第二話 : 犬は人間の最良の友である
「いただきます!」
「はいどーぞ。めしあがれー」
おれの座っている、食堂の隅の方の机に料理が置かれた。
さっそく目の前のシチューに食らいつく。
もう既に時刻は昼には遅いくらいになっているようで、この食堂も人は多少まばらになってきていた。
なにしろおれは今日の朝からずっと食べ物に関してお預けを食らっている状態だったのだ、その空腹度合いといったら推して知るべしだろう。
なので、ちょっと行儀悪いとは思いつつも、目の前の温かい野菜たっぷりのシチューとライ麦パンに遠慮してなど居られなかったのだ。
どうしてこうなったのかと言うと、話は一時間ほど遡る。
今朝から気絶したり意識が飛んだりしまくっていたおれは、目覚めると今度は見慣れない部屋に横たわっていた。
そして起きてから、自分の服の上半身、まあつまりシャツとパーカーが跡形も無くなっている事に気付いた。
なんでまた脱げてんの!? と恐れ慄くおれだが、その疑問はすぐ解決した。
部屋の戸を開け、栗毛の若い女性が入ってきたのだ。
そしてこう言った。
「あら? 目が覚めたのー?」
と。
彼女の名前はフランと言った。
つい先程おれからなけなしの食料を盗っていった不埒者、いや不埒犬の飼い主らしい。
そしてここは、大通りから二本、通りを横に行った場所にある食堂だと言う。その二階が彼女と彼女の家族の私室であり、おれが運び込まれたのもそこらしい。
食堂で手伝いをしていたフランさんが生ゴミをまとめて捨てるため、ゴミ置き場に行こうと勝手口を開けた途端、反対側で何かがぶつかる音がしたらしい。
おれである。
で、見ると黒髪の少年が白目むいて気絶してる上に、服の袖が千切れていて、しかも自分の犬、ジャネットがその袖を咥えていたと。
それで事態を一瞬で把握したらしい。
ちなみにおれが名乗り、ついでに『少年』というのを二十歳なんですと言って否定すると、かなり驚かれた。
あれか、外人から見ると日本等のアジア系の人は若く見えるという話だろうか。
それからおれに縫い直し、ついでに軽く洗濯までしてもらったパーカーとシャツを渡してくれたのだ。
煤けていたパーカーは元の青色を取り戻し、シャツも見るからに清潔になっていた。
ついでにパーカーの袖は先のほうが緑色の頑丈な布の生地に変わっていた。
それだけじゃ見栄えが悪いので、両方の袖を同じ色の生地で縫ってくれたそうだ。
おれのパーカーは全体が青、手首の周りだけが緑色という形に生まれ変わった。火事ボーイファッションの終焉である。
千切れた袖はボロボロになってもう助からなかったそうで。南無。
おれは礼を言ってシャツを着て、パーカーを羽織った。
上裸を人前で見せた事に関してはもう諦めていた。
服を着た後、犬の咥えていったフルーツはと聞くと黙って首を横に振られた。
お医者さんの「残念ですが……」と言った時の感じにすごく似ていた。
おれは心のなかでわっと泣き伏し、表面上はなんでもないような素振りをして耐えた。南無。
そうしてフランさんはおれに飼い犬の所業を謝罪し、おれに一階でご飯食べていけ、と仰った。
断りはしたけど、いいからいいからー、と押し切られる形で背中を押されて階段を降りて行き、食堂のホールにまであっさりと連れて来られた。
そんな訳でおれはこうしてテーブルに付いているのだ。
しかし、手料理である。
お詫びという意味合いもあるだろうが、わざわざおれの為に作ってくれたのだ。
「美味しいです!」
「そーおー?」
フランさんが厨房の奥の方から返事をした。
手料理。しかも女性の手作り料理を戴けるなんて、母親と妹以外では殆ど前例が無い。小学校の時にクラスの女子の給食当番のカレー等をよそってもらった、というのを含めるなら別だけど。
ちなみに我が母はアカリが小学校に入って料理を覚えてから、すぐに我が家の料理番の座をアカリに譲ってしまい、自分は完全に食べる側に回ってしまった。晩飯が出来るまで親父と寝っ転がってゲームして待っているのだ。
親としてどうなんだろう。
だがそのお陰(?)で明宮家の長女はかなり料理が上手い。
おれの妹がハイスペックすぎてやばい。
が、しかし。
たった今運ばれてきた、きれいなキツネ色にこんがりと揚げられ、扇のように皿に並べられてやってきたハッシュドポテトを見る。
どーぞ、とエプロン姿でニコニコしながら言われたので、形の整った小判状のそれを一つフォークで手に取った。
かじる。
ほくほくしたジャガイモの風味が口一杯に広がった。
スパイス等はなく味付けは塩のみだが、それがシンプルに、うまい。
「お、美味しい……」
「そうかしらー?」
時間かけずにささーっと作ったものなんだけどねー、と、彼女は言うけれど。
うまいのだ。
フランさんの料理も妹と全く遜色ないくらいレベルが高いのである。
これはマイシスターと同等か、それ以上の腕前、ワザマエであると認めざるをえない。
彼女達の夫になる人は、こんなに美味しい物が毎日食べれてきっと幸せだろう。
そういやフランさんって既婚者なんだろうか。おれよりは歳上っぽいけど。
……って、アカリが、結婚?
おれの妹が、結婚?
い、いや、彼女ももうおれの一つ下、19歳だ。今年からは大学生なのだ。
彼氏の一人くらい居ても全然おかしくないけれども。
おかしくないけれども。
小さい頃からかなりの時間一緒だった、我が妹が誰かと付き合っていて。
そして遂に、なんの前触れもなくおれに彼氏を紹介してくる。
その彼氏が、おれに「アカリをオレに下さい、お義兄さん!」とか言うのだ。
…………………………。
おれの持っているフォークがカタカタと震えた。
ついでにフォークの触れている陶器の大皿もガタガタと共振する。
さん、だろ。
「アカリさん」だろ。
さんを付けろよデコ助やろぉ……!
……だが、それでも。
それでも、アカリが決めた人ならおれに反対する権利はない。
おれは、彼女の幸せを祈ることしか出来ないのだ…………!
「ひ、ヒカリ!? なんで泣いてるの!?」
はっ。
辺りを見回す。
アカリの結婚式の様子はたちまち消え失せ、見回せば辺りはピークを過ぎて少し閑散とした食堂だった。
少し軽くトリップしてたみたいだ。
「そ、そんなに私の料理が美味しかったの……?」
おれの座ってる机の向かいで、長い赤混じりの栗毛をバレッタで留めた女性が心配そうにこちらを見ていた。
なんか凄い誤解を招いていた!
というかなんでおれ、涙が出てるんだっけ?
食器を持っていない方の手の甲で目尻を拭い、おれは返事をした。
「あ、いえ、そんな訳では……。でも本当に美味しいですね、これ」
「それならいいけどお……、でもちょっと変よー?」
「朝から何も食べてなかったから、感動しただけなんですよ。あははー」
笑って誤魔化そうとする。
だが、逆効果のようだった。
「!? それは良くないわよ、毎日きちんと三食食べないと!」
言葉を受け、詰問するような勢いで迫るフランさん。
「どうする? もっと作る? パンも足そうか?」
「ああそんな、大丈夫ですから!」
もう充分ですって!
既にもう机の上に並んでるのはトマトベースのシチューに、堆く大皿に積まれたライ麦パンに、瑞々しいレタスのサラダがそのままボウルの上にレタス一つ丸ごと乗るようにして置いてあり、そして今さっき割と一枚がでかいハッシュドポテトが五枚やって来たのだ。
これで満足できなければおれはどんだけ大食漢なんだ。三人前はあるぞ。
それでも美味しいから食べきれそうなのが彼女の料理の上手さを表している。
ただ、これ以上増やそうか、と訊かれると首を縦には振れないだろう。
「朝はちょっと忙しくて時間が取れなかっただけですから、心配要りませんよ」
「そーお……?」
「それも今戴いてる分でもう十分挽回できてますからね!」
思いっきり鉄製の大スプーンでシチューを掻っ込んで、すごく美味しくいただいてますアピールをする。
それでようやくフランさんは納得したようだった。
シチューだけ食べ進めるのもなんなので、パンに浸しつつ食べる。
ついでに揚げ物のポテトを合間に挟みつつ、口の中が少し油っぽくなったらサラダのレタスのシャキッとした食感で洗い流す。
おいしいおいしい。
これ食堂の客のメニューで使った具材の余り物とか、端切れを使って作ったとか彼女は述べているけれども、絶対ウソだろ。
それでこのクオリティだとしたら、どんだけポテンシャルが高いんだよ!
そのルーチンワークを二周ほど繰り返した所で気付く。
――――そうか、四品が互いの領分を保って補い合ってる!
まるで話で聞いた四元素のようだ。
さしずめさっぱりしたサラダは水、油物のポテトは火、大地の恵みであるトマトをふんだんに使ったシチューは土、麦畑の一面の穂が風になびく様子すら見えるようなパンは風だろうか。
なんと、こんな所にも四元素の考え方があったんだね……!
となんの脈絡も無いことを考えつつ食べ続けていると。
「……ふふっ」
「?」
吹き出すような声が聞こえたので、机の料理から視線を外す。
机の向かいに座っていたフランさんが笑ったのだ。
至高の昼飯に意識を十割持ってかれてた為に気付かなかったのだが、ポテトを持ってきてからフランさんは一緒の机の向かいに座っていたのだ。
着けてたエプロンはぽいっと横のイスに掛けてあった。
もう調理の片付けは終わっているらしい。仕事が早い。
ってかおれがもごもごと食べてんのをずっと見てらっしゃったんですか。
妙に気恥ずかしい。
「どうしました?」
平静を装って聞く。
食べ方が汚かったりしたんだろうか。
もしくは子供っぽい行儀の悪さだったとか?
もしかして大口開けた時に鼻が広がって鼻毛が見えてた!?
内心ではもうビクビクである。
「いや、ねえ?」
フランさんは鼻を抑えるおれの、そんな動揺を知ってか知らずか続ける。
「本当においしそうに食べてるな―、と思って」
な、なんだ。そういう事か。
「まあ実際美味しいですからねえ」
またニコニコ―っとしてる。
……微妙に間が持たない。
こういう時に間とか気にしてしまうのはおれの悪いクセかもしれない。
「この食堂じゃ毎食こんな美味しい物が出るんですか?
食堂に来てるお客さんは幸せでしょうねえ」
「私は別に普段は料理してないよ?」
「えっ?」
「お祖父ちゃんとお祖母ちゃんが大体の事はやってるからねー。
私も下拵えとか雑用とかはやらされてるけどー」
「なばっ!?」
変な声が漏れた。
それで、この料理の腕!?
……宮殿でリベリオールさんは魔法だの技能だのと言っていたが、もしかして『料理』の技能とか存在しちゃうんだろうか。
と。
「何言ってるんだいフラン。あんた『心配だー』とか言っていつも自分から構ってくる癖に」
「おばあちゃん!」
二階から白髪の老人、フランさんのお祖母さんがやって来た。
後ろには、どことなくフランさんと面影の似ている彼女のお祖父さんも居る。あと、
「あ、ジャネット! ヒカリに謝らなきゃダメでしょー!」
事の発端である柴犬っぽい毛並みのわんこが付いてきていた。
「おや、その子がさっき言ってた行き倒れさんかい?」
「そう。ヒカリくんって言うのー」
「ヒカリ君ね。済まなかったねえ、ジャネットが粗相をしたようで」
「いえそんな」
「優しい子だねえ」
お祖母さんは目を細めておれを見る。
そう笑うと、フランさんとお祖母さんの顔の作りが似ていることが判った。
と、その後ろで麻の手提げ袋を持ったお祖父さんが言う。
「じゃあ悪いけど、儂らは夕方からの材料の買い出しに行ってくるからの。
どうせこっからの時間、そこまで客も来んだろう」
「えっ? 私が行かなくても良いの?」
「ヒカリ君置いてどこ行くってんだい。
あとそんな儂らを気にしすぎるから行き遅れになるんじゃろうに……」
「失礼なー!」
行き遅れって……。
フランさん未婚の方だったのか。
そんなやり取りをしてから、彼女の祖父母は揃って買い物に行った。
残されたのはおれとフランさんとジャネット。
ジャネットはおれの食べているシチューを見ていた。
……いやいや。
これタマネギ入ってるから!!
犬にあげちゃダメなやつだから!!
「ダメだぞジャン! これは人様しか食べてはならん食事なんだ!」
「ワンッ!!」
おれが適当なアダ名を付けてジャネットを牽制すると、犬はおれに飛びかかろうとしてきた。
「やっやめるんだ、無駄な抵抗はよせ!!」
と、おれがジャンの蹂躙に抵抗していると。
「ジャネット、やめなさい!」
フランさんが助け舟を出してくれた。
一瞬で大人しくなり、名前のように淑女っぽい振る舞いになるジャネット。
彼女はメスである。
「あれはヒカリの分だから、ジャネットは食べちゃダメ!」
「ワウ」
なぜだ。
なぜおれの時とそうまで態度が違うんだ。
「ほら、ヒカリも気にせず食べてー?」
「良いんですか?」
「いいのいいのー」
この子ももっと反省してもらわないと、と言ってまてをさせる。
そのままおれはジャンのギラギラした視線を感じつつ、食事を再開した。
が、プレッシャーを感じていたのもあったので、早めに食べ終わった。
「それで、お代はどうしましょうか?」
「ジャネットのしちゃった事のお詫びだから、気にしなくてもいいのにー」
胸の前で両手を振って要らないというジェスチャーをするフランさん。
……両側から腕で抑えられ、彼女の胸が強調される姿勢になってるのは見なかった事にしよう。
「いえ、そんなワケにはいきません」
こんなに美味しい物を戴いたんだから、その対価を払うのは当然のことだ。
「ちょっと待って下さいね……」
ジーパンのポケットをごそごそやる。
腰の所は焦げていなかったため、マイ財布は無事なままだった。
その野暮ったい財布を取り出し、開いた。
札入れの所は空だった。
小銭入れを開けてみる。
百円玉が四枚あるのが見えた。
あとは十円と一円硬貨が何枚かあった。
おれの小遣いは月に千五百円だった!
「すみませんフランさん!!」
わあっと食堂の床に這いつくばるおれ。
「食い逃げを、食い逃げをするつもりじゃなかったんです!
ただ、今は持ち合わせがこれしかなくて!」
百円玉を机の上に取り出して財布の中も見せる。
そして二枚の硬貨を右手に持ってこすり合わせ、『お? 二枚の硬貨が三枚に見えるよマジック!』を敢行した。
横で見ていたジャネットが近寄ってきて、おれの腕をペシッと肉球で叩いた。
さらに地面に付いているおれの頭に両足を乗っける。
おれはそれを甘んじて受け入れた。
「えぇ!? お代は要らないって言ってるの、に……?」
言いかけて途中でやめるフランさん。
「あら?」
「…………?」
顔をおそるおそる上げてみた。
ジャネット様の手はおれの横の床に下ろしてもらう。
おれの横でへっへっとする顔が近かった。
フランさんは、おれの出した百円玉を見ていた。
「どうしたのこのコインー?」
「え?」
あっ。
そういえば。
少し前に見物してたバザールで使われてたお金って、どんなんだったっけか?
特に気にせず、というか忘れていただけだが、もしかして。
この世界で使われてる貨幣って、地球であったモノとは違うのか?
というか円じゃ無いのか?
「大銀貨かしらー? でも大きさを見ると小銀貨みたいだし……?
見たことない模様ねえ」
ミスだ。
迂闊だった。
そうだ。おれはまだ、この世界の仕組みを全くと言っていいほど知らないのだ。
それは、習慣しかり、土地名しかり。
金銭だってそう。
元の世界であった常識が、この異世界で通用するなんて事は全く無い。
おれはこの場合によく有るテンプレな嘘を咄嗟についた。
「あー、ええっと……、それはですね、この大陸の硬貨じゃないんですよ」
「?」
「実はおれはこう、異国から渡ってきた人間でして……」
異国というのは事実なので、強ち間違いではないけど。
しばし沈黙。
「……本当?」
「うっ」
流石に怪しまれるか。
非常に訝しげな目で見てくるフランさん。
でも、事実をぺらぺら話してしまうのもマズい。
素早く、普段あまり使わない頭を使って考える。
理由は三つある。
一つは、まだおれは彼女を完全に信頼は出来ていない、という事。
もちろんこれまでのやり取りから、フランさんは良い人、出来た御仁だと言うのは良く判る。
でもここで全て打ち明けて、彼女がうっかりと話してしまったらどうする? この会話をもし第三者に聞かれていたらどうする?
友人の友人だからと言って友人と同じくらい善人だとは限らないのだ。今のおれの見通しの立たない状況がどこかで漏れてしまった場合、どうなるか。
脳裏にちらつくのは、バザールで見た女性奴隷の昏い顔。
二つ目は、フランさんのこと。
おれは今宮殿から追放された形になっている。衣食住のどれも保証されていない。
そんな奴をもし、もし心配してしまったら、匿うなどど言い出してしまったらどうする?
そうだ、おれはそんな優しい事を言ってくれるような人を、おれの独りよがりな事態に巻き込んでしまうのだ。絶対に、それだけは避けたい。
三つ目は、おれ自身の感情。
ジャネットの事もあってか、彼女はおれに優しくしてくれた。
しかし、おれが勇者モドキという事実を知ってしまったらどうだろう? 世界を救ってくれるらしい勇者が、こんな落伍者だと知ってしまうのだ。
それでも変わらず同じように接してくれるだろうか?
接してくれるのだろう、きっと。
でも、怖いのだ。
フランさんはグストさんとは立場も、おれが異世界人だと最初から知っていた、等の情報量も違う。
どこかしらで誤解されて、いや誤解されなくてもおれを見る目が変わってしまうかもしれない。
だから、話せない。話さない。
少なくとも今はまだ、話せない。
おれの周りの環境があまりにも不透明な、今は。
例え言わないことで不信感を煽ることになったとしても、言うことでこれから起きる「もし」や「万が一」のリスクよりはマシだと思った。
「…………本当です」
なるだけ表情を変えないようにして言う。
フランさんはぽやっとした雰囲気を抑え、少し真剣な表情でこちらをじっと見た。
そのまま数秒。
先に動いたのはフランさんだった。
しゃがんだままだったおれに向かって手を伸ばす。
そして。
――――頭に手を載せた。
「まあいいわー」
ぐりぐり。
おれのぼさぼさの頭を更にくしゃっとさせる。
「ヒカリは、エウラシアの外から来たのね?」
手を伸ばされた時に驚いて目を閉じていたおれは、拍子抜けしてフランさんを見上げた。
彼女は、元のゆるい表情でニコニコしていた。
笑っていたのだ。
「そ、そうです」
「それで、見た感じお金が足りない?」
出していたおれの硬貨を財布に戻して、手渡しつつ言う。
「……足りないです」
「じゃあ、それならギルドに行ってみればいいんじゃない?」
「……ギルド?」
「ギルドに行って冒険者として登録すれば、仕事を受けてお金が貰えるわよー?
あと、身分も保証されるしー」
あっバレてる!
これ完全にお見通しのやつじゃん!
ついでのように付け足された言葉で、彼女がおれの状態を察していることが判った。
しかしフランさんは、特に追求するでもなく見逃してくれたのだ。
つまりこの会話は、保留ということ。
「ギルド、冒険者」
「そう、冒険者ー。なっておくといろいろ便利よー?」
「判りました、行ってみます」
そうして、ギルドとやらがある場所までの道を教えてもらう。
何度も言っている通り、何しろ他に行くアテは無いのだ。
それならこの親切な方の助言に従っておきたい。本心から。
そうだよな? と横のジャンを見た。
ぺしっと頬を叩かれた。
気にしない、気にしないぞおれは。
「それじゃ、ごちそうさまでした!」
結局役に立たなかった財布をしまって、立ち上がる。
そうすると、おれの方が少しだけフランさんよりも目線が高くなった。
「長々とお邪魔してすみませんでした、では」
「あ、ちょっと待ってー」
食堂から出ようとするおれを呼び止める。
振り返ると、おれの食べ終わりの食器を持ったフランさんが言った。
「冒険者の登録が終わったら、ここに戻ってくること。いいわね?」
「えっ!? ああ、昼ご飯のお代は後で払うつもりでしたよ」
「そういうことじゃなくてー」
一拍。
「ヒカリはきちんと戻ってきて、顔をみせなさい」
妙に圧力を感じる声色で言われてしまった。
ダメだ。
またまた完全にバレていた。
これ以上巻き込まないように、お金だけ食堂の前にでも置いて……、とせこい事を考えてもいたのだけれど。
どうやら、おれは黙って消える事も赦して貰えないみたいだった。
「ホントはジャネットに付いて行かせたいくらいなんだけどねー」
足元を見ると、いつの間にかジャンがおれの傍に来ていた。
本当になんで、この世界はお節介な人が多いんだろうなあ、と。
お前もだぞと、しゃがんでわんこの頭を撫でる。
手を振り払われた。
……ジャンに関しては違ったようだ。
おれは立ち上がった。
そして言い直す。
「それじゃ、あー……、『行ってきます』」
そう言うと。
赤毛の混じった栗色の髪のその人は。
『行ってらっしゃい』と微笑むのだった。
食堂から外にでると、遠かった大通りの喧騒がかなりよく聞こえるようになった。
昼が終わってもう、この世界の人達も商売や勤労に精を出しているのだろう。
おれもギルドに行って冒険者に無事にならないと。
入り口の段差を降りて、道に行こうとすると、
「ワンッ!」
通りを歩こうとするおれを呼び止める。
振り返ると、シッポをぶんぶん振るジャネットがいた。
「ワンッ!」
「えっ!? ああ、お前にも言うつもりだったよ?」
ここの食堂でフランさんやお爺さんお婆さんと出会えたのは、彼女のおかげでもあるからな。
おれのククリカの実は取られてしまったけど。
このわんこも実際は、大通りを一人で彷徨うおれを心配してくれていたのかもしれない。
それでここに導いてくれたのだろう。
手段はアレだけど。
異世界で友人とも言える人達がこんなに早く出来たのも彼女のおかげ。
そんならこの小さな友人にも感謝しないと。
「ありがとうなジャン、んじゃ、行ってきます」
はは、ツンデレさんめ!
頭を撫でてやる。
がぶん。
思いっきり噛まれた。
「痛ーーーーーーい!! なんでーーーーーー!?」
手にすげえクッキリと歯型ができた。
このワン公はどうやら友人という言葉とは縁遠そうだった。
こんなにヒロイン力の高いフランさんでも、メインなヒロインさんではないんじゃ……すまぬ…………!
メインな方は第三章で登場を予定。
ちなみにフランは剣A槍B斧Bという強力な適正を持ってますが、この話はまた別の機会に。




