僕がやるんですか!?
「-この方が、世界を救ってくれるでしょう」
ガラス張りの部屋にて、声高らからに白髪の男は叫ぶ。あぁ、またそんな調子のいいことを言って。
「おぉ!?」と辺りからはどよめきと期待の声が上がると、僕たち二人を囲って、辺りからは拍手が絶え間なく響いて部屋を埋め尽くす。
「よっ、救世主様!」「これでもう幸せになれるのね!」と、思い思いに嬉しさを声に出す。
そんな大層な者じゃないよ。僕は。
僕は恨めしそうに白髪の男を見やる。
しかし白髪の男は僕の視線に気が付くも、ばっちりウインクして、親指をグッと突き立てる。違う。そうじゃない。そういう意味じゃない。
「やはり貴方が⋯⋯」
僕と白髪の男の前、レッドカーペットが敷かれた先にある、やたら煌びやかな玉座に腰掛ける髭の長い老人が、奇跡でも見るように目を丸くさせて潤ませる。そんな期待の眼差しを向けられてもと、僕は逃れるように天を見上げた。
天井には見た事ない幾何学的な丸い円が、埋め尽くさんばかりにぐるぐると回っている。あぁ、ちょうどこんな感じだったなぁと、僕はため息をついて、つい先日の事を思い出す。
僕はただの二十七歳の会社員。
とある仕事終わりの居酒屋帰り。目の前に現れた幾何学的な魔法陣。
僕は誘われるように千鳥足のまま、酔った勢い任せてその魔法陣に飛び込んだ。半分夢でも見ている気分だった。
ところが目を開けるとそこには、さっきまで夜深い時間だったのにも関わらず真っ昼間のように明るい世界。
酔っているせいかと辺りを見渡せば、彩り豊かな平原に、上には怪しげに光り輝く月も浮かんでいた。
この時はもう夢なんだと確信していた。
とりあえず歩こうと、目的地は平原の向こうに見えた小さな集落に決定。理由は簡単。そこしか目指す場所が無かったから。
まだ酔い冷めぬ足取りで向かえば、響くのは女性の叫び声。
集落に入れば、見た事もない大きな生物が、集落の人々を襲っていた。僕は恐ろしくなって尻もちをついた。
そのうちに逃げ惑う一人が捕まり、ついにその大きな生物の毒牙が降り掛かる。当然今までの自分なら動けないまま。喧嘩すらロクにした事がないのに、そんな得体の知れない生物を見て行動できまい。
しかしそれは酒の力。酔った足で大きな生物へと殴りかかった。
どうせ夢だし、それならばせめてかっこつけてやりたいとも思っていた。
そして僕は拳で大きな生物を面白いくらいにぶっ飛ばした。目測で三十メートルかな。それは綺麗な弧を描いて吹っ飛んでいった。
こちらの拳は痛まない。流石は夢の中と勝手に納得。手をぐっぱぐっはと繰り返していたら、集落で暴れていた大きな生物全員に囲まれていた。
どうやら僕を危険と判断したのだろう。
「や、やめてくれーーーーーッ!」
大きな生物に凄まれて僕は恐怖で目を閉じ、やたらめったらに手足をバタつかせて暴れた。
人すら殴った事がないのだ。普通に殴るのだってまともに出来ない。
それでも、バタつかせた手足に当たった大きな生物は、まるで紙風船のようにその場から吹っ飛んでいく。
「え⋯⋯、あれ?」
目を開けた時にはもうそこには、大きな生物の姿はなく、集落の人々の安堵と感動の嵐が巻き起こって僕を迎えた。
そうして数日間、僕は自分の知らない自分の事を知った。
この世界は【アラフータム】という事。
そしてここが東に位置する国【ミヤト】である事。
そして︎︎”魔物”という見たことの無い生物が存在する事。
そして-。
「こ、この男の纏いし力は、あの、伝説の-」
「-”酔拳”」と。
そして今、僕の隣に王様に熱く語っているのは集落に住んでいた白髪の男。
どうやら僕の力に感激し、妻子を捨ててまでここまで一緒に来た、ちょっと精神強すぎる人。
僕は何度も行きたくないと訴えたが、その力は必ず為になると言って強引に連れていかれた。
正直元いた世界に帰りたい。
「とにかく!この方がいれば、魔物に困っている地域の手助けになるでしょう!」
僕の想いなど無視して、白髪の男はいつの間にか王様と握手を交わしていた。
「では!これからよろしくお願いしますね!」
全方向から向けられた期待の眼差し。
無下にする訳にはいかない。
いいや、そんなかっこいいものじゃない。
悲しいかな、社畜である僕は、断ることができなかったのだ。
お陰で職場でも、出来ない仕事を引き受けてしまう、言わゆる”仕事が出来ない”人間だ。
「⋯⋯⋯⋯はい」
なのでここでも断る事が出来なかった。




