第4話・雪女の話4
「おーい! 助っ人に来たよー!」
元気な声と共に現れたのは――竜の人間のハーフで、メイド服に身を包んだ少女、メイランだった。
彼女は後ろに数人の仲間を連れている。
「ロイド、皆、はじめましてー!」
「お師匠様に言われて来ました。ヒカケとヒナタです。よろしくお願いしますね」
と、空から舞い降りるように挨拶したのは、魔法少女の二人組。
「おー、女の子がいっぱい……」
エイジは思わずにんまりしていた。若干うれしそうだ。
「ん? 何故この人選?」
オリンポスが怪訝な表情を浮かべる。
「あー、エイジが女の子に弱いって聞いたから、魔族に取り込まれる前に――と思ってね」
ソレナリフが肩をすくめながら答える。
「アゾアラスにお願いして、このメンバーを選んでもらったのさ」
しかし、どの少女も個性が強すぎて、エイジのようなタイプに簡単になびきそうには見えない。
「このメンバーで? 絶対人選ミスだー……」
オリンポスがツッコミを入れて、場の空気が少し和らいだ。
「ココ、お願いできるか」
俺は静かに確認するように声をかけた。
「はい。いつでも行けます」
ココはまっすぐに頷いた。その瞳には、揺るぎない覚悟が宿っている。
「では――作戦名:雪なだれ作戦、発令。行くぞ」
「“雪なだれ”は、古い雪の上に新しい雪が積もることで起こる現象だ」
オリンポスが作戦の概要を語り始める。
「これを、ココさんの能力を使って人工的に引き起こす。つまり、敵陣ごと雪に埋めることで、戦力を一時的に寡兵化させる作戦だ」
「この作戦は、ココさんたち別働隊が肝になる」
オリンポスの視線が鋭くなる。
「もしココさんが敵の斥候部隊と接触したら、作戦は失敗だ。数人ならともかく、数十人規模なら……彼女が危ない」
「ココとアイスの隠密能力を信じるしかないな」
俺は拳を握りしめる。信じるしかない、という現実が重くのしかかる。
「こちらの役目は、ココが成功した後に逃げてくるゴブリンどもを殲滅すること」
エイジが力強く言った。
そう――この作戦は、ココの成功が前提だ。
彼女を信じて待つ。
それが、この作戦の核心なんだ。
「……こっちの道は、駄目。敵がいる」
ココは小声でつぶやきながら、周囲を見渡す。
「残りのルートは……」
「にゃーん」
アイスが尾をふるように鳴いた。
「あっ……敵が、こんなに近くに……! アイス、ありがとう」
気づかない距離まで近づいていた敵の気配に、ココは一瞬身をすくませる。
「この辺りなら……大丈夫。敵も近くにいないみたい。……行ける」
彼女は手を前に掲げ、深く息を吸い込んだ。
「吹雪、出力全開――!」
ゴゴゴゴゴ……!
◆◆◆
「吹雪、止まねぇな……」
部隊の一人がぼそりと呟いた。
「おやびん! 雪崩ですせ!」
斥候が叫ぶ。
「おお、ヤバい! 全員退避だあー! 逃げ遅れるなぁー!!」
ゴブリンたちは大混乱に陥った。
◆◆◆
「来た」
俺は聖剣の柄を握り直す。
この瞬間を、待っていた。
「なっ……人間の部隊!?」
サイズが一回り大きなゴブリンが、目を剥いてこちらを見ている。
――あれが、今回のターゲットだ。
「ゴブリンの側面を食い破るぜ!」
エイジたち先鋒が雪の中を突き進み、ゴブリン部隊の横腹を鮮やかに切り裂く。
「相手の戦力、分断成功。まだ数は多いけど……これなら勝負になる」
オリンポスの冷静な声が響く。
「ココさんの作戦、上手くいったね」
「今だ。戦型が崩れている今がチャンスだ」
俺は一歩踏み出して、仲間たちを見渡した。
「戦力を整えて、一気に叩く! ココがくれたこのチャンス――絶対に無駄にはしない。行くぞ!」
敵軍は寡兵ながら、全員がしっかりと爆弾を抱えて接近してくる。
この爆発をどう防ぐかが、今回の勝敗を左右する鍵だった。
オリンポスはあらかじめ盾兵を前衛に配置し、爆風に耐えられる兵士を選抜していた。
さらに、弓矢や魔法による遠距離支援も加え、敵の接近を最大限に防ぐ。
それでも――敵は迫ってくる。
「しまった! 時間だあああッ!!」
敵兵の叫びと同時に、爆薬が次々と炸裂。
轟音と閃光が戦場を包み込み、あたり一帯が吹き飛ばされた。
そして――
敵軍は自爆とともに、ほぼ壊滅した。
「ちっ、敵将のゴロンが逃げた!」
エイジが爆風の中、素早く動く影を見逃さなかった。
「逃げたか……。あいつがゴブリンたちを再びまとめたら、面倒なことになる」
俺は剣を握りしめたまま、周囲を警戒する。
「あはは、エイジ殿はよく逃げられてるな!」
ジャキーンが陽気に笑う。
だが――その逃がしてる相手は、ほとんどジャキーン自身だったりする。
「……え、お前が言う?」
エイジの反応は至極まっとうだった。
空気が少し和んだところで、オリンポスが冷静に口を開く。
「ゴロンを探して、またゴブリンを集められたら……今度こそ勝てなくなる」
最悪の未来を示唆する声に、場が引き締まる。
「私たちは――」
「空から探します!」
魔法少女の二人、ヒカケとヒナタが力強く頷く。
「私も行ってくるねー!」
メイランも翼を広げ、軽やかに宙へ舞い上がった。
空が飛べる三人は、それぞれの方向へと散っていった。
捜索の始まりだ。
◆◆◆
「はあ、はあ……おのれ人間め。雪なだれなんて来なければ、勝てたというのに……!」
息を切らしながら、ゴロンは雪を蹴って逃げる。
「まだだ……我が帝国で徴兵すれば、戦力は十三万、いや、まだ……まだ集められる……!」
「だから、今は逃げる。それが最善――」
「それは困るんだよねぇ」
突如、背後からぬるりと響く声。
「この声は……黒騎士……!」
「はは。君はね、やりすぎなんだよ」
声の主――黒騎士がゆっくりと姿を現す。
「バカみたいに人的資源を使いすぎた」
「それにね……この山脈を陣取ったのも、悪手だったんだよ」
「ここは、両陣営の首都に攻撃できる位置。だから、君みたいなヤツが持ってるのは……ちょっと都合が悪いんだよねぇ」
「な、なにを……ぐはっ!」
黒騎士の剣が、容赦なくゴロンを貫いた。
「つまり、君は――両陣営から用済みだったってわけさ」
◆◆◆
「ゴロン、見つけたよー。誰かに倒されてた」
メイランの明るい声が、戻ってきた風と共に響いた。
「お疲れ様。空からの探索、ありがとう」
オリンポスが労いの言葉をかけつつ、眉をひそめる。
「でも……こんな山奥で、一体誰が?」
思考を巡らせるその声にかぶさるように、静かな足音が近づく。
「ただいま……戻りました……」
「ココ、大丈夫か」
俺は思わず歩み寄って、彼女の体をそっと抱きしめた。
「少し……疲れただけ、です。……どうでしたか?」
「凄かった。ありがとう。よく頑張ってくれた」
「……ゆっくり休んでくれ」
だが――
ココの目は、遠くを見つめていた。
視線の先には、雪に埋もれたゴブリンたちの姿。
「これを……私が……やったんですね……」
かすれた声が、風に消えた。
「あー、大丈夫。どうせゴブリンたち、君がやらなくても、いずれ自爆させられてたし……」
オリンポスが言葉を選びながらフォローを入れる。
だが、その言葉は、ココの心には届いていないようだった。
「いえ、ごめんなさい。……少し、休みます」
「にゃーん」
アイスが寂しげに鳴く中、ココはテントの中へと姿を消した。
「……戦場の残酷さ、少し忘れてたみたいだ」
俺は自分の胸に手を当てて、そう反省した。
「僕たちも、慣れちゃってたんだろうね」
オリンポスが小さく頷く。
「ココさんみたいな人には、ちょっと刺激が強すぎた」
冷静な言葉。でも――たまに彼は、人の心に届かないことを言う。
「まあな。命令ってのは、重いんだよ」
エイジが、背中で語るようにぼそっと言った。
「自分で暴れてた方が気が楽だ。誰かにやらせるのは、どうにも性に合わねぇ」
「人はいつか死ぬもの。気にしないー、気にしないー」
メイランが明るくそう口にする。
その哲学も、分からなくはない。でも、今は――
「……とりあえず、本隊にここを任せよう」
俺は振り返って仲間たちを見る。
「戦線の管理は任せて、撤収だ」
俺たちは静かに、その場を離れることにした。
「実際、ここを取れたのは戦略的に大きいよね」
オリンポスはすでに地図を広げ、次の戦いを見据えていた。
「山越えのリスクはあるとはいえ、こっちの首都から相手の首都まで一直線だし」
「ここをどう活かすか、守るか……それが、今後重要になるな」
俺もそれに頷いた。
けれど、この時の俺は――
ココに訪れつつあった“大きな変化”に、まだ気づいていなかった。
「……熱い。私……どうしちゃったんだろう」
テントの奥、ひとりつぶやく声。
「ロイドさん……」
その声は、どこか苦しげで、切なくて――
どこか、別のものに変わりつつあるように聞こえた。