第18話・竜騎士の話2
「とりあえず、話は一通りまとまったね。まずは敵方に竜騎士がいるかどうかだけど――」
オリンポスがソレナリフに視線を向ける。
「竜に乗る戦士……ねぇ。うーん、聞いたことないねぇ」
ソレナリフは腕を組んで少し考えた後、あっさりそう答えた。
「魔族で空を飛べるのは鳥人族くらいだ。ドラゴンライダー的なのはいないと思うよぉ」
「“いない”と断言はできないけど、少なくとも主戦力にはなってないってことね」
オリンポスがうなずく。
「つまり、こっちは“空を取る”という発想が一方的に活きるかもしれないってことだね。羽がない僕たちが制空権を取るには……やっぱり竜騎士が必要か」
「竜騎士いないのかー……」
エイジがちょっと残念そうに呟いた。
「だから、これから作るんだよ」
オリンポスが目を輝かせて言う。
「補給線の維持は急務。相手が空から来るなら、こっちも空に飛ばなきゃ」
「でも、ドラゴン様に乗るなんて……バチ当たりじゃないかな?」
つい俺は言葉を漏らしていた。ドラゴン様は、国の守護神みたいな存在だ。そんな神聖な存在に“乗る”とか、なんか不敬な感じが拭えなかった。
「そもそも素直に乗せてくれるかも怪しいよな。訓練とか、試練とか、異世界でもそういうのクリアしなきゃ乗れなかったぞ」 エイジも異世界の知識を引き合いに、慎重になるべきだと示していた。
「確かに……とりあえず、ドラゴン達との交渉が先だね。あと、実際に飛ぶにも慣れや訓練が必要になる。竜騎士の育成も同時進行で考えなきゃ」 オリンポスが思案するように口を押さえる。
そのときだった。静かに話を聞いていたアゾアラスが、ぽつりと口を開いた。
「人と竜が共に暮らす村がある。メイランに話を聞け。彼女はその出身だ」
「メイランって……あのドラゴンとのハーフのメイドちゃんか!」 エイジがぱっと顔を上げた。
「ああ、すっかり忘れてた。メイランちゃんなら、竜の生態にも詳しいはずだよね」 オリンポスも思い出したように目を細める。
「でも、ここにはいないよな。確か、街の宿舎に残ってるはずだ」 メイランは自由な性格で、ナルメシアの屋敷に避難する話にも特に乗ってこなかったらしい。戦闘能力も高いし、そのまま街に残していたとか。
「よし、じゃあ――街の宿舎にゴーだね!」
オリンポスの軽快な号令で、俺たちは動き出した。
……ココを救うための選択肢が、またひとつ増えた気がした。
……
「あれー、ロイドたちー?どうしたのー、そんな大勢でー?」
宿舎の前にいたのは、のんびりとした口調で話す少女――メイランだった。あいかわらず伸ばし棒の多用で語尾が抜けてる感じが、独特の空気を纏ってる。
「おう、メイラン。竜について知りたいんだ」
エイジが真剣に切り出したその瞬間、メイランはぱちくりと瞬きをしてから――
「えー、エイジにはラトちゃんがいるじゃーん。もしかしてうわきー?」
「ちげぇよ!」
エイジが即座に否定したが、メイランはくすくすと笑っている。
「ロイド、なんか言ってやってくれよ……」
「いや、エイジ、お前の日頃の行いの結果だろ。街で女の子ナンパしまくってたの、俺知ってるぞ」
「ぐっ……それは……!」
図星だったらしく、エイジは口をつぐんだ。
「あはは、メイランちゃん、ちょっと出身の村について教えてほしいんだ」
オリンポスにバトンタッチして、話が進む。
「むらぁ?なんにもないよー、あそこ」
のんびりした口調でそう答えるメイラン。いや、ドラゴンが住んでる場所になんにもないって、どういう意味だよ。
「いやいや、田舎ってみんなそう言うけど、ドラゴンとかいたでしょ?」 とオリンポスが食い下がる。
「あー、お父さん達かぁ。案内いる?」
まるで観光案内でもするようなテンションで言ってくる。
「いる。教えてくれ、頼む」
俺の声がちょっと強くなったかもしれない。
「ロイド、恐いよー。何かあった?」
……
「ふーん、ドラゴン部隊かぁ。考えたことなかったよー。お父さんに聞いてみるー?」
のんびりそうに言いながらも、メイランの目は少しだけ真剣だった。
「協力してくれるのか?」
少し前のめりに聞いてしまった俺に、メイランはふわりと笑って答える。
「ココちゃんには幸せになってほしいからねー。いいよー」
――俺たちじゃなくて、ココのために。
それがメイランの理由だった。
「んじゃ、竜の村に出発だな。助っ人連れてきたぜ!」
そう言って現れたのは、エイジとラトだった。どうやら工房に行ってたらしい。
「メイランちゃーん、よろしくー。トラックで行けば早く着くよ。ドラゴンの飛行速度には負けるけどねっ」
ラトは楽しそうに声をかける。
「なら――行こうか」
俺は出発の号令を出した。ココを救うため、次の舞台へ。
……
「そういえばラトちゃんって、実際いくつなの?」
不意にオリンポスがそんなことを口にした。――おい、クルックさんの話聞いてなかったのか?
「お前、地雷原でタップダンス始める気かよ……」
エイジの例えがどこかズレてる気もするが、言いたいことは分かる。要は、相当マズい質問ってことだ。
「んとね、年齢は51。人間換算だと17歳かなっ」
ラトはいつもの調子でケロッと答えた。
「じゃあ、結婚できるね」
オリンポス、無邪気に言いすぎだろ。
「うぉっ、実年齢はけっこう年上、でも換算だといける、いや見た目はどう見ても……幼女だよな……犯罪にならねぇか……?」
エイジの顔が見る見るうちに変わっていく。喜怒哀楽のフルコンボだった。
「エイジが百面相してる。面白いな」
俺はつい、口元が緩んでしまった。
「ロイドはなんだか穏やかそうだね」
とラトが俺の顔を覗き込んでくる。
「ああ、いつも気を張ってたら、ココを救うまで持たないからな」
少し気を抜いてるだけだ。でも――
(熱い炎は、ちゃんとこの胸の中にある)
「にしてもすごいね、このトラックって乗り物」
オリンポスが感心したように唸る。速さも積載量も、馬車とは比べ物にならない。
「ま、でも本来の性能はもっと上だぞ?」
エイジが補足を入れる。
「ラトが言ってた。道が悪い、燃費も悪い、たぶん技術的な何かが足りてないってな」
「そうそう、本気でトラック使うなら道の整備は必須なんだよねー。もっと公共投資してほしいなー」
ラトは目を輝かせながら、さらなる未来を見ている。
「あはは、僕たちは公共事業の担当じゃないし……戦争が終われば、可能性はあるかもね」
オリンポスはどこか夢を見るように、希望を口にした。
「戦争かぁー。色々作れるのは楽しいけど、早く終わってほしいなー」
ラトの無邪気な声に、胸が締め付けられる。
……俺さえ向こうに行けば、戦争は終わる――
その選択肢を、俺は取れない。
「敵をいっぱい倒せばすぐ終わるよ! ロイド達の仕事でしょ?」
メイランは悪気なく言う。笑ってすらいる。
「そうだと、いいんだけどな……」
そうだったら、どれだけ楽だったろう。
「ごめんね。――先は、長そうだ」
オリンポスの声が、現実の重みを代弁していた。
……
「うわぁ……竜が、いっぱい……」
あまりの光景に、俺は思わず足を止めた。
「これぞファンタジー! 異世界って感じだよな!」
隣でエイジが目を輝かせてはしゃいでいる。
「ほらね、普通の田舎でしょー?」
メイランが胸を張るが――いや、どう見ても普通じゃない。
「メイランちゃんの“普通”はすごく特殊なんだね……今度、僕が本当の田舎を案内してあげようかな」
と、オリンポスはどこか遠い目で呟いた。
「うう、こわい……こわくないぞぉー……!」
ラトはトラック“ガッシャーン”のコックピットに縮こまりながら、必死に自分に言い聞かせている。
「ラト、無理すんな。大丈夫、怖くないぞ」
エイジが優しく声をかけて、ロボの肩をぽん、と叩いた。
「……ちょっと、怖かった」
ラトはぽつりと呟いて、ほっと息をついた。
「あっ、お父さんたちだー! おとーさーん、おきゃくさんだよー!」
と無邪気に駆け寄ろうとするメイラン。
「おう、メイランか。こちらに寄りなさい」
ドラゴンの父――フレイムアゾートがそう呼びかけるが、その目には警戒の光が宿っていた。その口先には紅蓮が既に構え、俺たちを射抜くように睨んでいる。
「ちょ、ちょっとメイランちゃん待って! 今、絶対お父さんドラゴンブレス撃つ気だったよね!? あと数歩で僕たち燃えかすだったからね!?」
オリンポスが慌ててメイランを制止する。ナイス判断だ。
「お、おう……そういえば私が嫁に行く相手か見極めるには、まずドラゴンブレスを当ててみるって昔言ってたー」
と、まるでお茶を出すみたいなノリで言うメイラン。
「それめちゃくちゃ重要な情報だからね!?」
オリンポスが全力で突っ込んでいた。もっともすぎる。
俺は気を取り直して言った。
「えっと、メイランのお父さん……お名前、フレイムアゾートさんですね。お話があります」
その瞬間、フレイムアゾートの瞳がギラリと輝く。
「お前が、メイランの……相手か?」
「違います! そっちの誤解じゃなくて、まず話を聞いてください!」
大きく首を振って否定する。俺じゃない。ほんとに違う。
「人間が……我ら竜族に、何の用だ」
その問いかけは重く、そして試すような眼差しだった。
圧倒されそうになるが、ここで引いたら、交渉の席にも立てない――。
「うおぉ……なんて威圧感だ……!」
思わず体が硬直する。だが、俺は目を逸らさず、ただ静かに立ち尽くしていた。
逃げるわけにはいかない――今の一歩が、この先のすべてに繋がっている。
「……ふむ。なかなか、骨があるな」
フレイムアゾートは俺の姿をじっと見つめたあと、ゆっくりと威圧を解いた。
「話を聞いてやろう。ついてこい」
その一言で空気が緩む。
「た、耐えきった……もう無理……」
オリンポスが崩れ落ちるように地面に座り込んだ。そりゃ、無理もない。
「やったねロイド、お父さんに認められたよー!」
なぜか嬉しそうなメイランの声が響く。いや、ちょっと待って。
「……えっと、君をお嫁にもらうつもりはないからね?」
念のため釘を刺しておいた。たぶん無関係だけど、誤解は早めに潰しておいた方が良い。