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第5話・異世界人の話1

「……エイジの内偵調査?」


 最初に浮かんだのは、その疑問だった。


「ああ。ここ数日、彼の行動がどうにも怪しい」


 アゾアラスは淡々とした口調で続ける。


「そのため、君たちに内偵調査を依頼したい」


「なんで、俺たちなんだよ。そっちで勝手に調べりゃいいだろ」


 俺は思わず声を荒げる。


「それに……仲間を疑うなんて、したくねぇよ」


「確かに。それに、彼は勇者パーティの一員であると同時に――こちらの諜報部隊も率いています」


 オリンポスが落ち着いた声で言う。


「そんな彼を、出し抜いて内偵するのは、簡単なことではありません」


 俺の言葉に、さりげなく理屈で援護を入れてくれた。

 でも、それでも――疑う空気は残っていた。


「たしかに、本来なら我々が内偵調査を行うのが正しい」


 アゾアラスは淡々と口にした。


「だが――我々が調査して“何か”が出てきた場合、処分は厳しいものにならざるを得ない」


「その点、我々なら……処分を軽くできると?」


 オリンポスが確認するように問う。


「部隊内部の話なら、部隊内部で処理をする。我々は調査はしないし、干渉もしない。そういうことだ」


「わかりました。調査結果の報告も不要、ということですね」


 オリンポスは一歩踏み込んで言った。


「部隊内部の話ですので」


「ああ。問題はない」




「……つまり、どういうことだ?」


 俺は結局、話の流れがよく分からず、オリンポスに尋ねた。


「つまり、政治的な話だね」


 オリンポスが苦笑混じりに答える。


「アゾアラス様は、エイジの何かを掴んでる。でも、僕たちに任せる。代わりに、僕たちはエイジが何をしていたとしても“処罰しない自由”を得られるってこと」


「はあ……政治か。苦手な分野だな」


「まずは、エイジの真意を突き止めないとね」


 オリンポスが静かに言う。


「ただ、さっきも言ったけど……彼はうちの諜報部隊の隊長で、人望も厚い。下手に部隊を動かせば、すぐエイジに気づかれる」


「んじゃ、とりあえず俺たちで尾行してみるか」


 俺は腕を組みながら考える。


「あいつ、最近ちょくちょく夜に宿舎を抜け出してるんだよな」


「……そういう情報は早めに教えてよ」


 オリンポスがジト目で睨んでくる。


「悪い悪い。そこまで気にしてなかったんだよ」


 だが、思い返せば――

 たしかに、エイジの様子はどこか変だった気がする。




「うむ……エイジの野郎、何してんだろうな」


 俺は周囲に溶け込むよう、あえて自然な雑音を口にした。

 下手に忍び足なんかすると、逆にバレやすい――って諜報部隊の人が言ってたしな。


 その横で、オリンポスが小声で尋ねてくる。


「ところで、尾行については教わってる?」


「ああ。うちの諜報部隊の人に教えてもらった。エイジをつけるって言ったら、なんか微笑ましそうにしてたぜ」


 その言葉に、オリンポスが小さくため息をついた。


「あー……うん。まあ、それなら……大丈夫……かな」


 なんかすごく、“失敗するのがわかってて見守る保護者の目”をされた気がした。


 オリンポスの顔には、生ぬるい諦めと優しさが同居していた。




「ふぅ……よう、ラト。俺だ」


 エイジが屋敷の門を軽く叩く。


 そこはやたら広そうな建物で、門のサイズも巨人が通れそうなほどデカい。なんだここ、スケールがバグってる。


「あっ、エイジ。今日も来てくれたんだ。感心感心~」


 門の奥から顔を出したのは――可愛らしい幼女だった。


 


「幼女と逢引!? エイジのヤツ、そんな趣味が……」


 俺が思わずのけぞっていると、隣から冷静なツッコミが入る。


「あー、ラトか。うん、見た目は幼女だけど幼女じゃないよ」


 オリンポスが小声で説明を入れる。


「ドワーフの少女で、王国技術部の技師。たしかゴーレムいじってる。年齢は……ドワーフ基準で“少女”だけど、実際は君やエイジより年上だね」


「……あ、そっか。ならまあ……いいか」


 でも、うーん、気になるな……中の会話。


 そんな俺の視線に気づいて、オリンポスが肩をすくめる。


「ロイド、あんまり出歯亀は良くないよ。……まあ、でも調査だし。仕方ないね」


 言いながら、めっちゃ聞き耳立ててるじゃねぇか。


 


「ふふふ、これが私の自信作! 合体変形・ガッシャーン、その最新形態だよ!」


「おお、すげぇ! ちょっと小型だけど、等身大の変形合体メカじゃねぇか! ちょっと変形させてくんない?」


「良いよ良いよ~。やっぱり変形合体はロマンだよねぇ!」


「いいねぇ、いいねぇ! 最高じゃねぇか!」


 


「……うん、オリンポス。見つからないうちに帰ろうぜ」


 想定以上に平和すぎて、俺は完全に拍子抜けしていた。


「……ていうか君、あんな大げさな“音を拾う装置”まで借りてたのか」


 オリンポスが手元の機材を眺めながら苦笑する。


「でも、これは……ただの同志っぽいね。どう聞いても、ロマン爆発してるだけ」


「……でもさ」


 オリンポスの表情が一転して真剣になる。


「本当に、あのアゾアラス様が……こんな内容の調査を? うちの諜報部も、これ知ってたっぽいのに」


「……うん。さっぱりわからん」


 俺は再び耳を澄ます。

 だが、聞こえてくるのは――


『合体後にパーツが余るのは許せねぇんだよな!』


『そうそう! 無駄なパーツも武装だったり、装甲だったりで組み込まないとダメだよね!』


 ロマンあふれる会話――それだけだった。


 


「うーん……ラトの調査、結果としては――クロっぽいんだよなぁ」


 オリンポスが調査報告の紙を見ながら唸る。


「ん? ラトに裏の顔とかあった感じか?」


 気になって聞いてみたが、返ってきたのは予想外の答えだった。


「いや、そういうのは無さそう。ただね……お金の流れが、ちょっと良くない」


 オリンポスは資料を指でなぞりながら言う。


「資金提供の大元をたどっていくと、ある人物に行きつくんだよ。かなり迂回してるから、ラト本人も気づいてない可能性はあるけど」


「……誰だ、その資金提供元って」


「サラダ大公。いわゆるアゾアラス様の政敵だね」


 その名前を聞いて、記憶が蘇る。

 ――昔、俺の家がまだ力を持っていた頃、絡んできた厄介なジジイだ。


「げ、腹黒ジジイじゃねぇか。ゴーレムとか1ミリも興味なさそうだぞ」


「それがね、最近になって明らかに資金額が増えてる。エイジとラトの“密会”が始まってからだよ」


「……密会、やめさせた方がいいか?」


「それは逆効果かもね。仮にラトがサラダ大公側だったとしても、現時点で違法なことはしていないから」


 オリンポスは書類を閉じ、ため息をついた。


「触ると“そういう動き”だと悟られる可能性がある」


「あー……もう、事が起きるまで待てってか。めんどくせぇな」


「何も起こらないことを祈るしかないけど――多分、何かは起こるんだよなぁ」


 ……そして、オリンポスのこういう勘って、大体当たるんだよな。




「……事、起きちゃったね」


 オリンポスが、資料を手にしながら静かに言う。


「とりあえず、サラダ大公が何を仕掛けてきたのかは分かった。まさかエイジを――勇者に仕立てるなんて思わなかったけど」


 俺は思わず立ち上がりそうになる。

 胸の中がざわついて、居ても立ってもいられなかった。


「とりあえず、エイジのところに行く。話を聞く」


「その前に、状況整理をしよう」


 オリンポスの冷静な声が俺を引き止めた。


「そうしないと、何を聞くべきか分からないでしょ?」


「……む。確かに」


「まず、事の発端はサラダ大公主催のパーティだ」

「その場でエイジが登壇し、演説した。そして――サラダ大公は“エイジこそが真の勇者”だと発表した」


「これによって、王国内には“勇者”が二人いるという、ややこしい構図ができてしまった。……ここまでは良いよね?」


「……ああ。分かってる」


 俺は頷いた。


「でも、それだけじゃないんだよね」


 オリンポスが視線を上げる。


「ロイド。君はあまり意識してないかもしれないけど、君は初代勇者の血を引く“貴族”だ」


「その血筋は、貴族層には信頼されやすい。でも――庶民からは、そこまで好かれてないんだよ」


「……あー、そうなのか」

「別に、庶民に嫌われてるって感じたことはなかったけど」


「相対的な話だよ。エイジは、軍属や庶民に案外人気がある。気さくで、街によく遊びに行くし、言葉遣いもフランクだし」


「……さらに今回、“エイジが異世界から来た”ってことが明らかになった」


 俺は、ふと気づく。


「……初代勇者も異世界人だったけど――それと、関係あるのか?」


「あるね」


 オリンポスは即答した。


「ちなみに――アゾアラス様は庶民人気が高くて、貴族人気は低い。一方、サラダ大公はその逆。つまりサラダ大公は、エイジを使って“庶民人気”を取り込み、アゾアラス様を政界から引きずり下ろそうとしてるんだ」


「んー……でも俺、一応貴族からは人気あるんだよな? なら、俺とアゾアラス、エイジとサラダ大公って組み合わせでバランス取れてるんじゃねぇの?」


「……ロイドにそんな影響力、ないでしょ?」


 オリンポスの返答はあまりにも率直だった。


「サラダ大公は、貴族相手なら自分ひとりでもどうにでもなるって思ってるんだよ。むしろ今の構図は、君を“真っ二つに割る”構図なんだ」


「……俺を?」


「そう。君は“庶民人気のあるアゾアラス派”で、かつ“貴族から信頼されてる初代勇者の血筋”」

「だから、エイジと対立する構図になった途端、君の人気は――どっちからも割れる。使いづらい存在になるってことさ」


「はぁ……めんどくせぇ」


 俺は溜め息混じりに言う。


「そもそも初代様を引き合いに出すなら、俺にもエイジにも“正当性”なんて無ぇんだけどな」


「え? どういうこと?」


 オリンポスが目を丸くする。


「ん? ああ、オリンポスも知らなかったか。初代様ってさ――異世界人だったけど、女の人だったんだよ」


「……マジで!?」

「うわ、ああ……そっか。この国、男尊女卑、結構根強いもんね……書き換えられたんだ」


「だからさ、“初代様に倣う”って言われても、なんか違うんだよな」


「それ、かなり重要な情報だよ」


 オリンポスは腕を組んで唸った。


「勇者という称号の“正当性”を弱める材料にはなるけど……それやると、ロイド自身も巻き込まれるかもしれないしな……うーん」


「ま、だいたいの情報は分かったし。そろそろ、エイジを訪ねてみるか」


「うん。エイジの“意志”がどうなのか、ちゃんと聞かないと」

「それ次第では、まだ穏便に済ませられる可能性もある」


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