大っ嫌い!
初めまして、uridukiyaと申します。
素直に慣れない女の子のお話です。これは随分前に書いた短編なのですが、少し手を加えて投稿することにしました。
このサイトでの初めての投稿となりますので、よろしくお願いします。
山端昇一との関係は、幼馴染であった母親たちの公園デビューの時から始まるらしい。当然、記憶なんてない。何かにつけて母親たちの会話に出てくるところからそうなのだろう。母親たちの話から解ることは、他の女の子と遊んでいた昇一に、ものすごいスピードで突っ込んだらしい、やっとできるようになったハイハイで。
まあ、かれこれ十六年もそんな関係が続いているわけだ。
山間にあるこの町では知らない人がいないほどで、本人の知らないところで、面白いほどに尾ヒレがくっついて流れていた。この間なんて、小学校低学年の女の子と目を合わせただけで大泣きし、周りにいた人から白い目で見られた。至って見た目通りの麗しい乙女だ。噂で流れているような暴力女でも怪力女でもない、ただの女子高生なのだ。なのに、なぜだか噂は無くならずに、新たな噂がどんどん増えてゆく。
昇一が、噂を流布しているに違いないなどと邪推するのだが、あいにく証拠がない。なので、笑っている昇一を見ていると無性に苛々した。何か自分のことで、笑われているのかと思ってしまうのだ。見て見ぬ振りをすればいいのだけれど、制御できずに、赤い布を見た猛牛のように昇一に突っ込んで行った。
きっと昇一は天敵なのだ。でなければこの苛々の説明ができない。
そう!だから、今、電気の点いた山端家の前で、許容量の超える寸前のドラムバックを肩から担いでいるのは、何かの間違えなのだ。昇一の両親とうちの両親が一緒に旅行に行ってしまったのだって、私を驚かそうと企てたものに違いない。それも自分たちの子供を残して行くなんて、前日になって言うなんて普通ありえない。
初めてこの話を聞いた昨日。気が動転してまんまと騙されたに違いない。特に母さんは、私が昇一のことをどう思っているのか知っているはずで。年頃の男女を一つ屋根の下、しかも同居なんて何を考えているのかわからない。
当然ように、抗議した。
「は?なんで、私が昇一の家に同居しなくちゃならないの。留守番ぐらい一人で出来ない歳でもないんだけど」
「だって、あなた家事全般がまったくできないじゃないの。イヤよ、帰ってきたらゴミ屋敷なんて。それに今のうちに唾でも付けとかないと、ねえ」
「ねえって…」
そんな母親の言葉に、続く言葉は出なかった。
こうなるのだったら料理だけでもと思うのだが、生活能力は24時間のコンビ二でも補えない程、悲惨なのだ。唯一できるのが、洗濯物を干すことだけだった。
男である昇一に勝つために、女であることをある意味忘れ、勝つために努力を続けてきた。それはもう『凄まじい』の一言では片付けることは出来ない。早朝の十キロメートルのランニングに始まり、一日百個の英単語に終わったあの日々。おかげで、県立で進学率が一番といわれる天満高校に入れたのだけれど。ただ、時間は有限であるから何かの時間が削られてしまった。それが家事だった。
ゴミ屋敷になるのを覚悟で、家に残っても良かったのだが、まさか、電気とガスを止めらるとは思わなかった。そこまでやるのか、あの親は…。
そうだ!何かも昇一が悪いのだ。あいつの存在自体が、不幸を振りまいているに違いない。この機会に、息の根を止めるのが、幸福へと繋がっているのではないだろうかなどと考えていると不意に背後から声がかかった。
「日輪?」
「へっ」
「どうした、鍵貰ってなかったのか」
振り返り、背中から玄関扉に大きな音を立てて貼り付いてしまった。
家には灯りが点いていたので、当然、家の中にいるものと思っていた昇一がそこにいた。私より頭ひとつ高い所についている昇一の瞳が見開いていた。たちまちに納得したらしい。昇一は手に持っていたコンビ二のビニール袋に手を入れ、黄色い長方形の箱を取り出して私に見せた。
「晩飯をカレーにしようと思ったんだけど、肝心のルーが無くてさ。買ってきた。」
その言葉に頭をコクコクと頷くことしかできない私。
「お前、カレーが好きだもんな」
と、笑顔を見せた。頭の中で何かが爆ぜた。体中が激しく脈打ち、急に熱くなる。
「なあ、貼り付いたままだと中に入れないんだけど」
「はっ、えっ?」
何のことか解らず、戸惑う。その様子に苦笑する昇一。
「日輪が扉に貼り付いて中に入れないんだって」
「あっ」
慌てて扉から離れると、昇一はポケットから鍵を取り出し、扉を開ける。
「どうぞ」
昇一に招かれるがままに玄関へと足を踏み入れる。小さな頃に何度も来たことのある家なのに、落ち着かない。
リビングに入ると、おじさんがうちの父親に自慢していた七十二インチの薄型液晶テレビが鎮座していた。昇一はリモコンを手に取ると、テレビを点ける。画面には、最近人気の出てきた漫才コンビが司会をしているバラエティ番組が映し出されていた。
「適当に座っといて」
昇一が台所の中へ消えて、コンロに火を点ける音がする。時折、ビニール袋の擦れる音がしてきた。台所以外、音を出しているのはテレビだけで、笑い声が聞こえる以外音を出すものがこの家にはなかった。
不意に霧に遮られたように視界がどんどんと狭くなり、頭がはっきりしなくなっていき、身体から力が抜けていく。
「そ…ころにつ…いで…にでもす…りっ!?」
台所から出てきた昇一が口を動かしていた。身体がどこかへ沈んでいくのを感じながら、意識が真っ白になっていく。昇一の焦った顔を一瞬見たような気がした。
気が付くと、額に温いものを感じ、手を伸ばした。
「おっ、気が付いたか」
日輪の動きに反応して、ソファーの脇に座っていた昇一の顔が近づけてきた。また、体が熱くなる。
「んん。まだ、顔が赤いなぁ」
と言って、額の温いものが取られ、代わりにひんやりとしたものが乗せられた。それが昇一の手だと分かると、さらに体が熱くなった。このままいくと、融けてしまうんじゃないだろうか。
「…風邪かな?」
昇一が首を傾げ、タオルを手に立ち上がった。もしかして、鈍感?一人相撲?…もう少し違う反応があるんじゃない。そしてまた意識が遠のいていく。
†
「河野、章末Aの問一の方程式を黒板にやってくれ」
次の日は、誰にも平等だ。欠けることなんて全くない。
習慣というものは厄介なもので、昨夜倒れたにも関わらず、朝はいつものように五時に起きてしまった。起き上がると、昇一の家のリビングで布団に寝かされていた。いつの間にやら布団に寝かされていたらしい。自分の身なりを確認してみたが、服は昨夜のままでどこも異常はないようだった。急に恥ずかしくなったので、ランニング用のハーフパンツとTシャツをカバンから出すと、物音を立てないように着替えて、家を出た。
「おおい、河野?河野日輪」
ああ、なんて空は蒼いのだろう。今朝ランニングしながらも、思ったがこんなにも綺麗な空見たのは、いつぐらいぶりだろうか。自分がやらかした醜態を忘れさせてくれるこんな空を。
「…」
目の前が黒くなって、視線を右に向けたら、目が合った。
「きゃっ!?」
「やあ、河野」
角刈りが印象的な頭の渡辺先生が、外の景色を遮るようにかざした教科書で自分の肩を叩くとため息を吐く。何かに疲れたように机に視線を落とす。それにつられるように下を見る。
「なんで、英語の教科書が出てるんだ?」
「何で、渡辺先生がいるの?」
…
数秒の沈黙の後、クラスメイトたちは、爆笑した。戸惑いながら渡辺先生を見と、どこか淋しそうに黒板の上にある丸い掛け時計を指す。
「今、何時だ?」
「えっ…十二時十分です」
胸の前で、腕を組んだ渡辺先生は大きく頷く。
「じゃあ、今は何時限だ?」
「…四時限です」
背中にとても冷たい汗が流れる。
「良く出来た、と言いたいところだが、月曜日からそんなんで大丈夫か」
「…すいません」
「まあ、しょうがないな。河野、明日の二時限に数学があるのは分かってるよな」
明日の時間割を思い出し、首を縦に動かす。
「よし、それじゃご褒美をやらんとな」
激しく首を振った。千切れるぐらいに。
「よしよし。明日の二時限に数学の授業があるから、それまでに第一章の章末問題AとBをやってくるように」
そう言いながら先生は、教卓に戻って行く。
私は、急いで鞄の中から教科書を取り出し、問題を見て、先生を呼びとめた。
「あっあのセンセイ」
「何だ、河野」
先生は不思議そうに振り向く。
「問が、十三個もあるのですが」
「ん?」
渡辺先生は、手に持った教科書を開いて閉じた。
「頑張れ。明日は河野先生の授業だな」
それだけ言い残すと教卓の上を片付けながら、日直に少し早めの号令をかけるように促した。
四時限目が終わるチャイムが鳴ると、生徒たちは思い思いに立ち上がり、己の目的のために動き出した。
その中の数名が、獲物を逃がさないとばかりに近づいて来る。
「ひまわりぃ~、何朝から黄昏てんの?」
コンビニの袋を片手に好奇心一杯の目を向ける秋野雫は、退路を塞ぐように私の隣の席から椅子を持ってきて座った。
「そうそう、朝から、心ここに在らずです。今日の日輪さん」
後の席から乗り出すように顔を近づける藤堂あかね。
「ほほう、これはもしかして、アレですか?」
「ふっふっ、アレしかあるまい」
斜め前に座る新藤裕史がこちらに振り向きざまに、これまた近づいてきたクラス委員長の長谷川正志に話しかけてくる。
「アレって何よ」
この二人だけで話を進めさせると、ありえない方向へと話が発展することが多々ありすぎた。なぜか時たま鋭いところがあるので注意して、ツッコミを入れた。
「それは、君が一番良く知っているだろう」
「うっ」
正志は、メガネ真ん中に中指を当てて、持ち上げた。もしかして知ってる?
「ズバリ、げっけっぶぃ」
正志の顔に、数学の教科書が張り付いた。
「あらあら、ごめんなさい。手が滑ってしまいました」
あかねは柔らかい笑みを浮かべながら謝っていた。目は笑っていなかったが。
「相変わらず、日輪の周りはにぎやかだな。風邪なんだから無理すんなよ」
昇一が倒れた正志を跨いで近づいて来る。
何の用と睨むがまったく相手にしてこなかった。
「風邪?」
雫が不思議そうに私の顔を覗き込んでくる。
「ところで、昇一さん。なぜお弁当を二つも持ってるんですか」
「ん、これ?」
黄色と赤色のハンカチに包まれたお弁当と思しきモノを肩の高さまで持ち上げた。
「俺の分とこいつの分」
「は?」
昇一は驚く声より先に、黄色の赤色より一回り小さい方を、まだ片付けていなかった英語の教科書の上に置く。
「見た目は良くないが、味は保障するよ」
「へ?あっ!」
机と昇一の顔を交互に見比べる。当然のように教室に残っていたクラスメイトたちの視線も集まる。そこで、はじめて今日の昼ご飯を準備していないことを思い出す。
「別段爆弾なんて入ってないし、朝だってもごっ」
慌てて立ち上がり、爆弾が出そうになった口を塞ぐ。
「“朝”ですか」
あかねが首を傾げる。
昇一を一睨みしてやると、何が言いたいのか理解したらしく、頭を上下に動かした。
口を開放すると、少し頬を赤くしてこめかみを人差し指で掻く。
「…俺、生徒会があるから行くな」
そう言って昇一は、逃げるように教室から出て行った。
クラスの視線は、出っていた昇一から黄色のハンカチに包まれたお弁当へと戻る。
「さあさあ、日輪さん。早速開けてくださいな。“朝”発言については後ほど詳しく伺いますから」
詳しく伺うんですか、あかねさん。
「そうだね。まずはこの副生徒会長お手製のお弁当からよね」
雫の目は、好奇心で輝いる。聞く気満々なんですね、雫さん。
逃げたいけれど、逃げられない状態に自棄になりながら、ハンカチの結び目に手を伸ばした。
解くと白いプラスチックの弁当箱が出てきた。どこからか息を呑む音が聞こえたが、今は無視。
蓋の両脇についたストッパーをはずし、持ち上げる。
『おお』
どよめきと共に携帯のシャッター音が教室から溢れた。
みんなが覗き込むように弁当を見ている。おにぎり、玉子焼き、鳥の唐揚げ、ブロッコリーとニンジンのグラッセ
とタクアン。完璧だ。これを受け取って完璧と言わない者がいるんだろうか。でも、何か悔しさが込み上げてくる。こう、お腹の底から沸々と。
「とても、高二の男の方が作った物とは思えないほど、美味しそうですね」
「ていうか。ある意味女の敵みたいな奴だな」
あかねと雫が思い思いに感想を述べる。
「まあ、こんなもんだな」
「だな」
妙に納得している裕史といつの間にか復活していた正志が頷き合っていた。
「二人は、昇一くんの腕前を御存じでしたの」
あかねが不思議そうに尋ねる。
「知ってたというか、あいつの家に遊びに行くと、決まってご馳走になってたからなぁ」
「ああ。この間は三人で、ピザ作って食べ比べなんぞやってみたが、なかなか面白かったぞ」
普通の男子が料理の話をしている光景を見るのは、何かと考えてしまいそうなシチュエーションだ。
「何っ、あんたら料理できんの?」
少し驚いたように雫が声をあげた。
「自炊ぐらいなら出来るぞ。まあ、味までは保障できんが」
正志が少し照れながら言う。
「…」
もしかして、料理が出来ないのって…。
「まあまあ、話だけしていては、休み時間が終わってしまいます」
「そうそう、早く食べようよ」
あかねに乗じて、料理の話から反らそうとした。この行為が失敗であることに気付かずに。
「だって、まだ“朝”について聞いてないですし、時間が勿体無いではないですか」
†
「なるほど、それで“朝”だったんですね」
あかねは、納得がいったらしく、冷め切ってしまった紅茶のカップを持ち上げ、口へと運ぶ。
昼休み、どうにか裕史と正志を使って、あかねと雫の質問攻めを回避し、ホームルームが終了と同時に教室を駆け出るまでは成功した。昇降口で安心して、下駄箱から靴を取り出したところで、腕を掴まれるまでは。なぜかあかねと雫が待ってましたとばかりに笑顔を振りまいて、待ち構えていた。その後、宇宙人よろしく両脇をガッチリと掴まれ、駅前のアンティークをイメージしたと思わせる喫茶店“ミール”に拉致られてしまった。
店に入ってからの質問攻めは、昼休みの教室のものとはまるで違い手加減のなしの攻め。その攻めに耐えに耐え抗戦したが、最終的にはあかねの巧妙な誘導尋問によって敗北を喫すこととなった。
「それにしてもさ、日輪」
「な、なに」
何を言われるのかと、少し身構えてしまい、声がどもる。
「なんで、私らに言わなかったの。うちらの家に泊まればいいじゃん」
呆れながら、そして少し淋しそうに雫が零した。
「うっ」
その言葉に罪悪感を感じる。前日になって言われたことと、どうすれば良いのかとか考えが何一つまとまらず、結局この二人と連絡を取ることすら忘れていた。
「ごめん。雫」
素直に謝ることしかできなかった。
「それで、これからどうするのですか?」
あかねが心配そうに今後のことを聞いてくる。
「そうだね。今からでも遅くないし、今日から私ん家にと泊まるか?」
「あら、いいですね。私も泊まって良いですか?」
すかさず、あかねが声を明るくして言った。
「おっ、良いね。久しぶりにパジャマパーティーでもするか?」
二人は楽しそうに話を始めた。友人の温かさが嬉しい限りだ。だからこそ、
「んん…さすがに今回はパス」
驚いたように楽しく盛り上がっていた二人が振り向いた。雫が驚いた風に口を開く。
「なんで?」
「さすがに、二週間近くもお世話になるわけには、行かないし…」
「それでしたら…」
あかねが言いたいこと分かっていたのでそれを手で制した。
「ありがとう。でも、おじさんやおばさんたちに迷惑を掛けるわけには行かないよ」
「そなことないって、うちの親も日輪のこと気に入ってるし、訳を話せば大丈夫だって」
雫が食い下がってきたが、ここは親しい友人だからこそ、ここは認めるわけにはいかなかった。だから、二人に向って、頭を垂れて感謝した。
「ありがとう。週末にでもやろうよ、パジャマパーティー」
二人は、しばらく困惑したような顔をしていたが、それを苦笑に変える。
「なあなあ、あかね」
「なんですか、雫さん」
そして、二人の口調が一変する。
「やっぱ、若い男と女が一つ屋根の下に暮らしてんだからさぁ」
「ふふ、当然それなりのイベントが起きるんでしょうね」
さっきまでの微笑ましい友情はどこへ。二人の顔には小悪魔な笑みが浮かべる。
「ってことはさぁ、あかねさん」
「そうですよ、雫さん」
二人の笑みが、さらに深くなる。
「明日から楽しめるな」
「話題は絶えませんよ」
友人は時として、最大の敵であると悟らされる。
「時に、日輪さん」
「な、なに?あかね」
目を細めて、満面の笑みをたたえるあかねに、私は身体を硬くする。
「自分の下着を洗うのは、女としての最低限のエチケットですよ」
シ、シタギ…思考が真っ白になっていく。
「…」
そして、今朝使ったシャワーを思い返す。何も考えずに、洗濯物のカゴの中へ投げ込んだ青と白の縞パンとブラの記
憶が甦る。
「うにゃー」
猫とも人ともいえない奇声をあげ、テーブルの下に置いてあった鞄を引っ掴むと店の外へと飛び出した。店のマスターが駆け抜けていく私の姿を呆然と見ていたがそんな事に構っていられない。
「ごちそうさん。日輪」
「ご馳走様です。日輪さん」
テーブルの上には、夏目さんから野口さんになったお札が二枚残されていた。
二人は、笑いながら走り去った親友へお礼をい言うのであった。
†
昇一の家に着くと、すぐさま庭に入って行く。そこには、昨日着ていた服は干してあったが、下着は干してなかった。どこからともなく強張っていた全身の筋肉が抜けて行くのを感じる。体を支えることができず、そのままそこに座り込んでしまう。
さすがに、下着を洗濯するのは、気が引けたらしい。まあ、下着を見られてしまっただろうが、そこは自分の不始末なので甘んじて受けるしかない。昇一が、デリカシーという言葉を知っているということを理解して安堵した。
「ふう」
安堵のため息が口から漏れる。そこへ青い物が目の端に入ったので、見た。見て顔まで赤くなるのを理解した。青いトランクスが、風に吹かれはためいていた。慌てて目を下に反らす。その時リビングの窓が開いた。
「おかえり。どうしたんだ、庭なんかに座り込んで」
昇一は、変わったモノを見るようにこちらを見ていた。その手には、空の洗濯カゴが持たれており、やな予感が身体を駆け抜ける。昇一を押しのけて、窓からリビングへと入っていく。
「おっおい、日輪。どうしたんだよ」
昇一を無視して、階段を駆け上がり、二階に自分用に充てられた客室を開けた。
「ん、にゃああああああああああ」
自分のモノともは思えない声が部屋に響き渡り、頭を揺さぶる。目の前の光景に何もかも終わっていた。開けられた窓の脇で、私の縞柄の下着が風に揺れている。
「大丈夫か、日輪」
さっきの声に反応してか、部屋に駆け込んでくる昇一。
「どうしたんだ。ゴキでも出たのか」
力なく頭を垂れ、小さく首を左右に振る。
「違うのか。…まさか覗かれたのかって、ここ二階だし道にも向いてないから外からは見えないと思うけど」
今度は、小さく首を縦に振る。
「じゃあ、何があったんだ」
まるで、重たいバーベルを挙げるようにして、窓際を指差す。
「ん。ああ、洗濯物か何かマズかったか。うちのお袋はああやって干してるけど、やり方が違うのか?」
ぶちっ
あっ今、頭の中で何か音がしたような気がする。
「fkdfなkふぁういhfんあksふぉんふぇsf」
おもむろに昇一の襟首を掴むと、激しくシェイクしてやる。容赦なく。前後左右上下。昇一がどうなろうと関係ない。
「うお、やっやめろ。落ち着けぇぇぇぇ…」
†
「うぐ…えぐ…」
「なぁ、そろそろ泣き止んでくれよ。俺が悪かったから」
「うっ、うっうえええええ」
昇一は途方に暮れたような顔をする。何が悪かったのかなんて何にも理解していないであろう困惑した顔で、何とか泣き止んでもらおうと努力している。それがさらに悔しくて涙が止まらない。何故だか両拳に力が入って突き出す。
「なっ、頼むから、うわ」
右ストレートがかわされる。わき腹を狙って、左フックを出す。
「うお」
今度は身体を引いてかわされる。苛々を発散するように次々に拳を突き出しいく。それを紙一重でかわされる。
「おっ、ふっ、ちょっ待てよ、日輪。よし」
右手で頭が押えられた。
右左と拳を突き出すが、昇一とのリーチ差で届かない。
「ほれ、落ち着け」
軽く押されて、後に下がると膝裏にベットが当たり、そのまま座んでしまう。
昇一は、ベットと反対側にある椅子を引き寄せると背を当てる所を前にして、その上に腕を組むようにして置き、腰掛ける。
「少しは、暴れて落ち着いたか」
ムカムカするので、昇一の顔から視線を外へと向ける。
「まあ、そのなんだ。これから一緒に暮らすんだからさ。嫌なこととかあったら言ってくれよ」
横目でチラッと昇一の顔を見ると、反省はしているように見えるので、小さく頷く。第一、自分が原因の発端であるのでこれ以上拗ねていても話が始まらない。
「よし。じゃあまず何がいけなかったんだ。洗濯物が問題だったんだろ」
どこか安心したように、話を進める。
「…し、下着は自分で洗う…」
少し顔が暑く夏のを感じながら、何とか言葉を吐き出す。
「あっ、すまん。何にも考え無しに…そっそうだよな、本人確認無しに洗うのはまずかったな」
昇一も私の反応を見て、今さら恥ずかしくなったのか顔を赤らめる。
「すまん」
顔の前で手を合わせて、頭を下げてくる。横を向いていた顔を戻す。
「もういい、私も気を使わなかったのも悪いから」
顔を上げると、お互いに赤くした顔で笑った。
「あのさ、分担しないか家事」
「えっ」
急にそんな話をされても困ってしまう。
「ああ、お前に料理をしろとは言わないよ」
「うっ、それで」
「洗濯は出来るか?」
「干すだけなら」
少し情けなかったが、正直に答える。
「なら、夜のうちに俺が回しておくから、朝起きたら干してくれよ」
「でも、私の下着は?」
「もし、手洗いするものがなければ、洗濯網の中に入れて洗濯機の中にいれといてくれれば、大丈夫だと思う。どうだ?」
「それなら、大丈夫」
ぐ~
と返事をしたと同時に、お腹が鳴る。
「…」
あまりの恥ずかしさにお腹を隠すように、体育座りをした。昇一は、机の上の時計に目をやる。
「うわ、もう七時なのか!?どうするかな?今からだとあんまり時間がかけられないしな」
顎に手を当てた。考えていたが何か思いついたったのか、こちらを見た。
「なんか、頼むか」
考えてもどうにもならないので、頷く。なんて散々な一日なんだろう。
†
「それで、どうでした?」
「どうでしたって、なにが?」
朝、席に座ると後のあかねが声を掛けてくる。ちなみに、雫はいつもギリギリに来るので、今はいない。
「下着は無事でした?」
「ぶっ」
朝からハイペースな質問を投げつけられる。
「あら、やっぱりダメだったんですか」
「やっぱりって」
「まあ、その詰めの甘いところが日輪さんの良いところですから」
「どこがよ」
「なんだ、何か面白い話か、韋駄天」
今、来たのであろう裕史が鞄を自分の机の上に置くとこちらに話しかけてくる。
「あはよう、裕史さん。ところでなんで、韋駄天なんですか」
「あれ、知らないのか今朝新しく出回ってる河野の噂」
「え?」
「あら、また伝説を作ったんですか、日輪さん?」
「伝説って…でどんなのが流れてるの裕史くん」
また根も葉もない噂が出回っているらしい。
「うっ、怖いから睨むな。駅前をものすごい勢いで走り抜ける河野を見たって、人にぶつかろうが、自転車にぶつかろうがおかまいなしに」
そういえば、昨日、昇一の家までの記憶がないような…あるような…。
「まあ、幸いにもけが人は出なかったらしいんだが、ぶつかった本人は相当な勢いでぶつかってたのに気にせず、も
のすごいスピードで走っていったって。で、それを見た人たちが、“韋駄天だ”って呟いたのが発端らしいけど」
そう言い終わるとチャイムが鳴った。それと同時に後の扉が開かれ、雫と数名の生徒がなだれ込んでくる。
「セーフ」
「いや、アウトだな」
いつの間にか、教卓の前にいた担任が言う。
「うそぉー」
†
「日輪も大変だね」
昼休みなって、いつも通りに集まってくる面々は、盛り上がっている。本人意思を無視で。
「う、五月蠅いわね。私が悪うございました」
「こらこら、雫さん。あんまり苛めちゃダメですよ」
いやいつも苛めてるのはあんただからという目で、みんなであかねを見る。
「あらあら、そんなに見つめられても何も出ませんよ」
さらりと流さらてしまう。
「そういえば、日輪さん。今日は昇一さんのお弁当はないんですか」
「あるわよ、ほら」
鞄の中から黄緑色のハンカチに包まれたお弁当を出す。
「なんか、自信作だって言ってたけど」
「それはそれは、早く開けなよ。日輪」
急かせながら、お弁当を開けていった。開けて時間が止まる。
「これはまた、愛情弁当と言いますか」
「微笑ましいというか」
「つうか、愛だな」
「ああ、愛だな」
お弁当の中に、大輪の向日葵が咲いていた。しかも、右下に“昨日はすまん”というメッセージ入り。身体中の体温が急上昇して行く。これは押えることが出来ない。それを察したのか、集まっていた四人は、自分の食料を抱えて後退していく。
「ふふ、ふふふ。いい度胸じゃない、昇一。今日こそは、その息の根を止めてくれるわ!」
どす黒いオーラに教室中の人が引いていく。
「昇一なんか」
その声に反応して、さらに人が引いく。もう半径二メートルには、机と椅子しかない。
「昇一なんか」
教室前の扉が開いたのは、そのときだった。戸が閉まっていて気付かなかったのだろう。そこには昇一が立ってい
た。どうやら廊下にいたようだ。
「んっ、呼んだ…か」
顔を上げて昇一を睨んだ。昇一は何かを後悔するように腰を引く。
「昇一なんか」
「はひっ」
昇一は背筋を伸ばして、上ずった声が返してくる。
「昇一なんか、大っ嫌いだああああああああああ…」
†
「んで、結局、食べるんだ」
「まあ、素直じゃないですから」
雫とあかねが額を近づけて話している声が聞こえた。
「うっさい、そこ」
終わり
読み難い箇所など、多々あったと思いますが、最後まで読んで頂きありがとうございます。
今後も投稿していきたいと思っていますので、宜しくお願いします。