自分の問題
お昼休み。
最近の楽しみは志保ちゃんとランチをすることだ。
若い子とランチしながらおしゃべりするのは楽しい。
同じものを見ても同じ出来事を聴いても彼らは、今のあたしとは違う風景が見えている。
その感性は特別。
誰もが若い頃には持っていた鋭い独特の感性だが、歳と共に、『経験』というものと引き換えにその感性は失われていく……。
こんな経験はないだろうか。
学生時代に通った道が、今通ってみると特に何も変わっていないけどなにか風景が違うように見えるということ。
つまり若い時と今では同じ風景でも違うものを見ているのだ。
あの時見えたあの風景はその瞬間にしか見えない貴重なもの。
それが若さが持つ『感性』なのである。
あたしは自分にもあったそんな独特の感性を若い子と話すことによってあらためて感じることができることがこの上なく楽しいのだ。日常がどんなに辛くても若い感性に触れると少し元気がもらえるような気がする。
『若さをもらう』という言葉を使う人がいるが、これはまさにそういうことを指しているのかもしれない。
最初こそ志保ちゃんはお弁当を作ってきても、見せるのを恥ずかしがっていたが、最近ではなかなかのものを作ってくる。
この間のそぼろ弁当なんかは今度、あたしも作ってみようかなと思ってしまうほどの出来だった。
実家住みの志保ちゃんはもしかしたらお母さんから少し料理を教えてもらっているのかもしれない。
そういえば……。
あたしは料理を父に教わった。
もちろん母からも教わったのだが……父から教わった料理の方がしっかり頭に残っている。
今思うと……お父さん子だったのかもしれない。
それに……共稼ぎで昼間、家にいないことが多い両親だったあたしの実家では母親よりも父親が料理するイメージが強い。『料理はセンスだよ』と父が幼いころのあたしに口癖のように言っていた。
あたしの父は家庭でも喜んで料理をする人だった。
と言っても自分の酒の肴が中心だったし……片付けはいつも母まかせだったけど……。
幼いあたしは晩御飯のたびに父の皿から少し何かをもらうのが楽しみだった。
その楽しみが高じてか……少し大きくなってからは料理を自分で作るようになっていた。自分で作ってその味が自分の想像した美味しいものだった時の快感はあたしのように食べることに興味がある人間にしか分からないのかもしれない。
食べるものにこだわる人はすぐに料理が上手になる。
こだわりこそ……センスなのかもしれない。
そういうこだわりがなければお弁当作りも長続きしないだろう……。
彼女は料理のセンスがあるのだろう。
『お弁当作りって面白いですね』
『そうね――。作って美味しければさらに楽しいからね』
『これを誰かのために作ってあげたいなあ……』
志保ちゃんはお弁当を食べながらいつもうっとりとした目であたしに言う。
『どんな人にどんなふうに食べてもらいたい??』
あたしはいつも同じような話題を聴き方を変えて聞いてみる。
この答えに関しては彼女の気分によってずいぶんと変わるから面白い。
気分がのっているときは彼女なりの理想の男性像を語ってくれる。
最初にも聞いたが……外見は俳優の瑛太のようなイケメンが良いそうだ。どんな話でもじっくり聞いてくれる包容力があって、一見すると何もできなそうなのだが、実はスポーツ万能で……。
え――と……
それから確か歌が上手くて……
うん。
本人には到底言えないが……そんな理想的な男はそうそう存在しない。
包容力があってもイケメンでなかったり、イケメンであっても小さい男であったり……とにかく理想通りの男性と言うのは世の中にはそうそう存在しない。全くいないとはいないが、そういないとは言える。
それはちょうど、男性が想像する『優しい女性』が存在しないのと同じである。
逆に気分が乗らないとき、志保ちゃんは違う反応をする。
これがまた気分が乗っている時とは対照的に現実主義的な意見になるのだ。
『食べてもらいたいんだけどなあ……』
『誰がもらっても喜ぶと思うよ。このお弁当なら』
『う――ん……でも実際そういう人がいないしなあ……』
出会いがない……ということを志保ちゃんは言いたいのだろうけど、案外出会いというのは転がっているものである。問題は選り好みせずその出会いをしっかり生かすことができるかどうかなのである。
二人でランチしていて分かったことは、志保ちゃんの部署は男性が多いのだが、残念ながら若い男性はほとんどいないということだった。そして若い女性も志保ちゃん一人。
一番若い男性社員でも35歳ぐらいの既婚の男性で、そういう意味では仕事をしていても張り合いがないらしい。
『志保ちゃんの部署にはいないもんねえ……』
『そうなんですよ……』
と話が暗い方向に行ってしまうのは週末を控えた金曜日あたりが多かったりする。
休みの日になると独身で趣味がなければどうしてもやることがなくなってしまう。志保ちゃんのように『恋に恋している』子にとっては彼氏のいない休日を一日何もすることなく家で過ごすぐらいなら、休日出勤している方がよっぽどましだろう。
『はああああああ…………』
小さなお弁当をゆっくり時間をかけながら食べつつ、志保ちゃんはため息をつく。
なんとかしてあげたいのだが……。
こればかりは自分の問題でなんともしてやることもできない。
営業や総務の飲み会に参加することはできないのだろうか??
とあたしは一瞬思ったこともある。
そう思っただけで、実際に実行に移していないのは……あたし自身、相談室が開設してから今まで呑みに行きたいと思わなかったからだ。
流産のことを引きずっていてそんな気分にはなれなかったのだ。
問題は違えど……
あたしも志保ちゃんと同じ。
自分の問題は自分で解決していくしかないのだ。
でもそろそろあたしも切り替える時期なのかもしれない。
少し前からそんなことばかり思うのだが……
結局、少しも前を向くことができない自分がすごく嫌になるときがある。
流産してからまだ半年。
気持ちを戻していくのはゆっくりでいい。焦る必要はない。
そう思う反面……どうにかしないと、と焦る自分もいる。
その焦りのせいか、子供ができないことにがっかりしたり、他人を妬ましく思ったりして、自己嫌悪に陥ることがある。
焦っているのだろうか……。
でも、ただ悲しんでいるだけで何もしないなら、事態は絶対に良くならない。
何か、行動を起こさないと何も変わらないという点ではあたしも、『出会いがない』と嘆いている志保ちゃんとなんら変わりがないのだ。




