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第15話・魔獣の話3


「これは……うん、なかなか酷いね」

オリンポスが言葉を選びながら苦笑する。


「うまくいかないもんだねぇ。意中の相手の気を引く方法って難しいもんだ」

ソレナリフも肩をすくめながら、作戦案を眺めていた。


「むしろ、恋愛アプローチより戦場に引っ張り出すような策略の方が現実的かもね」

と、オリンポスは現実路線を提案する。


「エイジは熱血一直線だからなぁ。勢いはあるけど、外した時のリカバリーが弱いよね」

ソレナリフも苦い顔で頷いた。


一方、アゾアラスは何も言わずに黙している。だが、その沈黙がむしろ重く響いた。


『アゾアラス、何か良い案ない?』

二人が同時に彼を見つめる。まるで事前に打ち合わせしていたかのようなシンクロだった。


「……そうだな」

アゾアラスはようやく口を開いた。


「二人の策の役割を入れ替えればいい」


「え?」

オリンポスが瞬きをする。


「つまり、恋愛方面の作戦はエイジに任せて――」


「戦術や戦略面の主導はロイドに譲る。得意分野に特化させるんだね」

ソレナリフがすぐに意図を読み取った。


「なるほど、それなら各自の強みを活かせるかも」


――思わぬ転換が、新たな一手を導くかもしれない。


……


作戦当日――


「おいロイド、本当にこんな作戦で大丈夫かよ?」 エイジが不安そうに俺の肩をつついてくる。


「そっちこそ……いや、これ、恥ずかしくないか?お前の考えた作戦、マジでやるのかよ……」 俺も思わず目を逸らした。こっちはこっちで、顔から火が出そうだ。


「ふふ、2人とも頑張ったじゃないか。ちゃんとした作戦になってるよ」 オリンポスは満足げに頷く。


「うん。アゾアラスの発想をうまく取り入れたって感じかな。最初のグダグダが嘘みたいだよ」 と、ソレナリフも意外と素直に褒める。


でも、俺とエイジはまだ不安が拭えなかった。


「なあ、オリンポス……」 「これ、ほんとに……」 「……成功すると思うか?」


……


作戦概要――


エイジ(※ロイド発案)の作戦は「雪山騎兵戦術の再現」。


ラトが開発した雪原専用の変形型ゴーレム『すのーもーびる』を用いて、高速かつ不規則な騎兵戦を展開。地形を活かした奇襲・撹乱戦法が鍵となる。


一方、ロイド(※エイジ発案)の作戦は――


「愛の手紙」作戦。

矢に括りつけた恋文をココに届け、おびき出すという真っ正直なラブレターアプローチである。


……


「にゃーにゃー」


「……わかった。二方向から敵対勢力……どっちを優先するべき……?」


ココはアイスの報告を聞きながら、逡巡していた。


「……弓矢? この位置からじゃ威力は低い……でも、矢に……何かが括り付けられてる」


「……これは、手紙?」


「……罠かもしれない。でも……」


「アイス。あっちの戦線の対応をお願い。私は――ロイドさんに、直接会って確かめる」


「にゃう!(本当に行くのか?)」


「うん、大丈夫。この子を連れていけば、あなたとも連絡が取れる……でしょ?」


「にゃうぅ……(まだ不安だけど……)」


「……司令官としては、きっと失格。でも――この気持ちには、もう嘘をつけない」


(回想)


「ロイドさん、ごめんなさい。私、魔王軍の幹部として――あなたと戦う」


「……たぶん私は、ロイドさんに倒される運命」


「でも、それでもいい。雪女として生まれた私に、あなたと一緒になる未来がないのなら――せめて、あなたの手で終わりたい」


(回想終わり)


「――でも、あの時とは違う」


「私もエイジさんみたいに、足掻いてみせる」


「今は、あの時のロイドさんみたいに……オリンポスさんみたいに、“勝つ”ことを考える」


「私は、もう逃げない。私は、司令官だから」


「にゃー(それでも心配)」


「私は大丈夫。アイス、引き際を見て。……命を、大事に」


「にゃあ……(お前を信じる。だから、必ず無事で戻ってこい)」


……


「(これ以上近づいたら……ロイドさんたちに見つかっちゃう。でも、もう少し……もう少しだけ……)」


「(伏兵はいない。トラップも――見当たらない)」


「(おかしい……これがオリンポスさんの作戦なら、もっと緻密に罠を仕掛けてくるはず……)」


「(でも見えない……いや、私が気づいていないだけかも。見えない罠がある。だから、慎重に……慎重に……)」


……


「ロイド、本当に“策略なし”で良かったの?」


と、オリンポスが不安そうに問いかけてくる。


「ま、大丈夫だろ」


俺はあっさりと笑ってみせた。


「普通こういう時って色々準備するものじゃないの?伏兵とか、交渉条件とかさ」


「……なぁ、好きな女の子を迎えに行くのに、罠を仕掛けてどうすんだよ」


その言葉には、計算でも作戦でもない、ただ一つの“本心”が込められていた。


「……なるほど。そういう考え方、か」


オリンポスは納得したように頷いたが、視線はやや遠い。


「でも……ココさんの考え、読みにくいんだよね。無防備で近づかれても、どう反応していいかわからないし」


「恋する女の子なんて近くにいなかったからかな、読み取れる自信が……ないんだよね」


「妹とは仲良いんじゃなかったか?」


俺は何気なく話を振る。


「うちの妹……リーリアは、お兄ちゃーんって甘えてくるだけで、恋愛って感じじゃないんだよ。あいつ、自分が好きなものにまっすぐすぎるしさ……」


「……なるほど。オリンポス、お前が一番、恋愛わかってないのな」


「え、どういう意味なの?」


「いや、なんでもないよ」


俺は小さく笑って、空を見上げた。


(楽しそう……ああ、駄目だ。胸が痛い。オリンポスさんにまで嫉妬してる、私……)


視線の先で、俺とオリンポスが笑っているのを見つめながら、ココは自分の胸の内を必死に押さえていた。


(2人とも隙だらけ……今なら、奇襲をかけられる。どうする? どうしよう……)


その手は震えていた。けれど、確かに力がこもっていた。


(心が、冷静じゃない。だけど……でも……)


(ロイドさんに、私の気持ちを伝えたい。でも、戦いは続いている。私は司令官……私の使命を全うしなきゃ)


その瞬間――


バキィッ


「しまっ……!」


俺は音に振り向いた。


「ココ!」


そこにいたのは、森の影から現れた彼女。そして――その傍らで吠える、魔獣。


「ワオーン!!」


アイスか……。こいつがココを守る意思を示してるのか。


「ロイド、魔獣が集まってきてる。戦闘だ」 とオリンポスが冷静に告げる。


俺は剣に手をかけながら、目の前のココを見つめる。


どうする、ココ。お前は――本当に戦う気なのか。


……


ココは、目の前にいる俺を見て、たじろいだように足を止めていた。


(ロイドさんは……先頭で、魔獣たちを押しのけて、私の所に来てくれた)


その目が揺れている。迷い、葛藤、そして――恐れ。


(もしロイドさんが私にとどめを刺してくれるなら……それでいい。でも……)


(でも、もし――もし、ロイドさんが私を抱きしめたら?)


(私は……きっと、凍らせてしまう。雪女の本能で。それだけは、絶対に駄目)


彼女の瞳は揺れたまま、俺を見つめていた。


(逃げる……? 今からでも……でも、それなら……私、ここに来た意味がない)


俺は歩みを止めず、ココに声を届けた。


「ココ!君が好きだ。手紙にも書いたけど、色々あって、ナルメシアの協力も得た。だから――もう一度、君と……!」


俺の想いを乗せたその言葉が、ようやく彼女の心に届こうとした――そのとき。


「あっ……!」


背後に、黒い影が滑り込んだ。


ココの肩に手がかかり、彼女の身体がぐらりと傾いた。あっという間に気絶させられ、そのまま影の腕の中へ。


「ふぅ……様子を伺っていれば、まさか姫様一人でご出陣とは……愚かな」


「ココを離せ! てめぇは誰だ!」


俺が剣を抜いて叫ぶと、そいつはゆっくりと振り返った。


「私は、キャプテン・C・クロウ。魔王軍の諜報部隊を管轄しております」


オリンポスが目を細めた。


「確か……魔王軍の暗号文書を生み出した鳥人。暗号理論の鬼才……」


「結構な大物が出てきたな」

俺は歯ぎしりする。


「ふむ、2人ですかね。」クロウの怪しげな言葉が合図となった。


俺が咄嗟に飛びかかろうとしたその瞬間、茂みの中から飛び出してきたのは、奇襲兵だった。


「っち、奇襲かよ――!」


俺は即座に一体を薙ぎ払い、もう一体の剣を打ち上げるように弾き飛ばした。刃が閃き、肉を裂く感触が手に伝わる。


「ナイスロイド!……と言いたいけど、クロウは飛んで逃げちゃったみたいだね」


オリンポスが空を見上げながら、唇を噛む。くそっ、せっかくココに手が届きかけてたのに――!


「倒せたのは……2体か。クロウにとっては、ただの犠牲ってわけだな」


俺たちには大きな被害はなかった。けど、それ以上に――ココを、また連れ去られた悔しさが、胸に重くのしかかる。


(くそ、今度こそ……絶対に、助け出す)



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