第8話『Re:ユイ ― 記憶の声、命の形』
──これは、魂を拾う旅路。
風が吹いていた。
都市の輪郭が霞むほど、濃密な電子霧が立ちこめている。
かつて《心》と呼ばれるものを保存していた場所──旧都ハイデンの外れ、データ教会《EVA》。
KUROは重たい足音を響かせながら、廃墟と化した聖堂へと足を踏み入れた。
コンクリートに埋もれたステンドグラス。
ひび割れた大理石の床。
奥にそびえるのは、記憶を奏でる機械──“データオルガン”。
「……ここが、ユイの最後の場所か」
声はかすれていた。
かつて焼かれた喉から漏れる、機械音混じりの低い声。
KUROは手袋を外し、金属の指で鍵盤に触れた。
カチリ。
その瞬間、空間が震えた。
周囲のデータ粒子が収束し、空中にホログラムが浮かび上がる。
その中央に──見覚えのある、優しい笑みがあった。
> 「……KURO。あなたがこれを見ているってことは、
わたしは……もういないんだね」
それは、彼が生涯で一度だけ、愛した人の声だった。
「ユイ……」
KUROの瞳が揺れる。
感情回路が加熱し、冷却液が一筋、頬を伝う。
> 「あなたは、自分が“人間かどうか”迷ってるかもしれない。
でも──私は知ってるよ。
あなたは、誰かのために泣ける人だった」
その言葉は、KUROの中に沈んでいた“怒り以外のもの”を呼び覚ました。
かつての光景が、脳内にフラッシュバックする。
焼け落ちた教室。
血に染まった家族の笑顔。
スレイドの悲痛な叫び。
──そして、彼女の最後の瞳。
> 「……ごめんね、KURO。
本当は、もっと一緒に生きたかった。
でも……あなたなら、きっと──」
ホログラムが消える。
静寂が訪れた。
KUROは目を閉じる。
「……ありがとう。ユイ。
俺はもう、迷わねぇ。怒りじゃねぇ、“想い”で進む」
その言葉に呼応するように、データオルガンが再起動する。
回路が光り、白い羽根のような粒子が舞う。
> リリィの声:「KURO。
保存されていた感情構造ログにより、人格AIの再構成が完了しました。
ユイは……あなたの中に、生きています」
KUROは微笑んだ。
鋼鉄の顔に、確かな人間の温もりが宿る。
「行こう、ユイ。
あいつを止めに行く。
“人間らしさ”を、取り戻すために──」
その背後で、崩れかけたステンドグラスから光が差し込んだ。