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第16話・魔獣の話4


「にゃーん!」


アイスが雪煙を巻き上げて、まるで風のように滑走する。


「くっ、はぁ……! 他の魔獣ならなんとかなるが、こいつだけは抜けねぇ!」


エイジが汗を滲ませながら歯を食いしばる。凍てつく風の中、アイスの動きはまるで読めない。


「とりあえず、慣れ親しんだゲーセンの操作系にしておいて正解だったな。ラト、助かった!」


「うん、エイジの操作も完璧だったよー!」


ラトの声は明るいが、手元の操作には一切の迷いがない。まるで長年コンビを組んできたパイロットのようだ。


「さて、おじさんもようやくコツを掴んできたよ」


遅れていたソレナリフも、ゴーレムの操縦に馴染んできたのか、後方支援を開始する。


……


「さて、そろそろ仕掛けるべきだね」

ソレナリフの声がゴーレムについた音声拡張機に乗って届く。口調は軽いが、状況は確実に動いていた。


「……ああ、魔獣の数が減ってる。ココの方で戦況が変わったか」

エイジもすぐに異変を察知した。


「多分ね。ココちゃんの動きに変化があった。これはチャンスだよ」


「了解。フルスロットルだ。行くぞ、ガッシャーントラック! 高速機動戦、仕掛けてやる!」


……


「さて、問題はこの気まぐれな雪豹ちゃん、アイスをどう攻略するか、だね」

ソレナリフが横目で前方を見ながら言う。


「周囲の魔獣は確実に減ってる。今のうちに攻撃をいなして、アイスに近づく隙を狙うんだ」


「でも、油断は禁物。散った魔獣たちが戻ってくる可能性はあるからね」


「だったら……手薄になったところを一気に叩く」

エイジは目を細め、操縦桿に力を込める。


そして、その瞬間が訪れた。


「取ったッ!!」

エイジの槍が真っ直ぐにアイスの肩へと突き刺さる。雪豹の機動が止まり、静寂が場を支配した。


「決まったね」

ラトの声は明るく、確信に満ちていた。


「……じゃあ、トドメ刺してくるね」


その言葉に、ソレナリフの声が一層冷ややかになる。


エイジの表情が一瞬で険しくなった。


「……は?」


トドメ――そんな簡単な一言で、俺たちは納得できるほど、冷たくなってない。


「おい、待てよおっさん。こいつはココの――大切な相棒なんだぞ」


エイジの声に、ソレナリフはふと立ち止まったが、すぐに淡々とした口調で続けた。


「ん? だからこそだよ。ロイドたちがココちゃんの奪還に失敗してたら、またアイスがあの山を難攻不落の要塞に変えるんだ。今落とさないで、いつ落とすつもり?」


その言葉はあまりにも冷酷で、胸にぐさりと刺さった。


「……ロイドは覚悟してたよ。ココちゃんを救うためには、アイスを倒すしかないって。だったらせめて――確実にやらなきゃ」


そう言ってソレナリフは一歩、アイスに近づこうとする。


「やめろ……!」


エイジの声がかすれた。


「だったら――俺がやる。変われ、司令官命令だ」


その声は震えていたかもしれない。でも俺の中の決意は、何よりも揺るがなかった。


ソレナリフは肩をすくめて、軽く笑った。


「そう? 結果が変わらないなら、誰がやっても同じ。じゃあ任せるよ、エイジ司令官」


どこまでも軽いその口調が、今は妙に腹立たしかった。


……


「ありがとな……最後まで、ココを助けてくれたんだな」


エイジは静かに、倒れ伏すアイスに語りかける。


「すまねぇ、その席――俺の親友に譲ってくれねぇか?」


「……にゃ、ぁ、ん……」


かすかな鳴き声が風に溶けて消えていった。


「……ありがとう、アイス」


エイジはそっと拳を胸元にあて、目を閉じる。


……


「エイジ、辛いよね……」 ラトが静かに言葉をかける。


「ああ。でも……この作戦をやると決めた時、覚悟はしてたさ。ロイドに、やらせずに済んだ。それだけでも良かったって思ってる」


「そんなに落ち込むなら、僕が代わってあげれば良かったのにねぇ」


と、ソレナリフがどこか他人事のように言い放つ。


「少し黙ってろよ。作戦は確かに正しかったかもしれねぇ。でもな――お前には人間の心ってもんがねぇのかよ」


エイジの怒りを受けても、ソレナリフは肩をすくめるだけだった。


「ああ、そうかもね。……はるか昔に捨てちまったんだよ。そうじゃなきゃ、二重スパイなんてやってられないさ」


その笑みは皮肉に満ちていたけれど――どこか、寂しさを隠しきれていないようにも見えた。


……


「そっちは、上手くいったみたいだな」


俺はエイジの顔を見るなり、そんな感想が口をついて出た。


「は? どう見たらそうなるんだよ」

エイジは不満そうに顔をしかめたが、俺にはわかった。


「……涙の跡がある。アイスの最後に立ち会わなければ、そんな顔にはならないよ」


俺の言葉に、エイジはしばし沈黙する。そして小さく、肩をすくめた。


「そういうお前らは、失敗だったみたいだな」

その言葉には、ココを助けられなかった俺への気遣いが滲んでいた。


「とりあえず、ソレナリフ。魔王軍の諜報部隊について教えて。今すぐ」


オリンポスの声は冷静だが、切迫感に満ちていた。


「ははは、どうやら君たち、そいつらにしてやられたみたいだねぇ」


ソレナリフは相変わらず飄々とした様子で話し出す。


「魔王軍の諜報部隊は、原則大したことないんだよ。ゴブリンじゃ情報戦なんて無理だし、でかい奴らは目立つしね。ただ――例外がいる」


「クロウ率いる鳥人の諜報部隊、ってことか」


オリンポスが唇を噛む。悔しさが隠しきれていない。


「……知ってたら、もっと対策できたのに」


「完全にしてやられたわけだな」


俺は呟く。2体は倒した。だが、結局ココを連れ去られた。完敗だ。


「へぇ、2体も? 鳥人部隊は優秀だけど、数が少ないんだよね。僕がいた頃は18人。たぶん、増えてない」


「残り……16体か」


「じゃあ、あと16体倒せばいいってわけか?」


「いやぁ、それがそう単純でもないんだよねぇ」


「ん?なんでだ」


俺が疑問を口にすると、すぐにオリンポスが補足してくれた。


「魔王軍の“ココさん”への優先順位が相当高かったってことだよ。最低でも優秀な諜報員を2人犠牲にしてでも確保する価値があると、向こうが判断していたってわけ」


その時点でもう驚きだったが、さらにソレナリフが笑みを浮かべながら言った。


「そしてもう一つ。ロイド、君の価値も相対的に跳ね上がったってことさ」


「今でも勇者だし、元々高かっただろ? 魔王軍が狙うのは常套手段なんじゃないのか?」


そう言った俺の言葉に、ソレナリフは首を振る。


「魔王軍は勇者の存在をそこまで重要視していなかった。むしろ“倒せば次が湧く”程度に思ってたんだよ」


「は?」


思わず声が出る。


「つまり俺みたいな、別の勇者を立てるパターンを想定してたってことだな?」


エイジが皮肉混じりに言う。確かに、あいつ自身が“勇者の代替”とされた例だ。


「そういうこと。でも――今は違う」


ソレナリフは、意味ありげに視線を上げた。


「……なんでだ?」


今、何が変わった?と問いかけると、代わりにオリンポスが答えてくれた。


「“ココさんの制限時間”の件だよ。もし魔王軍がココさんの能力と制限を正しく理解していて、かつ彼女を有効活用したいと考えているなら……」


オリンポスの言葉が、嫌な予感を確信に変えていく。


「“ココさんの制限時間”を解除する方法があるとすれば、それは――」


「……俺を氷漬けにすること、か」


言い終わった瞬間、全身に寒気が走った。まるで本当に凍てつく風が吹き抜けたようだった。


「雪女の愛は、強すぎるんだ。愛した人を凍らせてしまうっていう本能に従えば、ココさんは“制限時間”から解放される。だから魔王軍は、君を狙ってくる」


「ココちゃんをめぐるロイドの争奪戦ってわけさ。僕たちが先に彼女を確保するか、魔王軍が君を奪うか。勝負はその一点に絞られる」


ソレナリフが薄く笑って言ったが、その声がどこか冷たく響いた。


「くそっ……」


俺は拳を握りしめる。


「大事な時なのに……どうすりゃいいんだよ……」


胸の奥に沈んだ思いが、重たく鳴った。俺が動くほど、誰かが巻き込まれる。この世界の“運命”という鎖が、また一段と重く俺に絡みついていた。


……


「はぁ……こんなことしてる場合じゃねぇのに」


焦りだけが募っていく。何もできない自分に、苛立ちがつのる。


「僕たちは自宅待機。というか、勇者パーティの家族全員がナルメシア邸に留め置かれてるって感じだね」


オリンポスの言葉に、エイジが肩をすくめて言う。


「人質対策だな。誰かがさらわれたら、お前が絶対無視できねぇの、分かってんだろ?」


……確かに。俺は仲間も、家族も、誰一人見捨てられない。もし人質にされたら――それだけで、戦う理由も判断もすべて狂ってしまう。


「けどな……分かってても、じっとしてるのはキツい」


拳を握るしかなかった。俺はまだ、何もできてない。



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