第1話 始まりは君と
恋って言うのがこの世にはあるらしい。15年間恋愛経験皆無の私にはわからない。
だから・・・いや、そうでなくてもこの状況は意味わかんない。
私が告白、しかもこの人にされるなんて。
「藤原っ!!返事っ、きっ聞かせてくれないか。」
この高校一の不良、同じ一年の江崎准君は恐いくらい真っ赤になって私に言った。
「へ、返事?」
っていうか恐い。
私が聞き返すと江崎君は何度も頷いた。
・・・断ったらどうなるんだろ。
簀巻きにして海へドボン?いや、それ以前にこれはなにかのゲームで、ただからかわれてるだけなんじゃあ・・・むしろそうであってほしい。
私はそんな期待を込めてもう一度江崎君を見た。
綺麗な金髪、それに似合う鋭いけど端正な顔立ち。その顔が夕日よりも赤く染まって・・・あぁダメだ。絶対ゲームとかじゃない。こんなに演技力あったら不良じゃなくて俳優になってるよ。あぁでもどうしよう。付き合うのは絶対無理だけど、断るのも・・・
「あの、江崎君。」
私が小さな声で呼ぶと、江崎君は真っ赤な顔で私をじっと見つめた。
あっ、江崎君ちょと涙目になってる。
私も違う意味で涙目になってそうだけど。
「時間をくれないかな?かっ、考えたいの。」
私が慌てて弁解すると、江崎君は困ったような、安心したような複雑な顔で頷いた。
「わかった。待ってる。」
それだけ言うと、江崎君は走っていってしまった。
場所は放課後の体育館裏。初めはいたガラの悪そうな恐い先輩も、江崎君が追い払ってしまってもういない。
私はその場にしゃがみ込んだ。体が熱くて、心臓がうるさい。手を見ると、少し震えていた。
早く帰ろう。
学校にはこんなに重要なこと相談できる友達がいない。家に帰って、お母さんに相談しよう。
私は荷物を取りに教室へ向かった。
「あっ」
「あっ!」
教室に戻ると、江崎君がいた。携帯で誰かと話してる。
私は入り口近くの机から、自分の荷物を取ると駆け出した。
逃げる必要なんてないのに、気付いたら走っていた。
どうしてまだ帰ってないのよ〜!!
「藤原!ちょっと待って!!」
しかも追いかけてきた。
私は体育の授業なんかより必死で走ったけど、日常的にケンカしてる(たぶん)江崎君に勝てるはずもなかった。
「痛っ!!」
腕を掴まれた私は思わず声を上げる。
「わ、悪い。」
江崎君は慌てて腕を放すと謝った。
さっきは時間をくれるって言ったのに、どうして追いかけてきたんだろう。
やっぱり不良だから?
もう返事を聞かせろって言うの?
・・・恐い・・・
こんなの断ったら、絶対殺される。
眼から涙が溢れてきた。
「藤原!?わ、悪い。そんな痛かったか?」
助けて、お母さん。
私はもう逃げ出す気力もなくて、その場で泣いた。
泣き止んでみるとすごく恥ずかしかった。
周りには部活中の先生や生徒がいっぱいいて、私達を見ていた。でも誰も慰めてはくれない。
中には知ってる顔もあったけど、みんな江崎君が恐いのか近寄ってもこない。まるで動物園の動物にでもなったみたい。
江崎君を見ると、江崎君は私の隣に座って黙って私を見ていた。
ひどい。
一応は申し訳なさそうな顔をしてるけど、絶対心配なんてしてない。してたら慰めてくれるはずだもん。江崎君は人に見られるの慣れてるかもしれないけど(不良だから)、私は違うのに。
私はまた泣きそうになったけど、どうにか我慢して駆け出した。
もう誰にも見られたくない。
「うわ、またやってるよあの子。」
「藤原舞だっけ?あんた友達なんでしょ?」
「えっ!違いますよ。あの子は・・・」
後ろから囁き声と江崎君の怒鳴り声が聞こえてくる。
ひどい。どうして私ばっかりこんな目に遭うの?
私は何も悪いことしてない。
私は悪くないのに。
だって江崎君が追いかけてくるから。
私は被害者なの!
私は何も・・・
「藤原っ!!」
江崎君の叫び声に驚いて私は立ち止まる。
「藤原、ごめん。こんな時で悪いけど、これ・・・」
差し出されたのは脅迫めいた要求じゃなくて、携帯電話。
私のじゃない。そう思いながらも、通話中になってる携帯を耳に当てる。
「もしもし・・・」
よくわからないまま、お決まりの文句を口にすると聞きなれた声が返ってきた。
「舞〜?」
このお気楽そうな声は・・・
「お母さん!?」
思わず叫んでしっまた。
「そうよ〜お母さんよ〜?元気〜?」
意味わかんない。
「げ、んきだけど。なに?」
私の声が思わずひきつる。
「本当に元気〜?なんだか声、掠れてるわよ?」
確かに私は元気なんかじゃない。さっきの今だし。でもそれ以上に心配なのは、お母さんがよりにもよって江崎君の携帯に電話してきたことだ。
どういう知り合いなの?
2人に共通点を見出せない私がそう聞く前に、お母さんが再び話し始めた。
「実はね、突然なんだけど舞ちゃんに言わなきゃいけないことがあるの。」
お母さんの明るい声に、私も深く考えずに続きを待った。
「お母さん出張することになっちゃたの。アメリカへ。」
は・・・?どこへ?
「それで〜舞ちゃんには半年程度、江崎さん家で暮らしてもらわなきゃならないの。」
アメリカのどこ?
「うふふ。江崎さん家って男5人家族らしいわ。やったね舞、逆ハーレム!それじゃあ舞、後は准君によろしく。」
「ちょっ、ちょっと待って!なんて?今なんて言ったの?誰さん家?」
お母さんが電話を切ってしまう前に、私は慌てて聞き返した。
「江崎さんよ。ほら覚えてる?舞が5歳の時。おじ様って呼んでね〜って、変な人が家に遊びに来たでしょ?あの江崎さんよ。」
覚えてないって言いたいところだけど、覚えてる。
あんなインパクトる人、忘れられる訳がない。
せめて一人暮らしとか。私が提案する前に「じゃ、が〜んばって〜」とあっさりお母さんは電話を切ってしまった。
軽い、軽すぎる!!
1人娘を放ってさっさとアメリカ(だからアメリカのどこ?)に行ってしまうのもそうだけど、男5人の中にいきなり放り込むことを伝えるのに電話1本。しかも人の携帯で1分弱。
こうして私の革命は始まった。
「藤原、とりあえずよろしく、な。」
夕日を背にして、優しく笑う江崎君と共に。