第四章:秋風闘乱 後編
後編です、お読みくださって有難う御座います^^
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翌朝、俺は六道総志について調べてみた、調べるあてはあった。
六道という名は神崎の家で聞いた事があった、その記憶を頼りに俺は神崎の家を訪れた。
透は出かけていたが、合鍵を持っているのでお邪魔した。
神崎家の書物庫、膨大な量の本が納められている、その書物庫の奥には神崎家に縁がある者についての資料がある。
千鳥、須賀、草壁――――六道、記憶は確かだったらしい、目の前の資料には六道についての事が書かれていた。
六道家とは、千鳥、須賀、神崎などの宗家という事実、そしてその六道家は二十年前にその血が絶ったと記されている。
二十年前、宗家、六道は禁を犯したという事を理由に分家総勢で宗家、六道の館を強襲し、宗家を滅亡に追い込んだ。
六道総志、六道の名を持つ男、一体何者で、何の為に俺に接近した、宗家滅亡を企てた分家への復讐の為か、それとも何か他の目的があるのか。
六道に関する書物を鞄に入れ、神崎の家を後にした、今頃学生達は朝礼で校長の演説を坦々と聞いているのだろう。
その中に黒峰秋也もいるはず――俺は秋也と顔をあわせたくない、昨晩の件が理由と言うわけでもない、ただ俺は今秋也と顔をあわせると壊したくなってしまう、友情も何もかも、全てを壊したくなってしまう。
元々俺には友情なんてモノはいらなかった、壊れやすい友情はいらない、そう思っていた俺を変えたのが黒峰秋也、壊れない友情だった。
――しかし気がついた、壊れないモノはない事に、自分でよく分かっているそれを忘れていた、だから恐いんだ、今の俺なら秋也を簡単に壊してしまうと言う事が。
気づかぬうちに歩く速さがあがっていた、目の前には俺の住むマンションが、そのマンションの階段を上がり、自分の部屋にたどり着いた。
玄関を開き、直ぐにベットに俺は倒れこんだ、眠い、何故だか眠い、俺はその欲求を受け入れ、ベットの上で寝てしまった――。
◇
昨晩、千鳥俊哉が僕の住むアパートの前で立ち止まっていた、僕が声をかけると俊哉の肩が震え、こちらに顔を向けた。
俊哉の顔は青白くなって、とても目が怯えている、理由は分からないがそのまま走り去っていった。
何もかも全てを見る事が出来そうな俊哉の澄んだ瞳、その澄んだ瞳が濁っているように僕は見えた。
学校から帰宅した僕はその事ばかり考えている、俊哉に電話をしてみたが一向に繋がる気配はない。
直接俊哉の住むマンションに出向くのは簡単だが、昨日の様子じゃ会ってはくれない気がする。
思いつめている僕の部屋に来訪者が現れた。
「黒峰、隼人を知らないか?」
額から汗を流し、必死な顔で僕に聞いてくる人は草壁詩織である。
「隼人君がどうかしたんですか?」
「突然いなくなっちゃったんだよ。 昨夜までは一緒にいたのに、今朝急にいなくなっちゃったんだよ」
必死、詩織さんは我を忘れたようにただ隼人君の名前を僕に語る。
ともかく詩織さんをこの状態にしておくわけにはいかないと思い、僕は隼人君を探すことにした。
制服の上にコートを羽織、玄関から詩織さんと共に外に出た、探すあてはないが、探さないわけにはいかない。
街中を走り回った、駅、学校、商店街、そしてたどり着いたのが――――公園。
この公園が原因で僕は昏睡状態になっていたらしい、この公園に来たくはなかったが、僕には分かる。
きっとこの公園の中に隼人君は、詩織さんを背に踏み出した、公園の中へ。
公園の中に入った僕の目に映る光景、隼人君と誰だか知らない男が睨み合っている。
「隼人!」
詩織さんが声を上げた直後、隼人君がこちらに顔を向けた――――その一瞬、ほんの一瞬で隼人君の左腕が胴体から千切れた。
それに気がついた隼人君の顔が激痛で歪む、左腕と胴体が繋がっていた部分、切断部から大量の出血をしている、地面に滴る血は鮮やかな模様を作っている。
男がこちらに視線を向けてきた、その視線は僕の心臓を鷲掴みにしている。
「――よくも隼人を、ぶっ殺す」
僕の後ろから勢いよく詩織さんが飛び出した、片手にはトランクケース、そのトランクケースが開く。
中から大きな人形が姿を現した、その人形に付けられている無数の糸が詩織さんの細く、しなやかな指にくくりつけられる。
傀儡人形と呼ばれる物である、その人形を操る詩織さんの形相は凄まじい、詩織さんが操る人形が男を殴りつけた。
そのように見えていたが人形の腕が百八十度回転してもげている、隼人君と同じ、一瞬の内に人形の腕は胴体と別れた。
――きっと殺される、僕の脳裏に過ぎった直後、詩織さんの体が宙に浮く。
何かに縛られたかのように動けずに宙に浮く詩織さん、その様子を見ている隼人君と僕。
詩織さんの服に段々と皺が出来ていく、視えない何かに縛られている。
「あ……」
唖然としていた僕達を我に返す事が起こった、目の前で詩織さんの体のいたる場所から鮮血が噴出した。
その血が僕の制服にも飛んできた、コートに滲む血、制服に滲む血――詩織さんの血液だ。
その光景を目の当たりにした隼人君が意識を失い倒れる、詩織さんは既に意識はないだろう、病院に連れていかなければ二人は死んでしまう。
「――病院に」
「必要ない、透に任せる」
僕の言葉を遮るように聞えた声、その声の主は――千鳥俊哉だった。
◇
目の前の悲惨で無残な光景、見慣れているがやはり嫌な気分だ、黒峰秋也を助けに来たわけじゃない、神崎透の依頼で来ただけだ。
数時間前、六道に関する書類を読み返していると、神崎透が俺の家に訪れた。
内容は公園に行けば分かるという単純な事、その見返りとして六道に関する事をいろいろと調べておいて俺に教えるということである。
公園に着いた、むせかえるような血の匂い、案の定地面には大量の血、その地面に転がる人。
そして立ちすくんでいるのは――黒峰秋也であった、会いたくなかった、秋也とは会いたくなかった。
何時の間にか俺は握りこぶしを作っている、爪が手の肉に食い込んで、そこから少量の血が出ている。
秋也が向ける視線の先を視る、そこには見知らぬ男が立っている、どうやらその男がこの残虐空間を作り出したらしい。
男の視線が俺に――直後左腕が何かに縛られたような感覚に襲われる、視線を自分の左腕に向けた俺、その腕には黒い影のような線があった。
その線を自分の腕を傷つけぬように右ポケットに入っていたナイフを取り出して切り裂く。
切り裂かれた線は霧のように散布し消えた、その様子を見ていた男の顔が強張った。
視えないとでも思ったのかは知らないが、俺には視えた。
男が俺睨みつける、直後視線を感じた部分を目掛けて黒い線が近づいてくる、その線を掻い潜りながら男に近づく。
無数の線が目の前に迫るが、それをナイフで切り裂くとやはり線は消えた。
「貴様、何者だ。 何故縛れない!」
男が近づいてくる俺に向って叫ぶ、何者か――常人ではないな、お互い人としては狂ってる。
「お前の黒くて美しい線――嫌いじゃないさ。 俺は縛られるのは嫌いなだけ」
男の心臓を狙ってナイフを突き出す、そのナイフを目掛けては男は左手をかざした、ナイフは男の左手に突き刺さる。
男はその痛みに苦しんだ、左手のナイフを右手で引き抜くと俺の腹を蹴り飛ばして距離をとった。
脆い、人間はこんなにも脆く出来ている、ナイフの刃には男の血がつき、紅く妖しい輝きを放つ、禍々しい笑みを浮べている俺が刃に映った。
「俺は死なない、貴様が死ぬんだ」
男の視線を切り裂く、狂ったように俺は走った、目の前の男をバラバラに壊したい。
その俺の前に一人の青年が立ちはだかった。
――――黒峰秋也である。
「俊哉、殺しちゃ駄目だ!」
「――どけ」
男が逃げていく、追わなければいけない、追ってバラバラにしなくちゃいけないのに、秋也は俺の前に立ちふさがる。
「殺しちゃいけないんだ」
殺しちゃいけない、もう俺は人を殺している――ずっと前に俺は殺している、俺は殺人鬼だ。
「――どけよ」
「どかない、俊哉に人を殺させない」
「お前が死ぬか?」
秋也を押し倒してナイフの切っ先を首筋に向ける、何が起きたのか分からないような目で秋也は俺を見ている。
俺は何をしているんだ、秋也を殺そうなんてどうして思ったのか。
分からない、分からないまま俺はナイフを秋也に向け続けている、もう止まらない。
「――駄目だよ、人にナイフなんて向けちゃ」
どうして笑っていられるのか分からない、俺は今秋也を殺そうとしているのに。
「――泣いているの?」
「俺は泣いてない、泣いてなんかいない」
そう俺は泣いてなんか――なら何故目が霞んでいるんだ、俺は泣いているのか。
秋也を殺す事は、今の俺には出来ない。
俺は秋也の上から退くと、ナイフをポケットの中へしまい、秋也の手をとって起す。
「――俺にはお前を殺せない」
「そう言ってくれると思ったよ。 僕達は友達だからね」
そう言いながら秋也は俺に向って優しい微笑を向けた、こんな俺を友達と言ってくれるのは――秋也だけだと思う。
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あの日から四日の時が過ぎ去った、草壁詩織さんと草壁隼人君は今も病院で入院している。
どうやら草壁家と神崎家は知り合いらしく、神崎透さんが面倒を見てくれるらしい。
この僕事、黒峰秋也は今も尚、つまらない学生生活を精一杯満喫している、千鳥俊哉とは毎日と言ってもいい程顔を合わせている。
あの事件以降、俊哉は学校に毎日登校している、理由はどうあれ僕にとってはこれほど嬉しい事はない。
そろそろ秋も終り冬が来る、公園であった謎の男については分からない事だらけである。
僕の知りえないところでいろいろな事件が起こっている、その事件に僕は巻き込まれている。
「俊哉、今日も元気そうだね」
「何処をどう見たら元気そうだ?」
学校で朝の挨拶、これが日課である、何時も通り気だるそうな俊哉。
こんな日常がこれから先も続くのか、それとも不意に終ってしまうのか、今の僕には分からない、だから精一杯この時を過ごす、それが黒峰秋也の願いです。
◇
あれから四日の月日が経った、逃した男の行方は透が調べている。
どうやら公園にいた女と男は草壁と言う家系であり、俺や透と同じ六道の分家であった。
俺事、千鳥俊哉は、あの事件以降は退屈な学生生活に戻った、黒峰秋也に心配をかけない為に、俺は平凡な生活に戻ってきた。
秋の紅葉も散り、雪化粧が美しい冬へ四季は移り変わろうとしている。
六道と言う宗家が、六道の分家を巻き込もうとするこの怪異な事件への招待状、俺は喜んでその招待を受ける。
「俊哉、今日も元気そうだね」
何時も通りの秋也の朝の挨拶、俺は何時も通り答える。
「何処をどう見たら元気そうだ?」
こんな平穏な日常がこれから先も続くとは思わない、どれだけ長く続ける事が出来るのか、今の俺には分からない、だが俺はこんな日常が長く続けばいいと願う、千鳥俊哉の小さな願いである。
◇
宗家、六道の分家、神崎、草壁、千鳥、須賀、高城、天道。
別に恨む事ではない、俺は復讐をしたいが為に生きている訳ではない、只己の望むがままに生きている。
俺の行く末は自分が決める、この六道総志が決める、どんな運命が待っていようが関係はない。
邪魔をする者は消す、そう分家は邪魔なだけ、宗家を滅ぼした事に対する恨みじゃない、邪魔だから消す。
秋は終りて冬が始まる、四季が変り往くように、人も変るのさ。
生きてる実感をこの手に、生と死の狭間の中で人はより変り――そして始まる。
――――そう闘いはもう始まっているのさ。
終了
次回の更新はやはり未定になってしまいますが、早く皆様に読んでいただけるように頑張ります^^