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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ピエロは静かに笑う

作者: 葛沼純

大都会。昼も夜も関係なく、ここはいつでも騒がしい。


人は途絶えることを知らず隙間なく動き回る。その様はまるで蟻だ。餌を求める無数の蟻は休むことなく歩く。その先に何があるかも分からないまま歩く。だから――――偽の餌に釣られてしまうのだ。


朝。駅前の大型モニターには淡々とニュースを読み上げる女性アナウンサーが映し出されていた。


「次のニュースです。昨夜未明。――の路地裏で男性の死体が発見されました。死体には無数の刺し傷や切り傷があり、顔面は原型が分からないほどに切りつけられていたようです――――」


モニターの映像は変わり、現場であろう路地裏を映していた。そこは一面赤に染まっていた。勿論、それは血の色だ。


「現場は普段人は寄り付かない場所で、警察は被害者が何物かに呼び出されたのではと見て、聴き込みなどの調べを進めていく方針です」


アナウンサーは原稿を読み上げると、打って変わり笑顔でスイーツ特集と銘打たれた企画の進行を始めた。


「約二分。は、短いもんだ。もう少し取り上げても良いだろうに。明日は我が身だぜ、お姉さん」


どこからかそんな声が聞こえた気がしたが、それも人々の喧騒に掻き消された。


ピエロ。白塗りの顔に赤い鼻。コミカルな動きで人々を楽しませるそれは、今ではほとんど見かけない。


それもそのはず。今は娯楽など山のようにある。ピエロなんて今ではただ薄気味悪いだけの者になってしまっている。


そんな今でも、白塗りに赤い鼻。ブカブカの派手な服を着て陽気に動く、そんな奴がいた。


公園の片隅。誰もいないそこに、ピエロはいた。


「――――――」


ピエロは喋らない。喋ればピエロ失格だ。


通りすぎる人の視線は冷たい。奇異の目、見てはいけないものを見ている。そんな視線。

ピエロはいつからこんな扱いになったのだろう?


ピエロはここにいてはいけないのだろうか?

ピエロは――――時代に取り残されたのだろうか?


それでもピエロは笑みを崩さない。笑うことしか出来ない。


ピエロは静かに笑うだけ……


深夜、吐き気を催しそうな程に人は溢れている。


夜だと言うのに、街は眠ることをしない。ギラギラとネオンは光輝き昼間と同じ様な明るさだ。


それを、ここにいる人間は不思議と思わない。これが当たり前、昼間のような夜こそが本当の夜だった。


コウノトリTV本社、裏口玄関。


アナウンサーの苅間菜摘は、疲れた体のまま本社を後にした。


「そういえば、朝読んだ殺人事件の現場ってここの近くなのよね……」


苅間菜摘は不安そうに呟きつつ、帰路を歩き始めた。


苅間菜摘はコウノトリTVの看板アナウンサーだ。そんな彼女がこうして深夜に一人歩いているのは無用心極まりない。


「全く。いつもならもっと早く帰れたのに……部長ったらしつこいんだもの。お陰で終電も乗り過ごしたし、タクシー呼ぶお金もないし……」


苅間菜摘の仕事環境はあまり良いと呼べるものではないみたいだ。華やかな表があれば、暗い裏があるのは当然というものか。


家までは約三十分。そこまで遠くもないのがせめてもの救いだった。


「はあ……明日も早いのよね」


愚痴が自然とこぼれる。この仕事は好きだ。好きだけど、辛いものは辛いのだ。


「もう嫌だわ…こんな――――え?」


それは突然の事。目の前に突如現れたのはピエロ。白塗りの顔。赤い鼻。ブカブカの派手な服を着たピエロだった。


「ピエ……ロ?」


戸惑いの表情を浮かべる苅間菜摘。そんな苅間菜摘を、ピエロは満面の笑みのまま見つめていた。


時間がゆっくりと流れる感覚。この二人の空間だけ切り取られ、他の次元に連れていかれたような錯覚。


「――――え?」


苅間菜摘は驚いた。それは苅間菜摘にとって予想外の事であった。


目の前にいたピエロ。そのピエロが手招きをした。招き猫みたいに、ゆっくりと、右手を動かした。


それを見た苅間菜摘は――――ピエロの右手に目が釘付けになり、体が、ピエロに操られているように勝手に動いた。


路地裏に光など届かない。いわば大都会の闇。その闇の中に立つ二人。一人は人気アナウンサーの苅間菜摘。もう一人は、謎のピエロ。


苅間菜摘の瞳にはもう光はない。苅間菜摘にはもう――――魂が無かった。


「……さよなら。お姉さん」


ボトッ……。


何かが落ちる音。


バタン……。


崩れ落ちる音。


グサッ……。スパン……。グチュリ……。


刺されて、切られて、掻き出されて、潰されて。


人気アナウンサー苅間菜摘は、一瞬でその姿を肉塊へと変貌させた。


ピエロの顔は返り血で赤く染まっていた。


白塗りは消え、ピエロの顔が明らかになった。


少年。ピエロの白塗り顔の下はどこにでもいるような少年だった。


少年は赤く染まった顔で笑う。


そして、服のポケットをがさごそと漁る。


手に握られたのはテープレコーダーだった――――



「次のニュースです。昨夜未明。コウノトリTVの人気アナウンサーの苅間菜摘さんが路地裏で変死体となって発見されました。現場は奇しくも先日の男性殺害事件と同じ現場でした――――」


朝の駅前はとても騒がしい。ニュースに目を止める人などいない。皆、忙しげに歩いている。


「また、現場にはテープレコーダーが残っており、警察はテープレコーダー内に残っていた内容を公開しました」


くるくると、人は動き回る。働き蟻のように動き続ける。


そんな中、駅の片隅。日陰の目立たぬ場所にそれは立っていた。


『私の父親は、科学者だった。人を救うためにその人生の全てを費やしていた。そしてついに出来上がった。人々を救うことのできる夢の成果だった』


白塗りの顔。


『だが、私の父親は……殺された。誰だかは分からない。けれど、父親は殺され、研究の全てが盗まれた』


赤い鼻。


『私は許せなかった。幼いながらにも、父親が何故殺されたのか知ることが出来た』


ブカブカの派手な服。


『そう。父親は人々を救おうとして殺されたんだ。だから――――私はすべての人間を殺す。人がいなければ、父親が殺されることなど無かったんだ……みなさん、夜の一人歩きは気を付けな。明日は我が身……だせ』


ピエロは喋らない。喋ればピエロ失格だ。


ピエロは――――静かに笑うだけ――――





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― 新着の感想 ―
[良い点] とても怖かったです。 [気になる点] ピエロっていう単語が多く、良いところもあるんですが、ところによってピエロを他の単語(彼とか)で表してみると良かったりすると思います。 [一言] T…
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