第8話・異世界人の話4
「――なに? また魔王軍の幹部が現れた、だと……?」
玉座の間で、サラダ大公が眉をひそめた。
「そのようです」
アゾアラスは淡々と告げる。
「ロイド、オリンポス両名は現在遠征中。撃退には“勇者・エイジ”を使うしかありませんね」
「くっ、この前、幹部を二体も倒したばかりだぞ……!」
サラダ大公は苛立ちを露わにする。
「諜報部は何をしている!? 突然新たな幹部など……」
「“勇者・エイジ”は、あなたの“管轄”でしょう?」
アゾアラスが一歩前に出る。
その目に、わずかな――だが確実な“挑発”の色があった。
「どうなさいます? 指揮が不安なら、私が代わりに――」
「……要らぬっ!!」
サラダ大公は吠えるように遮った。
「“勇者・エイジ”を出す! ――あれだけの力があるのだ。エイジ一人でも王国を守れると、“証明”してみせよう!」
アゾアラスは微かに目を細めた。
その心中までは、誰にも読めない。
(――後は、ロイドたち次第、か)
……
「さてと――ロイドたちは、どんな戦略で来るかな」
エイジはガントレットを締めながら言う。
「ま、俺たちがやることは……変わんねぇけどな」
「でも、エイジ」
ラトが少し照れたように笑う。
「私が、隣でよかったの?」
「ん? ラトが隣だから“いい”んだよ」
エイジは素っ気なく答えるが、どこか優しい。
「勝ったら、“勇者権限”で変形ロボいっぱい作れるようにしてやる」
「うん、それも嬉しいけど……」
ラトは顔を少し赤くして、ぽつりと言った。
「エイジの隣が“私”なのが、嬉しい……かな」
エイジが一瞬だけ言葉に詰まる。
だがすぐ、照れ隠しのように話を進めた。
「――よし、そろそろ行くぜ」
「ガッシャーンの準備、大丈夫か?」
「OK!」
ラトの声が弾む。
「合体変形・ガッシャーン、起動! 変形ゴーレム戦略を見せてあげる!」
エイジは拳を握る。
「さぁ、ロイド」
「――俺たちの戦略、破れるかな!!」
……
「このコンビ、強いよね」
オリンポスが真剣な目で戦場を見つめる。
「戦い方は……前の巨大ゴーレム戦みたいに、まず分解を狙うのがベストかな。ガッシャーンさえバラせば、対処は可能だと思う」
「でも、その隙に――確実にエイジが来るぞ」
俺が警告する。
「うん。だからロイド、君が“タイマン”でエイジを受け止めて」
オリンポスはすでに作戦を組み上げていた。
「その間に、こっちでガッシャーンを分解する。前の聖剣で出来た、胸の装甲の傷はまだ修復されてない。普通の兵器でも分解まではいけるはずだ」
……その時だった。
「来た。エイジだ」
土煙の向こうから、黒いシルエットがまっすぐにこちらへ迫ってくる。
「よぉ、ロイド」
エイジが笑みを浮かべながら突っ込んできた。
「先にオリンポス封じとかねぇと、どんな策略飛んでくるか分かったもんじゃねぇからな」
「げっ、僕狙い!?」
オリンポスが焦る。
「――させない!」
俺は迷わずその前に立ちふさがった。
「ロイド、足手まといを連れて、どこまで粘れるか見ものだな」
「ロイド、僕は指示に集中する。じゃないと勝てないから――槍避けよろしくね」
「オリンポス、気安く高度なこと求めすぎだろ!!」
これ、ただ避けるだけでもギリギリなのに――
“オリンポス狙いを見極めて、撃ち落とす”とか……相当キツいんだけど!
……
「むむむ――」
ラトが唸る。
「胸部を……大砲で集中狙い!?」
作戦を瞬時に理解したラトの声が響く。
「くぅっ、やっぱりガッシャーンに遠距離武器つけてなかったの、失敗だったかぁー! 異世界技術の開発、後回しにするんじゃなかったー!」
けれど、すぐに立て直す。
「よし、じゃあ戦術変更! 剣を盾にして前線を突破、大砲を破壊――これでいくよぉ!!」
だが、そのラトの声を遮るように、オリンポスがニタリと笑った。
「――とか、全部予想済みなんだよね」
その言葉に、俺はゾッとする。
「だから、足場には“丸太”を敷き詰めてあるんだ。見えない程度に、でも確実に滑るようにね。ちょっと重心が崩れるだけで、倒れる……と」
「ガッシャーンが……!?」
――ズザァァァァァアア!!
大地が揺れる轟音とともに、ガッシャーンが大の字に転倒した。
「な、ガッシャーンが……転倒……!?」
ラトの絶叫が聞こえる。
エイジが歯を食いしばったまま、拳を震わせる。
「……さすがに、今回はラトが心配だ」
それでも笑いを浮かべ、肩をすくめた。
「チッ、今回は――勝ちを譲ってやるよ」
エイジは踵を返し、撤退していった。
俺たちの――勝利だ。
……
「――勇者・エイジ、敗北。撤退を開始しました」
報告を受けたサラダ大公の顔が、見る間に歪んだ。
「……くっ、何が“勇者”だ!」
声が、怒りと焦りで震える。
「魔王軍幹部の一人も倒せぬとは――器ではない! ロイドを呼び戻せ!」
その怒声にも、アゾアラスは涼しい顔で応じた。
「“勇者・エイジ”を解任すると……そう判断されるのですね」
「だが、それではあなたに“勇者パーティ”の指揮権は残らぬ。以後の対応は、私にお任せを」
サラダ大公はしばし無言のまま、拳を震わせ――
舌打ちをひとつ、放った。
「……ちっ。元より、勇者パーティの指揮権など興味はない」
「若造が好き勝手できるのも――今のうちだ」
その言葉を最後に、サラダ大公は踵を返し、玉座の間を後にした。
……
「そういうことだ」
アゾアラスが静かに言う。
「――エイジは、勇者から解任される」
「んじゃ、敗戦の責任を取らねぇとな」
エイジがあっけらかんと笑った。
「……は? エイジ、どういうことだよ」
ロイドが目を見開く中、エイジは肩をすくめながら、言った。
「この場合の処分って何になるんだ? 勇者パーティからの解任か? それとも……死刑か?」
場が凍りつく。
そんな中、ひときわ冷静な声が響いた。
「……アゾアラス“様”」
オリンポスだった。
「今回は――我々、パーティ内部の問題です」
「エイジの処遇は、我々の軍規に従って判断します」
言葉を区切るごとに、その声ははっきりと強くなっていく。
「つまり――“エイジは、今も我々の所属”ということです」
「王国の政治判断とは関係なく、“仲間”として扱わせていただきます。……口出しは無用です」
アゾアラスがわずかに目を細める。
「……良いだろう」
アゾアラスは静かに頷いた。
「元より、そういう話だった」
そして、言葉を続ける。
「ロイド、エイジ。――“敗戦の責任”とは、本来“総司令官”が取るべきものだと、私は考えている」
その“総司令官”こそ、今で言えば――アゾアラス。そしてもう一人、サラダ大公。
「お前たち“現場”の者には、勝利を目指して策を講じる義務がある。だがそのすべては、“総司令官”の名の下に発令されたものにすぎない」
「……つまり、敗戦の結果も、“指揮官”が取るものだということだ」
オリンポスがそっとまとめるように言う。
「重く考えすぎるな、ってことだね」
空気が和らいだその瞬間――俺の中に、ひとつ疑問が湧いた。
「……そこまで考えてるのに、なんでエイジを召喚したんだ?」
アゾアラスの目が、わずかに揺れる。
「――若気の過ちだ」
低く、絞るように彼は言った。
「魔王軍の進軍、足りない駒、内部のまとまりのなさ……複合的に、“あのときは召喚が最適解”と判断した。それだけだ」
合理的な判断――だが、それは“ひとりの青年”の人生を狂わせた。
「……はぁ」
エイジが、長い溜息を吐いた。
「俺の……一人相撲かよ」
彼の肩が、ほんの少しだけ、震えて見えた。
……
「ラト! 来てやったぜ!」
エイジが声を張って、工房の門を叩く。
「ん? お、お疲れ様です勇者様!」
警備の兵が慌てて応対する。
「いや、もう“勇者”じゃねぇよ」
エイジは肩をすくめて笑う。
「ただの“槍使い・エイジ”だ。……で、ラトたちは?」
兵の表情が曇る。
「……はぁ、工員ラト、および紅蓮は――退職されました。こちらの施設も、封鎖が決定しております」
「……は?」
エイジの目が見開かれる。
「なんだよそれ!? ……あ、いや、アンタに言ってもしょうがねぇな……」
そう言い残して、彼は背を向けた。
……
「……はぁ、俺じゃなくて、なんでラトが……サラダ大公か? あのジジイ、今度会ったらぶっ飛ばしてやる……」
ブツブツと不機嫌に呟きながら扉を開ける。
「ただい――」
「エイジ! おかえりー!」
目の前には、笑顔のラトがいた。
「エイジさん、おかえりなさい。どうかされましたか?」
自然体で微笑むココ。
「驚いたでしょ?」
と、横からオリンポスが割り込む。
「ラトさんと紅蓮には、うちの技術担当として引き抜いておいたんだ。サラダ大公への牽制にもなるし、なにより新兵器開発、必要でしょ?」
「……え?」
言葉が出ないエイジに、ラトが一歩近づく。
「――というわけ。エイジ、これからも“隣”にいさせてね」
満面の笑顔で、そう言った。
「……あ、ああ。もちろん……っ」
今にも泣きそうなエイジの声が震える。
「ラトさん……良かったです」
と、そっと涙をこぼすココ。
そして――
「ただいまー。……あれ? なんかあった?」
空気も読まず、空気すら壊さず、ソレナリフが帰ってきた。