最終話『光なき者へ ― そして影は、裁きを終える』
> ──正義は、闇の中で灯り続ける。
灰色の空だった。
爆心地に近い中央区から吹き上がる熱風が、あたりをゆるやかに撫でていた。
高層ビル群のあいだを光の粒が流れ、崩壊した都市に、再起動の兆しが見えはじめている。
その瓦礫の上に、ひとつの影が佇んでいた。
黒いコートを纏い、左肩に深い損傷を抱えた男。
名を──KURO。
彼は言葉もなく、静かに都市を見下ろしていた。
この街が、自分の怒りの出発点であり、終点でもあったことに気づきながら。
バイザー越しに見える空は、いつになく澄んでいた。
> KURO
彼は思い出す。
少女の声、温もり、そして失われた日々。
戦いの終わりに残ったのは、勝利ではなかった。
ただ、“終わった”という現実だけがあった。
◆
足元の破片を踏みながら、KUROはゆっくりと歩き出す。
自律機能は限界に近い。
左脚のアクチュエーターは潰れ、感覚ユニットも一部死んでいた。
> リリィの声:「KURO、あなたのエネルギーは残り0.4%。
通常であれば、稼働限界時間は──およそ8分です」
「……そうか。じゃあ、その時間だけ“生きる”か」
微笑みとも、諦めともつかぬ表情で彼はつぶやいた。
歩く。
たった一歩、されど重い一歩。
その先に、小さな公園があった。
誰もいない。
だが、懐かしい匂いがあった。
ブランコが風で揺れる。
ベンチには、かつてユイと座った彫刻痕が残っていた。
KUROは腰を下ろす。
「リリィ、記録開始……」
> リリィ:「はい。音声・映像・神経信号、全て同期しました」
「……KURO、シャドーポリス。コードNo.041。
最終任務完了報告をここに残す」
言葉が、やや詰まる。
けれど彼は、語り続ける。
「俺はもう、ただの機械じゃねぇ。
怒りや哀しみに突き動かされたまま、進んできた。
だが今は、分かる」
「人間であることに、理由なんざいらねぇ。
“そう在りたい”と思う心、それだけが、俺を支えてた」
風が頬を撫でた。
冷却液がにじむ。
だが、それはまるで涙のようで──
> リリィ:「KURO……ログ、正常に保存されました」
「最後に、伝えてくれ。
……俺が、誰かの“光”であろうとしたことを」
目を閉じた。
音が遠のく。
機能停止のアラートが、静かにカウントをはじめた。
◆
──しかし、その時。
風に混じって、どこかで声がした。
> ユイ「……KURO。ありがとう。あなたは、“正義”だった」
そして。
一筋の光が、彼の頭上に差し込んだ。
黒い影をなぞるように、やさしく。
KUROの身体は、次第に光の粒となって消えていく。
だれに看取られるでもなく。
だれに賞賛されるでもなく。
それでも──世界は、彼の選んだ“正義”を記憶する。
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エピローグ:『影、灯る場所に』
──数年後。再建された都市。
ある通りの壁に、こう刻まれていた。
> 「法なき街に、ひとりの影がいた。
その影は、痛みと怒りを背負いながらも、
最後まで、人を守ろうとした」
> “シャドーポリス KURO”
子どもたちは、その壁画を見上げながら言う。
「これ、本当にいたの?」
「うん。でももうどこにもいないんだって。
でもね、おばあちゃんが言ってた。
“夜道に迷ったら、影が守ってくれる”って」
遠く、誰にも見えない路地の奥。
誰かの正義を背負った影が、そっと笑った気がした。
──完