第26話・魔女の話5
「必要なのは“変わりの肉体”と“元の肉体”だ。どっちも揃ってれば、死者蘇生は成立する」
ナルメシアはそう言って、あっけらかんと笑った。
「依頼を受けた時点で、代わりの体はもう作ってある。あとはそのココの亡骸があれば充分だ」
「……死者蘇生って、お前……それ、チート過ぎねぇか?」 エイジが目を見開く。
「は?今さら何言ってんだよ。アゾアラスのやつ、てめぇらに言ってなかったのか?」
「いや、まったく……」
「ま、いい。これで私の仕事が“どれだけ高いか”わかったろ。
蘇生魔術ってのはリスクもコストもとんでもねぇ。素材も、術式も、命がけで用意する必要がある。
だが――それだけの価値はある」
俺は、ココの顔を見つめながら言った。
「……本当に、ココを生き返らせてくれるのか?」
ナルメシアは軽く鼻を鳴らす。
「生きてようが、死んでようが、やることは一緒だ。
――そういう契約だろう?」
そのぶっきらぼうな言葉が、今はたまらなく頼もしく思えた。
「よし、じゃあ……施術を始めるぞ」
……
「……裸のココが、水槽みたいな装置の中に浮かんでる」
「うん、これは人間として再構成されたココさんの身体だね。よく出来てるよ、本当にそっくり」
「……でも私にはわかる。ほんのり胸が盛られてる」 と、クルックさんが鋭い女の勘を発揮する。
「仕方ねぇだろ。今回はロイドの妄想をもとに組み上げたもんだから、多少の差異は出るんだよ」 ナルメシアが淡々と説明する。
「妄想か……まあ、ロイドも男だしなー」 とエイジがニヤつく。
「いや、それは! そんな細かいとこまで意識してなかったし!」
「そういうとこが無意識に出るんだ。まったく男子ってやつは」 とクルックさんがため息交じりに言う。
「……んじゃ、やってくぞ。魂の抽出、固定、挿入――」
ナルメシアの手が輝きを放つと、ココの遺体がふわりと光に包まれ、粒子のように砕けていく。
「ココが……光になって……」
「ほら、光が移動してる。人間の身体の方に吸い込まれていくよ」 オリンポスが静かに呟いた。
「すげぇ……マジで魔法ってやつだな」
「……完了だ」 とナルメシアが息を吐く。
「ただし、魂の質量が若干足りてねぇ。ロイド、後で何があったか、ちゃんと話せよ?」
「ココは……大丈夫なんですか?」
「普通は魂の質量なんざ変わらねぇもんだ。それが減ってるってことは、何か深刻な異常があったかもしれねぇ」
「……けど、やることは全部やった。あとは――祈るしかねぇな」
……
「なるほどねぇ……魔王、か」
「はい。俺が――この手で倒しました」 あのとき、聖剣で消し炭にした。だから、死体は残っていない。
「ふむ……可能性としては、感情と一緒に雪女の魂も食われたって線だな。そんな症例は見たことねぇが、魔王なら説明はつく」
「それに……てめぇが倒した“魔王”は、本体じゃなかった可能性も高い。妙に弱くなかったか?」
「そう言われてみれば……ナルメシアさんほどの強さは感じませんでした」 つまり――魔王は、まだ生きているかもしれない。
「ったく、本気じゃない私より弱いってのは、魔王の名が泣くな」 ナルメシアが鼻を鳴らす。
そのとき、扉がバタンと開いた。
「ロイド、師匠! ココちゃん、目を覚ましたよーっ!」 ヒナタが顔を出してそう告げた。
「――行っても、いいですか」 心臓が跳ねる。立ち上がりたい気持ちを必死に押しとどめながら、俺はそう言った。
……
「ココ!!」
俺が駆け寄ると、ベッドに横たわるココがゆっくりと目を開けた。
「ロイドさん……わたし……」
「心配した。本当に……俺はもう、君を二度と離さない」
「――無いんです。ロイドさんへの、大切な、大切な想いが……無いの」
「……え?」
「恋焦がれていたはずなのに、今は何も感じない。どうして……どうして……。こんなの、私じゃない……私、もう、壊れてるんだ……」
「ココ、落ち着け! しっかりしろ、ココ!」
……
「……少し落ち着いたみたいだね」 オリンポスがそっと呟く。その声に、俺の張り詰めていた神経も少し緩んだ。
「ココが生きていてくれた。それだけで十分なはずなのに、どうして……。想いがないって、どういうことなんだ」
「想いが“喰われた”って事じゃねぇか」 と、ナルメシアが静かに言う。
「喰われた……?」
「魔王にはそういう力があるのかもしれない。魂や感情を餌にしてるって話なら、筋は通るよ」
「なんでだよ……どうしてココばっかり、こんな不幸な目に……!」
そのとき――
「それは、“試練”です」
そう言ったのは、まだ誰にも知られていない、別の声だった。
……
「誰だっ!?」
「申し遅れました。私はサナエル。天使です。ロイド様、あなたは正式に“勇者”として認定されました。おめでとうございます」
「……天使? なんで天使が俺に? それに“正式に勇者”ってどういう意味だよ」
「勇者とは、本来人間が勝手に名乗るものではありません。聖剣に選ばれ、アクセス権限を得た者のみが、“真の勇者”となるのです」
「でも、俺の父さんだって聖剣を使ってたけど、天使なんか出てこなかったぞ」
「聖剣の発動までなら、適性ある魔法剣士でも可能です。しかし、勇者は聖剣に“アクセス”する権限を有します」
「アクセス権限……? そういえば……パーティの時、聖剣が突然手に現れた」
「それです。他にも、“ロック機能”や“カスタム設定”など、勇者だけが使えるシステムが存在します」
「ふーん。まあそれはいいけど、さっき言ってた“試練”って何なんだよ?」
「勇者には乗り越えるべき“試練”が設定されています。それが“魔王討伐”までの道のりを示すものとなります」
「じゃあ……ココがこんな目に遭ってるのも、俺のせいってことかよ……?」
「……なんかムカつく、そいつやっちまうか。」
ナルメシアが眉をひそめながら言う。
「……それ、多分“同族嫌悪”だよ、ナルメシア」
と、オリンポスがぼそりと呟いた。
ナルメシアが雲を纏い、雷光を纏った拳を振り抜く。雷鳴が空気を裂き、轟音と共にサナエルへと襲いかかる――
だが、その一撃を受けたサナエルは、まるで何事もなかったかのように、平然と立っていた。
「……固い。聖剣でも通らないって、なんなんだこいつ……」
俺が目を見開いて言うと、サナエルは無表情のまま告げた。
「私たち天使は不老不死です。物理的な損壊によって命を失うことはありません」
「へぇ……それ、良い盾になりそうだね」
とオリンポスがぼそりと呟いた瞬間――
「オリンポス様の思考に敵意を検知。危険ですので退避します」
そう言って、サナエルは俺の影にぴたりと身を隠した。
「……こらこら、隠れるなよ!」
「辞めた、辞めた。殴っても意味ねぇなら、時間の無駄だ」
と、ナルメシアが肩を竦めて拳を引っ込めた。
「で、俺にこれからどんな“試練”が降りかかるんだ?」
「未確定です。試練の内容は、ロイド様の選択と行動によって変動します。たとえば、ココ様の恋心も――ロイド様の言動から派生したものです」
「……やっぱり、俺が巻き込んじまったってことかよ。くそっ」
「んー、僕はちょっと違うと思うな。それって、ココさんが雪女として運命に従っていたら、誰か一人は犠牲になってたって話だよ。だから、ロイドが悪いわけじゃない」
「そんな他人の命と、ココを天秤にかけて納得なんか……できるかよ」
「うん、気持ちはすごく分かるけど……ロイドはちゃんと誰かを救ってる。試練って言うけど、結局それも“自分の選んだ道”にすぎないんだよ」
「はっ、つまり天使ってのは詐欺師ってわけだ。勝手に“運命”だの“試練”だのって言葉にすり替えて、他人の人生を操作するような連中だな」
と、ナルメシアがピシャリと言い放つ。
「詐欺ではありません。試練は“事実”として存在します。そしてロイド様、あなたの物語は、天界の記録に刻まれていくのです」
どこまでも淡々としたサナエルの口調――だが、その無感情さが、かえって重くのしかかってくる。
「話が進まないから、こっちから質問するよ。ねえ、サナエル。天使って、結局なんなの?あ、ついでに“魔王”って何者?」
「私は“勇者に試練を与える”という使命を持っています。それ以上でも、それ以下でもありません」
「ふむふむ。じゃあ“魔王”は?」
「魔王とは、“世界の引数”。この世界の始まりと終わりを司る存在です。勇者によって滅び、その役割を終える者――そう規定されています」
「へぇ。“引数”って表現、珍しいね。よく分かんないから魔王の方は後回しにして――天使の話に戻ろうか。さっき“私の使命は”って言い直したよね。つまり、他にも違う役割の天使がいるんじゃないかな?」
「誤魔化したつもりはありません。……ですが確かに、私以外にも現界している天使が1柱おります。名はボリビル。“駄天使ボリビル”と呼ばれています」
「だてんし……?堕天使じゃなくて?」
「“駄”です。彼女は世界を憎み、破滅を志向しています。ただし、致命的に他責思考で、余計なことしかしません。その影響で魔王軍の戦力は、おそらく3割は低下するでしょう」
「……あれ?なんか敵にいてくれた方がありがたいタイプかも。それ、有能な味方より無能な敵が良いってやつだね」
……
「さぁ、魔王軍のみんな。今日も元気に破壊活動、がんばってねー。あ、ちなみに昨日、新しい戦力を追加しといたよ。名前はバフム。どう?魔王軍の名にふさわしい感じでしょ?」
「……なに?バフムだと?それは古代に存在したとされる“ヴァンパイア”の名だぞ。第一、今の王国との戦線で戦力が不足しているわけではない!」
「えぇー?なに言ってるの。そんな“ちっちゃい目標”じゃ全然足りないよー。王国?ノンノン。目指すは世界征服でしょ? ね?」
「は……!そのような指令、我々は出していない!」
「細かいことは気にしなーい。全部僕に任せてよ!ふふふ、だんだん面白くなってきたじゃん」
……




