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製造2課

 うちの会社は家具などを作っている会社で、オフィス棟と工場が隣接している。

 支社はまだないから大きな会社とは言い難いけど、それなりに売り上げは上々なのかもしれない。


 会社全体にはそれなりに設備が整っており、会議室がいくつかあるのと同時に、社員食堂やちょっとした休憩時間にコーヒーを飲めるスペースまである。

 そして今回、あたしが配属された相談室。

 

 工場とオフィス棟は道路を挟んで向こう側に隣接しているから同じ会社といっても工場勤務の製造1課や製造2課が、オフィス棟の勤務の人とじっくり顔を合わせることは慰安旅行や会社全体の納涼祭などに参加しない限りほとんどない。

 総務があるのはオフィス棟の1階。

 その隣に相談室ができた。


 総務で働いていると工場の人が備品の購入や管理の件でやってくるので他の部署の人間よりは顔なじみにはなるが、企画や営業、設計などのオフィス棟の2階や奥にある部署に関しては、業務の性質上、現場の製造課の人間と顔を突き合わせることは少ないようにあたしには思える。

 もちろんまったく顔を合わせない、知らない……というわけではないのだろうけど。

 中には現場から背広組になった古い社員もいるから、そういう人は工場の人間と親しいのだが、あたしたち女子社員は基本的には工場勤務になることは少ないので、工場の中や、工場で働く社員たちをほとんど知らないというのが現状だ。


 週の真ん中、水曜日。

 週末まではあと何日かあって、普段なら憂鬱(ゆううつ)な水曜日なのだが、ここ最近のあたしは休みで家にいてもやることもなく落ち込むだけなので、仕事している方がありがたく、逆にあと数日で休みがやってくると思うとなんだか気持ちが重くなる。

 

 先日の約束を果たすため、あたしはランチの時間に製造2課まで出向いた。


 普段、あたしは道路を挟んだむこう側の工場の方にはあまり行かないから、製造2課を探すには非常に骨が折れた。

 製造2課はメンテナンスや修理専門の部署。

 新製品の新たな製造に関しては製造1課が担当しており、製造2課は1課と比べるとこじんまりとしている。2課の性質上、営業の人間は顧客から依頼されて製造2課と連携して仕事することが多いようにも思えるのだが、あたしが行ったときには営業の人間は誰もいなかった。


 工場には他にも、オフィス用の収納用品などを製造する製造3課。

 新たな商品を試作する企画2課。

 ……と4つの部署がある。

 ちなみに企画1課はオフィス棟にあり、設計課に隣接しているのだが……。


 なんだかんだ、うちの会社の工場は広い。

 その広い工場の中から製造2課の場所を見つけるのはけっこう大変なのだ。

 総務で勤務していた若い頃に数回来たことはあるのだけど、会社としての仕事の流れみたいなものをつかめるようになった3年目ぐらいから、工場に御用聞きに行くのは新人に引き継いだ。

 だからここに来るのはかなり久しぶりで、工場の中も覚えているようで覚えていなかった。

 あたしは工場をうろうろしながら、数分……もしくは数十分歩いて、ようやく製造2課を見つけた。


 製造2課は工場の端の場所にあり、部屋の前には『製造2課』と書かれた昔ながらの看板が貼りつけられていた。部屋の中は学校の教室ぐらいの広さ。入口側に事務のためのデスクが数人分あり、そこに電話とパソコンが申し訳なさそうに1台ずつおかれている。

 部屋の中央に大きく陣取るのは作業テーブルで、そのテーブルの上で細かな作業は行われている。

 部屋の奥は少しスペースがあり、タンスなどの大きな家具を修理する際に使うらしい。

 あたしは製造2課を探すのにも骨が折れたが、部屋の中に入るのも少しためらいがあった。

『お疲れちゃん』

 不意に呼ばれて振り返るとそこには長身の作業着の男性がいた。

 胸のところにはバッジが付いており『森』と書いてある。

 あたしはこの人を見たことがある。

 総務の仕事をしていたときに会ったことのある人だった。確かこの森さんはよく冗談を言う明るい感じの人だったと記憶している。

 彼はここの責任者だ。

『あ、お疲れ様です』

『志保ちゃ――ん!』

 あたしが何かを言う前に森さんは松沢さんを呼び出してくれた。

 あたしが来た理由は森さんには何も言わずとも分かったらしい。

『は――――い!!』

『お昼行っといで――!!』

 松沢さんの声はするものの、彼女の姿は奥の方のタンスの影に隠れて見えない。体の小さな彼女だから大きな家具の修理などをしていると必然的に見えなくなってしまうのだろう。


 それにしても、基本的に工場で働く人たちは声が大きいな、と感じるのはあたしだけだろうか。

 大きな音がする中で正確な指示を出さなければいけないのだから、声が大きくなるのは仕方ないことではあるのだろうけど……。

『はい。え――と、これが終わったら……』

 タンスの影から松沢さんの顔が見えた。

 化粧気の少ない顔だが、顔は小さく色白で……やっぱり美形である。

 あたしは松沢さんと目が合ったので軽く手を振った。

『心音さんを待たせたら悪いから早く行け』

 森さんは言った。

 考えてみればあたしは名字より名前で呼ばれることの方が多いような気がする。

 彼とは備品の発注の時に少し話をしただけなのだが、その時も『心音さん』と呼ばれていたような……。

『あ……はい』

 森さんに言われて、少しはにかんだ感じの表情を浮かべながら松沢さんは作業を中断してこちらにやってきた。


 仕事中の彼女は昨日、相談室に来た時の元気のない様子ではなく、はきはきと作業をこなしている。

 あの時のイメージしかないあたしにとって彼女のこういう表情は少し意外だったが……相談内容は実にプライベートなもので仕事には大きくかかわるわけではないのだから彼女のそういった表情は当たり前といえば当たり前なのかもしれない。


 松沢さんは仕事にやりがいを感じているんだろうなあ……。

 タンスの影から顔を出したときの彼女のいきいきとした表情を思い出すとそれは明白なのだろう。


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