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彼女と男、その後

若干の下ネタというか、そういう話ですので、苦手な方はお気をつけください

 彼女はとうとう腹を決め、まっすぐに男のいる寝室へと足を運んだ。

 男が彼女に声をかけて寝室へ入っていったのは15分ほど前だ。思った通り、まだ寝付いてはいなくて、ドアを開けるとすぐにベッドから影が起き上がった。

 「ひいろ?どうしたの」

 電気を点けるよう言う男を無視して、彼女はドアを開け放したまま、廊下からの灯りを頼りに男に近づいた。

 「ひいろ…?」

 ベッドの縁に腰掛けて、体をひねるようにして男と目を合わせた。暗がりの中でも、男が怪訝な表情をしているのがわかる。

 「質問があります」

 「え、なに?」

 すうと息を吸って、問いかけた。

 「あたしたち、付き合ってるよね?」

 「え、…そ、そうだね」

 照れんなきもい。しかし、お互いの認識が間違っていないことにひそかに安堵した。さて、次だ。

 「それで、付き合ってどれくらいになる?」

 男はさほど間をおかず答える。

 「一年くらいかな」

 いいだろう。

 「それで?」

 さらなる問いかけに、男は目を丸くした。しばし沈黙。

 「それで…って?」

 「あたしたち、何か足りないんじゃないかなあ」

 「何か?」

 彼女はため息をついた。こういうことを、女が言うってどうなんだ。しかし恥ずかしがっても今更しょうがないことはわかっている。

 「恋人がすることって、何かなかったっけ?」

 主に男女の、あれだ。知らないとは言わせない。

 「え、え?えっと……ああ、その」

 男はようやく言わんとすることを察したようだ。

 そう、彼女たちが想いを確認しあって付き合いだしてから一年強、正確には十四ヶ月。いまだそういう行為をするに至っていない。付き合って一ヶ月で初めて男の部屋に泊まり、現在では半同棲状態であるにもかかわらずだ。

 「あの、それは…ね」

 男は目を泳がせた。もちろん彼女であっても、耐えられないほどの欲求からそれを提案しているわけではない。むしろ、今まで経験がないぶん、かなり気後れしていたのだ。しかしこれほどまでに求められないというのは、少し、いやかなり気になるものがある。男がそういうもの、という知識だけはあるものだから、余計に。

 あたしの身体じゃ欲情しない?それとも…あたしのこと、そこまで好きじゃない?

 「このことは、ひいろは全然悪くないよ。ただ俺の問題っていうか」

 「なんなの」

 「………その」

 男はかなりためらっている。しかし彼女もここに至るまでそれなりに悩んだのである。友人にも恥をしのんで相談に乗ってもらっている。話を進めなくては、解決しない。

 「………………えと、」

 「言えよ」

 「…昔、その、そういうので嫌な思いしたことあって…ええと、映画、そう映画でね」

 「映画?」

 「そう。その、無理やり相手にそういうことするっていう場面があって、俺かなりショックだったんだ」

 男は思い出したのか、暗い声でうつむく。

 そういう場面ということは、それを見たのはそれなりの年齢になってからではないのか。幼い頃ならまだわかるが、映画程度でトラウマになるものなのか?

「なるよ。昔ってのが、何歳だろ。12、3歳くらいかな。俺、本当に男って怖いなって思ったんだ。その…だから、…俺はそんなことしないけど、もしそうなったら怖い」

 なんでそんな年齢でそんなもの見てるんだ。悪い友人にでも見せられたか、それとも子供向けの表現でも十分トラウマになってしまったのか。

 それにしても。

 「あたしたち、もう付き合ってるんだから合意でしょ」お互い大人だ。出会ったときにはまだ彼女は十代だったが、付き合い始めたときにはすでに成人していた。無理矢理にならないような対策はとれると考えた。

 けれども男はまだ顔を上げず、ぼそぼそと言う。

 「ひいろが嫌がって泣いたりしたら、俺はもう耐えられない」

 彼女は呆れた。泣くわけがない。

 しかし男の目には本当に怯えが窺えた。彼女はそんな表情を今まで見たことがない。

 「してくれないからってあたしが泣いてもしない?」

 「泣くの?」

 泣かないけど。

 「それとももしかしたら、他の男のところに行っちゃうかもね」

 男には悪いが、映画程度のトラウマで、手を出されないようでは困るのだ。もちろん本当に別れたり浮気をしたりするつもりは毛頭ない。しかしこの脅しは少なからず利いたらしく、男はさらに暗い声で言った。

 「今は…あんまりそういうこと言わないで。逆上したら本当に、ひいろにひどいことするかもしれない」

 「じゃあ好き」

 「…!」男はぱっと顔を上げた。

 「好きだから、触って。お願い」

 彼女は男の手を取って自分の頬にあてた。彼の手は乾いている。

 数秒、そのまま二人は固まった。沈黙を破ったのは、男。

 「…わかった」

 もう片方の手がゆっくりと持ち上がり、彼女の反対の頬に添えられた。

 「うまくできなかったら、ごめんね」


 そしてようやく、緋呂と蔵人は恋人のようになったのだった。


トラウマの真相は「俺の話」参照のこと。


それでも多分蔵人は自分からしたがらないだろうし、緋呂も理解してるつもりだけど不安になるので、そういう行為は大抵彼女からになります。彼から求めない代わりに求められたら応えるというのが二人の妥協点で、しかしこれが二人にとって必要な行為であるということは共通認識としてあります。

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