第25話・魔女の話4
優雅な旋律の中、ただ2人で踊る時間。言葉よりも心が通じ合うような、そんな幻想的なひととき。
「わぁ、いいなー……まさに女の子の憧れってやつね」
クルックさんがうっとりと見つめる。
「とても綺麗です……ココさんのステップは少し拙いですが、ロイドさんが丁寧にフォローしていて、まるで舞台みたい」
ヒカケさんは目を細めて評価する。
「うーん、ロイドとココさんの会話や動きから……次の一手が見えるような、見えないような……それにしても魔王軍の意図は……」
オリンポスは相変わらず真顔で戦略脳を働かせている。
「おいおい、今はそーいう場面じゃねぇだろ。もうちょっと空気読めっての」
と、エイジがツッコミを入れる。
「エイジぃ、なんだか私も踊りたくなっちゃった。いい?」
ラトが甘えるように袖を引く。
「……まぁ、俺はロイドみたいにスマートじゃねぇけど……それでいいなら、行こうぜ」
エイジとラトも軽やかにフロアへと加わっていく。
「……どーせ僕は恋愛とか向いてないし。うん、作戦の立案に戻ろう、そうしよう」
と、オリンポスはすねたように背を向けた。
大丈夫だよ、オリンポス。そのうち、君にもちゃんと誰かが現れる――きっとね。
……
「ありがとう、付き合わせちゃったかな?」
俺がそう聞くと、ココはふわりと笑って首を振った。
「ううん。私のほうこそ……すごく楽しかった。ありがとう、ロイドさん」
その微笑みがあまりに優しくて、胸が少し痛くなった。
(――この瞬間が、ずっと続けばいいのに)
(でも駄目……私は雪女。感情に飲まれちゃいけない。ロイドさんに甘えてしまったら……)
(でも……こんなにもあたたかい思い出をくれた。だから……私は、もうそれだけで……)
静かに、ココは目を伏せる。彼女の中で、何かを振り切るように――。
……
次の瞬間だった。
ココの瞳が、俺の背後を見て大きく見開かれる。
「あっ、ロイドさん、危ないっ!」
その声と同時に、冷気が迸った。
氷が俺を包み、黒い塊の衝突を防ぐ。
「えっ……この氷……俺を、守って……?」
振り返ると、そこにいたのは倒れこむココ。
その身から血が流れていた。
「ロイド、さん……良かっ、た……守れて……」
「ココ!?おい、しっかりしろ!すぐ衛生兵を……!」
「私……ロイドさんに……倒されるのが、夢だった……でも……ロイドさんを、守って……死ねるな、ら……本望、です……」
言葉が、途切れた。
その瞬間、怒りと哀しみが胸を灼いた。
「その感情……もっと食わせろ……」
闇の中から、ぞっとするような声が響く。
「……お前が……ココを……!」
握りしめた拳の中、何も持っていなかったはずの手から光が溢れた。
呼び出すつもりもなかったのに、聖剣が俺の手に応じるように現れた。
このパーティに、戦うための武器なんて必要なかったはずなのに。
けれど今、この瞬間だけは――違った。
「魔王……!」
俺は、剣を構え、力を込める。
「今度こそ……俺が終わらせてやる!!」
……
――天界。
「勇者の波動を検知。システム起動、記録モードへ移行」
透き通るような声と共に、サナエルの瞳が淡く輝く。
彼女の役割はただ一つ――“勇者の試練を記録すること”。
その目的のためなら、どんな手段も厭わない。
「勇者様の行動ログ、取得開始――」(キーンという音と共に光が放たれる)
……
その様子を遠くから眺めていた影が、ふっと口元を歪めた。
「ふふっ、サナエルがそっちに行ったなら、僕は……こっち、かな?」
駄天使・ボリビルが、冷たい笑みを浮かべながら天界の帳に紛れ消えていく。
「楽しみだねぇ、勇者様の“試練”が……どう転がるか」
静かに、天界で蠢き始めたふたつの運命。
それが地上の戦いに、新たな火種を落とそうとしていた――。
……
「こいつ、ナルメシアさんみたいな圧は感じない……」
「パターンは分かってる。最初に準備を重ねて、最後に強力なスキルをぶつけてくるタイプ。――妨害できる」
「熱くなるな……冷静に、処理するだけだ」
「聖剣・解放――消し飛べ!!」
……
「……ココ、ココ……」
俺はその身体をそっと抱きしめ、こぼれそうな涙を拭った。
「……ごめん。もう……どうにもならなかった」
オリンポスも、他の仲間たちも、懸命だった。けど――間に合わなかった。
ココの命は、もう、ここにはなかった。
「おいロイド……そのまま抱えて、どうするつもりだよ」
エイジの声が、重く落ちる。
「わからない……でも、とにかく王都に戻って、ナルメシアさんに謝って、それで……それで……」
何をすればいいのか分からない。ただ、ココを離すことなんてできなかった。
「まさか……歩いて帰る気かよ。あー、もう……死んだ人間ってのは、想像より重いんだ。俺も一度、仲間を背負って帰った事がある……」
エイジの言葉に、少しだけ我に返る。
「馬車を手配したよ。ロイド、無理はしないで」
オリンポスが静かに支えてくれた。やっぱり、こういう時の支えは、強い。
「……ココちゃん……っ……」
クルックさんが、嗚咽をこらえきれずに涙をこぼした。
そうして――
俺たちは、最悪の帰還へと向かった。
……
三日間、遺体と共に移動する旅はあまりに過酷だった。
誰も言葉を発することなく、ただ静かに、ココの眠る馬車とともに歩いた。
ようやく、ナルメシアの屋敷が見えてきた。
「……ナルメシアさん。すみません。俺は、ココを……守れませんでした」
俺がそう頭を下げると、彼女は小さく首を傾げた。
「ん?何言ってんだ。――よくやったな、凱旋だろ?」
「……状況を見ろよ。ココは、死んだんだぞ?何が凱旋だ。皮肉かよ」 エイジが怒りをにじませる。
だが、ナルメシアは至って真顔だった。
「んー……何か問題あったか?生きてようが死んでようが、やることは同じだろ」
その言葉に、皆が一瞬言葉を失う。
そして、オリンポスが目を見開いた。
「……あ、そうか。僕たち、ナルメシアさんの能力、勘違いしてたんだ」
「勘違い?」
「雪女を人間に戻す方法、それを“変化”か“転換”だと思い込んでた。でも――そんなの、普通できるはずがない。なら、どうやる?」
そこで、ナルメシアが口を開く。
「魔族については詳しい方だが、私の専門は雷でも、魔族変換でもねぇよ。
――私の専門は、死者蘇生。死んだ人間を、別の肉体に蘇らせることなんだ」
唖然とする空気の中、俺はただ、目の前の“可能性”を見つめていた。




