小さな本の攻撃
はじめまして、こんにちは。
「ねぇ、どうして彼は行ってしまったんだろうね?」
少年がぽつりと言った。
白髪に銀の瞳。白いシャツにサスペンダー付きの黒のズボン。頭から靴まで白黒の中、細いベルトだけが赤を主張している。
茶色い古びたトランクに腰掛け、足をぶらつかせている少年に一瞥をくれると、ソファーに座る少女が応えた。
「知りませんよ」
実に短い応えだ。しかし、その素っ気なさを少年は気にした風もない。
少女は読書に集中していた。
ぶ厚いが手の平くらいの大きさのその本は、小さいながらも革の表紙を金属で縁取っていて、なかなか立派だ。
ものすごく年季が入って古びてはいるが。
そしてその少女の姿も、少年とよく似ていた。
綺麗に切りそろえられ肩につかない程の短い髪は白く、同じ白いシャツにボタンまで黒の細身のワンピース。裾にはレースをあしらっていて、彼女の纏う唯一の色は、胸元リボンの青だけだ。
感情を映さない銀の瞳は軽く伏せられ、本に向けられている。
沈黙が降りる。重くはない。
二人の間にある、縁を木で装飾されたガラス製の机。その上に乗っている異様に大きな砂時計がさらさらと微かに音をたてている。
砂時計は淡々と時を刻んでいた。
少女の名前はルゼ、少年の名前はアラン。
彼らは、人には言えない能力を持っている。その能力を駆使し、世界中の困っている人を影から救うこと。それが使命だった。そして彼らは、自分が救った人々の幸福を糧にして生き
「ちょっとアラン!聞いてます?」
「何さ!今僕達二人のモノローグが良いところだったのに!」
「貴方の乏しい文章力で出来上がるモノローグなんてたかが知れてますよ。有ること無いこと言って」
「ルゼ、僕の考えてることが判るの!?」
アランは目を輝かせて、トランクから立ち上がった。
それを見てルゼは溜め息をつく。
「…たかが知れてる、と言ったでしょう」
「とうとう僕らは喋らなくても意志疎通出来るようになったんだ!すごいっ!でも、君の声が聞けなくなるのは嫌だから秘密の会話以外は口で喋っうごぁっ!」
ルゼの手元の本が飛ぶ。そして感動の世界へ一人旅していたアランの額に直撃した。
小さいとは言えぶ厚い本だ。たんこぶは免れないだろう。
後ろへひっくり返ったアランは、じんじんと痛む額を押さえながら起き上がる。先程まで腰掛けていたトランクに顎を乗せて口を尖らせた。
「別にそこまで嘘は言ってないよ。人助けしてるのは事実なんだからさ。現にこのトランクの彼に幸福をあげてる最中だし」
「幸福かどうかは彼の行動次第です。必ずしも幸福になるわけじゃないですから。さらなる不幸を与えることも、ある」
トランクの“彼”については、約二時間ほど遡らなければならない。