの飲み会ランチキ騒ぎの方がマシだなんて感じる日が来るとは思わなかった。
笑顔とは本来、攻撃的なものだったのだ。
っていうかちょっと詳しすぎやしないか!?
どうしてそこまで一挙一動を把握してるんですか!?
一体誰が彼女にそんな適当なコト(※事実です)を吹き込んだんだ……?
「あ、あはは……」
隣で笑い声がしてそちらを向く。すると、おれの正座している席から二つほど離れた所に、ショートカットで薄い色の金髪の女性が居た。
「……どなた?」
思わず聞いてしまう。
でも、どこかで見覚えがあるような……?
おれの素のギモンに相手は苦笑して、スカートから何やら取り出して頭に被った。
短い金髪がすっぽりと隠れる。
紺色のフードだった。
「え、エマさん!?」
「やっと気付いたのね……」
フードをしまう。
「な、なぜここに?」
あとどうして私服なのか、施療院はどうしたのかも判らない。
「ごめんね、私が全部話しちゃったのよ」
「そんなあっさり!?」
「といったように、全て不可抗力によるものでして……」
結局全部話してしまった。
おれは確認するように隣に座っているエマさんを見る。
……コクリと頷かれた。たぶん聞いた話と合っているのだろう。確かベアさんから聞かされていたはずだ。
当のベアさん達は今も大騒ぎの最中だ。いつの間にか手に持っているのはジョッキに変わっていた。
ワイングラスみてえな小せえやつで、チマチマ呑んでなんかいられねえぜ! といったところだろう。
というより、さっきそう叫んでるのが聞こえたから間違いない。
お祖父さんはいつの間にか居なくなっていて、残ったのは動物コンビと親方だけだった。
あんた方はよその食堂でなにやってんだ。
……でも、こっちに来て話がこじれるよりはマシかもしれない。
「私めからの話は以上でございます」
そう言って、落語の席のように正座からのお辞儀。
イスの上なのがなんとも落ちつかないけど。
座布団が一枚欲しいところだ。
「ふーむ……。エマから聞いた話と大体合ってるかな……?」
「そっちも元を辿れば、おれが話した内容ですからね」
そのエマさんだが、彼女の方は元からフランさんとは知り合いだったらしい。
そしてたまには外食でもと施療院を他のシスターに任せ、非番のラフな格好でこちらにやって来たようだ。
意外と世界は狭いんだなと思うワンシーンだった。
異世界のくせに。
まあ、狭いおかげでおれの所業がエマさんから筒抜けになっちゃったワケだけど。
「ヒカリ」
「はい」
串に刺さったミートローフをかじりながら左の席に座った女性を見る。もちろんフランさんだ。
バレッタはもう外していた。やっぱり料理の時しか髪は留めないのだろう。
今もごもごしてる料理については、冷める前に話しながら食べても良いと言われたため有難く戴いているのだ。
ので、三人して並んで食べていた。
「私はね……、別に怪我することも、ギルドからクエストを受けるのも別に反対してないのよー?」
そう言えば、確かに最初おれに冒険者になるよう勧めたのは、フランさん本人だったな。
「……じゃあ、一体何を?」
怒ってるんですかい? と言裏に訊ねる。
すると、フランさんは居ずまいを正してこちらを真っ直ぐ向いた。
おれも串を置く。
「お姉ちゃんはね、」
「はい」
「――――ちゃんと、あったことは報告しなさいって言ってるの! 食堂の子として!!」
「うちの子ってなに!?
おれ別に食堂の子じゃないですけど!?」
なんかまた完全にフランさん一家に勝手に組み込まれていた。
「エマも! 判った!?」
「私も!?」
そしてエマさんも巻き添え。
おかしい、元より頑固な所がある彼女だが、ここまで道理の通らない事は普通なら言わないのに。
それ程までに怒って……?
いや、どうも違うっぽい。
さっきから甘い香りがする。フランさんの手に持つグラスからだ。
というかあれ、多分お酒だ。
「まあ、あんたとヒカリ君の仲が良いのは判ったわ……」
「そんなー、えへへへぇ」
「態度変わるのはやっ」
一瞬で、わたし怒ってます的な表情が緩んでしまっていた。
喜怒哀楽の変化が激しくなっている。どう見てもお酒が回っているとしか考えられない。
どうやら彼女はアルコールにそこまで強くないようだった。
ちょっと親近感が湧くな。
「見ていて危なっかしいから、心配になるんでしょう?
なんとなく判る気がするわ……」
「そーなのよー」
ふざけるように腕を絡めてくる。
「一人にすると、訳判らないコトしてそうでー……」
割と酔ってるフランさんが、文句を言いつつも小さな子のように無邪気に笑う。
まるで手のかかる子の面倒を見る保護者のようだ。
それ自体はとても微笑ましい。
さっきまでの怒りモードと較べたら遥かに好ましい。の、だけれど。
ギリギリ言ってる!
掴まれてるおれの腕がギリギリ言ってる!!
「いだだだだだ!!」
「ふふー」
「笑ってないで組んでる腕を外して!
ブレイク! ブレイク!!」
あば、あばばばばばば!!
組まれた腕が自然に腕ひしぎの格好になってる!!
何故!?
実はまだ怒ってらっしゃる!?
おれは食堂の中心でギブアップを叫んだ。
メチャクチャ痛いわ、なんだか抱え込まれた左腕に柔らかい何かが当たっているわ、でもやっぱり血の流れが止まるくらいギリギリと締められた腕が痛いわ……。
限界だ、色んな意味でギリギリだ!
「無礼講? 別にそんなの無くても遠慮しなくいいのにー」
「ブレイクって言ったんです!」
「まったく、いつからこの子はお姉さんをからかうようになったのかしらー……」
「別におれは何も言ってぬびゃぁああ!」
理不尽だ。
どうして宴会に巻き込まれた末イスの上で正座をさせられ、終いには関節技を決められなきゃならないんだろうか。
このままでは訳ワカメな所で体力が尽きて斃れてしまう!
おれの頭の中で、好きなように生き……理不尽に死ぬ……、という渋い声が聞こえた。
誰だお前。
どうしてだろう。
親方達から逃げたはずなのに、さらに逃げた所でもっとヒドい目に遭ってる!!
「フラン、フラン、あなた力は強いんだから、それ位にしておきなさい」
見兼ねたシスターさんから助け舟が出港。
フランさんがこちらを見る。
「あ、あら、ごめんねー!」
ようやくおれの死に体を見て、すぐにアームロックを外してくれた。
危うく腕パーツが取り外し可能になる所だったよ……。
こんな所でも命の危機が訪れるなんて、幸運値0はこれだから油断ならない。
「本当にもう……。フランたら、ギルドにいた頃から馬鹿力は変わって無いわねぇ」
息も絶え絶えのおれを気遣いつつ、エマさんがしみじみと呟く。
それにフランさんはそんなことないよー、と返しているが……。
おれは別の部分が気になった。
腕を振って血を通わせつつ聞いてみる。
「……ん? ギルド?」
「ああ、ヒカリ君は知らなかったのね。
この子、何年か前までは冒険者やってたのよ」
「なんですと!?」
フランさんが冒険者?
そうだったの!?
てっきりずっと食堂の手伝いをしてたのかと思ってたけど、違ったのか。
「その時はもう、『レイクーン家の麒麟児』とか『業風の斧』とか呼ばれるほど……」
「わっ! わー! 言わなくていいからー!!」
「へ、へぇー……」
おれは一歩後ろに退いた。
立ち上がるのは流石によしたが、それでも椅子をカウンターから少し離した格好だ。
理由はお察しである。
そんな様子を知ってか知らずか、こちらに謎の弁解を始めるフランさん。
「今はそんな乱暴なことしてないからね!? 昔の話だからね!?」
確かに今見る限りでは、全く想像がつかない。
でもそういや彼女、最初におれがジャネットさんを追って食堂で扉に衝突した時も、ドアを開けたあちらは平然としてたな……。
こちらは一発で気絶してたのに。
ちなみに、無意識に呼び出したワイズマンは
《レベルの差が大き過ぎるため、『解析』が出来ません。》
と表示している。
恐ろしい事になっていた。
まさに身近に潜む危機である。
というかワイズマン、モンスターだけじゃなくて人相手にも使えたのか。
「あぁーー!! 距離置かれちゃってる!?
え、エマーー!?」
「わ、私のせいじゃないでしょ!?
しかも事実でしょうに!」
事実云々は否定せず、キッとこっちを向く。
だいぶ必死な感じだった。
「ほら! いつもみたいに『お姉ちゃん』って呼んでみて!」
「ね、姐さん……」
「なんか違うー!? エマー!」
またエマさんに泣きつく。
あと、いつもみたいにってどこから来た。
「っていうか……。ヒカリ君、フランの親戚だったの?」
「え?」
「だってお姉さんて呼んでるんでしょう?
あなたもレイクーンって姓じゃないの?」
ヒカリ・レイクーンってなんだか変な名前ねえ、髪の色も違うし……、と考え込むようにして尋ねられる。
「さっきの二つ名? みたいなのでも『レイクーン』って言ってましたけど、一体何ですかソレ?」
「あれ、知らなかったんだ」
エマさんが説明してくれた所によると、この食堂を営む一家の苗字なんだそうだ。
フランは愛称であって、本来の名前は『フランシスカ・レイクーン』。
なんだかやたらとカッコ良い名前だった。
というよりも、フランって名前がそのまま本名だと思ってたよ……。
もうこれからはフランシスカ姐さんと呼ぶしかない。
ちなみに、お祖父さんはテルム、レイクーンに嫁いだお祖母さんはジナという名前だと教わった。
なんでも、レイクーンの一族は何人もの武官を輩出していたり、冒険者になるものが多いようで。
「まあ、そんなところかしら」
「はぁ……、なんだか凄い話ですね」
なんというか……。
異世界みたいな話だ。
「ところでヒカリ君、今の話は知らないのに、どうして食堂に住んでるの?」
レイクーン一家の説明が終わったエマさんに、首を傾げられる。
別に咎める感じではないから、ただ単に気になっただけなのだろう。
「うーん……、成り行きですかね」
エマは口が軽いんだから! とかむくれ気味のフランさんを横目に、腕を組む。
たぶん、これ以外に言い表しようが無いな……。
「つまり、フランと付き合ってるってコト?」
「ぶふぉあっっ!!」
口からタマシイ的なものを吹き出しそうになった。
「そ、そんなワケ」
「そんな訳ないでしょーー!!」
おれが応えるよりも早く、隣のレイクーンさんちのお孫さんが否定した。
流石に酔って顔も赤くなってるとはいえ、その言葉は聞き逃せなかったのだろう。
ついでにおれの左肘がねじ切られんばかりに掴まれる。
今度は両手で握られていた。
「ミギャーーーーーー!!」
「違うから!」
ヤバイ、今度こそ腕が外れる!
このままじゃ肘から先が別の生き物みたいになっちゃう!!
「弟! 弟だから!!」
「いや弟でもないから! 誰か、助けて下さい!!」
もうホントに誰かこの騒ぎを止めて!
おれは普通に食事が出来れば充分なのに!
と。
願いが叶ったのか、救いの手が現れた!
「君たち、そこまでだ!」
颯爽とおれとフランさんとの間に割り込み、スッと肘固めを外す金髪の青年。
「え、エドさん!」
「食堂のお嬢さん、ヒカリ君が困っているだろう?」
そう言っておれの肩に手を載せる。
すると、呆気に取られていたフランさんが、自分の肘を抑えるこちらに気が付いた。
「あっ、ごめんねヒカリ! 力加減がきかなくてー……」
おれはエドさんの手をさり気なく払いのけつつ応える。
「いえ……。もう離してもらったので大丈夫です」
「そ、そう?」
まあ、なんとか腕も持ちこたえてくれたし、この程度なら問題ないだろう。
……今後フランさんは怒らせないように肝に命じておく。
「エドさん、有難うございました」
「いや、気にすることは無いさ……と」
何かを思い出したのか、エドさんがエマさんに話しかける。
「そう言えばシスター長、さっき外に他のシスターが居たよ。『後でで大丈夫ですけど、ヒーリングポーションの調剤をお願いします』だそうだ」
「あら」
丁度食べ終わったエマさんが、それを聞いて立ち上がる。
「それじゃあ、私はそろそろ戻らないと。
ヒカリ君、下世話な質問しちゃってごめんね?」
「エマには今後一切ごはん奢ってあげないから!」
「ええぇ!?」
そう言いつつも、ドアの方に向かう。
まあ、二人とも仲は良さそうだし、なんだかんだですぐ言い合いなんて忘れてしまうだろう。
「今度入ってきたら、お水にトウガラシ入れてやるんだから……」
……多分。
そして、それじゃあねー、と言って去って行くエマさん。
フランさんがしないので、代わりにおれが手を振っておく。
そして、同じく手を振る金髪の青年。
おれは訊いた。
「エドさん」
「なんだい?」
「あの、いつからおれの後ろに居たんですか?」
「『エマさん!?』の辺りからかな」
「そうですか……」
かなり話の序盤だった。
結局エマさんが居たことに気が付かない緑のくまさん。
ベア……かわいそうな子……。
ではまた次回!




