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後輩の心配

 そういえば……志保ちゃん自身がなぜ周りに若い男性もいない……そして同年代の女の子もいない……普通、若い女子だったら気後れしてしまうような部署でもある製造課に配属されたかというと……。


 なんと彼女は自分で希望を出してそこに行ったらしい。。


 彼女のお父さんは家具を作る職人さんで子供の頃からそんなお父さんの背中を見てきたから彼女自身は職人を目指したいらしい。


 そんな話を彼女から聞いた時、あたしは『朝ドラの主人公のようだ』と思った。

 職人を目指している……というところに関して、やりたいことがあって、それに向かってまっしぐらに人生の歩みを進めているところなど、ぼんやりとしながらどことなく仕事をこなしてきたあたしの若いときに比べると随分しっかりしているなあと思う。

 その反面、ランチを食べながら理想の男性を語るところなんかはあたしの若い頃とほとんど変わらない。


 あたしとしてもあの頃の思い出は懐かしくも甘酸っぱいなんともいえない思い出なのだが、当時は必死だったように覚えている。


『なかなか出会いがないんだよなあ……』

 お弁当を食べて、お茶を一口飲んで、軽く背のびをしながら志保ちゃんは言った。

 出会いがない……独身の頃は結婚できない理由にそういう理由をあげるが、いざあたしのように結婚してみると案外出会いはあったんだなと思うこともある。


 なんで独身の頃はその『出会い』に気づけないのだろう。

 そして結婚した後はどうして今の旦那との『出会い』を忘れてしまうのだろう。

 志保ちゃんと話しているとそんなことをちょくちょく考えるようになった。

 あたし自身、細かな違いはあるものの志保ちゃんと同じように悩みながら生活したことがあるのだ。


『出会いはいつかあると思うんだけど……あたしはどんな感じだったかなあ……』

 つい、考えていることを口に出してつぶやいてしまう……。

『そういえば……心音さんって旦那さんとどうやって知り合ったんですか??』

 志保ちゃんは身を乗り出してあたしに聞いてきた。

 

 どうやって知り合ったと言われてみるとすごく単純というかどこにでもある話で、合コンで知り合った。あたしはそういう場にはあまり行かないタイプで、旦那である吉希(よしき)も同じタイプだったので、たまたまその場にいたというのは実は奇跡的と言えば奇跡的なのかもしれない。


 こうやって思い出してみると出会いというのは少し不思議な感じがする。

 あの合コンで野球の話が出なければおそらく吉希(よしき)とあんなに盛り上がることはなかったと思うし……そもそも、あの日、あたしが合コンの誘いを断っていたら間違いなく彼とは出会っていなかったわけだし、そういう意味では『出会い』の機会をとらえたのかもしれない。

 そんな話を志保ちゃんにしたら興味深そうにうなずいていた。


 こんこん……


 運命が扉をたたく音がする。


 昼休みに人が来ることなんて珍しい。

『どうぞ』

 すると、入ってきたのは石岡くんだった。

『あら。珍しい』

『ごはんの最中にすみません』

『大丈夫よ』

 あたしはほとんど空になった弁当箱を片付けて、すぐにコーヒーを3人分入れた。

 ここでの相談は基本的に誰にも言わないことになっているから、志保ちゃんがいると相談には乗れないのだが、彼女を追いだすのも忍びないのでそのままにした。


 もし深刻な相談事なら昼休みが終わって、志保ちゃんが帰ってからにすればいいし、石岡くんも部屋に志保ちゃんがいるのを見て時間を改めるだろうから、大丈夫だろう。


『あたし……そろそろ……』

 と思っていたら志保ちゃんは自分のお弁当を片付けて退室しようとしている。

 見るとお弁当はほとんど食べていない。

『ダメダメ、志保ちゃん。お弁当、最後まで食べていきなさい』

 あたしは思わず言ってしまった。

 志保ちゃんは話に夢中になると食事を忘れて話すので小さなお弁当をたいらげるまでに時間がかかるのだ。


『時間大丈夫??』

 あたしは石岡くんを見て言った。

『大丈夫ですよ。そんなに深刻な話じゃないので』

 石岡くんの『大丈夫』は時間が大丈夫ではなく、志保ちゃんがいても話せる話であるという意味での『大丈夫』だったらしい。

 彼はお弁当を必死に食べる志保ちゃんを後目(しりめ)に、話を始めてしまった。


『うちの課の山本さんの話なんですけど……』

『山本さん?』

 そういや山本さんは石岡くんの先輩にあたるわけか……

 てことは妻である杏奈も元先輩にあたるんだろうな……

『はい。最近、山本さんがおかしいんです?』

『おかしいの?』

『はい』

『どんなふうに??』

『どんなふう……というと一言では言えないんですけど、以前の山本さんならしなかったようなミスとかをするようになったり、何かふとした瞬間にぼ――っとしてたり……』

『そうなんだ』

『はい』

『飲みに誘ってみたら?』

『え? だって……』

 石岡くんは少しひるんだような顔をした。

 そもそも元から飲み会の席などはあまり好きでない最近の若者を代表したようなこの若者は自分から先輩を酒の席に誘うなんて発想はないのかもしれない。

『ダメかな?』

『いやあ……山本さん、いい人なんすけど……』

 悩みを聴きだすなんてボクにはできません……と石岡くんの顔に書いてある。

 でも悩みを無理に聞き出す必要はないのだ。

 気分転換ができればそれでいい。

『じゃあ、あたしも一緒に行ってあげようか?』

『え?? 良いんですか??』

『いいよ。そうだ。志保ちゃんもきなよ』

 あたしは真っ赤な顔をしながらお弁当を急いで食べていた志保ちゃんに言った。


……てゆうかそんな食べ方をしていると美人が台無しだよ……。


『え? あたしも??』

『うん。きなよ。たまにはそういうのもいいでしょ?』

 気分転換が必要なのは何も山本さんだけではない。

 志保ちゃんも気分を変えて知らない人と話す機会があってもいいだろうし、何よりあたし自身、気分転換が必要なのだ。

『そんな気になれない』などと言っていてはいつまでも何も変わらない。

 自分を変える努力をしなければ、運命は扉を叩いてくれはしないのだ。


 ランチの時間が終わり、石岡くんと志保ちゃんは相談室を出て行った。

 なにやら二人で部屋の外で何らかの会話をしていたようだが、部屋の中にいたあたしにはよく聞こえなかった。

 たぶん、自己紹介とあいさつと『じゃあよろしくお願いします』的なことを言っていたのだろう。


 あの二人が恋人になるようなことはあるのだろうか?


 あってもなくても貴重な『出会い』であることには違いない。

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