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第19話・竜騎士の話3


「竜騎士?なんだ、それは」

フレイムアゾートの重々しい声に、場の空気が少し緊張する。


「竜……ドラゴンに騎乗して、空を駆ける高機動の兵士たちのことです」

オリンポスが丁寧に答えた。さすがに、この手の説明は慣れているらしい。


「竜に援軍を頼むとは……そこまで、王国の情勢は逼迫しているのか」

フレイムアゾートの声音には、どこか憂いが混じっていた。


「ま、そこまでってわけでもないんだけどな」

エイジが言葉を濁すように肩をすくめた。説明が難しいのも分かる。


「たぶん、“制空権”ってやつが問題になってるんだ。今は……その部分で、押されてる状態だ」

俺も言葉を探しながら口にする。たぶん間違ってはいないはずだ。


「“せいくうけん”?……それは、どういう意味だ。どこの概念なのだ?」


「それはですね……」

オリンポスが一歩前に出て、制空権という考え方について、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。


……


「はぁ〜、疲れたぁ〜」

オリンポスが背中からぐでんと倒れ込み、心底だるそうに呻いた。


「スローペースな会話に加えて、質問攻め。しかもちゃんと理解してるのか微妙なんだよな……」

俺も隣でため息をつく。話は通じるんだけど、テンポがずれすぎて消耗が激しい。


「ドラゴンってもっと賢い存在だと思ってたけどな」

エイジがぽつりと呟いた。俺もそのイメージだった。叡智の象徴みたいな存在――だったはず。


「新しい概念に慣れてないと、仕方ないよね。説得するための準備もしてたんだけど、説明だけで終わっちゃった」

オリンポスは力なく笑う。あの丁寧な説明も、届いたかどうかは怪しい。


「エイジ、どんな感じだったの?」

ラトが心配そうに訊いてきた。


「んー、竜騎士の話を軽くしただけだな」

エイジは首を傾げながら答える。


「竜騎士って、竜に運ばれる人間のこと、だったよね?」

ラトの理解力はやっぱりすごい。


「さすがラト、理解が早い!」

エイジも嬉しそうに頭を撫でてやっていた。


「見たよ、私。岩場のところで、竜が人間の子どもを背中に乗せて遊んでたの」

ラトがぽつりと言ったその言葉に、俺たちは顔を見合わせる。


「なるほど、もうすでに“竜騎士っぽい”ことはやってるのか。あくまで遊びの範囲だけど」

オリンポスが唸るように分析する。


「でも、そういう身近な存在って案外“認知されにくい”んだよな。灯台下暗しってやつか」

俺も頷く。見慣れたものほど、特別視されない。


「そこでだよ。アイデアはあるんだ。ただ、どうやって実現するか、みんなに相談したい」


「なんだよ、急に改まって」

俺が聞き返すと、オリンポスは笑顔でこう言った。


「“竜たちの運動会”をやろうと思ってるんだ」


「……は?」


俺も、エイジも、ラトも、ポカンと口を開けたまま固まった。


オリンポスの言葉が意味を成すまでに、少し時間がかかりそうだった――。


……


「よし、とりあえず運動会の軸になりそうな要素と、安全対策から考えていこうぜ」

エイジがめずらしく場を仕切り始めた。やけに頼もしい。


「お前、運動会に詳しいのか?」

俺が聞いてみると、エイジは得意げに鼻を鳴らした。


「俺は昔、かけっこで学年一速かったんだ。運動会じゃいつもヒーローだったぜ」

確かにこいつ、逃げ足も速かったしな……妙に納得してしまう。


「オリンポスはどうだ?経験あるか?」


「エイジの世界にも運動会があるのか。僕は士官学校時代、地域の運動会の運営に関わったことがあるくらいかな」

意外と地味な経験があるらしい。さすが器用だな。


「……俺は家庭教師だったから、そういうのには縁がなかった。参加どころか見たことすら、あんまりないんだよ」

知識も経験もない自分が少し情けなくなる。


「気にすんなよ。思い出ってのは、これから作るもんだろ?」

エイジが俺の肩をポンと叩いた。その言葉が、妙に沁みる。


「とはいえ、やることは山積みだよ。覚悟してね」

と、オリンポスはすでにメモ帳を開いて準備万端だった。


……運動会、思っていた以上に大変な企画になりそうだ。


そうして俺たちがわちゃわちゃと運動会の話で盛り上がっていると――気配を察してか、どこからともなく女の子たちが集まってきた。


「なんか面白そうなことやってるじゃん。混ぜて混ぜてー!」

ラトが無邪気に駆け寄ってくる。


「うちの村で運動会? 村興しでも狙ってるのー?」

メイランも興味津々といった顔でひょっこり顔を出す。


「んー、まあそんな感じだな。とりあえずだ、好きな競技を書き出してくれ。あとで選ぶから、まずは自由にアイデア出していいぞ」

エイジがそう言うと、

「わーい!」

と2人は嬉しそうに紙とペンを手に取り、夢中で競技案を書き始めた。


「ふふ、いい感じになってきたね」

オリンポスが安心したように微笑む。


「おう、みんなで作る運動会ってだけで、なんかもう楽しいよな」

エイジも嬉しそうに笑ってる。


「……俺は雑用、積極的に引き受けるよ」

つい弱気なことを言ってしまった俺に、


「は? 何言ってんだよ、お前がリーダーだろ。ちゃんと仕切れっての」

とエイジに発破をかけられる。


「あ、うん……じゃあ――みんなで最高の運動会を作るぞ!」

気合を入れ直して号令をかけると、


『おーっ!!』

と、元気な返事が空に響いた。


……これなら、きっと上手くいく。そんな気がした。


……


「玉入れ、棒倒し、輪投げ、かけっこ――どれも楽しそー!」


ラトとメイランが嬉しそうに競技案を眺めている。


「うんうん。この障害物競走もいいね。どんな障害出す? 合体ゴーレムとか出そうよ、ね、出そうよ!」


「……派手すぎない?」

と俺が思わずツッコむ横で、オリンポスが静かに一枚の紙に目を落とした。


「そして、これがメイン競技だね」


「おおっ、騎馬戦か! しかも空中戦って……マジで!? 安全性、大丈夫か?」


エイジが目を丸くするが、オリンポスは真剣な表情で言う。


「この運動会の目的は、竜騎士の存在を竜たちに認知させることだよ。空中騎馬戦は、その象徴みたいなものさ」


「まあ……落ちた時用に安全ネットとか張れば、何とかなるか」

エイジは腕を組んで納得した様子だ。


「うん、ちょっとやそっとの怪我よりも、“竜と人が一緒に楽しむ”っていう、このイベントの意義が大事だ」

と俺も改めて思う。


「私、これ参加するー!」

と元気に手を上げたのはメイランだった。


「これで、お父さんに一泡吹かせてやるんだー!」


「はい?」

オリンポスが固まった。


……何がどう繋がったのか分からないが、メイランはやる気らしい。

それはそれで、ちょっとだけ心強い気もする。


……


そして、ついに運動会の当日がやってきた。


「さて、次の競技は皆さんお待ちかね――空中騎馬戦です!」

と、オリンポスが司会席から高らかに声を響かせる。


「この競技では、竜と人間が一体となって、相手の頭についた鉢巻を奪い合います! 空を舞いながらの真剣勝負、皆さんぜひ注目してください!」


ざわつく観客の中、メイランが出場準備をしていた。


「……メイラン、本当に出るの?」

オリンポスが念のための最終確認をする。


「当たり前じゃん。だってさ――お父さんに『恋人を自由に選ぶなら勝ってみせろ』って言われたんだもーん」

と、メイランは悪びれもなくぺろっと舌を出す。


「なるほど、それは重要な試合だね。じゃあ僕が作戦考えるよ」

オリンポスの目が一気に真剣になる。


「騎馬戦は“遊び”だけど、立派な戦略ゲームでもある。相手の位置、自分の位置、空間の支配……有利をどう作るかが勝負の鍵だよ」


「もちろん、単純に力が強い方が勝つこともある。でも、そこを覆すのが“戦略”ってもんだ」


「よーし、フレイムアゾートさんに一泡吹かせに行こうか、メイラン!」


「うん、やったるよー!」


その様子を見ていたエイジがぽつりとつぶやく。


「……オリンポス、ノリノリだな」


なんだかんだで、会場の熱気も高まってきている。運動会の真の意味――“竜と人の新しい関係”が、今まさに始まろうとしていた。


……


オリンポスの緻密な策略と、メイランの圧倒的な高機動戦術。それが見事に噛み合い、空中騎馬戦は終始メイラン側が優位に立つ展開となった。


「よし、今だよーっ! 行っけぇー!」

メイランが竜の背から一気に突進する。


そのまま相手の死角を突いて飛び込み――


「しまった……我らの鉢巻が……!」


フレイムアゾート陣営の人間がつけていた鉢巻を、鮮やかに奪取することに成功した。


「はい、フレイムアゾートさん、失格ですー。安全に降下してくださいね~」

オリンポスが涼しい声で試合進行と審判の声を重ねる。その知略ぶりに、観客もどよめいた。


そして、空からゆっくりと降り立つフレイムアゾートの肩が、ふっと揺れ――

「……ははは。こんなにも、愉快な、気持ちに、なったのは……久しぶりだ」

と、静かに笑みを漏らした。


竜も人も、ただ力を競うだけではない。知恵と想いが交錯する、新たな関係が――この空に、確かに芽生え始めていた。


……


運動会が終わり、夕焼けの空に歓声の余韻が残る中――

フレイムアゾートが重々しく口を開いた。


「ふむ……“うんどうかい”というものが……これほどまでに、楽しいとはな」

口元には、どこか少年のような笑みが浮かんでいた。


「……礼をせねばなるまい」


その言葉に、一同が静まり返る。


「貴殿たちは、戦力を欲していたな。若い雄竜を四体、提供しよう。どいつも、好奇心が旺盛で、知恵も回る。必ずや役に立つはずだ」


「そ、それはありがたいけど……」

言葉を失いかける俺たちに、さらに言葉が続いた。


「それと――メイラン。お前が、彼らの指揮を取れ」


「えー!? なんでぇー!」

不満たっぷりに声を上げるメイラン。


「先ほどの空中騎馬戦での指揮、見事だったぞ。練習を積めば、竜族の長としても十分にやっていける。……親の色眼鏡かもしれんがな」

どこか照れくさそうなフレイムアゾートの声。


「メイラン共々、役立ててやってくれ」

と、最後に俺たちへと視線を向けてきた。


「なにそれ、絶対見張り役じゃん! それともお見合いのつもりー!? ぷんすかー!」


「あはは、後は任せたぞ」

と笑いながら背を向けるフレイムアゾートに、


「もう、バカー!!」

メイランの元気な怒声が響いた。


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