第31話・魔王の話1
俺は、魔王討伐作戦の開始を告げた。
アゾアラスが率いる王国の軍勢、そしてミノケンタウロスやセイレーン族を始めとした魔族の有志達。
その圧倒的な力の奔流が、今──魔王軍へと迫る。
「それで……アゾアラス、僕たちをどうやって敵の中枢に潜り込ませるつもりなのかな?」
オリンポスは静かに問いを投げかける。
魔王を倒すには、俺たちが消耗するわけにはいかない。だから、策が必要だった。
「主戦力はこちらに残す。だが──敵の吸血鬼部隊に対抗するための人員は、別途確保してある」
そう言ってアゾアラスが手で示した先に立っていたのは──
「よぉ、引退してたはずなんだがな。こいつに呼ばれちまったんでな」
「……カットールさん!? 」
思わず言葉を飲むオリンポス。
父さん、いや王国最強の戦士の復帰だった。
「うにゃー、眠い……これ終わったら一ヶ月は冬眠するからぁ」
気怠げにあくびをしながら、ゴスロリ姿の女性が腰掛けている。彼女の名前は──
「あ、ロイド達は始めてだったか。こいつは近衛騎士団の軍師のチョレスだ。基本サボり魔なんだが、今回はなんとか引きずってきた」
父さん──カットールは苦笑しながらそう紹介したが、その口調にはどこか頼もしさが滲んでいた。
「ヴァンパイア達は不死性が厄介なんだ。だけど安心しな、近衛騎士団と俺がぶち抜いてやる」
「ふぁ~……蘇生する相手は面倒だよね。ま、とりあえず先に進軍しとくー」
気怠げなチョレスはそう言うと、まるで昼寝の場所を探すような気軽さで作戦行動に移っていく。
「……やる気なさそうに見えるけど、動きは速いね」
と、オリンポスがぼそりと呟いた。
父さんとチョレス──やる気と無気力の正反対な二人。だけど、きっと相性は悪くない。
アゾアラスは全軍の総指揮を担う。そして先鋒として、父さん率いる近衛騎士団が、魔王軍の牙──首都を守るヴァンパイアの群れを叩く。
……
「ふぅ……襲ってくる奴は片っ端から斬ってるが、チョレス、そっちはどう動くつもりだ?」
呑気な口調のまま、父さんは返り血すら気にせず銀の大剣を振るう。雑魚ヴァンパイアごときでは、彼の前ではただの餌に等しい。
とはいえ相手は空を飛び、怪力を誇り、そして何より――死なない。不死性を持つ厄介な存在。中途半端な傷では、また夜に蘇る。
「銀って柔らかい素材なのに、よくそんなにスパスパ斬れるよね。得物に左右されない戦士って感じだなぁ」
チョレスは相変わらず気だるそうに、でも冷静に戦場を観察していた。
「まぁコツさえ掴めば、聖剣と大して変わんねぇよ。斬る意志と技術、それだけありゃ十分だ」
父さんは短くそう言うと、また一振りで空を舞うヴァンパイアを地に落とす。
ヴァンパイアには銀の武器が有効――それを前提に、王国は銀食器や銀貨を惜しげもなく溶かし、近衛騎士団用の装備を調達していた。
「んー……めんどくさいねぇ。銀の矢持ってる弩兵、前へ。一斉射撃、よろしくー」
チョレスのだるそうな号令と共に、銀の矢が一斉に放たれた。夜空を貫くその矢は、闇に潜む不死の翼を無慈悲に射抜く。
――ヴァンパイア達が、次々と地へと落ちていく。
「……さて、そろそろ大将のご登場ってわけだ」
父さんが言ったその瞬間、戦場の空気が変わった。
エンシェント・ヴァンパイア――バフム。
漆黒のマントを翻し、空の高みから戦場を見下ろしている。その瞳に浮かぶのは、余裕と支配の色。
「バットステート・ナイト。さあ、ここからが本番だ」
その言葉と同時に、厚い霧が空を覆い、太陽の光を遮った。
まるで夜が落ちてきたかのような異常な暗闇の中、倒されたはずのヴァンパイア達が再び動き出す――今度はグールという醜悪な姿で。
「はぁ……死体で盤面を埋める気かー」
チョレスが小さく舌打ちをしながらも、指揮の視線は鋭い。
「んじゃ、俺はあのボス吸血鬼と一勝負してくっか。チョレス、後は任せた!」
父さんが銀の大剣を片手に霧の中へと躍り出る。
まるで吸血鬼狩りの伝説そのもののような姿だった。
「やれやれ……乱戦かー。ほんっと、寝る暇もない」
気だるそうに肩をすくめながらも、チョレスの目はどこか眠そうだった。
……
その頃、王国の王都には不気味な嵐が吹き荒れていた。
巻き起こる強風と雷鳴。天が裂けるような轟きの中、どこか楽しげな声が響く。
「アハハ、見てごらんよこの混乱。まさかこのタイミングで本陣が襲われるなんて、誰も思ってないよね?まさに奇襲。これが僕――天使・ボリビルの戦略さ」
空を舞うのは、数こそ少ないが物理攻撃を受けつけない天使達。彼らの進軍は、王都の守りをすり抜けて進んでいた。
だが、彼らはまだ気づいていなかった。
この嵐、そして空を走る雷光――それこそが、ナルメシアそのものだということに。
「……へぇ。てめぇがボリビルってわけか」
雷の轟きに混じって、低く鋭い声が空間を切り裂く。
その声の主が空に浮かび上がると、風は急激に渦を巻き、雷鳴がさらに激しさを増す。
「ふーん、魔女か。何しに来たの?残念だけど、この世界の法則で僕達は殺せないよ?雷も、嵐も、ただの背景でしかない」
と、ボリビルは不敵に笑う。ナルメシアの恐ろしさに気づくこともなく。
「なるほどな……確かに、天使共には雷撃が通らねぇみてぇだな」
呟いたナルメシアが、雷光とは異なる禍々しい魔力を纏い、指を軽く弾いた。
次の瞬間――
「……あれ?」
ボリビルの足元に、翼の折れた小さな人形が落ちる。
それは確かに、天使だった。
そして、それを皮切りに――空から次々と“人形”となった天使たちが雨のように降り注ぐ。
「ちょ、ちょっと!?なんで!?僕の天使軍が人形になってる!?なにこれ!?ズルだよ!?反則だよねこれ!!」
「蘇生魔術の応用だよ。魂を人形にぶち込んでんだ。肉体を壊す意味がねぇ奴らにゃ、こうするしかねぇだろ」
軽く肩を竦めるナルメシア。
「狙い撃ちができねぇのが難点だが……まあ、数減らしゃいいって話だろ」
「ま、まじムリ!!逃げる逃げるっ!!」
完全にパニックに陥ったボリビルは、目を回しながら転送魔法を展開し、その場から慌てて姿を消した。
残された天使たちは、次々と地に落ちては人形と化し、ナルメシアの魔術に飲み込まれていった。
こうして――
歴史に一切語られることのない“天使軍による王都襲撃”は、最凶の魔女・ナルメシアの手によって、わずか数分で幕を下ろした。
……
「ふぅ……さすがにヴァンパイアの親玉なだけあるな。しぶといったらねぇ」
カットールは銀の刃をひと振り、返り血ひとつないその刀身に光が走る。戦場の空気が、じり、と焼けつく。
(……こちらは相打ち覚悟で隙を晒している。なのに、この男はまるで怯まない……なぜだ?)
バフムの目が揺らぐ。その一瞬を、カットールは見逃さなかった。
「――見せかけの“覚悟”なんざ、命を預ける覚悟とは違うんだよ」
ザンッ、と音が鳴った気がした。次の瞬間、バフムの腕が肩からごっそりと切り落とされていた。
「ぐっ……!? ば、馬鹿な……私の腕が……っ」
バフムの身体は不死だ。銀の刃も、痛みも、致命には至らない。死への恐怖など、とうに忘れていた。
だが――
(避けられなかった。見えなかった。奴の斬撃が……)
その“見えない一撃”に、バフムの心が初めて軋んだ。
「わざわざ隙なんぞ狙わんでも、斬れるもんは斬れるんでな」
カットールは淡々と言い放つ。まるで相手が恐るべき吸血鬼などではなく、ただの剣術の未熟者か何かのように。
「……っく、なるほど、貴様……」
バフムの顔に、焦燥がにじみ始めた。永遠を誇る怪物に、“死”の感触が蘇る。
バフムは静かに、だが確実に一歩、また一歩と後退した。
今のままでは勝ち目がない――そう判断したのだ。
「……距離を取るか」
カットールは眉をひそめた。剣の間合いを外すのは正解だが、そこまで慎重な判断をする相手とは思っていなかった。
「強者相手に無謀は愚策。そなたが“それだけ”の男であるならば、こちらも相応の手で応えねばなるまい」
バフムがそう言い放った瞬間、自らの腕をこちらに向ける。
「……?」
カットールが警戒する間もなく、その腕は――ぐにゃり、と不気味な音を立てて伸び始めた。
「なっ……! おい、腕が……伸びるだと!?」
驚きに動きが鈍った一瞬の隙を突いて、バフムの腕が地を這うムチのようにうねる。
一本、二本――いや、違う。
「っち……数が、増えてやがる……!」
それは再生ではなかった。否、“再生”という名を借りた、異常な増殖だった。
分裂し、増殖し、捩れ、ねじ曲がりながら、数十本の腕が地を這い、空を舞い、カットールへと殺到する。
「ふふ……本来、誇るべき技ではない。だが――お前は、強すぎる」
バフムの声が低く響く。
「故に、私は“怪物”として戦おう。誇りなど、とうに喰い尽くしてきたのだ」
血に塗れた腕の森が、カットールを包囲する。
「しゃあねぇな。ちょっと時間は早えーが、バケモン相手には使うしかねぇわな。」
笑顔で剣を構えるカットール。
「まだロイドにゃ見せた事もねぇ秘技だ、受けてみな。」
空気が、大きく揺れた。
……
「ふぅ、砲撃用意!!目標、西の壁!!」
チョレスはグール殲滅後、壁に穴を開ける為、砲兵部隊を動かしていた。
坑道を掘るという策もあるがチョレスの得意な速攻と違い時間が掛かる。
手っ取り早い砲撃によるスピード重視の破壊こそ速攻を愛する彼女の選択だった。
速攻終わらせて早く休暇に入りたいという個人的な想いもこの行動を後押しする。
「あー、カットール早すぎるよ。もう少し時間稼いで欲しかったんだけど。まあ、あの人私より速いからなー」
……
空気に含まれる魔力、それが何かに使われ蒸発する。
「何に使われた?」
答えはカットールの持つ銀の大剣が魔力を吸った。そしてそれはエネルギーの奔流となる。
「行くぜ、ブースト!!」
剣から発生するエネルギーを推進力とした突撃、それこそ黄色い聖剣を手動で発動させた様な高速戦
そして、増殖した腕すら足場にして、前に進む貪欲さ。
故にバフムはそれを避けるための動きすら出来なかった。
「悪いがこの突撃は特製でね!」
心臓を貫く深い一撃。
そしてバフムは灰になって消えていく自らの身体を見て、こいつとは2度と戦いたくない。と感じた。




