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二話 合縁奇縁《あいえんきえん》

「ふぅ、ここまでくれば、流石にこないでしょ」


 光の木漏れ日が差す森の中。程ほどに長い黒髪を揺らしながら、少女はため息を一つ、ついた。


「でも、あの子、まだ覚醒・・してないみたいなのにすごく早かったわね……」


 少女は手に持っていた、二枚のカード――タグに目をやった。


 一つは、自分の透き通るような青いタグ。タグの表にはこのゲームのロゴ。裏には自分の情報ステータスが表記されている。


 ID203135 PLAYER NAME 鎌形かまがた 美桜みお AGE 16、とゴシック体で書かれている。その下にはHPヒットポイントが緑色のバーで表示されている。そのゲージは数ドット削れていた。


 そして、もう一つのタグ。それは銀色に光っており、太陽の光をまぶしいぐらい反射している。先刻の少年――海音のタグ。表には少女、美桜と同じくゲームロゴ。だが裏にはただ、ID2031100と真ん中に小さく表記されている。


「やっぱり、他の人のステータスは見えないわね」


 少女は太陽に透かしたり、少し曲げてみたり色々している。


「むー。ま、ラッキーかな、ノーリスクでタグを手に入れた訳だし――」


 不意になにかが、がむしゃらに走っている――そんな音を美桜の左耳は大きく捉えた。


「やっと、追いついたぜ!!」


「……嘘でしょ」


 美桜は小さく呟くことしか出来なかった。



               ****


「やっと追いついたぜ!!」


 息も切れ切れに、俺は少女に追いついた。全く、俺をこんなに走らせやがって。


「嘘でしょ」などと、驚愕の表情を浮かべているが、そんなことは気にしない。かまわずに言葉を続ける。


「おい、俺のタグを返せ」


「嫌よ」


 予想外だった。普通、追いつかれたから大人しく渡すかな、と思ったがそうではないらしい。彼女はまだなにかを企んでいるような笑いを見せている。


「……しょうがないわね。せっかく痛い目に会わないように逃げてあげたのに」


 逃げてあげた、というのはおかしいだろ。という叫びを押し込め、俺は彼女に尋ねる。


「痛い目ってどういうことだよ。君みたいな女の子が俺を痛い目にあわせることが出来るわけが――」


「あなたみたいなモヤシにならできるわ」


「……」


 あれ、おかしいな。目から透明の液体が……。


「ま、悪いことは言わないから止めておきなさい。自ら望んで不利な道へと進むことはないわ。タグの代わりなんて、いくらでもあるんだし」


「……なら返してよ」


「う……」


 少女はよろけ、「確かにそうなるわね……」と呟いている。


 考えてみれば、俺はタグに固執しているわけではない。と、いうよりタグがなんなのかが良く分かっていない。その貴重さと重要性。言うなれば価値。それが分からないからこそ、盗られたらまずいような気がするのだ。まぁ、もう既に二人から狙われている以上、価値が高いことはなんとなく分かりつつある。つまりソレは、盗られたらいけないって言う話で。取り返さないといけないって言う話で。


「悪いけどさ、君が可憐な美少女だろうと、なんだろうと力ずくで取り返えさしてもらうよ」


「び、美少女!?」


 何故か赤面する目の前の少女。あたふたと手を振っている。


「い、今のは言葉のあやだ!!」


 尚、赤面している少女に叫ぶ。が、彼女はすぐに無表情に戻す。


「あなた、面白いわね。そんなに慌てちゃって」


「慌ててたのは君だろ!?」


「演技よ、え・ん・ぎ」


 何故だろう。この女といい、さっきの子供といい、俺はとてもからかわれているような気がす


「ええーい! そんなことはどうでもいいんだ! 早くタグを返してもらおう」


「だから返さないわ。折角手に入れた二枚目なのに――って、あれ?」


 少女の顔から血の気がひいていく。そして、慌て、狼狽しあせり始めた。


「な、なにこれ……」


 少女の視線の先。彼女の右手。俺のタグと彼女のタグを握っている。否、握っていた、だ。


 少女の手の中には、プラスチックのカードなんか無くて代わりに――形の良く似た、二枚の葉っぱがあった。


「「んなぁぁぁああああ!?」」


 二人の声が、森中に響いた。





              ****



「どうするんだよ!?」


 俺は、ありったけの怒りを込めて、目の前の少女に問い詰める。


「どうするって、言っても無くなっちゃったわけだし」


「おかしーだろ!! 大体、なんでタグが葉っぱなんかに」


「はぁ、……能力よ」


 少女はきっぱりと断言した。


「……だから、なんだよ”能力”って」 


「超能力」


「は?」


「ESP、通常の感覚器を越えた知覚。またはPSIサイと呼ばれることもある、超自然な能力のことよ」


 ESP、PSI、超能力。思考を巡らせる。すると、思い浮かぶのは、先程の少年の瞬間移動テレポート。そして、少年も言った。僕の、”能力”と。


 口を閉じた僕に、追い討ちをかけるように、彼女は喋り続ける。


「恐らく、タグと葉っぱの”物質が入れ替わった”ことから、瞬間移動テレポート系の能力。もしくは念動力サイコキネシス系。私が持っていた葉っぱの形状がタグとほぼ同一だったことから、考えられる能力は”物質交換”。形状の一致が制限リミットみたいね」


「……」


 怒涛の勢いで言葉をくし立てた少女は、ため息を一つ吐き出す。


「ふぅ……。どう、分かった?」


「あぁ、全くわからん」


「……」


 何故か、冷たい目を向ける彼女。いやいやいや、仕方ないだろ。理解できなくても。だって、俺は――


初心者ニュービー。さっき君が言ったんだろ」


「あ、そういう単語は分かるんだ」

 

 彼女は、あざ笑うかのような表情で語る。


「でも、残念ね。あなたは確かに初心者ニュービーだわ。でも、それと同時に、私たちみんな初心者ニュービー。言い換えれば、この世界の人間全員・・・・・・・・・初心者ニュービーなのよ」


「は……? それってどういう」


「どうもこうも、そのままの意味よ」


 要するに、全員が初心者。始まったばかり。


「……なら、何故、俺に初心者ニュービーと?」


「言ってみたかった」


 ……言い返す気すら起きません。


「それより、その様子だと、あなた。能力はおろか、ここがどういうところなのか全く分かっていないみたいね」


 全く分からない。ただ、さっきのガキと、目の前の少女の会話。言葉。

 それらを、全てあわせて考えると、出てくる――最初の仮定。

 ただ、いま聞いても、きっと混乱が広がるだけだ。


 だから、とりあえずは彼女の質問に、最低限答えておく。


「あ、あぁ。どうやら、俺、ここに来るまでの記憶が少し無いらしいんだ」


 しどろもどろになんとか、そう答えると、彼女は神妙な表情をする。


「なるほど……。ん? ってことは、あなた、タグの重要性もわかってないわよね。なのに、どうしてこんなに執拗に――」


「大事そうだったから」


「……」


 沈黙。彼女の疑問に理由を述べた直後、帰ってきたのは少しの沈黙と深いため息をだった。


「はぁ。ほぼ直感で追いかけてきたのね……」


「なにを馬鹿な。直感じゃないよ」


「……へぇ。根拠でもあったの?」


 呆れていた態度を一変。口角を吊り上げ、人を試すような顔つきへと変わる。


「根拠? もちろんあるね」


「第六感」


「……」


 まずい、彼女の目がジトーっとしたものに変わっている。冗談は通じなかったらしい。


「じょ、冗談だよ。本当は――」


「シックスセンス、とか言わないわよね」


 少し、動揺したことを見抜かれただろうか。


「あ、あはは。い、言うわけないじゃん。あはは」


 と、力なく笑う俺は、先程の”価値について”考えていたことを述べた。


 


「ふむふむ、なるほど。……あなた、結構面白い発想を持つわね。見た目に沿わず」


 最後のは蛇足だ! と、言おうと思ったが、少女が真顔なのでやめた。とても、たちの悪い人である。


「暗くなってきたわね」


 少女は上を見上げた。彼女の言葉に、俺も周りを見渡す。


 もともと、木々に覆われ暗かったが、太陽の光が漏れていた。しかし、今じゃもうその光さえ入らなくなっていて、とても暗い。それなのに、俺が意識しないと気づかないくらいに、彼女の顔ははっきりと見えている。とても、不思議だ。


「場所を、もうちょっと開けた場所に変えましょうか。ここじゃそのうち出られなくなる」


 少女は、俺がなにも否定しないのをみて、歩き出した。


 俺も、そんな彼女に黙ってついていく。


 彼女は、黙ってどこか遠くを見つめながら歩く。なにか思いふけっているような、そんな様子で。俺は聞きたいことが山ほどあったが、聞きだせずにいた。


 しばらく歩いて、満月が顔を出した。そこは草原。膝丈ぐらいまで伸びた草が当たり一面に広がっている。


「…………よし」

 

 少女の後姿は唐突に、なにか決意をしたように。なんらかの意思を、はらませるように。少女は突然と、短く呟いた。


 そして、こちらに向きかえり言った。


「ねぇ」


 その髪は明るすぎる月光に照らされて。その顔は、青白い光に反射して。その体はまわりの闇と同化して。少女は言った。


「私と、同盟をくまない?」


 美しい微笑みが、俺の目の前には――あった。




「いやいやいや、なんでだよ!?」


 少女の差し出された右手を見て、我に返る。なにが悲しくて、人のタグを奪おうとしていた奴と同盟を組まねばならないのだ。


「そりゃもちろん、私がタグを取り返すのに一人よりも二人のほうがいいと判断したからよ」


「そういう意味じゃ――」


 ない、と言おうとしたが、彼女の言葉にさえぎられる。


「もちろん、あなたに言ったのは三つの理由があるわ。一つは目的が同じ。私たちのタグは同じ奴にとられている。と、いうことはごくごく自然的に、目標も同質となる」


 いや、ちょっと待て。それは明らかに目の前にいる君のせいだろうが。


 そのことについて文句を言う。が、「抗議なら、後で聞くわ」と、あっけなく却下された。


「そして、二つめ。以外とあなたが使えるかもしれないと判断したことよ」


「意外と、ってなんだよ。意外とっ、て」


「あら、あなたは自分で自分が出来る人間だと思ってるの?


「んな!? そんなことは」


「なら、とんだナルシストさんね」


「……」


 なにも言い返せなかった。


「ま、そんな理由で同盟を組もうと提案をしたのよ」


「でも、こんな目にあったのは君の」


 すっ、と彼女の顔が近づく。


「この世界は、取られたら取り返す。やられたらやり返す。強いものが生き残る。闘争心があるものが生き残る。そんな世界」


 彼女は続ける。


「そんな、弱肉強食な世界で、あなたは何時までぐだぐだ言うつもり?」


 彼女は顔を遠ざけた。そして、続ける。


「もう、私が盗ったタグは奪われた。つまり、そのことに関しては時効よ、時効。後ろを振り返っていても、戻ってこない。時には、温故知新。戻ることも重要だけど、今はそのときじゃない」


 彼女は、続ける。


「故に今、私はあなたに前向きで未来的な発案をだしているの」


 彼女は続ける。


「これで私が説明したいことは全部、説明したわ。その上で」


 そして、僕の眼前に左手の指を突き出し、続けた。


「伸るか反るかはあなた次第よ」


 まるで、まるで都市伝説を語るかのよう言葉を紡いだ彼女は、息を吐き出すのをやめた。


 全く。断る気なんて無かった俺を、より説得してどうするんだか。


 綺麗な月夜。人影が重なる。



 俺は差し出されたままの右手を、俺の右手でとった。



「これで同盟成立、だな」

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