第一話 : この日見た果実の名前をおれ達はまだ知らない
読みやすい文章量を模索中。
現在、およそ一話を七千文字程で区切っています。
がやがやがや。
「コールダート産のジャガイモが一束で銅貨5枚だ、お買い得だぜ!!」
「安いよ安いよぉ!!」
「そこの冒険者さん、ポーション買うならケブラの魔法屋なんかどう? 品揃えも良いし品質もバッチリよ!」
「そこのヒト、腰に提げてる武器だが見たとこ傷んでねえか? ウチで研いでいきな!」
「何言ってんだオメー、俺の武器屋で新調した方がはえーよ!!」
「へへ、あんちゃんこの粉が欲しいんかい? コイツはちょいと値は張るが効果はもう、かっとビングでさあ……!」
「なにジャガイモは今日はもうあるから要らない? じゃあ奥さん、このニンジンなんかどうかな?」
「あんたウチの武器磨きを馬鹿にしてるのか!? あんたんちの鍛冶屋のドアノブをツルッツルにしてやろうか!!」
「安いよ、やすいよおぉうえほっごほっえぼっ」
「へへへへ、まいどあり……って憲兵さん!? 違うんです、これはビタミン剤なんですって」
「うわ、凄いな!」
おれは街の大通りを歩いていた。
大通りは丁度、丘のふもとの城門からそのまま真っ直ぐ歩いた所にある。
遠くから見た時も凄かったが、近寄って見ればこの喧騒。もはや喧騒というよりも露店の呼び込みやらその客の返事やら露店同士の小競り合いやらその他訳の判らないあれやこれな大声で、喧々諤々な状態といった方が判りやすいだろうか。
もう君らなんでそんなに殺気立っちゃってんの! ピース! ピース! と言いたい位である。
あと露店商が一人、甲冑の兵士二人に連れて行かれたが無事なのか。かっとビングしちゃうんだろうか。
でももう彼の姿はおれの所からは見えなくなった。何しろ人の混みようもとんでもないのだ。常時押しくら饅頭な具合である。下手するとおれ自身が人波で押し流されてしまいそうだ。
おれは人をかき分けかき分け、手刀を繰り出してちょっと通してくださいアピールをしつつ、波の中を通って行った。
特に何が欲しいとかがあるってワケじゃないけど、こういうのはそこに居るだけで楽しいものだ。
こんな雰囲気の場所って地球でも会った気がするな。
そうだ、東南アジアやインド・エジプト辺りにあるバザールも大体こんなんじゃなかな?
あと日本だと大阪とか東京のアメ横通りとか。
お互いに死に物狂いで客寄せをし、お客も群がるように一箇所に集まっているようなごった煮な様は、そうした風景を彷彿とさせた。
まあ外国行ったこと無いけど。専ら知識はテレビ由来だけど。ああいうのって観てるだけで海外行ってる気分になれるから良いよね。
ただ、そうした海外のバザールってのは、中々に治安が良くは無かったりするものじゃないだろうか?
おれみたいなお上りさん風味な人間は浮いて目立ってしまうんじゃ?
という疑問は、すぐに解消された。
周りの人々を見ていると、本当にいろいろな人が居るのだ。
それは身体の特徴なら茶髪、金髪、銀髪から始まり、緑色の髪に茶色の目、灰色の髪に青色が混じった黒い隻眼の人……。もちろんおれのような黒髪黒目の人も、全く黒いってワケではなく茶髪混じりだったりはするが、それなりにいた。
うわあこんりゃほんにファンタジーじゃっぺえ……。
とおれが思わず謎の方言になっていると。
極め付けがあった。
今おれの横を歩いていった女の人。
髪の間から、フサフサの耳がピョンと出ていた。
あれ、うちのだいなごん(飼い猫の名前)と同じ形の耳じゃん!
………………。
ネコミミじゃん!!
ネコミミじゃん!!
うわあ、おれの横を通る時、ちょっとおれの頬をかすめていったよあのネコミミ!
もふっ、もふっとしてた! もふっとしてた! おれの頬にもふっとしたものがもふふっとあたってふもっとした香りがおれの鼻孔をくすぐっておれはもう頭がもふっとしたもので一杯になってもふっもふっ! もふっもふふふふふふふふもっふもっふもぉっ
落ち着くんだ。
でも、これは極めつけの事実だった。
アメリカにだってヨーロッパにだって、猫の耳が付いた人間なんていない。
遂に、この国は日本ではなくどこかの外国だ、という可能性がゼロになったという事実。
この世界は、どこからどう見ても異世界、ファンタジー世界なのだ。そう実感した。
そうして周りを見てみると、また趣が違って見える。
地球でもあるようなバザールだとか言っていたが、そこに居る人々の姿は地球では見れないようなものだった。
さっきのネコ耳な女性はもう姿が見えなくなったしまったが、おれの前を歩いている人はよくよく見れば耳の形が笹穂の形をしていたし、道路の端で陽も高いうちからどうみてもアルコールな飲料をがんがん飲んでいるのは上背の低いやたらヒゲもじゃの人達だった。
近くにある露天商の人は、今度はイヌミミが生えているしシッポもあった。あれはあれで柔らかそうなシッポだけど、おれはネコ尻尾の方が好き……じゃなくて。
笹穂のような長い耳と言えばエルフだし、ヒゲもじゃはドワーフだ。
犬耳猫耳は獣人とかファンタジーワールドでは呼ばれるような人だろう。ウロコが腕に付いている人まで見かけてしまった。
他にも気付いた事があった。
見ると、ちょっと高級そうな服装をした貴族風の男性の一歩下がった位置に、麻の汚れた上下一色の服を着た女性が傅くように控えて居たのだ。しかも二人。
その女性達が、首に鉄輪を嵌めている。
一目で判った。
そう、奴隷だ。
この世界ではどうやら奴隷を使役する事が許されている文化があるみたいだ。
だが、別の場所、鉄製の剣など武器を置いている露店の奥では、店主っぽい風格の恰幅の良いオジンと、首輪を付けたひょろっとした青年(腕にウロコが生えていた)が商売そっちのけで談笑していた。
さっきの女性が絶対服従などことなく暗い雰囲気だったのに対し、こちらの鱗の青年はその主人とはそこまで主従の差が厳しくは無いらしい。
奴隷と言ってもいろいろあるようだ。
様々な背格好に種族に身分。
周りの状況を、一言で表すなら。
まさにファンタジー。
これなら普通な人のおれが目立たなくなるのも仕方ないだろう。
人種のるつぼもビックリの個性だ。
おれも心置きなく露店を見て回れるって事だね。
まあ別に、そこまで今すぐ欲しいものは無いけれど、日没までにせめて今日寝る場所を探しておかないと。
おれは今、家なき子なんだから。
外で寝るのは不安だし、宿屋的なモノがあったりしないかな……。
――――って、あ。
「いや、あったな、今すぐ欲しいもの」
おれは屋台の一角に釘付けになった。
そこには、赤、青、緑、白。
周囲の人達のカラーに負けないくらい鮮やかで個性豊かな、たくさんの果物が置いてあった。
「おおおお、ナシに、ブドウに、あれはライチかな? うわ、この干してある果物って……!」
大学に行く時から、ロクに物を食べていないことを思い出したのだ。
おれは空腹によって吸い寄せられるようにその果物屋に近付いていき、周りの人も気にすることなく果物を眺めた。
地球でもあった果物も多いが、その間に見慣れない果物も置いてある。
本当にいろんな種類置いてあるな、コレ……。
朝から何も食べていない事もあり、妙に果物が輝いて見える。
「お、そこの黒髪のボーイ!」
と、果物屋の主人が話しかけてきた。視線を上げる。
目の前にすごい人が居た。
なんかネイティブな民族衣装に首の何重にもなるアクセサリがすげえ目立っている。
そしてグラサン。
なんで異世界でサングラスを見かけるんだ。
でも彼の浅黒い風貌にはよく似合ってるけど。似合ってるけど!
「そのフルーツが気になるのかい?」
その、妙にファンキーな兄ちゃんがおれに訊いてきた。
「え、ああ。この干してある果物って、もしかして?」
「オウ! 坊ちゃんお目が高い!
それは東の方から運ばれてきた『カキ』ってフルーツを干したモノなんだ!」
やっぱり! 日本でもあったような、干し柿まで売ってるのか。
あの濃い甘みは結構嫌いじゃないぞ。
「へえ、やっぱり柿だったのか……」
「それで、幾つ買ってくれるのかナ?」
「いや、おれはちょっと気になって見ただけで」
「なんと、冷やかしか!」
「すみませんね」
「良いぜボーイ、キミが買いたくなるまでオレはブツを勧めるDA☆KEさ……!」
やだこの人暑苦しい。
予想以上にテンションの高いファンキーさんだった。
「じゃ、オレの自慢のフルーツ達を見てってもらおうかな!?」
そして流れで品物を見ることになってしまった。
ぐいぐい来るなあこの人!!
まあいいけどね、別に他に見るアテがあるワケでも無いし。
珍しいのがあったら買っても良いかもしれない。美味しそうならって条件も付くけど。
「それなら見せて頂きましょう、自慢の品とやらを!」
「オウ、乗り気だね!」
おれも何故かテンションを上げて対抗した!
ファンキーさんはタトゥーの彫ってある腕で、果物を一つ屋台から取る。
「じゃあ……まずはコレDA! この真っ赤な色合い、そして切ってみるとホラ! 白金色に輝く中身!」
「あ、リンゴじゃん」
「グフア!」
おれが言うと途端に腹部に手を当てて呻くポーズになるファンキーさん。なんでさっきからこう、オーバーリアクションなんだよ!
うう、北方の地域でしか採れないリンゴを知っているなんて、ボーイ、一体……、とか言って呻く彼。
だがしかし、すぐに元の状態に戻った。
「それならコレはどうカナ!? 紫のこのヒワイな形、そして」
「ナスだよそれ! 野菜じゃんか!!」
「アウチ!」
ヒワイとか何言ってんだ! ナスが今後食べれなくなったらどうすんだ!
またダメージを受けた感じになるファンキーさんだが、またまた一瞬で回復した。
やだこの人メンタル強い。
いきなり露天台の下に手を突っ込む。
「それならコレは!?」
「くさっっ」
突然屋台の下から袋に入ったドリアンを開封するんじゃない!
周囲が急激に腐敗臭か都市ガスのような臭いで満たされていく。
「YOU食べちゃいなヨ!!」
あっこら、実を切るな切るな! おれに渡すな!
くさいなコレ!!
「要りませんよ! 何やってんだアンタ!」
渡されたドリアンを、ファンキーさんの口に突っ込んだ。
彼は美味しそうに食べていた。
「オイシイ!!」
「だから何!? こっちはカナシイよ!」
もはやテロと変わらないぞコレ!
ちなみに周りからの視線がキビシイ。
というかこの果物屋の屋台の周り、他の屋台とか皆が距離置いてるんですけど……。
もしかしてこの人、常習犯なんだろうか。毎回こんな感じなんだろうか。
「じゃあ次イッてみよう!」
「イかないよ!! 臭いどーすんのさコレ!?」
オウ! と気付く店主。
この香りを嫌がるなんて、ボーイもまだまだボウヤだね、フウ……。と額のバンダナを拭うような素振りをして、悲しげに溜め息をついた。
いやもうおれは、今アンタのドリアンな溜め息が顔に掛かっただけでもう限界だよ……ファンキーさんも少しは気にしろよ……。
そしてまた突然ポケットから何か取り出す彼。
「匂いがそんなに気になるなら、コレ!
浄化の水魔法が掛かってるスプレーさ!!」
プシュッ。
「うぷっ!?」
いきなり霧を吹き掛けられた。
「なっ、何するんですか、って、あれ?」
なっ!?
あれだけヒドかった臭いが、消えた?
屋台の周りに漂っていたジゴクめいた悪臭が最初から無かったかのように消え去っていた。
浄化の水魔法ってやつの効果なのだろうか。魔法すごい。
地味に魔法を見るのは初めてな気がした。こんなのが初めてだなんてヤダな……。
あ、でも、牢屋でも囚人の脱走防止用の風魔法が掛けられてたな。鉄格子を越えようとしたら手がバチバチとなったやつ。
あれが初めて見た魔法って事になるのか。
…………どっちもなんかイヤだろ!!
「それじゃ匂いも消えた所で次イッてみようか?
あ、モチロン消臭サービスのお代は請求しないぜボウヤ?」
「マッチポンプって言うんですよそれ……。あとボウヤはやめい」
「ハハハー! では本命だ! ククリカの実!!」
そう言って果物を何度目になるか判らないシュバッという動作で取り出すファンキーさん。
だが、見ればその果物は不思議な形だった。
「おお……、おお!?」
「さすがに博識なボーイでもコレは知らなかったみたいだね!」
なんとその茶色い果物、ナイフの様な形をしているのだ。
バナナとも違う、更に鋭く尖った形。
食べれるのか? と普通なら思うところだが、おれはその言葉を口にする前に否定した。
何しろ、匂いが良い。
シナモンを果物の香りに近付けたような、甘ったるい匂いがするのだ。
先のドリアンとは天と地、月とスッポン位の差があるだろう。ちなみに今回のスッポンはトイレ詰まりに使うアレだ。
もはや丸いという共通点すら無い。
「これはなボーイ、ククリっていうナイフに似た形だからと名付けられたフルーツなんだ!
ホラ、ナイフが茶色い鞘に収まっているように見えるダロ?」
「おお……!!」
ちょっと居住まいを正してファンキーさんの薀蓄を聞く。
日本では、そして地球では見かけないような果物。しかも美味しそうな匂い。
イロモノばっかり出してくるから完全にネタ扱いしてたけど、ここに来てまさかの本命が来るとは……!
「しかもしかも! こーやって硬い皮を剥いてみると……?」
ナイフでナイフ状の果物の皮を剥くファンキーさん。
おれは固唾を飲んでその動作を見守った。
「どうDA!!」
そして出てくる、ナイフとそっくりの色の銀色の果肉!!
「うおおおおおお!」
「すごいダロ!?」
「凄い! 身体に悪そうな物が入ってそうな色だけど凄い!!」
「ダロ!? ダロ!?」
溢れんばかりのドヤ顔をするファンキーさんと感動するおれ。
いつの間にか彼の屋台の周りには、見物客が集まっていた。
「オウ!? いつの間に!」
彼も気付いて居なかったようだ。
面白いことやってんなあ、とか、おっなんだそれ珍しいな! とか、おれにも一つ、いや一束くれー、といった声が上がる。
慌てて屋台の前で冷やかししてるだけだったおれは退いた。と、ファンキーに声を掛けられる。
「ぼ、ボーイ、フルーツ売るの手伝ってクレ!」
「えええええ」
数十分ほど客を捌くのを強制的に手伝わされた。
「つ、疲れタ……」
「なんでおれこき使われてるんですかね……」
お客さん達が居なくなり、あらかた品物が屋台から消えてしまった頃。
おれとファンキーさんはぐったりしていた。
「しかし、助かったよボーイ」
「ああいえ、そんな」
まあ面白い体験ではあったけど。
「もう今日はこれで店じまいに?」
「そうダネ……」
「なるほど、じゃおれはこれで」
おれは腰を上げた。
と、それを見たファンキーさんに呼び止められる。
「ボーイ!!」
「え?」
「コレはお礼DA!」
何かをポイっと渡された。
途端、鼻にふわっとした甘い香りが伝わってくる。
ククリカの実だ。
「え!? もうこれ、売り切れになるまで売ったんじゃ!?」
リンゴやらナシやら、果物はほとんど売っちゃったハズだ。
でも彼はグラサンの奥で二カッと笑って続けた。
「ボーイもそれが欲しかったんダロ? 今日の売り上げの恩人に取っておいたに決まってるジャないか!」
「なんと!」
おれはその果物を見た。結構重量感があるそれは、惜しげも無く甘い匂いを辺りに振りまいている。
「ありがとうファンキーさん!」
お礼を言う。
「うむ! ところでボーイ、名前は?」
「アケミヤヒカリです」
「ホウ……、フルーティな名前カナ!」
「なんでだよ!」
そしてファンキーは否定しないのな。
「ではサラバだアケミヤ。ボーイにフルーツの加護があらんことを……!」
しかも変な加護を付けられた。というか祈るな。
そうしておれは手を振ってネイティブな果物売りと別れ、歩き出した。
なんだかんだで珍しい果物を貰い、既に日は空の真上にまで昇っていた。
もうそろそろこの世界でも昼時なのだろう、周りの混雑の具合が、食べ物屋や屋台に密度を濃くしていっている。
丁度いいや、おれもこれを食べてみようかな。
バナナみたいな形なので、それっぽく皮を剥ごうとする。
…………が、上手くいかない。
爪を立ててみる。
……爪が割れそうになった。
「硬っ!?」
コレ硬いな! ファンキーさんもナイフ使う訳だよ!
仕方ないので人体で最も硬い部分を使って対向することにした。
歯である。
「んぎぎぎっぎぎいいい!」
うおおおおおお!!
そして格闘すること三分。
おれは傍から見たら、ナイフに食らいついてる変人に見えていただろう。全くファンキーさんを笑えない。
しかしその捨て身の行動が功を奏して、遂に皮が剥がれた。
ヨダレでべとんべとんになった茶色い外皮を見る。と、その合間に見える銀色。
ようやくククリカの実、銀色の実と対面できたのだ。
「おお…………!」
さっきも見たその輝きを再び目にしたその感動!
やっぱり間近に見るとまた違う!
感動そのままに、おれは実をいざ実食――――――
――――しようとしたのだが、視線を感じて止まった。
おれは大通りの脇をゆっくり歩いていたのだけれど。
左の小道、曲がって進めば大通りの隣の通りに移る間道にあたる道。
そこの曲がり角から、ちらっと。
つぶらな瞳が覗いていた。
犬だった。
「な、なんだ、犬か……」
妙に熱い視線を感じたから、警戒してしまった。
犬はそのまま近付いて来る。
「この世界にも犬っていたんだなー」
犬耳の人や猫耳の人は見たけど、ホンモノの犬はこっちでは初めて見たな。
犬が全部犬耳の人になったとかそういうワケじゃ無さそうだ。
擦り寄ってきた。
「おお、人懐っこい!」
撫でようと手を伸ばす。と、首輪をしていることに気付いた。
飼い犬なのか。
あともう一つ気付いた。
このわんこ、おれのナイフ(果物)をじっと見てる。
すげえヨダレ垂らしてガン見してる。
……………………。
…………。
「いや、あげないぞ!?」
ハッハッという犬。
「駄目だ駄目だ、これはおれがファンキーな兄ちゃんと一緒に働いて、苦しさの汗と涙を流してそして拭い、お客さんと火のように熱い交渉を繰り広げ戦い、それでも最後に皆でかっかと笑いあう、そんな全ての思いが詰まった想いの結晶、つまり大切なおれの昼ごは」
がぶっ
「痛ーーーーーーー!!」
噛んだ!!
このワン公、手に噛み付いてきたぞ!!
「やっやめっ、離せっ!」
ぶんぶん腕を振る!
だが、がっきと食らいついて離れない犬。
「痛いから、それはちょっと痛いから!!」
むしろ犬の方がぶんぶんおれの腕を振ってきた!
じゃれつきにしてはハード過ぎやしませんか!
ククリカの実を狙う犬は、おれの手を丸ごと食いちぎる勢いで噛む。
「いたたたた、ねえ落ち着こう? 離せ、話せばきっとわかるから痛い!!」
やめろ、袖が、パーカの袖がー!!
そして、無情にもビィィッという音。
突き立てられる歯の感触が無くなった。
痛みの原因が消え、膝立ちになって呆けたようになるおれ。
見ると、犬がたったかと走って行くのが見えた。
おれの手を見てみる。
ククリカの実が無くなっていた。
ついでに青パーカの袖もちぎれていた。
「うわあああああああ!?」
なんという事をしてくれたんだ!
あの犬野郎! ゆ゛る゛ざん゛!!
膝立ちからのクラウチングスタートで犬を追う!
おれの昼ご飯と袖を返せ!
おれはなんだか嬉しそうに尻尾を振っているにっくきワン公を追って奥の路地に入る。
時たまちらっと後ろを見て、へっへっと言う犬。
あやつ、遊んでやがる……!
「でも、そう言ってられるのも今だけだ!」
次の右カーブでケリをつける!!
走る勢いはそのままに、態勢を低くして身体を横に、素早く減速と加速を切り替えるんだ!
人間の食い物の恨みの深さを見せてやる!
なんだかレーシングゲームだか峠の豆腐屋だかのノリで犬が消えた路地を走って右に曲がる。
そうしてスライディング気味に犬と距離を詰めようとする、と。
「あら、ジャネット? なにくわえてるのかし――」
目の前にいきなり茶色い木の板が立ち塞がった。
扉だ。木の扉が横から開いたのだ。
(と、止まれない!!)
気付いた時にはどうしようもなく。
いっそ痛快な程の衝突音がして、おれは頑丈な木製戸に頭からぶつかった。
「ぐはああああ!」
「きゃああ!?」
そうして最後に考えたこと。
――――――おれ、今日気絶し過ぎじゃない?
明日ももちろん次話投稿!
ご意見ご感想お待ちしております!