第22話・魔女の話1
補給部隊を襲撃してきたフクロウの部隊を、エイジたちは見事に撃退した。だが、それは新たな空戦の時代――ドラゴンと人の連携による“空の戦争”の、ほんの序章にすぎなかった。
一方、俺はというと、前線には立てず、待機を命じられていた。だけど、じっとしていられる性分じゃない。だから、今の自分にできること――その最たる人物に、俺は頼みに行った。
「ナルメシア、お願いがある」
「なんだ。言ってみろ」
「ココを……ココを助けてほしい」
その一言に、彼女は目を細め、しばらく黙って俺を見つめた後、鼻で笑った。
「んー、それはつまり、てめぇが敵に捕まって氷漬けにされるって話か? 自己犠牲には付き合わんぞ」
「違う。そんなの、ココが一番望んでないことだってわかってる。でも、今もきっと苦しんでる。だったら、何とかしたいんだ。……あんたなら、それができるんじゃないかって思った」
俺の言葉に、ナルメシアは一拍置いてから答えた。
「できる。だがな、てめぇ――対価はどうすんだ? 情に訴えるなんざバカのやることだ。そんな貴族的な真似、私が一番嫌いなことだぜ」
真正面からそう返された。でも、退くつもりはなかった。
「対価については……仲間と相談する。何が必要かは、ちゃんと自分で考える」
「……てめぇの考えは、わかったよ」
そう言ってナルメシアはくるりと背を向けると、指先を鳴らした。
「とりあえず開発は始めておいてやる。後で逃げんなよ、勇者」
その背中は、最悪の魔女なんかじゃなかった。俺には、誰よりも頼れる、最強の味方に見えた。
……
「という話になったんだよ。」
「対価ねぇ……正直、俺たちはココを人間にする契約で、もうほとんどの資産を使い果たしてるからな。これ以上の負債は無理だと思うぜ」
エイジは冷静に、でも現実的なことを口にした。
「んー、まあたぶん大丈夫。アゾアラスに相談してくるよ」
オリンポスは相変わらず軽い口調で答える。
「いや、お前がアゾアラスの資産まで巻き上げたんじゃなかったのか? まだ余裕あんのかよ」
俺もエイジと同じ疑問をぶつけた。
「ううん、アゾアラスは立て替えるだけ。実際に支払うのは――魔王軍の方だよ」
「は?」
俺とエイジの声が揃う。
……
「わかった。受けよう」
アゾアラスが静かに言い切った。
「え、ちょっと待って、それってつまり――どういうことだ?」
話が急に飛んだように思えて、ついていけなかった。
「ふむ。つまりこうだ」
アゾアラスは腕を組み、淡々と続ける。
「魔王軍が望むもの――つまり“ココの寿命を延ばす手段”を、こちらが用意する。それは彼らにとって明確な利益であり、こちらにはそれに見合う対価を求める権利が発生するというわけだ」
「なるほどね」
オリンポスが補足を入れる。
「アゾアラスは魔王軍と個人的なコネクションがある。だから、魔王軍の“ココさんが必要だ”という感情を交渉材料にできるんだよ。あちらはロイドを手に入れる以外の利益が、この“寿命延長アイテム”で得られると判断するってこと」
「……つまり、俺を差し出す必要はなくて、ナルメシアが作る“寿命を延ばす何か”を魔王軍に渡すって交渉が成立するってことか」
「そう。しかも、相手の焦り方から考えて、かなりの価値がある。だからナルメシアに支払う分を差し引いても、十分釣り合いが取れるってわけだね」
俺は小さく息を吐いた。
……ようやく、光が見えた気がした。
……
「パッセ、アリア、ロンヒルト、それにアスタ鉱山……ふむ、十分な利益になろう」
アゾアラスが魔王軍との交渉書類を一枚ずつめくりながら、優雅に頷く。
「いいな〜。で、それ金貨何枚分くらい?」
ソレナリフが身を乗り出して尋ねる。明らかに羨ましそうだ。
「街と交換してきたのかよ!」
エイジのツッコミが鋭く入った。俺も思った。まさかココの命が、街いくつ分になるなんて。
「全部、タカレ山脈の麓にある街だね。戦略的な価値は低いし、取り返される可能性も高い場所をまとめて渡してきた感じかな」
オリンポスが地図を広げて、淡々と分析する。
「そうだ。だが、“無傷の街”を手に入れることに意味がある。一度、戦火に巻き込まれた街はもう戻らんからな」
アゾアラスの言葉には、どこか確信めいた響きがあった。焼け野原より、健在な街。数字じゃ測れない価値ってやつだろう。
……命と、街。
その取引の重みに、俺は言葉を失う。
「それは私への当てつけか?」
そんな不穏な言葉とともに、ナルメシアと俺は薬を片手に戻る。
「ナルメシア!それにロイド、どこ行ってたんだよ」
エイジが俺の顔を見てすぐに問いかけてくる。
「……できれば聞かないでほしい」
本気で恥ずかしい体験だった。できれば記憶からも消したいレベルだ。
ナルメシアはそんな俺を無視してさらっと言った。
「こいつは雪女の発情を抑える薬だ。まー、簡単に言えばロイドの体液がベースだな」
「体液ってことは、唾液か血液かな?」
と、オリンポスがいつも通り冷静に考察を入れる。やめろ、そこを掘り下げるな。
「そんな不確かなもん使うかよ。こいつの――」
「やめろーーー!!」
俺は叫びながらナルメシアの口元を塞ごうとするが、時すでに遅し。
「……まあ、だいたい一月ぐらいは効果が続くはずだ」
とナルメシアは平然と薬瓶を差し出してきた。
――俺のプライドと引き換えに、ココを救う薬がついに完成した。
「薬の注意点は?」
エイジが尋ねた。確かに、副作用とかあってもおかしくない。
「副作用はねぇよ。ただし――妊む可能性はあるな。ま、ロイドがちゃんと育てりゃ問題ねぇだろ」
「は、妊っ!?」 おい、ちょっと待てナルメシア、いきなりなんてことを言い出すんだ!
「妊むって……それじゃ、ロイド用済みになるんじゃねぇのか?」 エイジが疑問を口にする。わかる、その不安、俺も今まさに感じてたところだ。
だがナルメシアは鼻で笑って言い返す。
「人間の価値観で考えんな。雪女ってのはな、恋愛潔癖なんだよ。一生で好きになる男は1人だけ。その男を氷漬けにしてでも独占したいんだ。奪われそうになったら、死ぬほどの覚悟で生きてる。こんなもんじゃ満足しねぇよ」
あまりにも重すぎる真実に、俺もエイジも言葉を失う。
「大変な娘、好きになっちゃったね」
オリンポスが苦笑しながら俺の肩を叩く。
「それでも――前に進むって決めたから」
俺は胸に手を当てて、静かに覚悟を口にした。
「これは、先方に渡してこよう」
アゾアラスが薬を手に取って言う。その背に、確かな信頼を感じた。
「これで、時間は稼げた。あとは……俺たちの戦略を決める番だ」
……
「どうやってココを奪い返すか、だなー」
エイジが気楽そうな顔で言うけど、瞳は真剣だった。
「……できれば、俺が迎えに行きたい」
それは願望だ。戦略でも何でもない、ただの俺の我がまま。
「それを、どう戦略に落とし込むか、だね。ドラゴンの航空戦力はもうバレてるし、奇襲は難しい」
オリンポスが冷静に現状を分析する。
「片道切符じゃ意味がないんだ。奪い返したところで、帰ってこられないなら失敗と同じだ」
俺の声が、少しだけ震えていたかもしれない。
「となると、地上戦か? タカレ山脈の麓から進軍するルートは確保してあるけど、相手も準備してるだろうな。難易度は高い」
エイジが腕を組んで唸る。
そのとき――
「ってか、ガキが無理すんじゃねぇよ」
低く鋭い声が飛んできた。ナルメシアだ。
「こういうのは、大人の仕事だ。まだロイドは出陣させねぇよ」
そう言い放つと、ナルメシアは手を叩いて命じた。
「解散だ。ガキどもはガキらしく、せいぜい寝てろ」
不思議と反論する者はいなかった。俺たち自身、力が足りないことを痛感していたから。
「……確かに、今の僕たちじゃ、まだ足りない」
オリンポスのその言葉が、静かに胸に響いた。
……




