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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

嘘と羽根

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 嘘。これほど言葉の存在によって、紡がれたものはなかったと思う。

 この世に文字も言葉もなく、行動だけで相手に伝える、周囲に示すことしかできなかったときには、気にならなかった概念だろう。なにせ目の前で起こったことのみが事実であり現実であり真実なのだから。

 それを文字や言葉という形で相手に知らせるとき、様々な理由から私たちは嘘をついてしまうことがある。嫌がらせや自分の利益といった、聞かれるとあまり良い顔をされない理由から、誤解や偏見による意図せずして口走ってしまうといった、哀れさが伴う理由まで。

 ついてしまった嘘というのは影響力がでかいもの。真実であった場合も同じだろうが、本来なら起こりえなかった被害を起こしうる、という点で嘘は罪深いのではないかと思うんだ。

 それがたった一度であったとしても、どこかしらにひずみが生まれて、いかなるしっぺ返しを食らうかは読めない。もし意識して嘘を吐こうと考えてしまうときは、覚悟しておいたほうがいいかもね。

 僕のむかしの話なのだけど、聞いてみないかい?


 記憶にある限り、僕が人生ではじめてついた嘘は買い物だった。

 親から買い物を任される、というのは多くの人が経験しているんじゃないだろうか。これから生きていくうちで、数えきれないほど実行していく行いのはず。

 いつもなら、お駄賃としてお菓子をひとつつけても良い許可が出るのだが、そのときは許しが出なかった。どのような買い物だったかは覚えていないが、いつもできることができない、というのは幼い僕にはものすごくショックだったよ。

 だから、こっそり買った。

 いつも渡されるお金のおつりは返すことになっていたから、普通にやるとお菓子のぶんおつりが浮くことになり、そこでばれてしまうだろう。

 僕のとった策は単純だった。買ったものが値上がりしていたといって、お菓子ぶんをちょろまかしたんだ。レシートも店員さんからもらい損ねたという体で、ごまかしてしまう。


 振り返ると、このような稚拙な策でどうにかなったとは思えない。きっと買い物を任せた母も、おおよそ僕の考えを悟っていたのだろう。

 大人たちだって、一度は子どもだったのだから。子供たちがやり込めたと思っているうちに8割以上は、わざと勝たせてあげているようなものだと思う。考えそうなことは、おおよそ見当がついているだろう。

 レシートを持って帰らなかったことのみとがめられ、部屋に戻ったときには、ほうっとしりもちをついちゃったよ。服の下へこっそりと隠したお菓子。これの存在がばれることなく、自分の領域内へ持ち込めたことにね。

 喜ぶ気持ちは確かにあった。けれども、意識して相手をごまかしたという初めての経験に、うれしさとは別個の根っこを持つ、胸の動悸があったのは否定できない。


 ――よかったのかな?


 そんな疑念が湧いた原因を罪悪感と呼ぶには、僕はまだ幼い。ヒーロー観といったほうがおそらく近い。

 ヒーローとは、正義の味方とは、かくあれかし。それと今の自分とを見比べた差に、がっくりと来ていたのだと思う。しかも吐いた言葉と同じで「やっぱや~めた」とはいえない。

 お菓子も、すぐ食べてしまおうと思った。

 本来は大事にするべき戦利品だろうけれど、いまやこの、すっきりしない心のもとになり果ててしまっていたんだ。これを処理すれば、いくらか自分も清らかになるんじゃないか、などと希望を託し、包装している紙たちを破いていった。


 その食べ終える瞬間を、僕はよく覚えている。

 たくさん入っていたお菓子の、最後のひとかけらを口へ入れようとしたとき。ふわりと、どこからか羽毛が一枚降りてきて、お菓子のかけらに重なったんだ。

 そのタイミングは絶妙で、僕が開けた口へ放り込もうとする、まさに瞬間のこと。視界に映ったと思ったときにはもう、そのお菓子を歯でいったん噛み砕いてしまっていたんだよ。

 すぐさま僕はお菓子を吐き出したものの、あの羽毛らしきものは、かけらも取り出すことはできなかった。すでに食べたお菓子のカスたちが挟まる他の歯たちをなぞっても、鏡で見てみても、その姿は見られなかったんだ。

 僕自身、意識して嚥下するような動きはとっていない。羽根が口の中から落ち込んだり、逃げ出したりするスキなどないはずだったのに。


 最初は見間違いとして、済ませようとしたのだけど、それはやがて結果となって僕にあらわれるようになる。

 体重だ。僕の身体は例のお菓子と一緒に羽を口にしてから、思うように増加しなくなったんだよ。

 ダイエットに力を入れる人にはうらやましく聞こえるかもしれないが、あれから成長期を迎え、背などはぐんぐん伸びたし、身体も縦や横にも広がっていった。にもかかわらず、僕の身体の重さはたいして変わらずにいたんだ。

 試しに僕を負ぶってみるかい? 慎重にやってくれよ……ほら、めちゃくちゃ軽いっしょ、男とは思えないくらい……て、ほら気をつけろっていったっしょ。

 やれやれ、普段ならやらないんだけどねえ、自分の手首を落とすなんてマネは……ん、さすがのつぶらやくんも驚いたかな?

 どうもあの羽根をかじったときからね、僕の身体は気を抜くと部分的に羽根になってしまうんだ。レントゲンとか、科学的な面では他の人と変わらない身とのことなんだけどねえ。

 ああ、大丈夫。こうしてくっつければ……ほれ、元通り。とれはしない。まるで練って形作るお菓子みたいだろ? つい君相手だから、気を抜いてしまったよ。

 この身体でこれからも生きていく。それがあの日の嘘のしっぺ返しだったらしい。

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