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第29話・悪魔の話3


「んと、改めて。僕は人間側の代表……っていうのはちょっと大げさだけど、とりあえず話をまとめる役をしてるオリンポスだよ。ま、そっちも“完全な”代表ってわけじゃないよね? だからこの際、そこはお互い様ってことで」


軽く肩をすくめながら、オリンポスは柔らかな笑みを浮かべた。


「ふん、たいした胆力だな。人間ってのは何せ数が多いから、代表ってのも色々大変なんだろうよ。で、人間代表さんよ――てめぇはこの街について、何を語ろうってんだ?」 ミノケンタウロスの代表は腕を組み、唸るような声で威勢よく言葉を返す。


その隣で、セイレーンの代表は黙ってじっとこちらを見つめたまま、口を開こうとはしない。まるで風を読むように、次の一手を見極めているのだろう。


そんな中、オリンポスはさらりと言った。


「うん。結論から言うとね、魔王軍はもうすぐ壊滅するよ。そして、その後の“空白”――つまりこの街をどう治めるか、それを決めたくてここに来たんだ」


「……はっ!?」 「な、なに……っ?」 その言葉はまるで雷のように、交渉の場に落ちた。


静かだった空気が一変し、ざわめきが走る。オリンポスは動じることなく、淡々と視線を返していた。


「な、何でいきなりそんな話になる!? 魔王軍は人間相手に連戦連勝って聞いてたぞ!?」 と、ミノケンタウロスの代表が声を荒げる。


「まさか、貴方たちが来たから魔王軍が終わりだと? ずいぶん自信家なのですね」 と、セイレーンの代表も皮肉交じりに言い返す。


「うーん、まあそういう風にも聞こえるかもしれないけど、まずは現状をきちんと伝えるね」 オリンポスは淡々と、しかし丁寧に話を続ける。


「魔王軍は今、四方を他国の連合軍に囲まれてる状態なんだ。加えて、首都に繋がるこの街ラシェに僕たちが陣取ってる。普通に考えれば、もう挽回の余地はないよ」


そう言って、オリンポスは手元のチェス盤に駒を並べる。 中央に黒のキング、周囲を囲む白い駒――すべてが魔王軍に迫っている構図。


「この盤面、どこを突いても逃げ道はない。たとえ僕たちを倒しても、詰みは変わらないってことさ」


「じゃあ何だ? また人間どもがのさばるって流れか。まあ、俺たちは平原の民だ。どこにでも移れるが……そっちの鳥女たちにはきついんじゃねぇか?」 ミノケンタウロスの族長が肩をすくめながら、セイレーン側をちらりと見る。


「我らセイレーンは、魔王軍が進軍する前も人間とうまく共存していた。むしろ、平地を好き放題に荒らすあなたたちとは違う」 と、セイレーンの族長がピシャリと返す。


オリンポスはふっと微笑み、優しい口調で話を繋いだ。


「うんうん、そういうの、すごく大事だよ。争いは簡単に始まっちゃうから、まずは『ここから先は誰の領域か』って線を引くことが大切なんだ」


「ミノケンタウロスの皆さんには、平原の管理者になってほしい。所有者が曖昧だと、人間たちもつい耕し始めちゃうからね。ちゃんと“ここは自分たちの領地”って示すことで、人間側も勝手な真似はできなくなるはずだよ」


オリンポスは視線をセイレーン側へ向ける。


「セイレーンの皆さんには、水源の守り手になってもらえたら嬉しいな。水は命に関わる大切な資源だから……たとえば、水場に危険な魔獣が棲みついたり、人間が汚染しちゃったりしたら、誰も得をしない」


「だから、水源の安全を守ってる場所――それがセイレーンの領域だって、皆が思ってくれるようになれば、自然と信頼も生まれるよ」


静かながらも説得力のあるオリンポスの言葉に、場の空気が少しやわらいでいく――ように、俺には見えた。


「それくらいのことなら、こちらから無闇に争いを仕掛ける気はないわ。水場の管理なら任せてちょうだい。そうね、人間たちと珍しいものを交換できるようになるのも楽しみだわ」 と、セイレーンの族長はあっさりとした様子で受け入れた。すでに人間との交易に前向きらしい。


一方で、ミノケンタウロスの族長は腕を組んで唸った。


「ま、反対するわけじゃねぇが……平原には色々いるんだ。獲物もいりゃ、敵対的な部族もいる。どう処理しろってんだ?」


それに対してオリンポスは、ふっと頷きながら応じる。


「うん、無理に全部をまとめようとしなくても大丈夫だよ。敵対的な部族は、戦って追い払う選択肢もあると思う。でも勝てない時は無理しないで。この街の人間たちも一緒に動けるようにするから」


「ただ……人間ってミノケンタウロスの人たちに比べて足が遅いから、食事の準備とか、体調のケアとか、お願いできると嬉しいかな」


そして、言葉を一呼吸おいて続けた。


「逆に、仲良くできそうな部族とはぜひ手を取り合ってほしい。ミノケンタウロスの皆が“信頼できる”って判断した相手なら、僕たちも信じられると思うから」


その言葉にミノケンタウロスの族長は豪快に笑い、


「へっ、ならお前らの敵も、俺たちの敵だ。魔王軍をぶっ潰すってんなら、俺たちも力貸してやるよ」


と、同盟を正式に申し出てきた。


――こうして、ラシェでの最初の交渉は大きな一歩となった。


「我らには、まだ懸念がある。この街には“悪魔”が潜んでおる。魔族たちが人間を虐げたのも、あやつの仕業に違いない。そして……あの存在がいる限り、今度は人間が魔族を迫害する番になるだけだろう」 と、セイレーン族長が静かに語る。悪魔・パルメルティの存在が彼女たちの不安の種らしい。


「うん、それについては安心して。悪魔・パルメルティのことは、僕たちでちゃんと対応するよ。何より──」 と、オリンポスは穏やかに微笑みながら、すっと俺の背中を軽く叩いた。


「こっちには、聖剣の勇者がついてるんだから」


……そういうことか。パルメルティの討伐は、俺の役目ってわけだな。



「では、群れの者たちに会談の結果を伝えてこよう」


「何かあれば、力ぐらい貸してあげるわ」


そう言い残して、ミノケンタウロスとセイレーンの族長たちはそれぞれ帰っていった。


そのあと、ぽつんと残ったアーレが、おどおどと口を開く。


「えっと……私を助けてたおばあちゃんやおじさんたち、怒られたりしてませんか?」


あ、そういえば、彼女の話は交渉の中で一切触れられなかったな。


「ううん、心配いらないよ。もうあの人たちは、そういう次元で物事を考えてないから。アーレさんの行動は、むしろ大事なきっかけになったんだ」


と、オリンポスが優しく声をかけてから、さらりと話題を切り替える。


「それより、ね。アーレさん、パルメルティっていう悪魔の名前、聞いたことある?」


「うーん……パルメルティって名前自体は聞いたことないですけど、この街でお祭りがあった時に、空に半裸の女の人が浮かんでたって噂なら……ありました」


「そっか……それ、たぶんパルメルティだね」


オリンポスはふむ、と頷いてから俺に向き直る。


「ロイド、皆に伝えて。宴を開くよ。たぶん──大騒ぎこそが、悪魔・パルメルティをおびき寄せる鍵になるはずだ」


……


「ふむ、まさか宴のために呼び戻されるとはね……」

ミノケンタウロスの族長は、どこか納得のいかない顔で腕を組む。祭りとは縁遠い気質なのだろう。


「勇者の宴、か。ならば我らの呪歌で、夜を盛り上げてみせましょう」

対照的に、セイレーン族の長は楽しげに微笑む。もともと歌と踊りの文化を愛する一族らしい。


……


一方その頃──

パルメルティは、静かな屋敷の屋根の上から夜の街を見下ろしていた。


人々の憎しみや怒り、悲しみ。それらの狂気こそが、彼女の糧だった。だが、最近はその“味”が薄れてきていた。支配に慣れた者たちは恐れも怒りも忘れ、空虚な日常に戻りつつあったのだ。


「そろそろ、この街も見限る頃合いかしら……」


そう呟いた瞬間──ふと、風に乗って熱気が届く。


篝火の光。乱れるように響く呪歌。若者たちの声と足音。


「……これは?」


一瞬、訝しんだパルメルティだったが、その熱気に確信を得る。これは、自分が求めるもの。“祭り”という名の、狂乱。


「少し趣味は違うけれど……まあ、いいでしょう。どうせすぐに、私色に染まる」


彼女の口元が、不気味に歪む。


「さあ、喝采を。混沌を。狂乱を……この手の中に!」


──夜が、騒ぎ出す。


……


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