第21話・竜騎士の話5
「次に考えるべきは、どこを襲わせるか、だね」
オリンポスが罠を張る前提で話を進める。
「罠だって分かってても、どうしても手を出したくなるような魅力的な“餌”が理想だけど……」
「じゃあ、ロイドを餌にしよー」
と、あっけらかんとした調子でメイランが提案してくる。
「バカ、それはさすがに危険すぎるだろ!」
エイジがすぐさま否定。
「まあ確かに、ロイドが護衛してるってだけでも敵にとっては十分な価値だ。……なら、“勇者が護衛に就く”っていう情報を流そう」
とオリンポスが代替案を出す。
「ちょっと待て、それロイドが餌になってるのと何が違うんだよ」
エイジが眉をひそめるが、オリンポスは続ける。
「いや、実際に護衛するのは“勇者”じゃなくてエイジ。こっちが流すのはあくまで情報。相手も勇者の可能性を無視できないはずだから、確認には来るはずだよ」
「……で、そこをメイランの空軍部隊で一気に叩くってわけか」
「そうそう。相手がこっちに空の戦力があるってまだ気づいてない、今がチャンスなんだ」
……
「報告します。補給部隊に勇者パーティが護衛として加わった、との情報が入りました」
鳥人の伝令が静かに報告すると、フクロウ型の魔族――空の指揮官は一拍置いて考え込んだ。
「……我々の最優先目標が勇者であることを、敵も理解しているでしょう。罠の可能性は高いですね」
その声は冷静で、何の動揺もなかった。
「ですが――本当だったとしたら?確認の価値はありますね」
小さく頷き、フクロウは結論を出す。
「全軍、出撃準備しましょう。補給部隊を総力で襲撃します」
「そ、総攻撃ですか!?」
現場指揮官が驚きの声をあげる。
「ええ。敵の策略ごと力で押しつぶします。勇者の確保ができれば収穫、敵主力を削れれば勝利。どちらでも損はありません」
「ですが、もし逆襲されたら――」
「そのときは空へ退く。撤退も我々の強みです」
戦局を見極めた上での判断。それがフクロウという男だった。
「はてさて、どう転がるか……愉しみですね」
不気味な微笑を浮かべながら、フクロウは夜明けを見据えた。
……
「敵軍、今回の襲撃にポイントを絞って来たみたい。他の補給部隊への攻撃が減ってるよ」
ソレナリフの報告に、全員の表情が引き締まった。
「つまり、大規模攻撃の可能性が高いってことだね。じゃあ今回の作戦を再確認しよう」
オリンポスが静かに指揮を取る。
「俺たちは敵の航空部隊を引きつける。ダメージを与えながら、できるだけ引き込む。それが俺たちの役目だ」
エイジは真剣な表情で言った。囮役――危険な任務だが、頼れる男だ。
「で、ドラゴン達が“がおー”って襲いかかるんだよねー」
メイランが相変わらず呑気な調子でトドメ担当を請け負う。
「……俺は留守番か」
拳を握る。戦えない自分が歯がゆい。でも、あいつらを信じるしかない。
「任せろ」
エイジのその一言が、今は何より心強い。
「敵も愚かじゃないなら、偵察と奇襲を先に打ってくるだろうね。こっちはあえて弱く見せて、敵の判断を誘導する。大事なのはそこだよ」
オリンポスは戦略の肝を押さえていた。さすがだ。
「わたしはー、決戦の準備ー。緊張してきたぁ」
メイランのマイペースな声が、逆に場を落ち着かせてくれる。
「戦略の鍵は、エイジからメイランへの連携。その切り替えをスムーズにこなせるかが勝負だ」
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一方そのころ、敵陣。
「伝達。偵察部隊より報告。我らの奇襲作戦により敵陣営、大きく混乱中」
鳥人の伝令が、フクロウへ報告する。
「……嫌な予感がしますね」
フクロウは瞼を細めると、ゆっくりと口を開いた。
「こちらも全軍では動かしません。少し兵を温存して、私と精鋭だけで突撃を行います。ついてきなさい」
敵将もまた、慎重かつ狡猾に動き始めていた。
……
「おいてめぇら、槍先を空に向けろ! 敵は頭上に突っ込んでこれねぇ!」
エイジの怒鳴り声が戦場に響き渡った。
合図と同時に、隠していた槍を空へと突き上げる。兵士たちも一斉に動いた。見事な連携だった。
既に滑空してきていた鳥人たちは――空中で反応する余裕もなく、そのまま槍に突っ込んできた。
バキィッ――鋭い音と共に、次々と翼が裂け、羽が散る。
「この距離なら弩が届く。一斉掃射だ!」
エイジの声に、後方の兵たちが応じ、重厚な音と共に矢が空を切る。
――だけど、これで終わりじゃない。
「……なかなか手強いですね」
フクロウと呼ばれる敵の将が、冷静に体勢を立て直そうとしていた。
「全軍、浮上! 配置を再編成します!」
だが――
「今だー! ドラゴン部隊、突撃ー!」
メイランの声が空から響き、俺は思わず見上げる。
空を裂くように、巨大な影が降ってくる。メイランを先頭に、竜の群れが一気に襲いかかった。
「ドラゴン……!? 敵軍、飛行部隊です! 全軍、空中防御陣形をっ!」
混乱する敵軍に、怒号と叫びが交錯する。
作戦は完璧だった――敵が立て直す前に、勝負を決めれるか?
……
「弩の掃射は止めろ! あとはメイランに任せる。槍は、落ちてきたやつだけ突いてやれ!」
エイジが叫ぶと、兵たちが即座に対応する。空は既にメイランたちドラゴン部隊のものだ。
その瞬間、敵の指揮官――フクロウが、わずかに翼を畳んで視線をこちらへ向けた。
「(後ろにはドラゴン、前には槍……私だけ生き残っても意味は薄いですね。ならば――)」
「相当の武人とお見受けします。指揮官殿、一騎打ちをお願いしたい」
静かに、だがはっきりとそう言ったフクロウに対し、メイランはにこにこと頷いた。
「んー、いいよー」
「ちょ、メイランちゃん! 駄目、それ受けちゃ――」
「ん、はっ!? ……なんでー!?」
オリンポスの忠告が間に合う前に、両者は空中でぶつかり合い――次の瞬間、打撃の音が響く。
「……ぐふ、お見事」
フクロウの体が空中でよろめき、静かに落ちていった。
「指揮官は倒したけど……残りの兵たちは、逃げちゃったみたい」
「そうか……」
戦場に残されたのは、散り散りに飛び去っていく鳥人兵の影と、まだ熱を残す風だけだった。
「次は……相手も、こっちに航空戦力がある前提で動いてくる。戦力を整えて、ちゃんと戦略を立てなきゃ、次は厳しい戦いになるかもな」
エイジの言葉に、オリンポスが頷く。
「相手の指揮官……自分の命を犠牲にして、未来の航空戦力を守った。あれは武人というより、智将だったね」
「……うん」
メイランは静かに答えた。その声は、ほんの少しだけ震えていた。
……
「なんとかなったか……」
安堵の息をついたところで、声がかかる。
「おーい、エイジー!」
メイランの声だ。エイジも無事なようでひとまず安心する。
「うーん、勝ちはしたけど……これからも防空をしっかりしていかないと。メイランちゃんには少し負担かかるけど」
オリンポスが真剣な表情で話していると、当のメイランが手を挙げて言った。
「だいじょーぶ。それより、ドラゴンに人乗せてもいいよー」
「え? どうして?」とオリンポスが聞き返す。
「空って広いからさー、ドラゴンだけだと見逃しちゃうの。だから人乗せて、一緒に見た方がいいかなーって思って」
「なるほど……竜騎士なら、ドラゴンと人間の二人体制で索敵できるってことか」
エイジが補足すると、オリンポスもすぐに理解したようだった。
「うん。これで竜騎士はロマンだけじゃなくて、実用性もあるって証明されたわけだね。まさかその発言がメイランちゃんから出るとは思わなかったけど」
「むー、それどういう意味ー?」
「はははっ」
……
「ナルメシア、お願いがある」
と、俺は真正面から言葉をぶつけた。
「なんだ。言ってみろ」
彼女は相変わらず飄々としているが、その目は俺の真剣さを見抜いているようだった。
「ココを助けて欲しい」
その一言に、彼女の表情がほんの僅か動いた。興味か、それとも呆れか――俺には分からない。
「ほう」
とだけ、短く返された。
その声は、まるで何かを試すような響きを持っていた。
……それでも、俺は引かなかった。




