第30話・悪魔の話4
勇者の俺が雪女の彼女の為に出来る最高の戦略30
「見つけた……あれがパルメルティ!」
人々の喧騒に紛れながら、俺は空を漂う悪魔の姿を捉えた。あの姿、まさしく“狂乱”そのもの。紛れる前に仕留めるしかない。俺は聖剣を握りしめ、力を込める。
「ロイド様。聖剣のカスタム機能を解放しました」
サナエルが、背後から静かに告げる。その声には、どこか緊張の色が滲んでいた。
「……でも、この宴には水を差したくないんだ」
魔族と人間が共に笑う、初めての時間。これを壊させるわけにはいかない。
「想いをインストールしました。聖剣はその心を読み取り、形を変えます」
白銀に輝いていた聖剣が、淡く、黄色の光を帯び始める。雷光のような煌めき──これは。
「黄色の聖剣は“最速”の力。ロイド様の意思に従い、そのエネルギーはただ一点、射出のために使われます」
サナエルの声が重なる。
「音を追い越し、意志を突き通す。その一閃こそ、新たな聖剣の力です」
俺は頷く。
パルメルティ、お前にこの宴を踏みにじらせはしない!
……
「貯めの時間が移動距離を決めます。短距離なら一瞬で十分ですが、距離が長いほど、より多くのエネルギーが必要になります」
サナエルが補足してくる。空にいるパルメルティまでは相応の距離。無駄な力みは禁物だが、適切な“貯め”が不可欠だった。
「パルメルティ!!」
俺は群れの合間を縫い、誰にも気づかれない瞬間を狙って、力を解放する。
爆発的な衝撃が全身を駆け抜けた。まるで自分で自分を聖剣で殴ったような感覚だ。
だが狙いは正確だった。
黄色の閃光が空を突き抜け、パルメルティの横腹に直撃する。勢いそのままに、パルメルティを巻き込んで地上へと叩き落とす。
次の瞬間──
「ドッシャアァン!」
地鳴りのような轟音が街中に響いた。落下地点の屋根が吹き飛び、粉塵が舞い上がる。
「うっ……さすがに貯めすぎたか。打ち出された時の衝撃もすごいし、もうちょい加減しないと……」
体勢を崩しつつも、俺は瓦礫の上から立ち上がった。衝撃を吸収してくれた屋根に感謝する。
……が、パルメルティもまだ立ち上がっていた。
「アヒャヒャ……で、貴様は……誰?」
こちらを見据えながら、頭を傾ける。
俺はすかさず名乗った。
「ロイド。勇者だ。パルメルティ──お前を、ここで倒す」
「んー、狂乱が……遠のいてしまったわぁ……」
パルメルティは肩を落とし、残念そうにぼやく。……話通じなそうなタイプだな、こいつ。
……
パルメルティが空に両手を掲げると、色とりどりのシャボン玉がふわりと浮かび上がった。
しかし、その可愛げな見た目に反して──それらはどれも爆発的な衝撃と吹き飛ばしの力を秘めていた。
「ヒャハッ、当たったら痛いよぉ?でも当てないともったいないよねぇ!」
俺は黄色の聖剣の機動力で後方に跳躍し、距離を取る。
大きく踏み込む一歩のような感覚で使えるのは便利だが……消耗が激しすぎる。
気軽に使っていたら、確実にジリ貧になる。
それに、もっと厄介なことが起きていた。
人が……集まってきている。
「わたしは魔王軍の刺客、パルメルティぃー!対するは王国の希望、勇者ロイド!今夜は特別なショウタイム、見逃すと後悔するよぉ!」
まるで旅芸人の口上だ。観客を煽るように空中で派手な魔法を連発するパルメルティ。
その度に夜空が弾け、爆ぜ、光が乱れ飛ぶ。
……何がしたいんだ、こいつ。
「……クソ、野次馬まで増えてきやがった」
俺は歯噛みしながら集まってくる群衆を見た。
このままじゃ、巻き込み必至だ。
どうする──どうすれば、あの狂気と戦いながら、誰も傷つけずに終わらせられる?
俺は剣を握り直す。目の前の悪魔はただの“敵”じゃない。
観客を巻き込み、熱狂を起こし、その狂気を糧とする──
「これは……興行なんだな」
完全に──空気が変わっていた。
人々の視線は、俺に向いている。
誰もが、俺がこの悪魔を討ち倒す瞬間を待っている。
だが──何かがおかしい。
パルメルティは確実に“アウェイ”のはずだった。
罵声も飛んでいる。誰も味方してなどいない。
……それなのに。
「アハハハッ、喝采喝采、大喝采ぃ!」
空中を舞いながら、パルメルティは狂気を叫ぶ。
その声が跳ね、割れ、響いて、人々の熱狂と交わっていく。
俺は、息を呑んだ。
──さっき、斬ったはずの腹の傷が、綺麗さっぱり消えている。
「いつの間に、再生を……」
「ロイド!」
地上から飛んできた声、それはオリンポスのものだった。
「パルメルティは、狂乱に反応して強化されるタイプだよ!視線と熱狂、歓声──そういう感情の渦が、あいつを底上げしてる!」
その瞬間、すべてが繋がった。
パルメルティが戦いながら、わざわざ人を煽った理由。
人間も魔族も関係なく、興奮と混乱を焚き付けた理由。
……すべて、己の“糧”にするためだった。
「私は、狂乱を作る力はないけれど……」
パルメルティの声が、やけに楽しげだった。
「でもね?狂乱が生まれれば、私はそこに視線を集めるだけでいい。
その視線が、喝采が、私に力を与える──私は無限に、強くなるんだよ」
パルメルティがゆっくり手を広げ、舞台の中心に立つように笑った。
「さあ、ロイド!このショウのフィナーレまで、踊りきってくれたまえ!」
その瞳には、俺が“主人公”になる未来しか映っていなかった。
「んー……どうやって攻略するか……」
戦場の片隅で、オリンポスは深く考え込んでいた。
俺が派手に斬り結ぶその間にも、脳をフル回転させている。そして──閃いた。
「アーレさん、お願い。今すぐ、手品して!観客の目線を全部そっちに釘付けにするようなやつ!」
突然の指示に、アーレは目を丸くする。
「えっ!?い、いきなり無茶振りすぎませんか!? 私、ハトさんしかいないし、たいしたこと──」
「いいから、お願い!ちょっとでいいんだ。ほんの少し、視線が逸れれば、それで──!」
「う、うぅ……わ、分かりましたっ!えっと、皆さん、こちらをどうぞー!……ハットトリック!」
アーレの震える手から、白いハトがふわりと飛び立つ。
──地味な手品。だけど、彼女なりの全力だった。
観客のほんの数人が、そちらへ視線を向けた。
その瞬間だった。
「──はっ!!」
俺は空間を裂くような斬撃を放つ。
パルメルティの首が宙を舞い、笑いながら落ちていく。
「アヒャヒャッ……一瞬で首を落とすなんて、いいねいいね!でも残念、もう狂気も喝采も足りないみたい……じゃ、次の召喚でまた会おうねぇ」
最後の言葉と共に、悪魔の身体は霧散し──空へと消えていった。
観客たちはぽかんとしていた。誰もが決定的な瞬間を見逃したらしい。不満とざわめきが渦巻く。
だが、それでよかった。
その“目線の一瞬の逸れ”こそが──今回の勝因だった。
俺はは静かにアーレの方を見た。
「ありがとう……君のおかげで、勝てたよ」
アーレはきょとんとしながら、帽子を持ったまま笑った。
……
数日後。ラシェの町に、アゾアラス率いる王国本隊が到着した。
あまりの人の多さに、ミノケンタウロスの戦士たちもセイレーンの使者たちも、目を白黒させていた。
「というわけで、事前交渉の成果だよ」
オリンポスが胸を張って報告する。穏やかな笑みを浮かべながらも、その言葉には確かな誇りが滲んでいた。
「魔族に自治権、さらに実質的な外交権まで与えて味方に引き込むとはな……」
アゾアラスはため息をつきながら、ラシェの様子を見回した。
「この話を聞いた外交派の貴族たちがうるさくなりそうだな」
「でも、魔族達を敵に回すより、共存する方がずっと建設的でしょ? そのほうが、未来があると思ったんだ」
と、オリンポスはさらりと言ってのける。
「……ふむ。理想主義も、時には力になるか」
「でさー、どんな人選して来たの? あ、近衛騎士団まで来てるじゃん。これ、本気で攻めるつもりだよね?」
エイジが戦列の奥を見て、目を丸くする。
「当然だろう。我らの誇りに懸けて、この決戦を見届ける」
アゾアラスの目は静かに燃えていた。
「ロイド、オリンポス、エイジ──これが最終作戦だ。魔王を討て。その道のりは、私たちが切り拓こう」
アゾアラスの言葉が、静かに、でも確かに場の空気を変えた。
ココの恋心。
初代勇者の悲しみ。
天から課せられた、勇者としての試練。
いくつもの想いが交差する中、俺は静かに息を吸い──そして、声を放った。
「……行くぞ、みんな。魔王討伐作戦、開始だ!」
仲間たちの瞳が、同じ覚悟で光った。
――運命を、終わらせるために。




