第27話・悪魔の話1
魔王の復活。それは世界の情勢を一変させた。
魔王軍は即座に連邦、帝国、そして共和国へ宣戦布告。戦乱の火は瞬く間に広がり、世界は再び混迷の渦に呑まれようとしていた。
王国だけが、魔王軍との停戦協定により一時の静けさを保っていた。しかし、それは束の間の休息に過ぎない。嵐の前の静けさだった。
そんな中――
「ココ、大丈夫か?」
俺はナルメシアの屋敷に泊まり込み、ココの傍で看病を続けていた。
「ロイドさん……病人じゃないです。自分で食べられます」
ココはそう言って、静かにスプーンを持った。その声は優しかったけれど、どこか遠い。
「まだ身体が慣れてないだろ? ナルメシアさんにもそう言われたし……嫌だったか?」
「いえ、嫌ではありません……でも……」
彼女は俯いた。
「心が、違うんです。想いが……やっぱり、無くなってしまったみたいで……ごめんなさい」
ココの拒絶。それは責めるものではなかった。けれど――確かに俺の胸を、深く、抉った。
……
オリンポスはアゾアラスと、今後の戦況について会議を重ねていた。
「駄天使ボリビルの暗躍、か。なんだか今後の戦略を左右しそうだね」
「敵軍の戦力の三割を削ぐ……お前から話を聞いた時、それはさすがに誇張だと思ったが、現状を見る限り、的外れとも言えまい」
「うん、僕もそう思う。普通なら笑い飛ばすんだけどね、今回はちょっと笑えないなぁ」
アゾアラスは手元の資料をめくりながら静かに言葉を続ける。
「各国の外交官からの報告によれば、魔王軍は“ヴァンパイア”という古代の魔族を復活させ、戦力として運用している。だが、どうやら運用が極端に攻撃偏重らしい。防御を無視して突っ込んでくるそうだ。反撃が通りやすく、どの国も状況は似たり寄ったりだな」
「なるほど、それって戦線を無駄に広げただけ……だよね。うん、ボリビルの戦略って言われたら納得しちゃうよ」
オリンポスは椅子に体を預け、軽く溜息をついた。
「さて、我が国だが。停戦協定の終了後、他国と連携して魔王軍への侵攻を開始する予定だ。君たち勇者パーティは、敵の中心部、ラシェという町まで攻め入り、そこを決戦の拠点とする」
「ラシェまで……うん、つまりタカレ山脈を越えての奇襲ルートだね。三国が同時に反攻するって前提なら、成功率は悪くないよ」
オリンポスは地図を見下ろしながら、頷いた。
「うん。反攻作戦は魔王軍が四つ目の国に手を出したタイミングでぶつけたいかな。次、どこが狙われると思う?」
「順当にいけば、公国だろう。そこが攻められる頃が最大のチャンスだ。ヴァンパイア軍は戦力こそあるが、即応性は低い。移動には時間がかかる。今の展開からして、公国への攻撃は最短でも五日後と見ている」
「ってことは……うーん、ラシェまでの距離を考えると、今から動き出さないとギリギリ間に合わないかも。魔王軍は基本的に筋道通った動きしてるし、暴れてるのはあくまでボリビルって事で読みを立てるしかないね」
「だが問題は、ラシェ到達後の物資だ。最初の侵攻で兵站が追いつかない場合、現地調達……つまり略奪になるぞ。できるのか?」
オリンポスは苦い顔をして言った。
「はぁ、やっぱりそう来るよね……民間人の被害は避けたい。占拠後に非戦闘員を脱出させて、魔王軍の本拠へと誘導する形が妥当かな。勝てば、の話だけど」
……
「ココ、次の戦地が決まった。ラシェって町だ。行ってくるよ」
出発の前に、どうしても一言伝えておきたくて、俺は彼女のもとを訪れた。まだ、魔王を倒すという使命が残っている。
「ロイドさん、少し……お話したいことがあるんです。魔王……私の想いを奪った、あの存在について」
「なにか知ってるのか? どんなことでもいい、話してくれ」
ココは静かに頷いて、言葉を選ぶように口を開いた。
「魔王の正体……おそらく、初代勇者です」
一瞬、時が止まった気がした。
……
「集まってもらったのは、他でもない。魔王の正体について話すためだ」
俺がそう切り出すと、場の空気が静まった。
「とりあえず、話を整理しようか。まず、ロイドの家系に伝わる話では、初代勇者は女性だった。そしてココさんの話によれば、魔王の正体はその初代勇者……ただ、情報が足りないね」 とオリンポスが思案顔でつぶやく。
「おい、ソレナリフ。お前、魔王について研究してたんじゃなかったのか?何か知ってんだろ」 エイジが鋭く問いかけた。
「ははは、そう来ると思ったよ。まぁ、断っておくけど、これは僕の仮説にすぎないよ?」 と前置きしてから、ソレナリフは話し出した。
「魔王軍って、最初から“魔王軍”を名乗ってたわけじゃないんだ。元は、魔族の中でも貧困層に属する連中が、食えなくなって立ち上がった――それが始まりさ」
「その流れで、オークヒーロー・ギガガルドやゴブリン大帝・ゴロンといった魔族の実力者が仲間に加わり、組織が一気に大きくなった。周辺諸国を滅ぼしながら進軍して、魔王軍として成立したんだ」
「そうか……あの幹部連中って、そういうバックボーンがあったんだな」 エイジがぽつりと漏らす。
「彼らの本来の目的は、“貧困からの解放”だった。世界の実りが縮小し続けるなか、取り残された者たちを救おうとした……それが魔王軍の原点だったわけさ。だからこそ、魔王の存在が必要だった。象徴であり、希望だったんだ」
「そう聞くと、王国が秘密裏に魔王軍と手を組んでた背景も見えてくるね。『魔王を作る計画』じゃなくて、『魔王を倒す計画』に便乗したって事か」 オリンポスの言葉が、場の雰囲気を引き締めた。
「なるほどな……」 俺は、少しだけ歯を噛んだ。真実は、あまりに複雑だった。
「なら、なんで今まで黙ってたんだよ?」
「ん?敵の事情なんか知ってどうするの? 同情で剣が鈍るようじゃ困るからねぇ」 ソレナリフは悪びれる様子もなく、あっけらかんと答えた。いや、本気で言ってるあたりが質が悪い。
「ただね、今にして思うと……魔王軍は最初から“持ってた”んだと思うよ。初代勇者の“核”となる何かを」
「初代勇者が、魔王を倒した時に……彼女自身も初代魔王の影響を受けて、心か魂か、そのどこかが“汚染”されていたんじゃないかな。だからこそ、彼らはそれを“魔王の核”として再利用しようとした。復活の計画は、そこから始まったんだと思う」
オリンポスが言葉を飲み込むように、静かに頷いた。
そして、空気が重く沈んでいく。勇者の力が、魔王の誕生に繋がるなんて――なんという皮肉だ。
「それとね、ロイドの家系……実はけっこうドロドロしてるんだよ。家督争いで何度も分裂してて、血塗られた歴史があるのさ。直系はロイドの家だけだけど、枝分かれした一族は王国の貴族の多くに繋がってる。つまり……」
「つまり、王国としては“勇者”は誰でも良かったってことか。ロイドが立候補したから、それで決まっただけで。」
オリンポスが静かに頷きながら言った。
「魔王軍もそれを理解してたんだね。だから無駄にロイドを狙うことはしなかった。……寿命の長い魔族が、歴史を覚えていたとしたら、当然の動きかも」
「ココは、初代勇者の“悲しみ”を見たって言ってた。すべてを覚えているわけじゃないけど、すごく深い、絶望のような感情を……」
俺は一度、皆の顔を見渡した。
そして、決意を込めて口を開く。
「もう一度、魔王を倒す。魔王軍に操られている初代勇者を……俺が止める。改めて――力を貸してくれ」
静かな空気の中、仲間たちの視線が、俺の想いに応えるように集まっていた。
……
魔王軍の首都近郊――ラシェの町。
「ここ、いいわね。狂気と混乱の入り口。うん、私のお気に入りにするわ」 と、悪魔・パルメルティが楽しげに宣言する。
その足元では、人間を嬲る魔族たちの笑い声と、憎しみに顔を歪めた人間たちの叫びが響いていた。
……
一方、勇者パーティ本隊――ラシェ近郊にて。
「無傷でここまで来られたね。ありがたいよ」 とオリンポスが小さく息をついた。
「近くに敵影なしっ!」 空から元気な声が響く。魔法少女ヒナタがふわりと降下してくる。
「それでさ、ヒナタ。なんでお前がここにいるんだっけ?」 とエイジが不思議そうに尋ねる。
「えへへ、お師匠様に言われちゃって。『責任は自分で取れ』ってね」
「責任?」
「……実は異世界から召喚魔法を試しちゃったんだ。そしたら――出ちゃったの。悪魔、パルメルティが」
「は!?異世界の悪魔を召喚して、しかも逃がしたってこと?」
「うん、それで潜伏先が――ここ、ラシェだって」
「……まさか、ここで出てくるなんて。最悪のタイミングだよ」 と、オリンポスは表情を曇らせた。
「えっと、召喚したのって、いつ頃の話かな?」
オリンポスが穏やかな口調で尋ねる。
「えーとね、ロイドたちが師匠のところに来るちょっと前だったと思う。位置は探索魔法でずっと追ってたんだけど……たしか、2週間くらい前からこの街に滞在してる感じ。動きは、ないよ」
「けっこう前だね、それ……」
オリンポスが静かに眉をひそめる。
「絶対、何か企んでる奴だよな!パルメルティってどんな悪魔なんだ?ヒナタ、分かる範囲で教えてくれ」
エイジが少し苛立ったように言う。
「んーとね、契約書には“混沌と狂気を司る悪魔の女性”って書いてあったような……いやー、ごめんなさい」
ヒナタがバツの悪そうな笑顔を浮かべる。
それよりも、街の異常さが気になる。
「……門、閉まってねぇな」
エイジが静かに言う。
「ここまで接近してるのに無反応だなんて、魔王軍の管理下から外れてる可能性が高い」
オリンポスがすぐに状況を分析する。
「よし、突入する。目的はパルメルティの排除と、街の住民の救出だ」
俺は迷いなく指示を出す。これ以上、放ってはおけない。
「勇者の試練、“パルメルティの撃破”を追加しました」
突如として現れたサナエルが、事務的に告げた。
試練だのなんだの関係ない。俺はただ、この街を守るために戦う。それだけだ。




