第6話・異世界人の話2
「あ、ロイドかよ」
「……エイジ」
「どうだ? 俺が勇者になった気分は」
エイジは肩をすくめ、笑いながらも目に静かな火を宿していた。
「やっと、てめぇと“対等”になったって気がしてさ。正直……嬉しいぜ」
「――あれは、サラダ大公の策略だぞ」
俺は静かに言った。エイジの本心を見抜いてるふりをしながら。
だが、エイジは笑い飛ばすように言い返す。
「だったらなんだよ。アゾアラスだってクソ野郎じゃねぇか」
その言葉に、俺は思わず息をのんだ。
「……何のことだ?」
「俺を召喚したの、あいつだぜ」
エイジの声には、怒りとも悲しみとも言えない、苦い感情が滲んでいた。
その一言で――
俺は、エイジが背負ってきたものの重さを、ほんの少しだけ理解した気がした。
「エイジ……それでいいの?」
オリンポスが静かに問う。
「こんな形で乗せられて、“勇者”になって」
エイジは視線を逸らすこともなく、まっすぐに答えた。
「良くはねぇよ。そりゃな」
「……でも、俺に何ができんだよ」
「元の世界に帰る方法もねぇ。気づけばこの国に“召喚”されて、戦いの渦中に放り込まれて――」
「結局、俺は“誰かの駒”として生きるしかねぇんだよ!」
「はぁ……結局、説得はできなかった」
俺は重たい無力感を抱えながら、肩を落とした。
「エイジも……理解はしてる」
オリンポスがゆっくりと呟く。
「でも状況に縛られて、もう身動きがとれなくなってる。アゾアラス様――いや、“アゾアラスの策略”から逃れるために、結果的に“サラダ大公の策略”に自分から乗っかってしまってる状態だった」
「……アゾアラスさんが、エイジさんを召喚したんですね」
ぽつりと、ココが言った。
「召喚って……この世界に、誘拐したみたいなもの、ですよね……」
その言葉が、静かに胸に突き刺さった。
「……俺、エイジのこと分かってるつもりで、なんにも分かってなかったんだなって思った」
「親にも知人にも会えない寂しさ……想像しただけで、相当きついよな」
俺の言葉に、ココはそっと頷いた。
「……そうですね。相当、つらいと思います」
「ココさんも……戦争で親や知人と死別してるんだったよね」
オリンポスが、少しだけ優しい声で口を開く。
ココは、少しだけ微笑んだ。
「でも、私の場合は……“異世界に連れて来られた”訳ではないので」
「世界の常識も価値観も、全部違う場所に突然投げ込まれる――そういう経験は、私にはありません」
「だから、たぶん……エイジさんに必要なのは、そっちのアプローチなんだと思います」
その声は、静かだけど、はっきりしていた。
「異世界かぁ……」
俺はふと呟く。
「うちに初代様の文献、残ってた気がするな。でも……どうして、今なんだ?」
「それは――僕たちが連戦連勝したからじゃないかな」
オリンポスが、資料を広げながら言った。
「特にギガガルドとゴロン。幹部を二人も倒して、魔王軍を“恐れなくていい存在”にした。このタイミングだからこそ、サラダ大公は“勇者の看板”を政治利用できたんだよ」
「じゃあ、あれか」
俺は思いついたことを口にする。
「新たな幹部とか出てきて、状況がやばくなったら――サラダ大公はエイジを手放す可能性、あるんじゃね?」
「……あー、それは確かに」
オリンポスが指を鳴らす。
「それは盲点だった。魔王軍がエイジを倒しちゃえば、サラダ大公は“アゾアラスに軍事権を戻す”って言い訳ができる」
「でも……そんな都合よく、魔王軍の幹部が現れたりしますか?」
ココが疑問を投げかける。もっともな話だ。
そうだよな。そんな上手く――
「――あはは。簡単だよ?」
オリンポスが、さらりと言った。
「“僕たち”が魔王軍を演じて、エイジを“倒せば”いいんだよ」
「いやいやいやいや! 俺、そんなつもりで言ったわけじゃないからな!?」
「オ、オリンポスさんの考え方……ちょっと恐いです」
と、ココが若干引いた声を漏らす。
「えー、サラダ大公の策略を打ち破る、良い作戦だと思ったんだけどなぁ」
オリンポスは肩をすくめながら言うけど――こいつ、こういうとこあるんだよな。
結構、人の心が読めないタイプなんだよ。
「まずは……エイジさんの心を救う方が、先決だと思います」
ココの言葉は、まっすぐだった。
「そうだな。魔王軍作戦なんてのは、万策尽きてからでいい」
俺もココに頷いた。
「まずは、エイジの問題をちゃんと解決するのが先決だよな」
「おやおや。なんか、ふたり意見が合うね」
オリンポスが半ば茶化すように言う。
「でも、心の問題でしょ? どうやって解決するつもり?」
「……オリンポス、お前、そういうの苦手そうだもんな」
「どうせ僕は、心の問題なんて……わからないよ〜だ」
オリンポスはやれやれといった様子で視線をそらす。
でも、その言い方が少しだけ拗ねているように見えて――
なんとなく、俺は笑ってしまった。
「あはは……そういえば、ラトとエイジの会話も、すっごく楽しそうだったな」
ふと、俺は思い出す。
あのときのエイジの笑顔――あれは、嘘じゃなかった気がする。
「ラトちゃんか……」
オリンポスが顎に手を当てて考え込む。
「彼女が本当に“サラダ大公側の人間”か、ちゃんと確認してないんだよね。もし実はそんなに関係ないなら、突破口になるかもしれない」
「確かに。あの子、そういうのに疎そうだったし。俺には、サラダ大公が“ゴーレムの趣味”に理解あるようには到底思えねぇ」
「ああ、ロイドが前に言ってたね」
オリンポスが小さく頷く。
「たしかに、数ある投資先のひとつ――って感じもあった。……疑いすぎてたかも」
その様子を見て、俺はちょっとだけホッとした。
そして――
「では、こうしましょう」
ココが静かに口を開く。
「ロイドさんのご実家に残されている“初代勇者様の日誌”の調査と、ラトさんに“エイジさんの様子”を聞いてみること――この二つを、今後の主軸にして動いてみましょうか」
「そうだな……」
俺は少し考え込む。
「後は……アゾアラスに、“召喚”のことを直接聞くって手もあるけど……」
でも、方法が思いつかない。というより、アゾアラスが簡単に答えてくれるとも思えなかった。
「それは――望み薄かなぁ」
オリンポスがあっさり言い放つ。
「アゾアラス様の性格的に、素直に真実を話すようなタイプじゃないし。必要なことしか言わないよ、あの人は」
「たしかに……」
俺もため息をつく。
「一癖も二癖もある、“ザ・策士の大人”って感じだもんな」
少しだけ沈黙が流れて、俺は結論を口にする。
「……ま、調査はしておくけど、あまり期待はしない方向でいこう。こっちで動けることを優先しようか」
「よう、久しぶりだな。何かあったか?」
家に帰ると、父さん――カットールがひょいと顔を出してきた。
たしかに、こうやって話すのは久しぶりだ。
「父さん、最近の情勢とか興味ないだろ?」
軽く探りを入れるつもりで聞いてみた。エイジのこと、知ってるかどうか。
「何も知らん。どうでもいいからな」
あっさり返ってきた。
「オリンポスの坊主は元気にしてたか?」
「あはは、カットールさんらしいですね」
オリンポスが苦笑交じりにそう言う。
「(ここがロイドさんのおうち……大きい)」
と、ココが辺りを見回しながらぽつりと呟く。
「えっと、はじめまして」
丁寧に頭を下げたその瞬間
「お、ロイド。これか?」
カットールが、小指を立てて聞いてきた。
「ちげぇよ! ココは仲間だっての!」
「ははは。まあ、ニブチンな奴なんでよろしく頼むわ」
「誰がニブチンだ!」
ツッコみつつ、耳が熱いのは否定できない。
「えっと、と、とりあえず……日誌を探しましょうか」
ココが妙に慌てて話題を変える。
「そ、そうだな。探そう」
俺もそれに乗っかった。今は初代様の日誌だ。うん、日誌優先。
――そんな俺たちを、オリンポスは無言で交互に見ていた。
が、気にしないことにした。