第23話・魔女の話2
その日の深夜
「――大人の時間だ。てめぇら、どうせガキどもには言ってねぇこと、あんだろ?」
ナルメシアが静かに、けれど重みのある声で切り出した。
「そうだねぇ」
ソレナリフが軽く笑う。「魔王軍は基本的に“魔王の再臨”に手を割いてる。つまり、いま本格的な戦力は温存中ってこと。本気ならとっくにこの屋敷にも攻め込んできてるはずさ」
「ほう? つまり私に出てこいってか。高いぞ、私は」
ナルメシアは鼻で笑うが、本気で動く気はなさそうだった。
「その前に、王都の近衛騎士団が動くだろう」
アゾアラスが静かに言う。「あの部隊はめったに動かんが、ナルメシアよりは扱いやすい」
「敵幹部はもう数が限られている。ココちゃんを含めても、あと三回……三体分ってところかな」
ソレナリフは指を折りながら数えるように言った。「つまり人材不足。魔王軍も、なかなかに苦しい立場ってわけ」
「個人的には、魔王が復活してからのほうが好都合なんだよね。体制が乱れるから崩しやすくなる。でも――」
そこで一呼吸置いて、ソレナリフが俺たちの部屋の方を見ながら。
「ロイド達の心情を考えたら、そんなに待てるはずがない。そうじゃないかい?」
ナルメシアは頷く
「一ヶ月以内に、魔王軍は必ず“再臨”の儀を終えるだろう」
アゾアラスの言葉が、部屋の空気をさらに重くする。
「最終決戦の時は、近いな」
静かに、確かに、時が迫っていた。
……
「――は? パーティだと!?どういうことだよ!」
俺の声が思わず上ずる。こんな緊迫した時にパーティってどういう神経してんだ。
「魔王軍は、停戦協定の締結を兼ねた式典に、ロイドの出席を求めてきた」
アゾアラスが淡々と告げる。
「ふーん、停戦ねぇ……どう考えても魔王復活までの時間稼ぎにしか見えねぇが」
ナルメシアはあからさまに怪しんでいる。
「提案内容は、ほぼ無条件の停戦だった。受けざるを得ない。会場はパッセ。……そして、そこにはココ嬢も出席する予定だ」
「ココも来る……!」
俺は胸が高鳴るのを抑えきれなかった。これは、奪還のチャンス……!
「へぇ、相手も度胸があるね。ロイドとココちゃんを同じ会場に並べるとは」
ソレナリフがニヤリと笑う。
「確かに、チャンスではある。でも、問題は……敵の狙いだね」
オリンポスが冷静に言葉を重ねた。
「いちばん考えられるのは、“ココちゃんの役目が終わった”ってやつかな。魔王復活に必要な要素を満たしたから、あとは放流って感じ」
ソレナリフが思案顔で言う。
「うーん……その可能性もあるけど、希望的観測にすぎない気がするよ。あまりに都合が良すぎる」
オリンポスは慎重な姿勢を崩さない。
「でも、俺は行く。どう転ぶか分からなくても――ココを取り返せるチャンスがあるなら、俺はその場に立つ」
決意だけは、もうとっくに固まっていた。
「どんな手で来るか分からねぇのに、ノコノコ乗り込む気か? 甘すぎんだよ、お子様が」
俺の決意に、ナルメシアが冷や水を浴びせてくる。
「じゃあ、ナルメシアは敵がどう動くか分かってるの?」
オリンポスが興味深そうに問いかける。
「さぁな。でも、もし私が敵の立場なら――雪女とガキどもをまとめて巻き込んで、ドカン、だな」
その言葉に空気が一瞬止まった。最悪の未来図だ。
「えぐ……普通、停戦協定の場でそれはやらないだろうけど、やられたらどうしようもないな……」
ソレナリフも顔をしかめた。
「私は、無意味にガキが死ぬのが嫌いなんだよ。お前らが有効な戦略を見つけるまでは――ロイドはこの屋敷から出さねぇ」
その一言で、俺は“監禁”という名の保護対象になった。まったく、どこまで本気なんだこの人は。
……
「あはは、最恐の魔女に幽閉されちゃったー」
オリンポスがまるで遠足の延長みたいに笑ってる。
「いや、幽閉されたのは俺だけのはずだろ。なんでお前まで残ってんだよ」
「僕もね、有効な戦略を出せてないって自覚はあるんだよ。まあ、一緒に反省会でもしよっか」
「……はぁ。俺がココに会いたいって思ってるように、ココも同じように思ってるんじゃないかって、そう思うんだ」
「ふむふむ、なるほど。魔王軍がココさんとロイドを会わせようとしてる……そういう可能性も考えてるってことだね」
「そう。でも、それがどういう意味なのか、まではわからない」
「でも、面白い視点だよ。よし、じゃあちょっと角度を変えてみようか。ロイドがここから出るには、“大人”にならなきゃダメってことだよね?」
「大人……?」
「うん、ナルメシアさんが言ってたじゃん。『ガキは出す気ねぇ』って。つまりロイドが大人だと認めさせれば、出られるかもってこと」
「大人か……父さんや母さん、アゾアラスにソレナリフ……でも、みんなバラバラで共通点が見つかんない」
「あはは、まあね。大人にもいろんなタイプがいるから。でもさ、その中でロイドが“理想の大人”だって思う人、いる?」
「……父さんだな」
言っててちょっと恥ずかしいけど、本音だ。
「ほう、理由は?」
「強くて、信念を曲げない。昔、父さんが騎士団を辞めた時、なんでだろうって思った。でも今なら、わかる気がする」
「どうして?」
「組織にいたんじゃ俺たち家族を守れない、って思ったんじゃないかって」
「なるほどねぇ。じゃあ、そんなお父さんが今のロイドの立場だったら、どうすると思う?」
「……力で示す。信念で貫く。戦って、“子供じゃない”って証明する」
「いいね。それこそ勇者だよ」
「ありがとう、オリンポス。ちょっとだけ、成長できた気がする」
「じゃあ、行こうか。ナルメシアさんに――挑みに」
「ああ。守られてばかりの子供じゃいられないからな」
……
「ふん、私に挑むってのか?」
「ナルメシア、これまで守ってくれたことは感謝してる。でも、もう子供のままじゃいられない。ココを救うって決めた覚悟、見届けてほしい」
「いいだろう。てめぇがまだガキか、それとも本物の大人になったのか……見極めてやるよ」
(父さんが戦った時、気づいたんだ。あの雲の中には、囮として“影”がいくつも現れる。でも、斬っても倒せない。なら、本体は――この嵐のどこかにいる)
(かくれんぼの理屈じゃ勝てない。でも――)
「ここだッ!」
俺は自分の“影”を斬りつけた。斬られた影がニヤリと笑った瞬間、雷雲が晴れ、空が開けていく。
「……てめぇの覚悟、確かに見せてもらった。行ってこい、ロイド」
「……ありがとうございます!」
「こんだけ啖呵切ったんだ。ちゃんと、あの雪女連れて帰って来いよ!」
「もちろん……!」
「ふふ、良かった……」 オリンポスがほっとしたように微笑む。
「おいオリンポス。てめぇは居残りだ。魔王軍の策略、全部解き明かすまでな」
「えぇぇぇーーっ!?」
「あー、オリンポス、頑張れよー」




